GooBooつきいち乱入スペシャル


 
第2回 「白夜行」 東野圭吾 (集英社刊)
 
【今回のヘルパー/近田鳶迩さん】
今回ヘルパーをお願いしたのは「幻遊庭園」のページマスター・近田鳶迩(ちかだ・えんじ)さん。この4月のオープン以来、新本格を中心としたミステリ書評から創作、データベースなど、着実にコンテンツを拡大。作者の並々ならぬ情熱がうかがえます。未見の方はぜひ一度ご訪問ください。
 
ATTENTION!
「白夜行」は「できればまったく予備知識なしで読んでほしい」タイプの作品です。また、内容的
にもネタバレせずに議論することは不可能。そこで、今回は特に「全面ネタバレ解禁」の議論と
いたしました。したがいまして「白夜行」を未読の方は、本文をお読みにならずに、ただちに
お引き取り下さいますようお願いします。読了後、あらためて御訪問いただければ幸いです。


Goo「というわけで、第二回のぐぶらん、始めましょう。お題はもちろん「白夜行」。いまや絶好
 調! の東野圭吾さんの新作長編です。そして、今回のヘルパーさんは、ご存じ「幻遊庭園」の近田
 えんじさんです」
近田「どうも、こんにちは。よろしくお願いします」
Boo「初めまして〜。こないだの「月光の宴」は行けなくてごめんなさいね。ギリギリまで粘ったん
 だけど、やっぱり仕事が終わらなくて。お会いできなくて、すっごく残念」
G「そーですよ! だいたいですねえ、楽志さんをはじめ皆さん、ぼくなんかよりayaさんに会いたがっ
 てたんですからね。顔だけでも出してくれればいいのにい」
B「だあってさあ、あの日は編集んとこに缶詰だったんだもん。まー、また機会はあるわよ、きっと」
「そうですね。僕も期待してますから……」
G「さて。ということで、「白夜行」ですが……これ、実はあまり時間的な余裕がなかったもので、
 完読する前に「ぐぶらん」のお題に決めてしまったんですが、正直いって読了したときはお題に選
 んだことを後悔してしまいました。紹介しにくい作品なんですよね」
B「何を書いてもネタバレしそうだもんねえ」
「ネタばれ云々は別にしても、余計な先入観はいっさいもたずに読んでほしいですよね」
G「そうなんです。できればまったく予備知識なしで読んでほしい……そういう小説なんですよね。
 ですから、ここでもういっぺんATTENTION! 今回はどういう語り方をしてもネタバレせざるを得
 ません!ですんで、「白夜行」を未読の方はどうぞすぐにお引き取り下さい。そして読了後、あら
 ためて本稿をお読みいただければ幸いです」
B「そぉんな大層な作品ではない、と私は思うが、ともかく書評屋泣かせの小説であることは間違い
 ないわね。それと、確認しておきたいんだけどさ。……これは本格ミステリではないわよね」
G「もちろん。隅々まで計算し尽くされた実になんとも巧緻きわまりないプロットをもち、さり気な
 くしかも大胆きわまりない仕掛けが配されたミステリではあるけれど……本格ではありませんね。
 少なくとも犯人探しのミステリではない」
「同感です。それどころか、この作品の前ではミステリ云々という議論さえ些末に感じられてしま
 いますね。些末なジャンル分けは抜きにして、純粋に小説として味わうべき作品でしょう」
B「私的にはその点にこそ、いちばん問題があるような気がするんだけどねえ」
「でも、だからといってそこに「ミステリ」が存在しない、というわけでは決してないと思います
 よ」
B「でもね……」
G「まあまあ、お二人とも。そのあたりが、今回の議論のメインテーマになるのかも知れませんね。
 ともかく今回は「本格ミステリとしてどうか」という点だけはナシということで」
B「了解了解。ま、なぜGooBooで、しかもツキイチのイベントであえて非本格を取り上げるか。とい
 う問題については後でたっぷりいわせてもらうとして……。んじゃ、とりあえず物語をたどりなが
 らチクチクいきましょ」
G「感じわる〜」
「いつもこういう感じなんですか?」
G「そーなんですよ〜。聞いて下さいよ、こないだも……」
B「いいからとっととやんなさい」
G「……えっと。物語は大阪で起こった質屋殺し事件から始まります。廃墟めいたビルの一室で起こっ
 たこの殺人事件は、取り立てて特異な点もないごく平凡な殺人事件でしたが、有力な容疑者が死亡
 するというアクシデントもあって、結局迷宮入りしてしまいます。この事件の関係者である一組の
 男女が物語の主人公となります。すなわち被害者の息子・桐原亮司と質屋の客である未亡人の一人
 娘・唐沢雪穂です。この時は二人ともまだ小学生なんですよね」
B「この冒頭の事件の真相が明らかになるのは物語の終盤だけど、ようするにこの事件を通じて2人は
 強い絆で結ばれるわけよね。愛とか恋とかとはちょっと違う……なんていうか、弱く虐げられたも
 のが成り上がろうとする同士意識、とでもいうような重たい絆で。ここに限らずちょっと「永遠の
 仔」を連想させるんだけど……鳶迩さん、読まれました?」
「うう、読んでないです。方々で「傑作だ」という評判は耳にするんですが……」
G「あれも大作ですからねぇ。ま、ともかく、物語はいわば「けもの道」を歩む二人の成長を追う形で
 展開します。といっても、あくまで二人それぞれのストーリィは独立して進み、何かの事件が起こる
 たびにもう一人の影が見え隠れし、2つのストーリィを重ね合わせることでようやくおぼろげに二人
 の意図が察せる……そんなきわめて間接的な描かれ方なんですね」
B「しかも、いわゆるピカレスクロマン風にストレートに「悪の肖像」を描くのではなく、第三者の視
 線を通して浮き彫りにしていくのよね。つまり、彼らは主人公でありながらつねに影にいる。けっし
 て表にでてこない」
G「このあたりの作者の描き方はおそろしいくらい抑制が利いていて……一見きわめてわかりにくい、っ
 ていうか、物語がどこに向かおうとしているのか、まったく分からないんですよね。なにしろ事件が
 起こっても主人公コンビはほとんど姿を現さないんだもの。が、だからこそその隠微にして巧妙、冷
 徹な……それでいてどこか哀切な「悪の肖像」が、読者にとって際だって印象的なものになっていくん
 です」
「そうですね。僕も最初の100ページくらいまでは、はたしてこの物語は何を主題にしているんだろ
 うと首を傾げながら読んでいましたから。中盤以降、徐々にその輪郭がはっきりしてくるんですけど、
 主人公コンビの元にまではなかなかスポットライトが当たらないんで、やきもきさせられました」
B「これはねー、作者の計算勝ちよね。彼らが仕掛ける「犯罪」はそれだけ取り出すとけっして斬新でも
 巧緻に長けたというほどのものでもない。単に徹底して非情でエゴイスティックという、その1点にお
 いて際だっているだけとも思えるのね。だとしたら、これはストレートに描いたらむしろ卑小なキャ
 ラクターに思われ兼ねないわけで。第三者の視線を通じて描いていくことで、その「怖さ」「凄み」み
 たいなものを表現することに成功しているといえる。でも、あれよね。作者のこういうアプローチの
 仕方って、もはやミステリの手法ではないんじゃないかな」
「そうですね、たしかにミステリ的な「謎」は薄味ですしね」
B「ほおら! 鳶迩さんもああおっしゃってる!」
G「そうかなあ。冒頭の迷宮入りしちゃう事件は「謎」があったじゃないですか。ラストできちんと謎解
 きもあるし」
「例えば本書から、そうした「ミステリ」を排除して別の要素を持ってきたとしても、物語の本質が大
 きく変質することはないかもしれませんね……もちろん、そんなことをして面白くなるかどうかは別問
 題ですが」
B「たしかにそうなんだけど、はっきりいってミステリ的にはてんでおざなり、というか底の浅い謎であり
 解決であるわよね? 単独であれが、ミステリ作品として書かれたらたぶん袋叩きでしょ」
G「うーん。この作品はそういう「部分」を抜き出してどうこういっても、仕方がないと思うんですけどね」
「ayaさんがおっしゃってるのは「同様のトリックを本格ミステリとして書いた場合」のことですよね」
B「まあ、そうね」
「だとしたら、その仮定そのものが、あまり意味がないように思えるんですが」
B「ほほう、どういうことかしらあ〜?」
「本書における「ミステリ」は、「物語」の中に複雑に交じり合って存在しているんですよ。だからMA
 Qさんがおっしゃっているように、ミステリだけを「部分」として抜き出した場合、それが透けてみえる
 のはある意味当然で。……無理に抜き出したところで、その意味も効果も、まったくといっていいほど無
 くなってしまうんじゃないかな」
G「それはぼくも感じましたね。この作品においては物語とミステリ的な部分とが、実に分かち難く結びつ
 いている」
B「なるほど。鳶迩さんは、つまりあくまでこれを小説として読むべきだといいたいのね。ミステリとして
 ではなく」
「というより、むしろ「ミステリとして読む」や「小説として読む」といった、二者択一的な垣根は取り
 払って読むべきではないでしょうか?」
B「うーん、なるほどね。でもさあ、ともかく結果として不満なのよ。トリックや謎解きの部分がどうして
 も貧相なものに見えてしまうのよね‥‥。まあ、たぶん私は「ゴリゴリのミステリ読み」として、これを
 読んじゃったんでしょう。で、「ミステリ読み」として不満を持ったのだ、と。でも、だとしたら、それ
 はそれで「ミステリ作家・東野圭吾」としては敗北であり、失敗であるというべきなんじゃないの?」
G「うーん。ミステリ作家である以上、何を書いても「ミステリとして」の評価からは逃れられない、とい
 うことでしょうか?」
B「そうと言い切るつもりはないけど、そういう読み方をされるのは、ある程度仕方がないんじゃないかなあ」
「いや、その説には異論があります。たとえばですね。作家が「ミステリ」に固執するあまり、「小説」
 として面白くなくなってしまったという作品はいくらでもあると思うんですよ。しかし、東野さんは(作
 品によっては)「ミステリ」ということにさほど固執しない作家さんです。「ミステリ」としてどうか、
 ということより「小説」全体の完成度を優先して考えているのでしょう」
B「だとしてもよ。その「小説全体の完成度」には、ミステリ的仕掛けも含まれてるわけでしょう。そこが貧
 相に見えるとしたら、やはり問題ではないか。それにね、鳶迩さんの話を聞いていると、まるで「ミステ
 リ的仕掛け」に凝ることが、小説全体の完成度を下げる方向にしか作用しない、とおっしゃってるように
 聞こえてしまう。それは違うんではないかと、私は思う」
G「鳶迩さんがおっしゃっているのは単純に「どちらを優先するか」という問題でしょう。で、今回の作品で
 は、東野さんは小説としての完成度を優先して、その必要からミステリ的な仕掛けはある程度抑制された。
 鳶迩さんはその手法を支持するとおっしゃってるんですよ」
B「うーん。それはそうかも知れないけど……」
「ですから「ミステリ」的な謎が薄いというayaさんの意見には賛同できますが、だからといって「ミ
 ステリ」がそこに存在しないわけでは決してない、と思うんですよ」
B「というと、具体的にどういう部分を指しておっしゃってるのかしら?」
「そうですね、ちょっと長くなりますが……「悪の肖像」を書くための有効な手段のひとつに、「悪」に
 対立する「正義」(本書の場合はあくまで立場的なものですが)を書く、ということが挙げられると思い
 ます。本書では刑事、探偵らがその役割を担うわけですが、本書の「ミステリ」的な部分は彼ら「正義」
 が「悪」を追いつめていく過程で、いわば必然的に発生していると思うんですよ」
B「ふむ。いわば副産物的に生まれてくるミステリ的感興、というところかしら?」
「おっしゃる通り副産物といってもいいかもしれません。しかし副産物とはいえ、そこに「ミステリ」が
 存在するのは間違いない事実でしょう。骨格ではないかもしれませんが、血肉にはなっているでしょう。
 ……少なくとも装飾の域は脱しているだろうと思うわけです」
G「なるほど、これはわかりやすいですね」
「で、結果としてこれほど完成度の高い……私見ですが、今年これまで読んだものの中では頭一つ抜き出
 た傑作と評価します……作品に仕上がった。東野さんの手法は正解だったわけですね。ともかく作品によっ
 て「ミステリ」の濃淡を書き分ける、その点において、東野さんは日本でも最高レベルの作家ではないか
 と思う次第で」
B「とりあえず、鳶迩さんが東野さんを愛する気持ちはよーくわかったわ。私もこれが完成度の高い作品で
 あることは否定しないけど……ただ、ミステリ的部分を別にしても、私は必ずしも全面的に満足したとは
 言い難いのよ。有り体にいえば、物足りない部分が多々あるわけ」
G「ふむ」
B「たとえば、この事件の真相には二人の主人公が絆を結ぶ「原因」となった悲劇が隠されているわけだけど、
 あたしゃその「悲劇」については、正直いって「なあんだ」と思っちゃったね」
G「え〜?!」
B「だってさー、私たちはすでに「永遠の仔」を読んでるわけだし、現実にも悲惨な「事件」をいろいろ
 知っているわけじゃん。あえていえば、いまさらあの程度の「悲劇」には驚けなくなってるわけよ。
 じゅうぶん想像の範囲内なのよね」
「うーん、さっきいったように僕は実は「永遠の仔」は読んでいないんですが、ayaさんがおっしゃりた
 いことはわかるような気がします」
G「そうですか? なんかうがちすぎた見方だと思うけどなあ」
「ラスト前で明かされる「悲劇」については、たしかに昨今の小説で書かれている多種多様な悲劇に比べ
 ると、それほど衝撃は強くありませんね。さすがにayaさんのように「なあんだ」とまでは思いません
 でしたが……」
B「いやあ、やっぱ「なあんだ」よぉ。だってさあ、結局のところこの大作のリーダビリティの多くは、
 「なぜ二人は悪の道を選んだか」という、いわば「ブンガク」的な謎にあるわけでしょ。むろん作者は
 実に巧妙なプロットワークで、その「真相」を隠蔽しているわけだけど……少なくともラストで明かさ
 れた真相に、私は驚けなかったし、じゅうぶん納得もできなかった」
「お気持ちはよくわかるんですが、そして、これは僕の見方がおかしいのかもしれませんが、本書のリー
 ダビリティは「なぜ二人は悪の道を選んだか」という「原因」ではなく、二人が悪の道を歩んでいく「過
 程」あるいは「道筋」にあるような気がするんです」
B「ということは……つまり、「抑制が効きすぎているようにみえるラスト」もまた、大きな意味があったっ
 てこと?」
「そうですね。東野さんとしては、作品全体のテンションをラストの「悲劇」に集中させたくなかったん
 ですね。だからこそ、その「悲劇」の衝撃性を抑える必要があった……」
B「なるほど、その考え方は一理あるわね。そういう視点で考えれば、ラストにどんでん返しやショッキン
 グな「悲劇」を期待しちゃう私は、「ミステリ読み」的な視点に捉われすぎているのかもしれない。でも
 ねー、私にはこの作品の構造・手法・技巧は、やはり全てがラストの「真相」に収斂していくために選ば
 れたもののような気がするんだけどなあ」
「僕は逆に、あの「悲劇」が変に衝撃的でなかった分、結果として小説的なリアリティが増したと考えて
 います。つまり成功している、と」
G「いずれにせよ、あれだけリアルな筆致で、つまり小説的な演出を極力削ぎ落とし、なおかつあれだけ小
 説的な興趣に充ちた悲劇を描き出すのは、並大抵の力じゃないでしょう。現代史の影に見え隠れする悪の
 クロニクルという、実はきわめて小説的な/作り物めいた物語でありながら、あれだけリアルな感動(ヘン
 な言い方ですが)を味あわせてくれたというのは、さすがだと思いますよ」
「そういうことですね。MAQさんのおっしゃるように、ともかく「作り物めいた物語」ですから、部分
 の極端な衝撃性はその微妙なバランスを崩壊させる恐れがあるでしょう。東野さんがそれを意識して敢
 えて衝撃を控えた、とまではいいませんが、結果としては良い方向にまとまったと思います」
B「ふむ。これは読み手側の問題かも知れないわね。私はやはりもう一つ物足りなかったなあ。第三者の
 目を通して描くという作者の手法が、主人公達の内面に深く踏み込むことを妨げ、結果としてもう一つ
 彼らの真情がわかりにくい。そんな歯がゆさがあるのよね」
G「そのあくまで一歩引いて描き続けるストイックさみたいなもんが、ぼくは作者の作家としての成熟を
 示しているのだと思います」
「そうですね。まあ、ayaさんがいうように少々歯がゆいんですが(笑)……。この辺りを好意的に解
 釈するなら、主人公たちの内面については、あえて読者の想像力に委ねているのだと思いますよ」
B「ふうむ……」
「この「白夜行」はどちらかといえば文学的素養の強い作品ですが、たとえば東野さんのミステリー作
 品のひとつの到達点として「どちらが彼女を殺したか」がありますよね。内容については詳しく書きま
 せんが、つまり東野さんはこれと同様の意図があって、読者にすべて与えない小説を書いたのではない
 でしょうか」
B「なるほど!……「どちらが彼女を殺したか」ね、これは気づかなかったわ。到達点かどうかはともかく、
 「読者に委ねる」という点ではたしかにこれと対をなす作品だわ。……しかし、これまた実験作だわねー。
 そう考えると」
G「それは東野さんの十八番でしょ。文学的な、あるいはミステリ的な「実験」というものにきわめて意
 欲的なのが、近年の彼の特徴の一つですからね」
B「ふむ。ところで、いまキミが言ったように、この小説にでてくる、っていうか主人公達が仕掛ける「犯
 罪」というのは、実際にあったコンピュータ犯罪を中心とするハイテク犯罪が大胆に引用されているわ
 よね」
G「ですね。闇の現代史というか、犯罪クロニクルみたいな趣がありますね」
B「これってさあ、前回取り上げた島田さんの「涙流れるままに」を連想させない?」
「うーん……」
B「いや、もちろん手法やタッチはまったく違うんだけどさ。私は、これは東野さん流の現代犯罪史を通
 して描いた日本論であり、日本人論であるような気もするわけ」
「ん〜、なるほど。そこまではちょっと考えなかったですね。たしかに主人公が「悪」の道を歩む動機
 となった事件については、強者に媚び、弱者を白眼視するという典型的日本人の「負」のイメージがあ
 るようにも思えますね。「涙流れるように」のようにそれ事態が作品の1テーマになっているとまでは
 いかないでしょうけど」
G「すると主人公2人は、戦後日本が生み出した「負」の日本人の一典型ということになりますか」
B「まあ、言い切っちゃうのはどうかと思うけど……そんな「気配」もないではないでしょ? そうねー、
 たとえばあの冒頭の事件は、熊本水俣病の判決がでた年って設定だから、昭和48年。金大中事件の年
 であり、石油ショックの起こった年ね」
G「つまり、いうなれば日本の戦後の高度成長期がはっきりと終焉を告げた年ですね」
B「そうね。その後は戦後初のマイナス成長があり、ロッキード事件が起こり……バブルという一時の徒
 花も咲いたけど、基本的には戦後ニッポンの矛盾というものがいっぺんに吹き出した時代の物語なのよ」
G「ふむ。すると、そういう戦後日本の矛盾を象徴する存在としての「悪」が、その矛盾の拡大と共に成
 長していく。そんな構図でしょうか」
B「そうね。そうかもしれない。ま、深読みしすぎだとは思うけどさ。そう読んでいくと、「すべてのも
 のを裏切ることで成り立っている」主人公の人生というのは、そのまま現代日本人の隠された「負」の
 部分そのままであり、私たち自身の一部でもあるわけだ」
「うーん、「日本人論」ですか……なんだか僕にはしっくりきませんね。昭和48年というと、僕、ま
 だ産まれてませんし(笑)」
B「げ! 昭和48年で生まれてない! ですってぇー!ううう……」
G「なにをいまさらショック受けてるんですか。ayaさんとえんじさんの年齢差からいったら、「親子」と
 いってもおかしくないわけで……」
「え? そ、そうなんですか?」
G「いや、まあ親子というとちと大げさですが、えーっと具体的に言うとですね……」
B「くぉおらぁ!いらんこというなあ!」
「ママ、と呼んでいいですか(笑)」
B「うううう、えんじさんがいぢめる〜。MAQ〜、てめ余計なこといいやがって〜」
G「……ちと、生命の危機を感じましたんで、話を元に戻しましょう」
B「……ママですってママですってママですってママですって……」
G「……すると、ラストで相棒を切り捨てて生き残るヒロインは……「負」を切り捨てて頂上を極める虚
 飾の象徴? まさに日本人そのものということですか」
B「まー、それははっきり、深読みしすぎだわね!」
「……立ち直り、早いんですね」
G「なんせハガネの無神経ですから。……まあ、期せずして前回同様に、これはミステリ作家による「日
 本人論」という側面をもった作品であったのかも知れませんね」
B「しかしさあ、こうなってくると、東野さんもこれを「ブンガク」として書いたのかもね」
G「何ですか、その「ブンガク」というカタカナは。東野さんが文学しちゃいけないんですか? だいたい
 ミステリだって文学の1ジャンルでしょうに」
B「そうよね。だけど、ミステリはいわば文学の鬼っ子みたいなもの……というのはだいたいキミの持論
 だったはずだけど。ともかく目指すところのものが全然違う……っていうか。これは「永遠の仔」の時
 にも思ったことだけど、この作者もまたもはやミステリという枠で捉えきれなくなりつつあるんじゃな
 いか、ということよ。いい悪いでなしにね」
「それは、べつに今に始まったことではないでしょう。東野圭吾さんの世間一般な認識はあくまで「推
 理小説作家」ですが、御本人は作品によってはあまりそれを意識していないと思うんです。前作の「秘
 密」がそうであったように、「白夜行」の場合もまず先に「物語」の骨格があって、そこに「ミステリ」
 的な要素を入れる形で全体を構成していったのでは、という印象を受けます。少なくとも本格推理(の
 一部作品)のように、まず「ミステリ」という名の骨格ありき、という作品ではないでしょう」
G「ですね。まあ、究極、小説としていいか悪いか、面白いかつまらないか。問題はそういうことなんじゃ
 ないですか」
B「東野さんのように、ある意味きわめて先鋭的かつ積極的な、そして実験精神旺盛な作家なら、いずれ
 当然「そっち」方面にも向かうだろうとは思っていたけどさ。ちょっとね、寂しいわけだ。ミステリ馬
 鹿が減っていくのはさ」
「そういうこだわりは捨てて読んだ方が、東野作品は楽しめますよ」
G「だからって、べつにミステリを書かなくなるわけじゃないでしょうしね」
B「さて、ね。そうだといいんだけどね」
 
(Talk in August 1999)
 
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