【名探偵の殿堂すぺしあーる・リレーミステリ企画】


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読者公募入選作品 「Upside down」 by ohri
 
 

 
 
Date: Mon, 15 Mar 2032 23:15:57 +1500
From: ohri <00209101402@aman.pa.ndcol>
Subject: このメールを送ることはとても残念です。
 
 
おじさんへ
 
出題編「仮面たちの集う夜」を見ました。相変わらずおじさんの出題は、孤島・館・見知らぬ客たち、ですね。
(悪い意味ではありません。ぼくは「海」が大好きです)
解答は早速投稿しました。当たってると嬉しいんだけど。
 

 
おじさん。
ぼくはこのメールを書くのをかなり迷いました。でも、「真実はいかに残酷でも暴かれるべき」、ですね?
 
 
ぼくはおじさんが書くレトロな物語が大好きでした。陰鬱な孤島、道路が寸断されるほどの雨、車に閉じ込められる吹雪、人のいない森、不思議なカタカナの名前、染めた髪とひらひらした服、神のごとき頭脳ですべての罪を暴く奇人の名探偵。
 
おじさんはひどく古臭くて保守的だ、と父はいつも嘆いてみせていました。父のような立場の人間が「保守的」もなにもあったものではありませんが、頑として地上の片田舎を離れようとしないおじさんのことを、父は事あるごとにヒステリックなほど嘲笑ってみせたがっていました。
 
でも、ぼくは、おじさんが本当にたくさんのものを見、深く知っていることを、尊敬していました。知識の深さとは、経験の数ではないのだということが、おじさんの作品を見ればすぐにわかりました。
 
だから、おじさんに憧れました。
この「街」は相変わらず頑迷なほど保守的で、海外文学、特に娯楽小説はフィルタリングが厳しく、なかなか気軽には入手できません。もちろん、入手ルートは探せばいくらでもあるんだけど、そういうモノを子供が使うと父が悲しむと思うと、ちょっと手が出ません。
 
ぼくはここを離れる決心をしています。父にはまだ話していませんが、そちらに留学手続きをとるつもりでした。
ぼくはパイロットになろうと決めたのです。
生まれ育ったこの「街」を、ぼくは嫌いではありません。敬虔に祈りを捧げて日々を暮らす父たちも。でもこの夏にぼくは16歳になります。独りで地上に降りることに、父は反対できません。
 
そして、いずれクイーンズランドを訪れて、あなたにも会いたくて。
 
ぼくは夢見るのです。あなたの家に向かう坂道をのぼり、メールでしか知らないあの緑の庭を横切って、ベルを鳴らし、この帽子を取って、あなたに日本語で挨拶するぼくを。家をのぞきこんで、無数の「本」が積み重なる部屋の向こうの、青い「水平線」に浮かぶ島々を確かめて微笑むのを。
 
 
だから。
 
おじさん。
 
だけど。
 
 
おじさんの文章に流れる古典的な郷愁は、やはり「地上を離れない」という特性から生まれていたのだと、今、わかりました。
 
おじさん。
今週の「仮面たちの集う夜」を見た時、その画面には、これまでにない違和感がありました。
海を渡った先で主人公たちを待っていたのは、礼装の紳士ではなく、上下つなぎの庭師たちでした。
館はのっぺりとした壁面の無機質な造りで、玄関は奇妙なほど狭く、たくさんの扉をくぐり抜けた向こうには、体育館のような巨大で空虚な空間がありました。そこでようやく出会った執事に案内され、再びいくつもの扉をくぐり抜けてたどり着いた客室は、奇妙に狭く、大昔のホテルのように4桁の数字が振られていました。これほどの大邸宅でありながら、廊下も向いの壁から三角飛びで扉に体当たりができるほど、狭いものでした。
 
そして事件は起こります。
 
 
……もちろん、おじさんが僕にたくさん読ませてくれた世紀末前後の探偵小説では、特に珍しいとも言えない、いくらでもあり得る古典的な館です。おじさんの作品にも多数の素敵な館が登場しましたね。「トリック」を作るためだけに組み上げられた奇怪な館。
でも、今回の物語は、最初から違和感がありました。何もかもが微妙に食い違っている、その中に何かしら、別のルールの存在を感じました。
ぼくは、そのルールの正体に気づいてしまったのです。
 
おじさんの作品をヴィジュアル化した人は、いつもと同じ物語だと思い込んで、気づかないまま「忠実に」「合理的に」文章のイメージを再現した。
おじさん自身も、書きながら意識はしていなかったのではないかと、思います。
 
ひどくノイズ混じりの画面に映し出された地上放送の、
「女子高生」の少女が抱え上げる、目の高さほどもある巨大な荷物も、
恐怖に囚われて決して「スーツ」を脱がない人も、
扉に体当たりするのに逆の壁を蹴って勢いをつける動作も、
あの映像の中では多少奇妙に映る光景だけど、少し条件を変えれば、ごくあたりまえの光景なのです。
そう、ぼくが住むこの「街」なら。
ぼくの街だけじゃない。無重力の「港」を持つ軌道上のコロニーなら、どこででも。
 
 
おじさんは、どこかで「宙」を直接経験してしまったのではありませんか? それも、ごく最近に。
 
 
けれど、おじさんはメールではそんな気配すら見せませんでしたね。いつものように、長い雨に濡れる庭の木々と、水溢れる湿原と、翻訳小説の間に生まれるレトリックと、一人分のコーヒーの淹れ方について、優雅に語ってくれるばかりでした。
なぜでしょう?
 
 
おじさん。
昨日、3つ隣の「街」で、女性が遺体で発見されたというニュースがありました。現場は密室でもなんでもなく、事件当時バースト警報が続いて任意退避レベルに入っていた、太陽側に向く接続ポートでした。
無惨に頭を吹き飛ばされたその遺体は、死後1週間は経っているだろうとのことでした。自殺して銃は弾き飛ばされどこかに飛び去った、もしくは何者かが銃で撃ち抜いてそのまま近隣のコロニーに逃走した、という両面で捜査されているようです。
壁面に食い込んだ弾丸はIDのない古い拳銃のもので、トレースはできなかったそうです。拳銃は、あるいは地球に落下してしまったのかもしれません。
 
そんな遠くの「街」の事件にぼくが注目したのは、もちろん見慣れない「殺人」だからだけど、それよりも……父が端末でそのニュースを食い入るように見ていたからです。街の人たちにもぼくにも見せたことのない、今にも泣き崩れそうな、蒼白な顔でした。
彼女は父と強いつながりのある人に違いありません。
それは、おじさん、父の兄であるあなたにもつながりがあるのではありませんか?
 
顔を奪われたのは誰なのでしょう。
 
 
外見上は似ても似つかない、2つの場所と2つの事件です。
ぼくが考えていることは、何の根拠もありません。
けれど、父に話せば、何らかの事実が明らかになると、確信しています。
それはあるいは、ぼく自身にかかわることかもしれません。
 
 
……今ちょうど、ぼくの部屋の窓の向こうに、オーストラリア大陸が見えてきました。
あなたからは、夕空にぼくらの街の航跡が見えているでしょうか。
 
 
おじさん。
ぼくはいつものとおり、局に推理を投稿しました。宇宙側からの応募者、それもぼくみたいな若い世代からの応募は少なくて、局でも珍しがられているようですから、おじさんの耳にも入っているかもしれません。今回は、出題編に続く物語の形で書いてみましたが、気に入ってもらえるでしょうか。
「無重力」をキーに物語を見直せば、出題編の様相は反転します。しかし、ぼくの解答はいつものように、登場した描写と、地上の論理と、当時の知識から導かれるものです。おじさんが用意した正解に限りなく近い自信があります。
物語の外にある手がかりや設定を解決に使うことは、「フェア」じゃない、のですよね?
 
父にぼくの思いつきを話すのは、おじさんの解答編を見てからにするつもりです。
解答編の公開までわずか数日とはいえ、現実のニュースがいきなり「トリック」のネタを割って見せてしまっては、問題編を真剣に考えている最中の人たちには、ガッカリでしょうからね。
 
だからそれまで、1週間、あります。
 
 

 
これは全部、あなたが教えてくれたことです。
 
おじさん。
ぼくはあなたが大好きでした。
 
 
 

                         あなたの ohri   
 
 
【本編作者から一言】
●本橋/なかやま:いーですねえ。背景に物語がわーっと拡がってるのが感じられて、イメージそそられます。んで「おじさん」はその後どうなったの? ohri君は? 続きが気になるじゃん! なんかこの設定だけでも、話が書けそうですよね。いやだからって、オマエが書けとか言われると困るんですけどぉ〜(笑)
●TANISHI:正直、戸惑いました。明らかに続編ではなく、“番外編”っていう感じでしたので。こういうのをメタ的解決っていうのでしょうか。ohri君が投稿した推理のほうも、ぜひ読ませてください!
●MAQ:問題篇に秘かに張った伏線(皆さん、気付かれましたか?)を軽〜く捕捉し、しかもそれを“一個の物語として”昇華した離れ業に潔く脱帽です。作中では仄めかされているだけですが、背景に広がる“世界の広がり”が溜め息が出るほど魅力的で、己が力を省みず“続き”を書きたくなる欲望に駆られちゃいます。

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