battle13(7月第2週)
 
[取り上げた本]
 
1 「ミステリークラブ」      霞 流一                 (角川書店)
2 「赤き死の炎馬」        霞 流一                 (角川春樹事務所)
3 「バッキンガム宮殿の殺人」   C・C・ベニスン             (早川書房)
4 「眼の壁」           マーガレット・ミラー           (小学館)
5 「セカンドヴォイス」      西浦一輝                 (角川書店)
6 「邪馬台国はどこですか?」   鯨統一郎                 (東京創元社)
7 「理由」            宮部みゆき                (朝日新聞社)
 
 
Goo「夏休みはどうする予定ですか?」
Boo「不景気だからねぇ。仕事さえあれば休み無しでも全然オッケーなんだけど、そもそもこの夏は仕事その
  ものがない感じだからなあ。どうしたものか」
Goo「それはそれとして、毎年海外行ってるじゃないですか」
Boo「そうね。それだけを楽しみに一年働いているともいえるんだけど、今年はねえ。予約もしてないのよ」
Goo「なんか切なくなってきますねえ(溜息)」
Boo「まったくね(溜息)……なーんていうのは、あたしのキャラじゃないかんね!とりあえず今年は友達の
  実家渡り歩き貧乏旅行作戦ってわけよ。キミ、九州だったわよね!」
Goo「え、はあ。臼杵っていう田舎ですよ。大分のそば」
Boo「よっしゃあ!幸運にも西鹿児島に友人の実家があるわけよ、これが!とゆーわけで、この夏は九州制覇
  じゃあ!」
Goo「え、え、え?ウチの実家に泊るつもりですかあ?」
Boo「そーそ!寝場所だけ貸してくれればいいのよ。メシは自分でなんとかする」
Goo「ちょちょっと待って下さいよぉ……マジですか」
Boo「私は〜いつも〜マジなオンナです!」
Goo「う〜む〜。その件についてはちょっと考えさせて下さい……。ともかくとっととGooBooを始めなくちゃ」
Boo「オッケーオッケー!最初は何?ああ、自称バカミス・キング、霞流一の相変わらずてんで笑えないバカミ
  ス2連発ね」
Goo「といっても「炎馬」の方はけっこうストレートな「新本格」で、バカミス要素は薄かったですけどね。
  じゃ、酔狂探偵・紅門福助シリーズの「ミステリークラブ」の筋から。懐かしグッズのマニアが集まる骨
  董街で奇怪な殺人事件が発生します。3つに切断された死体は別の場所に捨てられ、しかもその1つは密
  室。やがて第二第三の殺人が発生し、その全てに奇怪な「蟹」の見立てが施されています。町には謎の「
  人蟹」や「巨大蟹」の都市伝説が蔓延し、人々は恐怖に怯える、と」
Boo「性懲りもなくバカミス仕立てにしてるんだけど、いいかげんオノレのギャグセンスの無さに気付けよ!、
  といいたくなるわね」
Goo「でも、本格ミステリとしては今回がいちばんできがいいんじゃないですか?3つに切断された死体の謎解
  きとか……けっこう大仕掛けの、トリックらしいトリックで」
Boo「そーねえ、ものすごく調子の悪い、ガサツな島田荘司モドキという感じがしないでもない。おっそろしく
  強引な、文字通り力任せのトリックであり伏線なんだけど、ヘタなギャグなんか飛ばさずにもう少し丁寧
  に書き込んだら、それなりに読める本格になったかも」
Goo「ラストの謎解きも緻密な論理とはお世辞にもいえませんが、案じていたほど悪くはないし。……ヘンな褒
  め方だけど、前作に比べそれなりにミステリとしての骨格はしっかりしたものになってますよね。ギャグな
  んぞ切り捨てて、謎とトリックと謎解きに力を注ぎ込べきだと思いましたね」
Boo「ところが困ったことに、その通りギャグ要素を切り捨てて「新本格」を試みた「赤き死の炎馬」はちっと
  も面白くないのよね〜」
Goo「こちらは「奇跡鑑定人」シリーズとかいう新シリーズですね。バチカン王国には、キリスト教世界で起こ
  った「宗教的奇跡」を鑑定し、真の奇跡かどうかを見極める仕事があるらしいのですが……これはその日本
  版。出雲大社が統括する組織で、神仏にまつわる怪異現象を解明し、悪徳商法やエセ新興宗教を排除すると
  いう」
Boo「でも、この設定は魅力的よね。オカルティックな話にも今風の話にも起用できそう」
Goo「主人公はその奇跡鑑定人として岡山県の山村に赴き、村の伝説を見立てにした連続殺人に遭遇するわけで
  すが、個々の事件の仕掛けがおっそろしくハデですよね。足跡のない殺人、密室殺人、人間消失と、これで
  もかというくらい不可能犯罪・怪現象が連続する」
Boo「そのくせどことなくチープな印象なのよね。これだけハデな事件を連発しながら、それでもなおかつスト
  ーリィが平板になっちゃうんだから、おそるべき反ストーリィテラーだわ〜。語り口も雑だし。おまけにそ
  の謎解きが牽強付会もいいところのしようもないシロモノで。とびきりの不可能を実現させるのに、作者は、
  思いついてもフツー使わねえだろ!といいたくなるような、幼稚きわまりないトリックを平気で使っている」
Goo「やっぱギャグを押さえた分、作品のアラが目立っちゃったのかなあ」
Boo「……悪いけどさ、この人の作品はもうパスしたいわぁ」
Goo「うーん。まあ、も少し付きあってあげましょうよ。じゃ次です。「バッキンガム宮殿の殺人」。作者はC・
  C・ベニスン、カナダの女流作家ですね。ぼくももちろん初読でしたが、これも探偵役の設定が面白かった
  ですね。ヒロインはバッキンガム宮殿にメイドとして勤務する若い女性なんですが、この彼女が宮殿で起こ
  った「一見、自殺にしか見えない殺人」を捜査し……」
Boo「その彼女の集めた証拠を元に謎解きをするのが、なんとエリザベス女王!という仕掛け。ま、これってそ
  の趣向以外、取り柄なんて無い作品なんだけどさ」
Goo「いやそこまで悪くないでしょ。まあ絵に描いたような軽本格ですよね。確かにラストではものものしく女
  王が謎解きしますが、読者が十分に注意深ければじゅうぶん察しがつく「真相」ですし……これはご愛嬌と
  いうところでしょう」
Boo「にしてもさ、女王って宮殿内では絶対権力者なんだからさ、名探偵役をやらせるなら、もう少し巧い使い
  方してほしいわね〜。せっかくの趣向が十分活かされてないのよ」
Goo「基本的には、向こう見ずなメイド探偵ジェインの活躍ぶりをハラハラしながら楽しむべき本でしょう。こ
  れなんかドラマ化したら、きっと楽しいものになりますよ。じゃあ、次。「眼の壁」です。マーガレット・
  ミラーなんて久しぶりです」
Boo「ほーんと!「鉄の門」「狙った獣」「これより先怪物領域」……黄金時代の末期を飾る心理サスペンスの
  巨匠ってところかしら。そういえば、セイヤーズほどじゃないけど、この人も最近復刊が進んでいるわね」
Goo「そうそう。思うんですが、緻密な心理描写の積み重ねで人間の暗黒面を描いていく、この人の作品って、
  当時は新しすぎるくらい新しかったけど、いまの時代にはそれこそジャストフィットしてるんじゃないで
  すかね?」
Boo「そうかも知れないわね。ホラー的要素も強いし(もちろんスーパーナチュラルな要素は一切無いんだけど)。
  でも、ミラーは初めてという人にはちょっと進めにくい作品ね」
Goo「そうですねえ。タイトルだけはよく知られていたにも関わらず、これが本邦初訳。心待ちにしていたファ
  ンは多いと思うんですが……取りあえずアラスジ行きます。物語の中心となるのは、ある奇妙な財産家の家
  族。その家では交通事故で失明した娘が全財産を握り、家族全員に暴君として君臨している。娘を気づかい
  ながらもその暴君ぶりにイラだつ兄、姉、そして婚約者。緊張は徐々に高まり、やがて妹の不可解な「自殺
  事件」が起こる、と」
Boo「初期の作品だからね。後年の作品に比べると構成や描写に荒さが目立つし、そのせいか人物関係や物語の
  つながりが読み取りにくいのよ。読み慣れないとストーリィを追うのにも苦労するんじゃないかしら」
Goo「でも、ぼくは好きだなあ。詳細緻密な心理描写を積み重ねていくことで、うんざりするほどリアルな心理
  的葛藤を作り出し、つかみ所のない不安感を盛り上げていく独特の手法は、すでにこの作品で完成されてい
  るんじゃないかな。人間を描くだけで奇妙な「怖さ」を醸成していくこの手際!さすがです。そうそう、ラ
  ストで明かされる真犯人もかなり意外な人物でした」
Boo「ところがさぁ、なにぶん作品全体が厚い霧に覆われているような雰囲気なんで、ラストのどんでん返しに
  も明快な驚きがないわけよ。ついでに翻訳や校正の不手際が散見するのも気になるわね」
Goo「これは、小学館文庫ですか。頑張ってほしいものです。では、次はまた日本ものに戻って「セカンド・ヴォ
  イス」。作者の西浦一輝さんは第16回の横溝正史賞に佳作入選してデビューした方。一昨年のことだからデ
  ビュー2年目で、たしかこれが長篇3作目じゃなかったかな」
Boo「そう、だからまだ新人に近いと思うんだけど、それにしてはなかなか手慣れた書き振りだったわね」
Goo「ですよね!ぼくはこれ、けっこうクイクイ読んじゃいました。ホラー色の強いサスペンスという感じですが、
  悪くないと思います」
Boo「核になっているアイディアは、ごく小振りなネタなんだけどね〜」
Goo「う〜ん。まあ、まずはあらすじですね。主人公はレコード会社の敏腕ディレクター。彼が発掘した天才女性
  シンガーのデビューが直前になって延期され、CD発売を止めた主人公の上司がそのCDのマスターテープを
  聞いている最中に不審な死を遂げる。しかも、同じ歌を聴いた主人公の妻までが、奇妙な発作を起こして入院
  してしまう。不審を感じた主人公は女性シンガーの過去を調べるうち、未来を予言する奇妙な歌い手の伝説を
  聞きつける……」
Boo「繰り返しになるけど、中心になっているアイディアはそれほど驚くようなものではないわね」
Goo「そうですね。でも作者は新人らしからぬ手さばきで、そのアイディアを巧みに肉付けし、テンポよく読ませ
  てくれるって感じです」
Boo「そうねえ。新人の作としてはギリギリ及第点ってとこかしら。2年前にデビューした作家を新人と呼べると
  したら、の話だけど。それと終盤のコンサート会場でのクライマックスは、やはりいささか唐突。盛り上がり
  もいまひとつだし……。全ての伏線をここに収束させているのだから、ここのアクションは最大限のボルテー
  ジで盛り上げてほしかったわ」
Goo「さー次です。どんどん行きましょう。今度は歴史ミステリですね。「邪馬台国はどこですか?」。ぼくはコ
  レ好きなんですよ〜」
Boo「小さなバーで三人の歴史マニアが奇想天外な歴史談義を繰り広げる、という趣向の連作短編ね。要するにほ
  とんど会話だけで構成された、軽〜いタッチの馬鹿話集だわ」
Goo「まあ、馬鹿といえば馬鹿なんだけど……たとえば「釈迦は悟りなんかひらいてない」とか「邪馬台国は東北
  にあった」とか「聖徳太子は推古天皇だった」とか。そりゃもう本職の歴史家が読んだら、怒るどころか爆笑
  してしまうような珍説奇説ばかりでじっつに楽しいじゃないですか」
Boo「そうね〜。霞さんなんぞより、はるかに洗練された上出来なバカミスだといえるかも」
Goo「軽〜く常識をブッ飛ばしてくれる伸びやかさが、とてもいいじゃないですか。想像力を羽ばたかせることの
  愉しさがあふれてるって感じで」
Boo「そうねえ。屁理屈を捏ねあげていく過程を楽しむことができるヒトなら、楽しめるかも知れない。それにし
  ても作者は、この表題作で一昨年の創元推理短編賞の一時予選を通過したわけね。それで本になっちゃうんだ
  から強運の持ち主ね〜!」
Goo「栴檀は双葉より芳し!わかる編集者がいるんですよ、創元社には」
Boo「ちなみに「女性」らしいわね。そのヒトは」
Goo「ではでは。今月のラストは、今回一番の目玉「理由」です」
Boo「またしてもずいぶん前に出た作品を……宮部みゆきのでしょ?」
Goo「まあ、いいじゃないですか。優れた作品であることは確かなんだから」
Boo「キミ、Gooをいいたいばかりに、古い作品を引っ張り出してきてない?」
Goo「いえいえ。こういう作品をラストに持ってきてこそ、GooBooも引き引き締まるってもんです」
Boo「……なんだかわかんないんだよな〜」
Goo「超高層マンションで発生した一家惨殺事件を描いた作品なんですが、もちろん単なる犯人探しの謎解きでは
  ありません。実はその「一家」は住民台帳に登録された家族とは別の人たちで、しかも彼らは血のつながりさ
  えない、全くの他人同士だったという……。この不可解な、どことなく怖くなってくるような「謎」に隠され
  た現代社会の闇を描き出すことが、今回の作者の狙いだったわけですね。そのため、作者はジャーナリストが
  関係者にインタビューして作り上げた事件物のような文体・構成を採用しています。これが非常に効果的で…
  …ある意味ミステリ的な興趣を犠牲にしているわけですが、まるきりノンフィクションを読んでいるような、
  鬼気迫るリアリティが生まれたわけですね」
Boo「様々な関係者の証言が重ねられ、事件の顛末が重層的に描かれていくうち、「事件」は無数の、けっして単
  なる悪人ではない人間たちの、どうしようもない「理由」が交錯した所に生まれた悲劇であったことが見えて
  くる、という。……ここから現代日本の社会……とくに家族というシステムが直面する様々な問題を浮き彫り
  にしていく。そう、たしかに心憎いほどの巧さね。脱帽するしかないわ」
Goo「なんちゅうか、もはや大家の風格すら感じちゃういますよね。はっきりいって今回の、というより上半期の
  ベスト国産ミステリといっていいでしょう!」
Boo「う〜ん」
Goo「それとも他にタマがあるとでも?」
Boo「う〜ん、「レディ・ジョーカー」とかさ……」
Goo「高村さんのが上だと?」
Boo「う〜ん。そうはいわないけど、議論の余地はあるような……ま、いいや。どっちにしたって本格じゃないん
  だしさ……」
Goo「ちなみに「レディ」はぼくは未読です!」
Boo「キミね、大威張りでいうことじゃないでしょ?」
Goo「今後も読む気はないもーん!」
Boo「あ、壊れた」
 
 
#98年7月某日/某ロイヤルホストにて
 
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