Mの悲劇 【解決篇】 by しんち
 
 
「犯人は、そちらさんどすやろ」
 そう言うと、間引は西田を指さした。
 俺と野口は西田の方を振り返った。真っ青になってガタガタ震えている。見るからに犯行を告白してい
るようなものだったが、なんとか抵抗してみせた。
「な、なんでワシが犯人やねん」
「点棒を西側に投げ出したから西田はん、というわけやおへんえ。それやったら、西家の東はんも怪しい
ことになります。東はんの席は向かい側ですし。刑事のひとりはテンボーから野口英世を連想してはるよ
うどすが、論外どっしゃろな」
 ここで間引の口調は少し改まって、説明調になった。
「窪みがひとつの点棒といえば千点棒しかおへん。他の点棒にも血が付いていたのは、北井はんが千点棒
を探しはったためやと思います。場に千点棒を投げ出すのは、リーチのとき。北井はんはきっと、西田はん
の名前の利一(としかず)からリーチを連想しはったんでっしゃろなぁ。どうでおますか、西田はん?」
 西田はがっくり肩を落とし、問わず語りに話し始めた。
「ワシ、いったん部屋に引き上げたあと、半金半手(半分現金、半分約束手形)にしてもらわれへんかダ
メモトで頼みに行ったんです。そしたらアイツ、『小細工しても早晩コケんねやろ。倒れるんやったら早
よ倒れた方が楽やで』て言いよったんですわ。そんな言い方ないやろ思てカッときて、あとのことはよう
憶えてまへん。気ぃついたら自分の部屋で現金握りしめてたんです。そやけど、逃げることも留まること
もでけへんの分かってたから、布団かぶって震えてましてん」
 間引は、ため息をついて言った。
「そうどすなぁ。ダイイングメッセージが無うても、所持金調べられたらすぐバレることどすさかいなぁ。
出来心でした言うて自分から出ていったほうが心証よろしいで。もっとも、執行猶予より実刑もろたほうが、
債権者から逃れられてええかもしれまへんけどな」
 西田は黙ってうなずいた。
 続けて間引は意外なことを口にした。
「さて、ほな3人さん。小切手帳お持ちでしょ。それぞれ負けはった金額の小切手書きなはれ」
 俺は思わず尋ねた。
「なんでまた小切手を切らなあかんねん。精算は現金で終わってるがな」
 間引は俺に向かって説明した。
「北井はんは亡くなり、西田はんは救いようがないとしても、東はんと野口はんまで一緒に沈没する必要お
へん。西田はんは今、現金でざっと400万円持ってはります。うち100万円は北井はんのですけど、残
りを小切手に書き換えたら手元に現金が300万円残りますがな。東はんと野口はんは、それを山分けしな
はれ。西田はんは文句おへんやろ?」
 西田は再び、黙ってうなずいた。
 俺は反論した。
「そやけど、小切手を銀行に持っていかれたらいっぺんでドボンやがな」
 間引は「あほらし」と肩を揉みながら言った。
「誰が銀行に持って行きますかいな。いったんは賭博の証拠として警察に没収されますけど、警察としても
北井はんの賭博の儲けを認めるわけにはいきまへんやろ? とはいえ警察の財産に帰属させるわけにもいき
まへんから、処分するなり名義人に返すなりしまっしゃろ。ここが現金とは違うとこです。これでしばらく
は首がつながりますから、その間に対策考えたらよろし。先のことより今の現金ですわ。時間がおまへん、
早よしなはれ」
 
 俺たち3人はその場で小切手を切り、西田が持っていた現金と取り替えた。西田は、現金100万円と小
切手を持って刑事たちの元に去った。犯人が名乗り出てきた以上、賭け金が現金払いかどうかなど、あの刑
事たちの様子では詮索しないだろう。
 俺と野口は、簡単な調書を取られてとりあえず帰宅を許された。
 別れ際、俺は野口に言った。
「150万では足らんのと違うんか?」
「まあね。あと30万ほどやから、なんとかなるわ。これでも女やし」
「病気に気ぃつけや」
「ほっといて、死に損ないに言われとないわ。ほな」
「ほな」
 俺は、旅館を出たあと、ふと振り返って思った。
「ふん、久利須亭(くりすてい)の間引(まー・プル)というわけか。旅館のモメごと処理が、あの女の仕
事やったんやな。それにしても見事なもんや。五条楽園にはまだまだどんなバケモノが潜んでいるか、知れ
たものではないわいな」
 おっと、浄瑠璃している場合ではない。手元には150万の現金が残ったものの、あと50万足りない。
 俺の危機はまだ去っていないのだ。
 俺は携電を取り出すと、再び、某「経営コンサルタント」の番号を押した。
 
【解決篇・了】
 
 
●MAQからひとこと 
  
しんちさんによれば、「あくまでも「ダイイングメッセージ物」のパロディですので、 
真剣に考えないでください。通俗小咄程度に受け取っていただくと幸いです」とのことですが、 
「したたかな奴ら」ぞろいの登場人物は、その誰もがとても印象的。 
この短い枚数でよくぞ、というくらい深い味わいがありますね。 
 なお、「Bの悲劇」との関連は、「右手を伸ばしていた」の言葉から 
「リーチ」を連想したものだそうです。 
よろしければ、皆様の感想をMAQあてお寄せください。 
ぼくが責任をもって、しんちさんに転送いたしますので! 
  
yanai@cc.rim.or.jp
 
 
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