battle8(4月第4週)
 
[取り上げた本]
 
1 「朝霧」         北村薫                         (東京創元社)
2 「スコッチ・ゲーム」   西澤保彦                        (角川書店)
3 「サムシング・ブルー」  シャーロット・アームストロング             (東京創元社)
4 「グランド・ミステリー」 奥泉光                         (角川書店)
 
 
Goo「ayaさん、GWのご予定は?」
Boo「取材が1発入ってるだけで、後はヒマなんだ。たまにゃクニにでも帰ってみるかな」
Goo「おクニは横浜でしたよね」
Boo「ハマっ子ってやつ。土産にジェット焼売でも買ってきてやろか?」
Goo「いいから親孝行してらっしゃい。ちなみにぼくもヒマなんですが、ペンディングの仕事があるんで動くに
  動けないんです。連休中は映画館もメチャ混みですし」
Boo「客待ちじゃ仕方ないわね。仕事があるだけありがたいと思いなさい。ほら、ビール」
Goo「あ、どうもです。じゃ、ご返杯っと。んじゃ、気を取り直して始めましょうか。まず森さんの「今はもう
  ない」ですが」
Boo「あーごめんごめん!まだ読んでないんだな、コレが。なんかタイミング悪くてさ、いやーなんだかな〜ま
  いったまいった、今度ね今度。絶対!約束する!」
Goo「……そのくせ、北村さんの新刊は早速読んだんでしょーが」
Boo「あ、わかる〜?」
Goo「わっかりますよ〜!まったくロコツなんだからぁ。いいですよ。ぼくも読了したばっかだし、その「朝霧」
  からいきましょ」
Boo「すまんね、どうも。ま、ビール飲みねェ焼き鳥食いねェ」
Goo「ハイハイ、ごちそうさまです。……というわけで、北村さんの「わたし」シリーズ最新作。長めの短編が
  3本ばかし入ったいつもスタイルですね。この新作では女子大生だった「わたし」もいよいよ大学を卒業し、
  出版社に入社しました。彼女の青春の日々を追い続けてきたファンにとっては、感慨深いものがあるでしょ
  うね」
Boo「たしかに感慨深いわ。これほどまでに繊細に造形されて、なおかつここまで徹底的にリアリティを欠いた
  キャラクターというのも珍しいもの」
Goo「え?そうですか?リアリティ、欠いてますかね」
Boo「この若さで東西の古典文学や歌舞伎、落語にも深〜い知識をもち、品行方正で秀才で勉強家で親孝行で。
  就職だってなんの苦労もなく、出版社なんぞという超高倍率の業界にさっさと決めてしまう……冗談もたい
  がいにせぇ!ファンタジィかこれは?てめー、いっぺんセクハラでもされてみやがれ、と私はいいたい」
Goo「ま、まあまあ。もちろん“日常の謎”派の元祖ですからね、例によって、ひじょうに丁寧に作られた端正
  な謎解きが用意されているじゃないですか。さすが元祖という感じで、安心して楽しめますよね」
Boo「悪いけど、この“日常の謎”派はもはやマンネリ!という感を強くしただけだったわ。マンネリが悪いと
  は言わないわよ。でも、この路線には本格ミステリとしてもはやなんの発展性もない」
Goo「う〜ん。たとえそうだとしても、高い水準で安定した作品を供給し続けているのは、大変なことだと思うん
  ですが」
Boo「たしかにね。でも、あの「謎物語」で本格ミステリへの偏愛を堂々と語った作家が、そんなもんで満足して
  いいのか!と私は問いたい。なぜ、バリバリの本格長編を書かないのか!“理想の娘”を作って喜んでる場
  合じゃねえだろ……ってね」
Goo「いうなれば、北村ミステリの“トンカツのコロモ”が“わたし”そのものなのかも知れませんね」
Boo「だとしたら、私にとっては魅力のないコロモねー。人間としての生臭さ、生活臭みたいなものが、ここまで
  徹底的に排除されたキャラが、魅力的だとはどうしても思えない。いっぺんぼろぼろになってみればいいのよ。
  恋でもして思い切り捨てられてさ。リアルの荒波や汚辱から一切無縁な、はかない幻になってしまわないため
  にもね」
Goo「なんだかんだ言うわりに、ずいぶん思い入れがあるようにも聞こえますね」
Boo「ま、ね。北村さんは力のある人だと思うから」
Goo「ですね。ぼくも北村さんが書くバリバリの本格長編、読んでみたいです。……じゃ、次へ。SFミステリの
  西澤保彦さんの新作「スコッチ・ゲーム」です」
Boo「といっても、今回は非SFのタック&ポワンシリーズの長篇。正確にはタカチの高校時代のお話で、高校の
  女子寮で彼女のルームメイトが殺されるという事件ね。彼女はそれを解決できないまま進学し、タックたちと
  付きあうようになったというわけで、いわば過去の因縁に決着を付けるためタックと2人で帰郷し謎解きをす
  る」
Goo「SFミステリのシリーズに比べると地味なので目立たないんですが、これはこれでぼくは好きですね。今回
  は特に“パズラー”との方向性が強く打ちだされているのもウレシイ」
Boo「軽々しくパズラーなんて言葉使って欲しくないわね〜。そういうには謎解きのロジックに隙がありすぎるの
  よ。タックの謎解きは論理というより憶測、想像の域を出ていない。それに動機や犯行計画の不自然さも含め
  て、いかにも作り物めいたご都合主義が目に付くわ」
Goo「う〜ん、ご都合主義ね。そういわれればたしかにそうなんだけど」
Boo「SFミステリというきわめて人工的な土俵ならともかく、このシリーズのような「現実世界」を舞台にした
  お話では、作者の弱点がかなりあからさまに見えてしまうのよね」
Goo「いっそ「館もの」とか、徹底したコード型本格の方が、“作り物らしさ”は目立たないかもしれませんね」
Boo「あのタッチで「館もの」なんて書いたら、パロディにしかならないような気もするけど」
Goo「ま、ともかくこの作品では謎に包まれていた“クール・ビューティ”タカチの過去がかなりの部分明らかに
  されます。ファンの方は必読かも」
Boo「これがまた、いやんなるくらい陳腐な“過去”なんだよね〜。ファンは読まないほうがいいかもよ」
Goo「あーハイハイ、ビールお替りですね!ま、ま、ま、ま、グッと……はい!じゃ、次いきましょう。次はです
  ね、「サムシング・ブルー」。短編「毒薬の小瓶」で有名な……といっても日本ではすっかり忘れられた作家
  だったアームストロングの長編ですね」
Boo「まあ、古い作品だから仕方ないんだけど、古風よね〜。雰囲気がさ、ヒチコックの映画みたいじゃん」
Goo「いいじゃないですか〜。ヒチコック、おおいに結構!はっきりいって、僕的には、エンタテイメントな面白
  さという点だけでいえば今月のベスト!純度100%のサスペンスで、実際、どんでん返しすらほとんどないお
  そろしくストレートなお話なんですが、文字通り一気読みしてしまいました」
Boo「陳腐といえば陳腐な話なのよね」
Goo「まあ、そうともいえますが……じゃ、粗筋いきましょう。主人公の青年が密かに愛していた幼なじみの娘が
  別人との婚約を宣言する。落ち込む主人公に、彼女の叔母が1つの大きな秘密を打ち明ける。実は幼なじみの
  父親は妻殺しの冤罪で懲役されており、しかもその真犯人は彼女の婚約者なのだ!と。なにも知らない彼女を
  気遣いながら、17年前の殺人の真相を明かし間近に迫った結婚を阻止するべく、主人公は調査を開始する…」
Boo「う〜む、あらためて聞くと、ほとんどメロドラマ」
Goo「面白いんだからいいじゃないですか〜。ともかく読者をグイグイ引き込んでいく筆力がすごいですよね。こ
  とに終盤!真犯人と主人公の火花を散らす騙しあいはたいへんな迫力で、久しぶりにページをめくるのがもど
  かしく感じてしまいました」
Boo「タイムリミットを設けてじりじりサスペンスを盛り上げていく……あのへん、ちょっとアイリッシュを思わ
  せる演出だったわ」
Goo「たしかにそうですね。ただ、アイリッシュと違うのは、どこまでも前向きで明るいという点でしょうか。な
  んていうか、力強い作風ですね」
Boo「ま、こういう純サスペンスにうるさいこと言っても仕方ないから。多くを期待しなければ楽しめるでしょ。
  たぶん」
Goo「さ、では気持ち良く今回最後の作品です。「グランド・ミステリー」奥泉光、畢生の大作です」
Boo「ごわあ!ゴツいのもってきたわね〜。ここでそんなの取り上げるわけ?」
Goo「だってこんなスーパーヘビー級を読んだんだから、自慢したいじゃないですか〜」
Boo「あんたね〜。はっきりいってこれは「いわゆる」ミステリでは、まったくない作品よ!」
Goo「じゃ、なんなんですか?」
Boo「ううう。それが問題なんじゃない。純文学であり、歴史小説であり、SFであり、ミステリであり、しかもそ
  のどれとも違う」
Goo「ですよね、あらゆるジャンルの枠組みを応用しながら、重層的に絡み合い縺れ合い織り上げられた“物語”の
  一大交響曲とでもいいましょうか」
Boo「少なくともミステリ時評で取り上げられるような作品じゃないわよ」
Goo「ま、いいじゃないですか。これもいちおう粗筋を。物語はいきなり戦記もの風に始まるんですよね。真珠湾攻
  撃に出撃した帝国海軍空母・蒼龍と伊号潜水艦の中で奇怪な事件が発生する。空母では帰投した爆撃機のパイ
  ロットがコクピットで変死し、潜水艦では艦長室の金庫から特殊潜航艇乗員の遺書が紛失する。不信を抱いた軍
  人がこの謎を追及するうち、海軍の影で暗躍する奇怪な組織とその陰謀の影が見えてくる……」
Boo「そこまではまあ、歴史ミステリ風といってもいいかもしれないわね。重厚な歴史小説的部分と共に謎が錯綜し
  広がっていく展開は、すごくスリリングで面白かったし。でも、問題はここからよね」
Goo「ミッドウェイ、ソロモン、硫黄島と、戦局が進むのにともなって、謎解きは奇怪にねじれていくんですよね。
  はっきりいっちゃえば、この物語世界では微妙にズレた2つの歴史が重なり合っている。といっても分かりにく
  いかな?どうでしょう」
Boo「ようするにこれは、SFでいうパラレルワールドのアイディアなのよね。それが非常にさりげなく隠微なカタ
  チで、物語世界に組み込まれているわけ。それが明らかにされていくに従って、冒頭の謎はほとんど意味のない
  ものとして矮小化されていっちゃう」
Goo「ですね。結局のところ、メインテーマは、う〜ん、現実と歴史と人間の関りを巡る認識論的な論議・謎解きと
  いうか……」
Boo「……キミ、わかっててしゃべってる?」
Goo「……実はあんまり。でも、わからなくても面白いんです。そこがすごいっつーか」
Boo「うーむ、そういうのって認めたくないわねえ」
Goo「ま、ともかく!壮大かつ複雑精妙な虚構と謎と論理の迷宮は、あの「薔薇の名前」をさえ凌駕するスケールと
  奥行きをもっていると思いますね!」
Boo「やれやれ。じゃ、私の方の結論ね。え〜、いかにもエセ知識人が大喜びしそうな薄っぺらな“思想”と“物語”
  の断片が脈絡なく詰め込まれた、究極の虚構」
Goo「また、そういうこという〜」
Boo「なんで?ホメてるつもりだけどな〜」
Goo「そうでしたかあ?じゃ、もっぺん言ってみてください」
Boo「ほいほい。え〜と、現代日本における歴史と個人の意味をあらためて問い直す、高度に知的なたくらみに満ち
  た豊穰なる物語世界、と」
Goo「さっきと全然違うじゃないですか〜!」
Boo「ともかく!」
Goo「ともかく?」
Boo「間違っても、ミステリは期待しないこと!」
Goo「……そればっかし。まあね。ミステリとしてのタヴーを破りまくるところからスタートしてるような作品です
  からね……」
Boo「それがわかってるんだったら、ここに取り上げるなよ〜」
Goo「ま、ビールいきましょ。ビール!」
Boo「あたしゃ、中間管理職かーい!」
 
#98年4月某日/某鳥せんにて
 
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