G
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B
ooつきいち
乱入
スペシャル
第1回
「涙流れるままに」
島田荘司 (光文社刊)
【今回のヘルパー/NOBODYさん】
ミステリと映画のホームページ「SALOON」のページマスターにして、自他共に認める島田荘司ファン。ぬるい関西弁で語られる柔軟かつ切れ味鋭い批評の数々は、MAQもつねづね参考にさせていただいています。未見の方はぜひ!
「SALOON」へ
。MAQも日参しております。
ATTENTION!
「ネタバレ」防止にはじゅうぶん配慮しましたが、その性質上、作品内容に深く踏み込んだ議論を
展開しております。小説を「まっさらの状態」でお楽しみになりたい方は、先に「涙流れるままに」
を読了されることをお勧めします。
Goo
「では、始めましょう。「GooBooつきいち乱入スペシャル/ぐぶらん」第1回のお題は、島田
荘司さんの新作長編「涙流れるままに」。乱入担当のヘルパーさんとしてNOBODYさんをお迎え
しました」
NOBODY
「どうも、NOBODYです。よろしくお願いします」
Boo
「こちらこそよろしくお願いしまぁす!」
G
「なにカワイコぶってんですか〜。NOBODYさんは、いつもGooBooを読んでくださってるんですか
らね。いまさら猫かぶっても、ayaさんの正体はちゃあんとご存じですよ」
B
「ちッ!」
N
「(苦笑)どうぞ、お手柔らかに」
G
「では、始めます。えー「涙流れるままに」は「龍臥亭事件」以来3年ぶりのミステリ長編。島田
さんのミステリ作品は、名探偵・御手洗潔シリーズと吉敷竹史シリーズ、大きく分けてこの2つの
流れがあるわけですが、今回の新作は後者の吉敷ものに属する作品。しかもシリーズの集大成的な
意味をもつ特別な作品、といえるでしょう」
N
「うんうん。しかしもう3年経ってますか。ヒドイな、それは」
B
「でしょ? しかもそのあげくがコレじゃあね〜」
N
「いや、そういう意味じゃなくて。単にずいぶん待たされたものだなあ、という……」
B
「……ちッ!」
G
「え〜、いきなり火花散らさないでください。ともかく話を戻しましょう。いろいろな意味で特別
な作品である、と」
B
「まーね。これまでの吉敷もののいくつかの作品で見え隠れしていた、吉敷の別れた妻・通子の謎
めいた過去の謎がすべて明かされているという意味において。また、ノンフィクションや言論の分
野で島田さんが追求していた社会派的なテーマ……「冤罪」問題を正面から取り上げているという
点において」
G
「同時にその2つのテーマは、作者にとって最大のテーマである「日本人論」に収束されていくわ
けで……まさに、作家としての集大成的な作品といっていい。作者自身、「到達点」と語っている
のもむべなるかな!って感じ」
B
「その「到達点」って帯に書いてあったコメントだけど、本当に島田さんがそういったのかしらね。
だとすれば、私は異議がある。結局、島田さんが目指してきたのは「これ」だったのか。話が違うん
じゃないの、とね」
N
「まあそこは、ち●ぱーを座右の書という人の言葉ですから。しかし、個人的にはまったく違和感
はなかったですね。「本格ミステリー」という惹句がどこにも使われてませんから、そういう期待
をしなかったってのもありますが」
G
「たしかにそうですよね。島田さんのここ数年の動きを見ていれば、こういう作品が出てくるのは、
ま、当然といえば当然で。本格ミステリーとしての期待を押しつけるのは、この場合一方的な思い
こみといわれても仕方がないかな、と」
B
「ぬぁにィ!」
G
「はーい、抑えて抑えて。ともかくあらすじから行きましょう」
B
「ッたくもう、仲間がいるとすーぐ強気になるのよね、こいつ。どう思われますぅ? NOBODYさん」
N
「いや、ま。無理ないかな、と」
G
「えー、気にせずドンドン行きます。物語は2つの視点から語られます。で、主に前半は、通子の幼
少時代に遡る長い長い回想が中心です。この回想によって吉敷もののいくつかの作品(「北の夕鶴
2/3の殺人」「羽衣伝説の記憶」「飛鳥のガラスの靴」など)で語られた通子の数奇な運命と彼女
の特異な性格を作り上げた悲惨な半生が総括されます。と、同時にある意味その全ての原因ともなっ
た、あるきわめて幻想的で奇怪な記憶が繰り返し語られます」
B
「幼い彼女が、首なし死体に追い回され抱きすくめられる、という記憶ね。それがまあ、島田理論
でいうところの本格ミステリが用意すべき「冒頭の幻想的な謎」ということになるんでしょうね。
でも……」
G
「まあまあ。そのあたりは後でまとめてお願いしますよ。で、物語のもう一方の視点は、これは主
人公の吉敷刑事です。えっと、ある偶然の出会いをきっかけに、彼は40年も前に盛岡で発生した一
家惨殺事件……むろん犯人は逮捕され裁判が行われて死刑が確定していたそれ……に微かな疑問を
抱きます。真犯人は別にいるのではないか、「冤罪」なのではないか。しかしその疑問を追求する
ことは、警察を中心とする日本の司法組織そのものへの反逆を意味するわけで。さすがの吉敷も躊
躇します。なんたってその司法組織の一員なんですからね。が、さんざん迷いながらも、彼はたっ
た一人でその遠い過去の事件捜査に着手するわけで」
B
「この事件というのは盛岡の山奥の製材所で起こった一家惨殺強盗事件。しかも、その主人の首が
切断され持ち去られるという猟奇事件でもあるのよね。……で、この「首なし死体」というものの
存在により、前の通子の「奇怪な記憶」との関連が暗示されるわけ。とはいえ、この2つの物語は、
じつはなかなか交差しない。読者にはその「真相」も含めて、かなり早い段階からその関連は見え
ちゃうんだけど、ね。まあ、そのあたりの「すれ違い」ぶりはべつに不自然じゃないからいいんだ
けどね。実際、通子が吉敷に会って全てをぶちまけてれば、この半分のボリュームで事件は解決し
ていたわよねー」
N
「半分もいらんかったような(笑)」
B
「でしょでしょ〜!!」
G
「そこ、勝手に意気投合しないように。……まあ、作者の狙いとしては、吉敷の孤独な捜査によって、
かつての警察捜査のずさんさや裁判のいいかげんさを浮き彫りにしていくことにあるわけですからね。
実際、このあたりの描写は、こうした問題に関心がなかった人にとってはかなり衝撃的なんじゃない
でしょうか。ともかく、吉敷は肉体的にも精神的にもぼろぼろになりながら、一途に真相を追求して
いくんですね。そして彼の地道な捜査と推理の積み重ねにより、ついに40年もの時間の向こうから、
文字通り「真実」が姿を現す……。この場面は、やはりかなり感動的ですよね!」
N
「素朴な達成感というか、感動せざるを得ない」
B
「その感動というのはさ、だけど本格ミステリ的な意味での「謎解き」の快感とは、全く別物だと思う。
「作家にとって非常に都合のいい」ノンフィクションを読んでいるような、というと言葉は悪いのだけ
ど」
N
「ま、「謎解きの快感」についてはあとで語るとして、たしかに島田さんがじっさいに関わっている
「冤罪事件」では、本作のような都合のいい展開はないですよね。それが本作を「都合よく」見せてい
るようなとこはあるかもしれない」
B
「でしょでしょでしょ〜!!!」
N
「……でもこれはフィクションですからね。そこまでいうのは酷でしょう。ここまでやってけっきょく
恩田は救われなかった、なんて話読みたないし。冒険としてやってみる価値はあると思いますが、それ
は島田荘司の仕事じゃない。それは島田さんの理念から外れるわけですから、たとえファンタジーとい
われようとも曲げたらアカンとこでしょ。また、やるとしても、今回のような仕事が基本にあってとい
うことになるんちゃいます?」
B
「う〜ん、それはわかる。わかるんだけど……」
G
「ミステリ的にもじゅうぶん納得できる出来じゃないですか。なんちゅうか、本当の事件捜査の記録を
読んでいるようなリアリティがありましたよね。地に足がついた推理であり、捜査という感じ」
B
「それは否定しない。それだからこそ、の面白さもたっぷりあったと思うし、冤罪問題に関する「教育
的な意味」での狙いも達成されている。書く価値はあったし書かれるべき作品だったと思う。でもね、
それでいいの?「これが到達点」なの? 私は納得がいかないな」
N
「やっぱそこに引っかかりますかー(思った通りだ)」
G
「(見抜かれてますよ、ayaさん)つまり本格ミステリとしてどうか、という問題ですね」
B
「むろんそう。わかってるわよ。これを本格ミステリとして読むのは無理があるわよ。「冤罪」という
重たいテーマをメインに置いた以上、奇想天外なトリックを使ったいわゆる「島田流本格ミステリ」的
な「謎と解明」は扱いにくかったんでしょうし。それはそれで仕方がないんでしょう。でも、島田さん
の「到達点」よ? あの島田さんが目指していたのはこれなの?」
N
「私はこれを「到達点」と認めてもかまわない。抵抗がないといえば嘘になるけど、それに見合った熱
量のある作品であることはたしかでしょう」
B
「う〜ん。熱量の過多で「到達点」が決まるというのは、少々乱暴じゃない?」
G
「いや、NOBODYさんはそうはおっしゃってないですよ。「到達点」と認めるに足る熱量がある、と。そ
れに、島田さんの場合は、たしかにそれも1つのモノサシになりうると思いますね」
N
「たとえば、これはかなり強引な捉え方なんですが、『異邦の騎士』を島田荘司の「出発点」と位置づけ
ている人は多いと思うんですよ。でも、あれはガチガチの本格ではなかった。島田さんの本格ミステリー
作家という資質以外の部分が評価されてる作品ですが、そういう見地に立てば本作を「到達点」として
もさほど違和感はないと思うんですね。ま、私のなかでの「出発点」は『占星術』で動かないわけで、そ
れが「抵抗がないといえば嘘になる」ということにつながるんですが……」
G
「そうですよね。これは島田荘司という作家の幅の広さ・懐の深さを前提として、捉えるべき問題だと思
います。本格ミステリという切り口だけでは、もはや捉えきれないスケールをもった作家なんですよ。
島田さんは」
B
「幅の広さも懐の深さも、私はわかっているつもりよ。でもね、私はやっぱり「到達点」という言葉にこ
だわらざるをえないの。つまりさー、たとえどれほど幅広い作風の作家であっても、その到達点というの
は、2つも3つもあるもんじゃないと思うわけ。彼が創作活動の総体として目指したもの、それが「到達
点」だと私は認識したい。だとしたらやはり、それがこの作品という発言は……」
G
「やはりこの作品については、作者の本格ミステリへの指向とはまったく別のものと考えるべきなんじゃ
ないでしょうか? たしかに本格ミステリプロパーとして読むと物足りないんですが、少なくとも「冤罪」
という重いテーマが作品から遊離しない「範囲」では最大限工夫してらっしゃというか……とにもかくに
も、襲いかかる首なし死体という幻想的な謎を冒頭に配し、それを合理的に解明するという「形」はきちん
と実現してらっしゃわけですし、過不足のない仕上がりでは?」
B
「あれが? 2000枚に達する大長編の冒頭に置かれるそれとしては、あまりにも陳腐で、かつスケールの
小さな「幻想」といわざるをえないわね。これはその解明も含めていうんだけどさ。チャチすぎない?
だいたいさー、半ばまで読むまでもなく読者のほとんどは通子の悪夢の正体に気づくはずよ。伏線の張り
方がどうというのではなく、あまりにも陳腐といわざるをえない」
N
「うーん、私はこの謎解き部分、けっこううまく収束させたなと思うんですよ。もちろん、本格ミステリ
における論理/トリックではなく、地道な捜査と多少強引な直感で解決させちゃうわけですけど、そこに
至る道のりのおもしろさというか。ここで本筋の事件のほうに触れるのはやめておきますが、たとえば通
子が母親のルーツを遡って行くとこなんか読者は答えを知ってるわけじゃないですか。でもゾクゾクさせ
られる。ああいうわけのわからん力強さ、それこそ豪腕ぶりが読みどころなんではと。あ、世羅三郎はけっ
こうツボなキャラクターでした(笑)」
G
「いいですよねー。三郎は」
B
「えーい。話をもどすわよっ! たしかにNOBODYさんがおっしゃるとおり、サスペンスに満ちた謎解きで
はあると思うわ。でもさ、それは「本格ミステリ本来の謎解きの面白さ」とは、やはりちょっと違うでしょ。
熱量と豪腕ぶりとテクニックで一気に読まされちゃうけど、われに返ってみるとなんか物足りないのよね」
G
「だからそれは、この冤罪というテーマからして仕方のない部分でしょう?」
B
「そうかなー。やりようはあったと思うんだけどな。たとえばこの作品は吉敷パートと通子パートの2部
構成になっているんだから、なぜそれを活かさないかなーって思うのね。たとえば冤罪テーマでリアルな吉
敷編、幻想的で奇想天外な謎と解決に満ちた通子篇。そういう構成だったらどんなに素晴らしかったことか!」
G
「それは、まあそうだけど……」
N
「贅沢やとは思うけど、そういう恨みが残るのは否定できませんね。『奇想、天を動かす』という優れた先
行作品があるだけに……」
B
「そうそうそこよ! つまり、島田さんという唯一無二の作家だからこそ、私はそういう「過剰な期待」をか
けるわけ。っていうか、かけざるを得ないのね。そこらのチンピラ作家が相手だったら、こんな難癖、つけ
るだけ無駄だもん」
G
「ayaさーん、それは「贔屓の引き倒し」ってやつですよ〜」
B
「島田さんは、これくらいで「引き倒される」ようなちっぽけな存在ではないッ!」
N
「まあまあ。「幻想的で奇想天外な謎と解決」ってのはもう一方のシリーズのためにとってあると好意的に
考えても、構成のいびつさってのはたしかにありますよね。お世辞にもテンポがいいとはいえない。2000
枚に迫る(超える?)作品なのに、吉敷と通子各パートの視点の切り替えってのは数えるほどしかないし、
時制がわかりにくいところも多々ある」
G
「たしかにぎくしゃくしてますよね。洗練とはほど遠いっていうか」
N
「でも、じゃあこの構成が悪いのかっていうと、そうじゃない。きちんと相互にリンクしてるし、正直そん
なことはどうでもいいと。あえて突っ込むなら、両パートの結びつきには恩田事件の被害者の首が切断され
ていたってのがひとつの重要なポイントになってくるんですが、まあ作者サイドに立てばこれは陳腐な結び
つけ方のようにも感じます。首を切断した理由なんて(本格ミステリ的には)ホンマに陳腐ですからね。し
かし、「首が切断されていた」という結果から、これだけの迫力ある物語を紡ぎ出す力技に感動してしまう」
G
「……「物語」の圧倒的なパワーがミステリを圧倒し、忘れさせてしまう……」
N
「じつは私は『龍臥亭』の密室トリックには脱力したクチですが、ああいう脱力感は今回まったく感じ ません
でした。期待の仕方がちがったってのはもちろんありますけど」
B
「でもね。それを単純に「物語」の力といっていいのかしら? 私には、この「物語」の「感動」は、絶えず
ノンフィクション的な「リアル」と重ね合わされることで、作り上げられたもののように思えるのよね。つ
まりミステリとしてみると、「冤罪」「日本人論」というテーマが先行しすぎているわけ。そのテーマの重
さ、そして作者のそれへの傾倒の度が過ぎて、ミステリ作品としてのバランスを著しく損なっている。いや、
ミステリという点からだけでなく、小説作品としてのバランスも壊しているわよね」
G
「たしかにゴチゴチとぎこちないアンバランスさがある作品ですが、それをさえ一気に読ませてしまう力業、
そしてまた作品全体に充満する息苦しいほどの熱気。これはやはり島田さんでなければ書けない作品だと思
いますよ。その熱気の総量は、本格ミステリかどうかなんて問題がいっそ些末なものに思えてしまうほどだ
と思います」
N
「まったく同感です。たしかにツッコミどころは満載ですし、それがフィクションとノンフィクションの境
目が曖昧になってしまったがゆえ、というのも感じます。でも、それこそ”バラバラになりかねない様々な
要素を、噛み砕き飲み下す強靱な胃袋を持った小説家”の面目躍如であって、たいしたキズにもなっていな
い。というか、最初から最後までスマートに書き抜けてる島田作品なんて読みたくもない、そう思えるとこ
ろまで私はすでにきています(笑)」
G
「愛ですねぇ(笑)」
B
「そりゃ私だって同感だけどさー。それでも……私が読みたいのは「本格ミステリしてる」島田さんなのッ!
この作品のとてつもないパワーを、どうして本格ミステリに注いでくれないのか! なぜ? なぜなの!」
G
「これまた、愛(笑)」
N
「島田さんの不幸なところは、何を書いても「本格ミステリとしてどうか」という期待をされてしまうこと
で、もっともこれは自分で望んだような部分もあるから自業自得なんですが、もうちょっと柔軟な読み方が
あってもいいと思う。話の腰を折るようですけど、近年の島田作品を語るのに、まず「これは本格ものでは
ありませんが」的な説明(これは自分を納得させるのも含めて)をせなあかんってのに、ちょっと疲れとむ
なしさを感じますね。だったら「宣言」なんかすんなよ、って話になるわけですが……」
B
「それはわかるわ。わかるけど、この気持ちはもうどうしようもないのよね。ともかく「島田荘司」という
のは、私にとって唯一無二の存在なわけ。彼だけには、どこどこまでも本格でいてほしい。これはもうほと
んど妄執ね。……だからって「冤罪」や「日本人論」といった社会問題に対する熱中ぶりまで否定するつも
りはないのよ。それもまた、創作者として・日本人として重要な「仕事」だと思う。でもさ、それはノンフィ
クションを書けばいいわけじゃない」
G
「ノンフィクションでは伝えきれない部分、っていうか小説だからこそ伝えられるメッセージつうのもある
でしょう」
B
「小説作品において、ましてやこれだけ待たせたあげくのマスターピース的なこの作品において、あの島田
さんが「本格であること」を、ある意味ないがしろにしているように見える。それがいやなのよ」
G
「う〜ん。それはいいがかりだと思うけどなあ」
N
「うんうん」
B
「もちろんそうよね。いいがかりよ。でも、私が読みたかったのはこれじゃない。裏切られたというこの気
持ちはどうしても消えないのよね」
N
「私は、個人的に本格ミステリーという分野から少し離れてしまったってのもあるけど、裏切られたとかと
はまったく思わない。これは本当に思わない。「読みたかったのはこれじゃない」という気持ちはなきにし
もあらずですが、島田さんのキャリアがこれで終わったわけでもないんやし、現時点では十分満足していま
す」
B
「どうも私たちって、同じことを違う言い方してるだけのような気も。ま、いっか……あと、もう一つだけ、
いっておきたいんだけど」
G
「なんですか?」
B
「この作品のもう一つのテーマとして、通子の過去を検証し直すというのがあるでしょ」
G
「ええ」
B
「で、まあ延々と彼女の半生が回想されるわよね。で、彼女の異様な言動の原因が、その悲惨としかいいよ
うのない経験と彼女自身の特異な性向にあることが徐々に明らかになって行くわけだけど……こういっちゃ
なんだけど、結局のところ島田さんですら、女ってもんに関して旧弊な男の先入観から逃れられないのか、
という失望があるわけよ。女の「性とか業」とか……そんな陳腐でカビの生えた言葉を島田作品で読むこと
になるとは思ってもみなかった」
N
「ええっ、そうっすか? 「女の性(セイというよりサガ)とか業」がどうとかって、島田作品ではけっこ
うポピュラーなテーマやと思てましたが」
B
「そうなんだけどね。ある意味テーマが先行したメッセージ色の強い作品だけに、際立って目に付くのよね」
G
「うーん。前述の島田流「日本人論」とも関連すると思うんですが、通子というキャラクターには、島田流
日本人論でいうところの「被害者」としての日本人の悲劇を一身に体現したキャラクターだと思うんです。
周囲の環境……ムラ社会、男、学校、そのすべてが彼女を迫害するわけで。そうした迫害を、島田さんは
「性」とか「業」という言葉に集約させてるんじゃないでしょうか」
B
「違う違う。彼女自身が自分の失敗を自分の責任として認識し、さらに「業」とか性の問題に帰着させよう
とする、その姿勢があんまりだと思うのよ。だいたいね、冗談じゃないわよ。たとえどういう状況であれ、
レイプされた側・虐待された側が責任を感じるなんて結論は、断じて認められない。そんなの男の都合のい
い論理のすり替えでしかない。これははっきり書かれてるわけじゃないけど、「一面では女は暴力的に犯さ
れるのを望んでいる」と受け取られ兼ねない書き方になっているように私には思える。もしそうなら、この
一点に関しては断固抗議したいわね」
G
「だとしたら、たしかにおっしゃる通りだと思いますが……うーん、ぼくはあまり印象に残ってないですね」
N
「これは女性の意見だけに重く受け取りたいんですが、私はayaさんの気の回しすぎやと思うなぁ。本書を
読んでそういうふうに受け取る人がいるとすれば、それは純粋にその人自身の問題でしょう」
B
「というと? どういうことかしら」
N
「以下の意見はayaさんへの反論にはなってないかもしれませんが、加納通子という女性は基本的に「だら
しない女」として描かれてると思うんですよ。これは性的な意味だけではなく、です。たとえば、幼少の
頃に藤倉良雄を誤って殺してしまったって事件があって、これが彼女のトラウマとなる。読んでると「そん
なに悩むんやったら出るとこ出てスッキリせい」ってツッコミも入るんですが、ちっぽけな保身、というと
ちょっとニュアンスちがうけど、まあそんなもんで自分の過ちをいいだせない。ずるずるだらだらと問題を
引き延ばし、あわよくばこのまま平穏無事にと願っとるわけです。また、被害者側が責任を感じるなんてこ
とは断じてあってはならない、ってのは道理ですが、実際問題として自分に非がないのに責任を感じる人っ
てのは少なからずいますよね。通子の場合、過去の負い目があるからなおさらです。で、こういう思考って
すごく日本人的やと思うんですよ(結局ここに行き着くわけ ですが)。作者はこういう発想はもう変えなけ
ればいけない、変えるべき時がきてるといいたいわけで、そういう意味において通子にも非はあったんやと」
G
「なるほどなるほど。つまり、作者は「旧・日本人」のある種の典型として、通子を造形してるわけですね」
N
「ですね。吉敷のパートでも「なんで物事が勝手に解決すると思い込む? なんで自分から動かへんねん」み
たいな独白がありましたが、これは通子にいっているようにも(あとになったら)読める。通子はそういう
日本人的だらしなさを体現したキャラクターなんであって、「女性がだらしない」なんてことを暗にでもい
おうとしてるのではないでしょう。通子の特殊な性的嗜好ってのは、単純に彼女自身の問題ですよ。さすが
に吉敷と強●プレイとかしてたらひきますが」
B
「まッ、NOBODYさんったら!」
G
「……少なくとも、いま読者はちょっとひきましたね」
B
「ま、ともかくNOBODYさんの意見には納得させられたわ。ただね、この問題はとても、とーっても重要で、
また微妙な問題なのよ。正直、私にとっては冤罪問題と同じくらい重たいのね。小説であれなんであれ、書
き手には万が一にも読者に誤解を招くような書き方はしてほしくないのよ。……まあ、これに限らずあの通
子のパートは、マズイ点が多いような気もするわ。視点も乱れてるし」
G
「基本的には三人称視点だと思いますが……?」
B
「そうなんだけど、いきなり一人称が混じってたりするわよ。まあ、作者の筆のイキオイのせいだとは思う
けど、こーゆー微妙な問題を扱うからには、もすこし神経使ってほしいのよね」
N
「そのへんの文法的なところはあんまし気にならへんかったな。たしかにごちゃごちゃしてるとは感じまし
たが、島田作品って(一人称作品を除けば)毎回こんな感じじゃなかったっすか?」
B
「今回は特にそれが目立ったような気がするのね。ま、私の個人的な問題意識がそう感じさせたのかもしれ
ないけど」
G
「……それにしても、問題作でしたね」
N
「良くも悪くも昔から問題作ばっかりですよ、島田さんは。しかも特にこの作品は、御手洗だけを追いかけ
てるガチガチの本格ファンには勧められへんし、かといって一見さんの非本格読者が楽しめるかというと、
シリーズの集大成的性格からいってこれまた躊躇がある。いろんな意味で敷居が高い作品やなぁとは思いま
す」
B
「そうよねー。ただ、まあ、この方向はもうこれで一区切り付いたと思いたい。島田さんも気が済んだ、と
思いたい。で、早く次を」
G
「そして次こそは……ですか」
B
「当然でしょ!」
N
「でも、ホンマに今回ので気が済んだのかどうか、そこがちょっと心配やったりして……」
(Talk in July 1999)
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