【名探偵の殿堂すぺしあーる・リレーミステリ企画】


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連載第2回 仮面の独白」 by 本橋一哉(なかやま)
 
 
《ゲルニカの章》
 
 ふたを開けた時から、なんとも気に食わないことが多いオフ会だった。
 例の、招待客の人数がはっきりしないという件にしてもそうだったし、集まった連中にしてからが、どうにも胡散臭い。そんなこと、俺が言うのもどうかと思われるだろうが、そういうことじゃないんだ。俺はこれでも、ミステリサイトのオフ会にはけっこう出ている方だと思うが、なんていうか……、匂いが違うんだよな。ま、はっきり言って、この中で一番“ミステリマニア”らしいのって言えば俺だろう。もっとはっきりオタクと言ってくれてもいいけどさ。なんか変だと思ったから、最初にあの、メイとかって娘をつかまえて、ちょっと話してみたら、案の定だった。賭けてもいいけど、ミステリなんてほとんど読んでないね。まあ最近のメジャーどころの烏丸康彦とか、森本なぎさくらいは読んでいるかもしれないし、俺のハンドルを知ってたから、Mystery Spaceをロムってるってのは本当なんだろうけど。それにしても、俺以外はBBSでもあんまり名前を見かけたことがない奴ばっかりっていうのはどういうことだろう。もう少し“濃い”連中が集まるもんかと期待してたのにな。
 Mystery Space主宰のプレイヤー氏は本物のマニアだ。そこらへんに掃いて捨てるほどいるネット書評家とはちょっとレベルが違う。古今東西、どんなミステリの話を振っても応えなかったってことはないし、ミステリ以外でも、ホラー、SF、ファンタシィなんでもござれだ。読書量はハンパじゃないし、批評眼も鋭い。だったらサイトももっと、書誌データを充実させて欲しいところなんだが、どうも悪い癖があって、やたら作家論、作品論を展開したり、果てはよせばいいのに自分でも創作のマネゴトをしたりしてる。俺としちゃそういうとこがなんとも、歯痒いんだけどね。そんなことはどうでもいいか。他のサイトとのつきあいは一切しない。オフ会に参加しないのは無論のこと、自分のところ以外のBBSに書き込んだことさえないんじゃないかな。ま、一種謎の人だね。
 ここだけの話だが、俺はプレイヤー氏の正体は、評論家のM.A.氏じゃないかとニラんでいる。ミステリマニアなら名前くらいは聞いたことがあるだろう。15年くらい前に、今じゃ伝説的な存在になっているミステリ専門誌『蜃気楼』を立ち上げたご本人だ。“フォースジェネレーション(第四世代)”と呼ばれる作家を次々と輩出しながら、3年であっさりと廃刊にして、M.A.氏自身はさっさと母国を見限り、海外に移住してしまった。以来、ごくごくたまに請われて書評を書くくらいで、目立った活動はしていない。それもそのはず、本業はなんだか大企業のトップで、『蜃気楼』はまるっきりの道楽だったっていうから恐れ入るよな。まったく金がある奴ってのは羨ましい。せめてなりたや殿様に、だね。
 でもって、俺がこのオフ会に参加したのも、一にはプレイヤー氏の正体を確かめてやろうという腹からだった。確かめてどうするって? そうだなあ、別にこれと言って考えちゃいないが、人が知らないことを知っているっていうのはなんとなく得した気分じゃないか? ま、もしほんとに俺が考えた通りだったら、マニア垂涎の「MAコレクション」と呼ばれる蔵書を一目見せてもらえないかって下心があったことは否定しないけどな。だけど、俺の下心なんて、参加者の中じゃ一番マトモな、言ってみれば純なものだったってことが、後でわかる。
 
 話が前後したが、そんなわけで、悪夢のような初日が明けて、今俺達がいるのはパーティ会場になるはずだった大広間だ。昨日は動転していたし、慣れない環境も手伝ってクタクタになり、食事することさえ思いつかずに眠り込んでしまったんだが、睡眠が足りて一応体の疲れがとれたら、にわかに空腹感が襲ってきたっていうわけだ。で、名無しを除く俺達4人は、食料を求めてぞろぞろ連れ立って大広間へやってきた。料理はどれもこれも、すっかり冷めてしまっていたが、昨日スタッフを探してここへ来た時のまま、テーブルの上にあった。早速いただこうとすると、フェイスが物憂い調子で口をはさんだ。
「ねえ、これ、毒なんか入ってないわよね……」
「……そりゃ、わからないな。なにせあんなことがあったんだから……」
ブリッツも同調して、料理に手をつけるのをためらっている。
「嫌ならやめとけよ。どうせ当面、ここを出る手立てはないんだ。餓死するくらいなら、毒でひと思いにやられた方が、まだ楽かもしれんぜ」
そう言って、俺は構わず食べ始めた。他の連中は、こわごわそんな俺の様子をうかがっていたが、しばらくたっても俺が苦しみ出すこともないので、大丈夫と判断したのだろう、誰からともなく料理に手を出し始めた。やれやれ、まったく身勝手な連中だよ。
 腹いっぱいになり、人心地がつくと、俺達はようやくといった感じで、現在の状況が気になり始めた。第一に、自分たちの置かれている状態があり、第二に、不可解なふたつの死体がある。
「結局、連絡は取れないのかしら……」とメイ。
「そうだとしたら、かなりヤバい状況ですね」とブリッツも同調する。
 そう、これはいわゆる「吹雪の山荘」状況だ。おまけに密室殺人だと? ふざけるな、いくらなんでもできすぎだ。
「まるで『*****』みたいな話だな……」
俺は思わず、20年ほど前に出版されて、今は絶版になっているミステリのタイトルを挙げた。これにも誰も、反応する奴はいない。まあ当然か、と思ったら、意外にもフェイスがフンと鼻で笑って、こんなことを言った。
「でもそれって、シチュエーションだけのことじゃない?」
おや、驚いた。この女、厚化粧で表情ばかりじゃなく、年齢もよくわからなかったが、意外と年くってたのかな。
「待てよ。あの、死体があった部屋に、コンピュータがあっただろう? あれで連絡が取れるんじゃないか?」
他の三人も、あっという感じで顔を見合わせる。「そうだ。行ってみましょう」ブリッツが言い、俺達は再び、通路の突き当たりの「書斎」(便宜的にこう呼ぶ)を目指した。女達が怖がるので、途中でありあわせの毛布を探し、リオンと謎のロースト氏の遺体をそれで覆い、ともかくも部屋の隅に安置した。遺体はふたつとも、すっかり硬直してかちかちになっていた。おかげで運ぶのはわりかた楽だったけどな。
 ふたりに向かってちょっと手を合わせてから、ブリッツがコンピュータを立ち上げた。大金持ちのプレイヤー氏にふさわしく、それは最新式のものだった、けれど……
「ダメだ。通信回線はつながってないみたいですね」
しばらくして、ブリッツが絶望的な宣言を下した。腹が満たされて楽観的になった気持ちが、見る見る萎えていく。
「もっとも、僕はそれほどコンピュータに強い方じゃないんで……、だれか、詳しい人はいますか?」
俺達は、顔を見合わせた。誰も名乗り出るものはいない。やれやれ、どいつもこいつも、ネットサーフィンをするのがせいぜいの、キカイオンチばかりってわけか。まあ俺も、人のことは言えないけどな。
「大丈夫よ。そんなに何日も連絡がなかったら、きっと誰かが不審に思って、様子を見に来るはずだわ」
メイが、自分に言い聞かせるように言った。
「そりゃあわからんぜ。大体、最初っから、このオフは何かヘンだと思ったんだ。プレイヤー氏がはじめから……どうしてだかわからないが……俺達をはめようとして企んだことなら、連絡なんかつきようがないかもしれない」
「ていうか、あれって、やっぱり、プレイヤーさんなのかしら?」
メイが、こんがり焦げた死体を見ないように指しながら、そう言った。
「さあね。だけどもしそうなら、ますますヤバいってことになりゃしないか?」
「どうだろう……。大体この中で、プレイヤーさんと直接面識のある人っているんですか?」
誰も応えない。それどころか、さっきから探るような目つきでブリッツをねめつけていたフェイスが、奇妙なことを言い出した。
「ブリッツさん、だったわよね。アクロイドを殺したのは誰だったかしら?」
「はあ?」
「おいおい、この状況なら『アクロイド』よりむしろ、『そして誰もいなくなった』なんじゃないか?」
俺の入れた茶々には取り合わず、フェイスはなおもブリッツを追及する。
「私、度忘れしてしまって。教えてもらえないかしらねえ」
「ちょっとフェイスさん、ネタばらしは非常識よ。読んでない人だっているかもしれないんだから」
「あら、でもまさか『アクロイド』を読んでない人なんていないでしょう? それとも答えられない? 読んだことがないどころか、アクロイドなんて名前を聞いたことすらないんじゃないの? とんだミステリファンもあったものね」
「一体何が言いたいんですか?」ブリッツが顔をこわばらせて訊いた。
「昨日、ちょっと話してみてすぐわかったのよ。ミステリサイトのオフ会に、ミステリなんてほとんど読んだことのない人が混じっているっていうのはどういうわけ?」
なるほど。俺がメイと話してみて思ったようなことを、フェイスもブリッツに対して思ったらしい。それにしてもわけのわからないオフ会だ。一体どうなっているんだ?
「……これには事情があるんです」
「どういう事情よ?」
「それは言えません」
「ふうん。そうすると、私としては、貴方を疑わざるをえなくなるんだけど」
「疑うって……まさか、僕が殺人犯だって言うんですか?!」
「言ったらいけない? だって貴方は“リオン”が銃撃されたあと、たっぷり30分はこの部屋にひとりでいたのよね。証拠を隠滅する時間はいくらでもあった筈じゃない?」
「そんな。あなただって見ていたでしょう? リオンは僕らの目の前で、背後から撃たれたんだ!」
「だから、それが茶番だっていうのよ。彼が部屋の中から撃たれたっていうんだったら、撃ったのは誰? 2ひく1で、部屋の中にいたあの男しかないじゃない」
「バカな! あの男は僕が部屋の中を見た時には既に燃えていた。息がなかったんだ!」
「でも、それを見たっていうのは貴方だけでしょう?」
「じゃあ、じゃああの死体はなんなんだ!」
ブリッツが部屋の隅の二つの死体を指差して絶叫した。
「二つめは、あなたが作ったんじゃないの? ひとりになってから、ゆっくりとね」
フェイスは相変わらずくぐもった声のまま、薄笑いを浮かべてそう言い放った。
「……せっかくだが、そいつは無理だな。俺も見たよ。ちらっとだが、燃えている男を、確かにね」
横合いから口を出されて、フェイスはなんとも嫌な目つきで俺を睨んだ。
「そうよ。それに思い出したけど……、この部屋に入る前に、なにかが焦げるような、すごく嫌な臭いがしたのよね」
「そう。それで僕は自分の部屋を出てここへ来たんです。あなただってそうだったんでしょう?」
先程までの余裕はどこへやら、ブリッツにまで言い返され、フェイスはすっかり形勢不利になってしまった。
「それなら……、一体誰が、あんなことをしたっていうの? 誰か他に、考えがあるのだったら、聞かせて欲しいわね」
「それについちゃ、俺が考えていることが、なくはないんだが」
三人が、一斉に俺を注視した。
「何です?」「教えて」「聞かせて頂戴」口々に言う。
「ちょっとここではまずい。勿体ぶるわけじゃないんだが、場所を変えないか?」
 
 
《メイの章》
 
 ここへ来れば、きっとあいつに会えるだろうと思った。
 あいつ――、あの“メイ”にね。
 『ミステリ地獄』は、まだ学生だった、あたしの兄が立ち上げたサイトだ。別にどこといってとんがったところなどない、ブック・レヴューと日記を中心にした、ごくごく穏やかなミステリサイト。それでも1年、2年と続けていくうちには常連読者もついたみたいで、兄はそれは楽しそうだった。就職したのがけっこう忙しい業界で、はじめの年から深夜におよぶ残業や、休日出勤も珍しくなかったけれど、それでも2、3日1冊ペースの読書と、ほとんど毎日のサイト更新は欠かしたことがなかった。だれにも迷惑をかけたことなんてなかったのよ。だけど……、世の中にはいろんなヤツがいるのよね。なんの根拠もなしに自分を特別だと思っていて、そのくせ他人がちょっとでも目立とうものなら我慢できないってヤツ。世界中の苦悩を一身に抱えているような気分でいて、能天気にのうのうと生きている(ように見える)他人がどうしても許せないってヤツ。すべからく一番モノを知っているのは俺様であって、人は皆傾聴すべきであると信じ込んでいるヤツ。そんなヤツにつかまってしまったのは、兄としては不運というよりなかった。
 最初は盗用疑惑。兄が自分のサイトにアップした、新刊ミステリのレヴューが、どこぞのサイトに載ったものとそっくりだと、ご丁寧に一字一句の分析までつけて、掲示板で“暴露”してくれた。兄としちゃ、まったく身に覚えのないことだったけれど、そういう誤解をされるような表現をしてしまったことは申し訳ないと、謝罪して全文を削除した。そこまですることなかったのにね。新刊なんだから、まして話題作ならそれを取り上げたところは多かったたろうし、中にはそりゃ、似た感想だってあるかもしれないでしょ? だけど、謝罪したことでますます、相手を付け上がらせてしまったのよね。次から次へと、間断ない攻撃が始まった。はじめは『ミステリ地獄』の掲示板で文句を言う程度だったけど、そのうちよそのサイトでも中傷をはじめ……、挙句の果てには、どこで調べたんだか、プライベートな情報を公開されるにおよんで、兄はとうとうサイトを閉鎖せざるをえなくなった。仲間は皆、同情してくれたみたいだったけど、結局、声がデカい方が勝つのがこの世界じゃない? それに誰しも、自分に累が及ぶのはイヤだもんね。最後の方はそれこそ、『地獄』だったでしょうよ。
 それでサイトをたたんで、しばらくしてほとぼりが冷めたら、プロバイダもハンドルも変えて、またやり直せばよかったのかもしれない。けど、兄にはそれほどの気力はなかった。それまでよく言えば順風満帆、悪く言えば挫折を知らない人だったもんだから、打たれ弱かったわけよ。ちょうど仕事も3年目に入って、ハンパじゃなく忙しくなってきた矢先だったみたいだし。働きすぎてボロゾーキンみたいになって、その上生きがいまでなくして、ふっと魔が差したんだろうね。どういうルートだかわからないけど、絶対やっちゃいけないこと――白い粉に手を出しちゃったらしい。明らかに言動がヘンになってすぐに周囲にバレて、会社をクビになって。今じゃ、廃人同様になってどっかの施設にいるみたい。パパやママがおまえは知らなくていいってはっきりしたことは教えてくれないから、あたしも詳しいことは知らないんだけどね。
 身の上話が長くなっちゃったね。ま、ともかく、当時ロウティーンだったあたしが、そういういきさつを知ったのは、ひとえに兄が使ってたパソコンに残ってた記録から。“メイ”ってハンドルのそいつとやりとりしたメールも、すっかり残ってたわよ。思い出したくもない、見るに耐えないものだったけどね。当然そいつは、他のサイトにも出入りしているわけだから、注意して見ていれば、なんとなく見当はつくじゃない? 詳しいいきさつは省くけど、結局その“メイ”は、ハンドルを変えて『Mystery Space』に出入りしているらしいってわかったわけ。オフ会に参加する時、“メイ”を名乗ったのは勿論、そいつの反応をうかがうためだったんたけど、あのフェイスって人に、いきなり核心をつかれたのは計算外だった。動揺が顔に出てしまっただろうと自分でも思う。当のご本人はそんなこと、忘れたかのようにけろりんとしていたっていうのにね。
 
「大丈夫? 気分でも悪いの?」
ブリッツの声に、あたしははっと我に帰った。ちょっとボンヤリしてしまったみたいだ。
「ううん、大丈夫。なんでもない」
あたしは小声で答えた。胸の悪くなるような死体のある部屋を後にして、ここは使っていない居室のひとつだ。あたしたちにあてがわれた部屋とまったく同じつくりで、ちょっと狭苦しい。
「まあ、どこだって確実に安全てわけじゃないんだけどさ。だけど、“書斎”や俺達の部屋はモニタされている可能性が高いからな」
全員が部屋に入ったのを確認すると、ゲルニカがそう言った。なんだか妙に上機嫌で、一席ぶとうとしているらしい。何を言い出そうっていうのかしら。
「知っての通り、ここは“閉ざされた空間”だ。おまけに密室殺人。不可能犯罪。よくぞまあ、ミステリ的な趣向を取り揃えてくれたってもんだよな。早い話が俺達も、ミステリの登場人物だと思や間違いない」
「ちょっと、何を言い出すの。これは現実なのよ」フェイスが口をはさんだ。
「まあまあ、これは言葉の綾だからさ。ちなみにあんたのそのセリフも、こういう状況のミステリの中じゃ必ずといっていいほど出てくるよな」
なんとも嫌味な言い方。フェイスはむっとしたように黙ってしまった。
「さて、俺の見るところじゃ、“館もの”の犯人には、3パターンしかない」
「は? “館もの”?」こんどはブリッツだ。
「ああ、あんたはミステリ、読まないんだったよな。こういう、外部と連絡できない閉ざされた空間で事件が起こるミステリを“嵐の山荘もの”とか“孤島もの”とかいうの。“館もの”ってのもそのイトコみたいなもんで、奇妙なつくりだったり、忌まわしい来歴のある館で事件、ていうか大体は殺人事件が起こるんだ。わかったかな?」いかにも面倒臭い、といったふうに、早口で説明する。ブリッツは一応「はあ」と答えたものの、それがどうしたのかと言いたげだ。
「話を戻すよ。3パターンっていうのはこうだ。1.館の主人が犯人。2.全員の共謀。3.恐るべき偶然の集積」どうだ、というように皆の顔を見回す。でもあたしたちがまだ不得要領な顔をしていると、ちっと小さく舌打ちをくれ、
「3.の偶然っていうのはまあ、反則みたいなもんで、よっぽどうまく書かれてなきゃ、納得できない場合が多い。それから全員が共謀して、ひとりの人物を嵌めるってパターンはまれにあるが、それを現実に当てはめると、俺は自分が共謀なんてしてないことを知っているから、嵌められてるのは俺だってことになる。でもどうもそれはしっくりこない。あんたたちの誰とも面識がないってのはまあ、よしとしよう。人間、どこで誰に恨みを買ってるかわからないしな」
あたしは思わずどきりとした。
「ミステリマニアの俺を、こんな凝った趣向で嵌めようとしてくれたんなら嬉しいが、そのために二人も殺すこたないだろう? 実は生きてました、ってオチがつくんならアレだが、どうみてもほんとに死んでたもんな、あのふたり」
「あなたが共謀していないって、どうやって証明するの」
フェイスの言葉にゲルニカはニヤリと笑い、
「それでも同じことさ。共謀ってのはひとりを嵌めるためにやるんだ。無関係な人間を二人も殺す必要なんてない」
「どうでもいいわ。共謀なんてしてないわよ」フェイスが投げやりに言った。ねえちょっと、途中から現実と小説の話がごっちゃになってない?
「でもって、1.館の主人が犯人てパターンだ。実は“館もの”じゃこのパターンが圧倒的に多い。当然だよな。それが妙ちきりんな館であればあるほど、一番その構造を知悉してるのは主人なんだから。そうじゃなくたって客にくらべりゃ、圧倒的に有利な立場だ。そういうわけで、“館で事件が起こったら、まず主人を疑え”ってのがルールなんだよ」
「ふうん。そうすると、この場合の“主人”というのは、ホストであるプレイヤーさんを指すわけですか?」ようやく話が飲み込めてきたらしいブリッツが言った。
「そういうこと。でもって、これは“館もの”に限らないが、本格ミステリにはこういう不文律もあってね、すなわち“犯人は最初から物語に登場していなければならない”」
「……つまり、あたしたちの中の誰かが、プレイヤーさんだって言いたいんですね?」
「そう。ミステリマニアのプレイヤー氏なら、この不文律を知らないわけはないからな」
「でも、一体誰が?」
「それなんだが……」ゲルニカは急に声を潜め、
「有体に言って、俺は“名無し”を疑っている」
「名無しさん? ……そういえば、名無しさんはどうしたんだろう。部屋にこもったきり、全然出てこないけれど」ブリッツが不審そうに言う。
「だろ? 俺に言わせりゃ、それもヤツが“プレイヤー”である証左だ。いくら気分が悪いとか言っても、あいつだって腹は減るだろう。主催者なら、あらかじめ部屋に食料でもなんでも持ち込んでおくことができるからな。あんな奇妙な格好をして、姿を見せないばかりか声も聞かせないっていうのも、あいつが実は、一般に顔を知られている人間だからじゃないかと思うんだ。そう信じる根拠が俺にはある」
「名無しさんがプレイヤー氏で、しかも犯人? だとしたらどうやってあんなことを? 何度も言いますけど、部屋の中には、燃えている男の死体しかなかったんですよ?」
「さあそれだ。あの時のことを思い出してみよう。いきなりドアがあいたんで、俺達はダンゴになって壁にたたきつけられてしまったよな。その状態で、リオンが背後から狙撃されたんで、俺達はてっきり、部屋の中から撃たれたもんだと思った。でもそれは実は錯覚で、リオンは扉から半身を乗り出したところを、“上”から撃たれたんじゃなかったか」
「上から?」あたしは思わず、“名無し”があの格好のまま、ドアの真上に張り付いているところを想像してしまった。そんな、忍者じゃあるまいし。
「そんなにムチャな発想でもないと思うぜ。あそこは天井の高いホールみたいな場所で、中二階、じゃない、なんて言うんだ? ほら、壁の途中にせり出したバルコニーみたいなところがあったろう? そこにあらかじめ、身を隠せるようなものを用意して、潜んでいれば、充分狙える」
「はあ……、そんなもの、あったかなあ」ブリッツは首をひねっている。フェイスも、いかにも疑わしいと言いたげに、口をはさんだ。
「ずいぶん強引な論法ねぇ。なんだか穴だらけに思えるけど、ま、いいとしましょう。もしあなたの言うとおり、“名無し”さんがプレイヤー氏で、しかも二人を殺した犯人だとしたら、一体なんでそんなことをしたの? 彼の狙いは何?」
「さあ、それは、本人にきいてみるよりなかろうよ」急にさっきまでの得々とした調子が一変し、なぜか暗い声で、ゲルニカは言った。
「俺達はカゴの鳥で、“プレイヤー”の掌の上にいるも同然なんだ。やつが皆殺しパーティを企画したりしたんじゃないことを祈るばかりだよ」
ゲルニカが“皆殺し”という言葉を口に上らせると、あたしたちは顔を見合わせた。すうっとうすら寒いような気持ちがして、思わず自分の肩を抱いてしまう。
「……だけど、とりあえずどうしましょう? “名無し”さんが部屋にこもったまま、出てこないんじゃどうしようもない」ブリッツが、今度は当惑顔で言う。
「まあ、待つしかないな。やつが何を企んでいるにせよ、このまま姿を見せないってことはないだろう。ただ、やつが出てきても、刺激するなよ。なるべく全員離れないで、襲撃のチャンスを与えないようにして、意図を探るんだ。それまではできる限り通信手段でも模索しよう」
 
 でも、結局そんな必要はなかった。
 その部屋を出たあと、特にあてもないし、ばらばらになるのはまずいというので、とりあえず食料を探しておこうということになった。で、揃って広間に向かおうとした途中、“名無し”のこもっていた部屋のドアがうすく開いているのに、ブリッツが気づいた。
「あれ、ドアが開いていますよ?」
「罠かもしれん。気をつけろよ!」ゲルニカが鋭く声をかけたので、ブリッツは注意深く壁にぴったりと張り付き、そろそろとドアを開けた。
「……!」
何も起きない。離れたところから、こわごわ部屋の中をのぞいたあたしたちの目に、なにか、赤いものがうつった。
 “名無し”があおむけに倒れている。その左胸には、刃物(包丁?)とおぼしきものが深々と突き刺さり、そこから大きな赤い染みが拡がっていた。
「な、名無しさん!」今度も、最初にアクションを起こしたのはブリッツだった。慎重に身を低くして部屋に入ると、横たわる“名無し”の手首をとって脈をみる。しばらくしてゆっくりと、首を振った。
「“名無し”が殺された? そんな、バカな……」ゲルニカは呆然としている。
ブリッツが倒れた人物の、ゴーグルとマスクを外す。かぶっていたはずの帽子は、既にどこかへいって無かった。
「こりゃあ……、シマダさんじゃないですか!」
あたしも見たけれど、それは確かに、あたしたちがここへ来た時、最初に迎えてくれた、シマダと名乗る男だった。あの人が“名無し”? あれ? でも、最初にあの人に会った時、“名無し”はあたしたちの中にいたはず。これってどうなってんの?
「みなさん、どうも遅くなって申し訳ございませんでした……」
混乱するあたしたちに追い討ちをかけるように、背後からいきなり声がかかり、あたしたちは文字通り飛び上がった。
 振り向くと、そこには、なんとも線の細そうな男が立っていたのよ。
 血色の悪い細面の顔に、銀縁のメガネ。まあ端整と言ってもいい顔立ちなんだけど、髪の毛を前に垂らして伏し目がちなせいかアンニュイな感じをかもし出している。背はひょろりと高くて、上等のツイードにアスコットタイを締めているんだけど、挨拶をするかのように挙げた右手首には、なぜかオレンジ色のミサンガが巻かれていた。……驚いたわね。要するに、服装はキチンとしているんだけど全然似合っていなくて、どっから見ても完璧に“ネクラ”って看板しょっているみたいなヤツだったわけよ。
「なっ、なんなのよあなた! 一体どこから入ってきたの!」あたしは思わず叫んでしまった。
「ああ……申し遅れました。私、このオフの主催者の“プレイヤー”です。どうも、すっかりお待たせしたみたいで……」
「なんだってえぇぇぇ?!」
突如現れた謎のネクラ野郎の爆弾発言に、こんどこそあたしたちは固まってしまった。
 
(2003.3.1脱稿)
 
 
連載第3回「仮面の下の仮面」
 


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