Mの悲劇 by しんち
 
【前口上】
 
つい出来心でYABUさんの「Bの悲劇」のパロディ版を作ってしまいました。
謎解きには麻雀に関する最低限の知識が必要ですが、
逆にそれがあれば全く簡単なので、本格推理ファンには物足りないでしょう。
謎解きよりも「おはなし」としての面白さの方に力点を置いたつもりです。
あくまでも「ダイイングメッセージ物」の形を借りた、通俗小咄としてお楽しみいただけたらと思います。
ついでながら、書店にて麻雀入門書を立ち読みいただければ、
いろいろな意味が分かって一層美味しくいただけます。よろしければお試し下さい。
 
作者敬白
 


【問題篇】
 
 俺は焦っていた。月末の約手(約束手形)が落とせない…。
 俺が経営するソフトハウスは、自転車操業ながら、取引先の約手が順調に現金化される限り問題ないはずだった。
ところが、あてにしていたゲームメーカーが1軒コケて不渡りを喰らった。たかだか100万ほどだが、とうに金
策尽きていた俺には十分な致命傷だ。このままでは連鎖倒産が避けられない。
 選択の余地はほとんどなかった。マチ金に頼むにも借金だらけで、無担保融資など論外だ。従業員の給料用の現
金を元手に一発当てる以外にない。
「給与の一策とはこのこっちゃ」
 俺は携電を取り出すと、某「経営コンサルタント」の番号を押した。もちろん「経営コンサルタント」とは名ば
かりで、俺のように金策に困って高額レートの賭け麻雀に活路を見出すような客どうしを斡旋する、組事務所のシ
ノギの番号だ。賭け金の取り立ても別途料金で請け負ってくれるので取りはぐれの心配はない。俺は、少しは腕に
覚えのある麻雀で起死回生を狙うつもりだった。
 夕方、いつもより早目に社員を帰すと、俺は金庫を開けた。現金100万円を懐に入れてオフィスを後にした。
大阪淀屋橋で簡単に晩飯を済ませると、俺は京阪特急に乗って、京都に向かった。
 
 京都五条の旅館「久利須亭」に午後9時集合。
 五条駅から少し歩いたこの界隈は「五条楽園」と呼ばれる遊郭のあとで、今でも古い旅館が何軒も残っている。
10万、100万単位のカネをやりとりするのに、大阪の騒がしい雀荘では気分が出ない。やはりそれらしい雰囲
気のあるところでないと。それに、大阪府警と比べるて京都府警は規模が小さいこともあり、賭博摘発まではなか
なか手が回らない。手入れの心配なく賭け麻雀に専念できるというわけだ。旅館の予約は俺の名前で入れてある。
万一、手入れがあっても、4人は飲み屋で知り合ったと言い張る手はずになっている。もし、組の名前を出したり
したら、警察に捕まるよりも怖い目に遭うことは全員承知しているはずだ。
 集まった顔触れは、北井 翔(きたいかける47歳、自動車ディーラー)、野口秀代(のぐちひでよ46歳、キ
タ新地のチーママ)、西田利一(にしだとしかず52歳、不動産屋)、そして俺、東 和彦(あずまかずひこ42
歳、ソフトハウス経営)の4人だった。
 野口と西田は死臭を漂わせていた。彼らも金策に切羽詰まって賭け麻雀に手を出したクチだろう。きっと俺も同
じような臭いを発散していたはずだ。俺たち絶望3人組にとって、今夜の麻雀は、何発タマが入っているか分から
ないロシアンルーレットのようなものだった。うまくいけば生き延びられる。ただし、全員生き延びることはあり
得ない。
 北井だけが異質な存在だった。軽自動車販売が好調なので経済的に余裕がありそうだ。俺たちの死臭を嗅ぎつけ
てやってきたハイエナというところか。
 麻雀部屋は俺たちだけの貸し切りになっている。簡単にルールと現金を確認すると、さっそく場所決めにかかった。
北井が東家、野口が南家、俺が西家、西田が北家となってゲームは始まった。
 
 しばらくして俺は、「貧すれば鈍する」という諺を思い出した。絶望3人組は小さく稼いでも意味がないので、
つい大きな手を狙って無理をする。そこにつけ込んだ北井がせこい手で、ジワジワと着実に点をむしり取っていた。
 俺もダブル役満にあと一歩のところで、北井の「ロン」を喰らった場面がある。これがまた安い手で、さすがの
俺も怒りに目がくらんだ。野口も西田も似たような目に遭って、やがて、北井が無造作に「ポン」だの「チー」だ
の鳴くたびに、部屋には息苦しいほどの殺意が充満するようになった。
 明け方には、北井のダントツ一人勝ちで決着がついた。俺は疲労に痺れた頭で、「北井が持っているカネがあれ
ば、連鎖倒産が避けられるんだがなぁ」とぼんやり思ったのを憶えている。野口は何か策をめぐらしているような
鋭い顔をしていた。西田は暗く思い詰めた表情で青ざめていた。カネを数え直している北井をひとり麻雀部屋に残
し、3人は重い足取りでそれぞれの部屋に別れた。
 
 北井の死体が発見されたのは、それから数時間後である。
 彼は、右側頭部を殴られ雀卓にうつ伏せに倒れている状態で発見された。警察の現場検証の間、俺たち3人は重
要参考人として別室で待機を命じられ、間引(まびき)という不吉な名前の怖い顔した女中頭が俺たちの見張り番
についていた。
 別室からは現場が見えず、刑事たちの声だけが届いた。
「警部殿、凶器はガラスの灰皿と思われますが、指紋は検出されていません」
「この重さなら女の力でも殺れそうやな。ん? ガイシャの真向かい側の席に何か落ちてるぞ」
「これは麻雀の点数計算に使用される点棒と思われます。窪みがひとつありますが、血まみれのため模様の判別は
困難であります」
「なぜ血の付いた点棒がそこに落ちているのかな? ガイシャの頭の脇にも箱がひっくり返って、血の付いた点棒
が散らばってるな」
「どうやらガイシャは、死に際に1本取り出して放り投げたようですね」
「誰か、麻雀詳しいヤツおらんか。わしはドンジャラはするが麻雀は分からん」
「自分はチンチロリン専門であります」
「警察官が賭博に手を出してどうするか」
「そうじゃ、お前は警察の恥部じゃ。恥部を見せたら公然ワイセツやど」
「やかましい。お前ら黙っとれ」
「これって、ダイイングメッセージとちゃいますか」
「その可能性は大やな。そやけど、どういう意味や」
「そこまではちょっと…」
 俺も警察が来る前に北井の死体を見たが、ダイイングメッセージを残していたとは気がつかなかった。もっとよく
注意して見ておくんだったと後悔しても後の祭り。なにぶん別室からは見えないので、どんなダイイングメッセージ
なのか気がかりである。他の重要参考人たちも俺と同じように落ち着きなく、耳をそばだてている。
 刑事たちの議論はダイイングメッセージの解釈に集中していた。
「向かい側に落ちてたのは関係ありますかね」
「方角的には西の方角に落ちてたことになりますな」
「ふむ、テンボーか、テンボーといえば…」
 刑事たちはてんでに解釈を巡らせているようだった。
 そのとき、見張り番の間引がボソリと俺たちだけに聞こえるように言った。
「わてには、犯人が分かりましたえ」
 
【問題篇・了】
 
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