不吉なるメモの問題
 
By YABU


【問題篇


登場人物
 
薮 康司:姓名診断士。兄はプロ野球選手。
中山洋子:元教師。薮の恋人。
片山中学3年1組生徒:40人+転校生1人(卒業した生徒32人 死亡した生徒 9人)
 
 テレビではオウム真理教の元(?)教祖の裁判の経過を報道していた。
 今となってはとんでもないブタ野郎にしか見えないこの男に、どうしてあれだけの人間が狂信的についていき、今でも信じている人達がいるのだろう。
 集団を作る、集団の中でしか存在できない、そんな行動をどうしても理解できない俺はテレビの画面からノートパソコンの液晶画面へと視線を移した。
 MAQさんもしつこいな。やっぱり流水大説に拘ってるんだ
 俺は毎日欠かさず見ているMAQさん主催の"JUNK LAND"というHPをチェックしているところだった。このHPの売り物の一つは毎日更新されるトップページである。書かれる内容は雑多のものだが、一昨日からは自分はどの様にすれば流水大説を楽しめるかという話を語っている。
 あまり流水大説に興味のない俺はおざなりに目を通すと、うーんと伸びをしながら畳の上に寝転がった。その時、俺の手が本棚の端に置いてあるちょっと厚めのアルバムを叩いた。俺は何気なくそのアルバムを手に取っていた。
 そういえば、今の学校は流水大説ならぬホラー小説みたいなもんだな。俺なんかじゃ想像も出来ないような行動をするガキ達が、毎日事件を起こしている。でも、その原因は大人にあると俺は思う。毎日毎日、大人達に勉強しろと言われながら、当の大人達は恥知らずな行動を見せつける。これじゃ、大人なんて無視して自分達だけの世界に閉じこもっても不思議じゃないよ。
 俺が見付けたアルバムは、どうやら洋子が教師として赴任していた学校の卒業アルバムのようだった。生徒の容貌を見た感じでは中学校だろう。洋子を真中にして、向かって右側に男子生徒が、左側に女子生徒が4人ずつ4列で並んでいる。写真の下には全員の名前が記されていた。俺の目は自然と女生徒の方に流れていき、名前と顔を順番に見比べていた。
 
 貴志夏海、静川美亜、貴堂よし乃、宇佐美沙耶、矢崎翼
 
 なんだ、男か
 女の子と思っていたが矢崎翼は男だった。田舎の中学であればどこにでもいそうな垢抜け無い顔が少し太り気味の体の上にのっていた。
「何見てるの?」
 台所でお茶の用意をしていた洋子が戻ってきて、声をかけてきた。
「卒業アルバムみたいだけど。どこの学校かなあ?」
 俺は見ていたアルバムを洋子の方に差し出した。そのアルバムを見た途端、洋子の表情が暗くなっていた。
「これは片山中学っていう、岐阜県と長野県の県境近くにある小さい中学校よ。私が教師として最後に勤めた学校なの……」
「へえ、そうなんだ。それじゃ思い出深いんじゃない?」
「嫌な意味でね。今でも心に引っかかり続けている思い出を残してくれた学校だわ」
洋子は少しむっとした調子で答えた。
「どういうことなんだい。そう言えば、洋子が教師を辞めた理由って聞いてなかったな。この学校で何かあったってこと?」
 俺の問い掛けにしばらくの間、洋子は答えなかった。自分の目の前に置かれたお茶を一口くちに含むと、重い口を開いた。
「次の頁辺りに、新聞の切り抜きが挟まってると思うんだけど」
 洋子が差し出したアルバムを受け取った俺は、次の頁を開いてみた。そこには洋子の言う通り、少し古臭い匂いのする新聞記事の切り抜きが2枚挟まっていた。その新聞記事は地方新聞の社会面に掲載された記事のようだった。かさつく新聞記事を手に取ると、俺は順番に目を通し始めた。
 
四日の午後6時頃、片山中学校において屋上から女生徒が飛び降り、死亡した。死んだ女生徒は同校の生徒である由比幸子さん(15)とみられる。花壇の方で大きな音がしたのを不審に思った生徒が幸子さんを発見、警察に通報した。事件発生時、同校には複数の生徒が残っていたが、幸子さんが飛び降りる現場を目撃した者は出て来ていない模様。警察では目撃者の発見に全力を傾けている。
 
 俺は新聞記事から目を離すと、アルバムに目を戻した。よく見てみると写真の左上隅に、円く囲まれて顔だけになっている生徒が9人もいた。少し驚いた俺は洋子に問い掛けていた。
「9人も生徒が亡くなったってこと?」
「そう。それも3学年の1年間の間にね……」
 その答えを聞いたことで始めて俺の心に洋子の言葉を聞き逃すまいという思いが湧き上がってきた。そんな俺の気持ちをはぐらかすように洋子の沈鬱な言葉が続いた。
「もう一つの記事も読んでみて」
 
十三日未明に片山中学の生徒8人の遺体が行止淵に浮かんでいるのが、同校教師によって発見された。死亡した生徒の氏名は、石川也美さん(14)・大石恵子さん(15)・近藤健哉さん(15)・河野敏樹さん(15)・田所舞子さん(14)・南原三樹男さん(14)・皆川亮太さん(15)・矢部沙里菜さん(15)。いずれも死因は溺死であり、ダムの放水により増水した川の流れに足をとられたものと見られる。ダムの放水が開始される前にサイレンによる警告は行われたが、当日町は秋祭りの真っ最中であり、打ち上げ花火の音などでサイレンが聞こえなかったものと思われる。
 
 この2つの記事からは、9人の生徒はそれぞれ自殺や事故によって亡くなったと思われた。それだけでも、担任をしていた洋子にとっては教師を辞めたくなる程の大きな痛手だったかもしれない。でも……彼女の態度に現れている陰鬱さは更に大きなもののように俺には感じられた。
「自殺と事故だったんだな?」
「私も今ではそう思っている……でも、当時の私はそう思い込みたかっただけだったんだと思う。この不吉な紙切れが私にはどうにも引っかかっていたの」
 洋子はそう言って、俺の手からアルバムを奪うと、最後の頁に挟んであった紙切れを俺に手渡した。
 
我らがRingの絆 何物にも変え難し
 
 文章全体が赤いボールペンで殴り書きの如く乱暴に書かれており、書いた者の悪意が圧倒的な圧力を持って読む者に迫ってきた。
「これはどこから?」
「由比さんが教室に残していたノートの間からなの。同じものが、川で溺れて死んだ石川さんのズボンのポケットからも見付かったわ。そっちは水に濡れてボロボロになる寸前だったから、今は残ってはいないけど」
 俺は紙切れを見ながら、じっと考え込んでいた。
「片山中学校がある片山町は被差別部落なのよ。豊臣家に仕えていた下級武士達が徳川幕府によって下級階級に貶められ、彼の地に集められたらしいのね」
 洋子はぽつぽつと話し始めた。
「町全体が凄く閉鎖的で、外では見られないような独特の雰囲気を作りあげているのよ。その中でも、私が担任をしてた片山中学の3年は特別だったわ。大きな町なんだけど、そんなに子供が居る訳じゃないから1学年1クラスなの。小、中学校のみならず幼稚園の頃から、ずっと同じ顔ぶれで過して来ているの。単にそれだけなら外の学年だって同じなんだけど、この学年には有働陽子がいたのよね」
「その子がどうしたと言うんだい」
「俗な言い方しかできないんだけど、容姿端麗、才色兼備。何をやらせても抜群の成績でこなせば、下手なアイドルなんて足元にも及ばない美少女で、人当たりもいい。まさに流行りの言葉で言えば、カリスマだったのよ」
 俺はアルバムの写真に目を落とし、有働陽子という名前を探した。
 
 能勢真美、尾崎久江、有働陽子
 
 居た
 洋子の言う通り、有働陽子はずば抜けて目立っていた。
 これは、これは
「占いが趣味だったりとか、普通の女の子な一面も持っていたんだけど、ほとんど完璧よね。彼女の存在によって、この学年の子供達は異様な程の一体感を持っていたのよ。そうそう、こんな話があったわ。彼らが小学校を卒業する時、卒業文集を作ったの」
「ああ、みんな作るよな」
「その中で、一番大切なものを書く欄があったのね。彼らは皆、そこに一つの意味の言葉を書いたのよ。何だと思う?」
俺は心を軽く羽でこすられたような不快感を感じながら答えた。
「いや、分からないな」
「友達とか仲間とか。あとは級友とか、友情。とにかくそんな言葉を皆が書いたの。凄いと思わない?」
「確かに……な」
 俺が感じている凄さと洋子が感じている凄さの間には底無しの闇がひろがっている。
「その言葉通り、3学年の1学期当初までは本当に皆が仲良くやっていたわ。それが夏前に起こったある事件をきっかけに少しずつ崩れ始めたの。その事件に関係していたのが由比さん、事件が起こった時は近藤幸子さんだったけど。それと根木治君だったの」
「その事件っていうのは、どんな事件なんだい?」
「それがね……」
 
  片山町はごくごく狭く小さな社会を形成していた。その社会の中では、例え近代日本社会の中で目立たなくなりつつある行為であっても、大きさ騒ぎを起す場合が多くあった。
 近藤康雄と根木百合による不倫の末の駆け落ちは、残された者達に様々な影を落としていった。
 近藤康雄が属していた近藤家は片山町の中では3本の指に入る資産家だった。残りの2つは皆川家と鎌田家である。この3つの家には、それぞれ幸子、亮太、義人という同学年の子供がいることもあって、ここの所一段と良い関係が続いていた。
 その近藤家の跡取り息子が不倫の末に駆け落ちした。康雄の父親であり、現在の近藤家当主でもある弥太郎は抑えきれない怒りのやり場に困っていた。他の2家を圧していると自負していた弥太郎の面子が丸つぶれにされてしまったのである。
 そして、その怒りの矛先は残された妻と子供に向けられることになった。弥太郎は残された妻を康雄と離婚させ、子供共々手切れ金の一つも持たせずに近藤家から追い出したのである。夫の不倫は妻の責任でもあるという名目である。近藤家を追い出された妻の君江は旧姓の由比君江に戻り、娘の幸子と共につつましやかな生活を強いられることとなった。
 一方、相手の根木家に対しては、それまで行っていた店への資金援助を打ち切るという手段に出たのだった。そのショックもあって、残された夫である俊彦は寝込みがちな生活を送る羽目になってしまった。
 そんな中で、根木家の息子である治は近藤康雄が母親を誘惑したと思い込み、日毎に残された由比君江と幸子に対する鬱屈した想いを溜め込んでいったのであった。
 そんなごたごたした日々から1週間ばかりが過ぎた頃、その日がやってきたのである。
 
「今日は早目に帰ろうかな」
 私は3年生の補習で使った資料の整理を終えると、同僚の先生達に挨拶をして職員室を出ていった。
 普段は真っ直ぐ帰る私が、その日ばかりは自分のクラスの教室を覗く気になったのは、ここ最近のクラスの雰囲気がどうにも落ち着かないせいであった。根木治が由比幸子に対して向ける敵愾心がクラス全体に波及しているようであった。
 教室の前まできた私の耳に、数人の生徒の笑い声が聞こえてきた。私はそっとドアを開けると、教室の隅に4人の生徒が机を囲み、残った3人の生徒が後ろから覗き込んでいる様子が目に入った。生徒達が何をやっているのか察した私は、生徒達の背後にそっと近付いていった。
「こらっ。知念龍、本並吾郎、戸田博、宇野美子、竜胆幸恵、岬美穂、矢ヶ崎茜!」
 私が一人一人の生徒の名前を呼ぶと、生徒達の背筋が順番に伸びていった。
「教室でそんなことしてちゃ、ダメじゃない」
 私はことさらにきつめの表情を作って、生徒達と向かい合っていた。彼らはどこか落ち着きのない表情を浮かべながら、頭を下げた。
「すいませんでした。でも……先生もやりませんか?」
 お調子者で通っている本並君が誘いをかけてきた。
「そうねえ。私も好きなのよねえ。昔はちょっとしたものだったのよ」
「それじゃ、お手並みを見せて下さいよ、せんせ」
 矢ヶ崎さんがすかさず相の手をいれてきた。
「それじゃ半荘だけ。って言うわけないでしょ。まったく」
 私は手を振り上げるゼスチャーを見せながらも、顔は笑っていた。
「そりゃそうですよね。すいませんでした。もう帰ります」
 本並君の言葉を機に、生徒達はそれぞれの持ち物を鞄にしまい始めた。私が視線を窓の外に移すと、6人の生徒が三角ベースボールをしている姿が目に入った。
「あなた達も麻雀なんかやってないで、権藤君や江藤君みたいにスポーツでもやればいいじゃない?」
「潔と信也は野球バカだから。あいつらと一緒にしないで欲しいですね。僕はあくまで知的ゲームとしての麻雀を楽しんでいるですから」
 銀縁眼鏡のズレを直しながら知念君が答えた。
「はい、結構結構」
 理屈の言い合いでは分が悪い知念君に対する時、さっさと降参することにしている私は今回も早々に折れていた。
「ところで、由比さんはもう帰ったのかしら?」
 最近、悩んでいる風の由比さんのことが気になっていた私は何気なく尋ねていた。しかし、その何気ない私の問いが生徒達の間で押し隠されていた不安を表に引き出してしまったようだった。さりげなく表情を見交わした生徒達の中から岬さんが代表のように口を開いた。
「由比さんなら、少し前に屋上の方に向かって歩いていました」
 屋上という言葉に生徒達の不安を感じた気がした私は、無理に微笑を浮かべようとしていた。
「そう……ありがと」
「根木君の姿は見ていません」
 今、この場に留まっている不安が共通のものであることを認識させられたような気分だった。
 このところの根木治の様子は目に見えておかしかった。それは火山の地下で溜まっているマグマのように、根木の心の中では抑圧された想いが煮え滾っているようだった。
 その時だった。
 雷が落ちた時の様な凄まじい轟音が耳朶を打った。
 私は思わず視線を空へとやっていた。しかし、当然のことながら空は一面澄み渡っており雷のかの字も見当たらない。
 校庭で三角ベースボールをやっていた生徒達の中から、江田伸行、新野隆、青山一郎の3人が校舎の裏手の方に走っていくのが視線の隅を掠めた。
 教室内の生徒達は余計に騒ぐことはなかったが、お互いに視線を見交わし、じっと立ち竦んでいた。
 私は自分の中の弱気を吹き飛ばすために、少し大きめの声を出した。
「あの音、どっちから聞こえてきたと思う?」
本並君が素早く答える。
「校舎の裏手の方じゃないですか」
「やっぱりそうよね。よし、行ってみましょう」
 私は真っ先に教室を出ると、校舎の裏手に向かって廊下を右に折れていった。
 私が校舎の裏手に着いた時には、校庭から向かった3人の生徒が得体の知れない黒い物体の周りを取り囲んでいた。私は3人の間に割って入り、物体を視界に納めた。それは黒いセーラー服を着込んだ女生徒だった。首があらぬ方向を向いており、確かめるまでもなく即死であると思われた。しかし、私は念の為脈をみて、即死であることを確認した。
 幸子さん……
 最悪の事態が起こったことを感じた私は、動きを止めて死体に見入っていた。すると、背後でドサッという音が聞こえてきた。先程の音とは比べものにならないくらいの小さな音ではあったが、ドキッとした私は背後を振り返った。
「木塚君」
「雅樹、大丈夫か?」
 遅れてやってきた生徒の一人が死体を見て倒れたようだった。途端にざわざわと生徒達が騒ぎ始め、私自身も頭の回路がオーバーヒート気味になっていた。そこに、静かでいながら凛とした響きを持った声が聞こえてきた。
「皆さん、落ち着いて下さい」
 どこにいたのか。いつの間にか、有働陽子の姿がその場に現れていた。陽子の姿が見えた途端に生徒達の動揺は波の様に引いていった。そこにいるだけで人を従わせるオーラ。彼女にはそんな力が備わっているのであった。
「男子の何人かで木塚君を保健室まで運んで下さい。先生、木塚君を診て下さいますね?」
 同じ名前を持つその少女に気圧されながらも、我に返った私はしっかりとした声で返事を返した。
「分かったわ。あと、誰か校長先生に連絡に行って。この場はこのままにしておくのよ。陽子さん、任せて大丈夫よね?」
「はい、大丈夫です。先生達が来るまで、このままの状態にしておきます」
 周りにいる生徒達の表情を疑うと、なんとも頼もしい落ち着いた表情を見せていた。有働さんに任せておけば一安心と思った私は、木塚君を抱えて保健室に向かった生徒達の後を追って走り出した。
 途中、廊下を反対側から走ってきた佐藤君と石川さんが何が起こったのか聞いてきたが、後にしてと一言答え、私達は保健室へと急いだ。
 保健室に入った私は、まずベッドのシーツの乱れを直し、木塚君をベッドの上に寝かせた。そして、脈拍を確認し、冷やしてきたタオルを額に乗せて、ようやく落ち着くことが出来た。
「真一はあの音聞いたか?」
「也実と佐藤君はどこにいたの?」
「俺達はここに居たんだけど。で、あれは何だったんだよ?」
「由比さんが飛び降りたんだ。それを見て、木塚のやつがぶっ倒れたってわけ」
「ええ、そうなの。どうしよう……」
 新たに加わった2人の生徒に対して、他の生徒達が事情を説明する声が聞こえてきた。落ち着いてきた私の頭に一つの点が引っかかった。
「ねえ、佐藤君と石川さんはここに居たって言ったわね?」
「はい」
 片山町には珍しい遊び人的性格を持ち合わせた佐藤君が、私の方をまじまじと見詰めて答えた。既に数人の大人の女性との関係が噂される−しかも密かに自分から言い触らしているとか−彼の切れ長な目で見詰められると、私でも変になってしまいそうな時があった。しかし、今はそれどころではない。
「由比さんが屋上にあがっていくのを見た?」
「はい。見ました。僕と石川さんが屋上から降りてくる時に、廊下で由比さんとすれ違いました」
 佐藤君はそう言いながら耳元にかかるストレートヘアをさりげなく整えていた。自分の魅力を十二分に知り尽くした男の仕草だった。
「そう、あなた達は屋上からここに降りてきたのね。その時、屋上に誰か居た?」
「いいえ、いませんでした。なあ?」
「うん。いなかったわよねえ」
 石川さんは熱っぽい眼で佐藤君の方を見詰めながら答えてきた。
 私がこんな質問をしたのは、屋上にあがる階段の入り口に行くためには、必ずこの保健室の前を通る必要があったからであった。屋上に向かう人がいた場合、保健室の中にいる人が気付かないことはないのである。
「あなた達、ここにどれぐらい居たの?」
「30分くらいですう」石川さんが鼻にかかった声で答えた。
「その間、誰か前の廊下を通った?」
 2人は顔を見合わせた後、声を揃えて答えた。
「いえ、誰も通ってません」
「ほんとに?」
「はい」
 私は一瞬間を置いてから、もう一度尋ねた。
「ほんとに誰も通らなかったのね?」
 佐藤君は少し顔を赤らめながら、怒ったような口調で反論してきた。
「通ってません。僕の言うことを疑うんですか、先生」
「いえ、そういう訳じゃないんだけど」
「先生、早く戻ったほうがいいんじゃないですか。あそこを有働さんに任せっ放しっていうのも問題なんじゃないですか」
「そうだったわ。誰か木塚君の傍にいてあげて。私は向こうを見てくるわね」
 生徒の言葉に促された私は保健室を出て、再び校舎の裏手の方に向かった。歩きながらも私の中では、どうしてあんなにしつこく屋上に人がいなかったことを確認したのか、という疑問を自分に問い掛けていた。
 その問いに自分が答えていた。
 屋上に誰もいなかったってことは自殺よね。決して根木君は関係してないわよね……
 
「その時は自殺だと思ってたんだ」
 洋子の長い話をメモを取りながら聞いていた俺は、久しぶりに言葉を発した。
「そう思いたかったんだと思う。根木君がどうかしたとは思いたくなかったし。でもね、私が感じていた由比さんは芯の強い子で生命力のある子だったわ。そんな子が自殺するなんて、という思いはあったの。その後、由比さんの荷物の中からこの紙切れを見つけたでしょ。また訳が分からなくなってしまったの」
「ふーん、そっか」
 洋子はお茶で喉を湿らせ一呼吸置くと、続きを話し始めた。
「だけど、そうは言っても佐藤君と石川さんが嘘の証言をしたとでも思わないと、由比さんが殺された訳はないはずなのよ。他の生徒に聞いても、あの時現場にいた生徒達以外の誰かを見たという話は聞けなかったし」
「それじゃ、自殺と考えるしかないな。動機も、まあ納得出来るし」
「そうなの。ほんとに申し訳無いんだけど、由比さんの死でクラスの雰囲気も昔の雰囲気に戻っていったわ。それこそ、殺伐としていたのが嘘のようにね。だから、これ以上蒸し返したくはなかったの」
 俺はうん、うんと頷いていた。
「でも、そんな中で8人が溺れ死んでしまったんだね」
「そうなの。あれは有働さんの従姉妹にあたる伊藤咲さんが転校してきてすぐの町の秋祭りの夜だった。この日ばかりは、人口1万人程の片山町中の町民が祭りに繰り出すような盛り上がりなのね。授業の後、皆そろって祭りに行くはずだったんだけど、私は試験の点数付けが予定よりも遅れていて祭り会場に行くのが遅くなってしまったの。で、私がようやく会場に着いた時に、死んだ8人の姿が見えないって誰ともなく騒ぎ始めて」
「その8人っていうのは、ずっと一緒に行動していたのか?」
「そうみたい。最初の内は誰もきちんとした話も出来ない感じだったんだけど、皆を有働さんがうまくまとめてくれて、徐々に話が見え始めたの。そしたら、青山君が普段は人が行かない行止淵に続く小道の方に8人が歩いていくのを見たって。他にも何人かの生徒が、自分も見たって言い出したの。私達は急いで小道の方に向かったわ。小道の入り口の地面を見てみると、何十人分もの足跡が入り乱れていた。嫌な気分を感じながら淵に辿り着いた私の目の前に……信じられなかった」
 自分の教え子の内、8人もの人間が一度に死んでいるのを目にした彼女の気持ちを想像することは困難だった。ただ、とてつもない驚愕の牙が彼女の心に噛みついたことだけは確かだったろう。
「その行止淵っていうのは普段から危険な場所なの?」
「河岸から数歩入ったところで急激に深くなっている場所で、河岸自体も崩れ易くなっていて、危険だと言われていた所だったわ。ましてや、あの日はダムの放水によって水嵩が増えていたから、普段の地形と変わっていたと思うの」
「それで足を滑らせたり何とかして溺れた、という訳かい。それにしても一度に8人は多くないか?」
「私もそう思ったわ。でも、あの8人以外に誰かが行止淵の方に向かっているのを目撃した人もいなかったし。何より、彼ら8人が自殺する理由も、ましてや殺される理由も分からなかったの」
「それにしてもさ。どうして、8人がそんな場所に行ったのかも分からないし。例の紙切れの2枚目も見付かったんだろ。あの不吉な感じのする」
「あれも結局は、当時流行っていた『リング』って小説の名前を使った遊びみたいなものだったって。あれって、ビデオの内容を次の人に見せていかなければいけないとかいうシチュエーションを持っていたじゃない?そのシチュエーションと”リング”という言葉を使った悪ふざけをやっていたことを一部の生徒たちが認めたの。だから、もういいのよ……忘れることにしたの」
 俺は洋子の言葉に当然納得することは出来なかったが、彼女の気持ちが分からない訳ではなかった。
「今の話を聞いてるだけじゃ、洋子にはどうしようも出来なかったことばっかりじゃない。あんまり気に病むことはないと思うけど」
「確かにそうだとも言えるわ。でもね……理由はどうあれ私が担任をしていた生徒9人が死んでしまったのよ。1年間でよ。そんなことって他に聞いたことある。私はきいたことはないわ」
「俺だって……聞いたことはないけど……」
「そうでしょ、私の責任とは言えないかもしれない。でも、私の責任なんだと思うわ。だって、私は彼らの先生だったんだもの……」
 彼女がどれだけ先生という仕事に誇りを持っていたのか、俺は痛い程感じることが出来た。
「それに動揺している私をよそに、クラス全体は割合平静だったわ。変なパニックも起こらずにね。でも……それは私の力じゃないの。有働さんが学級委員長として、クラスをうまくまとめてくれたからなのよ。そう、そうなのよ……」
 俺はただ洋子の顔を見つめるしかなかった。
「ごめん。ちょっと洗い物してくるね」
 心なしか涙ぐんだような声で言うと、洋子は台所へ入っていった。
 洋子にかける言葉が思いつかなかった俺は卒業アルバムを見るともなしに見ていた。
 
 陣内さゆり、三井朋江、江藤愛、新野さやか、皆川亮太、村井良夫、小菅銀次、小林大吾……
 
 洋子にかけるべき言葉を懸命に捻り出そうとすればする程、陰惨な出来事へと思考が引っ張られてしまい、良い言葉が浮かんでくるべくもなかった。
 俺は別のことを考えるようにしようと思い、再びノートPCに視線を戻すと、"SCRIBBLING on the wall"と書かれた一文をクリックした。すると、画面が切り替わり掲示板が現れた。そこに書かれたコメントを俺は何気なしに眺め始めた。
 
火よ燃えろ! 投稿者:YABU 投稿日:04月16日(日)17時30分28秒
カーター・ディクスン
>MAQさま
"JDC"と書いて、"John Dickson Carr"を思う人と"Japan Detective Club"を思う人。
どっちが多いんですかねぇ。絶対数はやっぱ"Japan Detective Club"ですかねぇ(泣)
 
蝋人形館の殺人 投稿者:MAQ 投稿日:04月16日(日)20時19分11秒
カーマニアのYABUさんに敬意を表して、カーで続けたら……
ありゃりゃ終わっちまうじゃないの! 「館」「かん」「た」のどれかで続けてね!
>YABUさま
そうですねえ。いまは「JDC」と書いて、"Japan Detective Club"の方が
多数派かもしれませんねえ。英文の略称ってわけわかんない人にはホント
わかんないですから。ひょっとしたら「JDC」は"Japan Doudemoii Club"
と思うかもしれないし、"Johny kuroki Daisuki Club"と思うかも。
 
高い窓 投稿者:aya 投稿日:04月17日(月)01時12分15秒
ったく、なんでこんなもん続けてるんだか。チャンドラー。
ちなみに、聞いて驚け! あたしんちの傍には「JDC」という会社があるぞ。
"Japan Dynamic Communication"だと。どういうコミュニケーションなん
だ。いったい……。
 
 俺の頭の中で何かが朧気に形を成した。
 その何かを掴むために、俺は洋子の話を聞きながらとっていたメモを食い入るように見詰めた。そして、おもむろに俺は新しい用紙に手掛かりをメモし始めた。時折、卒業写真にも目をやりながら、考えを整理していった。そして、確信が生まれた。
 俺は必死に心を落ち着けると、ゆっくりとした声で洋子に声をかけた。
「洋子」
「なあに」
 洋子は手を拭きながら台所から出てきた。その目は少し赤くなっていた。
「俺は洋子の気持ちが晴れるような言葉をかけてやることが出来ない。俺はあくまで個人主義の人間だから、人を思いやる気持ちがないのかもしれないな」
「そんなことないわよ。私はそれぞれが独立して行動する関係が好きなの。だから、康司みたいな人がぴったりだし、決して康司が思いやりがないとは思わないわ」
洋子を慰めているのか自分が慰められているのか、自分でも判然としないまま、ただ事実を認識する思いだけを持って言葉を続けた。
「ありがとう、洋子。だから、俺は俺が考えた真相を洋子に伝えたいと思う。それをどう判断するかは任せるよ」
「何を……言ってるの」
「洋子。とても哀しい話になると思うんだけど、聞く勇気はある?」
「う、うん」
「俺には洋子が遭遇した事件の真相が分かったような気がするんだ。これは犯人達がいる殺人事件だと思う。そして、あのメモにも本当の意味があると思うんだ」
 
【読者への挑戦状】
 
さて、拙い問題文に最後までお付き合い頂き、どうもありがとうございます。
ここで、改めて作者から読者の皆様に対して挑戦状を贈らせていただきます。
 
薮康司が辿り着いた真相とは、どういったものだったのでしょうか?

1.犯人達とは?  
2.メモの意味とは?

 
 
 
 
【解答の仕方】
 
●正解を得たと確信された方は、メールにてMAQにお答えをお送りください。
●例によって、解答に掲示板を使うことはご遠慮下さい。
●みごと正解された方には……別に賞品は出ませんが、JUNK LAND内「名探偵の殿堂」にその名を刻し、永くその栄誉を讚えたいと思います。
●解決編は隠しページとしてアップします。「正解者」および「ギブアップ宣言者」にのみ、メールにてそのURLをお伝えします。
●「ギブアップ宣言」は、掲示板/BOARDもしくはメールにて「ギブアップ宣言」とお書き下さい。MAQがチェック次第、解決篇のURLをお教えします。
 
回答の宛先はこちら>yanai@cc.rim.or.jp
 
ではでは。名探偵「志願」の皆さまの健闘をお祈りします。
 
 


 
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