battle71(12月第4週)
 
[取り上げた本]
01 「赤ちゃんをさがせ」          青井夏海         東京創元社
02 「篠婆 骨の街の殺人」         山田正紀         講談社
03 「沈黙者」               折原 一         文藝春秋
04 「とむらい機関車」           大阪圭吉         東京創元社
05 「銀座幽霊」              大阪圭吉         東京創元社
06 「贋作『坊っちゃん』殺人事件」     柳 広司         朝日新聞社
07 「建築屍材」              門前典之         東京創元社
08 「待ちうける影」            ヒラリー・ウォー     東京創元社
09 「死のオブジェ」            キャロル・オコンネル   東京創元社
10 「M・R・ジェイムズ怪談全集1・2」  M・R・ジェイムズ    東京創元社
Goo=BLACK Boo=RED
 
●箱庭の安心感……赤ちゃんをさがせ
 
G「自費出版作品(『スタジアム 虹の事件簿』)が編集者の目に留まりデビューという、昨今稀な幸運なスタートを切った新人・青井夏海さんの第2作が『赤ちゃんをさがせ』です。プロ球界、というか野球のスタジアムを舞台に、ちょっとツイストを効かせた“日常の謎”短編だった前作とは別の新シリーズですね」
B「こちらは自宅出産をサポートする助産婦の師弟コンビが主人公だね。彼らが仕事先で遭遇した珍事件・怪事件を、2人の師匠にあたる経験豊富な元助産婦が推理する、と。でもまあ、ネタが違うだけで構造は前作と全く同じだよ。“日常の謎”派であることに変わりはない」
G「いや、どうかなあ。“日常の謎”というには、この作品のそれはどれもちょっとだけ派手な謎、って感じがしますが」
B「だって全編に漂う“優しさ”と“善意”のお気楽ハッピームードは、日常の謎派末期の共通項だろ?」
G「うわ、またしても思いっきり抗議をもらっちゃいそうな発言……さくさく内容に行きましょう! さて、収められているのは3篇。まずは『お母さんをさがせ』ですね。えー、自宅出産を依頼されて助産婦コンビが訪れた大きなお屋敷。そこに待っていたのは、なんと3人の妊婦さん! どうやら複雑な事情がありそう……と考えた2人は、秘かに本物のお母さん探しを始めます」
B「ちょっと切れ味のいいツイストがあったりして、印象は悪くないんだけど、無理のある設定のわりには大先生の謎解きは他愛ない。その推理自体、人生経験・助産婦経験を活かしたものに過ぎなくて、謎解きロジックというのとはちょっと違う感じだね。まあこれは『ブロンクスのママ』の伝統を受け継ぐ“年配の女性名探偵”の定番推理なのかもしれないけどね」
G「んーでも、こういった“日常の謎”派の謎解きって、もともとそういう方向ですよね。この作品の場合は単なる人生経験じゃなくて、助産婦としての経験知識が生かされているのがミソでしょう。ある意味、特殊ルールものなんですが、出産というネタ自体に妙なリアリティがあって。そこが面白い」
B「続く『お父さんをさがせ』は、第1話を裏返したようなお話か。どうにも頼りないティーンの妊婦さんを、支えるはずの若いお父さんが失踪してしまう。代わりに、ってわけじゃないけど、後がまに立候補する男が次々出現したからさあ大変。本当のお父さんは何処へ行った? ……謎解きというよりプロットの妙で読ませるサスペンスだな。まあ、設定自体はいつかどこかで聞いたようなモノだし、例によって例のごとき予定調和のオチは物足りないけどね」
G「でも、そんなこといったらこの本のお話は全部予定調和でしょ。ラストの落し方は見えなくても、とりあえず非道なことにはなるまいと……そういう安心感って、読み手にとっては嬉しい場合も多いはずと思いますよ。ラストは表題作の『赤ちゃんをさがせ』。友達の復縁の橋渡しを頼まれたヒロイン。だけどコイツってどう見ても怪しげで。そういえば2人の仕事が次々キャンセルされるのは、もしかしてこいつのせい? ……まさに大団円に相応しいにぎやかなお話ですが、謎解きも単純ながら効果的なパターンを巧く使ってます。この作家さんって、謎解きッ! と力み返らず、シンプルなネタをじっくりお話に馴染ませて使っているので、仕上がりがとてもスマートに見えますね」
B「つねに“赤ん坊が生まれればオールオーケイ”という落とし所が決まっているせいか、サプライズの演出にどうにも幅がないんだよ。結局のところどれもこれも予想範囲の内って感じで、本当の意味の驚きがない。キレイにそろってはいるけど、突き抜けていくものがないんだな。本格ミステリとしては、これはちょっとツライだろう。……そういえばタイトルといい、個々の事件の方向性といい、3作がキレイにパターンを揃えているというか、いろんなトコロで“韻を踏”んでいるね。まあ、いかにもミステリ書きらしいディティールへのこだわりなんだけど、その“箱庭的”な執着が、逆に肝心の謎解きを痩せさせてしまっている気がするんだよね」
G「でも、デビュー2作目にしてすでにスゴイ安定感というか、安心感というか。職人肌みたいなものさえ感じさせる完成度の高さですよね。派手にブレイクするタイプじゃないけど、このクオリティを保っていけば着実に読者は増えると思いますよ」
B「新人なのにいきなり老成している、というのもいかがなものかと思うけどね。すでにご自分の必勝パターンを編み出している感じだけど、それに安住しちゃうのは早すぎやしないか? 次作に予定しているという初長篇では、ぜひとも全く違う方向にチャレンジしてもらいたいものだな」
G「いや、なんでもこの助産婦コンビが活躍する長篇らしいですよ」
B「うーむ」
 
●異形の日常……篠婆 骨の街の殺人
 
G「例の超大作『ミステリ・オペラ』で本邦本格ミステリ界を席巻した山田さんの新作は、なんとトラベルミステリ。……といってもそこは山田さんですからね、ひと筋縄では行かないわけで。この作品も山田流本格ミステリとしか言い様のない、強烈な個性に満ちた作品となっています」
B「既成の本格との違い・違和感みたいなものでいえば、むしろこの作品は『ミステリ・オペラ』以上かもしれないね。トラベルミステリだし、本格読みである私たちにとって“見慣れた光景”が続出する“典型”であるにも関わらず、いや、だからこそ強烈に、そこにひどく異質なものを感じずにはいられない」
G「てなわけで、アラスジいきましょう。ミステリ作家を志望する主人公・鹿頭勇作は、旧友の編集者からトラベルミステリの執筆を依頼されます。条件は、独特の焼き物“陶杭焼”で知られた兵庫県の篠婆を舞台とすること。……めったにないチャンスとばかりに篠婆に取材旅行に向かった主人公でしたが、そこへ向かうローカル線の車中で現実の殺人事件に遭遇してしまいます」
B「現場の列車には被害者と主人公以外乗客の姿はなく、しかも凶器は別の駅で発見される。強烈な不可能犯罪の謎と共にようやく降り立った篠婆の町で、主人公はさらなる殺人とそれ以上に不可思議な怪現象に次々遭遇する。矛盾した歴史をもつ陶杭焼、謎めいた構造をもつ篠婆城、窯から発見された白骨死体……錯綜した謎が解かれたとき、時空を超えた新たな旅の始まる!……ってホンマにもう、なんのことやら」
G「作者の構想では全5巻となるシリーズの開幕篇にあたるお話だそうですが、とりあえずアラスジでご紹介したように、本格ミステリ的謎もてんこ盛り。しかもなんと曲がりなりにもそれらの謎は作中で解決されちゃいます。ですからぞうした意味でのフラストレーションは残らないのですが、ラストで提示されるさらに巨大な謎の解決は、当然後の巻を待つしかないわけで。……しかも、その謎はどう考えても本格ミステリの枠内では解決されそうもない感触とスケールだったりして。……雰囲気的には伝奇SFがいちばん近いでしょうかね?」
B「うーん、山田流としか言い様がない、一種異様な世界観だよなあ」
G「まあ、謎解きロジックもかなりぶっ飛んでて、本格読みでこれが解ける人がいるとは思えないけど、これは山田作品だから予想の範囲といえるわけで。まあ、それなりに楽しめますよね。ただ、読んでいる間中、何とも言えない違和感というか異物感というか、そんな気分があって。これはなんなんだろうな」
B「パーツだけ見れば、たとえば“歩く死者”だったり“見えない犯人”だったり“迷路じみた城”だったり……本格読みにとってはある意味“見慣れた光景”であるはずなのに、実際に読むと強烈な違和感があるのよね。それが面白くもあり、読みにくくもある。好きなヒトと嫌いな人がハッキリ別れるだろうな。私は、好きじゃない。これは本格ミステリのノリじゃないと思う」
G「本格ミステリ読みならではのノリというか、読み方というか、そういうものが、ぼくらにはあると思うんですよ。別にきっちり明文化されているわけではないし、決まっているわけでもないけれど、“こういうエピソードならこう使う”“ああいうブツはこのネタに”みたいなアタリをつけながら、読んでいる。いわば作者に合わせた一種のメタ推理をしながら読んでいると思うんです」
B「ふむ。それはそうだね。自然とそういう習慣が身に付くわよね」
G「それはたとえ読んでいる途中は察しがつかなくとも、読み終えれば“なるほどその手で来たわけね”って納得できるじゃないですか。ところが山田さんの、特にこの作品は、その手の“本格読みの経験則”がほとんど通じないんです」
B「それはいえるね……たぶん発想とか視点が本格読みとは全く違うんだろう」
G「ayaさんもおっしゃってましたが、この作品では本格読みにとって“お馴染の光景/本格読みの日常”が頻出するようでいて、実はそれらは見たこともない“異形の光景”ばかりなんですね。だから、先が読めない。終始、つかみ所のない不安や違和感を終始味わい続けているようで、解決しても本当に解決した気が全然しないんです。そこがぼくはとても刺激的で。本格ミステリとしての面白さ以上に、上出来のダークファンタジィやモダンホラーにも似た不気味さがある」
B「まあ、私は単純に本格として、そういうのは好きではないわけだけど……とりあえずシリーズ完結を待って、もう一度この違和感の正体を突き止めたいって気持はあるわねぇ」
 
●“複雑なのにシンプル”という極意……沈黙者
 
G「続きましては、折原さんです。長篇『沈黙者』は『○○者』という3文字言葉のシリーズなんですが、何シリーズと発音すればよいのか、非常に難しいですねー」
B「ま、そんなアホな悩みはどうでもよくて。このシリーズに限らず、ほとんど執念って感じの並外れた情熱でもって“叙述トリック”にこだわりまくってきた折原さんが、今回はバリンジャーの『歯と爪』に挑んだとかいうフレコミね。……“ってコトは”と、仕掛けの構造がなんとなく想像がついちゃうような気もするわけだが、そこは老練な作者のこと。なかなかに意表をついてくれる」
G「ですね。作者の最近のものとしては、いちばん良いのではないかなあ。さて、例によってなかなかにアラスジを紹介しにくいんですが……。えっと、大まかにいっちゃえばこの作品は2つのストーリィが交互に語られていくスタイルで書かれています。1つは埼玉の郊外都市で発生した2件の家族惨殺事件を追う、事件の生き残りの女性と彼女を助ける男の追跡ストーリィ。もう1つは、東京でつまらない万引き事件を起こして逮捕された青年の物語です。前者はいかにも折原さんらしい、生々しさを感じさせる事件ものサスペンスなんですが、後者のストーリィがまことに奇怪で……」
B「万引きをして捕まった青年。たしかに暴力を振るってしまったが、素直に名乗って謝れば示談ですますことも不可能ではなかった。しかし……彼は黙秘する。名前さえ言わずにひたすら黙り込む。前科が無いので氏名不明のまま拘置所に送られ、裁判でも名乗らずに裁判官の心証を害し、いたずらに罪を重くしていくわけね。なぜ、彼は名乗らないのか。名乗ることができないのか。……じつにシンプルな謎なんだけど、もう1つの、こちらもなかなかサスペンスあふれるストーリィとどう交錯してくるかが最後の最後まで読めなくて、全編に強烈なサスペンスを生みだしている」
G「読者が本格読みであれば、“なぜ彼が沈黙を守るのか”当然いろいろ仮説を立てると思うし、実際ぼくもいろいろ考えたのですが……それでもなおこのラストには驚きました、やられました。久しぶりに折原マジックのサプライズの冴えを堪能した気がします」
B「落ち着いて考えてみると、この“理由”にはちょっと無理がある気がするし、そもそも謎解きを挑めるような話ではないのだからして、本格というには躊躇いが残る。……まあ、そんなことを期待するほうが間違っているんだが」
G「でも、これはいいですよ。近年、折原さんは叙述トリックへの執拗なこだわりからか、少々あざとすぎる仕掛を、それも多用しすぎてた嫌いがありました。しかし、今回のこれは一見非常に複雑に見えて、実はきわめてシンプルな1アイディアを活かしきることに専念しているんですね。これまでのように技巧に溺れることもなく、実にバランスよくサスペンス演出のテクニックが発揮されていると思います」
B「たしかにスマートでキレイだよね。たいして独創的ではないんだけど、メインネタが見事に活かされている。この人のものを読んで“巧いな”と思ったのは、ほんと久しぶりだよ。こんな手だれの作家にこういう言い方は失礼かもしれないが、“一皮むけた”って感じかな」
 
●知られざる本格派……とむらい機関車
 
G「これもまた、昨今の古典復古ブームの流れから飛びだした企画なのでしょうか。戦前屈指の本格派として名高い大阪圭吉さんの作品が、2冊の作品集にまとめられました。なんであれオールドファンにはまたとない贈り物ですね」
B「この作家については、私も短編をいくつか『幻影城』やアンソロジで読み、さらに国書刊行会から出ていた短編集も読んだけど、今回のこの2冊でようやく全貌が明らかになった感じはするね。まあ、なんちゅうか非常に前評判の高い/期待値の高い作家だからなあ。逆に現代の本格読み、特にマニアっけがないヒトの目には物足りなく映るかもしれない」
G「ご存じない方にあらためて簡単に紹介しておきますと、この作家さんは戦前の日本ミステリ界に登場し、本格派として将来を嘱望されながら二次大戦で戦没した作家さん。活動期間もごく短く、現代の読者にとっては一部の短編を除いて作品を読むことも困難だった“幻の本格派”です」
B「今回の2冊は東京創元社が独自に編纂した短編集。こっちの『とむらい機関車』は作者の代表的なシリーズ探偵である青山喬介ものを中心とした作品集だね。で、もう1冊がそれ以外の、主に『新青年』に掲載された作品を中心に収録している。代表作というべき『とむらい機関車』や『デパートの絞刑吏』はこちらに収められてるし、初めての人はこちらからかな。ただ、本格派といってもこの青山喬介ものはホームズ直系のそれであってさ。いわゆるパズラー的なゲーム感覚やフェアプレイの概念には乏しいので、そのあたりは誤解無いようにお願いしたいね」
G「そうですねぇ。名探偵が展開する推理も、論理的というよりは現場の状況を科学的に分析していくというスタンスですし、トリックも物理トリックが中心でさすがに古さを感じさせます。ただ1つ。謎作りやトリックの着想という点においては非常な才能をもっていたんですね。大げさでなくカーを思わせるような奇想あふれるサプライズも、たびたび炸裂しています」
B「というわけで。ともかくこの作品集の登場はメデタイことなので、ちょっと多いけど1コずつコメントしておこう。まずは、まさか読んでないとはいわせない代表作にして名作の『とむらい機関車』だ。人身事故を弔って花輪を飾った蒸気機関車が、以来なぜか7日おきに人身事故を繰り返す怪事。ホワイダニットの名作であり、ミステリ史上きわめて有名な“あのパターン”の嚆矢とされる逸品。読んでないやつは書店に走れ!」
G「『デパートの絞刑吏』は一種の不可能犯罪ものですが、こちらも有名な作品ですね。深夜のデパートの屋上で、首を絞められ突き落とされた男の死体の謎。物的証拠の積み重ねから意外な“真犯人”を指摘する名探偵のホームズばりの推理は、このシリーズ特徴をよく現しています。まあ、デビュー作だけにいささか文章には難があるし、全体にこなれてないんですけどね」
B「次は『カンカン虫殺人事件』か。えっと、舞台は造船所。船の修繕や塗り替えを行う“カンカン虫”の2人が失踪した。5日後に見つかった死体からは殺人の痕跡が……。この作家のものとしてはちょっと地味かな。しかし、些細な手がかりの積み重ねから、事件の一部始終を再現していく名探偵の謎解きは、やはりなかなかに気持いいぞ」
G「続く『白鮫号の殺人事件』も、名探偵の謎解きが読みどころですね。自家製ヨットで沖へ出た元船長がヨットに引かれた死体となって発見される。謎解きロジック自体はさほど意表をついたものではないし、おおむね読者の予想の内なのですが、きめ細かな謎解きの積み重ねは読ませますよね」
B「続くこれは“機関車シリーズ”なのか? 『気狂い機関車』は雪の日の構内の謎めいた殺人……これも中心となるのはホワイダニットの謎というべきか。謎解き味は『とむらい機関車』には及ばないが、なかなかに鬼気迫る1編だ」
G「『石塀幽霊』は“人間消失もの”でしょうね。犯人が逃げたはずの方向から来た男は誰も見ていないといい、嘘をついている様子もない。……ちょっと他愛なさすぎるかな」
B「まあ、出来不出来は結構ハッキリしてるよな。次の『あやつり裁判』も、当時としては珍しい法廷ものなんだが、今の読者から見れば仕掛は丸分かりだろうね。まあ、時代風俗を楽しむが吉か」
G「一方、集中屈指の名品というべきなのが『雪解』でしょう。全国を旅する山師・木戸は、偶然知りあった同業の親子が金の鉱脈を掘り当てたことを知り、つい悪心に駆られてしまいます……この作者としては珍しい倒叙ものですが、よく練られたプロットでサスペンスを盛り上げ、巧みな伏線でサプライズを演出しています。ミステリとして完成度の高い作品ですね」
B「同じく集中の白眉ともいうべき『坑鬼』は、不可能興味万点の本格ものだ。鉱山で働く夫婦を襲った悲劇。坑内で突如発生した火災に、無情にも閉じられた防火扉の向こうに夫が取り残されてしまったのだ。ところがその決断を下した監督が殺され、夫が使っていたランプが発見される。防火扉の向こうで燃え尽きたはずの夫が、生き返って復讐したのか……?」
G「いいですねえ。この『坑鬼』はボリュームがあるし、代表作の1つというべきでしょう」
B「全体を通してみれば、本格ミステリとしてはやはりあくまで創成期の作品というべきで、前述の通り、謎ー謎解きにおける興味はもっぱら意外性に集中され、ロジック自体の精密さやフェアプレイ性からはやはりほど遠いな」
G「しかし、ことさら発表年代の古さを考慮に入れなくても、つまり今日の視点で読んでも十二分に楽しめる作品がいくつもあるのは確かですよね。本格ミステリ読みなら、読んでおいて損はないでしょう!」
 
●圭吉バラエティ……銀座幽霊
 
G「引き続き、大阪圭吉の作品集、行きます。この『銀座幽霊』は、ノン・シリーズ作品、特に雑誌『新青年』に連続掲載された作品を中心に収録しています。シリーズものでない連続掲載というのも面白い試みですが、当時は新人の腕試し代わりに試みられていたものらしいですね」
B「よく知らないけど、これは過酷なチャレンジだよな。しかも、解説でも少しだけ紹介されているけど、毎号掲載される新作をばっさり斬って捨てる、当時の“鬼たち”の辛辣なことといったら! ワタシの毒舌なんざカワイイもんだよなぁ」
G「当時の“鬼”は本当に“鬼”って感じだったんでしょうね。さて、まずは『三狂人』。3人の狂人が精神病院を脱走し、彼らに日頃から“脳味噌を交換しろ!”と罵声を浴びせていた医師の頭を割られ脳を抜き取られた残死体が発見されます。……あからさまなミスリードに引っ掛かる人はいないだろうし、多分多くの人にとって真相は見え見えなんでしょうが、残酷さとユーモアが一体となったこのレトロな味わいは嫌いじゃありません。掲載誌から再録された素朴な挿し絵もナイスです」
B「続いては表題作の『銀座幽霊』。これはいわゆる“視線の密室”における不可能犯罪ものだね。カフェの窓越しに目撃された殺人者の影。密室状態の現場に残された2つの死体を見聞すると、“先に死んだ方”が“後に死んだ方”を殺したとしか思えない……幽霊になった女の復讐なのか。謎の演出は悪くないが、脱力しそうなトリックは今の読者にはちときつい。雰囲気を楽しみたい一編」
G「『寒の夜晴れ』は一種の“雪密室”で、これまた不可能興味あふれる作品ですね。といっても、ネタはミステリクイズなみという感じですが……。雪降りしきるクリスマスの夜、父親の帰りを待つ家族を凶漢が襲った。母親は殺され子供はさらわれ、スキーで逃亡した犯人。しかし、雪原のただなか、犯人の残したシュプールは宙へと消える。『銀座幽霊』同様に謎の演出は魅力たっぷりなんですが、このトリックもつらいかなあ。バカミス方向にも行ききれてないし」
B「バカミスという点では、むしろこの『燈台鬼』が1番だろうね。嵐の夜、灯台のランプ室に大岩が飛び込み、当直の係員を押しつぶした。現場から逃走する正体不明の幽霊の姿が目撃され、さらに少女がさらわれる……。これもけっこう有名な作品なんだけど、はっきりいってこの謎解きはムチャクチャ。見事にバカミスになりおおせた楽しい作品だね。謎の演出を大がかりしすぎたあげくの苦し紛れという感じだが、いま読むとこういうやり方の方が楽しかったりして」
G「その意味では続く『動かぬ鯨群』も一種の奇譚ものということで、同じ系列になるのかも。乗っていた捕鯨船もろとも死んだはずの夫がふいに帰宅し、怯えた様子で妻に逃亡を持ちかける。やがてその夫も何者かに殺されて……。これは時事的なネタだったのかなあ、さすがに古臭さを感じさせるお話で、お話自体ちょっとゴタついている割にはネタの底が浅かったかな。真相を見破るのもさほど難しくないですね」
B「古臭いといえば『花束の虫』も古臭いお話だったな。見晴らしの良い岬の先から突き落とされた男。目撃者は“小柄な男”が犯人と証言する。現場に残った奇妙な足跡が示すものは何か。作者は思いきり真剣なんだけど、このトリックも……今読むとバカミスっぽいよな。伏線があからさまなんで見え見えだが、こういう素っ頓狂な発想はけっこう好きだね」
G「続く『闖入者』はトリッキーな謎解きもの。富士山を望む山僧で起こった殺人。被害者の画家が死の直前まで描いていた、富士山の絵に隠された秘密とは。手がかりのこさえ方や伏線の張り方が、いささか未成熟ながらも現代的なセンスを感じさせますね」
B「『白妖』はまたしても不可能犯罪もの。轢き逃げ犯の乗った車を高速道に追いつめた。しかし袋の鼠は出口の無い高速道から煙のように消える。高速道というモダンな舞台を活かしたトリッキーな作品だ。子供騙しといえばそれまでだが、この謎の演出は当時としては新鮮な印象を与えたんじゃないかな」
G「ちょっとホームズものに似たノリの『大百貨注文者』は、珍しくのどかなユーモアを感じさせる一編ですね。会社社長の留守宅に次々訪れる奇妙な訪問者たち。銃砲店主に荒物屋、弁護士にマネキン、靴屋に椿油の店員、割烹の女将。誰が、何のために? 1アイディアのトリッキーな作品というのは、他とも共通しているのですが、こういう処理の仕方の方が無理が無い感じはしますね。お勧めの一編です」
B「私はしかし、次の『人間燈台』の大まじめなバカっぷりの方に軍配を上げたいな。息子に後を託し外出した老灯台守の目の前で、灯台を大嵐が襲った。荒れ狂う嵐のさなか、しかし灯台は力強く光を放ち続ける。だが嵐が去り彼が帰宅したとき、息子の姿は消えていた……一種の奇譚ものというべき作品か。非常に哀しいお話なんだけど、発想は基本的にバカミスで。ミステリ的なひねりがないぶんネタは見え見えかも」
G「こうしてみると、やはりストレートなミステリ、本格味を求めるなら『とむらい機関車』から。バラエティを楽しむならこの『銀座幽霊』からってことになりますか」
B「まあ、基本的には『とむらい機関車』の方を読んでおけばいいと思うけど、あちらを読んで気に入ったらこちらも読んで欲しい。で、さらに余力があれば、国書から出ていたハードカバーを探して読めばさらにグッドだね。いずれにせよ、あまり“伝説の作家!”みたいな期待をしすぎずに、のんびり読むのが正解だろうね!」
 
●“仕掛け”で力尽きた漱石パロディ……贋作『坊っちゃん』殺人事件
 
G「この作家さんはオリジナルのキャラクタを作るのが嫌いなのか苦手なのか、『饗宴』ではソクラテス、『黄金の灰』ではシュリーマン。そして今回はなんと『坊っちゃん』。まあ前2者とは違ってこちらは、文豪・漱石の想像になる小説中の人物であることは、言うまでもないんですけどね。ともかくナンラカの既存の原型があるものを使って、ミステリ仕立てにしていく手法がお気に入りのようです」
B「で、今回は文字通り漱石の『坊っちゃん』の後日談の体裁で、あの『坊っちゃん』の物語をミステリ的に解釈し直し、ありえたもう1つの(ミステリ的な)可能性を物語化したというところだ。どういうわけだかわからないけど、これ、第12回朝日新人文学賞受賞作だって。ミステリ的にもブンガク的にも、見るべきところなんてまーったく存在しないように思えるんだけどね!」
G「まあまあ。内容ですが……お話は『坊っちゃん』の物語から3年後という設定で始まります。東京に戻って車掌の仕事をしていた坊っちゃん。偶然町で山嵐と会い、赤シャツが自殺したという話を聞かされます。さらに『坊っちゃん』で語られた一連の事件の背後に隠された陰謀を匂わされ、不審を感じた坊っちゃんは山嵐とともに再び松山に向かいます」
B「松山に戻った坊っちゃんが調べを進めると、赤シャツが死んだ現場は一種の密室状況。さらにマドンナの怪しげな行動や野だいこの発狂など、不審な事実が次々浮かんでくる。事件の背後に潜む陰謀とは何か。赤シャツの死を巡る密室の謎は解けるのか!」
G「夏目漱石のパロディは、たとえばミステリ仕立てのものに限っても幾つかあって、奥泉さんは『我が猫』でやってたし、島田さんにも漱石自身を登場させたユーモア本格がありました。ある意味文芸パロディミステリとしては定番のネタなんですが、作者は原典のノリを巧くいかして『坊っちゃん』をミステリに仕立てるという奇矯な発想を、ストレートに、しかし危なげなくまとめ上げています。このあたりの手際は巧いものですよね」
B「まあ、漱石作品の中では『我が猫』同様、もっともマネしやすい部類だろうからね。でも、漱石の文体模写という点では、水村美苗さんの『続・明暗』があるからなー」
G「ああ、あれは面白かったですよねー。ミステリじゃないですけど……でも、あの作品って漱石ファンの方には支持されなかったみたいですね。たしか12.3年前の本だと思うけど……現役本なんですかねえ」
B「さあね。ま、ファンって、そういうもんじゃないの? どーでもいいことだけど」
G「ともあれ。『坊っちゃん』の一連の事件をミステリ的に解釈し直すという趣向自体は、まあありきたりといえばありきたりだけど、『坊っちゃん』でそれをやるというのはさすがに意表をついていて、面白い試みだったと思います。時代背景を活かした(であろう)陰謀の配置の仕方も、それなりに筋が通っていましたし」
B「とはいえ、ミステリとしての謎解きはへなちょこだし、カンジンカナメの部分でいきなり幻想小説風味で“逃げる”のはどんなもんだろう。っていうか、最悪だな! 読者を煽って木に登らせた揚げ句、いきなりハシゴを外してしまうようなやり方……ミステリとして、というよりエンタテイメントとして許されない。謎解きのクオリティ云々以前の問題だね!」
G「漱石模写の仕掛部分をこさえたところで、力尽きちゃったんですかねえ……でもまあ一種のリドルストーリィ的なエンディングと考えれば、ミステリでもこういう落し方はアリだと思いますが……」
B「冗談いっちゃいけない。それが許されるのは、充分に魅力的ないくつかの解を示したうえでのハナシだろう。見せるもんをちゃんと見せもせずいきなりコレじゃ、安易な夢オチと大差ないじゃん。ミステリ風に書くならせめてラストまでちゃんと考えてから書こうよね。頼むから!」
 
●いっぱいいっぱいの“原石”……建築屍材
 
G「言わずとしれた第11回鮎川哲也賞受賞作品の登場です。ご存知の通りこの作家さんは『死の命題』という作品で、同じ鮎川哲也賞の第7回の時にも最終候補まで残った(後に新風舎から刊行。今回の受賞を期に創元から再刊されるという話も)方。いうなれば念願かなっての受賞というところです」
B「っていうか、『死の命題』の方がまだしもよかったね。なんでこんなカタチの悪いシロモノが受賞で、前作はダメだったのか。よーわからんのよねー。第7回の時はよほど強力な対抗馬がいたのかねえ」
G「第7回の受賞作は……『海賊丸異聞』。作者は満坂太郎さんです」
B「あ、あれか……って、ますますわからんぞう!」
G「でも、同じ候補作の作者に柄刀さんの名前が見えますよ」
B「うーん、それじゃしょうがないかナ。……って結局両方落選したんだから関係ねーじゃん!」
G「まあ、結果オーライですから。『建築屍材』の話に参りましょう。えっと、作者さんは建築関係の方なんでしょうね。この作品も詳細な館の3面図が添付され、それが作中のトリックと有機的に結合しているという“一種の館もの”。ただし、この“館”は“建設途中のビルディング”という非常に特殊なものでして。たっぷり仕込まれた大技小技とりどりのトリックも、全てそこがネタになっています。物語は、夏休みで工事もお休みになった、その建設途上のビルディングで始まります」
B「寝場所を求めてくだんのビル建設現場に入り込んだホームレスは、そこで3体のバラバラ死体を目撃する。一方、現場近くに住む男女取り混ぜ3人組の若いワトソントリオは、工事現場に怪しい気配を感じ、手分けしてそのビル現場に侵入&監視にあたるが、怪しの人影は目の前で消失! 見つけたはずの死体もキレイさっぱり消え去ってしまう。“視線の密室”状態にあった現場から運び出された可能性はないにも関わらず、警察の厳重な捜査にも死体は発見されない」
G「犯人が消え、死体が消え、さらに生乾きのセメント上に残された足跡の謎やダイイングメッセージ等々、連発される不可能犯罪の謎に、設計士名探偵・蜘蛛手が挑む! いや〜久方ぶりに力技の、トリックらしいトリックの連発を堪能しました。たしかに小説としてはギコチない不自然な部分が多々あるのですが、ぼく自身はこのトリックの物量作戦だけで、もうお腹一杯ごちそうさん! という感じです」
B「そうかなー、いくらなんでもキャラクタの動かし方が不自然すぎるし、謎の提示の仕方にしろ不器用すぎる気がするね。ともかく一から十までプレゼンテーションの段取りがゴタ付きすぎて、何から何まで分かりにくいんだ。キャラクタがゲームの駒だって別に構いはしないけど、読者がイチイチ引っ掛かって読みにくく感じるほどの不自然さは、謎解き小説としても失格だろう。どうもアイディアばかりが先走って、見せ方にまで力が回らなかったような印象だな」
G「でも、メインの死体消失トリックなど、発想といい応用の仕方といい、オリジナリティに富んでしかもユニークでしょう。この1点だけでも受賞の価値はあるのでは?」
B「いうほど素晴らしいトリックには、私には思えない。これまた厳密に実効性が高いトリックである必要はないけれど、死体の扱い方についてちょっと思い浮かべてみれば、絶対うまくいくはずがないということがわかるというのもいかがなものか。いかにもその場の思いつきだけで、脳内シミュレートすらいっさいしないまま小説化してしまった、という気配がアリアリ伝わってくるんだよね」
G「いや、しかし、あの隠蔽トリックは現場の特殊性を活かし、盲点を突いたトリックとして、とても面白いと思うんですけどね」
B「それはキミが某建築専門誌に連載なんぞもってて、日頃からCADだCALS/ECだ設計士だと、その手のやくたいもない知識に馴染んでいるからじゃないの? そもそも建築知識皆無の一般人にとっては、これってメカニズムも理解しずらいし、その“凄さ・面白さ”もわかりにくい類いのトリックだと思うよ。一種の知識を問うクイズっていうか……実際、私なんざネタを明かされてもふーん、ってかんじだったよ!」
G「うーん、ちゃんと読んでますかぁ? たしかに専門知識を生かしたトリックだけど、基本的なメカニズムはむしろきわめてシンプルなものだったと思うんだけどなあ」
B「そのわりには作者ときたら、名探偵自身の口を借りて延々と背景知識の建築学講座を展開するじゃん。ああいう芸のない情報提供の手法にもうんざりだし、そんな長広舌に“興味津々”耳を傾ける登場人物というのもあまりにも不自然。まさしくネタも演出もキャラメイクも練り方が甘すぎる」
G「まあ、そのあたりは粗削りの“原石”ということで。おいおい精進していただけばよいのですよ」
B「どうだろうなぁ。なんかこの人ってすでに現時点で“いっぱいいっぱい”って感じがするんだよねえ……」
 
●地に足のついたサスペンス……待ちうける影
 
G「本格を中心にした古典復古ブームの影響なんでしょうか……実はこの作家さんも着々と復刊・新訳が進んでいたりします。本格どんズバではなく、本格味もある警察小説という作風であるせいかあまり話題になりませんけど、『失踪当時の服装は』だけの作家さんではないんですね」
B「そうねえ、たしかに『事件当夜は雨』『冷えきった週末』あたりの“フェローズ署長シリーズ”は本格味もあるけど、それはあくまで風味というか趣向止り。リアル&ハードな警察捜査の描きっぷりが読みどころだから、読者さんは誤解のないようにね。ちなみにこの『待ちうける影』はノンシリーズの、それもサスペンスものだね。後期の代表作の1つといわれる作品だけど……そのせいもあって、私はこれを読んで少々ウォーのイメージが変わったよ。サスペンスたっぷりでクイクイ読めるし、ウォー入門書としては、むしろこの作品が一等賞かもしれない」
G「そうですね。じゃこの作品に関しては内容から行きましょう。……9年前、高校教師ハーバートは連続婦女暴行殺人犯に妻を殺され、とっさに犯人を撃ち、傷を負わせてしまいます。動けなくなって逮捕された犯人は精神病院に収容されますが、獄中にあってもなお、彼は執拗にハーバートへの復讐を叫び続けていました」
B「そして9年が過ぎ、ある田舎町で再婚した妻とともに平和な暮らしを送っていたハーバートのもとに、ある日不吉な知らせが届く。長年にわたる治療の結果、裁判所は“あの男”が全快し更生したと判断し、その釈放を決めたのだ。しかしハーバートはあの時の狂ったような叫びが忘れられない。あの男は本当に全快したのか、復讐を忘れてくれたのか……」
G「サスペンス小説としては、ありがちとえいえばありがちな。ある種の典型みたいな、そして非常にシンプルな設定なのですが……非常に読ませますよね」
B「プロット自体はさしたるひねりもなく一直線に進んでいくし、サスペンス演出も今風のあざとさはない。設定のありきたりさ(これは要するにスコセッシの『ケープ・フィア』)もあって、今の読者には少々物足りないんじゃないかね」
G「設定やプロットは確かにおっしゃる通り新しさなんて何もないし、ごくストレートな作品なんですが、だからこそ古びてもいない。1978年の作品ですから、実際それほど大昔のものではないんですが、この作品の背景になっている精神障害者の犯罪とそれを裁くことの問題、してまた被害者の遺族の問題は、いずれも非常に今日的なテーマですよね」
B「ふむ、それはそうだな。その制度的な矛盾が生みだしたひずみが、作品の背景となっているしね。そのあたりたしかに作者の“目”は鋭いかも。まあ、そのテーマは前面には出てこないんだけどね」
G「その時代感覚の確かさと、テーマの問題点を精確に見きわめてストーリィに無理なく昇華させていく確実なテクニックが、この作品の強烈なサスペンスを生み出しているんだと思いますよ」
B「ま、たしかに終始張りつめた息苦しいほどのサスペンスは、なかなかのものだね。……これは人物造形とその配置の巧さもあるだろうな」
G「ですねー。平凡な教師である主人公のどうしようもない不安。一向に真意の見えない“あの男”の不気味さ。エゴイスティックな狙いで両者に付きまとう新聞記者の卑劣。……作者はけっして奇矯な人物を描こうとしているわけではありませんし、その筆はむしろ抑制の効いたクールなタッチなんですが、だからこそ彼らのキャラクタと感情がありありと伝わってくる。ここにも作者の視線の確かさみたいなものを感じます」
B「まあ、そこまで持ち上げるほどの作品とは思わないが、非常に真っ当な、地に足のついたサスペンスとしてお勧めするに足る作品だといえるだろう」
 
●法の側に立ったレクター博士……死のオブジェ
 
G「続きましては、キャロル・オコンネルの『死のオブジェ』です。この作家さんは、もしかしてGooBooに登場するのは初めてかな? 今回の作品は“キャシー・マロリー シリーズ”の第3作ですが、99年に邦訳が出たノンシリーズの『クリスマスに少女は還る』が有名ですよね」
B「あれはいいねー。むちゃくちゃ重たいお話だけど、涙無しには読了できない小説。本格じゃないから、GooBooには登場しなかったけどね。……でもその意味じゃ今回の『死のオブジェ』だって、本格と呼べるのかどうか?」
G「いやあこれは本格でしょう。もちろん警察小説だったり、女流ハードボイルドだったり、クライムサスペンスだったりもするわけですが、現代本格の収穫の1つだとぼくは思います」
B「本格ミステリ的なテクニックを使っているのは確かだけど、作品総体としての重心はそこにはないような気がするけどな。ま、いいや、内容に行こーぜ」
G「了解です。じゃ先にこの“キャシー・マロリー シリーズ”の、シリーズものとしての設定を紹介しておきましょうね。ヒロインであるキャシー・マロリーはNY市警の刑事。ストリートキッズ出身だった彼女を育てたのは警官で、彼が勤務中に殺されたことをきっかけに、彼女も警官になったわけ。長身・金髪・緑眼の完璧な美女にして高い知性を持ち、しかも凄腕のハッカー……これだけでも人間離れしているんですが、本当にスゴイのは彼女が感情というものを持たず、しかも警官でありながら道徳心を完全に欠き、善悪の判断ができないという点で」
B「なにしろ善悪の判断ができないから、捜査の目的を達成するためなら平気で法を犯すんだな。不法侵入も盗難も強奪もハッキングも当然のように行うし、殺人に対しても嫌悪感は全くない。当然お偉方の圧力なんて全く意に介さない。……いうなれば“たまたま法の側に立ったレクター博士”であり、“翼をもがれた天使”であるわけね」
G「タフでクールな女探偵というキャラクターも最近は珍しくなくなりましたが、さすがにこのマロリーほど人間離れしたキャラはいませんよねー。この特異なキャラクタは、どうやら彼女の謎めいた生まれやストリートチルドレン時代の生活にカギがありそうなんですが、そのあたりはまだ明らかになっていません。……ともあれ、最初の頃はともかく非人間的でほとんどターミネーターみたいだった彼女も、シリーズを追うごとに少しずつ(本当に少しずつ)人間味が出てきたような気配で。その出生の秘密の解明も含めて、今後の展開が非常に愉しみです」
B「設定だけ読むととんでもなくマンガチックなキャラクタに思えるだろうけど、これがオコンネルの重厚稠密な筆致にかかると実にリアルで、読者に強烈きわまりない印象を残す……まあ、それはレクター教授だって一緒だしね。要は書き手の腕次第ってことだな」
G「で、この『死のオブジェ』ですが……今回の舞台は虚飾渦巻くNY美術界。新進アーチストの作品展が行われていた画廊で、ある晩、惨殺事件が発生します。なんと複数の死体はバラバラに刻まれたうえ組み合わされ固定され、奇怪な“死体のオブジェ”として展示されていたのです」
B「警官だった義父の残したメモから、マロリーは同じ画廊で12年前にも未解決の殺人事件が起こっていたことを知る。長い時を隔てて発生した2つの事件を結ぶ糸は何か。“死のオブジェ”を作った犯人の意図は何か。上層部の圧力をものともしない、マロリーの執拗な捜査が始まる」
G「お話は“一見”サイコティックな惨殺事件を個性的な警官が執拗に追いつめていく、いわゆるリアルなシリアルキラーもののスタイルなんですが、よく考えてみるとこれは本格ミステリでいう“バラバラ殺人もの”なんですよね。この手のパターンでは、なぜ犯人は死体をバラバラにしたのか・する必要があったのかというホワイダニット的な謎解きが興味の中心になるわけですが、この作品では、そこに一種のトリックが仕掛けられているんですね。このトリックが美術界という舞台だからこそ成立する異様なトリックで……まさにNY美術界という一種の異世界を舞台にした異世界本格とも読めちゃいそう」
B「いや、異世界本格のトリックというのはちょっと違うだろう。たしかに非常に異様な“バラバラ殺人の理由”なんだけど、いわゆる“犯人の側から仕掛けるトリック”とは意味合いが違う。だいたいマロリーの探偵法は……常軌を逸して強引ではあるものの……基本的には警察小説のパターンを踏んでいるし、華麗な推理なんぞにはあまり縁がないからなあ。やっぱ読みどころは、この異様なヒロインの“おそろしくクールな猪突猛進”による腐敗したNY美術界の地獄巡りと、複雑な謎がタマネギの皮をはぐように少しずつ明らかになっていく過程のスリル、そして幾重にも絡み合った人間の心の闇を体現したような真相の恐ろしさにあると思うよ」
G「うーん、でもそういうのって、どれも本格ミステリの面白さにほかならないんじゃないですか? とにもかくにも“謎と謎解き”という1点を作品全体の中心に置いて、現代的なセンスで処理したというか。いわゆる本格ミステリ的なタームは“バラバラ死体”しか使われませんが、だからこそリアルな現代社会を背景にした本格ミステリとして、1つの理想的なモデルになりえてる気がしちゃうんです」
B「その割には謎解きの過程がもっぱら情報収集中心で、推理部分に見るべきものがほとんどないのが物足りないな。本格と言い切っちゃうには疑問が残るねェ」
G「いや、そんなことないですよ。マロリーというヒロイン像にしたって、現代を活きる名探偵のバリエーションとして、一種非常に象徴的なキャラクターになりえてると思いますよ。名探偵みたいな“ある種非人間的なキャラクタ”がもし現実のものになるとしたら、実際には“こういう感じ”なのかも、と思わせてくれるんです。……うん、ぼくはお勧めですね!」
 
●怪談の愉しみ……M・R・ジェイムズ怪談全集1・2
 
B「で、今回の10番目の椅子は何?」
G「えっと、今回はホラーというか、怪奇小説で参りましょう。『M・R・ジェイムズ怪談全集1・2』です! まさかこの本が来るとは思わなかったでしょ〜」
B「!……思うわけねーじゃん、アホ。あのさー、いくらなんでもジェイムズはないんじゃないの?  いまの若い人はずぇーったいツマラナいって思うよ。いっくらホラーがブーム(なのか?)だといったってさ、なんぼなんでも古すぎでしょー!」
G「うーん。まあ確かにね。現代の読み手にとっては、たとえホラー読みの人にとってさえ、あまりにも古色蒼然としてあまりにもステレオタイプで、面白みに欠けるかもしれません。でも、でもでも好きなんですう〜。昔っから」
B「ってもしかして、あの創土社版の全集も持ってたりして?」
G「ばっちり持ってます〜」
B「『五つの壺』もやっぱ創土社版でキープしてるとか?」
G「はい〜、その通り。だーい好きです。どちらも古本でなく、新刊で買いました!」
B「あんた……ヘンよ! ぜーったいヘン!。いや、ジェイムズが悪いってわけじゃないけど、創土社版が出たころってキミはまだ学生でしょー。こんなん若もんが愉しめる本じゃないっつーか。私にゃあ隠居した好古家のお愉しみに思えるんだよねえ」
G「毎度のことですが、当時はもう本格ミステリの新刊がなくて、ハードボイルド、冒険小説、SFと漂流したあげく怪奇小説にまで流れ、ジェイムズにまで行き着いたというわけで。ま、いいじゃないですか」
B「まあ、ね。あたしはまとめて読むのは、今回の文庫版が初めてだったんだけどサ。チョ〜つまんなかった! それだけ」
G「まあまあ。えっと……たぶん読者さんもあまりご存じないと思うので簡単に紹介しますね。このM・R・ジェイムズという作家さんは、コナン・ドイルと並び称されるイギリス怪奇小説の巨匠でありまして。まあ怪奇小説しか書かなかったんですが、当時のベストセラー作家さんなんですね。本職は大学の先生で、ですから小説書きはあくまで余技。校友会の雑誌に頼まれて書いたり、友人に頼まれて書いたものが話題を呼び、本にしてみたらベストセラーになったという……」
B「欧米、特に英国では、今でもこの人の本は読み継がれているらしいね」
G「もともと英国は怪奇小説が大好きなお国柄のようで、小説ばかりでなく幽霊屋敷もいっぱいあるし、それらを回って歩く旅行ツアーも盛んなようですね。で、特に怪奇小説や怪談の類いというのは、ミステリと並んで“紳士の炉辺の愉しみ”みたいなノリで、末長く愛されている。ジェイムズというのは、そういう国で愛された作家であり作品であるわけです」
B「つまるところが、現代のホラーみたく、怖がらせたり気持悪がらせたりその人の世界観を揺るがせたりしようというのではなくて、むしろ“予定調和の怪奇譚を心地よくぬくぬくと愉しむ”。そんなジジ臭い愉しみ方をする方向性なんだろうね」
G「……ジジ臭くてすいませんね〜。でも、まあ極論しちゃえばそういうことなんですよね。この2巻の文庫全集に収められているのは、作者の代表作とされる作品集に収められている31篇と未収録の6篇をまとめた決定版的なもので、この2冊でジェイムズという作家の全容がほぼつかめるという、大変お得な文庫です」
B「いまさらそんな全容つかんでどうする、という気もするけどね〜。なにしろ元版が出たのが1905年だからおおよそ100年前。筋立ても舞台も、そりゃもうおっそろしく古めかしいんだ、これが」
G「そのあたりの古めかしさが味わいなんですよ。文学史的にいうと、この作家は古典的・伝統的な怪談のパターンを分析し、それをソフィスティケイトして(当時の)小説スタイルで提供したんですね。まあ、100年前の当時から古典志向だったわけですが、当時はそれが逆にレトロモダンな感覚で新鮮だったのかもしれませんね」
B「キミがいうとおり古典的な怪談のパターンが全て結集されているという感じで、どれもこれも“どこかで聞いたような”お話ばっかしであるのは否めない。語り方のパターンも変化に富んでいるとは言い難いしねえ。まあ、幽霊も怪物も、出るモンはきちんと律義に出てくるんだけど……それだけっちゃあそれだけなんだよなあ」
G「この古色の奥深い・物寂びた味わいが、わかんないかなあ……」
B「んなもんわかるわけねーだろ!」
G「……ま、そうでしょうねー。これだから無粋なヒトは」
B「あんだとぉ〜?」
G「まあまあ。もともとジェイムズの作品というのは学生や友人に語り聞かせた創作怪談を小説に仕立てたものですから、一編一編はごく短いし、怪奇小説としてのパターンもほとんど一緒で、どんでん返しの驚きやストーリィ的な興趣なんてものもほとんどありません。そのことはまあ否定できないんですが……でもね、全編に漂う、濃厚な古きよき大英帝国の香りと古色豊かな正統派怪談の味わいは、何ともいえない奥深い愉しさがあるんですよね。せわしくなく電車の中で立ち読みなんてしないで、できれば炉辺の安楽椅子で、スコッチなぞかたむけつつチビチビ読んでいただきたいな。そ、これは怖がるためじゃなくて、のんびり愉しむために読む怪談なんですよ」
B「って……キミんちには暖炉も安楽椅子もスコッチもねーじゃんか!」
 
#2001年12月某日/某スタバにて
 
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