battle72(1月第1週)
 
[取り上げた本]
01 「真実の絆」           北川歩実             幻冬舎
02 「孔雀狂想曲」          北森 鴻             集英社
03 「悪いうさぎ」          若竹七海             文藝春秋
04 「21世紀本格」           島田荘司責任編集         光文社
05 「Killer X(キラー・エックス)」  クイーン兄弟           光文社
06 「眩暈を愛して夢を見よ」     小川 勝己             新潮社
07 「紙の迷宮」           デイヴィッド・リス        早川書房
08 「ロウソクのために一シリングを」 ジョセフィン・テイ        早川書房
09 「墜落のある風景」        マイケル・フレイン        東京創元社
10 「不死の怪物」          ジェシー・ダグラス・ケルーシュ  文藝春秋
Goo=BLACK Boo=RED
 
●ドンデン返しへの執念……真実の絆
 
G「今月はこれから参りましょう。『真実の絆』は北川さんの新作ですね。親子鑑定をメインネタに展開される8篇の連作短編という趣向。もちろん1篇1篇は独立したミステリですが、最終的には一連のストーリィとしても読める仕掛になっています」
B「というか、一連のストーリィとしてまとめ上げて、しか強烈なドンデン返しを喰らわせる非常に技巧的な作品だね。1つのアイディアをこれだけ徹底してひねくり回した例というのもあまりなんじゃないかな。ある意味すごい」
G「8篇もあるんで個々の短編には触れませんが……連作全体をくくる基本的なストーリィの枠組みは、こんな感じ。資産百億円といわれるある大富豪に死期が迫り、かれは手を尽くして人捜しを始めます。探しているのは、遠い昔に事情があって生き別れた“自分の血を引く子供”。つまりその巨大な財産を受け継ぐべき相続人を探しているのです」
B「なにしろ遠い昔のこととて手がかりは少なく、人探しを請負った人物はDNA鑑定を駆使して“本物”を見つけ出そうする。ところが巨額の遺産を狙う複数の関係者の陰謀が、そここで奇怪な事件を引き起こし始める……入り組んだ陰謀と欺瞞の迷宮に現れた驚愕の真相とは? ……基本的にはDNA鑑定という医学ネタをあれこれひねくり回したトリックのバリエーションに、込み入った迷宮のようなプロットを組み合せ、毎回律義にサプライズを作りだすいつもながらの手法に変わりはない」
G「でも、今回はだんぜんいいですね。これまでの特に純然たる長篇作品では、プロットが込み入りすぎてわけ分かんなくなったり構成が破綻したりで、メインネタが十分生かされなかったきらいがあったんですが、今回は連作長篇という仕掛のせいか、そのあたりがすっきりしている。個々の短編もきちんとまとまって切れ味抜群だし、長篇としても無理なく、しかも素晴らしく剛腕なサプライズエンディングを見せてくれますよね」
B「親子鑑定というメインネタのことだけ考えれば、いくらひねくり回したところで、それほど新しいパターンなんてないような気がするんだが……」
G「ところが手を変え品を替え、ほとんど“叙述トリックに臨む折原一”的な情熱でもって、とことん引っ繰り返し抜くんですよね! 1つのパターンを無限にひねくり回してはどんでん返しに結びつける手法は、もはや執念という感じ。しかも個別に見ても秀逸といえるアイディア・トリックがどんどん飛びだしてきて。これはかなり感心しました」
B「まあ、たしかにスゴい執念だし、びっくりするようなアイディアも散見するよね。特にラストのドンデンにはカナリびっくりしたんだけど……。そうはいっても基本的に1つのネタをひねくり回しているわけだから、後半になるとだんだんパターンも読めてきて。同時に作者の手際にも無理無理感が漂い始めるわけで。そのあたりの“煮詰まり感”も、やっぱり折原さんと似ている」
G「そうですね。純然たる本格ミステリとしてみた場合の全体の整合性は、たしかにイマイチこなれてないんですが、ともかく個々のそして最終的などんでん返しのインパクトは特筆ものというべきでしょう。まあ、細部の整合性にこだわらず、どんでん返しへの執念だけで突っ走った一種の潔さが生んだ“驚愕のラスト”かも」
B「スキのないキレイな本格を書くことにこだわってたら、こうはいかなかっただろうねー」
G「そうですね。本格ミステリとしての破綻を怖れず、トリックとサプライズにだけ徹底してこだわったことが、いい結果につながったんだと思います」
B「実際、本格ミステリ的な技巧を駆使しながらも、この作家さんは総体としては本格ミステリに対するこだわりはあまりないんじゃないかな? いまひとつブレイクしないのはそのせいかも。……まあ、前述の通り長篇では往々にして構成が破綻するし、そもそもその冷え冷えとした人工的な書きっぷりは万人受けするものではない。なんちゅうか、メインキャラの生き死にまでも“どんでん返しのネタ”以上のものではない! といわんばかりの作風だからなあ。当然、キャラ萌え要素なんてカケラもないし」
G「うーん、たしかに万人受けは難しいでしょうが、本格ミステリ的にももっともっと注目されてしかるべき作家さんだと思いますよ!」
 
●素材を生かしきった名人芸……孔雀狂想曲
 
G「『孔雀狂想曲』は短編の名手・北森さんによる新シリーズですね。お得意の骨董界をフィールドに、例によって磨き抜かれた短編ミステリの粋がたっぷり味わえます」
B「骨董界が舞台といっても、今回のシリーズは私たちにも身近(?)な街の骨董屋さんが主役。そこに持ち込まれた様々な古物骨董が引き起こす骨董奇譚というのが基本線だな。まあ、世話物プラス奇譚、そしてちょっとしたミステリ的な仕掛といえば、作者にとっては手慣れた独壇場。面白くて当たり前という感じだよね」
G「というわけでちょっとだけ内容を。前述の通り舞台となるのは街の骨董屋さん。下北沢の街でささやかな店を営む古物商『雅蘭堂』です。骨董店主としては若く、あまり商売熱心ともいえない店主の元には、なぜか奇妙な古物が次々持ち込まれ、店主は鋭い観察眼と推理力で隠された秘密を解き明かします。冒頭の『ベトナム・ジッポー・1967』では、ベトナム戦争の従軍記者が所持していたジッポ(オイルライター)からは、戦争当時のスパイの意外な正体が暴れます」
B「こいつはちょいとミエミエだったねー。落とし所としては“それしかない”んだもの」
G「でも、そうとわかっても面白く読ませてくれますよね。巧いとしか言い様がない。続く『ジャンクカメラ・キッズ』は古物屋の定番商品の1つであるジャンクカメラ(壊れた古カメラ)にまつわる奇譚。作者の骨董業界蘊蓄がよく生かされた一編ですね」
B「意外とあっさりしたミステリネタよりも、業界蘊蓄の方が面白かったりするけどなー。ミステリ色の強さということではむしろ次の『古九谷焼幻化』だろうね。古物商の夢といえば知られざる旧家の蔵が開かれて、予想外の逸品に出会うこと……いわゆる“蔵開き”で。つまり業者の手が入ってない処女地開拓ってやつだわな。その“夢の”蔵開きに立ちあうことになった主人公。信じられないような幸運? それとも罠? 主人公のライバルとなる骨董業界のヌシめいた人物も登場し、虚々実々の騙しあいが展開される」
G「これは面白かったですね。仕掛もドンデンも実にキレイに決まって鮮やかですね。続く表題昨の『孔雀狂想曲』は鉱物標本がお題。さして珍しくもない鉱石標本になぜかこだわる奇妙な男の真意は? これはきっちり殺人も起こるし、ミステリ味もたっぷりです」
B「その割にはミステリとしてはちょっと仕掛が平凡かな。続く『キリコ・キリコ』では江戸切り子細工のグラスを使った衆人環視の不可能犯罪で、こいつもミステリ的にはちょっとチョロすぎって気がするぞ」
G「たしかにミステリ的な部分だけとりだしてみると、たいして新鮮でも凝ってもいないんですが、一遍の作品として読むとどれもこれも間然とするところが無い出来で。これはなんでしょうね。無論語り口の巧さもありますが、骨董ネタとの相性の良さでしょうか」
B「骨董・古物それ自体はもちろん、骨董業界もひっくるめてミステリがぎっしり詰まっているって感じなんだよな。しかも作者はその“業界のミステリな部分”を引っ張り出してくるのが抜群に巧いから。ただ蘊蓄を聞かされるだけでも面白いんだ。次の『幻・風景』という作品の“有名な絵と同じ構図で描かれた幻の一枚”というネタも、たぶん業界ではよくある話だと思うんだ。だからいわばエピソードとしては最初っから練れているわけで、あとは必要充分なひねりを加えて巧く語れば、それだけで上等なミステリに仕上がるわけ」
G「続く『根付け供養』もそうですね。神懸かり的なテクニックを持った根付細工師の執念を描いた職人咄としても面白く読めるのですが、作者は最低限のツイストで鮮やかなどんでん返しを演じている。見事としか言い様がありません」
B「ラストの『人形転生』は有名なビスクドールがネタで、これも同傾向かな。ストレートなミステリというよりも、ダールみたいなブラックな奇譚という印象」
G「たしかに作品ごとにミステリ色には濃淡がありますね。本格も有れば、コンゲームもある。ほかにも奇譚要素が強かったり、人情譚だったり……。いずれにしても、抜群に面白い素材を過たず選び出し、しかも型に嵌まることなくその素材を一番活かすカタチでもって料理しているわけで。作者はまさに、名人としかいいようがありませんね!」
 
●エンタテイメントとして足りないもの……悪いうさぎ
 
G「若竹さんの新作長篇と参りましょう。これも本格ではなくハードボイルドですが……フリー調査員・葉村晶シリーズの新作です」
B「例によって、作者ってばヤなやつばかりを造形してはヒロインをいじめぬくことにイノチかけてる、そんなお話。徳に今回は長篇なので、とりわけ念の入ったヒロインいじめが展開されてるね」
G「まあ、そう何ですけどね、相変わらず読んでいる間は素敵に面白い。内容を紹介しますと……主人公はごぞんじ葉村晶。知り合いの興信所からパート仕事を請負って様々な調査を行う、ハードボイルドな女性フリー調査員です。彼女が請負ったのは、家出少女を連れ戻すというごく単純な仕事……のはずでした。ところがその単純な仕事でトラブルに襲われて負傷したのをきっかけに、手がける仕事に次々アクシデントが起こりはじめます。家出、失踪、殺人……事件はいずれも年若い少女たちに起こったもので、葉村はそこに大きな陰謀の存在を嗅ぎつけます」
B「傷つき壊れた少女たちをつなぐ糸とは何か。執拗な捜査の前に次々と不快なやつ危険なやつが立ち塞がり、ヒロインは肉体的にも精神的にも容赦ない暴力に襲われる。それでも食い下がっていったヒロインがついに遭遇した恐るべき真相とは?」
G「“名探偵”なんてものの存在しないこの世界では、ヒロインはどこまでもいち調査員として地道に調査を進めていくしかありません。そう考えると“尋問ー調査”の退屈な繰り返しになりそうなお話なのですが、そこはストーリィテラーの若竹さん。手がかりの糸のつなぎ方・謎の連鎖のさせ方が非常に巧みで、随所に挟み込まれたマゾシーンのアクセントとも相まってまさに一気読みの面白さ。読み終えると、まあかなり暗澹としちゃうのですが、ズッシりと心に残るものがあります」
B「たしかに謎の連鎖は巧みなんだけど、明かされる真相はけっして読者の想像の範囲を出るものではないよね。っていうか、半分ちょっと読めば隠された真相の正体には想像がついてしまう。でもって、おまけにクライマックスのアレは……作者的にはヒロインいじめのクライマックスとして描いたんだろうけど、残念ながらこれは計算違い。おまぬけなヒロインのおまぬかなヘタレアクションにがっかり。結局、作者は読者が溜め込んだストレスを最後の最後まで発散させてはくれない。性格悪〜っていうか、これってエンタテイメントとしてどうよ?」
G「アレっていうのは……アレですよね」
B「そ、バニーちゃん。前フリ部分を読めば十分想像がつくクライマックスシーンなんだけどね。なんちゅうか、作者はヒロインいじめをあまりにもエスカレートさせすぎて、このシーンはほとんどマンガになっちゃってる。怖かったり不気味だったりするよりも、思わず笑ってしまったね。なんだか作者はヒロインをイジメることに夢中になりすぎて、客観的な計算ができなくなってしまっているような気さえするんだけどね」
G「ん〜、あのシーンは、滑稽だからこそ怖い、不気味なシーンだと思うんですが」
B「どこがよ〜! まあ、あのクライマックスは、“真相”も含めていきなりマンガになっちゃったって感じよね。だいたいさあ、さっきもいったけどあのクライマックスはないと思うんだよね〜」
G「ああ、イジメられるばかりで、反撃がないってことですか?」
B「そ!」
G「でも、そのあたりが逆にステレオタイプなヒーローではない、等身大の主人公ってことなのではないでしょうか」
B「そりゃね。武器もない、女性の、民間調査員としての“作者の考えるリアル”であることはわかるけどさ。あんだけ非論院をいじめぬけば読者に溜まるストレスだって相当なもんなんだよ。それをなんらかの形で解放してやるのがエンタテイナーの務めってもんじゃないかい? べつに大暴れして鉄砲っでも撃ちまくって報復しろといってるわけじゃないよ。ともかくに精神的にでも何でもヒロインに“勝た”せることで、読者が溜め込んだストレスを抜いてやる必要があると思うんだ」
G「ハリウッドのB級アクションじゃあるまいし……それってあまりにも単純な勧善懲悪なお話になっちゃうんじゃありませんか?」
B「そんなこたぁない。主人公がとことん肉体的精神的にストレスを受け続けて……というタイプのお話でいえば、ディック・フランシスの競馬シリーズなんかがそうだと思うんだけど。たとえばあのシリーズの傑作といわれるシッド・ハレーものの白眉『片腕』では、さんざんっぱら肉体的精神的にいたぶられ続けた主人公は、最後の最後で、肉体的な暴力には頼らずに、まさに“そのキャラクタ”に相応しいやり方で“精神的に勝利”し、自分にとっていちばん大切なものをみごとに取り戻して見せるじゃん」
G「そうでしたねー、あれはすげぇカッコ良かったです。ドンパチはまったくないのに、最後に主人公に向かって悪役がつぶやく一言で、強烈な爽快感が味わえますよね」
B「例えばそんなやり方もあるわけじゃん。あれなら小説としてのリアリティを損なうことなく、エンタテイメントとして正しくストレスが昇華されていると思うわけよ。それをしないままの若竹作品は、いつまで立っても“読んでる間は面白いが、後味は途方もなく悪い”その後味の悪さだけが印象に残るわけで。戦略的にもよいことではないように思えるんだよね。まさかとは思うけどさ、作者は後味の悪さや救いの無さだけが、リアリティだと勘違いしてやしないか?」
G「サスペンスを高めるためのストレスは、ラストで解放されてこそ……ってことですかね」
B「そういうこと。面白いだけじゃなくて、ラストが気持のいいストーリィにできれば、若竹さんはもっともっと売れると思うんだけどね〜」
※付記、この作品は後に第55回日本推理作家協会賞の候補作に選ばれたものの、受賞は逸した
 
●有言実行のカリスマ……21世紀本格
 
B「なんだか今回は本格味のイマイチ薄いのばっかじゃん! 本格なら他にいくらでもあるはずだぞ」
G「はいはい、じゃ、コレ行きましょう。お待ちかねの島田荘司責任編集の本格ミステリアンソロジー『21世紀本格』です」
B「おお、いきなりゴッツいのが来たなあ。なんたって『21世紀本格』だもんなあ……見れば見るほどスゴいタイトル。ともあれこいつを紹介するなら、先に編者の島田さんのスタンスをお知らせしておくべきだろうね」
G「冒頭に配された島田さんによる執筆者への“執筆依頼状”の内容ということですね。じゃ、かいつまんで内容を読み解いてみます。えっと、(1)探偵小説の始祖たるポーの『モルグ街の殺人』の“核”は、『それまでに知られていた最神秘な幽霊現象と、時代の最先端の科学とを出遭わせた“精神”にあった』(2)しかし21世紀のいま神秘も科学も大変化大進化し、幽霊/神秘は逆に実験室の明るみ/先端科学の現場にこそ出現し、科学と共存並立している。(3)すなわち、科学と神秘はもはやポーの時代のように“対立”するものではなくなっている。(4)結果、ポー型の本格は日本においても失速し始めている」
B「そこで(5)前述のような前提に基づき、新たな神秘と科学の出遭い、すなわち21世紀の『モルグ街の殺人』を引き起こすことで21世紀の本格再生を図りたい。無論(6)このような発想に基づかない別種の小説群がスタートするべきなのかもしれぬし、従来型の本格を先鋭化させるだけで充分なのかもしれない。とりあえず(7)新しい本格としての方法論を持った・もしくは旧来のものを先鋭化した“21世紀本格ミステリーを進む方向の指標となる”短編を書いてほしい、と」
G「要するに、最先端科学とそこから生まれる神秘との、新しい出遭いから、21世紀の本格は生まれるってことでしょうか。でも、こうしてあらためて読み直してみると、島田さん自身は何が何でも“それ”を押し付けようとしているわけではありませんよね」
B「でもまあ、あれだけタカラカに謳い上げられちゃうと、ナカナカ逆らう気にはなれないだろうけどなあ。特に島田推輓で世に出たヒトたちなんかは。しかし、申し訳ないがわたしゃこの島田さんの21世紀本格理論ってのが、イマヒトツよくわからないんだよ。最先端科学とそこから生まれる神秘との新しい出遭い、っていったいなんやねん」
G「だからそこを考えて・書いて下さいってことでしょ?」
B「先端科学のフィールドで見ることができる神秘的な現象を、先端科学で解くっつーお話なら、いまやノンフィクションの方が絶対面白いんじゃないの? もちろん書き手によるけどさ、たとえば市川さんがあげてらした『脳のなかの幽霊』でもいいし、立花隆さんの『臨死体験』でもいい。どちらも謎も謎解きも超スゴいぞ。ハッキリいってその部分だけ比べたら、この『21世紀本格』に載ってるどの作品よりも面白いくらいだ。だいたいこの分野なら、竹内久美子さんの一連の著作みたく“バカミス”だってあるしなー」
G「竹内さんの『そんなバカな!』は面白いです〜! って、そんなに単純なことじゃないと思いますけど。要は『密室』であるとか『アリバイ』であるとか、使い古された本格タームに収斂されるような従来的な謎-謎解きではない新しい謎-謎解き、そしてサプライズが、先端科学の世界にあるんではないかーーということなんじゃないかな」
B「ふーん。でもさぁ、そのコンセプトって、SFのそれとほとんど見分けがつかないわよね?」
G「まあその、SF的な発想も柔軟に取り入れつつ、本格ミステリとしての枠組みにどう消化していくかという……」
B「なあんだ。んじゃ結局、本格としての枠組みは、それはそれで変わらないわけだ」
G「いや、単純にそういうことでもないと思うのですが」
B「あー、もういいもういい。早く作品紹介に行こうや!」
G「まずは響堂新さんの『神の手』。文字通りの先端医療研究者の研究室から生まれた悪夢のような実験体。次々研究者を謎めいた事故の真相は?」
B「ネタはまさしく先端科学の世界なんだけど、お話の作りはむしろ古めかしいマッドサイエンティストものの変種だね。まあ、この作家さんの近作はどれもこれもクーンツを無茶つまらなくしたような、サイエンスホラーサスペンスアクションもどきばっかだったからなー。それに比べればだいぶマシというべきか。本格としてどうこう言っても仕方がないわね。次は、島田さん自身の作品『ヘルター・スケルター』。ビートルズの曲を聴くと凶暴になる記憶喪失者。医師との対話の中で徐々に蘇る記憶のカケラ」
G「お得意の脳科学ネタに歴史(といっても現代史ですが)ネタを組み合せた、最近の島田さんお得意の趣向。記憶喪失ものは最近とても多いですし、その部分の仕掛だけならさほど大きなサプライズはないですね。でも、ラストでいきなりこういうネタにワープするところはさすがぶっ飛んでますが」
B「タイトルにも手がかりはあるんだけど、このオチの効果は万人向きとは言い難い。だからナニって感じで、ピンと来ない人にとってはなかなかの凡作に見えてしまうんじゃなかろうか。往々にして“読む人を選ぶ”って点は、まさしくこの21世紀本格のコンセプトの最大の弱点だと思うね」
G「続いては異ジャンルからのご招待作家。ごぞんじ『パラサイト・イヴ』の瀬名秀明さんによる『メンツェルのチェスプレイヤー』です。これも1種のマッドサイエンティストものかな。舞台は無数のロボットが住まう人工知能の権威・児島教授の館。自由意志を求めるロボットは教授を殺したと告白し、主人公に人の生命を賭けたチェスの勝負を挑む。……先端科学が具現した悪夢のようなイメージに、自由意志の在り処への問いかけというテーマ性。そして一種の特殊ルールものとしての本格ミステリ趣向が密接に絡み合って、完成度が高い。おそらくは21世紀本格のコンセプトにももっともフィットした一作ですね」
B「自由意志とは何か、身体性とは何か。SF的なテーマが本格ミステリとして昇華され、バランスもいい。しかし、これはやはりあくまでSF側からのアプローチだろうなって気がするよ。次の柄刀さんの『百匹めの猿』は、逆にあくまでミステリ側からのアプローチだね。名探偵たちが集まって、事故とも自殺とも思える1年前の奇妙な事件の謎解き合戦を行う。多彩な科学薀蓄を駆使した推理合戦は面白いといえば面白いが、作品としての骨格はむしろ古典的。島田さんが求めているのは、たぶんこういうことではないだろう」
G「そういう意味では続く氷川さんの『AUジョー』も同じかな。新種の病気で人口が激減し、高度な管理社会となった近未来に本を舞台にしたパズラーですね」
B「要はいつもどおりのフーダニットパズラーで、SF的な趣向はそのロジックを展開するための限定条件設定に用いられているだけ。どこといって新しさは何も無いね。しかし、それとて次の松尾さんの『原子を裁く核酸』に比べればずっといい。研究施設で起こった奇怪な殺人……ああもう、この人のはあらすじを説明するまでも無いや! よーするにいつものアレ。幼稚なアイディアを、無理無理にこじつけて、センス悪く描いた、どーにもこーにも困った、果てしなく見当違いの力作ってやつ。島田さんの序文も『いずれ……貴重な才能となりえるであろう』なーんてかなり逃げ腰だけど、そんな言訳がましいこと書くくらいならきっぱりボツ食らわせろよな。まったく、この作品があるばっかりに本自体の値打ちが3割がたダウンしているっちゅ〜の!」
G「まあ、あの方の作品はさすがのぼくも擁護しきれませんね。でも、麻耶さんの『交換殺人』はいいですよね! これは完全に従来型の本格ミステリの枠組みで書かれた、いわば“20世紀本格”なんですが、ややこしい科学用語にさんざ付き合わされた後だったせいか、思わずほっとしてしまいました。えっとタイトルどおり交換殺人ものなんですが……酔いに任せて見知らぬ人物と交換殺人の約束をした男。酒の上の冗談と思っていたら、自分が殺す予定だった人物が偶然殺されてしまう。こうなると約束した相手が“自分が依頼したターゲット”を殺す番!? なんとか犯人を見つけて、殺人契約を破棄しなければ! 名探偵役は木更津さんですね」
B「アイディア自体はさほど新鮮とはいえないものの、そのネタの転がし方が抜群に巧いんだよな。落しどころも計算し尽くされていて……なんだかこういうほめ方って麻耶さんに対するものらしくないんだけど、島田さんの肩に力の入りまくった依頼にあえてこんなフィードバックをするあたりが麻耶さんらしいとえばいえるわよね。ホントこの人って、“フツーに面白いだけの本格”なら、何ぼでも量産できる力を持っているんじゃないかと思うよ。ま、絶対やらないだろうけどね」
G「ラストは森博嗣さんの『トロイの木馬』ですが……これは紹介しにくいなー。不正アクセスの調査の過程で行き着いた、危険なデータベースを巡るバーチャル殺人みたいな筋立てはあるものの、どうやら作者はストーリィなんてどうでもよいらしく、電脳空間を舞台にした思考実験が延々と続けられます」
B「島田さんの宣言に対する問いかけだよね、これは。21世紀本格を書けというなら、まずきちんと定義しろよ、と。新しさってなんなのよ、ミステリってなんなのよ、と。自分では一切答えを出さずに、21世紀本格と称するものの“問題点だけを抽出して並べた”ような、つまり始まりだけで終わってない話。これまた森さんらしいといえばいえる」
G「てなわけで、たしかに困った作品もあるし、21世紀本格のありよう自体てんで見えてこないのですが、その肩透かし感を別にすれば、総体的にはバラエティに富んだ面白いアンソロジーになったと思います」
B「21世紀本格というコンセプト自体がはっきりしてないんだから、模索段階であるのは仕方がないね。ただ、自分の信念をこうして形にしてしまう島田さんのパワーはやはり並外れているというべきで。まさしく有言実行のカリスマっつー感じだな。ともかくここにこうしてカタチにしたことに意義があるっつーか。否定するにも、超えるにも、無視するにも、なにしろカタチがあるからこそなんだからね。……ただ、正直いって書き手の人選はもう少し考えてほしかったな。ありていにいってしまえば、響堂、松尾のお二方はいらない。氷川さんもコンセプトには合わないと思うな」
G「んー、まあ響堂さん、氷川さんはいいと思うんですが。でもどうせなら、三雲さんや殊能さんあたりに書いてもらったら、すごい刺激的だったのにな。あと上遠野さんや乙一さんも面白そうだし」
B「乙一が先端科学う〜?」
G「ええ。21世紀本格という依頼にあの方がどういう作品で答えるのか、非常に興味がありますね」
B「ふーん。私的には、むしろ西澤さんや山田(正紀)さんの方が、きっとすげーのを書いてくれそうな気がするね。……少なくとも不肖の弟子だか子分だかを入れるより、一億万倍良いものになるのは確かよ!」
 
●本格ボディカウントムービー……キラー・エックス
 
G「ではでは。続きましては、覆面作家コンビによる合作長篇『Killer X』です。同じ版元からは前年にも、同趣向による彩胡ジュン名義の合作長篇『白銀荘の殺人鬼』が出てましたね。本人たちが公式に認めたわけじゃないんでしょうけれども、『白銀』の時のコンビとは1人作者が入れ替わってます。ちなみに、今回もくだんの覆面作家コンビの正体当ての懸賞クイズなんてイベントが行われましたね」
B「今回は2人の写真まで載せてあるんだから、当てさせるつもりだったんだろうね。まー、そんなこたぁどうでもいいんだけど。それにしても“クイーン兄弟”とはね。なんちゅーカッコワルイ合作筆名やねん! 覆面作家コンビの合作なんて、遊び心万点の楽しい企画なのに、超センス悪ぅ〜」
G「まあまあ。んなことは、それこそどうでもいいじゃないですか。ともかく同じ本格とはいえ、作風はかなり違う“あの2人”の合作ということで、いったいいかなるものができあがったのか、実に興味深いところです」
B「『白銀荘』同様に、今どきの本格にしてはチープなスリラー風味つうか煽情的な色合いが強いんだけど、本格ミステリとしては実はそれほど悪くない。ちょいと粗っぽくて雑駁な口当たりが残るんだけど、本格としての骨格部分には趣向が凝らされている。2人それぞれの良いところが旨い具合に相乗効果を発揮している感じだな」
G「そうそう、クイクイ読ませてどんでん返してんこ盛り。ついでにラストにもなかなかのサプライズが用意されているという……。お話はこんなんです。主人公は駆け出しのミステリ作家・本郷大輔。高校時代の恩師・シゲルちゃんに正体された彼は、久しぶりに会う同級生たちと共に深い雪につつまれた山荘を訪れます。事故で車椅子生活を送るシゲルちゃんのために山荘は高度に自動化され、快適な環境が実現されています。ところが同級生が集まった途端、不審な事実が明らかになります。誰が、何のために、ここに7人を呼び寄せたのか」
B「当然、激しい雪に道は閉ざされ、連絡手段は失われて山荘は孤立。閉ざされた空間の中で、おぞましい殺人劇が始まる。無惨に殺されていく仲間たちと共に、次々明らかになっていく予想外の事実。誰が、誰を、何のために。そこかしこに出現する人気キャラクター『Killer X』の示すメッセージとは何か?」
G「これは面白かったです〜。登場人物こそ若者じゃないんですが、基本的な構造は『スクリーム』や『ラストサマー』といった映画。つまり人がザクザク惨殺されていく“ボディカウント・ムービー”のテイストで、そのノリでもってきっちり本格をやったらどうなるか……という試みですね」
B「いや、“きっちり本格”というのはどうかなあ。ラストのドンデンなんて、もう思いきり無理筋つうかムチャクチャだろ。それに、確かに後半はページをめくるごとに死体が登場するという感じだけど、前半はなっかなか事件が起こらないし」
G「んーでも、この作品の場合、前半はありとあらゆる場所に伏線を張り巡らせるための準備段階ですからね。後半で殺しの全力疾走をやりつつ、きっちり本格をするためにどうしても必要な助走だったと思います。実際、後半では手間をかけただけの目眩くどんでん返しの連発を見せてくれるわけですし」
B「まあ、たしかにそうだし、本を開いている間はイキオイで読み進んじゃうんだけど、読み終えるとやっぱり全体に薄っぺらかつチープな感じが残るのは否めないし、本格年の骨格も無理無理感がただよう粗っぽい作品だわな。まあそのあたりもひっくるめて“ボディカウント”ものだと思えば、上の部といえるわけだけど」
G「いやー、ぼくは好きですねー。手の込んだ伏線の張り方も、その落し込みも、手抜きは無いですよ。それでいてすんごいスピード感だし……こういうのこそTVドラマにすればいいのになー。残酷すぎてダメっつーなら映画でもいいし。も少しユーモアがあれば、んもーカンペきなボディカウントムービーができちゃうのになー」
B「キミってば、ほーんとB級ノリが好きよね〜」
 
●見た目で損をしている……眩暈を愛して夢を見よ
 
G「だいぶん前の本なのですが、この作品にはちょっとびっくりしました。というのは小川勝己さんの『眩暈を愛して夢を見よ』なんですけどね。タイトルや、著者名や、最初の方を流し読みした感じがなんとなく本格っぽくなくて。じつはぼくってば、最近よくある鬼畜系のクライムサスペンスなんだと思って見送ってたんですよ。先入観って、いけませんね」
B「鬼畜系のクライムサスペンスってなんやねん! ……って、ま、なんとなくわかるけどな」
G「ところがこれが本格、ではないけど、じつはかなりトリッキーつうか。本格ミステリ的な仕掛けをメインにすえたユニークなサスペンスだったんですよね。まあ、語り口は流行の和風ノワールっぽいんですけど」
B「っていうか。これはあれだな、ガーヴの『ヒルダよ眠れ』……でしょ?」
G「ははあ、なあるほどね。そういやそうかもしれませんね。んじゃ、内容に行きましょう。アダルトビデオの製作会社に勤務していた主人公。現在はAV界を離れ気楽なフリーター生活を送っている彼のもとに、かつての同僚山下なつみの失踪が伝えられます。主人公にとって高校時代の憧れのひとだった彼女は、数年後に再会した時には主人公のビデオカメラの前で痴態を演じるAV女優となっていました。しかしその後彼女はサラリーマンと結婚しAVは引退したはずだったのに、なぜ失踪したのか? しかも、時を同じくして、彼女の過去に関わった人間が次々殺されているというのです。いったい彼女に何が起こったのか……主人公はその行方を追うべく、彼女の過去を探り始めます」
B「調べが進むにつれ、彼女の予想もしていなかった“もうひとつの素顔”が次々と明らかになっていく。女優をめざして夢を追っていた彼女、売れるために手段を選ばなかったえげつない彼女、同人に叩かれてもミステリを書き続けていた彼女、仲間から疎まれ虐められていた彼女……矛盾するいくつもの貌の向こうから、やがて立ち現れてくる真実とは。……このあたりの、いわゆる“女のもう一つの顔”テーマが『ヒルダ』かなと。むろんこっちの語り口は今風の猥雑爆走派の風味。一緒にしてもらっちゃ困るって感じはあるんだけどね」
G「っていうか、この作品の場合、作中作が出てきたあたりから少しずつ雰囲気が変わるじゃないですか。なんちゅうか、急にアヤシゲになってくるというか。要は本格ミステリ的な匂いが少しずつしてくるわけですね。でも、かといって語り口はやっぱりayaさんいうところの今風猥雑爆走派風味なわけで。作者がどういう方向のミステリを目指しているんだか、とんと見当がつかないままイキオイに乗せられてクイクイ読み進むと、いきなり背負い投げ、みたいな」
B「まあ……最終的には、本格ミステリ的なトリックを大胆に応用したトリッキーなサスペンスというところかな。でも、仕掛はかなりあざといし、あざといわりには巧いこと整理しきれてない感じは残るよね」
G「でも、その整理されきれてない、一種の八方破れなトリッキーさが語り口とも相まって独特の作品世界を生み出している気はします。このある種のいかがわしさって妙な魅力がある。ついでにいえば、どんでん返しも、ぼくはけっこう驚きましたよ。どうもこの本は装丁やタイトルで損をしている気がします」
B「たしかにね。キミがいう語り口やノリの方向性と、それとは正反対な本格ミステリ的な仕掛け趣向とがぶつかりあって、面白い個性を生み出しているということはいえる。けど、やはりこれはどう見てもイチかバチかの飛び道具つうか。ともかく作者は計算してやっているって感じがしないのよね。思いつきでガシガシ書いてったら、たまたまこんなんでました、みたいな感じ。何度もできることじゃないと思うし……次回作が勝負よね」
 
●ミステリは株取引から生まれた?……紙の迷宮
 
G「続きましては洋モノと参りましょう。第55回アメリカ探偵作家クラブ賞(MWA)最優秀新人賞受賞作『紙の迷宮』です。ジャンルは歴史ミステリ。……あちらでは流行ってるらしいですね」
B「今もそうなの? 英米で歴史ミステリが流行ってるって聞いたのは、もうずいぶん前のことだけどな。まあ、それはともかく。歴史ミステリといっても、これは『時の娘』や『成吉思汗の秘密』のような、歴史上の謎を現代の探偵が安楽椅子探偵するタイプのそれではなくて。たとえばカーの『ビロードの悪魔』や『喉切り隊長』みたいな、遠い過去の歴史上の世界を舞台にして語るタイプ。国産ものでいえば……『薫大将と匂の宮』みたいな方向かな」
G「ふる! それにあれって『源氏物語』の世界が舞台になってるんであって、いわゆる歴史ミステリとはちょいと意味合いが違うのでは?」
B「うっるさいわね〜。ちっぽけなことをグダグダグダグダ! いいからとっとと内容を紹介しろって」
G「はいはい。えーっと、舞台は1719年のロンドン。未だ警察という組織さえできあがっていない、この無法と歓楽の都で、今しもまったく新しい巨大なビジネスが生まれようとしています。それは史上初めての株取引。盗品回収や人捜しを専門とする元ボクサーの主人公は、ささいな盗品回収の依頼をきっかけに、この生まれたばかりの株式取引きにからんだ巨大な陰謀に巻き込まれていきます」
B「株絡みの陰謀なんてなんだか辛気臭い話のようだけど、そんなことは全然無いわね」
G「ですね。カーの歴史物がそうであるように、恋あり活劇あり謎解きありのもりだくさんなエンタテイメントで、なんちゅうか古きよき連続活劇のノリとでもいいましょうか。主人公も元ボクサーというわりにはなかなかの頭脳派で。腕っぷしばかりでなく狡猾さを縦横に発揮して、ロンドンの暗黒面を牛耳る悪の親玉と渡り合います。まさに波乱万丈を絵に描いたようなお話は読み始めたら止められません」
B「とはいえ、この作品の1番の見所はただ面白いだけでないってことでさ。いや、もちろんただ面白いだけでもじゅうぶんスゴイことなんだけど、この作品の場合は、なかなかどうして勉強になるお話だったりするんだよな」
G「お話の背景になっている創成期の株式取引きの話が、それ自体たいへん興味深い蘊蓄が山ほどちりばめられていて無類の面白さなんですが、それがしかも単なるネタではなくて、物語のコンセプト自体にきっちからんで語られるというところがスゴイですよね」
B「なにしろ舞台は警察という組織すら生まれておらず、つまり犯罪の捜査や尋問、処罰についても近代的な科学捜査や証拠の意義なんて発想がまったくない世界。この近代以前の世界において、史上初めて、“手がかりから論理的に解決を導き出す”というミステリ的な論理がいかにして生まれたか……実は株式取引きというビジネスを通じて生まれたのだ、というのが作者の主張であるわけ。これって初めて聞いたけど、面白い発想よね〜。たしかに様々な市場の手がかりを元に株の値上がりを予測する株式取引きは、あるいみ史上初めての推理力によって莫大な金もうけが可能なビジネスだったわけで。実際、物語はこの作者のアイディアとシンクロする形で進んでいく」
G「もっぱら腕っぷしに頼って捜査をしていた主人公が、“その考え方”に触れて少しずつミステリ的な探偵になっていくつーのも興味深いですよね。もちろん作品総体としては本格ミステリとはとてもいえませんけど、ともかくそれなりに謎解きもどんでん返しもあるし、前述のようにリーダビリティも抜群で。こういっちゃ何だけど、リーダビリティはカーの最上級の歴史ミステリに匹敵してると思います。もっと読まれていい作品ですよね」
B「まあ、そういってもいいかな。これは作者の着眼点が秀逸だったんだろうね。してまた作者は、それを抜群に面白く語りきるエンタテイナーでもあったということなんだろう」
 
●狙い澄ましたアベレージ……ロウソクのために一シリングを
 
G「では、『時の娘』の名前が出たところで、今さらながら、その作者のデビュー作がポケミスで出ましたね。『ロウソクのために一シリングを』です」
B「この作者は『時の娘』1作で歴史に名を残したという感じで、他の作品はほとんど知られていないのだけれど……ポケミスで2冊くらい出てたっけ? 『フランチャイズ事件』と、あとなんだっけ?」
G「そういう時は面倒がらずに目録を見ましょうよ。えーっと、『美の秘密』ですね。うーん、『フランチャイズ事件』はけっこう面白かった気もするんですが、『美の秘密』は内容おぼえてないなあ」
B「どっちにしろ、『時の娘』ほど印象に残る作品ではなかったのは確かだろう」
G「そりゃそうですけどね。……で今回の『ロウソクのために一シリングを』ですが、これってヒチコックの『第3逃亡者』の原作なんですってね」
B「けっこう驚くよね〜。だってなんだか全然別のお話みたいじゃん。いわれなきゃ絶対分かんないよ」
G「そうですね。興味のある方は、読了後に映画の方もご覧になってみると良いでしょう。んで、この作品には『時の娘』と同じく、作者のシリーズ探偵であるグラント警部が登場するんですが、もちろん今回は安楽椅子探偵でも礫推理でもありません。雰囲気的にはコージーミステリの系統でしょうか」
B「でもって、お話は2時間サスペンス風味のメロドラマ!」
G「いやいやいや。そーんなチープなしろもんじゃありませんってば。じゃあ、まずは内容を。えー、舞台は英国南部の風光明媚な田舎町。ある爽やかな朝、海岸に女性の溺死体が打上げられます。事故死か、自殺か……しかし調べが進み、死者の正体が著名な映画女優であることが判明するに至り、事件はにわかに怪しげな雰囲気を漂わせ始めます」
B「女優が名前を隠して借りていた別荘には、謎めいた風来坊の青年が寄宿し、しかも警察の追及を逃れてにわかに姿を消す。さらに女優の残した遺言書には、兄に対する奇妙としかいいようのない遺言が書かれていた。女優の不可解な行動が意味するものは何か。……なんだかこいつも『ヒルダよ眠れ』のノリが少しだけあるね」
G「まあ、そうですね。生前の女優の不可解な行動が事件のカギになる。お話自体はごくゆったりとしたコージーミステリの雰囲気ですし、風光明媚な舞台、怪しげな青年、遺産に奇妙な遺言状と、いかにもクラシックミステリ的な道具立てには事欠きません。ささやかな謎に、シンプルだけど気の利いた伏線、そして意外な犯人もちゃんと用意され、まことに安心して読めるバランスのいい古典本格です」
B「裏返せば、クラシックミステリだからこそ許されるヌルさというかユルさというか、どうにも微温な世界であるわけで。なんちゅうのかな、昨今のシゲキテキでデーハーな本格を読み慣れた読者にはいささか以上に物足りないはず。作者の筆はあくまで謹みを忘れず定型を外さず、いっさい冒険というものをしない狙い澄ましたアベレージヒッターという感じ。安心して読めるといえばその通りだけど、それだけっちゃあそれだけ」
G「でもね、古典が読みにくいっていう人にはけっこう向いていると思うんですよ。お話も語り口も平易で、仕掛もシンプルだけど弧の世界観の中ではなかなか効果的に使われていると思うんです。付け加えれば、女優の別荘に寄宿する謎めいた青年のアプレなキャラクタがどうしてなかなかユニークで。彼の存在が平板に成りがちな物語をきゅっと引き締めている気がします。作者は処女作にしてすでに手だれという感じですね」
B「ま、たしかにあの青年はヘンなやつではあるけどねー。基本的にはコージーミステリの水準作という以上のものではないだろう、というのが私の結論だな」
 
●美術ミステリ+アルファの絶妙なブレンド……墜落のある風景
 
G「そういえば、こちらのこの作品も少しだけ歴史ミステリの匂いがしますね。マイケル・フレインの『墜落のある風景』です」
B「まあそいっていえないことはないけどね、これはやっぱり美術ミステリだろ。それとコン・ゲームものが合体したような、ちょっとあまり例の無いユニークなお話だね」
G「まあ、コン・ゲームといってもかなりオフビートというか……ともあれ、内容を紹介しましょう。えっと、主人公は哲学専門の若手大学教授。妻も美術史専攻の学者で、美術品の鑑定家として有名な女性です。さて、主人公は長年の懸案である哲学書の著作を仕上げるため、妻とともに休暇を取ってロンドンを離れ、ロンドン郊外の田舎にある別荘にやってきます。さあこれで落ち着いて執筆に励もうかという矢先、お近づきの印にと招かれた地元の男の家で主人公はとんでもない発見をします」
B「2人を招いた男の狙いは、自家に代々伝わる美術品を、鑑定家として有名な主人公の妻に鑑定してもらおうというもの。ロクでもないガラクタばかり魅せられてうんざりしていた矢先、男がゴミ同然に扱って見せようともしないある小汚い絵画に、主人公の目はくぎ付けになる。これは、もしや? もしもコレがあの作品だったら、その値段は天文学的な数字になる。貧乏学者の自分にはとても買えない値段で……と、ここで主人公の学者らしからぬセコさ大爆発の小悪党ぶりが顔を出す。持ち主はモノの価値なんぞわからない田舎者だ。なんとか騙して二束三文で買い取ることはできないか?」
G「ここから物語は大きく2つのパートに分かれます。一方はにわかコン・マンとなった主人公が、なんとか“それ”を手に入れようと、あの手この手で繰りだすセコさ丸出しのコン・ゲーム譚。もう一方は、美術史には門外漢の主人公が、美術史的には存在しないはずの“それ”を、あらゆる資料を駆使して推理を巡らし、その由来を突き止めて作品としての真偽を明らかにしようとする一種の歴史ミステリ趣向です
B「そうやって2つを並べると、何とも不思議な取りあわせに思えるんだけどねえ」
G「でも、実際に読んでみるとこれが思いのほか相性がいいんですよね。コン・ゲームのパートは、ともかく主人公の繰りだすコン・ゲームがどれもこれもみみっちくセコく、それでいて相手の男も気付いているんだかいないんだか、騙されそうで騙されない。どんでん返しに次ぐどんでん返しでスリル万点・皮肉たっぷりなコメディ仕立てが楽しいし、後者の“それ”の由来を巡る謎解きも、あの飛鳥部さんもかくやという感じの図像解釈学や図像学に基づく推理が縦横に繰り広げられて、こちらはこちらで謎解きの楽しみがたっぷりつまっています。謎解き部分なんて結構美術蘊蓄がぎっしり詰まっているんですが、両者があんばいよく配置され、緩急が巧くつけられているのでとても読みやすいですね」
B「とはいえ、基本的に謎解き部分は読者が知りようもない専門知識を引っ張り出してきて進める恣意的な推理だから、楽しいといってもそれは本格ミステリの楽しとは違う。じっくり読むとたしかにとても面白い謎解きなんだけど、やはりある程度美術に興味が無いと……少なくとも“それ”の作者についてある程度は知識が無いと、面白さは半減するだろうな」
G「まあ、“それ”の正体はネタバレ禁止でしょうから、ここには書けませんが……うーん、有名な画家ではありますよね。ぼく、けっこう好きでこの人の画集は一冊持ってます」
B「有名な画家だよ……謎めいた、という意味でもね。名前は知らなくても、作品は教科書なんかで目にしたことがある人がほとんどなんじゃないか。ただ、だからといってあのパートを面白く感じられるかどうかは、微妙なところだろうなあ」
G「いや、面白いと思うんだけどな。あの画家のことなんか知らなくても。主人公のヘタレなコン・ゲームのパートだけでも、すっごく面白いし」
B「たしかにね。あの主人公のキャラクターは出色だな。あれくらいセコくて、身勝手で、飽きっぽくて、倫理観の欠如した、むちゃくちゃ人間臭いキャラクターというのも、見たことがない。どうしようもないヤツなんだけど、読者にしてみればなぜか憎めないというか。アタマがいいつもりでドジばかりする彼の七転八倒ぶりは、こりゃそうとう笑える。ま、基本的には地味なお話なんだけどね」
G「キャラクタがみんないいんですよ。でもって、その配置の仕方、ストーリィの緩急の付け方が抜群に巧い。地味で堅くなりがちな美術ネタの話を軽々と読ませてくれる。芸達者な俳優を使って映画化したら面白いでしょうね」
B「どうもキミの褒め言葉はそればっかだなあ」
 
●驚異のトンデモ心霊探偵……不死の怪物
 
G「今回の10番目の席は、そのスジでは有名な伝説的な伝奇ホラーの古典『不死の怪物』といきましょう。これは、前々から非常に有名な“幻の作品”でしたよね。本邦でも邦訳の企画は過去にもあったようですが立ち消えになって、斯界のファン達を悔しがらせていましたが、今回いよいよ登場! ということになります」
B「なんだかねぇ、きみの煽り方は騒ぎすぎって感じだなあ。基本的にこの作品は、いわゆう心霊探偵ものの流れを汲む伝奇ホラーで。ブラックウッドの『ジョン・サイレンス』とかホジスンの『カーナッキ』とか、あの手のヤツだね。簡単に言えば心霊術の専門家が幽霊の正体を超能力でもって暴き、退治するというパターン。『ジョン・サイレンス』も『カーナッキ』も邦訳が出てたけどたいして売れなかったし、この作品の企画がポシャったのも、だから当然だったんじゃないの?」
G「そんなこといったって、ぼくは『ジョン・サイレンス』も『カーナッキ』も大好きだったんですから仕方がないでしょ」
B「キミの阿呆な趣味はともかく、“幻の作品”ってやつにありがちなことだけど、そんなに大騒ぎするようなシロモノじゃあないと思うよ。普通に面白く、普通にダメな伝奇ホラーっていうか。今読むとやっぱ古臭さはぬぐえないよね」
G「ま、ともかく内容をご紹介させて下さいよ。数十年数百年おきに出現する不死の怪物とよばれる凶悪凶暴なこの世ならぬ怪物……それが、その旧家の一族にかけられた呪いでした。事実、代々の当主は夜の森でこの怪物に遭遇し、発狂して果てあるいは自殺し、誰もが無残な死に様をさらしていたのです。それを見たものは必ず殺されるか、発狂する、不死の怪物の正体は? 呪いなど信じなかった現当主もまた、その怪物の底知れぬ恐怖に直面し、ついに病の床にふせってしまいます」
B「そこへ登場するのが“ゴースト・ブレーカー/幽霊殺し”ルナ。超人的な女性霊能者として幾多の怪事件を解決してきた彼女は、ゴースト・ブレーカーの名に賭けて、この旧家に数千年にわたり取り憑いた呪いの正体を暴こうとする。驚くべき博識と超能力、心霊科学を駆使し、数千年の時を駆ける謎解きと闘いの旅が、いま始まるううううッ! てな感じで、いやー、ほとんどマンガだな〜」
G「まあ、たしかに筋立てとしては定番そのものなんですが、この作品がスゴイのは、どこどこまでも徹底的に行われる“不死の怪物”の正体探しのスケールと執念深さですよね。なんたって、しまいには時空を超えて数千年の時を超えて、呪いのモトのモトのモトをたどってそれを根絶しようとする。まあ、トンデモ系といえばそれまでなんですが、霊的な存在とこれだけ徹底した、しかもスケールの大きな戦いを繰り広げる心霊探偵モノというのは、他に類例がありません」
B「まーねー、実際には“不死の怪物”の表面的な正体は、どんな読者にでもすぐ想像がついてしまう、いってしまえばわりかたありきたりなキャラなんだけど、その先のはちゃめちゃな探索と闘いのブッ飛びぶりはたしかに一代の奇観という感じはある。怪物の正体にせよ、呪いの正体にせよ、作者がしきりに隠すほどには意外性はあまりないんだけどね」
G「この作品の場合は、そういったサプライスやショックが読みどころではないでしょう。ともかく、このどこまでも果てしなく底が抜けていくような、途方もないスケール感はちょっと他では味わえません。オープニングの舞台や筋立てが呆れるくらいオーソドックスなんで、いっそうびっくりしますよね。あまり売れてないようですし、入手しにくくなるのは必定という気がするので、ご興味のある向きはいまのうちに読んでおかれた方が良いと思いますよ!」
 
#2002年1月某日/某スタバにて
 
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