battle74(2月第2週)
 
[取り上げた本]
01 「捩れ屋敷の利鈍」 森 博嗣          講談社
02 「人魚とミノタウロス」 氷川 透          講談社
03 「幽霊船が消えるまで」 柄刀 一          祥伝社
04 「名探偵はもういない」 霧舎 巧          原書房
05 「クビキリサイクル」 西尾維新          講談社
06 「お喋り鳥の呪縛」 北川歩実          徳間書店
07 「ダーウィンの剃刀」 ダン・シモンズ       早川書房
08 「心の砕ける音」 トマス・H・クック     文藝春秋
09 「死神の戯れ」 ピーター・ラヴゼイ     早川書房
10 「戯作者 滝沢馬琴 天保謎解き帳」 永井義男          祥伝社
Goo=BLACK Boo=RED
 
●ユーザーオリエンテッドな製品造り……捩れ屋敷の利鈍
 
G「講談社ノベルスの創刊20周年記念企画として刊行が始まった“密室本”から、まずは『捩れ屋敷の利鈍』を取り上げましょう。森さんの新作ですね」
B「このシリーズってよくわかんないんだよねぇ。だいたいなんで周年企画が密室本なんだ? 講談社ノベルスは“これまでもこれからも本格が1番のウリですッ”っていう決意表明なのかしらん」
G「っていうか、講談社ノベルスといえばミステリ、ミステリといえば密室。その程度のノりなんじゃないかなー。まあいいんじゃないですか、分かりやすいし」
B「本を丸ごと袋綴じして体裁も密室本ってか。ひょっとして、その袋綴じの企画がやりたいばかりに、この中編並のページ数になったんじゃないの?」
G「それは……そうでしょうね。たぶん。分厚いやつの袋綴じって大変そうですもん」
B「密室テーマで、しかもこの枚数って、現代の作家にとっては難しいと思うんだよねー、真面目に、正面から取り組んだら。ちゃんとトリックを考えて、密室が使われた必然性を過不足無く描いて。説得力ある作品に仕上げるには、それなりのボリュームが必要なんじゃないか? その意味じゃ中編っていちばん使い勝手が悪そうな気がするんだけどな。だいたいさぁ、執筆するのは“歴代メフィスト賞作家”さんだっていうじゃない」
G「ですってねー。その意味でもごっつ愉しみです」
B「書けるのか? 密室が。畑違いの作風の作家さんもようけいるじゃん。メフィスト賞はたしかに本格味が強い賞だけど、けっしてそれだけじゃないし。……ま、何も全員が執筆するとはいってないんだろうけどね」
G「どーでもいいけど前置きが長すぎますよう! さっさと『捩れ屋敷』始めましょう『捩れ屋敷』」
B「ほいほい。えーっと、講談社ノベルスの森さんの作品といえば、すでに終了したS&Mシリーズと現在継続中のVシリーズの2つがあるわけだけど、この『捩れ屋敷の利鈍』は、その両シリーズのヒーロー&ヒロインが競演するという、森さんらしいサービス精神溢れる一編」
G「ただし、ヒーロー&ヒロインといっても両シリーズの名探偵役が出てくるわけじゃなくて。S&Mからは“頭の良すぎるワトソン役”ともいうべきヒロイン西之園萌絵が、Vシリーズは語り手にしてトリックスター役風の保呂草潤平が登場します。このあたりの微妙な外し方もなんだか森さんっぽい」
B「だわな。まあ、萌絵嬢は短編では名探偵役も演じているし、犀川さん(S&Mシリーズの名探偵役)も作中で電話で助言したりする。Vシリーズの名探偵役の紅子さんは出ないけどね。実質上は、だから“怪盗対名探偵”の構図ってこと」
G「そういうことになりますか。さて。舞台は人里離れた山奥にある、大金持・熊野御堂家の豪壮な別荘。敷地内に新たに完成した巨大な“メビウスの輪”形の建物の落成を祝い、萌絵と保呂草らが招かれます」
B「メビウス形の建物の内部は、36もの部屋が少しずつ傾きながら1つながりに並んだ奇妙な構造。たったひとつの出入口からいちばん遠い一室に、秘宝エンジェル・マヌーバが展示されているという趣向だ。部屋と部屋を繋ぐドアは、一方を開けるには一方を締めねばならない特殊な構造(『アザーズ』みたいだね)で、さらに秘宝エンジェル・マヌーバは秘宝それ自体の鎖の中に太いコンクリの柱が据えられた形で保管されている。つまり秘宝を持ちだすには柱を破壊するか、秘宝の一部である鎖を切るかしかないわけ」
G「ところが翌朝。秘宝はものの見事に消滅し、死体が転がり、さらに別棟の密室状態のログハウスからも死体が発見されます。犯人はいったいいかにしてこの3つの不可能犯罪を実行したのか……というわけで、ボリュームは少ないけどもハウダニット興味に絞り込んだ謎とトリックがぎっしり。特に秘宝消失のトリックとログハウスの密室トリックは、単純ながら鮮やかな逆転の発想で魅せてくれますね」
B「ボリュームとテーマ(密室)、そして周年企画というコンセプトを勘案し、フーダニットとホワイダニット趣味は綺麗に切り捨て、ハウダニットに絞り込んだって感じかな。ユーザーオリエンテッドな製品造りは、さすが森さんというべきか。だけんども、ここまでシンプルにハウダニットに徹すると、ほとんど頭の体操になっちゃって。つまりはパズルのために造られた舞台&シチュエーションってことだね」
G「これはもう、読む方もパズルと割りきって読むべきでしょう。それでいいんだと思いますよ」
B「ふん、そういうつもりなら、それはそれでいいけどね。ちなみにそういう視点で……つまりパズル的に考えていけば、秘宝消失の謎はむしろ分かりやすいなー」
G「んー、ぼくは全然解けなかったですよ。真相を読んで膝連打って感じで。なんていうのかなー、ロジックによって“ミステリ的なお約束をさりげなく裏切る”みたいな。うん、面白かったです」
B「ログハウスの密室は、ちいと古めかしくないか?」
G「たしかにぱっと見、古典的な感じはあるんですが……やはり森さんらしい“視点のずらし”が発想の基本になっていて、これもなかなか虚を突かれました。正直、捩れ屋敷本体の密室はわかりにくかったですけどね」
B「まあ、ボリュームに合わせてアベレージってとこ? サービス精神の豊富さは疑いようもないけどね。森ファン的には、S&Mシリーズの世界とVシリーズの世界が、同一の時空間に存在することが明示されたのが“収穫”なのかな。これまではっきりとは示されていなかったし。まあ、時間的なそれについては、さらに疑う余地はあるのかもしれないけどねえ」
 
●論理の力……人魚とミノタウロス
 
G「では、氷川さんの『人魚とミノタウロス』、参りましょう。GooBooベストにもランクインした秀作『最後から2番めの真実』に続く“氷川シリーズ”の最新長篇ですね」
B「シリーズでいうと4作目だっけ。トリックやプロット面の仕掛よりもクイーン式の緻密な謎解きロジックの面白さにこだわった、現代ではどっちかといえば希少なタイプの本格だな」
G「きめ細かな論理の積み重ねが売りのシリーズだけに、トリックやプロットの仕掛でドカンと驚かせるタイプの本格に比べどうも地味な印象が残ってしまうのですが、おっしゃる通り貴重だし、シリーズ自体のクオリティも高値安定って感じ。いまいちばん安心して読める、本格ミステリシリーズの1つといえるのではないでしょうか」
B「てなわけで最新作。深夜のオフィスビルや同じく深夜の地下鉄駅等々、毎回、都会の中の閉鎖された……つまり、自動的に容疑者が限定された……舞台が用意されるシリーズなんだけど(なんたって論理だけで犯人を限定していくわけだから、容疑者は一定のサークルの中に過不足ない数で限定された方が便利!)、今回の舞台は病院ということで」
G「プロデビューできそうでできないミステリ作家・氷川透は、ある日駅で学生時代の友人・生田に再会します。現在では精神病院の研修医となっている彼に誘われるまま、翌日その病院にやってきた主人公は、早速そこで事件に遭遇します」
B「事件は単純だが、奇怪なものだった。病院の一室……医師が患者と面談する部屋で、火災が発生したのだ。焼けていたのは人間の死体。各種の証拠から遺体は生田のものと判定されるが、氷川はその判定を論理の力で打ち破り、遺体が別人のものである可能性を比定できないことを証明する。……死体は生田のものなのか、それとも違うのか。そして犯人は?」
G「つまり、今回は“顔のない死体”がテーマなんですね。“顔のない死体”といえば、ミステリにおける最も原初的定番的なテーマの1つといえますが。そんなものをあえてメインに据え、真っ正面から、しかもまことに氷川さんらしいアプローチで取り組んだその姿勢に好感を持ちました。ホント、堂々たる力作ですよね。作者の自信はダテじゃないって感じです」
B「“顔のない死体”が出てくれば、ミステリ読みはまず“バールストンギャンビット”(被害者ー犯人の入れ替わりトリック)を疑うのが常識だ。でも科学捜査の発展した現代にあっては、警察の手の及ばない孤島などを舞台にしないかぎりすでにトリックとしても成立しなくなっているわけで。……いろんな意味でストレートには使いにくいトリックであるはずなんだけど、作者は確かにこれに真正面から挑戦している」
G「なんと名探偵は論理的にあらゆる可能性を仮説検証することで、科学捜査が見出した様々な証拠を否定し、バールストンギャンビットが実行された可能性を甦らせる。いわば論理の力で科学捜査を超えるという、ちょっと信じられないような力技を見せてくれます。さらにいえば、この“顔のない死体”が用いられた必然性という問題においても、非常に説得力のある設定を導き出しているわけで……なんというのかな、古い革袋に新しい酒を盛るとでもいいましょうか。紛れもなくロジックの力で、この手垢のつきすぎたテーマを新鮮なものとして甦らせているわけです」
B「うーん、たしかにこれはシリーズ屈指の出来といえるだろうね。相変わらず脇筋の妙なメタ趣向が小うるさいし、キャラクタがアンバランスな感じもあるんだけど、物語の中心にどすんと通った本格としてのスジの確かさ、真っ当さには脱帽せずにはおれない」
G「キャラもこれくらい遊んでくれた方が、ぼくなんかは息抜きになっていいですけどね。だって終盤の最大の見せ場である犯人割り出しのロジックは、ちょっと他に例がないくらいの密度の高さで、ほんと息が詰まるような凄まじさなんですもん」
B「まあそうはいっても、論理のアクロバットで驚愕の真相が導き出されるというタイプではないし、快刀乱麻を断つという類いの鮮やかさとも違う。いってしまえばネチネチととことんしつこく論理を積み上げていく緻密さが売りだから、これは好みが解れると思うけどね」
G「ぼくは全力で支持したいですね。あらゆる手がかりをあらゆる角度から逐一検証し、果てしなく仮説検証が繰り返され積み上げられていく様は、まるで壮大な建設工事を見ているようで。……まさに謎解きロジックに淫した氷川作品でなければ読めない、これぞ本格! という愉しさそのものだと思います!」
 
●みんなの科学パズル……幽霊船が消えるまで
 
G「柄刀さんの新作は『幽霊船が消えるまで』。離島育ちで世間知らず、だけどIQ190! の天才・天地龍之介を主役とする短編シリーズですね。『殺意は砂糖の右側に』続く第2作となります」
B「ちょろっとシリーズとしての大枠のお話の流れを説明しておくと……主人公は育ての親の祖父を亡くし東京に出てきた、世間知らずの天才青年。実は亡くなった祖父は彼の後見人の役割をある親友に託していたんだが、その親友ってやつが腰の落ち着かない人物で、なかなか会うことができない。結果、龍之介君は彼の後を追って日本中駆け回り、海外まで出かけたりするという大騒ぎ。まあ、舞台はどこであれ、科学知識ネタのパズルストーリィというミステリとしてのスタイルは変わらないわけだけどね」
G「でも、あれですね。こやって主人公があっちこっち動き回る必然性が設定自体に組み込まれているのは、よい工夫だと思います。Ayaさんがおっしゃった通り本格ミステリとしてのスタイルがパターン化されてるだけに、下手すりゃストーリィもワンパターンになりやすいですから」
B「世間知らずな天才青年というキャラクタは、ま−ありがちというか定番的なもので。最近の本格ミステリ系でいえば高田さんの“千波くんシリーズ”なんかが思い浮かぶよね。もっとも同じ本格でも、あちらはパズル色の強い“頭の体操”方向でこっちは科学ネタ。あっちはティーンでこっちは28歳。つーことで微妙にズレてはいるけれど、ほとんど被ってることに違いはないな。硬派の本格書きといわれる柄刀さんとしては、かなり萌えを意識したコマーシャルな作りなんだけど、まだまだ工夫が足りない気はしちゃうね。いっそ西澤さんの“チョ―モンイン”シリーズくらいぶっとんだ設定の方が、やりやすかったんじゃないのか?」
G「うーん、まあそういう考え方もありますけどねえ。これはこれでアリだと思いますよ……ともあれ内容と参りましょう。表題作の『幽霊船が消えるまで』は、前述の通り海外へ行った2人が帰り道に乗り込んだ貨物船が舞台です。幽霊騒ぎに続き宝石の盗難事件が発生。龍之介がお得意の科学知識を生かして事件現場から犯人のものらしき指紋を採集すると、それはなんと龍之介自身のものと一致してしまいました!」
B「これはシンプルだけど意表をついた謎で、不可能興味も満点だね。してまた不可能を可能に反転するロジックの跳躍ぶりもビューティフル。枚数が短いので少々ゴタつくけどパズラーとしちゃ上の部だ」
G「続きましては『死が鍵盤を鳴らすまで』。こちらは音楽家の転落死事件の謎ですね[。被害者はピアノを自作していて、その鍵盤に残っていた指紋を手がかりに警察は容疑者を逮捕しますが、納得のいかない友人が龍之介に捜査を依頼して……」
B「またしても指紋トリックなんだけど、こっちはわりかた想像がつきやすいかも。にしてもさあ、警察はこの程度の証拠で逮捕しちゃったりするのかね」
G「知りませんよお。たしかにトリックは若干落ちますけどね。続きましては『石の柩が閉じるまで』。増水したダム、女神像につかまって溺れかけていた幼児を助けたら、実はその子は誘拐された子供。誘拐犯はまた別の場所で溺死体となって発見されます。事件の謎は、やがて過去の解かれぬままになっていた謎の記憶―空飛ぶ巨大石棺事件の謎に結びつきます」
B「バリバリの典型的科学知識ネタ。とーぜん読者には解けないだろうから、そのぶん不可能興味を増量してみました――って感じの大仕掛けなんだけど。お話はゴタゴタしてるけど、わりかた謎の焦点が明確なので、ここまでシリーズを読んできた読者には、たぶん解明の方向に見当がつくだろうね。たとえ専門知識はなくても、そういう物質があるんだろうナ、と仮説が立てられちゃうけ」
G「そういう意味では、知識がなくても解ける、科学ネタパズラーといえるのかも。続く『雨が殺意を流すまで』では、後見人の後を追って2人は徳之島までやってます」
B「島の旅館で休息していると、入浴中の主人が風呂場で変死。狂っていた腕時計の表示が示すものは?」
G「これはちょっとストレートすぎましたかね。凝った仕掛けなんですが、事件の輪郭の方を推理するのはそんなに難しくないかな」
B「ハウダニットとしてはともかく、そっちが見えちゃうとサプライズはやはり減殺されるわよね」
G「続く『彼が詐欺を終えるまで』で。長い旅路の果てに2人はようやく捜していた後見人氏に出会いますが、そこでもまたトラブルが起こってしまいます……。一人娘の婚約騒ぎのお相手は、じつは語り手のお人よし青年・光章から大金を借りたまま姿をくらませた男でした」
B「科学ネタは面白い。でも事件そのものは無理筋だね。むしろこれは語り手君のキャラを生かしたドラマ部分が読みどころという感じ。まあ、相変わらず柄刀さんはそういう“小説っぽい”部分を書くのがへたくそなんだけどねー」
G「でも頑張ってる感じはしますよね。これは全般にいえることですが、ドラマ部分は前作よりもさらに力がこもってる。科学知識ネタの謎解きとドラマ部分とをなじませようとしてる努力が、ありありと感じられるんですよ。むろんまだまだぎこちないんですが、作家としての誠実さみたいなもんを感じちゃうな」
B「ふ―ん。単に通俗的になってるだけという気もしないじゃないけど。ともあれラストは『木の葉が証拠を語るまで』。山の中に篭ってしまった長男を捜しに行った一行が出会った謎の二人連れ。そして発見される見知らぬ男の死体は、麻薬の売人のものと判明する」
G「これはきれいですよね。バランスの良い科学ネタミステリのお手本みたいな作品だと思う。使われてる科学知識は特殊なものではないし、謎解きの作りもオーソドックスです」
B「だからこそ私的には物足りない気もするわけよ。個人的には、ちんまり納まった行儀のいい本格なんぞ他の人に任せて、柄刀さんにはバカ本格紙一重の大技を追求してほしいんだけどねー」
G「それじゃいつまでたってもマニア受け専門のままになっちゃうでしょうに」
B「それもまた良し!」
G「ayaさんがよくてもねぇ……それじゃご本人が困りますよ―!」
 
●器の工夫……名探偵はもういない
 
G「続いては原書房の本格ミステリ叢書『ミステリー・リーグ』の最新刊。霧舎さんの『名探偵はもういない』と参りましょう」
B「これは作者にとって初のノン・シリーズ長篇。同じ本格ミステリでも、看板シリーズである『開かずの扉研究会シリーズ』とは、かなり方向が違うね」
G「大ざっぱにいってしまえば、『開かずの扉』が大仕掛けのトリックを駆使したサプライズ志向の本格だとしたら、こちらはクイーン式の帰納法推理を駆使したロジカルフーダニットってところでしょうか。もちろん、いつも通りの豊富な遊び心とサービス精神あふれる騙しの仕掛もたっぷり盛込まれていますし。『開かずの扉』シリーズのような派手さほど無いものの、満足感の高い本格です」
B「私的にはあの名探偵父子を巡るお遊びの趣向は、仕掛としても底が浅いし余計なものだったような気がするけど……」
G「いや、あれくらいの演出はあってもいいでしょ。ストレートに使っているわけじゃないし、仕掛の使い方自体、マニアを意識した造りになっていると思います。……てなわけで、内容を。えーっと時制もミソなんですが、これは昭和40年代のお話。自称・犯罪学者の木岬は甥と共に日光の山中にドライブに出かけ、大雪に遭遇。雪崩で道が不通になったため、人里離れた山荘に一夜の宿を求めて訪れます。2人を迎えたのは若い女性オーナーに紋付き姿の支配人、そして異様なまでに傲慢な老女に双子、初老のアメリカ人といった見るからに怪しげな客たちでした」
B「降りしきる雪とともに不吉な雰囲気は徐々に高まり、ホテルが孤立状態となった時、ついに事件は発生する。やがて登場するあの“名探偵”。事件現場に残された些細な矛盾を1つ1つ辿り、名探偵は真相に一歩一歩迫っていく」
G「まずは“きつねそばの問題”に代表されるクイーンライクな帰納法推理は、まさにクイーンのそれを思わせる美しさ。んで、へぇこういうのも書けるんだあと素直に感心していると、作者が周到に張り巡らせた仕掛にはまって2度も3度もびっくりさせられます。相変わらず盛りだくさんの趣向もひっくるめて、やっぱり霧舎流なんですよね。精密な謎解きロジックもサプライズも満喫できて、とてもおトク感の大きい1冊です」
B「盛りだくさんの趣向ってのは確かだね。ただ、それが巧く効果をあげて無いっつーか。『開かずの扉』シリーズほどではないけれど、どうしてこの作者は書けもしない恋愛譚を書きたがるのだろう。まあ、事件の伏線になっているエピソードだから書かないわけには行かないのだろうが、相変わらずド下手でウンザリしちゃう。さらに、こんな限定された状況で登場人物も限られているのに、にも関わらずしばしば“誰が何いってるのかワカンナイ”状態に陥る状況描写の下手さ加減は相変わらず。アイディアとサービス精神だけで頑張ってます! っていう新人ライクな執筆方針は、いいかげんどうにかしてほしいよなあ。フツーこれだけ数を書き続ければ、巧くなりそうなもんなんだが」
G「そりゃね、巧いに越したことはありませんが……ずいぶん真っ当になった気がするけどなあ。べつだん恋愛小説読んでるわけじゃないんだから、仕掛として・手がかりとして機能すれば、この場合それで十分なんじゃないかなぁ」
B「そーゆームダにココロヤサシイ読み手が作家をダメにするわけよ。なんたってキャリア的には、この人だってもう新人とはいえないんだからさ」
G「でも、本格ミステリの骨格は充実してますよね。パズルストーリィとサプライズストーリィの配合の仕方も巧いし」
B「どっちかというと、“巧い”というより“惜しみなくアイディア盛込んでみました”って感じのオウセイなサービス精神だけを強く感じるけどね。技巧という面では果たしてどうだろう。さっきもいったように、ネタが豊富だからこそもっときちんと計算して分かりやすく提供してほしいね。せっかくの盛りだくさんのアイディアも、巧く伝わらなければマイナスだもん。アイディアを活かす器として、盛りつけの仕方にも力を注いでちょってこと!」
 
●かれらのリアル……クビキリサイクル
 
G「かねてよりメフィスト賞選考の場で“京都の怪童”とか呼ばれていた、19歳(執筆当時)の驚異のデビュー作。第23回メフィスト賞受賞作品『クビキリサイクル』です。ぼくはこれ、最近の“新世代”っぽい若い本格書きさんの作品の中ではけっこう好きな方ですよ」
B「いやー、これにはワタシも感心したゾ。ともかくティーンでこれだけ描けるってのはスゴイ!」
G「ですよね!」
B「おかげで作品自体の価値が8割方アップしている!」
G「?」
B「だってこの本のイラストを描いた人も10代で、これがデビュー作だっつーじゃん!」
G「って、スゴイっつーのはイラストレーターさんのことですかッ!」
B「だってそうじゃん。このイラストでなかったら、売上は5割りがたダウンしてたと思うぞ」
G「……ったく失礼な人だなあ。まーともかくとっとと内容に行きますかんねッ。えーっと、これも“孤島もの”ですね。語り手は、電子工学の天才・玖渚友に付き添ってやってきた“ぼく”。というわけで、鳥も通わぬ絶海の孤島に1人の財閥令嬢が4人のメイドに傅かれながら暮らしています。彼女の唯一の楽しみは、世界中から様々な分野の天才を集めて歓待すること。現在も5人の天才(うち1人は玖渚友ね)と2人の付き人(うち1人は“ぼく”ね)が滞在しています」
B「天才たちが集うこの島で、やがて発生した奇怪な事件。それは連続クビキリ殺人だった。“雪密室”状況の部屋で、密室状況下で。次々発見される首無し死体。犯人はなぜ死体の首を切るのか……。数日後に予定される天才探偵の来島を待ちきれず、ぼくと玖渚は独自の捜査を開始する」
G「首斬殺人のパターンは、本格ミステリ的にはホワイダニットとしてのアプローチなんだけど、これに関するアイディアはなかなかに新鮮でした。タイトルとの連動性もお洒落って感じ。ラストのどんでん返しも、微妙に外した感じのサプライズがなかなかにクールですし……これってけっこういいんじゃないですか?」
B「こういうのがクールっつうのか? 新しいっちゃ新しいけど小粒だよなあ。ともかくさあ、本格ミステリネタはどれもこれもアイディアそのものが他愛なさすぎるんだよね。根本のアイデアもそうだし、練り込みも甘い。だから何もかも嘘っぽく軽々しい印象しか残らないんだよ。有り体にいってしまえば、本格としての骨格は貧相の一言ってとこだな」
G「トータルに見るとたしかに小粒な印象は否めませんが、コンパクトにまとまっていて、綺麗で、無駄が無い。謎解きもドカンと来るものはありませんが、必要充分なサプライズがバランスよく配置され、納得度が高いって気がします。サラッと読めて、何も残らない清涼感がウリでしょう」
B「清涼感といえば聞こえはいいが、要はこの作家の書くことは何もかも炭酸のアワみたい。ミステリ部分の仕掛のことだけじゃなくて、キャラにせよエピソードにせよ情景描写にせよ、全てがアタマん中で紋切り型を並べただけって感じなんだよねー」
G「紋切り型?」
B「なんちゅうかな、たとえばキャラならRPGのそれみたいにスキルのレッテルを張って、“萌え着色”してあるだけ。これは小説であって自分でプレイするゲームじゃないから、それだけじゃまったく印象に残らないのが当たり前なんだ。早い話あのイラストがついてなければ、あんな平板で陳腐なキャラたちなんぞ全く区別がつかないじゃん! 実際、絵描き天才の絵はちっともスゴい絵に思えないし、料理天才の料理はちっとも旨そうじゃない。なにもかも言葉だけがツルツル滑ってるだけで、こっちに届くものが何も無いんだね。まあ、19歳だからねぇ。作者自身の経験値が圧倒的に足りてないんだろうな。ただ、このままじゃ小説としての世界が閉じたままで、一向に広がらないのはたしかだと思うぞ」
G「しかし、19歳の作家に“ニンゲンを描け”なんつってもねぇ……」
B「別にニンゲンを描いてくれなんていっちゃいないよ! アタシがいいたいのは、せめてキャラクタくらいイラストの力を借りないでも描き分けろってコトなんだよ。エンタテイメントとしちゃ基本だろ?」
G「んー、私見ですが、ぼくはある意味、この作品はライトノベルの手法が背景にあるんじゃないかと思うわけで。だとすればキャラクタは必要以上に描写しなくても、それぞれ定番アイテムを装備させれば、後はイラストとコラボレーションすればいい、と。そういう考え方もイマドキはアリだと思うんですけど……」
B「それってしかし、小説といえるのか? まあ百歩譲ってそれがOKだとしても、本格ミステリ的なアイディアはもう少し実地検証というか、練り込み作業を行ってから設計図を引いてほしいと思うけどね〜」
G「ある意味、この作品というのはゲームやライトノベルの特殊ルールを使った異世界本格なんですよ、きっと。19歳の作家にとってのリアルがそこにあるのだとしたら、一定の年齢以上の人がシンクロできないのは、いわば当然で。裏返せば、作者と同じ世代の人にとっては逆に非常にシンクロ率が高いんじゃないかな。彼らのリアルがこれなんですよ」
B「けッ。ちなみに本のカバーには“新青春ミステリ”と惹句が書いてあるけど、なるほどだよねー。作者自身が青春マッタダナカで、すんげえ未熟って意味なんだね!」
G「……違うと思いますが」
 
●終わらないサスペンス……お喋り鳥の呪縛
 
G「続きましては北川歩実さんの『お喋り鳥の呪縛』と参りましょう。安定したペースで新作を発表し、クオリティも決して低くないのに、どうもいまひとつブレイクしないっつーか。本格ミステリ畑でもあまり話題にならない作家さんなんですが、ぼくは買ってるんですよね。この人」
B「非常にトリッキーな、サスペンス色の勝った本格を書く人という印象だね。ただ、この人の作品ってしばしば本格ミステリとして決定的に破綻してるし、小説としても壊れた作品を書いちゃったりするからなあ。ついでにいえば、登場人物は大抵1人残らず感情移入のしづらいイヤーなやつばっかで、読後感も良くないからねぇ……」
G「けど、平気でゴンゴン無茶をやりまくる目眩くどんでん返しの奔流は、他ではなかなか味わえないものですし。もっと話題になってもいい気がするんですよね……というわけで新作長篇『お喋り鳥の呪縛』です。んじゃ、アラスジお願いします」
B「なんだよ私がやるのかよ。え〜、轢き逃げにあい意識不明の重体となった脚本家志望の娘。その娘が書いていたTVドラマシナリオの応募原稿が偶然大物俳優の目に留まり、娘の兄・倉橋のもとにTVドラマ化の話が持ち込まれる。そのシナリオに登場する“人語を解すオウム”にモデルが存在することを知った兄は、TV局の要請もあって、くだんのモデルのオウム・パルへの取材を開始する」
G「パルが飼育されていたのは、とある言語学の研究所でした。パルに会った倉橋がさらに取材を進めるうち、研究所とそのオーナー一族にまつわる隠微な対立が表面化。TV局や大物俳優もからんで、パルを巡る人々の思惑が絡み合いぶつかり合い、ついに奇怪な殺人事件までが発生してしまいます」
B「さきの長篇『猿の証言』では、人と“会話する”猿が登場したけれど、今回はオウムということで。どうやら、“知性というもののありよう”が、この作家さんの隠しテーマであるらしい。しかし物語の方はSFミステリっぽいアプローチはほとんどなくて、喋る鳥・パルを核とする複数の陰謀が縺れに縺れて展開される、例によって例のごときどんでん返し連発サスペンス。あまりにもどんでん返しが多すぎて、途中は一体何が起こってるんだか五里霧中! いかにも後先考えない、その場限りのツイスト刹那主義に思えるんだけど……そう思っていると、ラストでまたしてもたっぷりサプライズを味わうことになる」
G「そうそう、読んでる間中、意外な展開の連発で驚きっぱなしなんですが、実は、それが非常に念入りなミスリードという仕掛になってるわけで。最後にストンと落されるラストの鮮やかさといったら! これこれ、これが北川作品の醍醐味なんですよね」
B「とはいえ、なんぼ何でもこれはひねくり回しすぎで。読者が筋をトレースするだけでひと苦労ってのはやっぱり問題があるだろう。例によって登場人物は1人残らず、アタマッから感情移入を拒否しているような連中ばかりなので、サスペンス万点にも関わらず読者の方は一向に熱くなれないのよね。ついでにいえば、このラストだってそうとう無茶苦茶よ? やはり基本的なところで破綻しまくってるサスペンスって感じがしちゃうなあ。なんちゅうか、ものすごくひねくれたピン配置の超高速ピンボールマシンで、同時に10個の玉を打ってるような、そんなノリ」
G「うーん、たしかに無茶は無茶ですが、ぼくの判定ではぎりぎりインフィールド。細部はたしかに破綻もありそうですが、最後の最後に用意された狙いは綺麗に決まっていると思いますよ。まぁね、たしかにストンと胸に落ちてくるような安心感のあるエンディングじゃないかもしれませんが……読了後もなお、どんでん返しがあるんじゃないかって疑いたくなるような。そんな隠微な不安が果てしなく続くのも、この作家さんならではの味わいですよ。腕のいい演出家が連続ドラマ化したら、すっごい面白いもんができそうですね!」
 
●ハリウッドによろしく……ダーウィンの剃刀
 
G「近来まれに見る壮大・痛快・満腹なスペースオペラ『ハイペリオン』シリーズやホラー分野でも人気の高いスーパー・エンタテイナー、ダン・シモンズさんの新作は、なんとサスペンスアクション。『ダーウィンの剃刀』の登場です」
B「まぁ、何を書いても質量共にボリューム万点のエンタテイメントを書いてくれる作家さんなんだけど、これは相当以上にヘンな話だよなあ。前半はプロフェッショナルものの企業サスペンスなのに、後半は『ランボー』(笑)。要するに思わず映画化したくなるようなネタをぎっちり詰め込んでみましたハリウッドさんカモン! 的お話」
G「えーっと……まあそういうことなんですが、とりあえず内容を。主人公は凄腕の事故復元調査員・ダーウィン。事故復元調査というのは、保険会社などの依頼を受けて交通事故の現場を調べ、その事故の真相を突き止める仕事なんですが、ダーウィン自身はかつてNASAでチャレンジャー号の爆発事故原因を調査し、その“意外な真相”を突き止めたこともある超凄腕調査員であるわけ。でね、交通事故の復元調査なんつうとえらく地味っぽいのですが、さにあらずで。たとえば地上60mの岸壁にめりこんだ車! なんて、いったいどういう事故だと思います? ともかくそういった奇想天外な事故が何故起こったか、主人公は現場の些細な手がかりから合理的な推測によって真相を推理していくわけです。冒頭部分ではこうした奇怪な事故現場の数々を、文字通り快刀乱麻の勢いで、ばっさばっさと解決していく主人公がじっつにかっこいい!」
B「たぶんここで登場するけったいな事故の数々は、作者が取材して集めてきた例なんだろうね。たしかにこのあたりの謎解きの連発はまことに爽快で、ひょっとしてモダンなホームズ譚? とか思うんだけど、残念ながらそれはオープニングだけ。後はまあフツーの陰謀サスペンスになっていく」
G「でも、そのサスペンスパートも面白いですよ。仕事の帰途、いきなりロシアンマフィアに銃撃され、主人公は否応なく事件に巻き込まれていくんですが、これがスケールの大きさも陰謀の仕組みもいかにもアメリカ的って感じのユニークな組織犯罪で。鋭敏な推理力と情報を駆使して謎めいた犯罪組織に迫っていく展開はスピーディかつアクティブ。ハリウッド好みのポイントを抜かりなく抑えたって感じです」
B「後半は、そのハリウッドライクな要望に応えて、主人公のスーパーマンぶりはさらに止めどなくエスカレートしていく。もうこのへんになると笑うしかないよなー」
G「迫り来る捜査に怯えた組織はダーウィンを抹殺すべく、重武装した殺し屋の一団を送り込んでくる! ここからは……えー」
B「要するに『ランボー』! すごいよねー。主人公は物理学博士号を持つ学者であり分析スペシャリストであり、レーサー並の腕をもつドライバーであり、さらにジツは元海兵隊の狙撃手でもあったのだ! 古い馴染みの武器屋から重火器を山ほど仕入れたダーウィンは、単身シェルター付きの山荘で敵の襲来を待ち伏せるのであった……わははははははははははっはははは、バカ!」
G「いや、まあ、ねぇ。エンタテイメントですから。多少のスーパーマンぶりはいいんじゃないでしょうか。ともかく作者は、主人公のスーパーマンぶりを徹底した取材に基づくリアルな描写でもって描いていくわけで。もともとストーリィテリングの腕には定評のある作家さんですから、少なくとも読んでいる間はグイグイ引き込まれて、違和感なんて感じてる暇はありません。ま、いんじゃないですか、面白いし」
B「映画化されたら、主役はメル・ギブソンかな〜。イーストウッドじゃちょっと歳喰いすぎてるし。若いころならドンピシャだけどなー」
G「『ランボー』なんでしょ? スタローンはどうです」
B「あのなー、スタローンが博士号を持つ物理学者に見えると思うか?」
 
●ぬぐえない心の痛み……心の砕ける音
 
G「では、クックの新作、行きましょう。『心の砕ける音』です」
B「……いいけど、もうこの人も新刊でてるがな」
G「ま、そこはそれ。これはタイトルに『記憶』って入ってないですけど、まあ内容的には『記憶シリーズ』の1冊といってもいい作品ですよね」
B「だな、たしかに“封印された記憶”ネタは使われてないけど、過去をたどり、憂いに満ちた真実にたどりつくという構図は同じ。……ただいつもに比べるといささかサプライズは淡い。反面、読み心地はいつもほど重くはない。いい意味でも悪い意味でも、クックとしてはややフツーっぽいかな」
G「まぁまぁ、まずは内容の紹介と参りましょう。えー、時は1930年代。アメリカはメイン州の寂れた田舎町に1人の女がやってきます。若く、美しい、しかしどこか暗い影を持つその女は、過去を語らぬまま1人暮らしを始めます。その街で小さな地方新聞社を経営していた若い男が彼女を雇い、心を奪われ……やがて悲劇が起こります」
B「男は何者かに刺されて死亡し、その直後、女は姿を消してしまう。犯人はあの謎めいた女なのか、それとも彼女を追う何者かなのか。殺された男の兄、地方検察官の主人公は警察の捜査に飽き足りず、単身女の行方とその過去を洗い始める。やがて少しずつ明らかになる女の秘密……気付いたときには兄もまた、彼女を愛しはじめていたのだった」
G「こうやってアラスジだけたどると、なんだかちょいとオールドファッションな、ファムファタルものの映画みたいですよね」
B「まあ物語の骨格自体は、その手の定番ストーリィそのまんまといやぁその通りだからな」
G「でも、いつものカットバックの手法こそ控えめなものの、1枚ずつ薄皮を剥がしていくようにして衝撃的な秘密を明らかにしていく“焦らし”のテクニックは、今回もまた全開バリバリ。ストーリィ展開自体はゆったりしているのに、リーダビリティは決して低くありません」
B「衝撃的な、っていうのはちょっと大げさじゃないの? 今回のサプライズ度はいつもほどじゃないって気がするけどね。物語の定番ぶり同様、隠された真相も定番っぽい。読者にもだいたい想像がついちゃう範囲だと思うよ」
G「うーん、そうかなあ。まあ、たしかに単純な衝撃度って点ではいつもほどじゃないかもしれませんが、そのぶん、こういちだんと嫋々とした哀しみや傷みが胸に残るというか。読み終えて結構しみじみ胸に残るものがある」
B「いつもよりあざとさを押さえた感じはするね。そのせいか、ますます普通小説に近くなってきたような感じ。ミステリ的にはあまり見るべきところもないけどね」
G「まあ、この人くらいになると、ミステリ-非ミステリの別なんてどうでもいいんじゃないかな。それに、いつもと違って今回はほんの少しだけラストにも薄日が差している……そんなほのかな明るさが感じられるし。ぼくは、好きですね」
 
●爽やかな冷血……死神の戯れ
 
G「続きましてはラヴゼイの新作長篇『死神の戯れ』です。久しぶりのラブゼイの長篇! といっても本格味は皆無なんですけどね」
B「面白いけどね。なんだろうこれは。倒叙スタイルのブラックなクライムコメディか」
G「そうですねぇ、そんな感じ。まあ、とりあえず内容をご紹介しましょう。えー。主人公は若くて、ハンサムで、才気煥発で、親切で……だけど倫理観のカケラもない牧師、オーティス・ジョイ。英国の片田舎の教会で多くの女性信者の人気を集め、傾きかけた教会を立て直した素敵な牧師さんとして尊敬され、敬愛されています」
B「ところがこいつ、陰に回っては教会への寄付金を押領し、なにやら怪しげなことをやり続けているらしい。冒頭、教会のエライさんからその犯行の証拠を突きつけられたジョイ牧師は、あっという間もなくそいつを殺しちゃうんだよね。すっごいショッキングなシーンなんだけど、主人公はもう実に自然で、殺人に関して蚊を殺すほどの葛藤もない。……シリアルキラーやサイコの鬼畜な所業に慣れたわたしも、このあっけらかんとした主人公にはかなりビックリした」
G「ですよね。気が狂っているわけでもないし、冷酷無残というのとも違う。単に根本的に何かが欠落しているだけなんですよね、この主人公って。しかも彼は牧師という仕事を隠れみのにしているわけでは決してなくて、心の底から牧師という職業を愛しているんですよ。慈悲深く、親切で、心を打つ説教もバンバンしちゃう。なのに、だからこそその牧師の地位を奪われそうになると、一片の躊躇もなくあっさり殺しちゃう」
B「犯行自体はさほど凝った偽装をしているわけでもなく、実に無造作で大ざっぱな手口なんだけど、ともかく彼自身が心の底から牧師という職業を愛しているから、その真実が結果として隠れ蓑になって容易に犯行は見破られない。だが一方では若くてハンサムで優しいだけに、彼を追いかける女性信者もいっぱいいいて、それを嫉妬する男たちもいるわけで。そこから彼の秘密のはじっこに触れてしまう者たちが出てくるのよね。ま、とりあえず、そういう邪魔者はバリバリ殺していっちゃうんだけど」
G「スゴイのは、そんな鬼畜な主人公に読者がいつの間にか感情移入しちゃう点で。殺しに対してあまりにも爽やかで一片の迷いもないため、読んでいる方の感覚もどんどんマヒしていっちゃうんですね。終いには、主人公の計画を邪魔しようというやつが出てくると、つい“殺っちゃえ殺っちゃえ〜”ってキブンになってくるほどで。このあたり通常の倒叙ものとは一味違うサスペンスが生まれていますよね。……ラヴゼイってすごい! って思いました。なんちゅうキャラの立て方をするんだろうと」
B「この手の冷血悪役美形キャラつうと、ハイスミスの『リプリー』やレヴィンの『死の接吻』を思いだすけど、キャラクタとしては全く違うね。ともかくジョイ牧師は一切悩まないし、苦しまない。無軌道でもないし、冷酷でもない……いや冷酷は冷酷なんだけど、華があって明るくて温かくて、どこまでも爽やかな冷血なんだ」
G「ブラックな味わいに満ちた、サスペンスたっぷりの殺人コメディ。本格じゃないけど、これはお勧めです」
 
●初級本格ミステリ捕物帳……天保謎解き帳
 
G「今回の“十番目の席”は時代小説と参りましょう。捕物帳ですけどね。永井義男さんの『戯作者 滝沢馬琴 天保謎解き帳』です。タイトルからもおわかりの通り、これはかの『南総里見八犬伝』の作者・滝沢馬琴を名探偵役に据えた、捕物帳形式の短編連作です」
B「この永井義男さんという作家さんは元々時代小説畑の人だけど、近年『○○謎解き帳』という作品をいろいろ出してるんだよな。まあ、その都度探偵役は違っているんだけどね」
G「で、なんで今回これを取り上げたかっていうと、その『○○謎解き帳』のシリーズの中でも、比較的本格ミステリ色が強く、しかも“安楽椅子探偵もの”という形式が採用されて、それが滝沢馬琴という実在の人物のキャラクターによく合ってる気がしたからです」
B「ここは、もしかして説明が必要かな? まあ、ご存知の方も多いだろうけど、滝沢馬琴という人はあの長大な『八犬伝』を書いている頃は実はすでに目が不自由だったんだね。で、義理の娘(息子の嫁)に口述筆記してもらいながら原稿を仕上げたんだ。だから外出もほとんどしない。小説では、そこへたまさか訪れる下掃除人(厠の肥掬い業者)が、方々で聞き込んできた綺談を語るのを、居ながらにして謎解するという設定で。まさに和風マックス・カラドス(英国作家ブラーマの短編シリーズに出てくる、有名な盲目の名探偵)ってところかな。ま、カラドスに比べると、こっちはえらく偏屈で困ったじじいなんだけど」
G「そもそも馬琴という人は、元武士で筆で食べるために大変な苦労をし、しかも家庭には恵まれなかったせいか、ここでは大変狷介にして傲慢な老人として描かれてるんですね。どこまで史実通りかは分からないんですが……たとえば下掃除人の語る綺談に興味津々でも、直接に質問なんかしない。落ちぶれたといえども元武士の誇りが許さないんですね。どうするかっていうと、嫁に話しかけるふりをして遠回しに下問する。推理を語る時だって内心は自慢で仕方がないのに、わざとそっけなく説教めいたいい方をするという調子で」
B「なんとも因業な、扱い難い爺さんだよなー」
G「ええ。でも、そのくせ口述筆記をやってもらっている嫁には、頭が上がらなかったりするあたりがご愛嬌で。なかなかに魅力的なキャラクタになってますよね。さて、収められているのは3篇です。第1話の『人面犬騒動』は江戸某所で発生した人面犬にまつわる怪異譚。人間そっくりな顔をした犬が生まれ、その犬の顔に似ていると言われた男がそのことを恥じて己が顔を焼いて死ぬ、という怪事が発生します」
B「ミステリ的な仕掛は、本格読みの眼から見れば初歩の初歩。有り体にいってしまえば“使い方”がストレートすぎ。ネタにも扱いにもさしたる工夫はないわけで、本格読みには食い足りないだろう。いかにも“今どきの本格ミステリ状況”を知らない人が書いたって感じ」
G「個性的なキャラクタが織りなす軽い推理譚として読めばバランスはとてもいいし、江戸情緒を楽しみながら楽しく読めるのは大きな取り柄でしょ。これでもう少し『なめくじ長屋』のような強烈な不可能犯罪趣味やオカルト演出があれば、ぼく的には必要十分だったんですけどね……。続く『「犬に小判」騒動』は、ケガをして食い詰めていた若者のもとに犬が小判をくわえてきたという綺談。こいつを縦糸に、侵入経路不明の謎の強盗殺人事件がからんで入り組んだ推理が展開されます」
B「これもミステリ的な仕掛は他愛ないといえば他愛ない。そういう意味でのサプライズはほとんど期待できないっつーか。真相を想像するのはものすごく簡単よね!」
G「たとえ謎が解けちゃっても、お話としての魅力がなくなるわけじゃないのが時代モノのの強みです。事件自体や謎解きの筋が作品世界にしっとり馴染んで、馬琴以下のキャラクタの魅力や江戸風俗がしみじみ伝わってくる楽しさはなんともいえない味わいでしょ」
B「最後の『オランダ犬騒動』は、江戸市中に出現した巨大な怪犬に、衣服だけ残して姿を消した商家の手代の謎が絡む……こうして読んでいくと、物語としての構造はたぶんホームズものあたりが下敷きになっているようだな。よく考えられてはいるんだが、やっぱり仕掛が古臭いという気分はどうしようもないね。シンプルつうか純真つうか……ミステリを読む気でかかったら、やっぱりつらくはないかなあ」
G「まあ、本格ミステリだけ読んでいたいんだあっ! という人には縁がないかも知れませんが、捕物帳ってどうかなーとか、時代小説も読んでみよっかなー、とかいうミステリ読みさんにはちょうどいい入口って気がするんです。今どきの時代小説としては本格ミステリ色は……初歩的ながら……けっこう濃厚だし、馬琴以下のキャラクタもよく書けてるし。鉦や太鼓を叩いて探すような傑作ではありませんが、機会があったら読んでみても損はない気がしますよ」
 
#2002年2月某日/某スタバにて
 
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