battle69(11月第2週)
 


[取り上げた本]
 
01 「ハリウッド・サーティフィケイト」    島田荘司          角川書店
02 「新本陣殺人事件」            矢嶋誠・若桜木虔    河出書房新社
03 「有栖川有栖の本格ミステリライブラリー」 有栖川有栖         角川書店
04 「北村薫の本格ミステリライブラリー」   北村薫編          角川書店
05 「ささら さや」             加納朋子           幻冬舎
06 「エンプティー・チェア」         ジェフリー・ディーヴァー  文藝春秋
07 「試験に出るパズル」           高田崇史           講談社
08 「第三の銃弾[完全版]」         カーター・ディクスン    早川書房
09 「長く短い呪文」             石崎幸二           講談社
10 「DOOMSDAYー審判の夜ー」        津村 巧           講談社
  
 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●2001年型島田荘司のありったけ……ハリウッド・サーティフィケイト
 
G「2001年、島田さんは2本の長篇を発表されましたが、もう1本の『ロシア幽霊軍艦事件』に比べるとこちらはなぜかあまり言及されることが少ないですねえ。読んでる人も少ないような……なんなんでしょうね。古典的な本格ミステリのスタイルで、しかも歴史ミステリの側面も持つ『幽霊軍艦』に比べれば、こちらの方がずっと間口の広い作品に思えるんですけど」
B「わからんねー。スリラーとしてのストレートな面白さといい、キャラクタの派手なアクションといい、ひたすら面白いハイテクスリラーだと思うんだけどね。分厚いハードカバーなんで手が出しにくかったのかしらん。まさかみんな、連載時に読みきってたわけじゃあるまいに」
G「不思議ですよねー。さて、今回の舞台はLA、ハリウッド。そして主人公はハリウッド女優のレオナ・マツザキ……ごぞんじ御手洗シリーズのサブキャラが、今回は主役を張っての大活躍の巻です。ロス市警に届いた1本のビデオテープ。それはレオナの友人でもあるハリウッド女優が、辱められ惨殺されるシーンが撮影されたスナッフ・フィルムでした。それを見たレオナは怒りに燃えてみずから捜査を開始します。その矢先、レオナは1人の記憶喪失の若い女性と出会います」
B「ジョアンと名乗るその娘は、なんと人為的に腎臓と子宮を摘出されていた! じつは殺害されたレオナの友人も臓器と背骨を持ち去られており、レオナはそこにジョアンの過去との関連を見出す……かくて“最強”の女探偵レオナの探偵行が始まる。ハリウッド女優としての権威(?)と度胸、行動力、そして人脈に金の力も総動員して、レオナは裏ポルノ業界からさらなる闇の世界へと突き進む」
G「一方、レオナに保護され、女優へのチャンスを与えられたジョアンでしたが、自身の謎めいた過去を探るうち偶然レオナの不審な行動を知り奇怪な疑惑に取りつかれます。もしや犯人は……。レオナの地獄巡りめいた捜査行とジョアンの自身の過去を探る迷宮巡りと、2つの探索行が巡り合ったとき、驚くべき真実が姿を表します!」
B「ともかくハリウッド女優レオナの豪快な女探偵ぶりが印象的よね。御手洗シリーズではいまいち輪郭がハッキリしなかったレオナだけど、本作ではもうイヤってほど強烈な個性が脳裏に焼き付いちゃう」
G「ハリウッドのスター女優という存在が、そのパワーはもちろんダークな部分まで含めて、実にくっきりと描かれているんですよね。そんな飛びきりのヒロインが、超高速のブルドーザーみたいに八面六臂の活躍を見せるんだから、これが面白くないわけがない」
B「ことにレオナのパートでは、裏ポルノや臓器売買等といった今日的な話題が豊富に取り込まれ、非常にスケールの大きな、そして今日的な社会派スリラーとしても読める仕掛けで。ごんごん読ませて、しかもずっしり重い手応えは、さすがに島田荘司だね」
G「しかもレオナのパートがグイグイ読ませるのでついついそちらに目が行くんですが、そうすると実は作者の大胆なトリックに引っ掛かり、ラストでは思わず声をあげてしまうことになるわけで。……強烈ですよね、今回のサプライズは」
B「トリックとしてはシンプルなものだから気がついてもおかしくないし、そもそも実に大胆な伏線が張られてるんだけど……この2本立てのストーリィラインというのが曲者なんだよな」
G「その部分のメインネタは、やはり作者が近年注目している脳科学分野のアイディアが活かされたトリックになってますね。使い方はシンプルだけど、それだけにサプライズは強烈です」
B「ただまあ、これはあくまでスリラーとしてのサプライズ演出であって、本格ミステリとして読むのは難しかろうね。無論、細部の……特にジョアンのパートなんかでは“不可解な謎-論理的解明”というネタが幾つかしこまれているけど、総体としてはあくまで重厚濃密にしてスピード感あふれるスリラーというスタンスだ」
G「まあ、ぼくもこれを本格ミステリと強弁するつもりはありません。でも、社会派的なネタに先端科学的なネタ、そしてもちろん本格ミステリ的なトリック。ついでにキャラクタ造形の剛腕ぶりまでひっくるめて、ある意味島田荘司という作家のありったけが注ぎ込まれた、たいへんゴージャスな作品と言えるんじゃないでしょうか」
B「まあ、そのぶんストーリィ的にはいささか類型に流れたキライはあるね。むろん天性のストーリィテラーである島田さんの場合、その類型をとことんサスペンスフルに語ってくれるわけだけど」
G「ともあれラストでは、このアメリカを震撼させた一大事件も、後に続くさらなる大事件の予告編に過ぎなかったことが暗示されるわけで……いったいどこまでこの方向がエスカレートするのか。もしやそれが来たるべき“21世紀本格”の決定版となるのかetcetc。今後もますます目が離せないって感じですよね!」
 
●無恥のナミダ……新本陣殺人事件
 
B「ええーッ! なんでいまさらこんなんやるのさ。去年出たとき黙殺が相応しい! とゆー結論になったじゃんよ」
G「いや、でもコレって文春のベストで、5位にランクされたんですよ」
B「んなこたぁ知ってるけどさ。だからって今さらココに取り上げる意味なんてないでしょうに」
G「いや、けっこう問合せがあるんですよ、あれって面白いんですか? っていう読者さんからの質問が。文春ベスト入り以降頻々と」
B「ええい、面倒な! あれはなんというか単にダメダメなだけのミステリであって、ムキになって叩きたくなるほどの個性も毒もない。ホーントフツーにダメダメで、それ以上でもそれ以下でもないどうでもいい作品なのッ! それだけッ!」
G「……でも、あの本って、なぜか瀬名秀明さんが“推薦文”書いてたりするし、それよりなによりタイトルがタイトルだから、けっこう気にする人がいらっしゃるようなんです。だからまあ軽くGooBooしておこうかという」
B「ふん。ちなみにくだんの瀬名推薦とはこれ。『なるほど、これが“現代”の本陣か!娯楽ミステリーかくあるべし。今夜は退屈なTVを消してこれを読め』……あ〜っほかーい! 瀬名さんってば、作者に弱みでも握られてるのかあああああッ!」
G「ま、そゆわけで……。静岡知事選を目前に、候補者の1人の旧本陣当主が雪に閉ざされた密室で毒殺されます。同じ頃、今度は都内女子高の体育館で校長が縊死。これまた雪に閉ざされており、しかも現場からはいずれも多額の債券が消失していました。……というわけで、遠く離れた2つの現場はいずれも典型的な、そしてかなり厳重な“雪密室”。でもって一方の被害者が旧本陣の当主であり、その殺害現場は離れ。むろん事件の背景には旧本陣の血脈のヒミツが存在すると。このあたりが『本陣殺人事件』の本歌取りたるゆえんでしょうか」
B「ついでにそこに選挙がらみ利権絡みの社会派的背景もひと垂らしして、たぶんそのあたりが『新』なんだろう。その利権絡みの背景や探偵役を務める2組のアベックの造形の薄っぺらさは、このクラスのミステリではごくフツーのダメさ加減。2つの雪密室のトリックや2つの事件の交錯の仕方といったプロットも、これまたこのクラスではナミの出来。才能のない作家のルーティンワークという感じで、心底どーでもいいレベルだよなあ。このクラスのミステリつうのは、それはそれでそれなりの需要があるんだろうから、別に私がめくじら立てるこたぁないんだよね」
G「なんですか、さっきからおっしゃってるその“このクラスのミステリ”というのは」
B「講談社ノベルスやカッパといった一線級ではない、あまり聞いたこともないような会社のノベルス、新刊が出ても書店店頭で平積みされないようなノベルスやダイソーあたり……を主戦場とする作家さんたちのコトよ。賞がらみのデビューではなくて、指向的には西村・内田・赤川ラインなんだけど、あまりにヘタなので重版は決してかからぬ程度の売行き。2時間ドラマ化が最大の目標だけど、未だかなわぬ夢、という作家さんたち。たとえば具体的に名前を挙げれば……」
G「だーッ、実名表記はやめんかーい! ったくもう、差し障りがありすぎですッ」
B「そうはいっても、この手の作家さんたちの需要ってやつも、そりゃああるにはあるんだろう。西村・内田・赤川ラインの新刊が見当たらなかった時とか。サラリーマンの通勤のお友にってやつ? だからね、いーんだよ別にそういうミステリがあっても。そっちはそっちで勝手にやって下さいって感じでさ」
G「とゆーことはつまりこの作品についても、なまじ“新・本陣”なんていう、“それもん”のタイトルをつけて“それもん”の設定にしてるから引っ掛かると」
B「まあ、突き詰めればそういうことなんだけどね。“本陣”をはじめネタバレっぽい文章も多いしなあ……。なんでまたワザワザこういう作品を書いてナミカゼ立てるかな、と。しかもいかなる政治力を使ったか知れないが、文春ランキング入りさせて、モロトモに恥をさらしまくる。なんかこう、そぞろ哀ししくなってくるんだよねー」
G「作者さんのHPとか拝見すると、それでもけっこう堂々と自信作っぽいことを書いているし、ランキング入りした件についても素直に喜んでいらっしゃるみたいですね」
B「私が不思議なのはさ、フツーにダメダメなもんを書くのは、まあ仕事だから仕方ないとして。その自作品のレベルとか位置づけって、自分じゃわからないものなのかなってことだね。恥ずかしいと感じないのかね。……ともかく、こんなシロモンにスペースを使うのはもうこれくらいにしよーぜ!」
 
●いい仕事してます……有栖川有栖の本格ミステリライブラリー
 
G「北村さん編纂のそれと2冊セットで愉しみたい、内外の本格ミステリ短編アンソロジーですね。こちらの編者は有栖川有栖さん。選ばれているのは古典ばかりではないけれど、いずれも現在では読むことすら難しい幻の作品ぞろいです」
B「本格ミステリのフィールドを極端に広げて作品を採取している感じの北村さんに比べると、こちらはストレートな王道本格って感じかね。『読者への挑戦』『トリックの驚き』『線路の上のマジック』『トリックの冴え』という四部構成で、きれいにまとめられている」
G「『1.読者への挑戦』に収められた3作は無論、犯人当てのパズラーでいずれもクオリティが高い。ことにSF方面の批評家・翻訳家として名高い巽さんが、伝説の(っていまでもやってるんでしょうけど)京大ミス研の犯人当て課題で書いた『埋もれた悪意』は鮮やかなミスリードが印象的です。かつて『飛ぶ男、堕ちる女』という長篇でマニアの話題を呼んだ幻の作家・白峰良介さんの『逃げる車』も実にスマート、かつ華麗なロジックにびっくりしましたね」
B「それに比べると、つのだじろうさんの『黄金の犬』が古色蒼然として感じられるのはマンガのせいかねえ。フェアにかっちり本格をやってるんだけど、ネタがいささか幼稚なバカミスなんで絵にされるとちょいとツライ」
G「でも、犯人限定のロジックは結構論理的だったですよね。第2部の『トリックの驚き』は海外作品が3篇。マニア感涙の幻の作品『五十一番目の密室』に、世界のワトスン役大集合という楽しいパロディ『「引き立て屋倶楽部」の不快な事件』。そして、“名無しのオプ”シリーズの『アローモント監獄の謎』は強烈な不可能興味あふれる冒頭の謎が印象的なバカミスです」
B「『五十一番目の密室』は、まあ乱歩のあれはこれだったか、と。ハナシのタネ以上のものではないな。『「引き立て屋倶楽部」の不快な事件』はパロディとして目のつけ所がいい。しかし、なんといってもいけしゃあしゃあとトンデモないバカをやる『アローモント監獄の謎』が最高! ネオハードボイルドの作家とされるプロンジーニだけど、この人はもともと本格志向の強い人でね。本格読みならネオハードボイルドに分類されてる“名無しのオプ”シリーズも、チェックしておいたほうがいいかもよ。でもまあ、ここまでバカをやる人とは思わなかったけどねー」
G「続く『線路の上のマジック』は鉄道もののミステリを2篇収録。『生死線上』はスイスの鉄道ミステリ、なのに作者は台湾人という珍品中の珍品です」
B「これはもう、その珍品さ以外取り柄のない作品だな。むしろ国産の、しかも本当の鉄道員が書いた『水の柱』が面白い。巧くはないんだけど、さすがに鉄道に関する経験と知識が生かされて、本格としてもよく練られている。この人、ほかに作品があれば読みたいねえ!」
G「最後の『トリックの冴え』には、内外2篇を収録。『「わたくし」は犯人……』は、海渡さ英祐のトリッキーな作品。騙りのテクニックで読ませます」
B「ラストはスラデックの『見えざる手によって』。わりと有名な作品だけど、あらためて読むとこれまた語り口の巧さが際立ってるね。大切なのはやっぱ演出なんだな、と」
G「幻の作品ばかりというと、実際には話題先行というケースも少なくないんですが、このアンソロジーは内容的にもアベレージの高い本格作品がそろっています。お勧めですよ」
B「これは、有栖川さん、いい仕事をしたね」
 
●汎本格ミステリ主義者の確信犯的犯行……北村薫の本格ミステリライブラリー
 
G「では続きまして、姉妹編にあたるこちらも紹介しておきましょう。前述の通り、有栖川さんに比べると、本格ミステリとしてはかなりの変化球も含まれているのが特徴ですね」
B「本格ミステリというより、本格ミステリの精神を伝えるものってことなんだろうね。それにしてもよくわからないっつーものもあるが」
G「そのあたりの考え方については、巻末の『あとがき代わりのミステリ対談』で、北村さんと有栖川さんが冒頭から思い切り対立してたりして愉快ですね。さて、内容ですが、こちらは6部構成になっておりまして。まず『1.懐かしの本格ミステリー密室三連弾プラス1』と題して海外の珍品が4作。『スクイーズ・プレイ』と『剃りかけた髭』は、アメリカの若干16歳の少年が書いた作品。あのクイーンが発掘し紹介したという点がミソですね」
B「いずれも密室で、いかにもマニアな少年が考えそうなバカトリックだね。文章はさすがに辛いし、ネタ的にも作者の年齢と考え合わせて“微笑ましい”というしかないものだけど、たとえば『本格推理』に載ってたら“上の部”の出来と思ったかもしれない」
G「でも、けっしてアイディアだけの作品ではないですよ。キャラクタだってちゃんと工夫しているし、ネタの見せ方もよく考えている。添付されたクイーンの推薦文もいい感じです。ロバート・アーサーの『ガラスの橋』は、二階堂さんのアンソロジー『密室殺人コレクション』(原書房)に収録されたものと同じ作品です。あちらは新訳ですが。ぼくはこれ、好きですねー」
B「まあ、バカミスだからね。むしろこちらの古い訳の方が、雰囲気が出てるといえるかも知れない。プラス1のブロックマン『やぶへび』は、まあ珍品という以上のものではないなあ」
G「続く第2部は『田中潤司語るー昭和30年代本格ミステリ事情』と題するインタビュー。終戦後の第一次本格ブームの頃の貴重な内部証言って感じで、とても参考になりますね」
B「続く第3部は『これは知らないでしょうー日本編』と題され、珍品中の珍品が2作。有栖川版が京大ミス研の作品なら、こちらは早大! ってことで。早大ミス研の機関誌『PHOENIX』掲載の作品だね。でも、どちらも京大のそれに比べると少々見劣りするかなあ。『ケーキ箱』は、それでもまだアイディアが面白いんだが、『ライツヴィル殺人事件』は、幼稚なパロディって感じの本編よりも新井素子のツッコミとか吾妻ひでおの挿絵(?)とか、おまけの部分の方が楽しいというシロモノ。ま、お遊びでしょう」
G「続く第4部は突如『西條八十の世界』と題して、詩人・西條八十の短編と翻訳が3つ登場しますね。西條八十と本格なんていかにもミスマッチなイメージですが、実はこのひと本格が大好きだったそうで、収められた『花束の秘密』はなるほどきちんと本格している」
B「まあ、本格しているのは確かだが、それ以上のものではないわけで。正直他愛なさすぎて拍子抜けしちゃったな。やっぱ根本的に向いてないよなあって感じね。ついでに翻訳3連発はダンセイニが2本にギブランが1本……これも本格とはいえないでしょ。本格の精神、ってのもかなり怪しいと思うぞ」
G「北村さんのお気持ちはわからないじゃないですよ。3篇ともそれっぽい雰囲気はあると思います。続きましては第5部『本格について考える』で、本格の可能性の広がりを多角的に捉えた異色作が3編そろいました。都筑道夫さんの『森の石松』は、タイトルどおり森の石松をめぐる歴史推理……っていうか、森の石松にかかわる小さな疑問から、推測に推測を重ねてトンデモな結論に行き着くという、都筑さん流『時の娘』。といったら大げさか。でも面白かったです」
B「憶測に憶測をかねていくロジックの積み重ねが、いかにも都筑さんらしいよねー。こういう屁理屈こねさせたら天下一品だわな。飛躍が多いのは確かだけど、私も好みではある」
G「続く『わが身にほんとうに起こったこと』は、いうなれば“あなたに似た人”に続々遭遇しちゃうという奇怪な謎のお話。謎解きは……ファンタジー領域のロジックですね」
B「合理的に解明できたらスゴイんだけど……まあ、幻想小説よね。本格ミステリのプロットで幻想小説を書いてみました、という。真剣に読んでもケムにまかれるだけ。続く吉行淳之介の『あいびき』も本格ではない。面白い奇想小説なんだけどね。そうなんでもかんでも本格にカテゴライズする必要は全然ないでしょうに」
G「でも、『あいびき』は吉行淳之介らしからぬ作品で、ぼくはとても興味深かったですけどね。本格かどうかという点については、本格の匂いというか、発想の方向性みたいな点で、類似点が無きにしもあらずというところでしょうか。まあ、そんなこんなでストレートに本格とはいいにくい作品が続いたんですが、そこは“本格原理主義者”の北村さん、オーラスでビシッとい締めて下さいました」
B「名作の誉れ高い、ブランドの密室もの『ジェミニー・クリケット事件』のアメリカ版だね。よく読まれているイギリス版とは、ラストのオチなど2箇所ほどの異同がある」
G「ささいな違いといっちゃえばそれまでなんですが、本格ミステリ的にはどうでしょうね。こっちの方がスマートつうか」
B「読み手の好き好きって気もするけど、個人的にはこちらの方が良かったな。……いずれにせよ、ラストのこの作品が、このアンソロジーにおける一番の収穫だな」
G「いや、有栖川さんの本と並べれば好一対という感じですよ。他では読めない作品も多いし、2冊揃えておいて損はないでしょ」
 
●酔っているのは誰……ささら さや
 
G「加納さんの『ささら さや』は短編8つを収録した連作短編集。目の前で夫が交通事故で死に、赤ん坊を抱えてけなげに生きる……生きようとするヒロイン・さやと、そんな彼女を陰ながら見守る“幽霊になった夫”の物語です」
B「ヒロインのさやはお人よしで気が弱く、死んだ夫のことをいつまでも思い続けているという……安手のドラマなんぞでアリガチなタイプ。で、彼女が次々事件に巻き込まれると、幽霊の夫は霊感のある別人に憑依して謎を解き事件を解決して彼女を助ける、と。これが基本的な構図だな」
G「なにしろこういう設定なので、作者はことさら泣かせようとはしていないのですが、危なっかしくもけなげなヒロインと、助けたくても助けられない幽霊夫とのもどかしい交錯が切なくて。おのずと涙腺が弛む仕掛けになっていますね」
B「っていうか、要するにこれは映画『ゴースト』の焼き直し。さりげなく見せてはいるが、じぃっつにアザトイ仕掛けなんだわな。その仕掛けの大半は、キミのようにバカな男を婉曲に泣かせるために作り込まれた、くそ甘ったるい夢物語に過ぎなくてさ。こういうのを“人間への暖かい視線”だなんて抜かしては、キミみたいなスットコドッコイが手もなく引っ掛かるのが大笑い。例によって決して現実を直視できない/しようとしない、幼児的なヒロインの造形と共に、不愉快きわまる一冊だったね」
G「まぁた、ayaさんってどうしてこの手のキャラクタにキツイんですかねえ」
B「こういうあざとい媚び方が、あたしゃ心底嫌いなの! そりゃね、その方がドラマチックで泣けるだろうけど、許せないわけよ。たった一人の息子の危機に直面してさえ自分では動こうとせず、結局、死人の旦那に助けられるのを待つだけちゅーこのヒロイン! 女の風上にも置けないね」
G「だから、そんな頼りないヒロインが数々の事件を通じて、少しずつ自立していく、いわばヒロインの成長小説にもなっているわけじゃないですか」
B「なあにを洒落臭い! そんなくそ甘ったれた成長なんぞ成長であるもんかい! 何から何まで甘えやがって、おまえの“自分”ってモンはいったいどこにあるんじゃい! って感じでさぁ。ったくもう読んでるとイライラしちゃって“本格として”どころじゃなかったわよ」
G「ぼくは日常から謎を切りだしてくる手際やヒロインと事件とのつなぎの付け方など、細かいところで技を使ってるなあと思いましたよ。なんちゅうかセンスがいいんですね。アッと驚くようなトリックや仕掛けがあるわけじゃないけれど、さやの成長とシンクロするように配置された事件の謎も、謎解きも実にさりげなく気が利いている。バランスもいい」
B「そりゃね、巧いとは思うけどさ。どれもこれも小手先……といったら失礼だけど、さして練り込んでもいないアイディアをストーリィテリングの技術だけで読めるレベルに料理している印象で。正直、本格としてはみるべきところは特になにもないルーティンワークだね。ともかくこれってさあ、自分のこさえたあざとくも泣ける設定に、作者自身が酔ってるんじゃないのか?……あたしゃそういう自覚を欠いた媚び方が、いーっちばんいやなんだよ!」
 
●パーフェクト・ストーリィ……エンプティ・チェアー
 
G「では『エンプティー・チェアー』行きましょう。リンカーン・ライム・シリーズ第3弾です。このシリーズはみーんな傑作なんですが、今回はその中でもベスト。ベスト・オブ・ベスト。本格という枠さえ付けなければ、ぼくは個人的に2001年度の海外ベストミステリですね」
B「まあ、毎度お馴染の目眩くどんでん返しの嵐なんだけど、今回はまたいちだんと凄まじいからなあ。終盤はまさにページをめくる毎に、ガラガラと音を立てて世界が崩れ落ちていくって感じで。また、ライムもサックスもシリーズ最悪のピンチに追い込まれて幾度となく絶体絶命の危機に追い込まれたりするし。そのサスペンスはたしかに超弩級だあね」
G「内容をちょっとだけ紹介しておきましょう。いうまでもなくシリーズヒーローの犯罪学者リンカーン・ライムは、脊椎損傷で左手の薬指しか動かせない重度の身体障害なんですが、今回NYを離れ、ノースカロライナの名医の元へ一か八かの手術を受けに行くことになります。介護人のトム、そして相棒にして恋人の女性警官サックスを引き連れ、病院にやって来たライム。しかし、そこへ地元の田舎町の保安官が地元に事件捜査への協力を要請しに来ます」
B「男を殺して2人の女性を誘拐した犯人の追跡を指揮してほしい……その依頼を、ライムは手術までの暇つぶし代わりに1日だけの約束で引き受ける。当初、事件そのものは非常に単純なものに思えるんだな。犯人は昆虫少年とあだなされる孤児のティーンエイジャーで、始終問題を引き起こす街中の嫌われ者。以前起こったいくつもの殺人や自殺事件でも疑われているいわくつきの人物とはっきりわかっている。ただしこの昆虫少年、そのあだ名通り昆虫と地元の地形に異様に詳しく、人家も稀な大湿原地帯に姿を消して行方がしれない。だからライムお得意の科学捜査で、現場に彼が残したわずかな痕跡から、その逃走経路を割り出して欲しい、というわけだ」
G「なんせ田舎のことですから分析機器もろくに無い。しかもライム自身も土地勘が全くないし、実際の捜索にあたる現地警察はよそ者に微妙な反感があって思うように動いてくれない。四面楚歌の状況なんですが、それでもライムは、僅かな僅かな手がかりの組み合せから推理一つで犯人に肉薄。むろん犯人側も少年とは思えない知恵でその裏をかこうとするわけで。知恵比べの果てに事件は一応の解決を見るるわけですが……実はここまででようやく1/3。ここでガラリと話の“向き”が変わり、本筋はここから……以降はもう前述したような目眩くどんでん返しの連続! で、まさに息をもつかせぬ展開です」
B「ことに今回は、ある理由からライムとその弟子であり恋人であるサックスが真正面から知恵比べをするはめになるわけで。これはシリーズ屈指の見せ場だろうね」
G「そうですね。で、そんなサービス満点のクライマックスがあるのに、それさえもエピソードの1つとしか思えなくなるくらい、後半は意外な展開の連続で。縦横に張られた伏線が小気味いいくらい次々と効いてくる。お馴染のこのディヴァー・タッチは今回シリーズ最高の鮮やかさですよね。シリーズ3作目ともなるとさすがに手口も察しがつきますから、今度は騙されないつもりでいたんですが……やはり引っ掛かっちゃいますねえ。ああ、これは伏線だなと思っていろいろ想像するのですが、必ず予想外の方向から引っ繰り返される。まったく神がかり的な技巧です」
B「まあ、そのあたりがあざとすぎるというか、作者自身が技巧に酔ってる気配もないではなくて。ディヴァー・タッチが鼻につく向きもあるのは理解できる。物語もキャラクタも舞台も、全てが徹底して人工的で、全てが作者の仕掛けたどんでん返しに奉仕するためだけに存在しているんだよなあ。不自然といえばこれほど不自然なお話もない」
G「それはわかりますが、ぼくはこの徹底した人工性こそが好きなんですよ。物語のために無駄な要素が文字通り1つもないというか。ディーヴァーの小説では、小さな疑問、あるいは小道具やちょっとした一言が、後々確実に伏線として生かされるわけですが、たとえばキャラクタだってそうなんですよね。ありがちなステレオタイプは1人もいなくて、脇役も含め全員が裏も表もある奥行きのあるキャラクタに描かれているんですが、これまた、その奥行きのあるキャラクタ自体がそのままどんでん返しの伏線になっている。完璧ですね、完璧なエンタテイメントストーリィだと思います」
B「まあ、探偵役が固有の専門知識を生かして推理していく辺りも含めて、本格ミステリ的にはせいぜいシャーロックホームズものと同レベルって感じはあるけど……1つとのストーリィとして見た場合、このスキの無さは只事ではないね。うん、傑作といっていいだろうな」
 
●パズルと本格との境界線上……試験に出るパズル
 
G「『試験に出るパズル』は『QED』シリーズで知られる高田崇史さんの『千葉千波の事件日記』シリーズの方の新作。こちらは美形高校生探偵・千葉千波君が活躍する短編シリーズですね」
B「長篇の『QED』シリーズが歴史推理としてかなりトンデモな方向へ爆走しつつある一方で、こちらは短編ということもあってかパズル色の強い作品ぞろい。むしろどんどん小説らしさを削ぎ落としてミステリパズルに近づいてるね」
G「その意味では、“さらり・はらり・ぱらり”系の天才美少年の名探偵をはじめ、凡人ワトソン役の語り手である浪人生の“ぴいくん”や豪傑風の友人・饗庭慎之介など、ステレオタイプの人物造形もさほど気になりません」
B「っていうか、どうでもいい感じなんだよなー」
G「収められている作品は5篇。まずは『9番ボールをコーナーへ』。警官がぴったりマークし続ける麻薬の売人。しかし、いくら綿密に見張っていてもしっぽを出さない。どうやら警官の目の前で組織と連絡をとっているらしいのですが……」
B「小説としてもものすごく不自然なシチュエーションであるのは、まあパズルとしてのお約束ということで。でもこれはパズルとしてもあまり面白味が無かったね。続く『My Fair Rainy Day 』も似たような趣向。ホテルのレストランで消えた黒新樹の行方。もうほとんど小咄!」
G「ぼくは嫌いじゃないですよ。この作品の解決の付け方はきれいだし、意外性もそこそこあるんじゃないですか。また、この作品に限らず、解決が必ず二段オチになっているところも好きですね。続く『クリスマスは特別な日』はちょっと大掛かりな事件。不規則に爆破事件を起す連続爆破の意図は何か」
B「しかし、パズルとしてもどんどん複雑になっていくというか。好きな人は好きなんだろうけど、ミステリ的なヒキがいかにも弱い。本格として読んでいくとちいとも解く気にさせてくれないのな。これって結構致命的な気がするけどねえ。次の『誰かがカレーを焦がした』もくだらないんだ。友達同士が交替で火の番をしていたはずなのに、いつの間にか焦げていたカレーの謎、だってさ。タイトルはあきらかに東野作品のもじりだけど、別に人は死なないよ」
G「単純ですが、これはきちんとどんでん返しもあるし、ロジックもきれいで面白い。そしてラストの『夏休み、または避暑地の怪』は、パズル指向をさらに徹底した作品ですね」
B「どこかのクイズ本に載っててもおかしくない、非現実的というか人工的なシチュエーションだもんな。見分けのつかない三つ子の小坊主。だけど1人は必ず嘘をつき、1人は決して嘘をつかない云々、じゃあどいつが犯人だ。パズルだよなー。こういうのまーったく解く気にならないんだよな」
G「たしかにパズルそのままですが、だからこそ解くための手がかり・条件設定はきちんと与えられているわけで。本格としての要件は満たされているともいえるのでは? 特にラストのこの作品なんて謎解きも複雑ですが論理的で、それ自体面白い」
B「これはあくまでパズルであって、読者は“最初から解こうとするつもり”で読むことを前提に作られている。つまり作者自身は“読者を解く気にさせる”ための演出/小説的な手続きを一切合切省略してしまっているんだね。こういうのを本格といわれても困るわけで。何より解こうという気にならないし、名探偵が解く過程を読んでもちっとも楽しくないんだよな。謎やロジックそれ自体に演出が無い。飛躍が無い。驚きが無い。好みなのかもしれないが、本格の楽しさってのは、数学の問題を解くのとは、やっぱりだいぶ違うだろう」
G「うーん、違うかもしれませんが、こういうのもありでしょ。いっそパズルらしさをさらに徹底させて、『夏休み、または避暑地の怪』の方向に突き進むのもアリかなって思います」
B「森さんみたいな方は好きなんだろうけどね。まあ、解説を書いているくらいだから当然か」
 
●ツギアテだらけのはなれわざ……第三の銃弾
 
G「カー、行きましょうか。カーター・ディクスン名義の幻の中編として名高い『第三の銃弾[完全版]』です。この作品については、この[完全版]というところがミソですね」
B「まあ、有名な話なので今さらなんだけど、元々この作品は雑誌掲載のためにカットされた“不完全版”が流布していたト。で、そのカットを行ったのが、かのエラリー・クイーンだったト。して今回ようやくカット前の原型/完全版が紹介されたト。まあ、クイーンもずいぶんと乱暴なことをしたものよね」
G「あらためてこの完全版を読んでみても、どこといって冗長な部分は感じませんものね。むしろストーリィは、このネタならもっと長くていいってくらい駆け足な印象です」
B「まあ、そうはいっても相当無理無理な話ではあるし、偶然の多用も感心しない。本格ミステリとしての練り込みは全然足りてないような感じがする。そのぶん、サスペンスは強烈なんだけどね」
G「この作品が発表された年はあの名作『火刑法廷』が、そして翌年には『ユダの窓』が出されたそうですから、作者にとってもイケイケの時代だったんでしょうね。たしかに勢いで書いてる感じはありますが、やはりメイントリックのはなれわざぶりには、“さすがカー!”と声をかけたくなるような、なんとも強烈な不可能興味が盛込まれています」
B「恨み重なる判事への犯行予告をした容疑者が、判事のいる離れ家にやってくる。警戒中だった警部の面前で容疑者は判事の部屋に侵入し、2発の銃声が響く。一拍遅れて部屋に飛び込んだ警部の目に映ったのは、射殺された判事の死体と拳銃をもった容疑者だけ。容疑者自身も拳銃を発射したと証言するしで、つまりはどう見ても彼の犯行としか考えられない状況なんだな」
G「ところが、その単純な事件が、捜査が進むに連れ急速に不可解な色彩を強めていくんですね。部屋の隅にあった大きな花瓶の底から別の拳銃が発見され、これも一発発射した形跡がある。つまり容疑者の拳銃が1発、花瓶の底にあった拳銃も1発、計2発で計算は合う……はずでしたが、解剖の結果、判事を殺したのはそのどちらの銃弾でもない“第三の銃弾”だったことがわかります。では、監視する警察の面前で、最初の二つの拳銃の銃弾はどこへ消え、判事を殺した第三の銃弾は何処から出現したのか? この謎は強烈です」
B「一見単純な事件が捜査の進行につれて急速に不可解の度を増していく展開は、強烈なサスペンスにあふれててマル。だけど、その解明の仕方は相当以上に強引だなあ。いくつもの偶然の重なりと綱渡り以外のなにものでもないトリックで、辛うじて説明を付けている、というレベルだね。この完全版でもまだアイディアの練り込みやディティールの書き込みが不足している感じで、解決篇を読んでもきれいに腑に落ちてくれない。なあんとなくだまくらかされたような気分で、満足というにはほど遠いね。カーとしては下の上くらいの出来だろう」
G「たしかに設定自体に無理があるし、謎解きのディティールは強引な辻褄合わせの嵐ですけど、とにもかくにもこんな手の込んだ不可能犯罪を考え、しかも曲がりなりにも論理的な説明をつけてしまうカーは、やっぱりスゴイとしかいいようがありません。こういうことをマジでやろうとし、実際にやってしまう……その稚気あふれる精神がいいんですよ」
B「まぁねえ、カーらしいっちゃカーらしいんだけど、アイディア先行で手が追いついてない感じはどうしても残るね。カーだからという理由だけで許せちゃうひとはいいけど……。仮にいま新本格の作家がこれを新作として発表したら、確実にフクロにされるぞ!」
 
●これでいいのか・これでいいのだ……長く短い呪文
 
G「メフィスト賞作家・石崎幸二さんの『長く短い呪文』は、ごぞんじ女子高生ミステリ漫才シリーズの第3作。まあ、デビュー1年目で長篇3作ですからかなりのハイペース。失礼ながら、このシリーズがここまで続くとは思いもしませんでした」
B「櫻藍女学院ミステリィ研究会(といってもミステリのことなんかなあんにも知らないし興味もないんだけどね!)のミリア&ユリの女子高生コンビ、そして2人に虐げられまくる研究会顧問にしてミステリ作家の石崎幸二という凸凹トリオの、ミステリネタ満載のスチャラカ漫才で軽快に進む異色のユーモア軽本格……といえば聞こえはいいけど、まあ、基本的には飛び道具。なんせミステリ的なネタよりも、そのネタとは直接は何の関係もない漫才部分の方が、じつははるかに面白かったりするからなあ……まあ、ここも笑えるというよりは苦笑しちゃうという感じではあるが」
G「いやいや、軽いとはいえミステリ的な骨格部分もそれなりに工夫していますよ。さすがに緻密なトリックやらロジックやらは出てきませんが、毎回ちょいと意表をついた1発アイディアでもって、ちょうど程よい感じのサプライズを味あわせてくれるじゃないですか。こういう手法の軽本格というのは他に無いし、作者のギャグのツボもこっちがだんだん慣れてきたんで、以前のようにサムいばかりじゃなくなってきたし……じつはぼく、けっこう楽しみにしているシリーズなんです」
B「ふーん。いい趣味してんなあ。ま、いいけど」
G「てなところで簡単に内容を。夏休みだというのにヒマを持て余していた、ごぞんじミリア&ユリの女子高生コンビ。何やら悩んでいた様子の下級生が“家族にかけられた呪いを解く”という奇妙な言葉を残して帰省したと聞き、例によって顧問の石崎を連れ、格好の暇つぶしとばかりに出陣します。めざすは下級生の実家がある南海の孤島!」
B「しっかし、この作家さん孤島が好きだよねー。……島に住んでいるのは、くだんの同級生の家族のみ。屋敷の裏手の森には呪いの道具と見られる奇妙な品々が置かれ、数年前には娘の1人が不審な死を遂げている。……たしかにミステリな状況ではあるけれど、肝心の呪いの正体はいっこうに明らかにならない。呪いの正体とは、なんなのか?」
G「ミステリとしての骨格はかなりの無理筋なんですが、使い方はわりかたストレートなので真相を見破るのは難しくありません。いつにも増してエスカレートする掛け合い漫才も楽しく、まことにほどよいバランスで楽しめる石崎流軽本格の見本です」
B「呪いというリアリティのかけらもない謎をメインにしているわりに、それをどうにかしようという演出はまーったくなされないし、そもそもこの色物シリーズではマトモに扱われるはずもない。だからミスリードもくそもないわけで、真相はちょっと考えればすぐに察しがつくはずだ。たしかにテンポは悪くないけど、なんぼなんでも底が浅すぎやしないか?」
G「こういうノリの作品に重厚稠密な仕掛けを求めても始まらないでしょう。語り口に合ったネタ・ネタに合った語り口というのがあるわけで、その意味でこのシリーズは実はけっこうバランスが取れていると思うんですが」
B「まあ、軽本格と考えれば腹も立たない、そこそこのレベルなわけだけど、できればもう一ひねりくらいして欲しかったかな。スルスル読ませて軽く引っ繰り返して、後はなんも残りませーんみたいな。若いのにほんとーにこれでいいのか」
G「いいんじゃないですか。こういうしょーもないギャグをひねり出すのって、実はけっこう大変だと思いますよ。ひょっとしたら、ミステリネタをひねくり回すよりもっと大仕事かもしれない」
B「……なんか間違ってる気がするがなあ」
G「苦心惨憺した痕跡を少しも残さずに、スルスル読ませてなぁんにも残らない軽本格って、なんかカッコよくありません?」
B「っていうか、苦心惨憺するならミステリ部分にしろよ、って気がするんだが」
 
●虐殺バラエティショウ……DOOMSDAYー審判の夜ー
 
G「えーっと、たしかこれもメフィスト賞でしたよね。津村巧さんの『DOOMSDAYー審判の夜ー』。ミステリ色はいっさいない、ハードなアクションSFなんですが」
B「これをSFなんて呼んだら、SFファンのヒトに怒られると思うぞ。見せ場といったら殺戮シーンのバラエティだけがとりえの、小説としての芸もなければSFとしてのアイディアもない、むろん語り部としての志もない、無い無い尽くしのどうしようもないシロモノ。読んでいると胸が悪くなってくるわね!」
G「しかし、そうはいっても“読ませる力”というのかな、ページをめくらせることにかけては一級品のパワーがあると思うんですよね。まあ、ちょいとアラスジから参りましょう。えっと、舞台はアメリカの田舎町・フラートン。眠ったような・死んだようなこの町に、ある日1人の男がやってきます。彼の名は日系アメリカ人、コウイチ=ハヤシ。未成年者への暴行で服役していた前科者です。余所者への嫌悪感、未成年者暴行という前科への恐怖もあいまって、町はちょっとしたパニック状態になってしまいます」
B「そこへ突如、宇宙船が出現! 空軍機を撃墜したあげく、町外れに着陸して町全体をバリアというかフォースというか、ま、その手の幼稚なガジェットでもってすっぽり覆ってしまう。そうやって完全に外界との接触を断ったあげく、異星人たちは6本腕の奇怪なバトルスーツをまとって、問答無用で町民たちの虐殺を開始する。保安官らの銃撃も、住民たちの決死の特攻も、彼らの超科学兵器には一切通じない。アメリカ軍もまた、町を覆ったバリアを突破できず、住民たちが殺されていくのを指をくわえて見守るばかり、かくて始まる単調極まりない虐殺また虐殺……」
G「まあ、ストーリィだけ取り出せばその通りなんですが、前述のコウイチ=ハヤシだけでなく、保安官や町長や神父等々、多彩な人物の視点を次々切り替えながら、物語を多角的かつ重層的に語っていく手際はなかなかのもの。個々の登場人物のキャラクタ自体も強烈で、そのあたりがシンプルな物語に奥行きを出していますね」
B「多視点を次々切り替えながら大虐殺という災厄を描いていく手法は、要するにハリウッドのパニック映画の常套手段。そのくせ、それぞれの視点で描かれるエピソードが連携するわけでもなく、伏線になっているわけでもない。ただいろんな角度から虐殺を描いている、というただそれだけの工夫なんだよね。ついでにいえば、出てくる人物は主人公も含めて1人残らず最低の下種野郎ばかりだから、彼らが何ぼ殺されても胸は痛まないときた。痛まないがしかし、そんな自分がどんどんイヤになっていくんだよね-」
G「まあ、そのあたりイヤになるくらいリアルですよね」
B「そうか? こーゆーのがリアルなキャラクタなのか? お〜まぁ〜え〜はぁ〜あ〜ほ〜かぁ〜! こんなんマンガの悪役をさらにグロテスクにデフォルメしてるだけじゃん。しかもだからといって作られたキャラクタとしてよくできているわけでもないし……。それに人間だけじゃないよな。あらゆるコンタクトを断ってひたすら殺戮を続ける宇宙人も、結局は“単なる下種野郎”なんだもんなあ。わたしゃこの虐殺に関してなにかSF的なアイディアでもあるのか……たとえば異星人ならではの全く異質な価値観・発想でもって虐殺が行われていた、とか思ったんだけど、そんなものも全く無いわけでさ。なんのことはない、異星人すらもここで描かれている下種な人間たちと全く同じキャラクタなわけよ。つまりは下種同士がただただ殺しあってるという、ただそれだけの小説。あ〜やだやだ」
G「でも……それでも、読ませますよね。クイクイ読ませる。ストーリィにさしたるひねりもなく、たいした小説的なテクニックを使っているわけでもなく、いわばひたすら一直線に語っているだけなのに、読ませるじゃないですか。畳み掛けるようにひたすら過剰にエスカレートして行く虐殺バラエティ……たしかに品がよいとはお世辞にも言えませんが、これはコレで大変な才能なのでは?」
B「ばかぁいっちゃいけない。この本における読ませる力というのは、さしずめ人間のもっとも下劣な部分にいやらしく働きかけるだけの煽りだよ。そりゃもちろんエンタテイメントだから、読ませるためなら何でもありだよ。だけど、コレは少なくとも“面白く読ませる”というのとは違うと思うね。私はもうこの作家のものは読みたくないし、読む必要を感じないね!」
 
#2001年11月某日/某スタバにて
 
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