こんにちは、本橋一哉ことなかやまです。 2作目のクイズを「名探偵の殿堂」に掲載していただくことになりました。 前回同様、のMAQさんの懇切丁寧な助言と指導に深く感謝します。 今回は、季節に合わせた異世界もので、前回よりは易しい問題なのでは、と思っています。 期間限定というわけではありませんが、時節柄、悪くならないうちにどうぞ(笑) |
*時代・場所:不明
*登場人物 ハヤト(男):祭司の家令 ワカヒコ(男):酒屋 ナムジ(男):仕出屋 ヒミコ(女):同、ナムジの女房 ウズメ(女):針子 タケル(男):調薬師 |
いつの頃からだろう? 自分が人と違うことに気づいたのは。
まだ、小さな子供の頃だった。近所に物知りの爺さんがいて、古い書物をたくさん持っていた。そして教えてくれたのだ、「鬼」のことを。「鬼」は見かけは人と変わらないが、人にはない力がある。「鬼」はかつて、人だった。が、不幸ないさかいがあり、人は「鬼」の持つ力を失ったのだ、と。 ……そしてその時初めて知った、自分が「鬼」であることを。 こんなに暑い日が続くのでは、いずれ「鬼」が出るだろうというのが、人々のもっぱらの噂だった。 「鬼」は人と変わらぬ姿をして集落に紛れ込み、密かに毒を盛るのだという。家々の軒下には、何十個もの檸檬が、あるいは紐で束ねられ、あるいは網に入れられて釣り下がっていた。鮮やかな黄色を「鬼」が厭うのだとも、もしくは汁が飛んで目に入ると沁みるので、それを「鬼」が嫌がるのだとも諸説あったが、とにかく檸檬は魔除けになると信じられていたのである。 それでも、終には隣の集落で「鬼」が現れ、死人が出たとの噂が伝わり、人々の疑心暗鬼にいよいよ拍車をかけることとなった。 人心が頗る不穏なので、集落の首長を兼ねた祭司は、鬼祓えの儀式をすることにした。 そのため、祭司の家令であるハヤトは、朝からてんてこまいだった。儀式を執り行うのは祭司だが、それにまつわる一切、特に儀式のあとには「お振る舞い」があって人々が楽しみにしているので、酒肴の準備からなにから、あらゆることを彼が手配しなければならない。彼は食事もそこそこに集落の中を飛び歩いていた。 ハヤトが酒屋のワカヒコを訪れたのは、丁度昼餉どきだった。 ワカヒコは年取った母親と二人暮しだが、ここ2、3年は母親が寝付いてしまったので一人で店を切り盛りしている。日頃きびきびして威勢のいい若者なのだが、今は不景気な顔をして湯漬けをすすっていた。ハヤトが覗いてみると、膳の上にはわずかに、梅干、漬物、塩昆布などが並んでいるのみである。 「なんだい、いやに豪勢だな」 ハヤトは笑った。 「こう暑くちゃ、どうにも食欲が出ねえ。ここんとこ腹具合もおかしくてな」 そう言ってワカヒコは、梅干ばかり3つほど口に入れ、種だけぺっと吐き出した。 「味気ねえが、こんなものしか受け付けん。まあ口養生というところだな」 「そういやなんだか妙な臭いがするぜ。『鬼』でも憑いてんじゃないか?」 鼻をひくつかせて、ハヤトはからかった。 「縁起でもねえ。そうならねえようにお前のとこの旦那がいるんだろうが」 襖を立てた奥の部屋から、母親のしわぶきの声が聞こえてきた。 「おっ母さん、相変わらずか?」ハヤトは訊いた。 「ああ。暑さで相当まいってるな……」と、ちょっと声をひそめて 「実は、もう長いことはないんじゃないかと思っているんだ」 「うぅん、そうか……、それはそうと、『お振る舞い』には来るんだろう?」 「ああ。無論寄せてもらいますよ。商売もあるしな。えっと、酒は……、儀式用の樽と『榊』を10でいいかな、とりあえず」 「そんなところでいいだろう。余計に要るようなら、またあとで使いをよこす。6時までに届けてくれ」 「わかった。……あ、そうだ」 「なんだ?」 「いや、その……仕出しはナムジんとこか?」 「他にねえだろう。これから行くとこだが、それがどうかしたか?」 「いや、なんでもねえんだ。うん、それじゃまたあとでな」 「ずいぶん入れるものなんだな」 ハヤトは感心して言った。 「ああ、なにせ儀式の『お振る舞い』用だからね。でも大丈夫だよ。飯は固めに炊いているから」 ヒミコはやや吊り上った目をした、小柄な女だった。言葉つきも動作もきりっとして無駄がない。 「ふうん、精が出るな。間に合いそうかい?」 「こっちは万端だよ。もう、食う暇もなく働いてるからね。あとは亭主しだいさ」 「そういや、ご亭主は? 」 「ナムジなら、お菜を誂えているだろうさ。この暑さで野菜もいいのがないってねえ、こぼしていたっけが」 噂をすればで、当のナムジが巨大な鉄板を持ってぬうっと現れた。これはまた、女房とは対照的に大きな男で、面の皮も手の皮も厚そうだ。実際、素手でつかんだ湯気の立ち上る鉄板には、数十人分はあろうかという玉子焼きが、黄金色に焼きあがっていた。これからそれを切り分けるのだろう。 「おお、なんだ、ハヤトか。こんなとこで油を売ってていいんか」 「油なんぞ売っとらん。これでも万端手抜かりがないかどうか、確かめて回っとるのだ」 「暇なら手伝ってくれ。猫の手も借りたいくらいだ。折りを50でよかったよな?」 「うん、それだが、どうも客が増えそうなのでな。折りはそのままでいいから、何か大皿に盛ったやつをいくつか、追加できんか」 「……そりゃ、今からではきついな」 「いいよ、なんとかしようじゃないか」ヒミコの声がかかった。 「その代わり、ひと折りを少々削らせてもらうからね。なんてったって、材料は決まっただけしかないんだから」 「それで、代はそれだけ余計取ろうというのだろう」ハヤトは苦笑した。 「厭ならいいんだよ」 「まったくやり手だな。そんならまあ、いくらかは色をつけよう。それでいいな?」 「ふん、しょうがないね。まあ、その段には私らも『お振る舞い』に預からせてもらうわけだし……」 ヒミコは、にっと笑った。笑うとえくぼが出て、なかなか可愛らしい顔になる。 「それじゃ、またな」 「ご苦労さん。……おや、その荷物は何だい?」 店を出ようとすると、ヒミコが目ざとく見咎めて、言った。 「ああ、これなら、内の旦那の式服だよ。ちとかぎ裂きが出来ていたもんで、夜までに繕っておかないと。 それに、ここだけの話、旦那は近頃ちいと、このあたりが……」と、腹のあたりを示して、 「恰幅よくなってなさるのでな。少し丈出しもしてもらおうかと」 「そんなら、ウズメのとこに寄るんだね?」 ヒミコの目が細くなった。 「気をつけたがいいよ。あの女、男と見れば誰彼見境なしなんだから。……こないだなんか、うちの亭主にまでちょっかいかけようとしやがってさ」 ヒミコはちらりと亭主の方を伺った。ナムジは今度は子供が行水できるくらいの大鍋で、野菜の煮ころがしを作っている。 「わかったわかった、気をつけるよ」 ハヤトは苦笑して、ナムジの店を後にした。 しばらく歩くと、急いで後を追って来た者がある。ナムジだった。 「なんだ、どうかしたのか?」ハヤトは驚いて訊いた。 「アー、ちょっと、女房がいるところでは、アレなんでな」と、ナムジは歯切れ悪く言った。 「帰る前に、タケルのところへ寄るのだろう?」 タケルは、薬を調剤する調薬師である。5、6年前に他の集落から移ってきたよそ者だが、ハヤトとは年も近く、釣りという共通した趣味もあって親友と呼べる間柄になっていた。山の中腹にある祭司の家から集落へ出るには、山裾にあるタケルの家が丁度通り道になるので、たいていいつもハヤトは所用の途中にタケルの家に寄っていく。 「ああ、そのつもりだが?」 「……タケルもやっぱり『お振る舞い』には来るのだろうな」 「だろうと思うよ。なんなんだ、一体。煮え切らねえな」 ハヤトは少し、苛立って言った。ナムジは、溜息をついた。 「あんまり、聞こえのいいことじゃないのでな。実は……、女房のやつ、どうも近頃、おかしいのだ」 「うん? どういうことだ?」 「アー、まあ、詳しいことは言えんが、要は、外に男がいるんじゃねえかと思う節があるんだよ」 「それが、タケルだと?」ハヤトは驚いて聞き返した。 「うん、まあ、確かではないのだが」と、ナムジは言葉を濁して、 「なあ、タケルとは親友のおまえにこんなことを頼めた義理じゃねえんだが、その……、今夜、それとなく様子を見ていてくれんかな。『お振る舞い』の席は無礼講だ。女房とタケルができているなら、必ずそういう素振を見せる筈だ」 「それで、はっきりしたならどうするつもりだ?」厭な役目だな、と思いながらハヤトは訊いた。 「……わからん。一時の遊びならそれでよし、でなかったら……」 「なあ、お前の勘違いじゃないのか?」 「そんなことはない。それだけは確信がある。じゃあな、頼んだぞ」 押し付けるようにそれだけ言うと、ナムジは慌ただしく帰ってしまった。 「暑いわねえ」と、言った。 ウズメは一言で言うなら、「色っぽい後家さん」である。美人ではないが、切れ長の眼にぽってりとした唇の、男好きのする顔をしていた。もっともヒミコなどに言わせれば、「どうしようもないあばずれ」ということになるのだろう。そう言われても仕方のない面もあった。何年か前に夫を亡くしてから、集落の中の一人や二人ではない男が、ウズメと関係を持ったとか、あるいはそこまでいかなくともちょっかいをかけられたという噂がある。ウズメは常に、男を誘うような仕種をする女だった。檸檬をかじるのも、別にうまいと思ってそうしているわけではない。魔除けの檸檬をかじってみせるというのが、「なよやかな女」を演出するポーズなのだ。 「どお、あんたもひとつ」 と、ウズメはかじりかけの檸檬を振ってみせた。 「いや、結構だよ。それより内の旦那の式服なんだが……」 ハヤトはウズメの媚態を無視して、要件を切り出した。とかくの噂はあっても、針子としてのウズメの仕事は確かである。注文の直しは、目の前であっという間に仕上がった。 「いや、ありがとう。助かったよ。あんたも今夜の『お振る舞い』には来るんだろう?」 「そうねえ。よければ寄せてもらおうかしらね。でも、あたしが行ったら厭がる人もいるんじゃない?」 ウズメは、意味ありげに笑い、また檸檬をひとかじりした。ハヤトはとっさに、ヒミコのことを思い浮かべた。 「まあそう言わず、良かったら来てくれ。ご馳走はたんとあるのでな」 それでは、と辞去しようとするハヤトの腕を、ウズメはつかんで引き止めた。 「お待ちな。なんだか、雲行きが怪しいよ」 言われて見ると、いつの間にか西の空に厭な色をした雲が拡がり、一雨きそうな按配だった。 「おや、これは一降りくるかな。だったら少しでも涼しくなっていいのだが」 「ねえ、雨宿りして行きなよ。ついでにちと、暑気払いをしないかい、二階で」 誘われている、と知って、ハヤトは困惑した。 「俺ァ、用事があるんだが。旦那のところへ戻らないと……」 ウズメは、つかんだ手を離さない。 「式服を誂えりゃ、用事は済みだろう。ちょっとくらいいいじゃないか。それに、おかみさんがああで、不自由しているんじゃないの?」 言われたとおりハヤトの女房は腹ぼてで、今日明日にも産まれそうな様子だった。が、それを聞いてハヤトはちょっと改まった。ウズメにつかまれた腕をやんわりとほどき、相対して座り直す。 「なあ、悪いことは言わないから、そういうのは止したがいいぜ。女たちがどう言っているか、まさか知らないわけでもあるまい? 誰彼なしに誘うんじゃ、敵を増やすばっかりだ」 「ふん、言いたい奴には言わせとけばいいのさ!」 思いがけず、ウズメは激昂した。 「あたしはこれが、心底好きなんだ。それだけだよ。どこの女だって似たようなものじゃないか。それを亭主持ちだってだけで、偉そうな顔するなってんだ!」 ごろごろと雷が鳴り、とうとう雨が降り出した。ウズメはそっぽを向いている。その姿が何故か、無性に哀れに思えた。 「なあ、お前、そろそろちゃんと新しい亭主をもらったほうがいいんじゃないのか?」 「何言ってんのさ。あたしの亭主がなんで死んだか、人がなんて言ってるのか、知ってるだろう? あの好き者の女にしゃぶりつくされて死んだって。そんな女のところに、好き好んで来る男がいると思うかい?」 「だがな、お前……」 言いかけた口は、女の唇にふさがれた。青臭い檸檬の残り香に、頭がくらくらとする。すっと女が懐に手を差し入れ、肌にひやりとした感触が走った。手に持ったかじりかけの檸檬が体をまさぐる。ハヤトはそれ以上、抵抗できなかった。 篠突く夕立の中、ふたりはほとんど着衣も取らぬまま、慌しく情を交わした。部屋の一隅は、ひどく蒸し暑かった。 「なあ、もうよせよ。本当に、こんなことはもうやめたがいいぜ……」 かきくどくように、無意識に何度も繰り返していたハヤトの言葉は、しかし、喘ぐ女の耳にはほとんど入っていないようだった。…… 「やあ、ちょうどいいお湿りだったな。どうだい、かみさんの調子は?」 タケルは飄々とそう言った。まず最初に女房のことを気遣ってくれたのが、タケルらしかった。彼はハヤトと同年輩なのでもういい年だが、独り暮らしで、そのせいかハヤトの上の子供たちも、自分の子供のように可愛がってくれている。 「ああ、お蔭様で、今日明日にでも産まれそうだよ。さすがにこの暑さでばてているみたいだが、なにしろもう3人目だからな。慣れたもんだ」 「そうか。それならまあ、結構なことだ」 タケルは折り詰めのようなものを開いているところだった。見るとどうやら寿司折りらしい。 「なんだ、今頃昼めしかい?」 「ああ、今日は忙しくて食いそびれてたんでな、さっきナムジのところへ行ってこいつをくすねてきた」 「おい、困るぜ。『お振る舞い』のものに手を出されちゃあ」 ハヤトは顔をしかめた。 「心配するな、それとは別物だよ」 「ヒミコのやつ、材料はもうないなんて言っていたくせに……」 「まあまあ。どうだい、お前も相伴せんか」 言われてハヤトは、自分も昼餉を食べ損ねていたことに気づいた。が、不思議と空腹はあまり感じない。 「いや、やめておくよ。この時節にナマ魚なんぞ、あんまりぞっとせんからな」 ハヤトはそう言ってちゃかした。 「押し寿司だぜ。ナマ魚ってわけじゃねえ……うっ、効きすぎだ」 タケルは一箸口にすると、頭を抑えてうめいた。 「ハハハ、わさびかい」 そう言うハヤトも、辛いものはあまり得手でない。 「夏場にゃあすこの仕出しは、食えたもんじゃないな……」 タケルはぶつぶつ言っている。ハヤトはなんとなく、家の玄関先に目をやった。 「そういえば、ここの家には檸檬が下がっていないな……」 「何、檸檬に魔除けの力なんぞありはしない。別に害になるものでもないから、やりたい奴はやればいいがな」 「俺にそう言われてもなあ。これでも一応、祭司の身内なんだぜ」 「お前が聞いたから言ったまでだ」 タケルは、明快に言い切った。いい年をして独り身であることといい、この男には少しく変わったところがある。ハヤトはふと、ナムジが言っていたことを思い出した。 「あのな、実はナムジの女房のことなんだがな」 「ん? なんだ?」 「いや……、」 ハヤトは言いよどんだ。なんと言って聞いたものだろう。 「そのう、最近、何か変わった様子はなかったか?」 「何かって、何が?」 タケルはきょとんとしている。 「いやそのう……、ナムジが妙なことを言っていたのでな……」 「ひょっとして、ワカヒコのことか?」 「ワカヒコ?!」 思ってもいなかった名前が出たので、ハヤトは思わず声を上げた。 「うん、ナムジの女房だったら、ワカヒコとできてるぜ」 「お前それ、誰から聞いた?」ハヤトは詰め寄った。 「誰からっていうか、……ぷんぷん臭うじゃないか。俺ぁまた、公然の秘密なのかと思っていたが」 ハヤトは呆然とした。 「そりゃ、初耳だ。だがな、ナムジはお前を疑ってるぜ」 「俺が?! ヒミコと? 冗談だろ、おい?」 「じゃあ本当に、お前じゃないんだな? 」 「当たり前だろ。大体、俺はあの手の女は苦手だ。立ってるだけでひっぱたかれそうでな。かといって、ウズメの後家さんみたいにやたら色っぽいのも御免蒙りたいが……」 ウズメの名前が出たので、ハヤトはちくりと良心が痛んだ。 「まあなんにせよ、お前が関係ないんなら良かったよ。おっと、もうこんな時間か。そろそろ戻らないと。『お振る舞い』には来てくれるよな?」 「そうだな。別に今夜は用事はないだろう。ちと遅れるかもしれんが、必ず行くよ」 「うん、それじゃまた、その時にな」 すべての手筈を整え、様子を見に寄った自宅で、にわかに女房が産気づいたのである。それからてんやわんやで、医者を呼びにやるやら、上の二人の子の面倒を見るやらで、あれこれしているうちに、気づくと儀式の時間は疾うに過ぎていた。しかしまあ、準備はすべて終わっているし、儀式自体は自分がいなくてもどうということはあるまい。 幸い、三人目とあってお産は軽くて早く、真夜中前には無事、元気な赤ん坊が誕生した。ハヤトにとっては初めての男の子だった。彼は有頂天になり、先に寝かせていた娘たちをわざわざ起こして、赤ん坊を見せたりした。娘たちは、眠たそうな目をぱちくりさせながら、しわしわの赤ん坊を珍しそうに眺めていた。 女房も落ち着いた様子だし、医者ももう少しいてくれるというので、家のことをいったん付き添いの者に頼み、ハヤトは「お振る舞い」の席に顔を出すことにした。 戸外に出ると蒸すことは相変わらずだったが、さすがに夜気は少しひやりとして、のぼせた顔に心地よかった。ハヤトは思わず鼻歌でも出そうな気分で、呑気に歩みを進めた。 ほどなく、祭司の大きな屋敷が見えてくる。無論のこと、まだ灯りは煌々とついていた。今頃は宴たけなわというところだろう。ちょうど門をくぐった時、玄関口に黒い人影が現れた。逆光なので、顔は定かに見えないが、小柄なその姿は、祭司のところで使い走りをしている少年らしい。彼は、ハヤトの姿を認めると、やにわに両手を挙げ、ぶんぶんと振り回した。足もばたばたと地団太を踏み、それでいて不思議に声は出てこない。その姿は、まるで小鬼が奇妙な踊りを踊っているかのようだった。 「?……どうした?」 ハヤトは急いで少年に駆け寄った。少年は言葉を探すようにしばらく口をぱくぱくさせていたが、ようやくのことで、 「鬼……、鬼が出た!」 と、言った。 「お振る舞い」の行われていた広間は、まるで地獄のようだった。 ほとんどの者が、苦しげにうずくまったり、倒れたりしている。酒と、吐瀉物と、煎じた薬の混じった、強烈な臭いがした。比較的具合のよさそうな者たちも、どうしてよいかわからないように呆然としている。そのひとりをつかまえ、何があったのかと噛み付くようにハヤトが聞くと、 「お、鬼……、鬼が毒を盛った……」 と、怯えたように答えた。とにかく一番元気そうな者を探し、腑抜けのようになっているのを叱咤して、まだ自分の家に待機している筈の医者を呼びにやらせる。それからざっと様子を見て回ったが、床に倒れて白目をむきひくひくと痙攣している者の中には、何人かいけない者もありそうだ、と思うとぞっとした。とりあえずは、動ける者たちを指揮し、自らも先頭に立って酒肴の膳を片付け、ありったけの布団を広間に延べて倒れている者たちを寝かせた。そうこうするうちに医者が到着する。用事があって家に残っていた者たちも、知らせを受けて次々と応援に駆けつけ甲斐甲斐しく看護を始めたので、なんとかほっと一息ついたハヤトは、ふと、ある人物がその場にいないことに気がつき、あっと思った。 今日一日の出来事がばたばたと、ハヤトの頭の中で映像を結んでいく。 そのうちいくつかの事柄が、浮かび上がり、つながり、やがてひとつの結論になった。 ハヤトは駆け出していた。 もう間に合わないかと思ったが、集落の西のはずれを少し出たところで、ハヤトはその人物に追いついた。 「おい待て、どこへ行く!」 叫んだハヤトの声に、その人物はゆっくりと振り向いた。 |
さて。古来の礼法に則り、作者は皆様に挑戦いたします。 今回の皆様への挑戦となる問いは、ただ1つ。 「鬼の正体」とは何か? その根拠と共にお答え下さい。「誰か?」でもいいですが、その場合はなぜその人物なのかという説明が必要になります。もちろん「事件の真相は?」でもOK。いずれにせよ答えは同一です。 例によって謎を解くカギは、すべて『問題篇』の本文中に隠されております。ただし……お読みいただけばお分かりの通り、この作品に描かれた世界は私たちの世界とは少々異なる時空に属しているようです。したがってここでの謎解きにおいては、必ずしも私たちの世界の常識がそのまま通用するとは限らないようです。そのことを夢お忘れなきよう。 |
●例によって、解答に掲示板を使うことはご遠慮下さい。 ●みごと正解された方には……別に賞品は出ませんが、JUNK LAND内「名探偵の殿堂」にその名を刻し、永くその栄誉を讚えたいと思います。 ●解決編は隠しページとしてアップします。「正解者」および「ギブアップ宣言者」にのみ、メールにてそのURLをお伝えします。 ●「ギブアップ宣言」は、掲示板/BOARDもしくはメールにて「ギブアップ宣言」とお書き下さい。MAQがチェック次第、解決篇のURLをお教えします。 ではでは。名探偵「志願」の皆さまの健闘をお祈りします。 |