新春スペシャル

1998年度 本格ミステリベストセレクション


 
 
【巻頭言】
 
世は空前のミステリ・ブーム。いまやミステリは文字通りエンタテイメントの帝王として君臨し、SFやホラー、甚だしくは純文学といった隣接ジャンルの文学までも取り込みながら、その領土を限りなく押し広げつづています。その様はさながら目路の限り広がる百花繚乱の華やかさ。ミステリファンにとってまことに慶賀すべき事態、であるはずなのですが、困ったことにぼくがいちばん読みたいのはいつだって本格ミステリのみ、なのでありまして。この百花繚乱ぶりは、ともすれば玉石混交の百鬼夜行とも見えかねない。ましてやホラーもどきSFもどき純文学もどきが堂々とランクインされるがごとき、皆様ごぞんじの「ベスト10」なぞ屁の突っ張りにもなりゃしません。
ならば、いっそのこと心ある同好の士のお力を借りて「これぞ1998年の本格ミステリ!」ってやつを選び抜き、もって最新の本格ミステリの動向を提示するというのはどうか。……とまあ、これが今回の「1998年度・本格ミステリベスト」選出の背景というやつ。すなわち「本格」に「とことん偏る」ことが狙いのベストですので、その旨御承知の上でお読みくださいますよう。
ではでは。座興ではございますが、お楽しみいただければ幸いです。
そしてもちろん、身勝手きわまりないMAQのお願いに、快くお応えくださった皆様に心よりの感謝を!
 
作者敬白
 
対象作品/97年12月〜98年11月期に日本国内で出版された狭義の「本格ミステリ」
投票方式/各投票者が国内・海外の優秀作にそれぞれに持ち点10点を配分&投票
総回答数/25名様
 
  

第1部 国内編
 
 順位   作品名            著者       出版社      票数
1   人狼城の恐怖       二階堂黎人    講談社     42
2   名探偵に薔薇を      城平京      東京創元社   31
3   ブードゥ・チャイルド   歌野晶午     角川書店        11
     御手洗潔のメロディ    島田荘司     講談社       11
5   殉教カテリナ車輪     飛鳥部勝則    東京創元社     10
6   金のゆりかご       北川歩実     集英社        9.5
7   スコッチ・ゲーム     西澤保彦     角川書店            9
8   光と影の誘惑       貫井徳郎     文芸春秋          8
     夏のレプリカ       森 博嗣     講談社       8
10   匣の中          乾くるみ     講談社         7
次      邪馬台国はどこですか?  鯨統一郎       東京創元社       6
 
 
【ベスト10作品解説】

●人狼城の恐怖
フランスとドイツの国境の峡谷を挟んで対峙する2つの古城、銀狼城と青狼城。外観も構造も鏡に写したようにまったく同じ、この双子の城に招かれた旅行者一行を襲う奇怪な連続殺人。首なし死体に密室、消える犯人、隠し通路に甲冑に身を固めた奇怪な殺人者。これに挑むは名探偵・二階堂蘭子!
ぶっちぎりのベスト1に輝いたのは、第一巻から足掛け3年にわたって書きつづけられた「世界最長」の本格ミステリ長篇4部作。もちろん今回は4巻全部で1つの作品として評価されました。長さだけではなく、仕掛けの大きさや大小取り混ぜたトリックの豊かさ等々、あらゆる点において空前絶後の「巨大な」本格ミステリというべきでしょう。堂々文句なしの1位でありますね。
ayaメモ
細部にはアラもあるが、作者が「本格」と「トリック」に賭けた情熱と愛は疑いようもない。マニアならこの作者の壮大な「稚気」を愛さずにはおれないでしょう。なんせ超大作なので読み始めるには勇気がいるけど、手を付けてしまえば一気に読めるわよー。
 
●名探偵に薔薇を
不気味な犯行予告、因縁話めいた毒薬譚、残虐きわまりない犯行。大胆かつ巧緻を極めた犯罪計画に対する「宿命の」名探偵。いわゆる本格コードを多用し、「本格ミステリ」に正面から挑んだパズラーとして端正かつ破綻の無い仕上がり。しかも全編にわたって作者独自の「名探偵論」が展開されるなど、マニア心をくすぐる要素もふんだんに盛り込まれ、マニアにとってはまことに贅沢な逸品に仕上がっています。鮎哲賞の佳作入選作。つまり新人さんの処女作ですが、文句なしの第2位といっていいでしょう。
ayaメモ
作品そのものに「新しさ」というようなものはほとんど感じられなかったけど、この若い作家、すでに本格ミステリのテクニックは十二分に心得ているとみた。98年最大の注目株であることは間違いないわ。
 
●ブードゥ・チャイルド
「前世の記憶」をもつ15歳 の少年をめぐって続発するオカルト味濃厚な怪奇現象と殺人! 結末の「いかにも」な名探偵による謎解きもまことに鮮やかで、新本格一期生・歌野晶午の復活ぶりを強く印象づけたストレート&オーソドックスな本格ミステリ。カーばりの不可解な謎の数々をきれいに一本の推理にまとめあげていく手際はじつに手堅く、本格の醍醐味を堪能できます。冒頭からラストまで一瞬の緩みもなく持続されるサスペンスの醸成も素晴らしいですね。
ayaメモ
「前世の記憶」というスペシャル級の謎に比べると、謎解きの核になっているネタがありきたりだったのはいささか残念。ともあれ、きりりと引き締まった「贅肉のない」本格よねッ。
 
●御手洗潔のメロディ
久しぶりの御手洗もの! ですが、残念ながら短編集で書き下ろし作品もありません。さらにいえば4つの収録作のうち、ミステリといえる作品は「の2つだけ。残る2篇は御手洗ファン向けのボーナストラックというところでしょう。にも関わらず3位にランクインしたのは、根強い島荘ファンの努力のタマモノ? とはいうものの「IgE」と「ボストン」の2篇は、本格ミステリ短編の楽しさを凝縮したような珠玉編。名探偵・御手洗潔の天馬空を行くがごとき論理のアクロバットは、全ての本格ファンを魅了するに違いありません。
ayaメモ
読めッ! 読めッ! 読めッ!

●殉教カテリナ車輪
1998年度、鮎川賞受賞作品。「絵」を分析し読み解いていくことで、それを描いた画家の精神状態を探る「図象解釈学」のアイディアを導入し、謎の死を遂げたマイナー画家の秘密を探るという新趣向が好評を得た作品です。作者はそのために自ら油絵2枚を描くという凝りようで、これを収めた袋綴じの口絵や魅力的なタイトルとともに、本格マニアのマニア心をくすぐる仕掛けがたっぷり。作品後半部は一転してオーソドックスな本格ミステリとなりますが、ここにもなかなかユニークなトリックが使われてますね。
ayaメモ
肝心の「図象解釈学」の謎解きが平易すぎて物足りない気もするけれど、まずはこの素材に目をつけた作者の作戦勝ち。「図象解釈学」はそれくらい魅力的なネタだわね。ところで、作者は次作でもまた油絵を描くのかしら?

●金のゆりかご
医学を中心とする最先端科学を大胆に取り入れた、サスペンスあふれる最新長篇。最新の英才教育システムにより、人工的に作りだされた天才児たちの成功の陰に潜む陰謀と罠! そして主人公が迫られる「人の親」としての究極の選択とは?……サスペンスという点では実はこれが一番だったかも。ともかく作者は執念さえ感じさせる執拗さでどんでん返しを連続させ、さらにラストでは文字通りあっと驚く真相 が明らかにされます。着想のユニークさ、先端科学の取り入れ方など、毎回取り上げる題材が非常に魅力的な作家さんですね。
ayaメモ
たしかに「驚き」という点では一番だったかも。でも、これが本格ミステリといえるかどうか……私的にはサイエンスホラー味を加えたメディカルサスペンスというのが、いちばんすんなり来るんだけどねえ。

●スコッチ・ゲーム
98年もいっぱい長篇を出して下さった西澤保彦さんですが、非SFのタック&ポワンシリーズの長篇でランクイン。主役グループの1人・タカチの高校時代の事件……女子寮で彼女のルームメイトが殺された事件を、大学に進学したタカチがタックと共に帰郷し謎解きをするというお話です。SFミステリのシリーズに比べると地味に見えますが、今回は特に“パズラー”としての謎解きに焦点を絞り、「けれん」を排した堅実な本格ミステリに仕上げています。“クール・ビューティ”タカチの過去が明らかにされるのも、ファンにとっては見逃せません。
ayaメモ
パズラーというには謎解きのロジックに隙がありすぎ! 論理というより憶測、想像の域を出ていないし、犯行動機や犯行計画の不自然さも含め、いかにも作り物めいたご都合主義が目に付くわ。これはやっぱり非SFだからかしらね。

●光と影の誘惑
作者の持ち味がいかんなく発揮された傑作短編集。収録されている4編はいずれも短編としてはやや長め。ですが、そのいずれをとっても贅沢なほどトリックを使い、隅々にまで技巧を凝らした粒ぞろいの好短編ぞろいです。どれもまったく手抜きというものがありません。こういうのを「いい仕事している」というのではないでしょうか。次はぜひ力のこもった(「鬼流殺生祭」の評判がいまひとつだっただけに……)長篇で、ランクインを狙っていただきたいですね。
ayaメモ
この作品はもっと上位にランクインされてもおかしくないわよね。珠玉の短編集ってぇのはこういう本を云うのよ。「メロディ」を除けば、今年のベスト1短編集といっていいかも! 
 
●夏のレプリカ
萌絵ちゃん&犀川先生ファンの皆さま、お待たせしました。新本格屈指の人気シリーズは8位でランクイン。どうやら票が割れてしまったようで、ファンの方々としてはシリーズ全部をまとめて1作と見なしたい! というのが本音のようです。内容の方は、萌絵の友人一家が誘拐され監禁されて、なのになぜか誘拐犯の方が殺されてしまうという怪事件。萌絵の謎解きもなかなかに理詰めで面白いのですが、これをきちんと楽しむにはやはりシリーズを読んでおく必要があるでしょうね。ランクインしたからといって、いきなりこれから読み始めるのは止しましょう。
ayaメモ
言語道断横断歩道!
 
●匣の中
国産ベストの掉尾を飾るのは「Jの神話」でデビューした新鋭の第二作。作者みずから「匣の中の失楽」へのオマージュを謳うメタミステリです。奇妙な意匠とメッセージが込められた5つの密室の謎をめぐって繰り広げられる、ミステリ愛好家グループの推理合戦には、陰陽術から量子物理学に至るペダントリィをふんだんにちりばめられ、いかにもマニア好みの一編といえるでしょう。そしてメタミステリ感覚ぶりぶりの、驚愕のラスト! まあ、このラストは議論の別れるところでしょうが……。
ayaメモ
この「逸脱」したラストがあるがゆえに、これは「本格ミステリ味」の分厚いコロモで覆われたファンタジィ/SFとして読むのが正しい、と思うんだけど。まあ、中盤の推理合戦のくだりはじゅうぶん楽しめるわよ。


Goo「というわけで、いかがでしょう。こうして並んだ作品をみると、98年の国産本格ミステリはけっこう豊作だったような気がしますが」
Boo「ふむ。まー結果的にはそういっていいようね。あまり実感はないけど。でも、歌野さん以外の新本格第一期生や島田さんなど、本格のコアの部分をになう既成作家にあまり元気がなかったのは気になるわね」
Goo「そのアナを新人さんが埋めてくださったってトコロでしょう。特に鮎川賞関連の新人さんの活躍が目に付きます」
Boo「1〜2位以外はそれほど票数に差がないみたいだけど?」
Goo「そうなんです。「人狼城」と「薔薇」はほぼまんべんなく票を集めたんですが、それ以外の作品は皆さんほんと千差万別で。11位以下のノミネート作品もどっさりあるんです。なんというか、「本格ミステリに関する定義」の多様性が反映されたという感じですね」
Boo「なるほどねえ。まあ、それに文句を付けても仕方がないわね。とりあえず「いま現在の本格ミステリ」の指標としては、まずまずってところかしら」
Goo「じゃ、ayaさんのベストは?」
Boo「ふむ。そうね……」
 
ayaの国内ベスト
別     御手洗潔のメロディ    島田荘司          講談社
1     世界ミステリ作家事典(本格派篇)  森英俊         国書刊行会
2   人狼城の恐怖       二階堂黎人          講談社 
3   ブードゥ・チャイルド   歌野晶午           角川書店
4   殉教カテリナ車輪     飛鳥部勝則          東京創元社
5   名探偵に薔薇を      城平京          東京創元社
 
Goo「あ、こすい! 1位の「事典」はなしですよ〜。しかも6作だけ? それと、この「御手洗潔のメロディ」についてる「別」ってのはなんなんですか?」
Boo「うっるさいわね〜。「別格」って意味に決まってんじゃん! これでも結構妥協してんだかんねッ。キミはどうなのよ」
Goo「はいはい。ぼくのはですね」
 
MAQの国内ベスト
1   人狼城の恐怖       二階堂黎人    講談社
2   名探偵に薔薇を      城平京      東京創元社
3   ブードゥ・チャイルド   歌野晶午     角川書店
4   光と影の誘惑       貫井徳郎     文芸春秋
5   殉教カテリナ車輪     飛鳥部勝則    東京創元社
6     匣の中          乾くるみ     講談社
7     邪馬台国はどこですか?  鯨統一郎       東京創元社
8     密室・殺人          小林泰三     角川書店
9     A先生の名推理       津島誠司     講談社
10   ミステリークラブ     霞流一      角川書店
 
 
Boo「なんだかけっこうバカ本格が入ってる気がするわねえ……下位グループは裏ベストじゃないの?」
Goo「ちょっとヒネクレてみました。トップグループは別として、下位は小説としての完成度は度外視して、ロジックやトリックの面白さメインで選びました」
Boo「いいけど……」
 


 
第2部 海外編
 
順位   作品名            著者                 出版社            票数
1    猿来たりなば       エリザベス・フェラーズ      東京創元社     31
2    完璧な絵画         レジナルド・ヒル         早川書房     21
3    殺しにいたるメモ      ニコラス・ブレイク        原書房      19
4    ナイン・テイラーズ    ドロシー・L・セイヤーズ   東京創元社    16
5    牧師館の死        ジル・マゴーン         東京創元社      8
6    ひとりで歩く女      ヘレン・マクロイ        東京創元社      7
7    毒の神託           ピーター・ディキンスン       原書房          6
8    ミステリ・クラブ事件簿  デイル・フルタニ        集英社          5
9    ヴァンパイアの塔         J・D・カー          東京創元社      4
      空のオべリスト      C・デイリイ・キング      国書刊行会      4
次     仮面劇場の殺人          J・D・カー          原書房        3
 
【ベスト10作品解説】

●猿来たりなば
作者は黄金時代末期に活躍した女流本格派の重鎮、だそうだが、日本では邦訳が2冊でたきり忘れられていた作家。読んだ経験のある筆者にとっても、その1冊がまるきり印象に残ってなかったので、一読おおいに驚愕し喜んだ次第です。作品の中核は、誘拐され、殺されたチンパンジーの謎。事件というほどの事件は起きず、のどかな雰囲気といい英国風のひねくれた笑いといい、コージーな軽本格だろうと軽視していると、ラストで「近来稀にみる」鮮やかな背負い投げを食らわされます。
ayaメモ
大掛かりなトリックを使っているわけじゃなし、むしろ手がかりはあからさまに面前に突きつけられているにもかかわらず、このラストには完全に意表をつかれる。じつに見事なミスリードテクニック! プロットワーク一つで、これほど鮮やかなどんでん返しが可能なんだねえ。
 
●完璧な絵画
ダルジール&パスコー・シリーズの長篇第13作。ダルジール警視にパスコー警部、そしてウィールド部長刑事の3人が顔を揃え、冒頭でその1人が撃たれるという衝撃的なオープニングが話題になりました。物語の発端はヨークシャーの片田舎の村で起こった巡査の失踪事件。いかにもコージーな田園ミステリ風の展開。滑稽なドタバタ騒ぎのうちに丹念に張られた伏線が1本によりあわされ、意外な「真相」が姿を現します。新しさや驚きはありませんが、丁寧に作られた謎解きといい、オールドファンにとってはじつに心地よい世界といえます。
ayaメモ
この作品に関しては、作者自身は本格を書いたつもりはないのでは? 本格として読めないわけではないけれど、楽しむべきポイントは別にあるような気がするわねえ。
 
●殺しにいたるメモ
名作「野獣死すべし」で知られる英国本格派の雄、ニコラス・ブレイクの未訳長篇。詩人としても有名な作者が描く本格ミステリは文学性も高く、大仕掛けなトリック等を廃し、巧みな心理描写・性格造形で人間そのものの謎を解くのが特長です。しかし、この作品はむしろ非常に緻密に組み立てられたフーダニット・ハウダニットの謎解きミステリという印象。衆目環視下での毒殺事件に挑むのは、むろん名探偵ナイジェル・ストレンジウェイズ。それぞれの動機と機会を緻密に調査し、相互の矛盾を調べ、一歩一歩犯人を追いつめていきます。
ayaメモ
いくつもの証拠を並べ替え論理を組み立てては壊す、課程そのものを楽しむべき一編。といってそのロジックにはモース警部ほどの華麗さはないわねぇ。終盤の探偵を含めた容疑者同士の凄絶な心理的駆け引きはなかなかの見物だけど、全体としてやはりいかにも地味な印象。これも玄人好みの一編よね。
 
●ナイン・テイラーズ
セイヤーズの代表作にして古典的名作の一つに数えられる、ウィムジィ卿シリーズ屈指の名篇。読んだことはなくとも、そのメイントリックは誰でも知っているという点でも有名ですね。ただし、鳴鐘術に関するペダントリィに彩られた文学的香りの高い重厚長大な作品……という従来の評価は大きな間違い。このウワサゆえに二の足を踏んでいた人はただちに読むべし。いつもながらのウィムジィ&パンターの軽やかな活躍はひたすら愉しく、いつに変わらぬ心なごむ「田園ミステリ」である点に変わりはありません。
ayaメモ
なんせメイントリックを知っているのだからして、真剣に謎解きしようなどという気持ちはハナからない。お気楽蜻蛉の御前さまの右往左往ぶりをたっぷり楽しめばそれでよろしい!

●牧師館の死
前作「パーフェクト・マッチ」で英国本格派のフトコロの深さを見せつけたマゴーンの邦訳第2作。クリスマスイヴの夜、片田舎の牧師館で1人の男が撲殺される。まもなく絞りこまれた4人の容疑者はいずれも堅固なアリバイを持っていた。……雪のクリスマス、田舎の牧師館、限定された容疑者。まさにクリスティを思わせる設定であるけれども、そこはそれ。現代の英国本格派であるからして、登場人物のリアルな心理描写など、小説としての深み・奥行きが感じられます。
ayaメモ
いかにも花が無いという印象よね。読みどころはむしろ、いかにも「現代的」な登場人物の描写かも。たしかにクォリティが高くバランスの取れた作品だけど、「クリスティ、ブランドの衣鉢を継ぐ」というのは、ちょっと違うんじゃない?

●ひとりで歩く女
「私が変死した場合のみ、読まれるものとする」という奇妙な書き込みのある文書から始まるサスペンスあふれる長篇。この人も本格黄金時代の作家ですが、ガチガチの本格というより、つねに読者の意表をついた展開を示す波乱万丈のストーリィ作りの名手という印象。とはいえ本作では、魅力的な設定に加えて周到に伏線が張られ、結末には大胆などんでん返しも用意されるなど、本格ファンにもじゅうぶん満足のいく仕上がり。こういう作品がポロポロ出てくるんですから、欧米の作家の層の厚さは侮れません。
ayaメモ
これまた本格ミステリとして読むにはいささか無理が多いのよね。真犯人もすぐ想像つくし。サスペンス作りを優先したために展開に少々無理があるっていうか、緻密さに欠ける。面白さという点では文句なし、なんだけどね。

●毒の神託
ディキンスンの作品を読むのは本当に久しぶりでしたが、やっぱりこの作品もヘン! 石油王のスルタンが砂漠の真ん中に築いた「ピラミッドが逆立ちしたような」宮殿=奇妙な論理と渾沌が支配する閉ざされた世界で、これまた奇妙な密室殺人が発生するという。SFやファンタジィを思わせる不可思議な作品世界はこの人ならでは。でも、以前の作品に比べれば本格ミステリとしてははるかにまっとうなデキというべきで、ことに周到に張られた伏線をラストの謎解きに向かって収斂させていく手際はなかなかのものです。
ayaメモ
トリックはほんのご愛嬌という感じの稚拙なものに過ぎないけれど、独特の前衛性……新しさはいまだに古びていないわよ。さしづめ早すぎた新・新本格派というところかしら。

●ミステリ・クラブの事件簿
恥ずかしながら未読です。まだまだ勉強がたりませんね。代わりに投票して下さった方のコメントをお借りします。「範疇としては本格物というよりはハードボイルドとは思いますが、ミステリクラブの謎解き芝居があったり、黒澤監督映画「椿三十郎」が引用されていたり、ミステリ&映画好きにはとても楽しい小説だったので」。
ayaメモ
同じく、まったくノーチェックだったわ〜。早く読まねば!
 
●ヴァンパイアの塔
云わずとしれた巨匠カーの未訳短編集。特にこの集にはラジオドラマの脚本がたくさん納められていますね。ラジオドラマですから基本的にはセリフとト書きだけで構成されているわけですが、やはり巧いもので、きちんと謎解きミステリになっています。シナリオというスタイルだけに、よけいなものが排除されて、読みやすくなっているのも確かでしょう。まあ、そうはいってもやはり幽霊屋敷あり・不可能犯罪ありの、カーらしさが横溢した作品集であることは間違いありません。
ayaメモ
新訳がでた2作の長篇よりも、こちらの方が出来がいいという噂もあるわ。実は私もそう思ってたりして。それから、文庫巻末に収録されたカー論は秀逸なできなので、これもお見逃しなく!
 
●空のオベリスト
これまた名のみ聞く名作という感じの古典作品の初訳。著名な外科医を護衛して旅客機に乗り込んだ主人公・ロード警部の目の前で、厳重に警護されていたはずの外科医が毒殺される。飛行中の旅客機内という限定された状況の中で、警部は論理的に犯人を割り出そうとするが……徹底したフェアプレイ精神で構築された、クイーンばりの犯人当て本格ミステリ。真犯人を割り出す決め手は、名探偵が作った容疑者の1分刻みの行動表/アリバイ表と、真犯人の行動の矛盾。作者は全ての手がかりを読者の目の前に突きつけて挑戦します!
ayaメモ
旅客機という外界から隔絶された状況下での犯罪、限定された容疑者等々、一見派手な道具立ての割には、いかにも地味ーな読後感。徹底したフェアプレイ精神はたいしたものけれど、裏返せばそれ以外あまり取り柄がない作品かもね〜。


Goo「こちらは「猿」の1人勝ち、ですね」
Boo「ま、予想通りだわね。海外ものの純粋な新作で「本格」ってのは、いまやほとんどないからねえ」
Goo「投票も「海外」だけ棄権ってヒトが多くて。そもそも、皆さんあまり海外作品は読まないみたいですね。実際、投票してくださった方のうち、海外作品にも入れてくれた方は半分もいらっしゃいませんでしたし」
Boo「う〜ん。そっか〜、そんなもんなのかねえ」
Goo「ですんで、データとして「有意」かどうか微妙なんですが。ま、とりあえず1つの指標として」
Boo「若い本格ミステリファンは、海外モンが嫌いなのかしらん?」
Goo「っていうか、新刊では見当たらないから古典中心に読み進めてらっしゃるみたいですね。それと……これは邪推かもしれないんですけど、海外ものの本格の新刊って高価な単行本で出るケースが多いじゃないですか。国書みたいに。そのあたりも後回しにされる原因になっているのかな、なんて」
Boo「なるほど、それならまあ致し方ないか……え? ちょっと待ってよ! この8位の「ミステリークラブ事件簿」ってのはナニ? あたしゃ未読だわよ!」
Goo「はあ、実はぼくもまだなんですよ、あわてて買ってきたんですが、まだ読めなくて」
Boo「8位ってコトは何人かのヒトがあげてきたんでしょ?」
Goo「お二人の方の票なんですけど」
Boo「う〜気になるッ! キミ、読まないんなら貸してよ!」
Goo「いいですけど、必ず返してくださいね」
Boo「おっけーおっけー! じゃ、私の海外ベストだけど……やっぱり5作ね」
 
ayaの海外ベスト
1  猿来たりなば     エリザベス・フェラーズ      東京創元社
2  ナイン・テイラーズ  ドロシー・L・セイヤーズ     東京創元社
3  毒の信託        ピーター・ディキンスン      原書房 
4  殺しにいたるメモ    ニコラス・ブレイク        原書房
5  地下室の殺人      アントニイ・バークリー    国書刊行会
 
Goo「純粋な新作はありませんね」
Boo「人のこと言えないでしょ、キミだって」
Goo「う〜ん。まあそうですが」
 
MAQの海外ベスト
1  猿来たりなば     エリザベス・フェラーズ      東京創元社
2  ナイン・テイラーズ  ドロシー・L・セイヤーズ     東京創元社
3  毒の信託       ピーター・ディキンスン       原書房 
4  ひとりで歩く女     ヘレン・マクロイ       東京創元社
5  殺しにいたるメモ    ニコラス・ブレイク        原書房
6  緋色の記憶       トマス・H・クック      文芸春秋
5  地下室の殺人      アントニイ・バークリー    国書刊行会
8  完璧な絵画       レジナルド・ヒル         早川書房 
9  悪魔のひじの家     J・D・カー         新樹社
10  空のオべリスト      C・デイリイ・キング      国書刊行会
  
Boo「う〜ん、かなり苦し紛れって感じ」
Goo「ま、そうなんですが……海外は仕方ないでしょう」
Boo「マゴーンは?」
Goo「う〜ん。期待が大きすぎたみたいです。ぼくはちょっと」
Boo「鳴り物入りだったからねぇ。いずれにせよ、海外については1999年もつらいことになりそうよね」
Goo「ダイヤモンドシリーズの新作長篇がもう出るとか出たとかいってますけど、それにしたって、また再評価・復刊組の古典作家が中心になりそうですねえ」
Boo「本格がどうのこうの騒いでるのは、たぶん世界中で日本だけなんだわね」
Goo「たしかにそうですよね。なんか理由があるんでしょうか? 日本人の国民性と「本格」の関連……って」
Boo「あるかもね。あってもおかしくない。それくらい特異な現象って気がする。日本人なんておよそ「非論理的・情緒的」な国民がなぜに本格を好むのか。たとえばいかにも「本格好き」そうなドイツじゃあ、本格ミステリなんてあまり読まれないって聞いたことがあるわ」
Goo「へえ。でもまあ、日本の中でも「本格」なんぞにこだわってるのは、ごくごく一部って気もしますけどね」
Boo「それをいっちゃあおしめえよ」
Goo「ま、ともかく今年も素晴らしい本格ミステリがいっぱい読めますように!」
Boo「ということで、今年もよろしく!」
 
【1998年度 本格ミステリベスト 了】

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