battle78(2002年4月第4週)
 
[取り上げた本]
01 「『クロック城』殺人事件」 北山猛邦         講談社
02 「シルヴィウス・サークル」 迫 光          東京創元社
03 「メトロポリスに死の罠を」 芦辺 拓         双葉社
04 「世界は密室でできている。」 舞城王太郎        講談社
05 「怪盗クイーンはサーカスがお好き」 はやみねかおる      講談社
06 「少年探偵王」 鮎川哲也監修 芦辺拓編  光文社
07 「バラバの方を」 飛鳥部勝則        徳間書店 
08 「囁く谺」 ミネット・ウォルターズ  東京創元社
09 「人間動物園」 連城三紀彦        双葉社
10 「世界の終わり、あるいは始まり」 歌野晶午         角川書店
Goo=BLACK Boo=RED
 
●たまたま疑似本格……『クロック城』殺人事件
 
G「ええっと。3月に出た本ですが、『『クロック城』殺人事件』と参りましょう。第24回メフィスト賞の受賞作ですね。メフィスト賞だから本格ミステリというわけでは全然ないんですが、なんか巻末が袋綴じになってたりして、思いっきりそそる新人さんではあります」
B「でもさー、袋綴じだから本格ってわけでもないだろ? 特に最近は。まあこのあたりの作品については、強いてジャンル分けをすれば……否、しなければならないとしたら、やっぱ本格ということになるんだろうけどね。こんなもんまで本格とカテゴライズせざるをえないあたりが、現代本格ミステリ界のモンダイだと思うぞ」
G「またそーゆー不穏っぽいこというんだからあ。勘弁して下さいよね」
B「あたしゃこの作品読んでしみじみ思ったんだけど……この際マンガ本格とか、偽本格とか、本格モドキとか、たまたま疑似本格とか……まあなんでもいいけど本格とは別に1個ジャンルをこさえてさ、きっちりはっきり分けた方がゼッタイ良いのではなかろうかと、そう思っちゃうわけよね」
G「だーかーらぁ、そういうのはやめっちゅうに! だいたいなんなんですか、“たまたま疑似本格”って?」
B「好き放題書いたらたまたま本格に似たものができちゃいましたけど、ジツは全然違ってたみたいなんです〜。っていうタイプの作品」
G「あのねー。……ったく新人さんなんですからね、きっちり内容も紹介しますよ」
B「やれやれ。えーとぉ太陽黒点の異常により終末を迎えることが決定づけられた世界。社会システムはなかば崩壊し、滅亡を食い止めようと暴走する私兵軍団が君臨する崩壊した都市で、人々はひっそりをと息を潜めるようにして暮らしながら破滅の時を待っている。その街の片隅で(なぜか)ゴーストハンターっぽい探偵稼業をしている主人公とそのパートナーのもとに、1人の依頼人……クロック城の少女が訪れる」
G「少女の依頼は、彼女が暮らす“クロック城”という城に住み着いている、スキップマンという謎めいたモンスターを退治してほしいというものでした。突如、襲撃してきた私兵軍団の追撃を逃れ、3人がたどり着いたクロック城。過去、現在、未来と名付けられた3つの館の壁面には、それぞれ10分ずつずれた時を刻む3つの大時計が付けられています。人面樹に人面壁、謎めいた研究者に美貌の助手、そして親族たち。やがて怪異と怪人に満ちたこの館で、探偵の到着を待ちかねたように奇怪な連続殺人事件が始まります!」
B「話だけ聞くとすげーヘンな本格っぽいんだよな」
G「ですね。ぱっと見非常に奇異な世界観を売り物にした異世界本格のように見えてしまうんですけれども、実はこの異世界は、本格ミステリとしての中核にあるメイントリックの必要によって生みだされた世界でありまして。つまりアレを使いたいからああいうナニが必要で、ナニを不自然でなく配置するにはこういう疑似科学オカルトファンタシィ的デイアフター風異形の世界を構築する必要があったと……。ある意味ここは、くだんの本格ミステリネタを小説として成立させるために造りだされた、非常にピュアな世界であるわけで。いうなれば世界が本格に奉仕している純本格世界なのですね」
B「……あのなあ、キミのGooもそこまでいくと犯罪的だぞ。バカをいうのもたいがいしろっつの!」
G「ま、まあたしかにね。そこまでするのはちょっと大げさかなという感じのトリックだし、そのための世界観もけっこう安っぽかったりはするんですけど……」
B「ていうかさー、メイントリックは所詮超幼稚な、その場限りの思いつきの域を出ていないシロモノよね。しかも使い方がこれまた哀しくなるくらいストレートときた。はっきりいって、近年これくらい丸見え丸分かりのトリックつーのも珍しい」
G「ん〜、それはそうかもしれませんけど、トリックのために世界をこさえるという情熱は、まさに新本格派のそれをさらに押し進めたものといえるのではないでしょうか。多少の眼高手低はともあれ、その意気を買いたいなぁ」
B「もっともらしいこといってるけどさ、これじゃなんぼなんでん“手が低すぎ”ないか? トリックについては前述の通りだし、それを装飾し隠蔽し融合するための世界観グッズにしたところで、これまたどれもこれも借り物……それももンのすごく通俗かつ幼稚な寸借物ばかり。一から十まで安直きわまるシロモノぞろいだから、隠蔽するどころかトリック自体が無茶苦茶浮きまくっているんだよね」
G「ううん、センスは決して悪くないと思うんだけどなあ」
B「どーゆうセンスだよそれ。あのなー、いってしまえばこの作品ってぇのは、 思いつきを磨きもかけずに手っ取り早く手近なもんでまとめただけ……いや、実際そうだと言ってるんじゃないよ。あくまで“そんな風に見えてしまう”ってことなんだけどさ。作者さんがそのつもりがなくてもそう見えてしまったら、たぶん結果は同じだよね」
 
●“あの”空気……シルヴィウス・サークル
 
G「えっと、迫光さんの『シルヴィウス・サークル』は第11回の鮎川哲也賞(2001年)最終候補作品。この時は惜しくも受賞を逸し(受賞作は『建築屍材』)ましたが、今回めでたく創元クライム・クラブの1冊として刊行されました」
B「受賞作の『建築屍材』はゴツゴツと不器用で不細工な、しかしストレートな本格だったけど、こちらはねぇ。いうなれば、そう、徹頭徹尾“雰囲気”の本格ミステリ。香りはすれども姿は見えぬ、つかみ所なく儚く、然りげなくも頼りない。面白いんだかつまらないんだか、読んでいるのに読んでいるような気がしない、なんともつかみ所のない作品。これが作者の狙いなのか、それとも単純に気分だけで書いてるから実体が無いのか、そのあたりははっきりしないけど、審査員泣かせの作品だったであろう事は想像に難くない」
G「たしかにそんな“気分”はありますね。まあ、ともかくはアラスジのご紹介と参りましょう。えー、時は昭和初期、舞台は東京。モガやモボが闊歩するモダンな都市には、ボヘミアンな芸術家やら怪人二十面相やらも蠢いていたという、華やかでどこか妖しいレトロモダンな時代です。そんな東京でいましも人気を呼ぶ2人組の女性アーチスト。“さかしまの娘”を名乗るこの2人の“最新作”は、巨大な円柱内部壁面に描かれ設置されたアートを、エレベータ状に上昇する座席に乗って鑑賞。人が死に際に見る走馬灯……それを幻視するという不可思議で大仕掛けなパノラマでした」
B「さて、(シリーズ探偵に決まっているらしい)高等遊民・神野伶弐が、そのパノラマを取材に訪れた。すると彼の目の前で、密室状態のパノラマの座席で“さかしまの娘”の1人が変死。同時に外では2人のパトロン役だった医師が射殺されるという怪事が発生する。事件の謎の中核にあるのは、被害者である医師が主催していた臨死体験研究サークル。そう推理した神野は、くだんの“シルヴィウス・サークル”を調べ始める。しかしサークルの正体が判明しないうち、またしても不可解な殺人事件が発生する……」
G「ボヘミアンな芸術家に貴族趣味、どこか耽美の匂いのするパノラマ趣味に臨死体験幻想、疑似医学的恐怖。丹念に復刻された“あの時代のあの空気”と、どこか幻想じみた不可能犯罪とを違和感なく調和させた作者の技術は凡手のものではありません。結果、本作は本格ミステリ要素、ファンタシィ要素、怪奇小説要素を取込んで、しかしそのどれとも違う一種独特な幻視小説としてただならぬ個性を主張しています」
B「しかし、これは確実に読み手を選ぶ作品だね。好きな人は好きだろうけど、その“好きな理由”を明確にすることさえ難しいだろう。結局のところ、前述の通りこの作品の全ての焦点にあるのは、そこに生みだされる気分でありノリであるわけで。本格要素にせよ、そのための素材でしかない」
G「でも、だからといって本格ミステリとしての仕掛けまでレトロなわけではないですよね。使われているのは、一種の異世界本格として計算され配置された謎であり解明であるのは確かでしょう」
B「でもねえ、だからといってそのつもりで……つまり本格として読むには隙が多すぎ、どこもかしこも締まりがなさすぎるんだよね。たぶん確実に“なんじゃこら”ってことになるだろう」
G「ん〜、それはそうかもしれませんね。“匂い”も独特だし。でも、だからこそ好きな人にはたまらないと思いますよ」
B「そうかなあ。読みようによっちゃ単にふわふわとらえ所のない耽美趣味にすぎない、とも受取れちゃうけどねえ。実際、私にとっては、幻視小説としてもなんかこういまひとつイメージ喚起力が弱い気がして、強く伝わってくるものがぜ〜んぜんなかったけどね〜」
 
●いろいろ熱い活劇小説……メトロポリスに死の罠を
 
G「珍しく森江春策ものではない芦部さんの長篇が出ました。『メトロポリスに死の罠を』は『小説推理』誌に連載された『自治警特捜』シリーズの新作です」
B「『自治警特捜』シリーズって懐かしいわねぇ、なんだっけ『死体の冷めないうちに』だったっけ」
G「ですね。あの本は“この”世界とは違う独自の警察組織『自治体警察局』を持つ、パラレルワールドの大阪を舞台に『自治警特捜』の活躍を描く連作短編集でした。今回の長篇でも、同じくこのパラレル大阪が舞台となります。前作で逮捕されたはずの悪の怪人“知性を備えた野獣”も復活し、さらにスケールの大きな闘いを挑んできます」
B「まあ、平たくいってしまえば、昔々の少年向け探偵小説の設定とストーリィを今に蘇らせようとしたレトロミステリ。それはそれで割りきって楽しむ分には楽しいんだけど、残念ながら作者自身の方が簡単に割りきれなかったようで、いつにも増して暑苦しいメッセージがてんこ盛りでいささか興醒め」
G「まあ、そう先走らないで内容を紹介しましょうよ。自治警特捜に与えられた新しい任務、それは危険な核物質が不法に投棄されることを防ぐため、これを搭載した列車の通過を監視せよ、というものでした。市民団体と協力して線路沿いにびっしり監視網を敷き、万全を期した自治警特捜でしたが、なんとその面前で核物質輸送列車は閃光とともに跡形もなく消失します。奇怪な事件の背後にあったもの……それは、宿敵たる怪人『知性を備えた野獣』の奇想天外な犯罪計画でした!」
B「杳として知れない核物質の行方を巡り様々な情報が飛び交うなか、突如発生した大阪環状線の列車ジャック。その列車には危険な核物質が積んであったのだ! 環状線の内と外に完全に分断され、自治機能を失い追い詰められた大阪。その影で暗躍する巨大な影。絶体絶命のピンチに特捜チームが立ち上がる!」
G「てなわけで、次々繰りだされる絶体絶命のピンチ、そしてそれを知恵と勇気で颯爽と切り抜ける特捜チームの胸のすくような活躍ぶりは、ちょっと昔の連続活劇っぽい面白さ。奇想天外なトリックに破天荒なアクションも満載で、芦部さんはいつも以上に筆が伸び伸びしている感じですね」
B「少年向けっぽい活劇小説としてはごっつ内容充実の、手抜きの無い仕事だといえるね。だけども、この手の“都市もの”を書くときまって顔を出す青臭い政治風味のメッセージは、こりゃどうにかならんもんかなあ。これが出て来ると暑苦しいったらありゃしない。せっかく楽しんでるのに、一挙に興醒めしちゃうんだよ」
G「青臭いっていいますけどね、芦部さんの反権力への熱いメッセージは、こりゃ決して見過ごしにできるようなものじゃないと思いますよ。けっこう重要な問題提議を含んでいるじゃありませんか」
B「メッセージ自体が悪いって行ってるわけじゃないよ。それがやりたいなら、それなりの器を作ってやって欲しいわけ。なにもテンポが命のこの手の活劇小説でやるこたぁないだろ? 活劇小説と政治的なメッセージなんて水と油じゃん。無理矢理混ぜれば活劇小説的にはテンポを壊し、現実に引き戻されちゃうわけだし、政治メッセージ的には絵空事にしか見えないしで、いいことなんて一つもないじゃん」
G「一理あるのはわかりますが、それを承知でやっちゃうのが芦辺さんらしいなあとも思うんですが。ぼくはそういうの、嫌いじゃないですよ」
B「悪いけど私は好きじゃない。こういう小説書く時はさ、やっぱプロに徹するべきじゃん。少なくとも私は、探偵活劇を読んでいる間は暑ッ苦しい政治談義なんぞ眼にしたくないし……。だからそーゆーメッセージが出てきただけで咄嗟に反対したくなっちまうくらいだよ!」
G「そ、それはあまりに根性悪すぎです〜」
B「すまんね、あたしゃ根っからヘソ曲りなのさ!」
 
●爽やかに傍若無人……世界は密室でできている。
 
G「では『世界は密室でできている。』と参りましょう。あらためて紹介するまでもなく、大ブレイク中の作者さんによる一連の作品の中では、おそらくはもっとも本格ミステリに近い作品ですね」
B「作者にとっては第3作。いわゆる講談社ノベルスの密室本として刊行された作品。いうまでもなく非常に評価が高い。ほとんど絶賛の声しか聞いたことが無い。けどまあ私の場合、これを本格ミステリとして読むというトビキリの愚行をあえて行なっちゃうので、よそ様とはちょっとばかし違う評価になるかもね」
G「……まあ、覚悟してますけどね。ぼくは面白かったですよ。まさに巻置くあたわずちゅう感じの一気読みでした」
B「……日和見主義者……んじゃま、とりあえずは内容ね。まあ、皆さんごぞんじでしょうから、あまりくだくだしくは述べなくてもいいと思うけどね」
G「はいはい。え〜この作品はですね、語り手および名探偵役の『ルンババ12』の中三から高三にかけての、おバカでパワフルで爽やかで悲惨な青春物語に、突拍子もなく残虐奇怪な殺人事件のエピソードがいくつもちりばめられていくという……いわゆる1つの『新青春エンタ』(ってもう1つのジャンルとして認知されたのでしょうか?)です。監禁されていた自宅の屋根から墜死した姉の死の謎を解くため、あるいは姉を救えなかった自分にケジメを付けるため、少年・番場潤二郎はいきなり名探偵『ルンババ12』になります」
B「いったいどうやったかは分からないけど、ともかくもういきなり警察に知遇を作り内部情報をもらっては快刀乱麻の勢いで次々怪事件を解決していく。それも電話でね」
G「えっと。たとえば意味不明の奇妙なポーズの見立てを施された連続殺人。あるいは惨殺された揚げ句、遺体が家中を引きずり回されていた母子密室殺人。はては隣接する奇妙な4つの家の中の14の死体とオープンスペースの餓死死体事件……」
B「山になる事件はその3つかしらね。ま、1つ1つは非常にアクが強い、奇怪な意匠に彩られた事件ばかりなんだけど、どれもこれも(最後の一つは別として)名探偵自身が紹介するそばから解決していくわけで。つまり、その個々の強烈さにも関わらず、じつに何とも矮小化されたエピソードとして紹介されていくのよね」
G「いわゆる電話探偵という形式も興味深いんですが、ayaさんがおっしゃるように謎と解決が1セットのエピソードとして並べられていく形式は、むしろバカミス系のパロディ本格などによくあるスタイルですね。パズラーとしてのフーダニットやハウダニット的な興趣を切り捨てるかわりに、ある意味奇譚的な、あるいは一発ギャグ的な“エピソードとしての本格ミステリのエスキース”を、しかも間断無く連打していくわけで。これにより作者は読者をして個々の事件の細部を忘れさせ、その純粋な“インパクトだけを高めていく”という効果を与えていますね」
B「落ち着いて読んでいけば、実際には名探偵にとって都合のいい伏線だけが限定的にピックアップされ、ご都合主義の極みのような行き当たりばったりの推理が次々的中していくだけの与太話で、これをして本格としてどうこういうのはジョークとしかいいようがないわけだけど……作者はそうやって立ち止まって吟味したり、落ち着いて振り返ったりする余裕を、その独特の語り口によって読者から徹底して奪っていく。結果、そこには“本格ミステリ的なるものの純粋なインパクト”だけが残っていくという仕掛け」
G「しかし、個々の事件に詰め込まれたアイディアは、あらためて振り返ってみてもなかなかユニークで、アイディアそれ自体として取りだしてみても鑑賞に堪える気はします」
B「そうかな〜。私自身は全く逆で、自由奔放好き放題というイメージとは裏腹に、この作者さんは意外と本格ミステリ的思考のスパンが狭いように思えるね。先の2つの密室事件はいずれも、結局のところまったく同じ発想に基づく変奏曲に過ぎないし、四つの建物の密室は子供だましの幼稚さで、図版を見た瞬間に一目瞭然。思いついても使うのを躊躇うタイプのトリックだと思ったよ」
G「まあ、“いつかどこかで見たようなトリック”であるのは確かですが……」
B「結局のところ、これらの事件の意外性というのは、トリックでもロジックでもプロットでもなく、異様な殺人動機自殺動機死体愛玩etcの、それも実際には臆面もなく稚拙な狂い方の意匠との組み合わせによる効果にすぎない。どれもこれも常人には理解しにくい、犯人の異常な思考/嗜好/志向から生みだされたものであるわけで。……その意味で作者の本格ミステリ的趣向のユニークさとは、常識や自然な人間心理、心理的必然性といった“本格ミステリ的な暗黙の大前提”を潔く丸ごと取っ払い、そいつにハナも引っかけずに無視できるという、その爽やかなまでの傍若無人さにあるんだよね」
G「まあ、四つの建物の見えない密室トリックにしろ、普通の本格書きさんなら怪現象面の演出にじっくり力を注ぐことでサプライズ効果を高めようとするところでしょうが、作者はそもそもそんなことはまったく興味がないみたいですからね。本格という器を使うことにおける狙い自体が、すでに本格の既成の文法から外れまくっているというところはありますね。ただし、それが作者特有の強力な疾走感あふれる語り口で語られるとき、一種異様なリーダビリティが生まれる。まさに舞城タッチとしかいいようのない力任せの効果ですね」
B「狂った意匠と幼稚なトリックの組み合わせから生まれる絵を、読者に考え検討する余地を与えずにハイスピードで語ることで、そこに一種の酩酊感を生み出しているんだよね。本来とんでもなく進みにくい路を超高速で走りぬけることで、逆に乗客は“悪路が快感に感じられ”てしまうんだね。
G「たしかにそうですね。その意味では舞城作品においては、このスピード感や圧倒的な力感を感じさせる語り口自体が、とても大きな意味を持っていると思います」
B「ふむ。でもま、これもまた方法論は一緒だよね。ら抜き言葉や幼稚な擬音etcの口語を一切の躊躇なく傍若無人に使いまくる途方もない饒舌さ……たいそうスピーディかつパワフルなそれっていうのは、要するに“中学生そのままの語り口”ってこと。結局やっぱり傍若無人な爽やかさってことなんだよね」
G「それ自体けっこうなかなかスゴイことだと思いますよ、ぼくは。マネしてできるもんじゃない気がします」
B「たしかにね。実際んトコこれが素材と語り口が奇跡的にハマった偶然なのか、あるいは無神経を装った確信犯的犯行なのかはわからないけど……個人的には何度も使える手じゃないんじゃないかなあって思う。だってこの手の酩酊感は慣れやすく、飽きやすいものだと私は感じるんだよね。……早い話、これ1冊を読んだだけで、わたしゃーもうお腹一杯。はっきりいってしまえば、飽きた。次が読みたいとはあんまし思わないな。少なくとも本格として読むなんていう明らかな誤読は、これっきりにしておきたいね!」
G「なんか自爆って感じ。どっちにしろババ臭いですね〜。ぼくはまだまだもっともっと読みたいし、酔わせてほしいって感じますよ。ジジババだって、呆れながら、眉をひそめながら、圧倒されながら、ガンガン読めばいいんです。このパワーからは目を離しちゃいけない。そんな気がします」
 
●縛りの多い新シリーズ……怪盗クイーンはサーカスがお好き
 
G「はやみねさんの新シリーズ、行きましょう。講談社青い鳥文庫から『怪盗クイーンはサーカスがお好き』です。もともとは同じ作者の看板シリーズである『夢水清志郎』もので主人公のライバルとして登場したサブキャラでしたが、今回めでたく単独シリーズの主人公として再デビューすることになりました」
B「名探偵、少年探偵、そして怪盗……少年少女向けを主戦場とする作者にしても、何とも分かりやすすぎるくらい分かりやすいシリーズ戦略よね〜」
G「いやしかし、もともとはやみねさんは『怪盗道化師(ピエロ)』という作品でデビューした方ですし、その萌芽はかなり昔からあったのではないでしょうか」
B「まあ、少年少女向けにしても、オリジナルの怪盗ものってのは久しく聞かないし、狙い自体が悪いというつもりはない。特に現代にあっては、パロディやパスティーシュで無しにストレートな怪盗ものをオトナ向けにやるのはごっつい難しいだろうから、どうしてもやりたいならやはり少年少女向けにやるのが正解だろうね。だけどそれはそれで、この分野には『怪人二十面相』に代表されるグレイトなキャラが綺羅星のごとく存在するわけだし。それらに連なるシリーズに育てようと思ったら、そりゃ生半可な努力じゃ難しいぞ」
G「まあ、児童ミステリの分野では長いキャリアをお持ちの作者さんですし、怪盗ものに関する知識ノウハウだって豊富なはず。そのあたりは心配ないと思いますけど」
B「ど〜かな〜。この作品を読んだかぎりでは、正直“外しまくり”という気がするけど……ま、いいや。まずはご紹介ご紹介っと!」
G「今日も今日とてヒマを持て余し、趣味の“ノラ猫のノミトリ”に精を出す怪盗クイーン。そのためアジトである大型飛行船トルバドゥールの船内は集められたノラ猫でいっぱいです。これにはさすがの硬派な相棒ジョーカーも大弱り。なんとかクイーンに“本業”に精を出してもらうべく、人工知能RDの手を借りてクイーンの美意識に適う獲物リストを提示します。かくて、怪盗の名に相応しい獲物としてクイーンが選んだのは、日本の富豪が所蔵するいわく付きの秘宝“リンデンの薔薇”でした」
B「早速、富豪の元にはクイーンの予告状が届けられ、富豪に呼ばれて警察が駆けつける。そして予告の当日、警察による十重二十重の厳戒態勢をものともせず、颯爽と富豪邸に降り立った怪盗クイーン。ところがそんなクイーンの前に奇妙な体技を駆使する別の盗賊団が出現。彼らにまんまと出し抜かれ、クイーンは目の前からお宝を攫われてしまう。……一敗地にまみれたクイーンは、謎の盗賊団を追ってセブン・リング・サーカスという人気のサーカス団に目をつける」
G「というわけで、鉄壁の警戒体制をかいくぐりいかにカッコよく、スマートにお宝を奪うか。ミステリ的にいえばハウダニット的なアイディアがこの手のジャンルのキモになるわけで。……これを細分化すれば、“強奪もの”と“怪盗もの”に分けられるでしょうね」
B「ふむ。その伝でいえば“強奪もの”の場合は計算し尽くされた計画と各人の特技を生かしたチームプレイで不可能に挑むという、ちょいとコンゲームものに似た面白さが主眼。近年の例でいえば、映画だけど『オーシャンズ11』なんかがこれだな」
G「ですね。これに対して怪盗ものはあくまでその怪盗自身の超人的な体技や変装術、そして大胆なトリックでもって“驚かせ・目立ちながら”盗まなきゃなりません。スタイル的には正反対なんですね」
B「この両者を比較すると、やはり怪盗ものってのはそもそもそのコンセプト自体がアンリアルなんだよね。大人向けとしてはいまやパロディやバカミスレベルのギャグにしかなりえないわけで……根本的にファンタシィの世界の住人なんだね、怪盗ってのは。でもこれにも実は2つ方向性があってさ」
G「怪盗の2つの方向性?」
B「そう、まあヨタ話だけどね。つまり“怪人”と“怪盗”。たとえば二十面相のように分かりやすい悪としての“コワイ怪人”と、ルパンのような反権力反体制の憧れの冒険ヒーローとしての“怪盗”の2つ。で、いうまでもなくクイーンは後者なんだけど、ギャグっぽい美学へのこだわりっぷりやら遊び心やら、ルパンというより“エロイカ”の血筋を引くキャラクタって感じだな」
G「ああ、青池さんの『エロイカより愛を込めて』ですね。古い作品ですが、あれは面白いです〜。……ただその2つの方向性の比較でいえば、ぼくは“怪人”の方が好きですね。はっきりいってあっちの方が魅力的です」
B「私もそう思う。だいいち同じ方向性の怪盗として読んでも、クイーンより平然とインモラルな“エロイカ”の方がずーっとキャラが立っているし、面白いと思う。怪盗でありながら悪の要素が全く入れられない、ギャグもほどほどに上品でなければならないという児童文学の縛りは、やっぱ致命的にキツイよね」
G「まあ、二十面相だって“分かりやすい正義の味方としての明智探偵”がいたからこそ、少年向けの物語に登場できたわけですし。クイーンのように児童向けのシリーズで主役として扱う以上は、まんま主人公が悪というわけにはいかないでしょう」
B「やはりそういう意味ではこの新シリーズって、夢水もの以上に大人が読むにはキツい話にならざるをえない。……というかさ、子供が読んでもこれじゃヌルいって感じるんじゃないかな? 今どきの子供はTVで鍛えられてるからね。ひょっとしたら当の子供に子供騙しって評価されちゃうんじゃないの? ……なーんていったら、言い過ぎかしらね」
G「言い過ぎです!」
 
●ぼくらの少年探偵団!……少年探偵王
 
G「本邦の幻の傑作探偵小説を発掘・紹介し、大方の好評を呼んだ文庫雑誌『本格推理マガジン』の新刊が出ました。前号の『絢爛たる殺人』(2000年10月刊)から、編集長は鮎川さんから芦辺さんに引き継がれましたが、今回の新刊『少年探偵王』は、その芦辺編集長の手になる新生『本格推理マガジン』第2弾ということになります。今回はまた“幻の少年少女向け探偵小説”傑作選という、なんともマニア心をくすぐりまくる企画です」
B「今さらだけど、芦部さんを編集長にとはまた、ジャストフィットの素晴らしい人選だったわよね。今号の企画も……まあ思いっきりマニア受けではあるけれど、ある種の人々のハートをピンポイントで撃ち抜くのはたしかよね」
G「いえいえ、なにもその手のマニアさんならずとも、一度でも少年向け探偵小説の“あの世界”に触れたことのあるミステリ読みさんならば、こりゃもう楽しめること請け合い! の、じっつにゴージャスきわまりない内容だと思いますよ」
B「んじゃまあ、早速内容をご紹介していこうか。まず冒頭を飾るのは本家本元・江戸川乱歩の“怪人もの”3連発(『まほうやしき』『ふしぎな人』『かいじん二十めんそう』)。3編のうち2編は二十面相もので、残り1編も二十面相の名前こそ出ないものの、まるきり二十面相ものそのもののお話だ。いずれもいわゆる学年誌に掲載された小学校も低学年の子供向け作品なので、ひらがなだらけで少々読みにくいし、アイディア・ストーリィともにお馴染のネタの使い回しで全般に薄口ながら、やはりこれはまぎれもなく“あの世界”だ」
G「ピエロに猛獣使い、ロボットにまで早変わりする空飛ぶ怪人に、町外れの妖しげな西洋館の隠し通路。もちろんモーターボートや潜航艇、ヘリコプターにもちろん気球! も使った追っかけっこ……いやあたまりません。お話ばかりでなく挿し絵も忠実に再現されているのがまた嬉しいですね。面白いのは『かいじん二十めんそう』の挿し絵を藤子・F・不二雄さんが描いてらっしゃることで。ううむ、こんな仕事もしていたんだなあ」
B「しかし、あらためて読んでみてビックリしたんだけど、少年探偵団の団員は小学生でも拳銃使ってるよなあ。今じゃちょっとありえないだろうな」
G「そういえばそうですね。そのあたり、現代の方がはるかにモラルが厳しくなってる感じはあります。さて、乱歩三本立てのシメというかオマケは、あの(栄光の)ポプラ社の編集者だった方の回想エッセイで、これも非常に興味深かったです。“少年探偵団”ものやホームズ、ルパンの少年ものに関する裏話なんですが、けっこう驚くような事情がいろいろ紹介されています」
B「あの頃はマジで少年向け探偵小説がベストセラー商品だったんだよねぇ……続いては高木彬光の少年もの長篇『吸血魔』が一挙掲載されているね。幽霊屋敷に隠された財宝を巡り、吸血コウモリの力を備えた怪人と名探偵神津恭介の争奪戦を描いた、正統的な少年向け探偵小説。こちらは前出の乱歩もの3編よりも少し上級生向けだったらしく、殺人あり因縁話ありで、通常の大人向けの高木作品よりもぐっと通俗な活劇譚だね。筋立てやトリックはまさに乱歩風の正統派なんだけど、乱歩のようなどこか妖しげな色気趣きはないね」
G「ですが、奇怪な現象や不可能犯罪が怒濤のように連発されるし、危機また危機が連続するプロットも波乱万丈というか、ともかく派手だし。まるで映画の連続活劇の趣きがあってこれまた別種の愉しみがあります。現代の読者からすると他愛ないとはいえトリックもたっぷり、おまけにラストには意外な犯人というフーダニット趣味まで盛り込まれていて……これって作者的にはかなり力を込めた作品であるような気がします。また、乱歩の項と同様に、評論家の二上さんによる少年向け高木作品に関する解説が付いているのもありがたかったですね」
B「続いては、鮎川さんの少年もの短編が3編収録されているんだけど……さすがというべきか。この作品集中もっとも本格ミステリ色の強い、ほとんどパズラーといっても過言ではない作品ばかりだったね」
G「そうですよね、正直これにはちょっと感動しちゃいました。特に怪人の予告つき盗難という少年ものとしてはありふれた設定ながら、密室からの宝物消失をシンプルかつ大胆なトリックで実現する『空気人間』は、ハウダニットとしてもホワイダニットとしても突出したスマートさとサプライズに溢れてて、おおいに感心しました。これを読んだ子はゼーッタイ“本格読み”になるよね、って感じです」
B「同じ窓から次々と人が墜落死する幽霊屋敷を描いた『呪いの家』も、カーばりの怪事件をロジカルに解いていく好篇だな。丁寧な伏線といい律義な手がかりの配置といい、まったく手抜きが無い。もちろんお得意のアリバイものもあるぞ。3篇目の『時計塔』だ。ごぞんじ山前さんの解説にもある通り、この作品で使われているアリバイトリックは後に鮎川さんの別の大人向け作品に使われたものの原型で。そのあたりも興味深いし、前半で使われるコンゲームの手口もさぞ年少の読者を感心させただろう」
G「さてお愉しみの最後の1編は、なんとコミックです。これも伝説的な作品ですね。30歳の若さで夭逝した天才マンガ家・河島光広の代表作、『ビリー・パック』シリーズの『狼人間の巻』が全編完全収録です」
B「これは珍しい作品よね。私も復刻版で1〜2本読んだことがあるだけだけど、なんちゅうか正統的な冒険探偵モノというか……」
G「これもまた、ハリウッドの古い活劇映画を思わせるあのノリが、スマートな絵柄で再現されて、なんともレトロモダンな味わいがあります。この愉しさ、コミックについては舌の肥えた若い人にも伝わるのかなぁ……少々心もとないですけど、この際ぜひお勧めしておきたいですね!」
 
●真性サイコ本格……バラバの方を
 
G「飛鳥部さんの新作長篇と参りましょう。『バラバの方を』は、作者の個展(絵の)にお邪魔して、直接サインをいただいちゃったりしたもんで、個人的にちょっと思い入れがある作品です。でも、そのことは別としてもぼくは好きですね。大好きといっていい」
B「デビュー作である鮎川賞受賞作品『殉教カテリナ車輪』以降、本格ミステリとしての結構を、ギリギリのところで守りながらも、着実にホラー領域へ歩を進めている。そんな感のある作者さんなんだけど……この作品はいわば本格領域に残した最後の一歩。もう“この先”にはホラーか幻想小説しかない、って感じ」
G「そういわれればそんな感じもしますね。なんというか……本格と、ホラーと、そのギリギリの境目で引き裂かれそうになりながら、そこで奇跡的なバランスを取っている。そんな異形の傑作だとぼくは思います。まあ、おっそろしくアクが強い作品ですから、生理的にダメな人はもう全然ダメでしょうけどね」
B「ふむ。私からすると、やはりフーダニットとしての弱さ・ワンパターンぶりは気に入らないし、ホラー・ファンタシィ的な処理に“逃げた”ように見えるホワイダニットとしての結末の処理も気に入らないんだけどねえ」
G「いや、あの結末は決して逃げたんじゃないですよ。ミステリとしての結構を破壊しかねないあーんなラストを持ってきたから、だからこそ読者はあれほど異様な世界観や動機にさえもフルにシンクロできるんです。つまりあのラストは、どうしてもああでなければならないんだと思います」
B「ふうん? そうかなあ、わたしゃあのラストには心底ガックリきたけどねえ。……ま、いいわ。内容よ」
G「さて、この作者さんの手法では、デビュー作以来自作の油絵が口絵に使われ、その絵が小説の方のモチーフとされることが多いのですが、今回はそれはなく、かわりに古典絵画におけるいわゆる“死の舞踏”や“聖者殉教”がモチーフとされています」
B「ちなみに“死の舞踏”(danse macabre)ちうのは中世後期によく描かれた宗教画のテーマの1つ。中世期の聖俗の階層制にしたがい王様も乞食もかわりなく、あらゆる階層、職種の人間が死神に連れ去られてゆく……決して逃れられない死をバラエティ豊かに描いたもの。一方“聖者殉教”はキリスト教の聖者が被った残虐な迫害、殉教シーンを描いた宗教画。いずれもだれ一人逃れようのない残酷な死の運命ちゅうもんが、テーマとなっている」
G「ですね。で、物語はある有名な画家・山田明の私設美術館の開館パーティから始まります。高名な画家ながら傲慢で悪辣、残酷な山田とその親族は、パーティの出席者の全員から激しく憎まれ恨まれ、華やかなパーティの裏側では、無数の悪意と憎悪が激しく蠢いています。数日前、山田邸での聖者殉教に見立てた5人の死を予告した予告状を受取った新聞記者・持田は、パーティの席上山田にそのことを訊ねますが、山田はこれを無視。しかし、その一夜が明けた時、予告は恐るべき形で実現されていたのです」
B「廊下に残された夥しい血の跡をたどり美術館の扉が開かれると、そこには地獄があった。予告状で示唆された絵画の通りに無惨に“加工”された山田家の人々の死体が麗々しく展示されていたのだ。あるいは腸をひきだされ、あるいは乳房を切り取られ、あるいは全ての歯を抜き取られ、あるいは全身針鼠にされ、人々は血塗れの“死の舞踏”を踊っていたのである。……誰が、何のために? 錯綜する狂気と憎悪が生みだした血塗れの狂騒の果てに、持田が見いだした真相とは」
G「人の心の暗黒面をナマナマしく抉りだす心理描写に残酷なブラックユーモアに満ちた殺人シーン。目を背けたくなるような死体美術館のリアルな描写に美術蘊蓄。画家である作者らしい極彩色の筆で、静謐かつ狂騒的に描かれ残虐シーンの狭間に嵌め込まれた伏線とミスリード、そして濃厚なホラー幻想。ayaさんがおっしゃった通りフーダニットとしてぎりぎりの基本を守りながら、そこに濃密きわまるホラー的幻視を重ね塗りしていくことで、作者は他のだれにもまねできな狂気の美学を描き出しています」
B「実際、フーダニットとしてみれば、作者は律義なくらい手がかりを配置するフェアプレイに徹して。ミスリードもけっこう念入りに施されてはいるんだが、犯人を当てることだけなら決して難しい問題ではないね。けど、このフーダニットの謎なんぞ、これでもかッと描かれる圧倒的な狂気の前では、てんでどーでもいい問題に思えてくるわけで。ポイントはやはりホワイダニット。なぜ、ここまで徹底して常軌を逸した犯行が行なわれたか、という一点に絞り込まれていくわけだが……常識人が常識人のままで読んだのでは、最後に示される“答”は到底納得のいくものではない。私も含め、物足りない思いを味わう人もたくさんいるだろう。そうなると、最後の最後で作者が付け加えたオチ(?)、作者が“あっち側”へ踏みだした一歩はいよいよもって納得しがたいものになってしまうわけで。ホラーに逃げた安直なラスト、とやはり私には思えてしまう」
G「たしかに読み手を選ぶ小説だと思います。非常に狭い周波数帯域しかないかわり、周波数の合ってしまった“呪われた”少数の読者にとっては、逆にものすごくシンクロ率が高い、強烈なバイアスがかかった作品だと思います。その意味では、常人には理解できない狂気の論理ってやつを、“読者自身を狂気の一部に取込むこと”によって体感させてしまう、未完成ながら真のサイコホラーであり、サイコ本格というべきものなのではないでしょうか。……さすがに万人にはお勧めしかねますが、もっともっと読まれて然るべきだ、とも思いますよ!」
 
●分かりにくさを圧倒するリーダビリティ……囁く谺
 
G「続きましては『囁く谺』。重厚なサスペンス大作の書き手として人気の高い、ミネット・ウォルターズさんの新作長篇です」
B「この作家さんは重厚かつ複雑怪奇な人間ドラマを、凝りに凝ったこれまた複雑な構成で描く方。この新作はそんな彼女の特徴がいかんなく発揮された大作で、登場人物表無しでは確実に訳がわからなくなる。面白いには面白いんだけど、できれば奇麗に整理された事件年表や、縺れに縺れた人間関係を解説した図解なんかもほしかったくらいだね」
G「まあたしかにこの新作は、いつも以上に複雑かつスケールの大きなお話でしたよね。ただ、中核となる事件の謎は、しかしじつにシンプルなもので……。というわけで内容ですが。ある6月の朝、ロンドン近郊の住宅地に暮らす女性建築家邸のガレージで、素性不明のホームレスの死体が発見されます。発見者である女性建築家は死者の顔に見覚えは無く、死因も栄養失調による餓死でした。哀れんだ彼女はホームレスの葬儀代を出し……そしてそのまま事件は忘れ去られたかに思われました。しかし数週間後、雑誌記者ディーコン(この人が主人公です)がインタビューに訪ねると、彼女はホームレスの死について一種異様な関心を剥きだしにします」
B「なぜ彼は死に場所に彼女の家のガレージを選んだのか。なぜ彼は目の前にあった食料冷凍庫に手を付けなかったのか。なぜ彼女に救いを求めなかったのか。いや、そもそも彼はいったい誰なのか。……彼女の異様な関心の強さに不審を感じたディーコンは、秘かにホームレスの過去と婦人の関係を調べはじめる。ホームレスの正体はなかなか割れないが、やがて女性建築家の夫が巨額の横領事件を起こして失踪した人物であることが明らかになる。もしや行方知れずの夫が帰ってきて死んだのか? ……偶然知りあったストリートチルドレンらと共にディーコンが進める調査は、やがて2つの謎めいた失踪事件を結ぶ思いも寄らぬ真実を暴き出す!」
G「けっこう長くなっちゃいましたが、これでもずいぶん整理したアラスジで。実はこの主人公らの調査行を中心に、怪しげなな文書や意味あり気な描写がバシバシ挟み込まれてきます。これらは読んでいる段階では正直どこへどうつながるのか見当もつかないんですが、最後の最後で作者の杖の一振りによって、ぴたりと収まるべき位置に収まり1枚の大きな絵を描きだします。読者にとって途中がなかなか手強いだけに、この見事な職人芸は思わず溜め息つきたくなるほど鮮やかですよね。なんちゅうか、苦労しただけの甲斐があったと思わされちゃう」
B「いやあ、それはどうかなあ。どっちかっていったらやり過ぎ。作者は事件の描き方を、あまりにも複雑かつ重層的にしすぎていると思ったけどね。読者としては膨大な人物が関係してくるメインストーリィを追うだけで手いっぱいだから、あっちゃこっちゃにバラまかれた伏線が正直あんまし印象に残らないんだよね。だからラストで種明かしされても、せいぜい“なるほど”“そういうことですか”程度の感想しかもてなくて驚きというものがない。事件の構図は、整理すれば実はさほど複雑というほどではないのに、テクニックを見せつけたいばかりに、作者は分かりにくく書いているって感じ」
G「それはどうでしょう。ラストのサプライスの仕掛の大部分は登場人物のほぼ全てをひっくるめて張られた、膨大なリンクに基づいているわけですからね。途中でここを明らかにするわけには行かない。多少分かりにくいのは仕方がないんじゃないかなあ」
B「だから、その仕掛けが逆にサプライズの起爆力を削いでいるんだよ。サプライズやテーマの訴求力を高めるなら、これは明らかにやり過ぎ。作者は読者のメモリー容量を高く見積もり過ぎているか、さもなければ自分のテクニックに酔ってるんじゃないかね」
G「いやだけどそれでも一気読みさせてしまう“読ませる力”が、この人にはありますからね。たしかにおっしゃる通り、ラストのサプライズは期待したほどの破壊力はありませんが、ともかく“理解しきれないままであれ”くいくい読ませるストーリィテリングと、見事に立っている個性的なキャラクタだけでも、十二分に読む価値はあると思いますよ」
B「……それもなんだか、小説の読み方としてはイビツすぎるような気がするけどなあ」
 
●健在なり連城マジック……人間動物園
 
G「かねてより評判の高い作品ですね。『人間動物園』、行きましょう。『白光』に続く作者のミステリ回帰第2弾ともいうべき長篇です」
B「でも、実際にはこれって1995年の『小説推理』誌掲載作品なんだからね。別段連城さんが21世紀になってからミステリに回帰したわけじゃあないよ」
G「でも、単行本化のために加筆修正を行なったのは近年になってからでしょうから、やっぱミステリ回帰という気持はおありだったんじゃないですかね。まあ、この方に関しては多元を弄する必要はないでしょう。かの幻影城新人賞出身でプレ新本格時代を担った練達の大御所です。では、内容と参りましょう」
B「未曾有の豪雪に見舞われた地方都市で、大雪対策に謀殺される警察に1本の電話が入ったところから事件は幕を開ける。隣家の娘が誘拐されたらしいーー、電話の主は前日飼い犬が誘拐されたと大騒ぎを起こした中年女で、隣家の主婦から“娘が誘拐された”という手紙を渡されたというのだ。要求された身代金は1億円。……しかし、くだんの主婦宅には大量の盗聴器が仕掛けられ、警察は被害社宅に待機することも連絡をとることもできない。仕方なく通報してきた隣家の女性宅に拠点を置いた捜査官は、なんとか被害者の主婦と連絡をとろうとする」
G「調べが進むうち、誘拐された少女は実は現職の国会議員の孫にあたり、折しもその議員には1億円の収賄事件の容疑がかけられていました。しかも、議員は“盗聴法”立法化の急先鋒……捜査陣は政治的な背景を持った犯行かと疑いを深めます。しかし決定的な決め手を欠いたまま、どこか不審な少女の母親の行動や次々と意表をついてくる犯人の要求に翻弄され、捜査陣は焦りの色を強めていきます……というわけで、前半は非常にクオリティの高い誘拐サスペンスそのもの! 視点は一貫して捜査側に置かれているんですが、この警察側が知略縦横の犯人に負けず劣らず優秀で抜群のチームプレイを誇り、物語は文字通り緊迫した状況下での高度な頭脳戦の様相を呈します」
B「連城さんの筆も従来とは打って変わって、硬質な警察小説風味でジャストフィット。盗聴器だらけの被害者宅という設定をはじめ、事件の部分部分の謎めいた感じや異様さが、そのサスペンスをいちだんと高めてくるあたりは実に見事なものだね。むろん身代金の準備・引渡しといったクライマックスの演出もについても文句の付けようがない。熟練の達者が若々しい着想を得て実力を存分に発揮している、そんな感じ。……さすがだねぇ」
G「んなわけで。前半だけでもたいへんにクオリティの高い誘拐サスペンスといえるわけですが、“それだけ”では済まさないのが連城流。ラストではあっと驚くどんでん返しが見事に炸裂! まさに“あの頃”の連城さんそのままの、強烈なサプライズとともに、冒頭から大量にばらまかれていた謎めいたピースの数々が次々と実に美しくはめ込まれ、1枚の驚くべき絵を描き出します。核となるアイディアの斬新さ、伏線の緻密さ、そしてそれを1枚の絵に織り上げていく手際の鮮やかさ……。まさに連城マジック健在なり!」
B「そうねえ。たしかに犯行計画のアイディアやプロットワークの巧みさは、実に何とも脱帽ものなんだけど……ホワイダニット的な部分、つまり動機に関しては、う〜ん。これはどうなんだろう。他の部分が飛びきりスマートなだけに、何だかここだけ妙に浮いて見える気がしないではない。いくら何でも古臭いって気が……。大ラスの仕掛けだけに、また他の部分が文句の付けようのない傑作に仕上がっているだけに、この瑕瑾がすごく目立ってしまうんだよな。むろんそれでも傑作であることは間違いないんだけどね」
 
●必読の非本格&非ミステリ……世界の終わり、あるいは始まり
 
G「世の中にはアラスジを紹介しにくいミステリがたくさんありますが、その中でもとびきりの1冊。歌野さんの『世界の終わり、あるいは始まり』を取り上げましょう。何をいってもネタバレになりそうで……でも、本格ではありませんし、ミステリでさえないかもしれない。GooBooで取り上げないというのも1つの方法だと思ったんですが、やはり無視できませんよね。傑作ですもん」
B「デビュー初期はむしろ本格セオリーに忠実なコードタイプの本格、シリーズ探偵を起用したそれを書いていた歌野さんだけど、近年はそういったコテコテの本格と並行して、本格ミステリの限界に挑戦するような実験的な作品にも積極的に挑戦し、空回りすることもあるけど、いまや確実に成果をあげ始めている」
G「本格のジャンル的限界に挑戦するような作風というと、とっさに麻耶さんや殊能さんが連想されますが、実際に書かれたものを読んだ印象はだいぶん違いますよね」
B「だな。歌野さんの場合、麻耶のようなアンファンテリブルな天然さんではないし、殊能さんみたいなアウトサイダーな確信犯でもない。本格の呪縛ってやつにべったり腰まで漬かりながら、しかし諦めず一歩一歩足もとを確かめながら苦しみながら前進し、愚直なまでに誠実に前進してきたという印象。この『世界の終わり、あるいは始まり』は、その最新の、そしてもっとも注目すべき成果。本格ミステリならではの技法を、家族小説というストレートノベルの枠組みの中で活かしきり、見事な効果をあげた傑作といえるだろうね」
G「……珍しいですね。留保抜きで持ち上げるなんて。思わず絶句してしまいました」
B「ま、本格じゃないしね〜」
G「結局それかよッ! ま、ともかく内容です。ええっと……これもどこまで紹介してよいやら、悩ましいんですよね〜。主人公は食品会社に勤務するどこといって特徴の無いサラリーマン、富樫。仕事に追われ妻や2人の子供との会話も少ないが、しかしそれは今どきの当たり前……平穏な日常に安住していました。そんな富樫の日常に小さな小波を立てたのは、付近で発生した低学年の小学生を狙った連続誘拐事件でした。電子メールで届く脅迫状、発信元は攫われた子供が持っていた携帯、そして子供はいずれも誘拐された直後に射殺される、という冷酷な手口が共通しています。近くで起こった事件とはいえ、まだまだ他人事だと思っていた富樫でしたが、事件は思わぬ形で彼の平穏な日常に侵入してきます」
B「きっかけは小学6年生の息子の部屋で拾った、1枚の名刺だった。なぜ大人の名刺が息子の部屋に? 富樫が感じた微かな違和感は、4件目の誘拐が発生した瞬間恐怖に変わった。誘拐された子の父親の名は、名刺に記された名前と同じだったのだ。もしや……問いただしても否定するだけの息子を、しかし信じきれず、富樫は秘かに彼の部屋を捜索する。そして彼は次々と“見つけたくなかったもの”を見つけてしまう。驚愕し、絶望し、懊悩する富樫。しかしそれでもなお一縷の望みを捨てきれず……かといって信じきることもできない彼は、我が身を削るようにして、その理由を、可能性を、そして希望を、絶望を、確かめようとする」
G「前述の通りその主題からいっても、これはストレートなミステリではなく家族小説、というか父親小説というべきでしょう。ですが、にも関わらず作者はこの“すべての父親にとって最大の恐怖”というべき家族の事件を、徹底して父親の視点に寄り添って描くことにより、全編に終始ただごとでない緊張感を張りつめさせています。その恐怖の大きさゆえに、主人公は家族とともにいても終始孤立無援で、否応なく自分自身をギリギリまで見つめ直すことを強要されるわけですが、このあたりの大津波のように押し寄せる不安と恐怖、焦燥の連打といった感のある描写はまことに見事で、前述の徹底して父親に寄り添った視点により、読者……ことに子を持つ親の場合は特に……は強く感情移入せざるを得ません。ここから生まれるサスペンス、焦燥感はまさに強烈無比ですね」
B「その前半の的確な描写力があるから、後半の本格ミステリ的な技巧を応用した構成を、地に足のついたものとして描ききることができたんだろうね。この後半の構成というのは、“本格ミステリでない小説”としてはある意味非常な冒険であり実験だったと思うんだけど、それがズバリ決まってテーマとも呼応した見事な効果をあげている」
G「ですね。非本格における本格ミステリ的技巧の見事な活用例、ということですね。結局、この作品のテーマは“父親としてのアイデンティティ探し/再発見”だと思うのですが、この本格ミステリ的テクニックを使うことにより、読者に対してこれ以上ないくらい効果的に訴求されているんですね。まさにトリックがトリックではなく、作品としての必要上絶対に欠かせない、テーマを語るための語り口として完全に昇華されきっている。んもう素直に感服です。もちろん明るくもない暗くもない、ただ前に進もうとするラストもまた素晴らしいし」
B「辛い、苦しい、身を切るように痛い、エンディングなんだけどね」
G「主人公の世界はじつはすでにとっくに終わり、なくなっていたんですから。そのことをまず主人公自身が噛みしめないかぎり、新しい世界はけっして始まらないわけで。……むろん新しい世界はさらなる地獄かもしれませんが、少なくともそこに存在することだけは確かです。自分自身の手で終わらせないと始まらない。なんであれ始めなければ、自分も家族も進めないーー何が起こるにしても。……タイトルの意味はそういうことなんじゃないかなと、ぼくは思います」
 
#2002年4月某日/某スタバにて
 
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