battle76(3月第4週)
 
[取り上げた本]
01 「非在」 鳥飼否宇         角川書店
02 「昆虫探偵」 鳥飼否宇         世界文化社
03 「QED 式の密室」 高田崇史         講談社
04 「レイクサイド」 東野圭吾         実業之日本社
05 「四月は霧の00密室」 霧舎 巧         講談社
06 「聯愁殺」 西澤保彦         原書房
07 「名探偵Z 不可能推理」 芦辺 拓         角川春樹事務所
08 「殺人症候群」 貫井徳郎         双葉社
09 「小説スパイラル 2  鋼鉄番長の密室」 城平 京         エニックス
10 「ルール」 古処誠二         集英社
Goo=BLACK Boo=RED
 
●不器用な絶技……非在
 
G「昨年、長篇『中空』で横溝正史賞の優秀賞を受賞&デビューされた鳥飼さんの第2作『非在』です。前作は老荘思想を奉ずる閉鎖的な村を舞台にした、ユニークな“異世界本格”でしたが、今回は孤島もの。といっても、これまた非常に特異な設定によるそれなんですけどね」
B「いわゆる“特殊ルール”を採用しているわけではないし、不可能味・幻想味満点の幾多の謎も、あくまで常識的な論理によって解かれるんだけど……読んだ感じのノリはまさしく“異世界本格”なんだよねー。ま、なんたって舞台になるのは“人魚の棲む島”なんだもんな」
G「写真家の猫田夏海は、撮影で訪れた奄美大島の海岸で、密閉容器に入ったフロッピーディスクを拾います。そこに収められていた文書は、大学のサークル“ウルトラ”のメンバーが記したある島の調査記録でした。……ウルトラとは、いわゆるUMA/未確認生物の調査研究を目的とする研究会。そして今回彼らは、謎めいた古文書に記された“人魚の棲む島”を求め、尖閣諸島をめざしたのでした」
B「FDに記された記録には、古文書を解読して探り当てた謎の島にたどり着いた彼らが、そこで次々と信じられないような出来事に遭遇したことが記されていた。伝説の鳥“朱雀”、不老不死の“仙人”、そして“人魚”……やがて不慮の出来事から島に取り残されてしまった彼らが遭遇する、奇怪な“殺人”そして“消失”……。記された記録は真実なのか。幻想なのか。真実だとすれば一連の怪事の真相はなんのか?」
G「前半はいわゆる“徐福伝説”を中心とする不老不死伝説の蘊蓄を背景に、伝奇SF風の奇想天外なエピソードと不可能犯罪の連打。とてもこれが現実のロジックで解明できるとは思えない、強烈な謎がてんこ盛りなんですが、終盤では荒技大技の連発で、とにもかくにもこれらを合理的に解決してしまうんだからスゴイ。前作の『中空』は異世界本格といいながらわりとコンパクトな印象だったので、この徹底した大風呂敷ぶりにはびっくりしましたね」
B「合理的というけどさー、そのやり口はいかにも強引だよね。展開はゴタついてるし、内容も盛り込み過ぎ。どこか不親切で舌足らずな書き方は幻想味の演出なんだろうけど、そのせいで全体としてどうにもわかりにくく読みにくいんだよな。だから真相が明らかにされても、納得度は高いとはいえないんだよ。まあそもそも、謎が生みだす幻想のスケールに比べ、真相自体が貧相かつ不格好すぎるってのもあるんだけどね」
G「いや、たしかにスマートに解かれているとはいえませんが、とにもかくにもあれだけの謎が合理的に解かれただけでも、ぼくはスゴイと思いますよ」
B「解ければいいってもんじゃない、と思うけどなあ。大切なのはむしろ手際であり、手順であり、見せ方なんじゃないの? 不可能現象や幻想を演出するために、作者は相当に複雑かつ大胆な仕掛けを用いているんだけど……どうもそれを巧く使いこなせてない印象なんだよ。眼高手低、というか、技巧派志向のくせに不器用というか」
G「たしかに全体に幻想の厚いベールがかかったまま、茫洋と物語られてるようなキブンはありますけどね。終盤に至ってもなかなか全体の構図が見通せないのは、おっしゃる通りで。読み終えても真相がすかっと胸に落ちてこない。それは確かなんですが……裏返せばそれだけ全編を覆う幻想は強烈で、一種異様な、悪夢めいた印象を残してくれますよね。これはフランスの本格系、というかサスペンス系の作家さんのそれに近い雰囲気を感じます。シャプリゾやボアロー&ナルスジャックあたりの、あのノリに近いんじゃないでしょうか」
B「日本で言えば、北川歩実さんや折原一さんあたりか?……そのわりにはサスペンスはいまひとつだわね〜」
G「まあねぇ。巧いとはお世辞にもいえませんが、日本ではあまり多くないタイプだと思うし。とりあえず、こういう大風呂敷系には注目しておきたいな」
 
●昆虫バカミスパズラー……昆虫探偵
 
G「鳥飼さんでもう1冊。こちらは連作短編集ですね。副題に『シロコパκ氏の華麗なる推理』とある通り、シリーズ探偵ものです。ところが、この探偵というか世界観自体がとんでもないんですねー。“ある朝目が覚めるとヤマトゴキブリになっていた”というザムザみたいな男がワトソン役を務め、名探偵役はクマバチ。手がける事件は殺蛾事件やダイコクコガネの幼虫の誘拐事件といった具合で……要するにこれは昆虫界を舞台にした“異世界本格ミステリ”なのでした」
B「どうやら作者は相当の昆虫マニアらしいね。登場人物もとい登場昆虫はいずれも日本語を喋るし、性格も人間風に擬人化してあるけれど、その生態は現実の昆虫界の写し絵になっているようで(昆虫の世界のことなんて知らないから、何処まで昆虫学的に正確なのか判断できないけど!)。それぞれの事件では、昆虫の珍奇な生態が謎および謎解きのカギになるという仕掛けだ。……当然、それぞれのメインネタになるのは、それぞれの特殊な生態に関わる知識ということになるわけで。いってみれば柄刀さんの『竜之介シリーズ』みたいな、知識を問うタイプの謎解きだね」
G「その意味ではパズラーとしてはいささか弱いわけですが、手がかりの配置、伏線の張り方など、作者はフェアプレイということに非常に神経を使っていると思いますね。だから謎解きは、“自分には解けなくても”納得度は高いものが多かった気がします」
B「たしかに伏線は律義なほどの張ってるんだけど、裏返せばパターンが読みやすくてね。後半はすっかり慣れちゃったなー。“あ、これが伏線だネ”と丸わかり状態だったんだよ。正直、もう少しバリエーションがほしいって気はする」
G「そうはいっても異世界本格ですからね〜。そのあたりはむしろパターン化されることで、読みやすくなってたって気もしないではありませんよ。また、擬人化された昆虫が主役というと、ディズニー風の明るく楽しくコミカルなものを想像するかもしれませんが、作品のノりはぜーんぜん違います」
B「ギャグ要素もあるけど、どこかブラックだったりナンセンスだったり残酷だったりするしなあ……」
G「この作家さん独特の異様な、悪夢めいた印象は(ややソフィスティケイトされつつも)やっぱり健在ってことですかね。じゃ、簡単に各篇の内容を紹介しておきましょう。まずは『蝶々蛾殺人事件』。あ、言い忘れましたが、各篇のタイトルは、国産本格の名作のパロディになってます。えっと、これは衆人環視下の“殺蛾”事件ですね。容疑者は蝶ですが犯行を比定し、さらに死体も消失。……短い枚数なのにどんでん返しがたっぷりですね」
B「次は『哲学虫の密室』だな。密閉され監視されていた地下の部屋から、ダイコクコガネの幼虫が消失するという謎。伏線の張り方が巧いな。謎解きもキレイだし悪くないのだが、まさに“みんなの昆虫教室”的知識がカギになるので、サプライズはいまひとつ。ネタそのものよりも、前述のように伏線の張り方などの手際が見所かしらん」
G「次はなんとアメリカでの事件。『昼のセミ』で、主人公コンビは昆虫のくせに海を渡っちゃうんですが、いいんでしょうか。17年周期で大発生するはずのジュウシチネンゼミが、17年目の今年はなぜか出てこない……人間の自然破壊を告発する社会派ミステリのスタンスですが、パズラーとしてはちょっとストレートすぎたかな」
B「そういう風にストレートな使い方をすると、“知識を問う”タイプのパズラーってとたんにつまんなくなるよな〜。次は『吸血の池』。池に浮かんだゲンゴロウの死体。犯人はタガメか、ミズカマキリか、タイコウチか、というフーダニット。謎解きはバカミスっぽいので、真剣に考えても仕方がないね。続く『生けるアカハネの死』は『昼のセミ』以上にストレートな“なぜ何なに科学教室”風。永年種族を守ってきた凝態ワザ(毒をもった種に似せた姿形になること)が通じなくなり、存亡の危機を迎えたアカハネムシ。なぜ凝態が通じなくなったのか? これもちょっと蘊蓄に寄りかかり過ぎだな」
G「最後の『ハチの悲劇』は文字通りの完結編。女王蜂を守るハチたちの悲壮かつ英雄的な闘いと、それまで隠されていたシリーズの裏設定がラストでクロスして壮絶に炸裂。……まあ、バカミスなんですが、こういうバカバカしさに徹したほら話は大好きですよ。面白いです」
B「ま、壮絶にナンセンスなこのエンディングは、あまりマジメに読むと脳味噌が逆上がりしそうになる。気軽に読んで“わはははははは、バカ!”というのが、正しい読み方のような気がするぞ。つまり“特異な世界を舞台に描かれたバカミスパズラー”。というのが、この作品の位置づけだね!」
 
●コンパクトな暴走……QED 式の密室
 
G「QEDシリーズといえば歴史推理なんですが、この新作『QED 式の密室』は、“密室本”企画の一冊としての刊行です。当然、密室が出てくるんですが、現代の事件プラス歴史上の謎解きという基本スタイルは踏襲されていますね」
B「そうだね。もっとも今回はシリーズ探偵・桑原祟の学生時代の思い出話という設定だから、QEDシリーズの中では異色の作品であることは、確かなんだろうけど」
G「このシリーズは、ややもすれば歴史推理のパートが資料の引用etcで冗舌になりやすい嫌いもあるんですが、今回は中編ボリュームという“密室本縛り”があったことが、逆にいい結果となった感じですね。ぎゅっと引き締まって密度の濃い仕上がりです」
B「まあ、いつものあの果てしなくエスカレートしていく、トンデモ方向への暴走が面白いのだ、ともいえるけどね」
G「ホンマに文句の多い人ですね〜。ともあれアラスジです。さきほどayaさんがおっしゃったように、今回は名探偵の学生時代のお話。具体的にいうと昭和61年だから……今から16年前ですが……ayaさんはもうとっくに社会人でしたねー」
B「おー、まだ代理店のクリエイティブでいじめられてたころだなー……って、んなことどーでもいいだろ!」
G「はいはい。えーっと。安倍清明の話をきっかけに、学食で弓削という学生と知りあった桑原祟(もちろん学生です)は、その弓削から奇妙な変死事件の話を聞かされます。それは30年前に起こった弓削の祖父の自殺事件。弓削の祖父は密室状態の現場で死体となって発見され、公式には自殺として処理されたのでした」
B「しかし、この事件に興味を抱いた弓削は独自に調査を進め、陰陽師の末裔である祖父は殺され、陰陽師の遣う式神が密室を作り上げたのだ、と祟にトンデモな自説を主張する。……興味を抱いた祟は、安楽椅子探偵よろしくその謎に挑戦する。やがて密室の謎が解かれたとき、陰陽道の歴史の陰に潜む奇怪な真実が姿を現す!」
G「バカミスやパロディ、あるいはメタミステリなどでは無しにストレートに密室を扱うことは、もはや実際にはなかなか困難だと思うのですが、この作品における使われ方はとてもスマートで無理が無い。……まずこの点がよいですね。密室という扱い難いアイテムが、きれいに活かされ作品としてのバランスがとてもいいんです」
B「しかし16年前の主人公がさらに30年前の事件を推理するという、いささか煩雑な構成は、話の筋を時折見えにくくしているし、陰陽師や式神というガジェットの登場がいかにも唐突だな。まあ、これはボリューム的な制限で仕方がなかった感じはあるけどね」
G「密室事件の謎解きの後は、例によって陰陽道にまつわる“歴史上の謎”への新解釈が行われるわけですが……これくらいのボリュームの方がかえって全体の構図が見えやすくて、ぼくはわかりやすかったですね」
B「わたし的には食い足りなかったなあ。シリーズにおけるこの部分のお楽しみってのは、畳みきれないくらい大きく広げた奇説珍説の大風呂敷にあると思うんだよね」
G「あまり多くを語りすぎない方が、結果的に納得度も高かった気がしますけど……」
B「いや、別に納得させてくれなくていいと思ってるからね。私の場合」
G「しかし、それでは歴史ものとはいえ本格ミステリというスタンス上矛盾しちゃうでしょ」
B「ん〜、検証したり証明したりすることが困難な歴史推理では、いずれにせよ“比較的腑に落ちやすい憶測”以上の推理は、そもそも不可能だと思うんだよね。『時の娘』しかり、『成吉思汗の秘密』しかり……だったらいっそできるだけ大風呂敷を広げてくれた方が面白いわけで。その意味では、私にとって歴史推理ってのは、バカミスに通じるものがあるのかもしれないね!」
 
●抜けば玉散る氷の刃……レイクサイド
 
G「お次は東野さんの新作です。密室本などの企画ものを別にすれば、今どき珍しいくらい“薄い”長篇サスペンス『レイクサイド』です」
B「こいつは元々は97年ごろに雑誌に連載されてた作品で、当時はたしか『もう殺人の森へは行かない』とかいうタイトルだった。今回の単行本化にあたっては、かなり大規模な加筆修整が行なわれたらしいから、連載時に読んでた人ももう一度読んで損はないだろう」
G「ですよね。実際、キリリと引き締まって一部の無駄もなく、そしてスキもない。じぃっつに高い完成度をもったサスペンスだと思います!」
B「まあ、無駄が無いだけに破天荒な部分もないわけで……いい意味でも悪い意味でも職人の仕事、って感じではあるけどね」
G「腕の立つ職人の仕事なら、いくら読んでも飽きませんよ〜……というわけでアラスジを。有名中学をめざし受験勉強中の子供をもつ4つの家族が、とある静かな湖畔の別荘を訪れます。といっても息抜きではありません。学習塾の教師に付き添ってもらい、受験勉強の強化合宿を行なおうというのです。クールに、従順に、マイペースで勉強を進める子供たち。熱心に受験情報を交換し、陰でライバル意識を燃やす親たち……ところが妻と共にやってきたものの、そんな雰囲気にいまひとつ乗りきれない主人公。妻との仲も危うく、実はこっそりと不倫までしている彼でしたが、突然その不倫相手の女性がくだんの別荘にやってきます!」
B「予想もしていなかった椿事にあわてた主人公は、夜に彼女の泊まるホテルを訪れる約束をして分かれる。ところが、約束の時間に訪れてみると彼女の姿はない。不審に思いながら戻ってきた主人公を、さらにショッキングな、とっておきの“トラブル”が待っていた……」
G「どこか異様なものを感じさせる4組の家族の静かなサスペンスから唐突に発生する殺人のショック、そして死体処理を巡る緊迫したサスペンスから謎解き、鮮やかなどんでん返しでサプライズ満点のラストまで、緻密に計算しつくされたプロットと効果的な伏線の配置はまさに完璧そのもの。巻頭から結末まで、読者はいいように作者に引きずり回され翻弄されまくり、存分にサスペンスの醍醐味を味わうことができます。ンモー文句の付けようが無いですね」
B「4組の家族の隠された構図は実はきわめてシンプルなもので、見破ることはさほど難しくはないはずなんだ。けれど、作者の巧妙をきわめた語り口と隙のないプロットワークが、それを許さない。巧いねェ! けどまあ、基本的には作り物に徹した切れ味勝負の小品なので、ずっしりとした読み応えという点では物足りないかもね」
G「裏返せば、それだけくっきりと作者の腕の冴えってやつを味わうことができるわけで。個人的にはこれほど鮮やかに職人芸の凄さを実感した作品は、ホント久しぶり。抜けば玉散る氷の刃! って感じで……読後、思わずスタンディングオベーションを送りたくなっちゃいました」
B「こいつを腕のいい監督に演出させたら、いいスリラーが撮れるだろうねえ」
G「舞台劇でもいいかもしれませんね。こういうのをコンスタントに読めたら最高だなあ……」
 
●新本格は萌えているか……四月は霧の00密室
 
G「続きましては霧舎さん、参りましょう。『四月は霧の00密室』(赤面)。えー、口にするだけで思わず頬を赤らめてしまいそうなタイトルなんですが……作者いわく“ミステリがマンガのエッセンスを取り込んでもいいじゃないか!”が出発点となった、ラブコメミステリシリーズの第1作! ですからね。男性読者がひじょうに買いにくい装画だったり、口にしにくいタイトルだったり、不用意に口絵頁を開いて思わず周囲をうかがってしまったりするのは、むしろトーゼンなのです。作者的には狙い通り?」
B「ていうか、オトコでなくても結構モノスゴ恥ずかしいぞ、コレ。“ラブコメミステリ”というコンセプトの是非は別にしても、そのコンセプトの完成品がコレだとしたら、作者のセンスは“百万年くらいズレてる”気がする」
G「……いきなりですね〜。ま、とりあえずアラスジ紹介と参りましょう。そうだ。せっかくだからayaさん、お願いします」
B「なんだぁ〜、念の入った嫌がらせだわねえ……ま、いいさ。え〜、私立霧舎学園という高校に(お約束通り)転校してきた琴葉は、その初日から(お約束通り)遅刻してしまった。すでにひとけの無い校門を突破し、なぜか一面に霧が立ち込める校内に侵入。ところが噴水の前で転倒し(お約束通り)同じくコケた男子生徒・棚彦と(お約束通り)その場でキスしてしまう。学園には(お約束通り)“霧の立つ春の日に、噴水の前でキスした二人は結ばれる”という(どこかで聞いたような)伝説があったのだった……しかし、そんなことでラブラブしている場合ではなかった。気付くと2人のすぐそばに、白衣の男の死体が転がっていたのだあああッ!」
G「その“お約束通り”の連発が思いっきり嫌がらせですって! ……ったく。さて! 殺された人物は、ヒロインと同じ日に同じ学校から転任してきた教師でした。しかし……始業式に出席していた被害者は衆人環視下にあったはず。半ば密室状態にあった始業式の会場から、犯人はどうやって彼を連れ出し、殺し、死体を運んだのか? 転任してきたばかりの教師がなぜ殺されなければならなかったのか? そして、深まる謎を解くのはヒロインの“運命の恋人”棚彦か、それとも“名探偵となることを定められた”少年・保か。恋と殺人のラブコメミステリ、堂々の開幕うッ!」
B「“開幕うッ!”じゃないわよ、バーカ」
G「って、悪態ついてますけどねー、ユルユルの外装にも関わらずミステリとしての仕掛けは存外しっかりしてるじゃないですか。謎解きロジックはシンプルにきっちりまとまっていますし、死体移動トリックもよく練られている。まあ、小粒といえば小粒ですけど、いうほど悪くない気がするなあ」
B「たしかに悪くはない……が、そう感じるのは、実は何もかもこの“ラブコメミステリ”のパッケージあればこそでね。“こんなヘタレなパッケージでは、中味も当然ヘタレだろう”という読者の先入観を逆手にとって、実は凡々たるルーティンワークを“そう悪くない”というレベルに思わせてしまうという、鮮やかなまでのミスリードテクニック! その意味で作者と出版社にとっては、この“ラブコメミステリ”といううコンセプトはじっつに効果的なモノだったといえるだろうね」
G「よぉーもまあ、そこまで人の気持を曲解できますねぇ。ぼくは霧舎さんはむっちゃマジだと思いますよ。なんたって『霧舎が書かずに誰が書く!』なんですから」
B「いいんだよ、誰も書かんでも」
G「そういいますけどね、『金田一少年』や『名探偵コナン』でミステリになじんだ人を“こっちに連れてくる”という狙いは間違ってないと思うんですよ。実際、そういう人はたくさんいらっしゃるわけですし。そういう人にとっての敷居を下げる、そういう作品があってもいいいんじゃないですかね?」
B「じゃあ、聞くけどサ。『金田一少年』や『名探偵コナン』ってラブコメか?」
G「え? いやまあ……それは違うでしょうけど。それらを読んでいた人が“入りやすい入口”としてですね」
B「(聞いてない)そもそもラブコメ要素なんてさ、たとえば日本の青春推理でも欧米の軽本格でも作例はシコタマある気がするんだけどね。まあ、それらの作品はたいていはまともに小説やってるわけだけど……だいたい考えてみりゃ、学校が舞台ってのも高校生探偵も、そんなの昔ッから売るほどあるし、キャラクタがお決まりの萌え要素満載って点も、べつだん霧舎さんがやらいでもいいんじゃない? 最近はそんな本格ばっか読まされてる気がするし。一体全体どこいらへんがオリジナリティなんだか見当もつかん」
G「んー、それはやっぱり前述の“お約束通り”が満載のシチュエーションやストーリィかな」
B「ほぉぉぉお〜? 悪いけどね、百万年古臭い“お約束”をなんぼ繰り返したって、んなもんパロディかギャグでしかないよッ。さもなきゃむしろ『ときメモ』の粗悪な劣化コピーという感じで、およそ現代のラブコメディには思えない」
G「うーん、そうなんですかねえ」
B「加えていえば、こーんなオトナシいキャラクタの書きっぷりじゃ萌えようがないんじゃない? あたしにゃよーわからんけど、キャラクタは“あかずの扉シリーズ”よりむしろゼンゼン大人しいし、平板な感じがしたけどね。……そう考えていくと、この作品で、っていうか本で、作者の主張するコンセプト通りにコミック要素を取り込んでるといえるのは、表紙や口絵に使われてるイラストだけなんじゃないかね。といっても、まあ、この絵も相当に古めかしい気がするが」
G「むう……」
B「ともかく! コンセプトの是非は別としても、“やるからにはもっときっちり、徹底してやるべき”よ。なんのリサーチもなく、こーんな古臭い先入観まみれの仕掛で、ラブコメミステリ一丁上がり!だなんてね。ヘソが茶を沸かすってーの!」
 
●反転の構図……聯愁殺
 
G「続きましては、西澤さんの新作長篇と参りましょう。『聯愁殺』は原書房の本格ミステリ叢書『ミステリー・リーグ』の新刊です」
B「今回はノン・シリーズの長篇だね。かといってSF本格でもないんだけど」
G「やはり『ミステリー・リーグ』だけに、西澤さんなりに本格ミステリに徹した作品ということなんですかね」
B「というか、本格ミステリの面白さを西澤流に抽出し、蒸留してみましたって感じかな」
G「なるほどね。さて……見知らぬ少年から殺されかける、という悲惨な体験を持つヒロイン・梢絵は、事件から4年が過ぎた今でも、その悪夢のような出来事を忘れられません。その後の捜査で彼が連続殺人の犯人であることを示唆するメモが発見されましたが、逃走した少年の素性は分からず、現在も行方知れずのままでした。なぜ自分が狙われたのか、少年はいったい“誰”だったのか。どうしても消えないその疑問を解決してもらうため、梢絵は担当の刑事の紹介で、ある私的な集まりを訪ねます」
B「『恋謎会』というそのクラブは、犯罪事件の謎を推理し議論することを目的に結成されたグループだった。職業も年齢も様々なメンバーはいずれも鋭い推理力の持ち主ばかり。早速かれらは梢絵の話をもとに推理を展開し、様々な仮説を戦わせ始める。果たして真相は明らかになるのか、それとも……。というわけで、ここまでの展開はバークリィの名作『毒入りチョコレート事件』を思わせる、いわゆる多重解決もの風の展開。ただし、作者の狙いはそこにはないんだよね」
G「これは、面白かったですね〜。前半から中盤の大半を占める『恋謎会』の推理合戦は、基本的には『タックシリーズ』の近作などでお馴染のあの方式で。謎解きという意味では、やや緻密さを欠いた憶測合戦に近いのですが、例によって裏の裏の裏をかく偏執的な発想や論理のアクロバットは、“観賞用のロジック”としてまことにスリリングです」
B「そうかな〜。まあフェアな謎解きパズラーとして読もうとはそもそも思わないにせよ、提出される仮説がなんちゅうかてんでんばらばらで、散漫なのよね。なんだか思いつきを片っ端からブチマケているような感じでさ。だから当然、新しい謎解きロジックが次々とその前のロジックを“論理的に”打ち破っていくというような、緻密な展開は望むべくもないわけで。たいていの仮説は、同席している刑事がいきなり取りだす新事実や秘密の証拠でもって否定されるんだからねえ」
G「でも、それはそれこそ『毒入りチョコレート事件』でも使われてたやり口ですよね。つまりここで展開される推理合戦は読者と推理を競うのではなく、あくまで“ある1つの条件設定から、どれだけ多彩かつ変化に富んだ仮説を生みだせるか”を競い合う、一種の頭の体操みたいなものだと思うんです」
B「なるほどね。そう考えると、ここは“その後”の圧倒的などんでん返しの効果を高めるための、伏線的な役割を担ったパートなのかもしれないね」
G「そういうことですね。最終的に物語は、ある人物により予想もしなかった真相が提示され、読者はじっつに強烈なサプライズを味わうことになるんですが……まさにこの瞬間、事件の相貌はくるりと反転し、全く新しい方向から光が当てられるわけです。真相そのものの強烈な意外性はもちろんですが、それ以上にこの“読んでいる自分の足もとが崩れていくような”鮮やかな反転の構図といったら! んもうホンマに見事としかいいようがありません。今年の本格ベスト10に確実に絡んでくる1冊だと、ぼくは思いますね!」
B「んん〜わたし的には、やはりこれは、ギリギリのところで“本格ミステリ的な技巧を使ったサスペンス”という印象がしちゃうんだけど……だって読者に解けっこねーじゃん!……まあ、たしかにアイディアもテクニックも一級品であることは否定できない。お見事でした」
 
●“!”……名探偵Z
 
G「さあ、続いては“ついに出てしまいました!”、本邦本格ミステリ界の良心と呼ばれている(かもしれない)芦辺拓さんの“裏最高傑作”とも称される『名探偵Z』、堂々の刊行です!」
B「いや〜、出ちゃったよね〜。『創元推理』に載っただけでもとんでもなかったのに、こうしてちゃんと単行本になって本屋に並んでしまうのだからなあ。嬉しいというか恥ずかしいというかスゴイというか困るというか……なんともはや」
G「知ってる人は知ってると思いますが、この『名探偵Z』とは、バカミス・パロディミステリの本家本元とも呼ばれるカミの『ルーフォック・オルメス』ものに惚れ込んだ芦辺さんが、手塩にかけて創出した史上最凶最悪の名探偵を主人公とする、史上最強のバカ本格短編集」
B「主人公はその名も“乙名探偵”(おとな・とるただ) ……作中では、こいつが見当違いの人気を集め、いつしか名字の一部が転倒し“名探偵Z”と呼ばれるようになった、というバカな説明がついているけどね!」
G「というわけで内容ですが、たいして厚くもない新書判なのに14篇も入ってますから、各篇のアラスジはいさぎよく省略! させていただいて、大まかな設定とノリだけ紹介しておきましょう」
B「舞台はQ市。どこといって特徴の無いこの閑静な地方都市は、一方で、奇想天外・奇妙奇天烈・リアリティ皆無の怪事件が多発するおかしな町でもあった。当然のごとく対応に四苦八苦する警察! 必死で“常識的な範囲の解決”に持ち込もうとする彼らを嘲笑うかのように、いずこからともなく最凶災いが黒雲とともに到来した。それこそが名探偵Z、その人であった!」
G「奇怪な事件のあるところ、時空を無視していずこからともなく出現。いかなる事件であろうと……それがどこからどう見たって自殺や事故死!だったとしても……いや、だからこそ! 名探偵Zは『これは他殺です』の決めゼリフと共に、想像を絶した超論理で世界をモロトモに異次元の彼方の本格ワールドに叩き込む! 全ての関係者の神経の糸を抜き、脳味噌を逆上がりさせまくる、史上最悪の名探偵の活躍をとくとご覧あれ!」
B「いや、まあねえ。そうなんだけどさ、これって本格読み以外には勧めにくいよなあ。……っていうか、フツー人にはあまし読んで欲しくないという気も」
G「えー、なんでですかぁ? これくらいバカに徹すれば、誰だって楽しめると思いますけど。それに、たしかに基本はバカでバカでもうどうしようもないんですけど、そのバカな事件も、そしてさらに大バカなZの推理も、実はその裏側にしばしばすんごい光る着想のトリックや仕掛け、切れ味のいいロジックなんかが潜められていて。本格としても、なかなかどうしてあなどれないと思うんですけどね。……単なるギャグ狙いのバカミスではないでしょ」
B「その通りだと思うよ。この作品は芦辺さんの作家としての(バカ正直といいたくなるくらいの徹底した)誠実さと、本格読みとしての途方もない情熱と研究心がそりゃもうたっぷり発揮されているわけで。結果、この本は“本格ミステリというものが本質的に持っているバカバカしい部分、アホらしい部分、しょーもない部分”が高密度で凝縮され、さらに精製され磨き上げられ……途方もなく純度の高い究極のバカ本格になってしまっている!」
G「なるほど! つまりこいつを読むと、本格ミステリが本質的に備えている“おバカな要素”が白日のもとにさらされまくってしまうわけですね!」
B「そーいうこと。だからこいつをフツー人に読まれたら、これまで本格読みや本格書きがひた隠しに隠してきた斯界最大の秘密……“本格読みはジツは途方もないバカそのものだった!”という真実が、バレバレになっちゃうわけよ!」
G「な、なんてことだ! そんなことになったら、先人たちが営々と築いてきた“本格こそが格調高く知的な、ミステリの本流にして本家本元”という看板が、それこそイッパツで破壊されてしまいますよ! ああ〜、なんて危険な本なんだ!」
B「でしょ! だから……」
G「ですね……」
G&B「読んではいけない! (爆笑)」
 
●許されざる者たちの肖像……殺人症候群
 
G「次は貫井さんの『症候群』シリーズ三部作(『失踪症候群』、『誘拐症候群』、本作)の完結篇にあたる長篇、『殺人症候群』と参りましょう」
B「ちょっとシリーズの説明をしておこうか。えー、法律では裁くことができない犯罪や犯罪者に立ち向かうため、警視庁が極秘裏に作り上げた特殊機関・環グループ。メンバーである元警官ら凄腕の男たちは、非合法な手段を用いて様々な悪に立ち向かう……。そんな“闇の警察官/処刑人”の活躍を描いたこのシリーズは、いわば“平成仕掛人シリーズ”。まさに斯界きっての『必殺』ファンとして知られる、貫井さんの好みがバリバリに出た三部作だったね」
G「そんな風にいうと、なんだかマイク・ハマーものや『マフィアへの挑戦』、『ワイルド7』(そういえば環は草波検事に似てますね)みたいな荒っぽいアクションものを想像しちゃいますけど、全然違います。前2作なんかは、どちらかといえばいわゆる“作戦もの”に近いイメージですね。もちろんサスペンスとしてもトリッキーな仕掛けが施してあったし」
B「今回はしかし完結編ということもあってか、前2作とはだいぶん雰囲気が違うね。なぜなら今回、環グループは法を超えた対犯罪組織としての足元を揺るがすような、重い問題に直面することになる。すなわち“殺人とその報復”をめぐるきわめて現代的な問いかけが行われるわけだ」
G「では、アラスジを紹介しましょう。4つの視点で語られる4つの物語が時折クロスしながら並行して語られ、最終的に1つのストーリィに収斂して怒濤のラストに雪崩れ込んでいくという仕掛けです。1つ目のストーリィは、心臓移植しか助かる術の無い難病の息子のために、ドナーカードを持つ人物の“臓器提供”を早めようとして、巧妙な殺人を繰り返す看護婦の物語。2つ目はその彼女の起した事件に不審を感じて捜査する刑事の物語」
B「そして、人権の名のもとに処罰を逃れた少年犯罪者らを処刑し続ける“別口”の“仕掛人”コンビの物語に、それらの事件を追う環グループの物語……という4つだな」
G「つまり今回主人公グループが追いかける犯罪者たちってのは、いわば主人公たち自身によく似た存在なんですね。彼らを追うことは、すなわち自分たちを追い詰めることであり、彼らを攻める言葉はそのまま自分たちに返ってきてしまう。物語が進めば進むほど、主人公たちはどうしようもない矛盾に直面し、ついにグループは空中分解してしまい……と。様々な立場の様々な登場人物が、このきわめて今日的な問題に正面から挑み、悩み、惑います。しかもストーリィ自体非常にスリリングで読者は否応なく物語に巻き込まれてしまいますから、これらの重い問いが読者自身をも悩ませるわけです。力作ですね」
B「4つの視点が入り交じりながら交錯する事件の輪は、それぞれ“許されるべき殺人”という病が広がっていく様を思わせて相当に不気味だね。ただし4つのグループの、いずれも似たような人物がやたら右往左往しているプロットは、キャラクタの区別がつけにくいため、テーマに関するメッセージがいまひとつダイレクトに伝わってこない恨みがある」
G「じっくり腰を落ち着けて読めばそんなこともないんでしょうが、なにしろサスペンスあふれる物語だけに、とまどっちゃう部分はあるかもしれないですね」
B「例によって終盤では、作者お得意のプロット上の仕掛けでもって軽いツイストが仕掛けられてるんだけど、これも同じく錯綜する多数のキャラクタの人間関係の見通しの悪さが災いして、もう一つ効果的でない印象だ。ミステリ的な仕掛けといったらこれがほとんど唯一のものだけに、もう少し丁寧な扱いをしてほしかった感じはするぞ。……まあ、そうはいってもこの仕掛け自体、貫井作品としてはごくささやかな、それこそ“ついでっぽく”付けられた印象があるから、それほどこだわる部分でもないのかもしれないが」
G「ただ読者を巻き込んで真剣に考えさせるという意味で、この作品のもつパワーと作者の問い掛けの真摯さは、やはり疑いようがありません。読んでおいて損の無い力作だと思いますね」
 
●バカミスリード……鋼鉄番長の密室
 
G「続きましては城平京さんの新作。といっても、またしても『スパイラル』(城平京さんが原作を書いているミステリコミック)の小説版なんですが」
B「なんだかねぇ、もうこの人はコミックの原作とこの小説版のシリーズしか書かないんじゃないかって気がしてきたよ……なんで書かないのかなあ。『小説 スパイラル』の前作(『小説スパイラル 〜推理の絆〜 ソードマスターの犯罪』)は、思いきりライトノベル風味とはいえ、きれいにまとまったパズラーだったし。“書ける”と思うんだけどなあ」
G「いや、いずれは書いてくれるものと思いますけど……ともあれ、シリーズ第2作のこの作品も、前作同様、コミック版と同じ設定&登場人物が使われているというだけで、特に固有の知識が無くても単独で楽しめる作品になっています」
B「設定云々も別にお勉強する必要はないわな。要は主人公高校生探偵だと。コナンみたいにみずから巻き込まれたがるわけではないけど、よんどころのない事情でしばしば怪事件に巻き込まれると。それだけ分かってればよろしい」
G「というわけで『鋼鉄番長の密室』ですが……」
B「バカミス!」
G「……ってイキナリですか!」
B「だってそーじゃんよう。ピストル番長に星影番長に魔法番長だぜ〜。番長戦国時代だぜ〜……あたしゃある意味感動したね。城平さんにここまでおバカなものが書けるとは思わなかった」
G「まあ、その点は同意ですが。とりあえず内容をご紹介しましょう。え〜、高校生名探偵・歩が(嫌々)巻き込まれた新たな事件、それはなんと45年前に起こった密室での怪死事件でした。それは『鋼鉄番長』と呼ばれる高校生が、一人暮らしの家で死体となって発見された事件……現場は密室であり、遺書らしき文書が残されていたことからその死は自殺として処理されましたが、実はそこには幾多の不審な点が残されていたのでした。事件の背後に、今は語るものとて無い“隠された闇の歴史”の存在を感知した歩は、その歴史を記したたったひとつの記録文書(というかルポというか)『番長の王国』を入手します」
B「というわけで歩が繙く裏・近代史『番長の王国』の記述が、実はこの作品の質・量ともに大半を占める最大の読み所!(ぷッ) 。どーゆー内容かというと、いうなればこれが“番長史観”(ぷぷッ)。45年前、日本各地に番長と彼が支配する高校が群雄割拠し、全高校を巻き込む壮絶な番長戦争の顛末を描いたもので(ぷぷぷッ)。それぞれ必殺技をもつピストル番長、魔法番長、星影番長などが三国志さながらのおバカな闘いを繰り広げる……っつーパラレルワールドなお話なんだけど、そこに登場する番長の中の番長、無限の強さと男気で、全国的な闘いを治めた男こそが鋼鉄番長だった(ぷぷぷぷッ)! 」
G「……要するに『男一匹ガキ大将』とか、あの世界を百倍大げさにしておバカにしたような話なのですが……作中ではあくまでこれも歴史的事実として描かれます。おかしいのは主人公であり視点人物である歩以外は、それを真実、というか常識だと思っているのに、歩だけはまるで“こっち側のヒト”みたいに『番長の王国』の、脳味噌が逆上がりしそうなバカな記述にいちいち突っ込んでる点。考えてみれば、主人公がこういう視点なので、こんなトンデモな話なのにわりと無理なく“入れ”ますね」
B「わははははははは。アホかきみは! 入れるかよ〜、あんなもん!」
G「……ともかく、このあまりにもバカな作者の筆の暴走にしか見えない『番長の王国』の記述が、じつは終盤に至り歩君が展開する謎解きの重要な鍵になっているからびっくりします。というのはつまり、おバカな記述であることが一種のミスリードとなって、そこにちりばめられた手がかりや伏線を巧みに隠しているんですね。ゆーなれば“おバカ・ミスリード”」
B「まーたバカなこといってるよ〜。それよりなにより、あ〜んなアホなお話をさんざん読まされて、その先にちゃんとした謎解きが用意されてるなんて思うはずが無い。っていうか、明らかに作者は『番長の王国』の記述の方がノリノリだと思うけどね」
G「まあ、たしかにトリックは短編向きとも言いたくなるようなごくごく小振りなネタなんですが、謎解きロジックはきわめて合理的でカタチとしてもエレガント。なかなかどうしてあなどれない完成度の高さだと思いましたね。前回の『ソードマスターの犯罪』もそうでしたが、本格ミステリとしての核の部分はじつにきっちりと、押さえるべきところを押さえている。そんな気がしました」
B「まあ、そうかもしれないけどさあ、なんつったって読んで面白いのは『番長の王国』のパートでしょうに。ワタシ的にはこういうのをもういっちょ所望! だね」
G「はいはい。じゃあファンレターでも出して下さいね。……ええっと、あと前回同様、歩の兄が名探偵役を務める短編パズラーも1本(『殺人ロボの恐怖』)収録されています。こちらは前作以上に推理クイズ色が濃厚ですから、謎解きを楽しみたい方にはこれもお勧めですよ」
 
●戦場セット……ルール
 
G「さて、今回の10番目の席は、古処誠二さんの新作長篇『ルール』です。『UNKNOWN』でメフィスト賞を受賞してデビューした古処さんは、一貫して講談社ノベルスでパズラー色の強い本格ミステリを出してらっしゃったんですが、本作で初めてのハードカバー&他社からの刊行。そして作品自体も内容からミステリ色を排した、異色の一冊となっています」
B「内容でいえば、これは戦記もの。といっても戦争を背景にした冒険小説やサスペンスではなくて、戦争そのものを描いたストレートノベルだ。前作から約1年ぶりだからね〜、全力を傾注して書き上げた乾坤一擲の勝負ってことなんだろうな」
G「考えてみたら、これまでの作品もストレートな本格ミステリとはいえ、その内容には随所で社会派的な問題意識みたいなもの盛り込まれていましたしね。『UNKNOWN』のシリーズだって、自衛隊内部が舞台ですもん。その方面(微妙にずれてはいますが)への興味は、もともとお持ちだったんではないでしょうか。ともかく、『ルール』は二次大戦末期のフィリピン山中で繰り広げられる、リアルな戦争残酷物語です。ストーリィを細かく説明するのはちょいと困難なんですが……」
B「まあ、簡単に紹介しておこう。日本軍の敗色が濃厚となった第二次大戦末期のフィリピン山中。密林に潜む日本軍は徐々に米軍に追われ撤退に次ぐ撤退。武器弾薬どころか食料も不足し、部隊は徐々に飢餓の縁に追い詰められていく。銃弾を浴びるまでもなく、痩せ衰えて熱病を発症し死ぬ者。難路の行軍に付いていけずに見捨てられていく者……飢餓の限界を超えた兵士たちは、ついに人間として最低限の“ルール”をすら破ろうとする」
G「極限状態に追い込まれた人間たちが描く地獄絵図……そこで守られるべきルールとは何か、あるいはルールは守られるべきなのか。戦後生まれの作家の筆になるとは思えない、迫真の筆致で描かれる究極の問い掛けは重く、読後ずっしりと胸に響いてくるものがあります。しかし、こういった際限なく重たい物語ではあるのですが、ミステリ作家的なサービス精神は健在ですよね。上官の命令で主人公らが遂行する密命のエピソードや、捕虜の米兵に関わるエピソードなど。ささやかながらミステリ的な仕掛けも施されていますし、全体としてきわめてスリリングな物語として読めます」
B「ミステリ的な仕掛けは、まああくまでおまけみたいなものだから、この際どうでもいいんだけどさ。私はこれ、いわゆる戦場残酷物語としては少しもリアルに感じなかったな」
G「そうですか? 戦争を知らない世代が書いたものにしては、すごくよく書けてると思いますけど」
B「よく書けてる・書けてないというのとは、ちょっとレベルが違う話っていうか……ホラ、この作品って、さっきキミがいってたように戦争を背景にした冒険小説でもサスペンスでもなく、一種の疑似戦記文学として描かれてるじゃん。そうなると(んなことしたって仕方ないと思うんだけど)どうしたって自然とホンマモンの戦記文学と比較してしまうわけよ。つまり幾多の“体験者”の文学者による名作と比べちゃうわけ。すると……やはりどうしたって本物にはかなわない。というか、古処さんの描く“地獄の戦場”が、妙にきれいに整理整頓されて都合よく作られた、小奇麗なセットみたいに見えてくるんだよね。……これは古処さんの力不足とかいうことではなくて、あくまで本物の戦場を知ってる人間の言葉はやはりどこか重さが違う、ってことなんじゃないかな。すっげえ陳腐な、そして偉そうな言い方になっちゃって嫌なんだけどさ。正直そう思えちゃうんだよね」
G「うーん。それはたしかにそうかもしれませんが、初めてこういう世界に触れる読者にとっては、たぶん十二分にショッキングな描写でしょうし、その意味ではリアルな戦争文学になりえてると思いますよ。古処さんが書いたからこそこういう話を読んだ、という人もいっぱいいらっしゃるはずだし。それはそれでとても意味のあることだと思いますが」
B「それはまあ、そうだろうね。しかしさっきの話じゃないけど、私はむしろ戦争を背景にしたサスペンスなり冒険小説なり本格ミステリなりにした方が、いろんな意味で効果的だったんじゃないかと思うけどね」
G「うーん、それは、古処さんが本格を捨てて“あっち側の書き手”になっちゃうのを怖れてるだけなんじゃないですか? もちろんそんなことになったら、ぼくも困りますけどね!」
 
#2002年3月某日/某スタバにて
 
HOME PAGETOP MAIL BOARD