名探偵の殿堂 ゲスト作家スペシャル【 PART1】

ゆくえさがし 解決篇 TANISHI


 
「さて、皆さん。もう一度集まって頂いたのは他でもありません。先ほど私は、警察に連絡を入れました。もうしばらくすれば事情聴取にやって来るでしょう。そこで警察が来る前にはっきりさせておきませんか。私は犯人に自首をお勧めします」
 犯人、という言葉に皆、びくっとなった。
「居るんでしょう? この中に石田さんを閉じ込めた人が」
 誰も答えるものはいなかった。ヒロは藤原の方を見て言った。
「蘭さんは先ほど、貯蔵庫のゴミは定期的に別棟に運ばれて処理される、って言ってましたよね。それはいつのことです?」
「ま、毎週水曜日ですわ。次は明日の朝、生ゴミ処理機のスイッチを入れるはずでした」
「なるほど、間一髪で間に合ったってわけですね。あのまま閉じ込められていたなら、石田さんは生ゴミと一緒に粉砕され、バイオ酵素で分解されて水と二酸化炭素と堆肥になっていたわけだ」
「そら恐ろしいわ……」
 ヒロの言葉に、藤原は思わず目を瞑った。
「太西君、知っているかい? 高性能の生ゴミ処理機っていうのは骨までも分解できるそうだよ。これなら人間消失のミステリーも、実現可能になるよね」
 ヒロは笑いながら不謹慎な言葉を口にしたが、すぐに真面目な顔に戻った。
「ひょっとして犯人は、このまま見付からなければ石田は跡形もなくなってしまうんじゃないか、そう考えていたかも知れません。でも、日本の警察をなめちゃいけません。粉砕された作業着の切れ端、分解されなかった被害者の銀歯……調べれば人が生ゴミ処理機に投入されたことはすぐに分かるでしょう」
 ヒロはそこで深く息継ぎをした。
「しかし犯人はそこまで考えて石田さんを閉じ込めたのでしょうか。これは殺人未遂事件なのでしょうか。僕は、つい出来心で閉じ込めてしまっただけなんだろう、と信じています。僕はもう一度、自首されることをお勧めします。いかがですか」
 辺りを見回す者、うつむく者、様々だが、誰一人答えるものはいなかった。
「自ら名乗り出ては頂けませんか。では仕方ありません、指摘させて頂きますよ」
 ヒロは少しがっかりしたようだった。
「この中の誰が石田さんを閉じ込めたのか……。ある条件より、容疑者を絞り込むことができます。まあ、これについては後ほどお話しましょう。まずは、皆さん全員に機会があったこと――つまり事務所棟に入って犯行に及ぶだけの時間があったことからご説明します」
「えっ? ヒロさん、ちょっと待ってくださいよ。事務所棟への入館記録が全く残されていないモリさんは関係ないでしょう? それに、入館記録は残っていますが藤原さんには時間がありませんよ。すぐに帰られてますから。藤原さんも容疑圏外だと思いますけど……ねぇ」
 太西は、藤原に同意を求めた。
「仰るとおり、私は退社直前まで事務所棟には入ってませんから、事務所棟一階での犯行は無理ですわ。私はずっと別棟に居りました」
 そう、確かに藤原の事務所棟への入館記録は21時14分で、通用門を通って帰る五分ほど前だ。だからこそ太西は、藤原を容疑者から外したのだ。太西は再度異議を唱えようと口を開きかけたが、ヒロの言葉がそれを遮った。
「いえ、ずっと別棟に居たというのは嘘ですね。蘭さん、あなた矛盾に気付いていませんか。確かに事務所棟に入っているのは退社直前です。でも、20時43分にあなたは別棟に入っているんです。その時間まであなたは別棟の外に居たことになります。一体どこに居て、何をしていたんでしょうね」
「八時半過ぎ、ちょっと外の空気を吸いに出ただけですわ。事務所棟には入っていません。そのことは、セキュリティ・システムの記録に私のIDがないことからも分かる筈です」
「いえ、それは違います。記録が残っていることは証拠になっても、記録がないことは証拠にはならないのです。いいですか? IDカードの記録を残さずに事務所棟に入るのは簡単なんです。20時11分に石田さんがカードでドアを開けた時に、一緒に入ればいいだけですから」
 そうか、それなら記録に残ることはない。なぜ今まで気が付かなかったのだろう。オートロックのマンションなんかでセールスマンがよく使う手じゃないか。
「以上のように、セキュリティ・システムの記録からは容疑者を絞り込むことはできません。しかし、ある条件より消去法で一人に絞り込むことができるのです。その条件とは……」
 ヒロの謎解きが、ようやく核心に迫ってきたようだ。
「その条件とは、生ゴミ貯蔵庫のハッチを開けるのには男手が二人は必要だということです。しかし、ただ男だったら誰でも良いというわけではありません。力のある健康な男が二人です。先ほど実際に開けてみましたが、腕にも腰にもかなり力を入れる必要がありましたから」
 確かに太西も、精一杯力を振り絞った。
「また逆に、力自慢で男勝りの女性でも可能だと言えます。しかし幸いにも、そのような方はこの中にはいないようですね」
 そうか、先ほどのヒロの質問、オカマ云々という男女の性別に関する確認には、こういう意図があったのか。確かにあの重いハッチを開けるのは、普通の女性には無理だろう。
「なるほど、分かりましたヒロさん。石田さんを閉じ込めた犯人は、男性二人だということですね?」
「おいおい慌てるなよ、太西君。違うよ。犯人は男一人で十分だ」
 男が一人で? 一体どういうことなんだろう。
「おそらく石田さんと犯人の二人で、力を合わせてハッチを開けたのでしょうね」
 なるほど。事務所棟に入った時と同様、これも石田と一緒だからこそ成し得たことなんだ。
「犯人は一人、健康な男性です。この条件から、少し走ったくらいで息を切らしたり、ファイル二冊を重いと言うような非力な女性は除外できます。また、ご年配のモリさんにも無理でしょう。二階に上がってくるのにエレベーターを使うぐらいですから、足腰はあまり丈夫な方じゃないんでしょうね」
 初老の男にも無理ということか。ということは、犯人は……。
「そして、左手が不自由な片山リーダーにも、ハッチを開ける作業は無理ですね」
「えっ? 失礼、片山さんは左手が使えないんですか?」
「何言ってんだい太西君、気付かない方が不思議だよ。さっき、片山リーダーが携帯電話を掛けているのを見ただろう? 電話を持った右手の親指で、苦労してボタン操作してたじゃないか。きっと普段なら左手に携帯電話を持って、右手でボタン操作をしていたはずだ。また、メモを取る時は電話は左手、ペンは右手が普通だ。しかし、片山リーダーは右手に持った電話をわざわざ肩と顎の間に挟んで、右手でペンを持ちメモを取っていたんだ。左手は使っていない。事件当夜も右手だけでパソコンのキーボードを叩いていたと言っていたじゃないか」
 ヒロの言葉を裏付けるように、片山が答えた。
「そうなんです。実は先々週、部内で野球大会があったんです。お恥ずかしい話ですが、走塁中につまずいて、倒れた際に左手を突いてしまって。それで左腕の筋を痛めてしまったんです。大したことはないらしいんですけど、しばらくは左手で物を握ったり、指先の仕事をしたり、力仕事なんかは控えてるんです」
 ハッチを開ける時、手伝ってくれなかったのはそのためか。片山リーダーの言葉に頷いて、ヒロはある一人に視線を注いで言った。
「片山リーダーでもない、モリさんでもない、女性でもない。これらの条件に合う人物はたった一人。またその人は、サブリーダーである石田さんと生ゴミ貯蔵庫のハッチを開ける口実も持っています。そう、条件に合うのは蘭さん、あなただけです」
 ヒロは、きっぱりと犯人を名指しした。 
《読者へのコメント》
 
そう、探偵が犯人として指摘したのは『蘭さん』と呼ばれている男、
藤原蘭三その人である。
二階の女子ロッカーではなく、片山と同じ一階の男子ロッカーを使う藤原は、
間違いなく男性である。
「蘭さん、往生際をよろしくされてはいかがですか。警察の追及はもっと厳しいと思いますよ」
 もはや藤原は反論する様子もなく、がっくりとうな垂れている。
「蘭さん、石田さんは死んだわけじゃない。自首してもう一度やり直されてはいかがですか」
 しばらくは沈黙が続いたが、藤原は意を決したように語り出した。
「その通りです、もう観念しますわ。石田を突き落としたのは私です。その時はつい、カッとなって……」
 うつむいていた藤原は、顔を上げた。
「残業が多いことを常々、私は不満に思っていました。そこへ、あの日の夕方、石田に怒鳴られたんです。実験条件がおかしい、生ゴミの投入量が少ない、データとして価値がない、やり直せ……。ドイツの学会に発表するのにデータが足りない、要領が悪いなどと小言を言われ、私もかなり頭に来ていました」
 藤原は欝積した思いを語った。
「生ゴミの投入量が少ない原因を探しに、石田と二人で貯蔵庫を点検しに行くことになりました。事務所棟に入る時、石田がカードで解錠して私はその後に続きましたけど、それは全くの偶然ですわ。さっきのような言い訳を思い付いたのは後からです。二人でハッチを開け、壁にもたせ掛けました。そして、石田は穴の前にしゃがみ込んで、中を覗きながら言ったんです。コンベヤに何か詰まったりしていないか見に行け、と。いつも臭い生ゴミ相手に実験をしている私は、そう言う石田に憎悪を覚えました。そして私は……」
 藤原は、ここで一度深く息を吸った。
「気がつくと私は、石田を後から蹴飛ばして貯蔵庫の中に落としていました。お前が見に行けっ、と罵りながら……。そして、何を思ったのか私は、立て掛けてあったハッチをも思いっ切り蹴飛ばしたんです。ハッチは大きな音と共に閉じられました。そして、ハッチが閉じるその瞬間──」
 何を思い出したのか、藤原は目を閉じた。
「一瞬、中に落ちた石田が立ち上がったように見えたんです、頭の先を少し床面に出して……。見間違いかも知れません、でも、勢いよく倒れてきたハッチに石田は頭をぶつけた、そう私には見えました。私は、大変なことをしでかした、石田は死んだかも知れない、そう思いながらしばらくは呆然と足元のハッチを見つめていました。石田の安否を確認しようにも、ハッチは私一人の力ではとても開けることは無理で……」
 皆は黙って藤原の告白に耳を傾けていた。
「死なせたかも知れない……そう思うと、とても人は呼べませんでしたわ。耳を澄ませても、貯蔵庫からは石田の呻き声すら聞こえなかったんです。ハッチがピッタリと閉じてしまってたんで……」
 その後藤原は、何とかごまかせないか考えたと言う。自分はずっと別棟に居たことにしよう、石田は外に出て行って失踪したことにしよう、と考えたそうだ。
「石田が着替えて帰ったと見せかけるため、私は一階の男子ロッカーへ行って石田のスーツを盗みました。石田がいつもロッカーに鍵を掛けないことは知っていたんです。スーツを抱えてロッカー室から出ようとした時、二階から美雪ちゃんが降りてきました。危うく鉢合わせになるところで、寿命が縮む思いでしたわ」
 岸本がちょうど二階の女子ロッカー室で着替えを終え、帰るところだったのだろう。
「私は別棟に移動し、石田のスーツを紙袋に詰め込みました。やりかけの仕事を中断し、実験機器を停止させて帰り支度を始めました。その後、着替えに事務所棟へ戻りました」
 岸本が退社したのとほぼ同時刻、20時43分に藤原は別棟に戻っている。そして21時14分には再び事務所棟へ。一階のロッカーで手早く着替えを済ませた後、藤原は何食わぬ顔で守衛の前を通って帰ったと言う。
 やがて、表が騒がしくなってきた。
「ああ、蘭さん、パトカーのサイレンが聞こえてきましたね。もう、よろしいですか」
 ヒロが藤原に優しく声を掛けた。
「ええ、もう結構ですわ。スーツは私の自宅にありますから、石田に返しておいてくださいますか。あ、それから、私愛用のタコヤキ焼き器、よかったら皆さん使ってやってください」
 探偵が犯人を指摘したような場合でも、警察ではちゃんと自首扱いになるのだろうか、それとも単なる出頭扱いか……。太西は玄関へ向かう途中、そんなことを考えていた。
 警官に付き添われてパトカーに乗り込もうとした藤原は、振り返り、ヒロや同僚に向かって言った。
「石田を蹴飛ばした時の自分の気持ちは正直だったと思います。でもその後の、スーツを盗んだり、生ゴミ処理機で石田が消滅することを想像した時の自分は……悪魔が乗り移っていたとしか思えませんわ」
 藤原は、今になってようやく、自分自身を振り返るだけの余裕が出てきたようだ。
「はは、悪魔に魂を売り渡した代償が、このザマですわ、ほんま……」
 幾分晴れやかな顔になり、藤原はいつもの関西弁でこう言い残して去っていった。
「ほんま、さっぱりワヤですわ」
 
(了)
 
 
【いわずもがなの解説 by MAQ】
 
『本格推理』作家・TANISHIさんをお迎えしてお贈りした『ゲスト作家スペシャルPART1』、お楽しみいただけましたでしょうか。なんといってもロジカルなパズラーがラスト1行でバカミスに変身するキョーガクのエンディング! 今回はこのエンディングをできるだけ多くの方にお読みいただきたく、あえて解決篇も同時掲載という形にいたしました。あらためて問題篇を読み返していただけば、各所に綿密な伏線が張られていたことにお気づきになることでしょう。よろしければ、ぜひともご感想をお寄せ下さい! MAQあてお送りいただければ、当方が責任をもってTANISHIさんに転送いたします。
 
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