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乱入
スペシャル
【
「幻遊庭園」
開設1周年記念特別企画】
第4回
「安達ヶ原の鬼密室」
歌野晶午 (講談社刊)
【今回のヘルパー/近田鳶迩さん】
今回、ヘルパーをお願いしたのは、ごぞんじ
「幻遊庭園」
の主催者にして屈指の『歌野フリーク』、近田鳶迩さん。歌野晶午さんの新作を語るとなれば、やはりこの方しかいません!ということで、今回もまた無理をお願いしてしまいました。
(付記)奇しくも本稿の公開日(2000年5月3日)はえんじさんの「幻遊庭園」の開設1周年! これを記念し、 本稿をえんじさんと「幻遊庭園」に捧げます。
CAUTION!
以下の鼎談は、
「安達ヶ原の鬼密室」
のネタバレに多数言及しております。未読
の方は同書を一読の上、あらためてお運びいただけますよう、くれぐれもお願い
申し上げます。
●あらかじめ放棄された『本格としてのサプライズ』
Goo
「一昨年の長編『ブードゥー・チャイルド』、そして昨年の短編集『放浪
探偵と七つの殺人』と、一時の沈黙状態が嘘のように、意欲的に本格ミステリ
に取り組んでいる歌野さんの新作長編です」
Boo
「まー、そうはいっても相変わらず寡作なんだけど、ともかく真っ向から
『本格というもの』に取り組んでらっしゃることは確かよね。しかし、さて…
…」
G
「というわけで。……今回のヘルパーさんはこの方しかいないでしょう! 自
他共に『歌野フリーク』を任ずる『幻遊庭園』の近田鳶迩さんにお願いしまし
たぁ」
近田
「どうもお久しぶりです〜」
B
「まあまあ、お久しぶりぃ! 前回(ぐぶらん第2回『白夜行』篇)はホ〜ン
トお世話になっちゃって。……いずれきぃ〜っちりお礼したいなぁ、なんて思っ
ていましたのよぉ」
近
「うううう。今回は、前回のような不適切な発言は決して致しませんので、
ayaさん、どうかひとつお手柔らかに……」
B
「あ〜ら、まるでワタシがコワイヒトみたいじゃないの〜。心外だわ〜」
G
「こ、こわいんですけど……」
近
「た、たしかにこわい……怖すぎる。かも」
B
「おまえらなぁ〜!」
G
「ええ〜っと、微笑ましいエールの交換はこれくらいにいたしまして、早速、
お題の作品の紹介からいきましょう。ええっと、この作品の 特徴は『3つの作
品によるオムニバス』という構成面の趣向でしょうね」
近
「ん〜、すいません。その『3つの作品によるオムニバス』という表現につい
ては、多少言及しておきたいんですが……まあ、そうですね。後でまとめて述べ
させてもらいます」
B
「ふむ? なるほど、じゃあ楽しみにさせてもらうわ」
G
「……じゃ、それぞれの内容に簡単に触れておきましょうか。まずは『こうへ
いくんとナノレン ジャーきゅうしゅつだいさくせん』。これは児童文学風です
ね。ガシャポンで ゲットしたミニチュアのフィギュアを枯れ井戸に落してしまっ
たこうへいくん。 さあ、どうやってこれを救出すればいいの? というお話」
近
「折り返しの序文を最初に読んでいたので、これは一体何が始まったのかと
思いましたね。歌野さん、ご乱心!とか(笑)」
B
「そうね〜。子供の視点で語るというスタイルの作品ならいくらでもあるけど、
児童文学風というのは、あまり例がないかもね」
近「ぼくは島田荘司さんの『眩暈』を思い出したりもしたんですが、読んでみる
とどうもそれとも様子が違う……解決はまあ、至ってシンプルにまとまってます」
G
「単独で読んだら、まあなんてことない作品ではあるかも」
B
「続いては『メキシコ湾岸の切り裂き魔』だね。これはタイトル通りサイコ
サスペンス風味。アメリカの田舎町に跳梁する謎のシリアルキラーを追う日本
人留学生のお話。思わせぶりな切り裂き魔の語りを挟み込んだりなんかして
『いかにも』だし、切り裂き魔の正体に関するどんでん返しなんかも用意され
てはいるけど、メインは、酒酔運転で事故を起こした若者たちの車に、『一瞬
のうちに出現した死体』という謎だね」
近
「全然本格っぽく書かれていないせいか、話が進んで行くに従って、読者の
視点はメインであるその『一瞬のうちに出現した死体』からは徐々に引き離さ
れちゃいますね」
G
「海外が舞台だからってわけじゃないけど、ちょいと島田学派の匂いがしま
せんか」
近
「僕は島田学派の匂いというよりも、単純に海外留学というキーワードから
西澤保彦さんの『黄金色の祈り』を連想していました。主人公の性別は違いま
すけどね」
G
「あ、なるほどね。ただぼくは思うんですけど、この作品における舞台はメ
インネタから必然的に導かれたものだと思うんですよ。あの場所、あの地域だ
からこそ成立するトリックっていうか。島田さんでいえば、近作の『大根奇聞』
なんかと同系統かな、と。……そのことは表題作の『安達ヶ原の鬼密室』も同
様で。こちらは二次大戦 末期の日本、それも人里離れた富豪の奇怪な構造の屋
敷……が舞台」
B
「この屋敷ってのが、外界から孤立し『鬼』にまつわる伝説やらまであるわけ
曰く付きの『館』なんだな。そこに撃墜された米軍機パイロットが逃げ込んだ
ことをきっかけに、奇怪な現象が続発。探索に乗り込んできた日本兵が矢継ぎ
早に死んでいく」
G
「ここで連発される『不可能』はそうとう以上に強烈ですよね。『巨大な鬼』
が目撃されたり、半ば密室状態の中庭で死体が宙づりになったり。まさしく奇
想の限りを尽くしているって感じです」
B
「うーむ、そうかなあ。まあ、島田さん風味のそれを意識しているのは確かだ
ろうけど、問題はそれら『手がかりとしての奇現象』がいずれもストレートす
ぎる提出のされ方をしているため、中核にある謎がおっそろしく簡単に解けて
しまうことだわね。っていうか、まあほとんど冒頭からバレバレなんだけどさ」
近
「そうですね。屋敷の構造が突飛すぎるため、そこに『何かある』ことがあ
まりに明白になってしまった点は、やや残念です。でも、これは『館もの』で
は避けて通れない道なのかもしれませんね」
B
「そうそう。しかもこの手の『館もの』としても、非常にストレイトな部類だ
からねえ。平面図見ればまるわかり、つうか」
G
「……あの〜、どうでもいいけど、いきなり意気投合しないでもらえます? い
ちおう、なんちゅうかそのえんじさんはぼくの味方つうか、その」
B
「え〜い、ケツのアナの小さい男め!」
近
「あ〜、はいはい。え〜っと、そうそう『石像に食われる死体』は良かったな
あ。雰囲気的には、島田さん以上に横溝正史さん的なものを感じましたよ」
G
「たしかに雰囲気の演出は横溝さん風かもしれませんね。日本風にアレンジさ
れたオカルティズムというか、民話風というか。ただ屋敷の構造とメイントリッ
クが有機的に結びつく、ってぇとやはり島田さん〜綾辻さんのラインかな、っ
て気がします……それにしても……。んじゃあお二人とも冒頭から『気付い』
ちゃったんですかぁ? うう。ぼくは中盤過ぎまでは五里霧中だったんですう」
B
「いいけど……きみは幸せな人だねぇ」
近
「あ〜いや、実はぼくも相当『幸せな人』でしたけど(笑)。が、まあ、手
掛かりの出し方があまりにストレートだという意見には消極的ながらも賛成で
すね。たしかにこれはわかりやすい」
G
「でも、ある程度の『わかりやすさ』は、キズにはならないと思うんですけど
ね」
B
「だから問題はそこじゃないのよ。構造そのものっていうか……『謎〜手がか
り〜真相』のリンクがストレートすぎるってことなのよ。だから、これだけ大
仕掛けなネタであるにもかかわらず、結果として真相が明らかにされた時のサ
プライズがとんと寂しいものになってしまった」
近
「う〜ん。ミスディレクションが読者の域にまで達しないで、作品内だけで
完結しちゃってるってところですかね。手掛かりの出しすぎということは、た
しかにいえるでしょう……でも、見方を変えてやると、この作品はそもそも
『本格としてのサプライズ』を、最初からある程度放棄しているような気もす
るんですよ」
G
「それは? どういうことですか」
近
「 これは『メキシコ湾岸の切り裂き魔』と並べてみるとわかりすいんですが、
『鬼密室』が昭和初期横溝テイストのおどろおどろしい雰囲気を前面に押し出
しているのに対して、これの対比として提示される『墜落した溺死体』は現代
を舞台にした作品となっていますよね。そしてこれの探偵役をつとめる××は、
事件を……なんというか『事務的』に処理しているように見える」
B
「ふむ。たしかにそういう感じはあるわね」
近
「島田理論のひとつに、冒頭に幻想的な謎があれば解決での意外さは自然と
演出される、といったものがあると思うんですが、僕にはどうも『鬼密室』の
解決が、この理論に対して積極的に背を向けているように思えるんです。本来
ならもっともサプライズが感じられるはずの箇所で、ドラマティックさを極力
排除しているというか、とにかく淡白な印象を受ける」
G
「なるほど、そこにある種、作者の狙いというか『意図』を感じてらっしゃ
るわけですね」
近
「そうです。……やり方によってはいくらでも劇的な演出が出来たはずなん
ですよ。僕には、どうもそれを『あえてやらなかった』という風に見えるんで
すが……」
B
「う〜ん、それはえんじさん、ちょっと誤解してるんじゃない? 島田理論に
おける謎解きのサプライズというのは、冒頭部分に配置される謎がじゅうぶん
に詩美性に富んだ魅力的なものであるなら、ことさら演出を行わなくても『お
のずと』強烈なものになる……。つまり、ことさらな演出は必要ないというこ
とでしょ。歌野さんのそれも同じことじゃないの?」
近
「ええ、そうなんですが……ただ、ayaさんがおっしゃった通り、島田理論
ではことさらな演出は不要というだけで、サプライズそのものを否定している
わけではないでしょ? 演出しなくても、それはおのずと生まれるといってるわ
けで。微妙なんですが、歌野さんはこの作品では、演出云々以前に、結末にお
けるサプライズそのものの存在を否定しようとしているような」
●島田理論に基づく、もう一つのサプライズ構築法
B
「なるほど! 面白い面白い面白い〜。しかし、それは相当の奇説よね。その
説をエスカレートさせてくと、逆に島田理論をさらに進化させたものともいえ
るんじゃない?」
近
「へ? って、なんだか全然逆の趣旨に受け取られてるような気がするんです
が、どういうことですか」
B
「つまりさ、島田理論の『ラストにおけるより大きなサプライズの作り方 』っ
てのは、『冒頭の謎の詩美性<謎解きの論理性』というカタチで、この両者の
落差が大きいほど大きくなるということよね。つまりこれを方程式にすると
『冒頭の謎の詩美性÷謎解きの論理性=ラストのサプライズ』となる」
G
「むちゃくちゃな方程式だなー、んなもん同列において計算なんできるわけ
ないじゃないですかー」
B
「んなことわかってるわよ、ま、お遊びよお遊び。でね。この方程式でいえ
ば、島田さんは『冒頭の謎の詩美性』の側の数値を徹底的に大きくすることで、
ラストのサプライズの数値を大きくしているわけ。しかし、方法はもう一つあ
るわよね。つまり『謎解きの論理性』側の数値を小さくいけば、これまた結果
としてラストのサプライズの数値は大きくなる。これを、歌野さんは実践しよ
うとした……てな仮説は、いかがかしら?」
G
「つまり……ラストの謎解き部分の『演出』を可能なかぎり抑制することで、
冒頭との『落差』を拡大する、ということですかね。う〜ん、それはしかし詭
弁でしょう」
B
「まあね。そういういい方もできるんでは、ってことよ。ともかく、えんじ
さんにはなぜ歌野さんが、それを『あえてやらなかった』のかを、うかがいた
いわよねえ」
近
「うう、そこまで話を大きくされると、なんだか腰が引けてしまいますが…
…ayaさんの方程式とはちょっと違ってしまいますが、そのご質問に答えよう
とすると、僕としてはやはり『多重構造』によりスポットライトを当てたかっ
たから、という出発点に戻ってしまうんですよ」
B
「ふむ。やっぱりそこに行き着くわけか」
近
「というのは……もちろんこの『多重構造』と『本格としてのサプライズ』
を並列に置くことは可能です。ですがその場合、読者の注目はどうしても『本
格としてのサプライズ』に引き付けられてしまうのではないか、って気がするん
ですね」
B
「それは……たしかにその通りかもしれないわねぇ」
近
「サプライズというのは、読者が本格ミステリを読む際に心のどこかで期待
しているであろういくつかの『本格的要素』のうち、もっとも大きなものだと
思うんです。ですがこの作品で歌野さんのやりたかったことは、あくまで『多
重構造』だったはずなんですね。極論すれば、真昼の月を見つけるのに、太陽
の輝きはかえって邪魔になるんですよ」
G
「つまり『多重構造』を際立たせるために、あえて。ということですね」
近「そうですね。『多重構造』を単なる添物的な扱いにはしたくない。本格ミ
ステリとしての要素をギリギリまでに抑制してでも、新たなる試みの効果を引
き上げたかった……つまりは、そういうことだったのではないかな、と。まあ、
こじつけであることは否定しませんが(笑)」
B
「しかし、だとしたらそれはやはり本格ミステリとしてのもっとも重要な部
分を、見過ごしにしてしまったということにはならないかね? 『確信犯』で
あったにせよ、結果としてこの謎-謎解きというのがえらく軽いものになって
しまった気がするんだな」
G
「でも、この謎については、この後さまざまな解釈が提出されて、多重解決的
な趣向もあるじゃないですか。けっしてストレートすぎるとは思いませんが」
B
「悪いけど、そこで提出される『推理』 が揃って大バカなのよ。推理になっ
てないんだな、どれもこれも。まあ、そもそも『作者が用意した解答』自体そ
うとうヤッツケで、ギコチないものなんだけどね」
G
「んー、そうですかねえ。たしかにけっして歯ごたえのある問題ではなかった
かもしれないけど、結末で描かれる絵はなかなかの奇想に満ちていたような気
がします」
近
「 実際に映像として思い浮かべてみると、凄い迫力がありますよね。序盤の
幻想にしても、身長5mの鬼が石造りの屋敷を両腕で抱え込んでる絵なんて、
ちょっとした怪獣映画じゃないですか(笑)」
G
「ですよねー。いや、思うんですがこれって映像化向きの作品なんではないか
なあ」
B
「たしかにそうかもしれないけど、私が問題にしたいのは、その『解明』の部
分なのッ! 多重解決なんていったってさ、どれもこれも無理無理でしょ。特に
……これはまあ私だけかもしれないけど、 『鬼』の正体に関する謎解きはがっか
りしたね。あれは謎解きではなくて『蘊蓄の解説』でしょ」
近
「これについては、たとえば島田作品を例に挙げるなら『アトポス』や『龍
臥邸事件』でも同様の趣向が採用されていますし、特に気にしなくてもいい箇
所じゃないでしょうか。一応、『屋敷の奇妙な構造の理由』とも遠いながらも
繋がっているわけですし。純粋論理だけで『鬼』の正体を突き止めるなんての
は絶対に無理でしょうけどね」
B
「んー、個人的な感じ方の違いかもしれないんだけどさ、これもまたストレイ
ト過ぎると思うわけ。しかも『鬼』の正体とされた『アレ』というのはさ、一
般人の知識にはないもんでしょ。そこが私は気に入らない。『知らないもの』
というのは、この場合架空のものと同じなんだな。極論すれば『なんでもあり』
みたいなもんで。ところが『アトポス』のあれは、たぶん日本人なら誰でも
知ってるものでしょ。島田さんは私達にとって『ごく身近なもの』を演出でもっ
てまったく別の『異様な/非日常的な存在』に仕立て上げている。……だから
こそ、ラストでは非日常がロジックの力で日常に反転し、サプライズが生まれ
るわけ。それが本格ミステリのやり方ってもんなんじゃないかな」
G
「たしかにそれ単独で提示されたら脱力もんかもしれないけど、この場合は違
うでしょ。あくまでメイントリックとの組み合せによって演出された『奇想』
の面白さとして見るべきでは? ぼくはそれで充分楽しんだし、サプライズもあっ
た。解決についても、その性質上、落とし所はあれしかなかったと思います」
B
「ふん。まあ、強弁するつもりはないけどね。問題は他にもある。さっき話し
てた『3つの作品によるオムニバス』という構成面の趣向についてなんだけど、
この趣向もまた作品の弱点を増幅させている気がするんだな」
●ハイパー・メタレベルの実験が生んだ新しい本格のカタチ
G
「うーん。その問題ですかぁ。……読者の皆さんには誤解しないでほしいの
ですが、この3つの物語に、ストーリィ的な部分での結びつきは一切ありません。
連作ではないし、1つの物語を3つの視点で語ったとかいう仕掛けがあるわけ
でもない。……なんら関係のない別個の物語なんですね。しかし、んじゃあい
わゆる一つの『バラエティに富んだ短編集』かというと、これも全然違う」
近
「ですね。3つの作品……『ナノレンジャー』、『切り裂き魔』、『鬼密室』
が織り成す多重構造の関係性は、各作品の登場人物には当然わからないわけで、
それを把握できる立場にいるのは読者だけということになります」
B
「ったく、なあにを回りくどいことを言ってるんだかなあ。ようするにこれ
は1つのトリックによるバリエーション……変奏曲集だろうが。つまり、これ
は純粋に読者へのみ向けられた『趣向』にすぎないんだな」
近
「いやいや、待って下さい。だけど『鬼密室』と『墜落した溺死体』の関係
性は登場人物である○○や××にもちゃんと把握できるようになっているでしょ?
つまり読者に向けられた変奏曲という発想が、形を変えて登場人物にも向けら
れているわけですね。これは本書の構造が作者のはっきり意図したところであ
る、という証明にもなると思いますよ」
B
「さてね、それは確かにその通りだろうと思うわ。でも、その『変奏曲』とい
う発想が、作中世界ではことさらなんの意味ももっていないように思えるんだな。
ストーリィ的にもなんのドラマも生まないし、登場人物の推理にもなんら寄与し
ない。結果として極論すれば、本格ミステリ的にほとんど意味がないお遊びでし
かない」
近
「ええと、『作中世界ではなんの意味もない』類のトリックというのは、たと
えば叙述系の作品では多く見られるものですよね。この手のトリックの多くは最
初から対象を読者のみに限定しているわけですから、登場人物と無関係のところ
に位置するのはある意味当然なんじゃないでしょうか?」
B
「だけどさー、この場合、メタレベル的にもミエミエのわかりやすさじゃん!」
近
「そういわれちゃうと、どうしようもありませんがねぇ」
G
「ミエミエですかねー。ぼくは半分以上読むまで気付きませんでしたけどねー」
近「それはぼくも同じです。つまり少なくともここに『ミエミエじゃなかった』
人間が2人もいることですし(笑)」
B
「う〜ん、『実例』が2人もいたかぁ。しかし丸解りだと思うけどなぁ。半端
でなく」
G
「知りません知りません。ともかく、この変奏曲集という発想は新しいし、
面白いと思いましたね。ああ、こんな風にもできるんやねえ! って感じで。
ある種、作家の手の内を覗いてるような楽しさがある」
B
「しかしだな、私にはその構想が見えた段階で、とりもなおさず、それ自体
が大きすぎる手がかりになっちゃったわけだよ。っていうか、構想は見えな
くても1つ解ければ皆解ける。もともと『易しすぎる問題』であるのに、さ
らに輪をかけて親切すぎる手がかりを提示されたような気分なんだな。これ
は作者の計算違いだと思う」
G
「んーそれはayaさんがあまりにも特殊なんだと思うけどなあ。だいたいうが
ち過ぎじゃないですかぁ。作者としては、オムニバスの 『構想』そのものが、
通常のメタトリックとは別のレベル……上手くいえませんが、構造上の手法と
しての新しさみたいな……によって、通常のミステリとは違うタイプのサプラ
イズを演出しようとしたのではないかなあ。まあ、たしかに期待したほどの効
果(サプライズといえるほどのそれ)が上がっているとはいえないけど、少な
くともぼくは面白いと思いましたが」
近
「そもそもこの構成というのは、「1つ解ければ皆解ける」でないと意味を成
さないんじゃないでしょうか。『易しすぎる問題』であることに敢えて反論はし
ませんが……」
B
「ふうむ。パズラーとしての、つまり「謎解き問題としての」仕掛では、そも
そもなかったということなんだわね」
近
「なんというか、これらの話の関係性というのは『ミッシング・リンク』みた
いなものだとも思うんですよ。どこがどう繋がっているのかわからない、だけど
その鎖が見つかったとき、読者は瞬時にしてその全体像を浮かべることができる。
『易しすぎる問題』というのは、つまりはその鎖がシンプル且つ盲点的なもので
あった由縁です。これは実際のミッシング・リンク物もそうだと思うんですが、
ラストに明かされる『繋がり』はあまり複雑なものより、コロンブスの卵の方が
より大きな驚きを演出できるでしょう。同じ第一期新本格作家の我孫子武丸さん
の『∞の殺人』が良い例です」
B
「なるほど、それは非常に分かりやすい、腑に落ちる説明だけど……ミッシン
グ・リンクものと考えると、それはそれでこの場合は致命的な欠陥があるんじゃ
ない?」
近
「そうですね。通常のミッシング・リンク物は作中の文章が読者に真相を明か
すという形式を取られているわけなんですが、本書のような構成ではそれができ
ない。作者ないし探偵がどっこいしょと腰を上げて、読者ないし関係者に事件の
真相を明かすことができない。最初から一定レベルの『読者の理解力』を前提と
しているんですよ。それが望めないことには一個の作品として完成することがな
いんです」
G
「たしかにたしかに! それは従来のミッシングリンクものとしては欠陥である
かも知れないけど、本質的に『読者を巻き込んだ新しいタイプの』ミッシング・
リンクとしては、じつに斬新で新しいものだったといえるかも知れませんね」
B
「しかしね、結果としてその試みが、本格としての根本的な部分/問題として
の難易度を損なっているとしたら、それはやはり問題なんじゃないかね?」
G
「それでもあえて、歌野さんは、この『新しい試み』をせずにはいられなかっ
たということでしょう」
近
「……仮に本書の構成に気がつけずに(そんな人はいないと思いますけど)個
々の話を完全に独立して評価している人がいたとしたら、それこそ作者の目論見
は無に帰してしまいます。それだけは絶対にあってはならないことだと思うんで
す」
B
「なるほど。だからこそ『問題としての難易度』もまた、あえて低めに設定し
てある……ということか。つまりあくまで『仕掛優先』。謎解きさえも、それに
従属する、という」
近
「最近は『わからない人はわからなくてもいい』というスタンスのミステリー
が随分と増えている気がするんですけど、少なくとも本格ミステリーだけは、
ちゃんと一言一句を拾っていけばすべての読者がその仕掛けを理解できる、そう
いうものであって欲しい。その意味でも、まあ『易しすぎる問題』については、
仕方ないんじゃないでしょうか」
B
「しかし、そうだとしたらそれは、その仕掛け/サプライズ演出というのは、
『本格ミステリ』のそれとは全く別の次元のモノだろう。少なくとも本格ミス
テリである以上、そういった仕掛けは本格ミステリであることに奉仕されるべ
きだと思うんだな。これじゃヘタな創作講座。さっきいったように、本格ミス
テリとして作品に寄与してないどころか、結果として足を引っ張っている気配
さえある」
G
「うーん。それは穿ちすぎた見方だと思うけどなー。大成功しているとはい
えないまでも、これってある意味では『新しい本格のカタチ』に関する実験と
いえなくもないのでは?」
B
「いや、それにしては安直すぎると思うね。一篇の作品としてのそれでなく、
一冊の本としての仕掛け……それ自体が悪いとは言わないよ。でも、この場合
は、信じられないくらい単純な趣向であり仕掛けに過ぎないもの、なわけで。
つまり、この仕掛けには読者に対する『騙し』っていう視点がないんだな。単
なる趣向どまりというか、ただ並べただけ……だからここには驚きがない。
『ふーん、あっそ』ってなもんであって、これはいかなるレベルにおいても
『本格ミステリの仕掛け』ではない。裏返せば、こっから先を工夫するのが本
格ミステリの仕掛けってぇやつじゃないのかね」
近
「そうかなあ。『騙し』、ないですかね? 僕はこの作品の『騙し』は、要す
るに『変奏曲集であること』が伏せられている点にあると思うんですけどね」
B
「ほう。というと?」
近
「本書のことを長編作品だとばかり思っていた先入観もありますが、『ナノ
レンジャー』と『切り裂き魔』それぞれの前半部を読んだ時点では、一体全体
このふたつの異質な作品がどのようにして繋がるのだろうと、ただただ混乱す
るばかりだったんです」
G
「そうそう、ぼくもそうでした。ともかく作品のタッチがそれぞれ全く違うん
だものな」
近
「……で、『鬼密室』の事件部を読んで、初めてその構成が意図することに
気づいたわけですが……その際のインパクトはなかなかに強烈でしたよ。まあ、
『本格ミステリである以上、衝撃の力点はラスト付近に置かれるのが望ましい』
みたいな考え方はたしかにあって、本書は変奏曲集という構成上、その力点を
ラストよりもやや前に配置しているわけです。それが結果として『衝撃』より
も『納得』を産んでしまったというのであれば、それはやはり趣向の妙だけが
先走りしてしまったということになるんでしょうねぇ」
B
「いや、そのことはいいのよ。私だって『気付いた』のは、同じところだった
しね。えんじさんのおっしゃる『衝撃の力点』がラスト前に置かれていても、
それはそれで構わないと思う。ただね、それが本格ミステリとしての『衝撃』
とはまったく性質が違うような気がするわけ。はやい話、このサプライズは趣
向としてのサプライズでしかない。少なくとも謎解きロジックとはなんら関係
がない。そこが物足りないわけ」
近
「趣向としてのサプライズだけではいけないのでしょうか? そもそも本格
ミステリにおける多くの技法は、如何にしてラストのサプライズを大きく見せ
るか、という目的のために編み出されたものでしょう。サプライズに貢献する
のであれば、それが趣向であったりキャラクターであったり、シリーズ構成で
あったり著者本人であったとしても、問題はないかと思いますが……あ、でも
この考え方だと、SFやサスペンスにおけるサプライズまで含んでしまうのか。
すいません、今の発言、取り消します」
B
「いや、別に取り消す必要はないと思うけど……う〜ん。それ自身のパワー
でなく、回りの演出で『大きく見せる』必要があるサプライズというのは、そ
れだけで作家として敗北だという気がするのよねえ。この手のメタ的仕掛とい
うのは、基本的に奇手であり飛び道具でしょう。いけないとはもちろんいわな
いけど、よほど傑出したものでないかぎり、本来の『謎-謎解き』を犠牲にし
てまで用いるものでもないような……」
G
「つまり、たとえば騙しという視点を欠いた仕掛けであるがゆえに、それは
本格ミステリの仕掛けとしては機能していない、ということでしょうか。まあ、
趣向として練り込みが足りないのは、その通りだと思いますが、繰り返しにな
りますが面白いとは思えたんですけどね」
B
「だからそれは、あくまで趣向としてのそれ。彩りとしての面白さでしかないん
だよ。本格としての評価対象には、だからあたらないというべきよね。ともかく
そんな風に全体像がみえちゃった以上、作品に対する期待は、その特殊な構成が
本格ミステリ的にどういう機能を果たしてくれるか、という部分に集中しちゃっ
たわけよ」
G
「う〜ん。本格作品としての仕掛けになっていないというのには、同意ですが、
同時にああいった趣向を楽しめるのは、やはり本格ミステリが好きな人だけでしょ。
つまり、結果としてそれはエンタテイメントの要素として、きちんと機能してい
るのは確かなわけで」
B
「そうかねー。私にはちょっとひねった『創作講座』程度の工夫に見えたけど
ねー。まあ、それ自体は、だからどうでもいいっていえばどうでもいいの。私が
いいたいのは、むしろ「鬼密室」そのものをもっともっと練り込んで、謎解きも
洗練させて、それ一本で『どうだ!』っていえるくらいのものにしてほしかった
わけよ」
近
「う〜ん。それはやっぱり保守的すぎる考え方ではないかな〜」
G
「ですよねえ。ayaさんの気持ちは解りますし、ぼくも同感する部分はあります
が、同時にやはりこれは歌野さんの実験精神を認めるべきだと思いますね。極端
な言い方になりますが、本造りというレベルでの『この仕掛け』は、作品世界の
内・外というレベルを超えた、いうなればハイパー・メタレベルの実験ともいえ
るわけで。やや不発に終わったのは、作者自身にとっても、それがまだまだ手探
りの試みだったからなんだと思います」
B
「まぁたそーゆーわけのわからない造語でごまかす。大層な言い方してるけど
さ、作者はそこまで考えちゃいないでしょー。たぶん」
G
「んなことわかりませんよー。『いまの歌野さん』なら、それくらいの挑戦意
欲があってもおかしくないと思うな」
近
「というか、実験的意図なしにああいう作品を書いちゃうなんてコトがあった
としたら、逆に物凄い天才ってことになるんじゃないでしょうか(笑)。ちなみ
にその“ハイパー・メタレベルの実験”というのは、昨年の太田忠司さん『銀扇
座事件』にも同様のことが言えますね」
G
「ああ、それはいえてますね〜」
B
「だぁ〜かぁ〜らぁ〜! 私はなにも新しい試みが全てダメっていってるわけじゃ
ないの。本格ミステリとしての、謎と謎解きの小説としての新しさでない限り、
本格ミステリとしては意味がないといってるわけ。この作品の『新しさ』っつー
のは趣向の新しさにすぎないわけよ」
●歌野流『コード多用型本格』へのアンチテーゼ
G
「たしかにayaさんがおっしゃるように、たとえばストレートな本格として、
『鬼密室』単体を読んだとき、圧倒的に物足りない部分、洗練されてない部分は
たくさんありますし、そういった基本を磨きあげてほしいというのは、当然あっ
てしかるべき要求でしょう。けど、ただそれだけでは、新しいものは生まれない
と思うんですよね。『現代の本格の書き手』は、単に古典的な手法を磨きあがて
いく……いや、むろんそれも素晴らしいことだし重要なことですが……だけで事
足れりってわけにはいかないと思うのですね。それが現代本格の置かれている状
況なんではないでしょうか」
近
「そうですよね。仮にこの作品が、本当に『本格ミステリとして意味がない』
作品なのだったとしても、僕はやはり、素直にその新しさを評価したいと思いま
す。本格ミステリは発想の斬新さというのも重要なポイントですし、常に新しい
手法を模索・提示することは、後続の作品たちにも大きな影響を与えていくこと
でしょう」
B
「個々の作品の評価というやつは、そうした状況論とは切り離して考えるべき
だと思うけどね。ま、それはともく……だからさー、ひらたくいえば『それより
先にやるべきことがあるでしょ』と私はいいたいわけよ。本筋部分の弱さ(とはっ
きりいっておこう)を、こういった外装部分の工夫でカバーしようとしている、
とは、まあいわないけどさ。そう思われても仕方がないだろう、この場合」
G
「それはちょっとひどすぎるなあ。『鬼密室』の基本となってるアイディアや演
出の基本的な発想、舞台作りなんてけっして悪くない。というより、近年の収穫
の一つといっていいのでは? 作品総体としてみたときに、多々食い足りない部分・
雑駁すぎる部分はあるにせよ、歌野さんが、柄刀さんと並んで島田荘司さんの後
継者の地位に最も近いところにいる人だという気持に変わりはありません」
B
「島田さんの後継者ぁ〜? 片腹痛いな〜。はっきりいって島田さんの背中も見
えない位置を走ってると思うけどね!」
G
「うーん。そういわれちゃうとなあ。同意するしかないんだよなあ……しかし」
B
「だいいち歌野さん自身、『島田さんの後継者』をめざしているのかね。作家
である以上、めざしているのはワン・アンド・オンリイの歌野晶午であろうし、
またそうであるべきだと思うけど」
G
「そりゃあもちろんそうですとも。ですが現在、歌野さんがいわゆる『島田理
論』のもっとも忠実な、しかも精力的な実践者の1人であることは間違いないで
しょ? でも、だからといって彼の作品が島田作品の模倣であるということでは
断じてないわけで。歌野さんは『島田理論』に共鳴し、それを彼なりの解釈で
よりよい本格ミステリとして作品化しようとしているのですよ」
B
「ふむ。しかし、その場合大切なのはまず『島田理論』の実践であり、その
『彼なりの解釈』に基づいた工夫の部分についても、 その理論が最も効果的に
機能しうる方向で創造され使用されるべきでしょ。ところがこの作品においてそ
れにあたるものは、おそらくあの『変奏曲』という仕掛けくらいしか見当たらな
い。だとしたら、彼は何か根本的なところで『島田理論』を読み違えている、も
しくは甚だしい計算違いをしているように思えてしまう」
G
「う〜む。問題発言だなあ。それはいったいどういうことですか」
B
「つまりね。あのハイパー・メタレベルの仕掛けは、『島田理論』が本格ミス
テリのもっとも枢要な核心としているところの、冒頭の詩美性に富んだ謎という
『奇想の光景』を、矮小化する方向にしか機能していないように見えるんだな。
結果として」
G
「うーむー」
B
「なぜあれの3つの物語が、ストーリィレベルでなんのリンクもなしに並列的
に配置されなければならなかったか。たしかにメインストーリィの謎を解くた
めの手がかりの提出という意味では新しくもあり、ユニークでもあったかもし
れない。つまり『ネタとしての手がかり・発想としての手がかり』としては機
能しうるわよね。でもさ、それって要は『回りくどいネタバレ』でしかないわ
けで。本格ミステリの謎解きロジックのセオリーから外れていることはいうま
でもないんじゃないかな」
近
「それはまあ、最初から歌野さん側にセオリーを外していこう、という積極
的意志あってのことだと思うんですが……」
G
「ですよね。あの仕掛けには『手がかり』という狙いはなかったんじゃない
かな。趣向というか、彩りというか、その程度の狙いだったように思えますけ
どね」
近
「ん〜、実は僕はそこに、もう少し大きな意図を感じているんです」
G
「……というと?」
近
「ええ。たとえば逆に、これら3つの物語にストーリィレベルでのリンクがあっ
たとして、『鬼密室』の探偵役が『切り裂き魔』と『ナノレンジャー』の話を聞
く機会があり、そこから天啓を受けて事件の真相を見抜く……本書での『墜落し
た水死体』が占める位置に『切り裂魔』と『ナノレンジャー』も同列で並ぶ……
という形であったとしたら、構成的にはこちらの方がすっきりしているかもしれま
せん」
B
「そうよね。その方が本格ミステリ的には、すっきりしたものになったでしょう
ね」
近
「しかし、本書ではそういった既成の『本格的構造』を敢えてバラバラに分解
して、それをまったく違った組み合わせ方で再構築しています。これについての
歌野さんの真意は定かではありませんが……今考えたんですが、もしかしたらこ
れは歌野流『コード多用型本格』へのアンチテーゼだったのではないでしょうか?」
B
「ほほう、『本格コード論』? これはなんだか面白い話が聞けそうね〜」
近
「本格におけるコードというのは、その便利さ故に多用すると物語の内容が、
ある程度似たり寄ったりになってしまう危険性を孕んでいると思うんです」
G
「一見して不可能と思われる密室殺人が起こり、無能な警察官は右往左往、名
探偵が颯爽と登場し、関係者一同を集めて謎を解決する……。まあ、これは『コー
ド型本格』の宿命っていうか。物語の構造自体がコード化していく嫌いは、たし
かあるかもしれませんね。でも、ぼくなんかそれはそれで好きですよ」
近
「ええ、無論、僕もこういう昔ながらの本格が大好きな人間ではありますが、
だからといって、同じタイプの作品ばかり読んでいたらすぐに満腹になってしま
うでしょ? で、どうして『満腹』になるかというと、やはりコードの多用が物
語の展開の仕方まで制限しちゃってるからなんじゃないでしょうか……。そう
でない作品ももちろんありますが、たとえば漫画『金田一少年の事件簿』など
はその最たるもので。事件の詳細は違えど全体的な雰囲気は皆一緒って感じが
どうしても拭えないんですね。……それがいいんだ、という意見には僕も同意
ですが、かといってすべての本格がそれじゃあちょっと寂しいかな、と」
B
「ふむ、まあ、しかしその問題については、現代の本格ミステリ作家はある
程度意識して創作してるんじゃないかな」
近
「ですね。この『コード多用=同じような展開』の図式を打ち破るために、
たとえば『コード多用そのものを控え』たり『新しいコードを導入』したり、
いろいろな工夫が行われています。もっとも前者はそもそも本格でなくなって
しまう可能性も高いんですが……。ちなみに後者についても、基本的にはそれ
までのコード同士の結び付きを一端解いてやって、そこに新しいコードを入れ
てから再度結び付ける、ということをやるので、既存のそれとはほぼ別物と考
えた方がいいでしょう。……で」
B
「ようやく本筋?(笑)」
近
「お待たせしました(笑)。つまり歌野さんが考えたのは、この『コード多
用型本格』の骨格を崩さないまま、従来とは違った方向性を打ち出そうという
ものだったと思うんですよ」
G
「つまり、本書における『既成の本格コード多用型本格ミステリ的構造』を
『内包する』方法というのが、それにあたるということですね?」
近
「そうです。この『内包する』というのは、たとえば連作短編で最後にすべ
ての物語がひとつに収束する、といった類のものとは明らかに異なります。前
にも述べましたが、つまりこの場合は収束させるのが『作者』ではなく『読者』
なんですね」
G
「ああ、なるほど! つまり、作中の事件を解決するだけでなく、作品それ自
体を完結させるために読者が参加する……いわば究極の『読者参加型』の本格
ミステリという」
近
「そういうことです。その意味で、かつてこれほどまでに『読者が参加する』
タイプの本格作品はなかったんじゃないでしょうか。本格ミステリの謎解きロ
ジックからは外れていたとしても、読者にとっての謎解きロジックには間違い
なく有効でしょう」
G
「すごいすごい! まさしくハイパー・メタ・レベルの謎解きですね。これは」
●島田理論を補完するものとしての新たな叙述トリック
B
「う〜む。いや、理屈はわかる。わかるけど……残念ながら、その試みが成
功しているとは、どうも思えないなあ。繰り返しになるけど、どうしてもその
ハイパー・メタ構造ってやつそれ自体が、内包する本格ミステリ構造を矮小化
する方向に働いちゃってる気がするわけ。意味が無いとはいわないけど、努力
する方向を勘違いしているのではないか。結果としてあの存在が、ホンスジの
物語も本格ミステリとしての結構も矮小化してしまっている。島田さんだった
ら 、強引にでも物語の中に取り込んで、より大きな『絵』を描こうとしていた
はずだと思うんだよね」
G
「そうかもしれませんが、その方向は、だから『島田さんの絵』でしかない。
どこまでいっても島田荘司という巨大な存在から逃れられない。でも、歌野さん
は結果はどうあれ『歌野さん自身の絵』を描こうとしたわけで。ぼくは、これ
を評価してあげたいと思うわけです」
近
「うん、僕もそう思いますね。たしかに島田さんならば、それをあくまで本
格ミステリとして仕上げてしまうでしょう。だけどやはり歌野さんは歌野さん
で、目指したものが本格ミステリであったかどうかはともかくとして、少なく
とも島田さんの画風にはなかったものを描いた、という点は買いたいですね」
B
「それって結局、歌野さん自身の作家的限界を、早々と明らかにしてしまう
ことにはならないかね?」
G
「それはあまりにも短絡的・一面的すぎる見方だと思うけどな。歌野さんは
成熟にはほど遠い、まだまだ『これから』の作家なんだと、ぼくは信じていま
すけどね」
近
「ま、もともとが寡作な作家さんで、本書を含めてもまだ10冊ちょっとしか
出ていませんからね。(ちなみに長編+短編集で全11冊)10冊も出していれ
ば充分じゃないか、という見方もあるでしょうが、これまでの作品発表の経緯
から見るに、歌野晶午という人は突然『急激な成長』を遂げるタイプだと思うん
ですよ」
G
「そうですよね。長く沈黙してたかと思うと突然堰を切ったように、新しい
傾向の作品を連発する。……ある意味非常に起伏に富んだ創作活動を続けてらっ
しゃるんですよね。頼もしいのは、そうして変身を遂げても、つねに『本格と
して』の主柱は変わらないという点で」
近
「ですから今回もまた、本書を切っ掛けとして……というとなんだか本書の
位置付けを軽視しているような言い方になってしまいますが……さらに大きな
『自身の絵』を描いてくれるものと、僕は信じます。ここまで来ると、もう一
種の信仰ですけど(苦笑)。ただ、色々と話しているうちに、歌野さんが島田
理論を実践しているとする見方それ自体に無理を感じてきました……。今回の
新作を読んでしみじみ感じたことですが、歌野さんって本当にこのまま島田理
論を追求していくつもりなんでしょうか?」
G
「と、おっしゃると?」
近
「今回の『鬼密室』も、非常に特殊なスタイルではあるものの、いわゆる『叙
述』トリック作品だと思うのです。で、僕にはそもそもこの『叙述』というも
の自体が、島田理論においては“鬼っ子”のような存在に感じられるんですよ。
もちろんすべての「叙述」がそうだといってるのではなく、『鬼密室』のよう
な『作品外においてのみ収束する』タイプについて、そう感じるんですが……」
B
「う……なんかスルドイところを突かれた気がする。つまり『謎』のありか、
に関する問題のことよね? つまり、島田理論が序盤の『充分に魅力的な謎』を
必要としているのに対して、『鬼密室』のようなタイプの作品というのは『謎の
存在そのものを隠匿』する必要がある、と」
近
「そういうことです。上手い言葉が見つからないんですが、なんというか、読
者に心構えをする暇を与えない、『不意討ち』でもって強烈なサプライズを演出
しているんだと思うんです。(もちろんそれだけじゃないでしょうが)こういっ
た手法というのは、少なくともこれまでの島田作品ではやられていないことです
し……やはり、島田理論とはやや方向性を違えるものなんじゃないかな」
G
「うん、それは一理あるご意見ですね。お話からすると、島田理論のそれとは、
『サプライズ』そのものの質というか方向性というか、そういうものが違うって
感じでしょうか」
近
「そうですね。先ほどayaさんが打ち出した方程式に当てはめると、従来の島
田理論における『冒頭の謎の詩美性』の値はなるだけ大きい必要がある。しかし
こういったタイプの作品が目指しているものは、読者にとっての『冒頭の謎の詩
美性』がピッタリ“0”の状態だと思うんです。『謎解きの論理性』……という
か、“突飛性”のようなものがそのまま『ラストのサプライズ』に変換される
といったイメージで」
B
「ということは、そもそもこれは島田理論に欠けていた部分を補完するような、
そういう機能を持っているということになるのかしらね。ふむ、面白いわね〜。
ちなみに、えんじさんご自身は島田理論についてどう考えてらっしゃるの?」
G
「うん、それはぼくも聞きたいですね」
近
「そうですね。僕自身、島田さんの本格理論には多分に賛同するところもあるん
ですが、かといって僕が本格ミステリに対して望んでいるものが、島田理論にすべ
て含まれているわけではないんですよ」
G
「やはり、そこには足りないものがあると」
近
「ええ。というのは、僕が本格ミステリに一番望んでいるものは、やはり強烈
な『サプライズ』で、実はそこに至るまでの方法論については結構無頓着だった
りするんですね。もちろんayaさんの方程式から導き出される落差のサプライズ
も大好きなんですが、他に同じだけのサプライズを出せる方法があるのであれば、
それはそれで読んでみたい」
B
「ふむ、その点については私も同意するわ。島田さんだって、別にそういうもの
を否定しているわけではないと思うし」
近
「でしょ? ですから、島田さんがご自身の理論に基づいて書かれた作品を一日
千秋の想いで待ち続けてると同時に、その理論自体の枠組みを広げてくれるよう
なタイプの作品が出てくれれば……それはそれでまた嬉しい。僕は、本格という
ジャンル自体が新しいチャレンジの積み重ねであると思っているので、できるこ
となら島田さんにもまた新しい本格理論を打ち出してもらい、それを実践するよ
うな作品を書いてもらいたいなあ、と切望する次第です」
G
「なるほど〜。これは全面的に正論ですね。ぼくも心から賛成しますよ」
近
「(小声で)……しかし、それが『御手洗パロディ・サイト事件』であるとは
ちょっと思えませんけど……」
G
「(あ、やっぱり?)」
近
「(あれはやっぱし、ちょっとねえ……)」
B
「え〜い、なあにをごしょごしょ言っとるか! まあ、たしかに歌野さんは、い
ち早く島田理論の限界を感じて、それを自分なりに消化して、新たな『歌野理論』
風の手法を見つけようとしている、ということは言えるかもしれないわね」
G
「つまり、この作品はそんな彼のもがきの過程から生まれた実験作の1つだっ
たのかもしれませんね……」
(2000.5.3 up/Talk in February〜April 2000)
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