首のない死体の問題
[The trial version]


 

 
【問題篇】
 
1.現場および遺体の状況-A
現場は東京近郊の高級住宅地のマンション“メゾン・ラフィット”3階302号室。田中明子方のバスルーム。湯が出しっぱなしにされたバスタブに遺体が浮かび、あふれ出た湯が床をぬらしていた。この水が漏れたため下の部屋の住人が連絡。管理人が夜11時頃、田中宅を訪ねて死体を発見した。
被害者は指紋・手術痕などから、現場の住人である田中明子さんであることが確認された。着衣は下着とバスローブのみ。遺体は全身を刃物でめった刺しにされ、頭部を切断された首無し死体だった。死因は失血死。死亡推定時刻は同日の午後8時頃から10時頃となっている。
バスルームに隣接した居間の調度が乱れ、血痕なども残されていたことから、殺害現場は居間で、犯人は頭部切断のため遺体をバスルームに運び込んだものと推定される。凶器の包丁も現場で発見され、被害者の持ち物であることが確認された。むろん指紋などは拭き取られていた。
 
2.現場および遺体の状況-B
当初、切断された田中さんの頭部は犯人が持ち去ったものと思われたが、意外に早く、捜査官が現場に到着して30分後には、“メゾン・ラフィット”の目と鼻の先で発見された。現場は小公園をはさんで“メゾン・ラフィット”と正対する位置にある小さな森のなか。これは自然林ではなく公園施設の一部として作られた森林遊歩道であり、頭部が発見されたのはその入口付近の草むらである。同地点は“メゾン・ラフィット”から直線距離にして30〜40m程度で、おそらく逃走途中の犯人が遺棄したものと思われる。
切り取られた頭部は歯の治療痕、血液型、先に発見された胴体部との切り口の比較から、田中明子さんのものと確認された。遺体の首は化粧をしておらず髪が湿っていたことから、湯上がりだったと推定される。かなり慌てて持ち出されたものらしく、数箇所に死後のものと思われる打撲傷が見られた。
また、奇妙なことに、遺体の口中にぎっしりと様々なモノが詰め込まれ、その口を塞ぐようにガムテープが貼り付けられていた。口中に詰め込まれていたのは、各種の硬貨、イルカ型のガラス製ペーパーウェイト、ガラス玉など。後の捜査で硬貨以外はすべて被害者宅にあったものと確認され、「詰め込み作業」は犯人が首を切断した際に施したと推定される。
 
-担当捜査官の会話1-
「新興宗教? カルト教団の儀式ってやつかね? いかにも、という感じではあるが」
「う〜ん、ぼくは知りませんねえ。専門家に問いあわせてみましたが、遺体の首を切って口にいろんなもの詰め込むなんてのは、聞いたことがないそうです」
「だからといって、ありえないとは言えんしな……。被害者自身は宗教関係はどうだったんだ?」
「その点では友人や同僚から参考になる話は聞けてません。自宅にもそうしたことを伺わせる物は見つかってないし、およそ信心とは無関係の暮らしぶりだったそうです。……狂人がやったこと、なんじゃないですか」
「首はおまえが発見したんだったな?」
「ええ……かなり異様な光景でしたよ。害者は写真などから見ると細面の美人ですが、その顔が真ん丸に見えるくらい口が膨らんでいたんです。そのまわりには一本の三つ編みに編んだ長い髪が、蛇のようにとぐろを巻いていて……不気味ったらありゃしません」
「ふむ。狂人がやったことにせよ、そこにはなんらかの理由があるはずだ。狂気の論理ってやつがな」            
 
3.被害者の生活状況
被害者の田中明子(29歳)は銀座の高級クラブ「ロシナンテ」に“あけみ”の源氏名でホステスとして勤務。同店の客を中心につねに複数の男性関係があり、生活ぶりもかなり派手だった。だが店の経営はかなり逼迫しており、被害者は店をやめて結婚することを考えていた、との証言が同僚からあった。被害者が相手として考えていたのは、交際歴がもっと長く、被害者のマンションの持ち主である鬼瓦権一と思われるが、鬼瓦の妻との離婚交渉が難航しているため、苛立ち焦っていた様子である。
なお、事件当日は「ロシナンテ」が小規模な改装を行うためホステスは全員休んでおり、被害者も一日自宅にいたらしい。
 
4.被害者の交友関係
被害者が現時点で親しく交際し、日常的に被害者の部屋に出入りしていた男性は下記の4人が確認されており、うち目黒、大塚、田町の3人が“メゾン・ラフィット”の住人である。これは被害者が“メゾン・ラフィット”の住人にも誰彼なく声をかけ、店に誘っていたためである。被害者と関係があった4人の男性は以下の通り。
●鬼瓦権一(48歳)建設会社「(株)蛸部屋」経営。妻と別居中で離婚成立次第、被害者と結婚する予定だったと証言。当日は午後8時から30分ほど害者宅を訪問したが、打ちあわせの予定が合ったためすぐ引き上げたとのこと。  
●目黒雄介(39歳)美容室「葉茶芽茶」経営。独身。被害者とは結婚の約束を交わしていたと証言。当日は午後9時半頃から週末の日課であるボーリングに行った。
●大塚 肇(32歳)製薬会社「(株)役外本舗」勤務。独身。被害者とは幼なじみで、引っ越してきて再会した。当日は昼間、故郷から妹が遊びに来たので一日外で遊び、疲れたので、夜は外出しなかったとのこと。      
●田町伸一郎(36歳)スタジオ・ミュージシャン。独身。録音の仕事の徹夜明けだったため夕方近くまで自宅で就寝。食事は店屋物で済ませて、10時頃再びスタジオへ。当日、被害者には電話もしていないとのこと。       
 
-担当捜査官の会話2-
「鬼瓦?……あの鬼瓦権三の兄弟か」
「そうです、8月に千葉のマンションで転落死した鬼瓦権三の兄なんですよ。しかも3つ子なんだそうです。まあ、前科はないんですが、影じゃかなりあくどいことをやってるって噂です」
「ほう……三つ子ね。するともう一人、たぶん権二って名前の兄弟がいるはずだな」
「ええ。こいつは権三同様に前科持ちなんですが、今のところ所在がつかめていません。写真で見たかぎりでは、権一と瓜二つ、いや瓜三つですね」
「同じ顔をもつ3兄弟か……気になるな。それから害者の幼なじみというこの男、水漏れがしてると管理人に知らせたのもこいつだったな。彼はただの会社員なのか?」
「大塚ですね。いや、彼はスポーツで入社したんですよ」
「スポーツ?」
「ええ。昔インターハイで優勝した陸上選手なんだそうで。だから平日も練習に明け暮れてるようですね」
「特別扱いか。それにしたって、独身サラリーマンにあのマンションは広すぎないか」
「社長が投資用に買ったのを会社が社宅扱いで借り上げ、社員に貸してるんです。典型的な税金逃れですね。広いから相部屋ですよ。あの日は同室の人間は泊まりがけで外出してたそうですが」
「なるほどな。しかし……どうやら4人とも、犯行時刻の前後にはっきりしたアリバイはないようだな」
「そうです。まあ、全員独り暮らしだし時間が時間ですから、アリバイなんてある方が不思議かも知れませんね」
「あの晩、外出したのは目黒と田町の2人か。鬼瓦も出入りしてたんだよな。目撃者はいるのか」
「ええ、管理人の爺さんがバッチリ見てます。マンション入口のすぐ脇に管理人室が。あそこから入口はすっかり見通せるんですよ」
「当てになるのかね、その爺さんの証言は」
「元警官だそうで、しっかりしたもんでしたよ。調書はこれです」
 
5.管理人の証言
はい、間違いありません。あの晩は7時半くらいに食事をして、8時前からずっと管理人室に詰めておりました。そりゃあ、ずっと入口を見つめてたわけじゃありませんが、あれだけ大きな窓ですから、誰かが通れば気が付きます。トイレにもたちませんでしたし。ええ、通ったのは顔見知りの方だけです。
まず鬼瓦さんが9時前に出ていかれました。住人じゃありませんが、始終いらっしゃるし……あの部屋のオーナーさんですからね。鬼瓦さんは、大きなボストンバッグを下げてましたな。商売道具が入ってるんじゃありませんか? いつもお持ちですよ。鬼瓦さんがいらっしゃるところは見ていません。わしが食事してる間においでになったんじゃないでしょうか。
で、次が来々軒の出前持ち。これは田町さんの注文だったようです。9時前のことで、料理を届けてすぐ帰りました。ええ、顔見知りです。それから9時半頃、マイボールを入れたカバンをもって、目黒さんが出かけられました。夜中のボーリングは、あの人の習慣なんですよ。週末になると必ず行ってらっしゃることは、ウチの住人なら皆さん知ってると思います。実際、かなりお上手なようで、なにかの大会で優勝した時のトロフィーを見せていただいたこともあります。
それから30分くらいして田町さんがギターケースを抱えて通っていかれました。これから仕事だって、ボヤいてましたよ。ああしたお仕事は時間が不規則で大変ですな。ええ、三人ともどこといって不審な様子はなかったと思いますが……。
で、11時になってもう寝ようかと思ったら、大塚さんが水漏れがしてるといってきたんです。電話でなく直接管理人室においでに。すぐ田中さんに電話したんですが誰も出ないんで、大塚さんと二人で上がっていって「あれ」を見つけたわけで。
非常口と非常階段? ああ、ありますよ。たしかに内側からなら開きます。そこから誰かが抜け出した可能性ですか。う〜ん……実はね。先週からあれ、故障してて。いや、早く直さなければと思っていたんですが、つい雑事に取り紛れて。だから今は内からも外からも開かない状態で。住人には知らせてあります。ええ、早速直しておきますよ。
大塚さんは夕方4時頃妹さんと2人で戻ってからは、水漏れの件で降りてらっしゃるまで顔を見ませんでしたね。その妹さんも夕方6時前には帰られましたし。「おじさん、失礼します」なんて、私にまで挨拶してくれて、いい娘さんですよ。そういえば殺された田中さんもあの日はまったく顔を見ませんでした。いつもでしたら、夕方6時頃、お出かけになるんですが。
 
6.捜査の状況
現場から金品が盗まれた様子もないこと。被害者が湯上がりのバスローブ姿で犯人を迎えていることなどから、警察では早い段階から顔見知りの犯行と断定。被害者の男性関係・交友関係を中心に捜査を進め、アリバイなどによって容疑者を絞り込んだ結果、前述の4名の名前が上がった。
が、捜査はここで膠着状態に陥った。当局では新たな物証・目撃者の発見に力を注ぐとともに、容疑者に執拗な尋問を繰り返したが、新たな発見は得られていない。
 
-担当捜査官の会話3-
「夜中に遊べるボーリング場なんてものがあるのかね」
「最近は結構多いんですよ。目黒が行ってるのはマンションからクルマで10分程のところにあるボーリング場で、当日やつが来ていたのはむろん確認済みです」「その日の目黒のスコアは?」
「あまりよくなかったみたいですね。いや、普通の人に比べれば大したもんなんですが、普段の彼はプロなみだそうですから」
「ふむ。もしやつが犯人なら犯行直後で動揺していて、ボーリングどころじゃなかったのかも知れんな」
「そんなヤワな神経の持ち主には見えませんよ」
「じゃあ、ほかにスコアが悪くなった理由なんてものがあったというのかね」
「ええ、たとえば……」
「まあいい……それより大塚の妹の証言は取れたのか」
「ええ、内容的にもほぼ大塚や管理人のじいさんの話と一致しています」
「まあ、妹の証言だからな。信憑性という点ではいまいちというところか」
「う〜ん、嘘つく娘には見えませんでしたよ。今どき珍しい清純派っていうか、髪なんか今どき珍しい田舎の高校生って感じの三つ編みで。子供の頃は大塚に結ってもらってたんだそうです」
「なるほどね、妹思いの兄ってわけだ。……それから、田町が行ったとかいう仕事先は?」
「都内の録音スタジオでした。レコーディングだったそうです」
「時間的な問題は辻褄が合ってるのか?」
「そうですね、ちょっと時間がかかりすぎている気がしないでもありませんが、週末の都内へ行くんじゃこんなものでしょう」
「ふむ。まあいい……周辺の捜索と聞き込みをもう一度やってみよう。なに、逮捕することこそできんが、犯人はわかっているんだ。じっくり追いつめるさ……」
 
【幕間 あるいは読者への挑戦】
 
さて、ではここで、例によっていつものアレをやらせていただきます。
 
わたくしMAQは、読者の皆さまに挑戦いたします。
 
1 田中明子を殺害し、その首を切断したのは誰か?   
2 犯人は、なぜ首を切断し、持ちだす必要があったのか?
3 犯人が被害者の首に施した「作業」の意味は何か?  
 
以上の3点についてお答え下さい。
 
もちろん、あなたの解答がぼくの用意したそれと違っていても、
謎が論理的に解明されていれば正解といたしますのでご安心ください。
※ただし宇宙人・怪物・幽霊の類いは除きます。
 
 
 
【解答の仕方】
 
●正解を得たと確信された方は、メールにてMAQにお答えをお送りください。
●例によって、解答に掲示板を使うことはご遠慮下さい。
●もちろん「ぜんぜんわかんないぞ!」あるいは「わかちゃったも〜ん!宣言」のみの掲示板へのカキコは歓迎いたします。
●みごと正解された方には……別に賞品は出ませんが、JUNK LAND内「名探偵の殿堂」にその名を刻し、永くその栄誉を讚えたいと思います。
●解決編は隠しページとしてアップします。「正解者」および「ギブアップ宣言者」にのみ、メールにてそのURLをお伝えします。
●「ギブアップ宣言」は、掲示板/BOARDに「ギブアップ宣言」とお書き下さい。MAQがチェック次第、解決篇のURLをお教えします。
●なお、これでもまだわからないあなたへ……困りましたね。では、これだけはどうしても知りたい!というポイントがあれば、掲示板に質問をどうぞ。差し支えない範囲でお答えします。
 
ではでは。名探偵「志願」の皆さまの健闘をお祈りします。
 
 


 
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