battle68(10月第2週)
 


[取り上げた本]
 
01 「ゴールド」            響堂 新             幻冬舎
02 「作家小説」            有栖川有栖            幻冬舎
03 「マリオネット園 《あかずの扉》研究会 首吊り塔へ」 霧舎巧     講談社
04 「六人の超音波科学者」       森博嗣              講談社
05 「人形はライブハウスで推理する」  我孫子武丸            講談社
06 「捕食者の貌」           トム・サヴェージ        角川書店
07 「真珠の首飾り」          ロバート・ファン・ヒューリック 早川書房
08 「赤死病の館の殺人」        芦辺 拓             光文社
09 「ジャンピング・ジェニイ」     アントニイ・バークリー    国書刊行会
10 「マリオネット症候群」       乾くるみ            徳間書店
  
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●幼稚でチープな娯楽活劇……ゴールド
 
G「では、響堂さんの新作長篇から参りましょう。『ゴールド』は『混沌の脳』に続く5作目になりますか。徐々に執筆ペースが上がってきましたかね」
B「そいでどんどんクオリティも落してくんだから世話無いやねー」
G「まぁたいきなりそういうことを」
B「前作も壮絶にヒドかったが、今回もまたいちだんとヒドい。まーねー、どうやらこの人、本格ミステリ系とは本格的にエンを切った様子だし……その意味じゃもう読まなくて済むと思えたのが、今回唯一の救い」
G「……えー、内容に行きます。例によって今回も海外が舞台ですね。タイといえば日本企業が数多く進出している国の1つですけれども、そのタイに駐在する日本人ビジネスマンとその家族の間で奇妙な病死事件が連続して発生します。伝染病の痕跡はなく毒殺の疑いもない。唯一の共通点は死んだ人たちが、ある日本人が経営する農場で採れたお米を食べていたこと。大使館付けの医務官である主人公は、くだんの米を詳細に分析しますが、いくら調べても何一つ不審な点は見つかりません。……原因不明のままさらに病死事件は続き、主人公は米を作った農場を調査に訪れます」
B「その日本人農場主は、理想的な米の品種開発に力を注ぐ研究家であり、エイズ患者の保護施設を運営するヒューマニストでもあるという人物。むろんいくら調べても不審な点は見つからない。……とまあ、このあたりまでは、比較的まともなメディカルサスペンス風味なんだが……」
G「ですね。往々にして病院の中だけの話になりがちなメディカルサスペンスを、スケールの大きな舞台で展開するという、この作家さんお得意の手法です。米にまつわる技術的な蘊蓄や食物アレルギー等に関する医学蘊蓄、そして国際的な穀物マーケットに関するそれまでたっぷり盛込まれ情報小説としても読むことができます」
B「だったらそのままストーリィを進めてくれりゃいいのに(笑)……物語は後半どんどんトンデモ陳腐という、最近のこの作家ならではのノリになっていくんだなー」
G「なんです? その“トンデモ陳腐”というのは」
B「トンデモ方向に転がっていくんだけど、根本的に話が通俗でトンデモナく陳腐ってこと」
G「むー」
B「だってさぁ、さっきもいったように前半は割とかっちりしたメディカルサスペンスなのよ?それがなんで後半になるといきなり、エスピオナージュ+冒険小説+バイオテロサスペンス+アクション+マッドサイエンティストも出るよ、な世界になるんだよ。しかもその1つ1つがB級ハリウッド映画そのまんまのチープさでさー。まるでしょーもない映画のノベライズをこき混ぜたみたいなアリサマで。ひょっとして、こういう安直で程度の低いハランバンジョーが読者サービスだとでも思ってるんだとしたら、とんでもない誤解だよ!」
G「あーあー、そこまでいいますかねえ。たしかにね、何もあそこまであんな形でハデな展開にする必要なんて、無かったかもしれませんけどね。でも、連続病死の謎解きはこの人らしい理系ネタで面白いし、作者がここに込めたメッセージも不器用ながらも真摯なものがあったと思うのですが」
B「メッセージは、そりゃまあ作者としては真摯に訴えてるんだろうけれども、語り口に工夫が無さ過ぎてどうしたって嘘臭く青臭く聞こえてしまうわけでね。不器用すぎるのもここまで行くと罪だよなあ。ついでに連続病死の謎解きなんて途中でどっか行っちゃうじゃん。あきらかに作者は途中からどーでもよくなってる……まあ、もともと真相を聞かされても“ふうん”としかいいようのない専門知識ネタなんだけどね」
G「後半のわやくちゃぶりは、作者のサービス精神が悪い方向に出てしまったということなんでしょうかね……」
B「勉強不足ってことだと思う。どこかで聞いたようなありきたりのネタをごってり詰め込めば、それで事足れりとしているような雰囲気で。しかもそのセンスはおっそろしく古い。近年のエンタテイメントちうものを一冊でも読んでるンだろうか、と不安になってくるね。もともとこの作家さんは、第三回の新潮ミステリー倶楽部賞の島田荘司特別賞を受賞した人。憶測するなら島田さんが掲げている、本格ミステリの“新しい謎”の1つの方向であるところの、サイエンス領域のそれを担う作家としての期待が、島田さんにはあったんだと思うけど……どうやら作者自身にはその気は全然無いらしい。きっと作者自身は本格ミステリなんてものに“縛られ”るんじゃなく、マイケル・クライトンみたく超売れる作家になりたいんだろうな。“無理だと思うが”」
 
●芸域の広さを示す小説家ライフ・パロディ集……作家小説
 
G「それこそ固め撃ちって感じで、続々と短編集を出している有栖川さんですが、これは一風変わってますね。これまでのものは出来不出来の違いはあっても、本格ミステリがベースにあったと思うのですが、これは違う。全然違う。強いていうなら“小説家ライフパロディ集”というところでしょうか」
B「なんやねん、“小説家ライフパロディ集”って」
G「ですから、小説家の生活をパロディちっくに描いたという……まあ、ホラー風だったり、“奇妙な味”風だったり、コメディだったり。手法はいろいろなんですが、ともかくいずれも有栖川さんの従来のイメージとはちょっと違う、遊び心にあふれていますね」
B「東野さんの『超・殺人事件』と同じようなノリだね。でも、この方は実はミステリ作家としては結構器用な方だと思うよ。徳に最近はドンドン芸風広げている印象だ」
G「てなわけで、収録されているのは8編ですね。順に行きましょう。まず『書く機械』は……もう一歩売れそで売れない作家にイヤでも傑作を書かせる、編集者の秘密兵器のオソロシサ。書けなければ即死亡!だけどそんな無理無体もやがて……」
B「キモチはわかるがアイディアの発展のさせ方が不十分。筒井さんの初期の短編を下手にマネして書いたような。こういうヨタ話はもっと果てしなくエスカレートさせなきゃ陳腐になっちゃうね。次の『殺しにくるもの』は、ちょっとホラー風味ね。孤高のカルト作家にファンレターを送る女学生。先生の作品はいつも素晴らしい! だけどこの新作は……一方では、連続通り魔殺人を追う警官は、被害者達をつなぐミッシングリングに頭を悩ませる。彼らをつなぐ糸は? ミエミエのオチ」
G「オチ勝負の作品じゃないですよ、あれは。作家という商売の辛さと業の深さを描いているわけで……なんとなくヒチコック劇場を思わせる雰囲気が、ぼくは好きです。続きましては『締切二日前』……やなタイトルだなー。タイトル通り締め切り目前なのに書けない作家、出てくるのはどれもこれもロクでもないアイディアばかり。どうしようどうしよう、どんどん追いつめられていく作家」
B「こういうのは誰だって思いつく話だから、結局ディティールのアイディアか描写で読ませるしかないわけで。有栖川さんの場合は、連発されるボツネタがミソなんだろうが、うーん。面白いには面白いが、やっぱり果てしなくエスカレートしていくドライブ感が足りないなあと。まあ、ミステリ作家の発想の仕方が窺われて面白いんだけどね。次の『奇骨先生』は、気難しいと評判の郷土の作家に、おっかなびっくりインタビューにやって来た高校の図書委員のお話。もっと面白くできるだろうに、陳腐だよなあ」
G「いや、これは有栖川さんらしいバランス感覚ってやつでは? 次の『サイン会の憂鬱』なんてけっこうハジけてると思いますよ。故郷の書店に招かれサイン会を行うことになった作家の、エスカレートしていく不安と憂鬱がなかなかに笑えます」
B「そうねえ、まあこれは比較的上の部か。でも続く『作家漫才』なんてさ、もっともっと面白くなって然るべきネタだと思うわけよ。作家2人が副業で作家ネタの漫才をやってる。その漫才の掛け合いを会話体で描くというんだからさあ、もっともっと毒がなくちゃね」
G「まあ、でもあの手のヤツはあまりやりすぎると品が無くなりますからねえ。続く『書かないでくれます?』は、タクシーの運転手から聞いた話をネタに、作品を書いちゃった作家の恐怖。運転手は書かないでくれっていったのに、ついついネタがなくて……。小味なショートショートって感じの口当たり。巧いもんです」
B「なんちゅうか、ほんっとに可もなく不可もない、どこといって取り柄もないアリガチなお話。器用さだけで拵えたような。まあ、ラストの『夢物語』はちょっと違って、これは作家としての作者の“物語ること”に対する愛憎入り交じったラブレターというところか」
G「これなんかラストの落ちもキレイに決まって、作家の業の深さがよく出ていると思いましたけどね」
B「そうかなー、陳腐だと思うけどなー。ともかく私的には、総じて小器用にまとめてみましたって感じが先にたっちゃう作品集だったね。面白くなりそうなのに、どうもイマイチ弾けないっつーか。まあ、作者にとってはある種、新生面なのかもしれないけどね」
G「こういう肩の力を抜いたショートストーリィとしては、ぼくは必要充分なエンタテイメントだと思いますけどね。作家としてのツライ部分がわりとセキララに出ている感じもあって、ネタ的にもすごく興味深かったし。まあ、有栖川ファン以外の方に強くお勧めするのはちょっと難しそうですけどね」
 
●不器用すぎるトリックメーカー……マリオネット園
 
G「霧舎さんの新作、行きましょう。『あかずの扉研究会シリーズ』の4作目ですね」
B「このシリーズもなんだかんだ言われつつも、もはやきっちり必勝パターンみたいなもんを作り上げちゃったよね。……2手に分かれた主人公グループ(あかずの扉研究会)が、事件現場(たいていは奇妙な建築物)の内と外でそれぞれに事件を追い、最終的にそれが1本にまとまって驚愕の真相が明らかにされるというパターン。作者さんはトリックメーカーなんだけど、基本的なネタは本格ミステリとしてきわめてオーソドックスなものであることが多いだけに、この2つのプロットの複合化によって本格としての仕掛けに幅を出している。これがこの作者の“手口”」
G「こうしてみると、新本格のテクニックを生かすためのフォーマットとして、けっこう計算された設定なのかもしれませんね」
B「まあね。ただし、残念ながら作者の手際がやたら悪すぎるっつーか、細部のつくりが雑駁で、そのフォーマットやトリックを十分に生かしきってない嫌いがあるんだよな。こいつは今回も同様だね。相変わらず泣けてくるくらい小説/語りのテクニックがなってない」
G「しかし、今回の作品はシリーズ屈指の出来といっていいんじゃないですか。後半ちょっと……いやかなりゴタつくんですが、ともかくてんこもりに盛り込まれたアイディアの豊富さにおなかいっぱい! って感じです。では、内容に行きましょう。さて……いよいよ作家でビューが決まりいつになく機嫌の良いカケル君(シリーズの語り手)以下、いつもの面々が顔をそろえた研究会のもとに、1人の女学生が事件を持ち込みます。彼女が受け取った脅迫状めいた手紙には、不可解な暗号めいた指示が記されていました。そこに邪悪な意思を感じ取った研究会の面々は、早速その暗号を解き、指示に従って首都圏各地の駅のコインロッカーを訪ね歩きます。そこから見つかったのは奇妙なマリオネット人形……その暗号が示す先にある秘密とは?」
B「研究会の名探偵の1人である後悟は、しかし彼らとは別に首吊り塔と呼ばれる奇妙な建物を訪れていた。そこはピサの斜塔を模した奇妙な塔。閉鎖されたテーマパークの廃墟に立つ、首吊り自殺の名所として有名なそこに仲間の1人が招待され、消息を絶ったのである。やがて暗号を解いた研究会の仲間たちもこの首吊り塔に集まってくる。しかし、そのときすでに固く閉ざされた塔の内部では、奇怪な殺人劇が始まっていた……」
G「マリオネット園というタイトルからも分かる通り、“操りテーマ”の本格なんですが、よくある心理サスペンスやホラーチックなアプローチでなく、あくまで本格ミステリ的な技法でもって二重三重の仕掛けを講じているところがいいですね。前半部の暗号&追跡のシークエンスはスピーディな展開の下に潜めた大仕掛けで驚かせてくれるし、不可解な事件が連発する後半部も……いささか整理し切れてない感はあるものの、そこに惜しげもなく注ぎ込まれたアイディアの豊富さには素直に脱帽しちゃいます」
B「とはいえ、なんだか途中で作者自身が、錯綜した人物の動きや仕掛けの複雑さに“スジを見失っている”ような気配があって。だからこそ読者にとっては複数用意された伏線と仕掛け、そして真相の関連性がわかりにくくて仕方がないわけよ。舞台の書割めいた現実性皆無な舞台は、こういうお話だからまあいいとしても、そこに仕掛けたものがきちんとコントロールできなくちゃ意味がない。舞台の仕掛けに凝るばっかりで、それを巧く使いこなせてない印象なんだな。だから肝心かなめの“驚愕の真相”にたどり着いても、なんとなく腑に落ちなくて素直に驚けないんだよ」
G「うーん。たしかに綺麗にさくっと解き明かされて、思わず膝連打って感じとは違いますけどね」
B「謎や謎作りの過程がどれほど複雑だっていいけど、解く時はポイントを絞って一発で解いて欲しいわけね。謎解きの力点を計算して、勘所を絞り込むっていうか……1本のしつけ糸をひゅッと抜くイキナリ余計なものが綺麗さっぱり脱げ落ちて、そこに真相が姿をあらわす。そんなイメージね」
G「短編ならともかく長編でそれをやるのは至難の業だと思いますけどね。でも、そうした弱点を備えながらも、ネタ的には質量ともに非常にクオリティが高いのも確かですし……もうちょっとブラッシュアップすれば、ベスト10入りも狙えたかもしれませんね」
B「いやー、それはさすがに無理でしょ。だってもうシリーズ4作目だよ? なのに巧くなる気配すらないんだもん。相変わらずキャラクターは読んでて思わず舌噛んで死んじゃいたくなるほどコッパズカシイしねー」
G「これも好き好きだと思いますけど、作者自身は実はさほどキャラクタ小説的な趣向は意識してないんじゃないかなあ。まあ、来年は初の非シリーズ作品が登場するそうですし、そのあたりの“作者の趣味”も含めて注目していきたいですよね」
 
●足りているはずなのに物足りない“嵐の館”……六人の超音波科学者
 
G「続きましては、森さんのVシリーズと参りましょう。『六人の超音波学者』はシリーズ7作目になりますね。“本格ミステリのお約束パターン”のアレコレを一見律義に踏襲し……しかも微妙にひねくれていくのが、このVシリーズの特徴だと思うのですが、今回はパターンの中のパターンというか。“嵐の山荘”テーマを取り上げて下さいました」
B「車椅子に乗った仮面の天才科学者。奇妙なカタチの研究所は奥深い山中に建ち、外界とは1本の橋で結ばれているだけ。そしてパーティのさなかに発生する連続殺人。……二階堂さんあたりが好んで描きそうなシチュエーション。たぶんあの方なら、怪人やら美女やらを引っ張り出して古色蒼然としたお話にしちゃうんだろうけど、森さんの場合はこうした典型的パターンを引用しても古臭さを感じさせないね。ただ、一方ではそうした“お約束モノ”が与えてくれるはずのトキメキ感も、まーったくといっていいほど皆無! なのがなんともはや。……これってさあ、作者自身がこういう黄金パターンってやつに少しも思い入れがない、ってことなんじゃないかな」
G「まあまあ、そう先走らないで下さいな。まずは内容をご紹介しておきましょうよ。えっと、そゆわけでayaさんがおっしゃったような“嵐の山荘”な研究所が舞台でありまして。そこで開かれる科学者ばかりが集まるパーティに、いつものあの人たちが招待されるわけですね。名探偵の紅子さんと練無くん、ついでに運転手役で保呂草さんと紫子さんも。無事、研究所に到着した一行でしたが、その直後。研究所と外界を結ぶ唯一の道である橋が爆破されてしまいます」
B「しかも爆破予告があったため警察が警戒に出張ってて。タマタマ七夏刑事だけが、谷の研究所側に取り残されるという、絵に描いたような都合のよさでレギュラーメンバーが全員集合。研究所は絵に描いたような“嵐の山荘”に。やがて始まったパーティとともに奇妙な連続殺人の幕が切って落された。仮面の研究所長の正体とは、はたまた切断された死体の意味は、いいやそもそも橋が爆破されたのはなぜ……。次々と提出される謎の数々を、楽しむかのようだった名探偵だったが、仲間の1人が危害を加えられるに及び、激しい怒りとともに謎解きが始まる」
G「実にさりげなく提出されるので印象に残りにくいのですが、考えてみるとこの作品で提出される謎はとても豊富で。しかも、それらはラストにおいて実にまさしく“これしかない!”形で、きれいなはめ絵を形作る。しかも核にアルのはことさら新しくもない、呆れるくらいシンプルなトリックなのに、やはり騙されてしまうんですね」
B「それは、キミがアホだから。要素を整理して並べてみれば、真相への道のりはほぼ一直線。さほど苦労せずにたどりつけるでしょうが」
G「うーん、ところが騙されちゃうんですよねえ。なんていうのかな……謎にせよ伏線にせよ、いっさいのけれんを排したフラットな語り口……これはもう計算だと思いますが……で提出されるから、謎解きのテコとなるべきポイントが見えないというか。非常にさりげない心理的な盲点を突いてくるんですね。今回のは特にありきたりの材料を、実にキレイにそつなく料理したという感じで、スマートだったと思いますよ」
B「なるほどね。だけどそのわりには“騙されたあッ!”という驚きや快感もないんじゃない? つまり謎の焦点が見えないから、サプライズの焦点もまた同じく見えにくいんだよね。結果、読者の印象にも残らないわけで。このシリーズがベスト選びなんかのランキングものに弱い原因の一つは、そこにあるんじゃないかな」
G「つまり独特のフラットな語り口ってやつが、本格ミステリ作家として、大きな強みであると同時に弱点にもなっている、ということですかね」
B「本格ミステリとして洗練をきわめた、じつにキレイな形だと思う。けど、同時にこの手の本格が持っているべき匂いや味わいまで、きれいさっぱり削ぎ落としてしまったような気がするのよね。足りているのに物足りない気分が残るのは、そのせいじゃないかしらね」
 
●本格味“も”あるキャラ小説黄金パターン……人形はライブハウスで推理する
 
G「続きましては、我孫子さんの『人形はライブハウスで推理する』。ごぞんじマリオシリーズですね。たしか夏ごろに出てたのに忘れてました。収録されている6編のうち5編は『メフィスト』掲載時に読んでいたせいか、あまり印象に残ってなくて」
B「というより、作品自体の本格ミステリとしての出来が、どれもあまり印象に残らないのよね。可もなく不可もなしっていうか。本格ミステリ的な部分については、チャレンジャブルな要素は皆無で、それこそ本格ミステリ作家としての基礎体力だけで書いてる印象なのよね。シリーズものとしてキャラクタ小説としての展開の方が、よほど面白かったりして」
G「たしかに新機軸や凝った工夫なんてものはないんですが、本格ミステリ短編として過不足のないバランスの取れた仕上がりというべきでしょう。キャラクタ小説としての上品なソフィスティケイトぶりと共に、本格ミステリ初心者にも勧めやすい敷居の低さだと思いますね」
B「あたしにゃ『名探偵コナン』レベルのネタだと思うけどねー」
G「えー、コナンだって面白いときは面白いですよう! ……って、関係のない話はこれくらいにして、内容紹介と参りましょう。まずは表題作の『人形はライブハウスで推理する』。語り手にしてヒロインの“おむつ”こと睦月の弟・葉月が登場。彼が入ったライブハウスの半密室状態のトイレで殺人事件が発生し、現場にいた葉月は容疑者にされてしまいます」
B「いわゆる“視線の密室”からの犯人消失トリック。トリック自体はなぞなぞレベルのシンプルなネタで、ひねりもなくそのまま使っちゃうあたりが、本格書きとしての作者の意欲の欠如ぶりを示している。他の作品にも言えることだけど、キャラが立ってるからかろうじて読めると言うレベルね」
G「えー、そうですかぁ? このキャラにこのネタならジャストバランスでしょう。まあ、欲を言えば、たしかにもう一ひねり欲しかった気はしますが」
B「そんなことないって。例えば次の『ママは空に消える』だってそうよ。睦月の教え子である幼稚園児の“ママは空に消えた”という言葉の秘密をめぐる謎なんだけど……ネタはもう思いっきりトンチかなぞなぞレベル。ラス前に気づいちゃう読者は少なくないだろうし、そうでなくても“ふうん”としかいいようのない真相だもんなあ」
G「でも続く『ゲーム好きの殺人』なんか、けっこう好きですよ。ゲームプレイ中に殺された大学生の部屋からは、なぜかゲームソフトだけが盗まれていて……というお話ですが、これもネタはごく小粒ですけど、謎解きのロジックはキレイでしょ」
B「ゲームをやってる人にとっては、あんなんミエミエのネタだと思うけどねえ。まあ、ロジックはすっきりスマートであるかもな。次の『人形は楽屋で推理する』は、どっかで聞いたことがあるようなエピソードを、ごくありきたりに処理した作品。“子供が恋のライバルに!”という“すれ違い&言葉足らずでナカナカ結ばれない2人”という定番テーマのラブコメでは黄金パターンともいうべきエピソード。ミステリ的には、マリオの舞台見に来た園児達の1人が、視線の密室をかいくぐって消失というお話なんだけど。トリックはよおく考えなくても無理筋。かなり強引な仕立て方がされているのは、やっぱり前述の黄金パターンに持ち込みたかったからだろうね」
G「それはそれで定番パターンの楽しさってやつがあると思うけどなー。続く『腹話術師志願』は、人気が出てきた嘉夫の元にやってきた押しかけ弟子が、殺人事件に巻き込まれるというお話。トリックは比較的凝っていますよね。ドタバタ劇も楽しいし」
B「凝っているというか、これも無理無理な展開だよなあ。押しかけ弟子という“悪意のない恋のお邪魔虫”というのも、やっぱし黄金パターンじゃん。陳腐だよなあ。じっつに忠実に、ほのぼのラブコメの定番エピソードを再現している、としかいいようがないね。ミステリ的な部分の力の抜け方といい、作者はあきらかにキャラものラブコメシリーズとしての展開に力を注いでいるようだな」
G「そういう意味では、ラストの書下ろし作品『夏の記憶』は異色作ですよね。ヒロイン・睦月の小学生時代のつらい思い出を巡る安楽椅子探偵もの。ちょっと西澤さんのタックもの短編を思わせます」
B「わずかな手がかりと記憶から、憶測に憶測を重ねて過去の隠された真実を明らかにする記憶再解釈モノね。まあ、あまりにもさりげなさすぎるコネタっぷりはやっぱりオマケ以上のなにものでもないわね」
G「ですがその謎解きが、まんまヒロインたち2人のありようにキレイに結びつく物語としての締めくくり方は、これもまあ定番的な落し方とはいえ、とてもきれいにまとまっている。いい感じのコンパクトさだと思います」
B「だからそのラストもひっくるめて、結局このシリーズって、本格ミステリ的な要素はもはや味付けに過ぎないわけよ。キャラ小説としての展開が読み所ということになる。ま、それはそれでいいんだけど、本格書きさんとしての作者には、正直もうほとんど期待できそうもない気がしてきちゃうね」
 
●なりふり構わぬサプライズエンディング……捕食者の貌
 
G「次は趣向を変えて海外もので行きましょうか。『捕食者の鏡』はトム・サヴェージの新作長篇です」
B「きみのご贔屓作家ね。といってもこの人の作品で本格味があるのは『見つめる家』がせいぜいで、基本的にはサプライズ重視のサスペンスの作家って感じだけど。……今回はズゴイね」
G「すごいでしょー!」
B「スゴイスゴイ……圧倒的にバカ!」
G「……いうと思った」
B「まあ、こんだけ無茶な話を、しかもこんだけなりふり構わずやり倒すとは! んもーバカとしかいいようがないっつーか。ことに作者その一点に全力を注ぎ込んだサプライズエンディングは近来マレに見るバカっぷり。これはある意味、一読の価値ありかもね!」
G「まあ、ラストばかりではなく作品全体がものすごくヘンチクリンなんですけどね。好きなんですよねー、こういうのー。ともあれ内容のご紹介を」
B「なんだよ、私がやるのかよ。えーっと……5つの家族の24人が惨殺された未解決事件をノンフィクションタッチで小説化した主人公・マークのもとに、“スカベンジャー/屍肉漁り”と名乗る謎の人物から奇妙な脅迫状が届いた。“ファミリーマン(惨殺事件の犯人)の正体につながる手がかりが欲しければ、指示通りにせよ”……得体のしれない恐怖に怯えながら、マークはその悪夢のようなゲームに参加することを決意する」
G「次々届くスカベンジャーの指示で、マークはかつての惨殺事件の現場を訪ね、数少ない生き残りや関係者と会います。徐々に再現されていく惨殺事件の悲惨なディティール。そして彼の行き先々に出現するスカベンジャーの影、繰り返し襲いかかる悪夢。マークは徐々に精神のバランスを崩していきます。謎の脅迫者・スカベンジャーは殺人鬼・ファミリーマンなのか? 蘇る記憶に怯えるマークの秘められた過去とは? そして……二転三転する強烈などんでん返しの果てに襲いかかる、圧倒的なサプライズエンディング!」
B「まあ……半分くらい読めば、このラストのドンデン返しは想像が付くと思うよ。伏線もきちんと張ってあるから、そのセンで見当をつけるのも難しくないし。メイントリックは本格ミステリファンにはお馴染のそれだけど、ここまで強引な使われ方をしているケースはあまりないかも。プロットも設定も“そのために”とんでもなく強引な、バカとしかいいようのない仕掛けされていて。ホント、ここまでやるか! って感じよね」
G「その徹底してなりふり構わぬケレンが、この作家の持ち味ってやつでしょう。本格ミステリ的なテクニックを使って、その効果を最大限高める方向で、現代的なケレンをありったけ注ぎ込んでいる。つまり館や密室、名探偵といった本格ミステリ的なガジェットの替わりに、シリアルキラー、脅迫状、引退警官、惨殺事件現場といった、ハリウッド映画的なネタを使っているわけですね」
B「通俗的だし、無理無理だし、本格ミステリ的にはアンフェアもいいとこなんだけどねえ」
G「いや、ぼくだってこれが本格だと言い張るつもりはありませんよ。でも、いいじゃないですか、ここまでバカチンなこと全力投球してくれるってのは……やっぱ好きだなあ」
B「この人の作品はみんなそうだけど、これも映像向きよね。B級サスペンスにしかならないかもしれないけど、きっと面白いものができると思う。公開時には“結末は絶対に話さないで下さい”なーんて惹句がついたりして」
 
●とことん楽しい冒険推理の古典……真珠の首飾り
 
G「じゃあ調子に乗ってもう1つ、海外ものの珍品を御紹介しましょう。『真珠の首飾り』は、かつて欧米で大変人気があった“狄(ディー)判事シリーズ”の長篇です」
B「欧米での人気シリーズといっても、日本では全くヒットしなかったから、知らない人も多いだろうね。このシリーズの特長は舞台が唐の時代の中国であること、そして名探偵役でありシリーズヒーローである“狄(ディー)判事”が実在の人物だという点なのね。判事という肩書きを持っているこの名探偵は唐代中国の伝説的な名判官であり、政治家としても皇帝の信任厚い有能な人物だったそうね」
G「史上名高い則天武后の側近だったらしいですね。で、まあこの人が大変に清廉潔白で推理力に優れた裁判官として民衆のヒーロー的存在だったんです。で、後に数々の作り話も交えてその事跡が『狄公案』という物語集にまとめられ、人気を呼んでいたわけです。これを読んでおおいに驚いた1人のオランダ人外交官がみずから筆を執って翻案したのがこの“ディー判事シリーズ”なんですね」
B「いうなれば、日本の『大岡政談』よね。まあ、ディー判事は単に優れた推理力を持った人情味豊かな裁判官というだけでなく、みずから変装して敵地に飛び込んで捜査を行い、時には剣を取って絶技を振うというスーパーヒーローだからね。大岡越前と金さんと快傑黒頭巾を合わせたみたいな存在よね」
G「そうですね。このシリーズもディー判事の八面六臂の大活躍が読み所で。推理味はまあ捕物帳レベルですけど、ともかくその胸がすくようなスーパーマンぶりは、昨今なかなかお目にかかれない“単純に楽しく面白い”冒険推理といえますね。今回邦訳が出たのは第14長篇で、シリーズも終わり頃の短い作品なんですが、シンプルにまとまっているぶん主人公の魅力がストレートにでた好編です。シリーズ入門書としては最適の1冊ですね」
B「じゃまあ、内容を紹介しておこうか。えー、とある難事件を解決したディー判事、疲れた体を休めようと身分を隠して江城の街を訪れた。ところが町に入るや、判事は男の惨殺死体に遭遇してしまい、身分を隠していたはずなのに町外れにある皇帝の離宮からも急なお召しが」
G「判事を呼びだしたのは、美女として名高い皇帝息女。彼女は離宮内で失った真珠の首飾りを見つけてほしいというのです。快く依頼を引き受けたディー判事は事件の背後に宮廷内の陰謀が存在することを察し、秘かに捜査を開始します。厳重に閉ざされた離宮内から首飾りはいかにして盗まれたのか? 惨殺された男との関係は? 宮廷を揺るがす陰謀の正体は? 十重二十重に入り組んだ謎を、判事の快刀乱麻の推理が解き明かす!」
B「医師ややくざに変装し剣の達人でもある名探偵をはじめ、嫋々たる美姫に野性的な美少女、腹黒いやくざの親玉に得体のしれぬ宦官、剣の達人である老道士。してまた剣戟あり、潜入行あり、快刀乱麻の推理ありのゴージャスさで。なんちゅうか“いよッ、待ってました!”と掛け声の一つもかけたくなる楽しさだな」
G「いいですよねー、こういうヒネクレてないエンタテイメントって、読んでてほんと楽しいですよね。作者自身が描いたという、中国古画チックな挿し絵もいい感じですし……もっともっと読まれていいシリーズだと思います」
B「まあ、推理の方は他愛ないというべきレベルなんだけどね、あのノリの中で読まされると、けっこう驚かされる。なんちゅうかな、意外性と主人公のカッコ良さが強調される謎解きなわけよ。エンタテイメントとしては、こういうのもありだわなあ」
 
●真っ向勝負のパズラー短編集……赤死病の館の殺人
 
G「続きましては、芦部さんの中短編集『赤死病の館の殺人』ですね。芦部さん、今年は大活躍でしたね。これも本格系の短編集は、一部を除いてアンソロジーばかりが目に付く年でしたが、個人短編集としては本年屈指のできでしょう」
B「後書きで作者自身も書いてるけれど、短編で本格ミステリを欠くってのは大変なことでね。どうしたってバカ本格方向か、パズル色の強い方向か、さもなければキャラクタ小説になってしまいがちって感じがある。やっぱきっちり伏線張ってロジックを固めるには、ある程度のボリュームがどうしたって必要なんだろうね。その意味では総計4編と収録作品数を絞り込み、うち2編の中編を含むこの作品集は、芦部さんの作品群の中でももっともストレートに本格色が出た本といっていい。……ま、その出来については必ずしも諸手を上げて推奨とは、いいにくいんだが」
G「ううん。ま、順番に行きましょう。まずは表題作の『赤死病の館の殺人』は書下ろしの中編。非常にストレートな、そして芦部さんらしい社会派的な視点のトリックを使った館ものですね。名探偵森江春策の助手、新島ともかチャンが偶然迷い込んだのは、ひとけのない山中に立つ奇妙な屋敷。そこはなぜかジグザグな形に建てられ、しかも部屋ごとに異なる色一色に塗られた不気味な屋敷です。……ま、ここいらあたりがポーの『赤死病の仮面』の引用なんですが……病んだ資産家が暮らすその屋敷に一夜の宿を請うたともかチャンでしたが、その晩、おそるべき怪現象に遭遇してしまいます!」
B「廊下というものが無くて、各部屋を通り抜けなければ次の部屋に行けないというミョーな構造、しかも目が痛くなるような原色で塗りこめられた各部屋という。そのムチャクチャ使いにくそうな館の設定からして、“パズルのための御都合住宅”であることがミエミエなんだけどね。しかし消失トリックはともかく、メインネタであるところの“館構造の必然性”はちょいと手強い謎。ある種の専門知識がないと、これはどうしたって解けないわけで。ネタそのものの面白さは別として、そのあたりの不手際がいささかラストの爽快感を削いでいるな」
G「でもこれは伏線なんて張りようがないでしょう。たしかに謎のための謎でありトリックのためのトリックなんですが、豊富にばらまかれた謎やら伏線やらを、キレイに回収して描き出す手際はけれんたっぷりで、ぼくは好きですよ。『赤死病』というポーからの引用を、現代的な視点で解釈し直したメインネタも、ちょっと社会派の香りがして葦辺さんらしい仕上がりだと思います」
B「続く『疾駆するジョーカー』は、原書房の『密室大百科』に収録された短編ね。これまた奇妙な構造の館に現れては消え、殺人を犯す“ジョーカー”の密室トリックがメイン。かなり厳重な“視線の密室”なんだけど、これは添付の館平面図をよおく見てるとすぐ解ける。単純だけど巧いね」
G「なんか“自分が解ける”と機嫌が良くありません? ……それはともかくパズル的な謎解きやトリックは、実は芦部さんのお得意の一つですよね。現象的にはかなりの不可能現象なんですが、ちょっと視点を変えるだけでジツにきれいに解ける。不可能犯罪もののお手本のような短編です。続く『深津警部の不吉な赴任』は、これまた雰囲気が変わり、寓話譚めいた奇妙な味のパズラーです。赴任してきたキャリアの切れ者警部を迎えた早々、発見された死体。……一見、なんということもない田舎の事件なんですが、そこに潜められた大胆などんでん返しは一級品。作者のミスリードテクニックが冴え渡っていますね。ユーモラスな語り口に気を取られていると、ホント足下を掬われちゃいます」
B「仕掛けはごくごく単純だし、パズラーとしては少々食い足りないんだけど、短編としてはたぶんこれが一番バランスがいい。で、最後の『密室の鬼』はまたパズルちっくな中編。殺人予告の脅迫状を受取った科学者は、厳重に戸締まりされたで入り不能の密室小屋に閉じこもる。さらに外からは警察が厳重な監視を……ところがその警察の面前で博士は殺害され、現場には博士自身が発明した大きなロボットが……。うーん、同じ短編集の別の作品2つを組み合せたような発想で造られたトリックで、ここいらあたりまで来ると作者の発想法が見えてくるから、わりと簡単に解けるね」
G「うっそー! ぼくは五里霧中でしたよ。真相にはびっくりしたもの。いやー、逆転の発想だなあって」
B「それはきみがアホだから。芦部さんに限らず、本格書きさんの発想って、やっぱりある種パターンがあると思うよ。別にそれが悪いってことじゃなくて……この短編集での芦部さんなってすごく頑張ってるしね……まあ、もう2つ3つお得意のパターンを開発したほうが良いだろうけどね。あと、付録で付いてる森江春策と新島はるかのイラスト……こういうのやめてほしいなあ」
G「なんで? カッコイイじゃないですか」
B「だって芦部さん自身は、森江探偵のコトあきらかに“カッコワルイやつ”として書いてるじゃん。こんなの見せられたら、芦部さんの描写なんてすっ飛ばして、まんまこの顔を思い浮かべちまうよ。それでもいいの? ……まーどーでもいいっちゃどーでもいいんだけどさ、なんでもかんでもアニメ顔にすりゃいいってもんじゃないわよね!」
 
●知的で優雅な達人の逸脱……ジャンピング・ジェ二イ
 
G「いまさらなんですが『ジャンピング・ジェニイ』、行きましょう。以前紹介した『最上階の殺人』とはまた違う、古典的な本格ミステリとしてはかなり逸脱の激しい作品ですが……これはやっぱりとんでもない傑作ですねー」
B「ふむ。1933年の発表だからバークリーとしては中期の作品だね。バークリーの作品の流れというのは、おおまかにいってしまえば古典的な本格ミステリ……謎解きパズルとしてのそれ……のカタチをどんどん崩し、逸脱していって、最終的には犯人や被害者の心理の謎に的を絞った心理サスペンスに行き着くわけで……」
G「ですね、とすればいうなればこの『ジャンピング・ジェニイ』はその過渡期にあたる作品といえるかもしれませんね。じゃあ、その内容を紹介しておきましょう。ミステリ作家にして名探偵のロジャー・シェリンガムが招待されたのは、いささか悪乗りが過ぎた仮装パーティでした。出席者が有名な殺人鬼や被害者の扮装をしているばかりか、会場の屋上に仮設の絞首台が作られ等身大の人形が3つもぶら下げられているのです。ともあれ人々はいたって悪趣味なその趣向を楽しんでいましたが、たった1人の女性のせいで会場にはにわかに険悪な雰囲気が漂いはじめます」
B「病的なほどのわがままで以前から嫌われ者だったその女性は、案の定パーティをぶち壊し姿を消してしまう……ところがほど経ずして、屋上の首吊り人形の一つが彼女の死体と入れ替わっていることが発覚する。もともと不安定な精神状態だった彼女のこととて、間違いなく自殺と断定する一同。しかし、現場の状況から“ある矛盾”に気づいてしまった名探偵シェリンガムが、よかれと思ってとった行動が、彼自身をとんでもなく皮肉な立場に追い込んでいく。複雑に交錯した思惑が、それぞれの行き違いと勘違いを増幅して事件は二転三転。ようやくたどりついたその真相は?」
G「いやー、ホンット面白いですよねー。フーダニットとしてはほとんど解きようのない、徹底して本格としての形式が破壊された作品なんですが、それでいてこれくらい濃厚に本格味を感じさせる作品というのも少ないでしょう。ことに徹底的におちょくられピエロ的な役割を演じざるを得ない名探偵のジタバタぶりは、なんとも愉快でたまりませんでしたね」
B「そうねぇ。たいして動きのある話でもないのに、そこに盛込まれたユーモアとスリルの豊かさはホントただごとじゃない。なんちゅうのかな、それまではじょじょに逸脱しながらもギリギリの線で守られていた古典的本格ミステリのスタイルが、この作品に至ってついに決定的に破壊されているという感じなんだな。ところが、この作品におけるスタイルの壊しっぷりってのがじつに知的で、センスのよい皮肉がたっぷり利いていて。結果として古典的本格ミステリのスタイル自体が内包する弱点や矛盾を、片っ端から鮮やかに暴いていく仕掛けになっているわけだ。……本格というものが好きで、本格をたくさん読んでいる人ほど大喜びせずにはいられない作品といえるね」
G「スタイルを破壊しているという点で、反発するマニアもいそうですが?」
B「ふん。この作品が発表された当時ならそういう反応も不思議じゃないが、現代の本格ミステリ状況にあってはそんな心配は不要だろう。本格ミステリのスタイルからの逸脱やルールの破壊は、もはや少しも珍しい光景じゃないしね。ただ、バークリイが凡百の逸脱者破壊者と違うのは、その古典的な本格ミステリ形式の技巧の奥義を完全なまでにマスターした上で、しかも緻密な計算に基づいてそれをやっているという点だね。つまり、本格の技法をマスターしているからこそ、本格という形式の弱点や矛盾をもっとも鮮やかに、刺激的に、そして面白く提示するよう逸脱することができたわけだ。まさに達人だからこそ可能な逸脱というべきだろうな」
G「そういう意味では、ほかならぬ“この時期”この作品が新刊として紹介されたのも、単純な古典復古ブームという以上の意味がありそうな気もしてきますね。時代のニーズみたいなもんが、そこにあったのかもしれませんね」
B「そうだな、たとえば殊能さんの『黒い仏』に不満だった人とか、ぜひ一読を勧めたいね。逸脱するならこれくらいスマートにカッコよくやってほしいな、と」
 
●ドライなドライブ感覚で復活にトライ……マリオネット症候群
 
G「では今月の10番目の椅子は、『マリオネット症候群』と参りましょう。メフィスト賞作家・乾くるみさんの数年ぶりの新作長篇ですね。まあ、徳間デュアル文庫の書下ろしですから、YAものなんですけど」
B「ヘンな作家さんが多いメフィスト賞作家の中でも、この方は1、2を争うヘンな作品を書くヒト。設定のこさえ方とか、細部のアイディアの練り込み方とか、基本は本格ミステリ体質であるように見えるのに、なぜか決まって作品後半では止めどなく逸脱がエスカレートしていくんだよな。そこが面白いっちゃ面白いんだが、ついてけない人にはついてけないだろーなー。まあ、そのあたりは今回も同様で、健在というべきなのかねー」
G「まあ、今回はそもそも本格ミステリを書こうとしてたわけじゃないでしょうから、とりあえずはブランクを感じさせない達者な書き振りだったのは確かですよね。さて、内容です。語り手を務めるヒロインは現役ブリブリの女子高生。バレンタインデイにアコガレの先輩に贈ったチョコレートの返事を、イマかイマかと待ち焦がれるごく普通の女の子……ところが、ある朝、そんな彼女がとんでもない怪現象に遭遇します。ドコカのダレカの心が、彼女の体に入り込み、好き勝手に動き回りはじめたのです!」
B「それだけならよくある人格転移ものなんだけど、作者の工夫はそこから先。というのは彼女の意識は健在だけど肉体のコントロールを失っていて、しかも入り込んできた別人の精神とはまったくもって交信不能。その別人は彼女の意識が存在していることさえ気づかない……という点なんだな。つまりヒロインは一切の行動の自由をくだんの侵入者に奪われ、そいつが何者かを探り出す手段も一切ないわけ。ただひたすら侵入者が彼女の体を使って勝手に行う言動を観察して、その正体を推理するしかない」
G「そうそう、その設定が明かされたときは正直ヒザを叩きまくりましたねー。これって要するに“部下のいないライムもの(ディーヴァー)”じゃん! ヒロインは否応なく安楽椅子探偵をせざるをえない立場に追い込まれてしまっているわけで。きっと侵入者ってのは連続殺人鬼かなんかの意識で、ヒロインは目の前で自分の肉体が次々殺人を犯していくのを見せられ、必死で侵入者の正体を推理しようとするんだ! とかなんとか。そんなトコまで妄想を爆走させちゃったほどなんですけど……」
B「わはは、アホかキミは。乾さんだぞ、書いてるのは!……ともかくそういう話にはゼンッゼンならないんだな。第一、侵入者の正体はあっさり明かされちゃうしね。ところが、その侵入者が実は殺人事件の被害者だってことがわかって、話はますます妙なほうに転がりはじめる」
G「侵入者自身はなぜかさほど自分を殺した犯人を見つけることに熱心ではないんだけど、逆にヒロインの方が推理力だけで犯人を見つけてしまいます。で、ヒロインの“マリオネット現象”の由来や法則といったメインネタの謎解きが進むに連れお話はグイグイ速度を上げ、トンデモなどんでん返しを連発しながら予想もできなかったエンディングになだれこみます」
B「その終盤のドミノ倒し感覚、というか果てしなく世界の底が抜けていくような肌触りは、まさしくある種のSFのそれだよね。アイディアを転がしてサプライズを炸裂させるドライブ感が全てって感じでさ。この種のYAものでは珍しいことだと思うんだけど、キャラクタの扱いなんか、ほとんどムゴイといいたくなるくらい徹底してドライ。……ちょっと初期の筒井康隆を連想しちゃったな」
G「そうですね。本格ミステリ的な要素は、ですからほとんど味付け程度なのですが、読み返すとそれなりに伏線は張られているし。細部の作り込みはけっこう精密ですよね。むろんアイディア・ストーリィとしては十分楽しませてもらいましたし……活動再開のノロシとしては十分以上の完成度だったかなと思います」
B「しかし、さっきキミがいったように、これって本格ミステリ的にも非常に魅力的な設定になりえたと思うんだよ。そりゃどう転んだってストレートな本格には成りようが無いけど、異世界本格/特殊ルールものの実験作に仕立てたら、非常に示唆に富んだ内容になったと思うんだ。なにもこんなカタチで浪費(というのは言い過ぎかもしれんが)しなくてもいいのになあ」
G「いや、これはこれでいいんじゃないですか? 徹底して読者の意表をつくことに力を注いでいる作者のスタンスは見事に成功しているし、読者層を考えれば本格の実験作よりはやはりこれでしょう。まあキャラクタ小説としてはいかがなものかと思いますけどね。来年は長篇の書下ろしや雑誌連載も始まるそうですし、本格ミステリ系の仕事にもおおいに期待できるんじゃないでしょうか」
B「しかし、数年ぶりの復帰作がこれというのは、私的にはやっぱしモノタリナイ。きっちりした評価は、本格畑の長篇なりを読んでからにしたいと思う。ま、お手並み拝見というところか」
 
#2001年10月某日/某スタバにて
 
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