-名探偵の殿堂act4.5.1-
バーチャル同窓会殺人事件 by 猫
【前口上】
このミステリクイズは、「名探偵の殿堂act4.5」に対して、
実にメール十数通に及ぶさまざまなバリエーションの解答の末、結局年末を迎えるまで正解することができず、
「うえーん、YABUさんなんて嫌いだー(泣)」 及び
「ふーまーさんがchatのたびに『まだわからないのかな~(^ー^)』っていぢめるー(号泣)」
の気持ちをこめて
先輩諸氏にせめて「ダイイングメッセージ」で感謝の言葉を述べようと考えられた
「ミステリ若葉マーク」の計画的犯行である。
作者敬白
【問題篇】
■邂逅
「…君が、『学級委員長』だったのか」
「そうだよ、驚いた? 久しぶりだよね。京野君も何か飲む?」
「学級委員長」はくすくすと笑うと、手ぶりで座るようにうながした。
彼が指した奥のソファには、先に来た3人が、居心地悪そうに並んでいた。
「あれっ、お前?」
「辻君、何でここに…あれ、そっちは倉田さんと吉村? だよな?」
「じゃあやっぱり…みんな3組か?」
「ちょっとみんな、どういうことだよ、これ」
何故か、沈黙が降りた。
12月25日。ここ東京で、昨年できたHP「小学4年生」のオフ会をすることに決まったのは、つい1ヶ月前だった。
メンバーは主に30代。全国各地に散らばっているが、主要メンバーの出張などが偶然重なったこの日に、「小学生」
というへんてこなキィワードで結ばれた仲間たちは、ページの主宰者のマンションに招かれたのだ。
何しろ、つい最近明かされた(暴露された、と言うべきか)主宰者「学級委員長」の正体は、最近ではサイコホラー
RPG「Dual Sight」で話題の、ROUND-ONE社のゲームデザイナーだったのだ。メンバーの一部は狂喜乱舞して、休暇
を取ってかけつける騒ぎだ。
そして僕は―――たった今、仕事を終えて、ここにやってきた。
段差だけで区切られた広い3LDKは、ちょうど良い程度に暖房が利いていた。隣室の食卓のような巨大な机にはMac
が2台並んでいる。19inchのEIZOのディスプレイには、見なれたHPのトップページが表示されていた。タイトルロゴ
のGIFアニメが静かに回っている。
小学4年生
Produced by 学級委員長 このページは、みんなが「小学4年生」だったあの頃を 馬鹿馬鹿しくも懐かしく思い出すページです。 学級だより 「学級委員長」からのお知らせ ぼくらの時間割 (管理人:猫一号) 「走れ!実験君」続行中! ぼくらの交換日記(管理人:いいんちょ) ノンジャンル。何でも書きこんでね♪ ぼくらのバーチャル同窓会 入学年代別掲示板 |
部屋にはあまり生活臭のする道具はなく、整然としている。キッチンのカウンターの脇には、真新しい段ボール箱が
積み上げられている。壁一面に、箱入りの文学全集をはじめ、分厚いハードカバーと技術書が並ぶ。外には高速が走っ
ているというのに、本当に静かな部屋だ。
これが「委員長」の部屋なのだ。
そう、今日は初めて出会う人間ばかりが集い、お互いのイメージと顔を見比べて笑い合うはずだった。前代未聞の、
学年も学校もばらばらの「同窓会」。その準備のため、各会議室の担当者は、予定の1時間前に集合することになった
のだ。
管理人は、全て昔実際にやっていた係を名乗るメンバーだった。副委員長の「ガキ大将Z」さん。給食係の「よしむー
☆」さん。図書係の「Jun」さん。保健係の「指輪屋」さん。そして「宿題係」の僕。
「あたしたちだって今日集まって初めてわかったわよ。道理で話がよく合うと思った」
唯一の女性である「Jun」さん、いや、倉田嬢が、肩で切りそろえられた綺麗な髪を払って、憮然とした表情で煙草
を揉み消した。
残りの男性メンバーは誰なのかわからなかった。しかし、その本名を、僕は全て言うことができた。
そこにいたのは、区立角逢小学校4年3組の、同級生ばかりだった。
そして―――
先に来ていた3人は、20年近く昔、「学級委員長」相川君をいじめていた、張本人たちだった。
「…いや、一応途中で気づいたんだけどね。せっかくページが盛り上がってきたのに、そういうことを言うのはどう
かなと思って」
相川は頭をかきながら、飲み物とちょっとしたつまみを持ってきて座った。
「ごめんな、相川。俺が一番ひどかったよな。あれ、4針だっけ? プールで滑って頭縫ったの…転校しちまって、
謝れなかった」
「またそんな顔をする。昔のことだよ『指輪屋』。僕の方こそ、そのことを忘れかけてたんだから、むしろ謝らなく
ちゃいけない」
本当に何でもないことのように、首を振る。
僕は何となくうつむいていた。
このメンバーの中では、僕だけは、彼をいじめるのに加わらなかった。だから、彼も僕とよく一緒に下校したりし
ていた。
けれど。
辻君がやってきて彼の髪を引っぱり回したりしている時に、僕はそれとなく離れて見ていた。彼がいなくなると、
後であわてて慰めに走った。
万事が、そうだった。
そのことは僕の子供時代の痛恨だった。
「それにしても、偶然とはいえ、よくも同じページに3組が集まったもんだよね」
皆の憂鬱をよそに、本当におかしそうに、「委員長」は笑った。
それは、成功した者の、自信に満ちた笑みだった。
ようやく皆の顔から緊張がとけた。
「それにしても天下のROUND-ONEのソフトをお前が作ってるとはな。分厚い眼鏡かけてぴーぴー泣いてた顔しか憶
えてねえから、テレビとかで何度か見たのに気もつきゃしなかった」
「プログラマーで入ったんだけど、最初のが妙に当たっちゃってね。うーん、ほんとはもっとコーディングの方に
も関わりたいんだけどなあ」
ROUND-ONEは、最近立て続けにRPGで大ヒットを飛ばしているソフトハウスだ。一貫して「自分探し」の旅をする
主人公たちが登場し、僕にはゲームにしては重苦しい感もするのだが、子供たちには非常に人気である。
「それを言ったら、『Jun』さん…って言うの何か恥ずかしいなあおい。あの男子追いかけ回してた『うんこちゃん』
が、ミステリ大賞の斎木由可里だろ? 驚いたなあ。でも、やっぱあのころからすげえたくさん本読んでたもんな、
淳ちゃん。俺、そっち経由であのページ見つけて来たから嬉しくってさあ。映画も見ましたよ。ファンなんですよ斎
木先生~」
「あ、『うんこちゃん』って…」
辻君は腹を抱えていたが、僕はちょっと笑えなかった。
そうだった。4年3組が始まった時は、むしろ彼女がいじめのターゲットだったのだ。男子は腰まである長い髪を
引っぱって、トイレで座ったらうんこがつくぞ、などと大喜びで囃したてていた。「委員長」にターゲットが移った
のは、仕切り屋の吉村が自習時間にあおった委員長推薦で、相川君が本当に学級委員長になってしまってからだ。あ
の時、僕も投票してしまった。「学級委員長」というハンドルは、きっとその名前なのだ。
「余計なこと思い出させないでよ、もう! 私だって本名で出たかったけど、編集さんに先輩作家と筆名カブって
るから広告戦略的にどうこうとか言われちゃったりしてさ」
「あの…ちょっとごめん。僕は誰がどのハンドルネームなんだか、まだわかってないんだけど」
「あ、すまんすまん。さっきみんなも混乱したんで、ここに書いたんだよ」
吉村に差し出された紙切れと顔を見比べて、僕は妙に感心しながら、最後に自分を書き足した。
学級委員長:「いいんちょ」 相川 哲也 「ROUND」プログラマーです(笑)
副委員長: 「ガキ大将Z」 石尾 一美 「ROUND」プログラマー
図書係: 「Jun」 倉田 淳子(斎木由可里) 文筆業
給食係: 「よしむー☆」 吉村 辰哉 某証券会社
保健係: 「指輪屋」 辻 幸人 自営業(時計・宝石)
宿題係: 「猫一号」 京野 昌彦 プログラマー
「ぴーぴー泣いてたのに」などと言っているのが、リーダー的な存在だった辻君。当時から大柄だったが、ヒゲま
で生やして熊のようだ。有望なる新人作家「斎木由可里」として有名になったのは、一目でわかった3組の「女王様」
倉田嬢。そのファンだと熱烈歓迎なのが、スーツ姿のいかにも営業マンの吉村だ。みんな当時のイメージどおりと言
えばそうだし、でも小学4年生時代を思い出すと、ちょっとへんてこな気もする。
「だとすると、副委員長も最初から僕らの正体に知ってたのか。ずるいよなあ」
「石尾君は?」
「集合場所の駅の出迎え部隊と合流してる。ええと、あと30分か。さあ、飾り付けの続きをやろう。そこの箱も
飾りだから、みんな持ってくれる? ああ、このソファも向こうに移さないと、座る場所がないな」
「続きって…」
僕は殺風景とも言える部屋を見回した。
「これがさあ、隣の部屋も『委員長』の部屋なんだよ。驚くぜ」
■殺人
隣はさらに一回り広い部屋だった。既にかなりパーティーの準備が整えられていて、遅れて来た僕は恐縮した。ど
こから持ちこんだのか子供ほどもあるサンタ型のランプが並び、赤と緑の布地が美しく壁を飾っていた。有線放送ら
しいナツメロが流れている。最近掲示板で一番盛り上がった、アイドル歌手全盛期のあの時代の歌。フォーリーブス
だの西城秀樹だの山口百恵だの桜田淳子だのキャンディーズだの。
「おい、こんなの、下の方の連中わかるのか?」
「まあ、今日はほとんど参加しないから、これで御免ってことでね。カラオケで聞いてるだろうし。あと、ちびま
る子とかさ」
「あのマンガがなかったら、にしきのあきらって絶対テレビ出てないよな」
「うわー、私今でも歌えるわよ」
「Jun」が流れてきたメロディに合わせて、UFO、と口ずさんで頭の後ろから手を出して見せる。
「委員長」はてきぱきと指示をして、さらに部屋を飾り立てた。僕らは隣室と往復してどんどん荷物を運びこむ。
台所の段ボールは、半分はケータリングの料理だった。
「…あっ」
皿盛りの蓋を外していた「委員長」が突然うずくまった。
「どうした?」
「…コンタクト落とした」
「ローストチキンにぃ?」
「先に調べながら切り分けとこうか? 包丁出してあったよな?」
「大丈夫だよ、食ったって怪我はしねえって」
「そういう問題かよ」
「委員長」はしばらく料理の上を横から眺めていたが、あきらめたように身体を起こすと、ポケットから黒ぶちの
眼鏡を取り出してかけた。度の強いレンズの奥に、眼が不自然に小さく映る。「指輪屋」がその顔を見て吹き出した。
「おっ、お前、やっぱり相川だ」
「だから…嫌なんだよな、これ。ええと、前に使った使い捨ての余分はなかったかなあ…」
困ったような恥ずかしいような顔で、「委員長」は部屋を出ていった。
「…笑い過ぎよ」
「Jun」が不愉快そうに「指輪屋」を小突いた。
「そういえば、ツリーはないのかな?」
ワイングラスとナプキンをようやく並べ終えて、何げなくつぶやくと、「よしむー☆」が手招きして、ブラインド
を上げた。
暮れ始めた窓の外には、大きな金の星を頂いた、電飾で彩られた巨大なツリーがあった。
「…何だよこれ。ここ4階だろ?」
「ベランダに出ればわかるよ」
外に出ると、手が届きそうなところにヒマラヤ杉の大木があった。この部屋は建物の端に当たるので、回りこんだ
全ての窓から見える。乗り出して見ると、電飾は下まで続いていた。ツリーを「見下ろす」ロケーションなどなかな
かない。
「これはすごいな」
「最初の年はパーティー用にこのてっぺんだけ飾ってたらしいけど、下の管理人のおやじが妙に喜んじゃって、全
部させたんだとさ」
「詳しいな」
「こらー、さぼるな男子! 時間ないよ! 暖房逃げてるし!」
後ろで「Jun」が叫んだ。
「はいはい」
「係活動はまじめに取り組みましょう。『もう少しがんばりましょう』」
「Jun」は目の前に架空の通信簿を開いて、評価を書いて見せるふりをした。
「出た、『Jun』の通信簿攻撃」
「センセー、『よしむー☆』君がいじめるのでいけません」
「俺はいじめてません。じゃあもうお前絶交。この線から絶対入るな」
足先で絨毯の上に線を引く。
3人は顔を見合わせてゲラゲラ笑った。
そうだ、HPでは、いい大人が皆この調子なのだ。ようやく、過去の想い出と、現在の顔と、HPでのノリが、違和感
なく混じり始めていた。
その時、ドアチャイムが鳴った。
「やばっ、もう『副委員長』帰ってきたのかな」
「Jun」がインターホンを取ると、「指輪屋」がモニターに映った。
「おい、隣、オートロックかかっちゃったよ。開けてくれ」
「ああ、こっちも閉まっちゃったわね。段ボール挟んどいたんだけど。ちょっと待って」
ドアを開けると、両手で箱を抱えた「指輪屋」が立っていた。
「空箱は向こうに押しこんどこうと思ったんだけど、開かなくてさ。『委員長』は?」
「隣じゃないのか?」
「チャイム鳴らしても誰も出ないから…」
「あ、俺、合い鍵預かってるから開けるわ」
「何よ、合い鍵なんかあったわけ?」
「よしむー☆」が慌てたように部屋を飛び出していった。何となく嫌な予感に誘われて、残る僕らも部屋を出た。
廊下に、折り畳んだ段ボールの切れっぱしが転がっている。
僕らが最初に顔を合わせたその部屋は、確かに鍵がかかっていた。
「おい、いないのか?」
念のためチャイムを押してから、「よしむー☆」は革のキィホルダーのついた鍵で、ドアを開けた。
中に人の気配はなかった。
「…倒れてないだろうな」
「うぉっ!」
奥をのぞいていた「指輪屋」が、よろけて後ろに転がった。
トイレのドアが開いたままだった。
中に這いこむように身体を突っこんで床に転がる、「委員長」の姿が見えた。
背中の真ん中には、細長い包丁が突き立てられ、そこから大量の血が流れている。
僕らは呆然と死体を見ていた。
…死体?
「おっ、おい!」
僕は震える足をどうにか交互に振り出して、「委員長」に近づいた。
血溜まりを避け、手を伸ばして首に触れる。
「…まだ、生きてる」
「…何?」
「まだ生きてる! 救急車…誰か、早く!」
とっさに包丁を抜こうとした「よしむー☆」を押さえて、僕は壁際に座りこんだ。
「…あいつあのまんまかよ!」
「だめだ、動かすと危ないんだよ、頼む!」
僕は自分でも奇妙に思えるくらい冷静だった。
衝撃が感情表現のキャパシティを一気に超えてしまったのかもしれない。
目の前に、血溜まりがある。「委員長」の眼鏡が血に浸っている。
僕はもう一度振り返り、「委員長」を見た。
「あいつ、あそこまで這っていったのか…」
トイレのドアに向かって、引きずったような血の跡が続いている。
少し前にトイレを借りた時、タンクの上にカバーを外した文庫本が積んであるのに僕は気づいていた。用を足しな
がら読む本なのだろう。書棚に整然と並ぶ本に圧倒されていた僕は、彼が文庫も読んでいるのがわかってちょっと親
近感を持った。
タンクの上には、四冊の文庫本が散らばっていた。本の題名は、「地獄の奇術師」、「迷路館の殺人」、「誰彼」。
そして、タンクの端で「委員長」の右手が辛うじてかかっていた一冊は、「占星術殺人事件」だった。
電話は線が切られていた。
僕の指示でベランダに出て携帯で救急車を呼んでいた「Jun」は、よろよろと床にへたりこんだ。
「よしむー☆」はようやく落ち着いたのか、膝を抱えて壁に頭をもたせかけた。
「指輪屋」は段ボール箱を椅子にして腕組みして座っている。
「委員長」の指先の本を見つめている僕を、彼らは見ていた。
「…メッセージだってことか? 犯人が誰なのか?」
「推理小説を取りに行ったんなら…やっぱり…」
「何…何みんな私見てんのよ!…そうよ、だいたい『よしむー☆』あんただって! 『占星術』って、星ってこと
じゃないのよ! それに、あんたたちは読んでないかもしれないけど、石尾君そっくりの名前の子だって出てくるじゃ
ない、その本! ほんとは帰ってきてるんじゃないの? 副委員長!」
「やめろよ『Jun』。だいたい、本当にその本を選ぼうとしてたんだかどうだかわかりゃしねえだろ」
「指輪屋」が静かにたしなめると、「Jun」は唇を噛んで沈黙した。
彼は皆に何を伝えようとしたのか?
その時、「よしむー☆」がはっとしたように顔を上げた。
僕も彼を見た。
そして、残りの2人も、視線を上げた。
僕らは愕然と、互いの顔を見た。そして、視線は1人に集まった。
そのメッセージは、確実に、たった1人の人間を指していた。
彼なら、彼だからこそ、そんなメッセージを残し得る。全員がそれに気づいてしまった。それは、あのHPを知る人
間たちには、とりわけ僕らには、確実に伝わるメッセージなのだ。
【問題篇・了】
【幕間 あるいは読者への挑戦】
さて、親愛なる読者の貴方。 残念ながら初心者であるため、猫は密室トリックを形成することができません。 よって。
ここで作者は貴方に挑戦いたします。 「委員長」のダイイング(?)メッセージは、誰を指しているのか? この1点のみ、合理的な説明とともに、ご指摘ください。
あなたなりの解答を得られたと確信されたら、どうぞ解決編へ! |