battle79(2002年5月第4週)
 
[取り上げた本]
01 マレー鉄道の謎 有栖川有栖          講談社
02 第四の扉 ポール・アルテ        早川書房
03 青空の卵 坂木 司           東京創元社
04 ふたり探偵 寝台特急「カシオペア」の二重密室 黒田研二           光文社
05 朽ちる散る落ちる 森 博嗣           講談社
06 嘲笑う闇夜 プロンジーニ&マルツバーグ  文藝春秋
07 本格ミステリ02 本格ミステリ作家クラブ編   講談社
08 クビシメロマンチスト 西尾維新           講談社
09 サム・ホーソーンの事件簿II エドワード・D・ホック    東京創元社
10 太陽の簒奪者 野尻抱介           早川書房
Goo=BLACK Boo=RED
 
●完璧に再現された黄金末期本格(の弱点)……マレー鉄道の謎
 
G「さて、4年前からタイトルのみ予告されていたウワサの火村ものの長編が、いよいよ登場です! 作者のあとがきに曰く“新本格などではないただの本格”だそうで……」
B「4年前に予告していたといっても、実際の執筆期間は2カ月弱というところだと作者さんご自身がいってるじゃん。だから“執筆期間4年! 渾身の力作!”つーわけではないだろう。“そう思って読んだら百人が百人とも脱力する”ぞ!……だいたいさー、この内容で予告から完成まで4年半というのはなんぼ何でも長すぎる。森さんのようなペースでコンスタントに次々出るならOKかもしれないけどね。ボリューム的にも同じだね、このネタで持たすには長すぎる」
G「まあまあ、まずは内容をご紹介しましょうよ。……観光目的でマレー半島にやってきた火村&アリス。2人は現地で偶然知り合った日本人夫妻に招待され、夫妻の邸宅『ハリマオハウス』を訪れる……が事件はそこで発生した! ハリマオハウスの庭に置かれていた離れ家で他殺死体が発見されたのだ。現場であるトレーラハウスは、なんとドアも窓も全てがガムテープで封じられた“目張り密室”。犯人はいかにしてこの密室を脱出したのか? さてまた、なぜ現場を密室にする必要があったのか? 帰国までの限られた時間の中、火村は謎を解くことができるのか!」
B「アラスジだけ聞いていると、密室トリックのハウダニットを中心にすえた、まさに古典的正統的な本格ミステリだね」
G「ですね。作者が宣言したとおり、昨今の新本格的なアプローチとは一線を画す作品であるといえるでしょう。プロットも非常にシンプルで、ミステリとしての焦点は、それこそ密室の謎一点に絞り込まれています」
B「まあ作者的には、こういうシンプルさは狙い通りということなんだろうけど……だとしたら、なんぼなんでもセンスが古すぎると私は思う。“新本格でない本格”をやるのだからといって、こんな風に “古典本格にありがちな弱点”をそのまま継承する必要はないわけでさ。このあたり、どう見ても作者は大いに計算違いをしまくってるんじゃなかろうか」
G「なんです? その“古典本格の弱点”ってのは?」
B「末期的な無理矢理トリック一発に頼り切ること、よ。むろん古典本格全てがそういう弱点をもってるって訳じゃないけどさ。ともかくこれって古典本格の爛熟期というか、トリックのネタが尽きはじめた末期に見られた現象といわれるもので、本格ミステリの退潮の原因の一つともされているわよね」
G「というと?」
B「つまり、無理やりひねり出した、どー見ても強引で無茶なトリックなのに、作品全体がそれに頼りきりってことね。結果、ダラダ読まされたあげく、ラストでもう一度ガッカリさせられ、作品総体がものすごく軽〜く、幼稚で、安直なものに見えてくるという……まったくさぁ、何でいまさらそんなものを再現しなきゃならないのか理解に苦しむわね。新本格の若い読者への“古典復古メッセージ”ってやつだとしたら、かんッぺきに逆効果よ。無駄に多い主人公コンビの描写に“萌え”るっきゃないってのも、これじゃ当然かも」
G「う〜、いくらなんでもそこまでひどいとは思いませんけどね。本作でいうと“目張り密室”のトリックが問題ってことですよね? まあ確かにこいつは古式ゆかしい機械トリックですが……たとえばこの手の密室ものだとカーの『爬虫類館の殺人』とかロースンの『この世の外から』とかがありますが、これらの作品のトリックと比べてもさほど大きく見劣りする感じはしませんが」
B「あほかキミは。カー作品だってロースンだって、トリックだけ取り出したらいまや完全にバカミスだぜ? しかも今回の『マレー鉄道』のトリックは、某赤川次郎作品のバリエーションじゃん(しかもあっちの方が全然スマートだぞ!)。つまりさ、これってのは実効性がほとんどない無茶な機械トリックである上に、それ自体ごっつ貧相なわけよ。こーゆーもんをメインに据えるなっつーの!」
G「うーん、“目張り密室”といえば、TVの『安楽椅子探偵とUFOの夜』もそうでしたよね。有栖川さんはあちらにも関係してらっしゃったわけですが」
B「はっきりいって密室に関わるホワイダニットとしては、『安楽椅子探偵とUFOの夜』の方がずっと面白かったぞ! 『マレー鉄道』の“目張り密室”はホワイダニットとしてはさらにさらに説得力がないし、意外性も皆無で、ちぃっとも面白くないッ。この“なぜ密室か?”に関する完璧なまでの説得力のなさなんて、まさに黄金時代末期の本格の弱点そのものよね!」
G「しかし密室がありトリックがあり、そして有栖川さんお得意の解明のロジックがあって……まあ、確かにいささか冗漫な感じはありますが、スタンダードな本格としてそれなりにバランスの取れた作品でしょう。細部には気が利いた仕掛けとかも結構あるし」
B「なにをいってるんだろうね、このスットコドッコイは! たしかに有栖川さんからすれば謎解きロジックは見せ場なんだろうけどさ、いつになく強引でエレガントさに欠けてるのはどうしたわけ? 意外性もないしさあ、ロジック自体の緻密さを演出しようとして、逆に屁理屈の強引さを感じさせてしまうようではどうしようもないじゃん! はっきりいって、謎、トリック、謎解きの全てが同じくらい凡庸きわまりない。……そういう意味ではたしかにバランスが取れているっていえるかもしれないけどね!」
 
●上等な新本格ミステリコミック……第四の扉
 
G「では、2002年前半の本格ミステリ界の話題をさらいまくったポール・アルテ、行きましょう。『第四の扉』です」
B「いわゆる一つの“フランスのカー”だね。ま、この長篇が出る前に『ミステリマガジン』かなんかで短編を読んだときには、なんかしょーもなさが先にたった感じで。正直ほとんど記憶に残らなかった作家さんなんだけどね。この長篇は、まあそれなりに楽しめた。……けど、『フランスのカー』っつーのはどうなんだろう。たしかに、フランスの・トリッキーな・本格派、ではあるけれど、カーっぽさってのはさほど感じなかったな」
G「まあ、“トリッキーな・本格派”という点がそろえば、分かりやすい代名詞としてカーの名前が出てくるのは、ある意味仕方がないというか。キャッチフレーズってそういうもんでしょ」
B「まあそりゃそうなんだけどね、私的には単純に海の向こうで同時発生した“フランスの新本格派”って感じがするんだけどね。ま、いいや、内容に行きましょ」
G「はいはい。ええっと、この作家さんってフランス人なのに舞台は英国なんですよね……。さて、かねてより幽霊が出るとの噂があるダーンリー家の屋敷。間借り人としてやってきたのは、霊力を持つと自称する夫妻でした。やがて何者かによる襲撃事件が起こり、ダーンリー家の息子は失踪。しかも、息子は同時に2箇所で目撃されるというドッペルゲンガーじみた目撃騒ぎまで起こります。しかし謎は解けぬまま月日が流れ……3年後のその日、館では霊媒師夫妻を中心とする交霊実験が行われることになりました」
B「しかし、実験のための完全な密室に入ったはずの人物の姿が消え、逆に行方不明だった息子の死体が出現。さらに息子を名乗る人物が館に帰還するという奇怪な事件の連続に、館の人々は恐れおののきます。幽霊伝説に彩られた館を舞台に、次々と連発される不可能現象。この奇怪な事件に挑むのは名探偵ツイスト博士だッ!」
G「密室をはじめ惜しげもなく盛り込まれた不可能現象&不可能犯罪のつるべ打ちに、ぎっしり詰め込まれたトリック。ボリューム的には長篇としてもかなり短い部類で、最初は“この薄さで解けるんかいな?”と不安になりますが、ご安心アレ。作者はばっさばっさと怒濤の勢いで解き明かしたうえ、ラストでは二転三転のどんでん返し付きというゴージャスさです」
B「まあ、たしかにねえ。デビュー作だからということもあるんだろうけど、作者さんはまさしくサービス精神のカタマリではあるのかもね。まー、カー後継者をもって任ずる某作家さんだったら、まんま3〜4倍の長さにするだろうけどね〜」
G「だからやめなさいって、そういう言い方は! ともかくですね、たったこれだけのボリュームにじっつに盛りだくさんの本格ミステリ的ギミックを投入して、短いながらも非常に密度が高いんですよ。しかも読み心地は実に歯切れよくスピーディで、古典本格にしばしば見られるもったりした読みにくさなんて全く感じさせません。やはりこれはayaさんがおっしゃるように、単にカーに代表される古典本格を再現したというのではなく、現代的な視点で本格という形式を捉え直した“新本格”なんだと思います」
B「むう。しかしこの場合、密度が高いというのとはちょっと違うんじゃないかね? トリックも一つ一つを取りだせば実にしょーもなかったり、無理筋だったり、幼稚だったり。奇術志向が悪い方向に転がった場合にありがちな“無理小ネタ”ぞろいで……ただただヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たるというか、ひたすら数とスピードで勝負している。このあたり、いかにも現代的な弱点もごっそり内包している感じがするぞ」
G「ううん、それはそうかもしれませんが、そのことは必ずしも弱点とばかりはいえない気もしますけどね」
B「ふふん、少なくとも私にとってはおおいに食い足りなかったのよね。まあ、カーのパスティーシュなんていう戯言に、その気になった私がバカなんだけどさ。ともかくトリックは前述した通りで、ラストのどんでん返しについても正直あざといつうか、えげつない。てんこ盛りの不可能犯罪の真相はどれもこれも、剛腕というよりバカミスすれすれの強引さよね。さらに個々の不可能現象の演出は通り一遍で雰囲気もくそもあったもんじゃなく、ただひたすらに軽いだけの読み心地ときた。こりゃどう考えたってカーのパスティーシュというのは当たらないわよねー」
G「そのことはしかし、裏返せば現代の日本の本格読みにとって、アルテは“一番美味しいスウィートスポット”を突いてきた作家さんだ、ってこともいえるんじゃないでしょうか。進化し上等になった本邦の新・新本格の前衛性も、文学性も、実験性もなく、ひたすらあざといサプライズのスピーディな乱れ打ちに徹するというのは、新本格以降の本格読者にジャストフィットなコンセプトともいえるんじゃないかしらん」
B「ふううううん。それってさあ、すなわち“アルテはミステリコミックとおんなじだよん”っていってる風に、私にゃ聞こえるんだけどね〜」
G「う。……いやまあ、コミックとはまただいぶん違うとは思いますが」
B「ま、べつにマンガだっていいじゃん。そういうのがあったって悪くはないし、ミステリコミックとしてはたいへん上等な部類であることは、確かなんだからさ!」
 
●人に優しく……青空の卵
 
G「『青空の卵』は、創元クライムクラブから突如、という感じでぽっこり刊行された新人さんの処女作。別に賞ものってわけでもなくて、どうやら創元社の編集者さんご自身が惚れ込んで本にしたのだとか。昨今では珍しいデビューの仕方ですよね」
B「いったいぜんたいこの作品のドコに目をつけ、何を期待したのか。くだんの編集者さんにじっくり問うてみたい感じではあるなー。内容についてはすでに各方面でフクロダタキにされている感がなきにしもあらずで、有り体にいってしまえば“当然の結果”、だけど……さすがに作者さんはちょっと気の毒だね。これはむしろ、デビューさせた編集者さんの罪というべきだろうになあ」
G「だから、そういう言い方は止めてくださいよう。……まあ、強いていえば“日常の謎”系は創元のお家芸だからですかねえ」
B「“日常の謎”派ってだけでいちいちデビューさせてたら、エラいことになるぞ」
G「いやもちろん、それだけじゃなくて。“お家芸”だからこそ同じ“日常の謎”系でもいろんなバリエーションの弾を用意しておきたかったとか……」
B「たとえば“引きこもり名探偵”による“ココロ暖まる”日常の謎とか、か? ま、いいや。とっとと内容を紹介しよう」
G「はいはい。えっとこの作品は、人嫌いで口の悪い“ひきこもり”のプログラマーにして“名探偵”である鳥井を主人公とする短編連作集です。この名探偵は、母親の不在とかイジメとかいろいろあって引きこもってしまったんですが、そんな彼が唯一心を開く親友がワトソン役/語り手の坂木くん。作者さんと同じ名前をもつ、保険会社の営業マンなんですね。坂木君はほとんどマンガかアニメに出て来るキャラクタみたいな、怒濤のお人よしさんです」
B「この2人の関係ってさー、単に坂木が鳥井を守るという単純な構図じゃないんだよね。読んでいくと、ジツは彼らが奇妙にねじれた形でお互いに依存しあってる、いわゆるひとつの共依存ちゅうやつであることがわかってくる。しかも坂木の鳥井に対する思いの独白なんか読むと、時に不気味なくらい艶っぽかったりして。有り体にいってほとんど恋人同士。もろ某方面のエジキという感じなんだけど……もしかして確信犯?」
G「そ、それはあまりにも根性の曲がった読み方という気がしますんで、聞かなかったことにします。えー、でもって物語はほとんどがワトソン役の坂木が出会った日常の謎を鳥井に語り、鳥井が安楽椅子探偵よろしくその場で謎解きするという標準的なスタイル。謎そのものは“日常の謎”派の王道というか、真に邪悪な人間なんて登場しませんし、事件自体もちょっとした人の心の縺れが奇妙な事態を生みだす、といった態のもので。いうなれば名探偵はその謎を解くことで、事件関係者の心の縺れをも解きほぐし“解決”するわけです。……じゃあ簡単に各篇の内容を紹介いたしましょう」
B「やっぱしやるのかよー。1発目は『夏の終わりの三重奏』だな。町内に男ばかりを遅うストーカーが徘徊。ストーカーなのに複数の男を狙う犯人の意図は、そして目的は?」
G「ええっと……とても丁寧に書かれていますよね」
B「っていうかツボを外して無駄に丁寧。ミステリ的には他愛ないの一言だな。見え見えの犯人、見え見えの動機。なんの仕掛もなくひねりもない、ミステリとしては取り柄の無い作品だ」
G「そういう取りつく島もないような言い方は……。丁寧に書かれた犯人の心の機微が読みどころ、では」
B「丁寧に書かれてる割には、犯人の心の動きと実際の犯行を結びつけるのは無理無理。いーかーにーもー“作者の訴えたいテエマに合わせて人工的に創られた”つまり“あらかじめ破綻した話”感がプンプン匂いまくってキモチ悪くなるぞ!」
G「……続きましては『秋の足音』。目の不自由な美青年の後をつける“奇妙な足音”の謎です」
B「名探偵が解き明かす真相は、またしてもありきたり以下。まるで“どってことないありきたりの事象”を、登場人物たちがよってたかって無理矢理に謎めいた事件に仕立てているみたいだね。わざわざそんな奇妙な解釈をするやつの方がよっぽど謎!」
G「『冬の贈り物』は、歌舞伎の若手の人気女形に次々お贈られてくる奇妙なプレゼントの謎です。誰がなんの目的で?  ……これはいかにも日常の謎派らしい謎ですね。解決も比較的きれいですよね」
B「謎としてはまあ水準的な謎ー謎解きか。ただし、納得度は低いなー。頭で、頭だけでこさえた謎って感じでさ。それと作者はここでもやっぱり読者の推理力を低く見積過ぎね。丁寧すぎ親切すぎる伏線はあまりにもあからさまで、MAQのような粗忽きわまる読者にも見逃しようが無い。まるで“日常の謎解き絵本・解説付き”つー感じで著しくサプライズを削ぎまくる!」
G「『春の子供』はぼくはけっこう面白かったですよ。ええっと、駅前で誰かをじっと待ち続けている子供。声をかけると怯えたふうで口もきけない様子。彼が描いた“頭が真っ赤に塗りつぶされた男”の絵の意味は? 一段と無理矢理な謎解きであり無茶な真相なんですけど、こういう発想の方向でサプライズを創りだせるとは思っていなかったので、けっこう感心しました」
B「きみにはつくづくガッカリさせられるわねー。このお話なんてモロさっき私が云った“謎解き絵本・解説付き”じゃん! マッチポンプも窮まれりつーかさー。だいたいこの話では作者はもう物語を作るのをほとんど放棄しちゃって、ポエムというか演説というか折伏というか、“名探偵リハビリドラマ”に関わる方面に熱中しちゃってるわよねー。……どうでもいいが、こういうところでそういう垢抜けないマネをしてほしくないなと」
G「最後の『初夏のひよこ』は短いボーナストラックといいますか、カーテンコールといいますか。“登場人物たちのその後”を描いたスケッチ風の一編ですね」
B「ココロのソコからどうでもいい話、というか文章。……で、だ。作者の狙い的には、おそらく1つ事件を解くごとに名探偵の交友が広がり、少しずつ外の世界/人間たちの世界に歩みだしていく姿というのを描きたかったんだろうと思う」
G「ですね。同時にワトソン役の彼も、名探偵が解き明かす“様々な人たちの心の機微”に触れることで成長していく。つまりこれは男2人それぞれの癒しと成長の物語が背景にあるのではないでしょうか。実際、扱う事件の方も、フェミニズムや障害者、夫婦等々いろいろなパターンの人間関係の縺れが取り上げられているわけで」
B「そういう作者の問題意識が悪いとはいわないよ。しかしそれらに対して、真っ正面から“優しい正論”を語りかけていっさいの衒いもない作者の姿は、私にいわせればグロテスクそのものだね。説教臭どころか、しまいには自分の演説に酔ってポエムまで歌いだし、それにナミダを流して頷きながら世界が拍手する……ってーのがこの『青空の卵』の世界なんだよ。少なくともそれは作家の創った世界というより、“新○宗○のいいヒトたちの集まり”だ。ま、そう考えれば、この作品の馬鹿馬鹿しいくらいの分かりやすさや説明過剰癖も、納得できるけどね!」
G「うーん。でもまあ、作者のその善意自体は疑いようが無いんじゃないかなあ。そしてこういうのが好きな、トテツモナく心の素直なひともいっぱいいらっしゃいますからねぇ」
B「んなこたわかってる。ただ、そういうコンセプトならさー、色紙に味わい深げな筆文字で“人に優しく”とかなんとか書いてればいいじゃんよ! ともかく私としては、そのキモい手で本格ミステリに触らんでほしいぞ、と」
 
●狙い通り? の“薄さ”……ふたり探偵
 
G「えーと、単独の作品としてはカッパノベルスはこれが初めてなのかな? 黒田研二さんの『ふたり探偵』です。なんでも“トラベルミステリーを”という依頼に応えて書いた作者にとって初のトラベルミステリだそうです」
B「島田さんもたしかカッパノベルスでのデビューはそんな感じだったわよね。カッパノベルスでは最初は必ずトラベルミステリを発注するという内規でもあるのかねえ」
G「いやぁ、そんなことはないでしょう。綾辻さんとか、カッパで出したのは別にトラベルミステリーじゃなかった思うし。まあ、タマタマじゃないですかね。というわけで黒田さんが選んだ舞台は、北海道と東京を結ぶ豪華な寝台特急『カシオペア』。当然のごとくくだんの『カシオペア』の車輌平面図や時刻表(舞台となる列車のタイムテーブルしか出てないものすごーくシンプルなやつ)も装備し、ばっちりトラベルミステリの体裁です」
B「ついでに今回はシリーズ探偵となるらしき新名探偵を起用してて……それがまあ表題の『ふたり探偵』ってことなんだけど、まさに“カッパノベルス仕様”のパッケージね。まあ、カッパノベルス以外でもシリーズを始めてらっしゃるし、黒田さんにとって2002年は“そういう年”だったんだろうね。なんちゅうか“職業作家としてブランドを確立する年”みたいな」
G「それだけ気合いのこもった作品といえるかもしれません。では、内容をご紹介しましょう。一見何のつながりも見つからない人々が奇妙な見立てを施され殺されていく……“シリアルキラーJ”を名乗る謎の怪人による連続殺人の報道に、ルポライターの友梨は毎日気が気ではありません。実はその捜査を担当している青年刑事は彼女の恋人なのです。おりしもライター見習いの青年が“シリアルキラーJ”の犯行に関して奇妙な予言をして失踪。いよいよ募る不安を抱えたまま、友梨は旅行ムック本の取材のため、カメラマンや編集会社の社長らと共に北海道へ旅立ちます。しかしその帰路、友梨たちが乗った豪華寝台特急カシオペアで奇怪な事件が発生します」
B「恋人からの連絡により“シリアルキラーJ”が失踪していたライター見習いを拉致し、次の獲物として友梨たち一行の1人を狙っている……そう聞いた友梨は“狙われていると思しき人物”の客室を見張るが、彼女たちの目の前で客室にいたはずの1人が消え、もう1人が死体となって発見された! 疾走する列車の中で二重密室はいかにして破られたのか? ライター見習いの青年はいかにして犯人の意図を察知したのか? してまた謎めいた“シリアルキラーJ”の正体とは? 前代未聞の“ふたり探偵”の活躍が始まる!」
G「本格ミステリ的には、列車内の二重密室、ミッシングリンクテーマ、そして犯人特定のロジックに連携した“ヒロイン絡みのある仕掛”がポイントでしょうか。個々に見ていけばアイディアとしてはいずれも小ネタ。ですが、寝台特急という“疾走し続ける現場”や名探偵役の凝った設定、そして終始派手な展開のストーリィといった“容れ物”にきれいに収まって、バランスのいいエンタテイメントという印象ですね」
B「ていうか、ワタシとしては黒田さんにそういうバランスの良さはまったく期待してないからなあ……まあ、版元の要請もあろうから仕方の無い部分もあるかと思うけれど、キミが挙げてくれたミステリ的なネタ/仕掛けはどれもこれも、ごく他愛ないというレベル。しかもこの人の作品としてはビックリするくらいアイディアの扱いがストレートでさ。いってしまえば、ミステリ読みなら誰にでも容易に真相が見えてしまうだろうね」
G「今回は本格読みを想定読者にしていないんでしょうから、この場合はちょうどいいバランスなのでは。たとえば火曜サスペンスを見るのがミステリの接点、という読者さんなら、これくらい明快なトリックの方が受けがいい気がします」
B「それはそうかもしれないが、たとえば“二重密室の謎”とかさ、名探偵役の目の前で発生した不可能犯罪ということで一見チョー凄そうじゃん。本格読み的には、やっぱ期待しちゃうわけだけど、実はぜんっぜんすごくない! っていうか、“読者が最初に思いついて最初に捨てる”類いの、そりゃないだろって感じの脱力的解決ね」
G「まあ、その“仕掛け”については、新シリーズの看板たる“ふたり探偵”のアイディアを読者にイメージ付けするために配置された感じもしますからねえ。なんせSF的つうかファンタシィ的なアイディアを使った、ある意味非常に特殊な名探偵ですから。読者にこのキャラクタに馴染んでもらうためには、それなりの準備も必要だったのかなと」
B「だけどさ、その“ふたり探偵”のアイディア自体、今となってはすっげぇありふれまくってない? 某A氏の作品とか、某I氏の作品とか、あるいは最近のものなら別の某A氏作品(刊行は2002年秋)とか。もちろんそれぞれ微妙に違っちゃいるけど、デジャ・ヴェばりばり大人気って感じよね〜。ちなみにこの設定のことだけでいえば、いちばん面白かったのはIさんの作品だけどね。あたしゃあれこそ本格ものとしてシリーズ化してほしいな!」
G「……ま、ぼくもそう思わないではないですが、とりあえずIさんの作品は置いときましょう。ともかく密室もミッシングリンクも犯人特定のロジックも、個々の扱いはたしかにストレートだけど、手抜きって感じはないですよね。むしろ丁寧すぎるくらい丁寧に伏線が張られています。こういったことからも、作者さんは今回はあえて意図的に、分かりやすさ・明快さを主眼としたんではないかと思うわけです」
B「だとすれば、私らのような本格読みのスジから、こういった感想が出て来るのも織り込み済みなのかしらね? だったらさらにはっきりいっちゃうけど、個々の仕掛・トリックの扱いがいつになく底が浅いから、伏線がことごとく丸見えで真相も丸分かり! この作家の最大のお楽しみであるはずの“意表をついたどんでん返しの連発から生まれる目眩くような眩暈”なんぞカケラもない」
G「あれをやるには、どうしたってプロットワークにしろ何にしろ、複雑な仕掛けが必要になりますからねえ……」
B「もともとキャラクタの造形力や描写力で読ませる作家さんじゃないから仕方がないのかもしれないが、そのあたりの仕掛けが“薄い”と何だか全体がますます薄っぺらくチープに見えてきちゃうんだよね」
G「キャラクタ造りには、今回はそれでも、結構気合いが入ってる気がしますが?」
B「どこが! ミッシングリンクと連動する犯人の動機やキャラクタ自体、陳腐すぎてげっぷが出るし、出版社・編集プロダクション・ライター・カメラマンの人間関係もムチャクチャ不自然。ムック本の取材に編集長や社長、さらには恋人や助手まで同行OKって……一体全体ドコの世界の話やねん! しかも全員して豪華寝台特急の個室に乗っちゃうんだぞ!」
G「……それはやっぱり私怨のような気も。ぼくらに縁がないだけで、世の中にはそういう世界もあるのかもしれないじゃないですか。ファンタシィとして読めばいいんですよ」
B「ファンタシィねぇ……どーでもいいけど、えらく原価の高いムック本になりそうだよね。ともかく有り体にいってしまえば、黒田作品としてはこれまでで一番つまらない、火サスとどっこいどっこいって感じだね!」
 
●さりげない脱力感……朽ちる散る落ちる
 
G「森さんのVシリーズもいよいよ終盤。ラス前の第9作は『朽ちる散る落ちる』です。前々作の『六人の超音波科学者』の続編というか後日譚にあたる作品ですね。例の山中にそびえる奇妙な円形の研究所が舞台で、登場人物も1部重なっていますね」
B「まあ、せっかくあんなに凝った舞台をこさえたんだから、2回くらいは使わないとね、みたいな。とりあえず『六人の超音波科学者』のエピソードを引き継いで展開されるお話だから、先にくだんの作品を読んでおいたほうが良いだろうね」
G「というわけで、物語は『六人の超音波科学者』の事件が終了した一週間後から始まります。その事件終了時点では開かぬままになっていた研究所地下室の扉がようやく開かれることになり、おりしも研究所から“あるもの”の回収を依頼されていた保呂草は、八方手を尽くしてその現場に立ち会う許可を得ます。そして当日、むろん事件関係者の紅子さんや練無くんたちも共に立会い、いよいよ封印されていた地下室が開かれる……と、完全な密室状態にあったはずの地下室から、壁に叩きつけられるようにして死んでいる奇妙な死体が発見されます!」
B「そのまた一方、紅子は別ルートからNASAがひた隠しにしているという奇妙な謎を聞いていた。地球に帰還した衛星船から乗組員全員の他殺死体が発見されたというのだ。2つの奇怪な密室事件の真相は? はたまた両者を結ぶ糸はあるのか?」
G「読み心地のおとなしさとは対照的に、じつは毎回強烈な不可能興味に満ちた謎を提示しているVシリーズですが、中でも今回のそれはかなり強烈ですよね。“完全密閉された地下室の激しく叩き付けられたような死体”、そして “宇宙密室の他殺死体”ときては、それこそ流水さんばりですよね」
B「そうだね、謎自体のスケールもでかいし不可能興味も飛び切りで。いっそマンガチックといいたくなるくらいの途方もなさなんだけどね。それでいてぜんっぜん地味〜な事件にしか思えないような抑制の効いた……というより、いっそどうでもよさげなクールな書き方をされてるあたりが森ミステリィ。実はそれらの謎の解法/トリックの強引さもバカミス級なんだけど、謎の演出に抑制が効いているからバカミスな解法のそのバカミスぶりも目立たない。それどころか、なんだかスマートに解決されてしまっているかのようにさえ見えてくるから不思議だ。いうなれば、ものすごくつまらなそうに演じているイリュージョニストってとこかしらん」
G「そんなことをいえば、このトンデモな事件に主人公たちが関わっていくストーリィだって無茶そのものなんですけどね。まあシリーズモノとしての強みを最大限生かしきっているって感じはあります」
B「つまり、基本線シリーズモノとしてキャラ小説としてのマンガチックなお楽しみがメインな小説で、そこへバカミス級の物理トリックを“さりげなく”投入してあるあたりがこのシリーズのミソ。いってしまえばミステリコミックの方法論で作られたミステリなんだな。そう考えれば本格ミステリ読みとしてはトリックくらいしか見所は無いんだけど……今回は見かけの派手さの割にトリックも脱力級だったなあ。まあ、べつに今回に限ったことじゃないけどね」
G「ううん、たしかに“宇宙密室”の方は、本格読みのニーズからはちょっとポイントをずらされた感じはありましたけど、“密室内激突死”のトリックの方は理系ミステリならではの理屈っぽさとトンデモが融合した、なかなか楽しいシロモノだったのでは」
B「ていうか、あれって現場の状況が説明された時点で、もう何から何まで丸わかりだろ? すっごいストレートな引用なんだもん」
G「え、あれってオリジナルじゃないんですか?」
B「ウッソ〜、気付かなかった? 君だって読んでたはずだぜ。あれだよ、J・P・ホーガンのSF(?)陰謀小説の大作」
G「あ……そっか」
B「森さんがあの作品をネタにしたかどうかはわからないけど、ホーガン作品を読んでいる人間にとっては、『朽ちる散る落ちる』のメイントリックである“密室内激突死”のネタは、あのホーガン作品のメイントリックの応用、というか拡小再生産にしか見えないわけ。ま、おそらくはこのトリックが使いたいばかりに、CIAだのNASAの怪事件だの、およそ“らしくない”エピソードを仕立ててきたんだろうけど……はっきりいって、これがそれほどの手間をかけるに値するようなトリックか? いつになく念入りかつあからさまな手がかりの提示のせいもあって、ともかくあっという間に丸分かりだったね!」
G「そっかー、なんかデジャヴェつうか、どっかで読んだような記憶はあったんですよね〜」
B「……まあ、楽しめたんだろうから、記憶力の無さも幸運と考えるべきかもな。しかし、それにしたってこのトリックを使うなら、もう少し工夫してほしかった気がするんだよね。あんな半端にリアルな舞台で、それもえっらいストレートな使い方をするもんだから、トリックの仕掛け自体が絵空事めいちゃってさ。結果全編が決定的にリアリティを欠いているように見えてくる。……それこそいっそホーガンくらいの大風呂敷をぶちかましてくれた方が、まだしも驚けるというもんだよ」
G「まあ、森さんはそういうタイプの作家さんじゃないですからねえ。とりあえず終盤に向かって盛り上がりまくるキャラ小説として楽しんで、ミステリ部分はプラスアルファの付加価値ということで」
B「たしかに今回は特にシリーズキャラクタ個々の因縁風味のエピソードも豊富に盛り込まれてたけど、何だかどうにもまとまりが悪くない? こういっちゃ悪いけど、私にはなんかすっごいガタガタしてて、散漫な印象ばかり残っちゃった感じだったけどね!」
 
●みんな、サイコ……嘲笑う闇夜
 
G「例の驚天動地の異色作『裁くのは誰か?』がちょびっと話題になったからでしょうか、突然のように同じコンビの別の作品が邦訳されましたね。『嘲笑う闇夜』です」
B「このプロンジーニ&マルツバーグのコンビによる作品ちうのは……『裁くのは誰か?』をお読みの人ならごぞんじの通り、一言でいえばトンデモ系。サプライズのためというか読者をタマゲさせるためなら、ミステリのオキテだろうが常識だろうが平気の平左でブチ破る。ともかくあらゆるシチュエーションにおいて、つねにもっともありえない・読者が絶対想像もできないような掟破りの選択肢を平然と選択するんだね〜
G「いってしまえば、手段を選ばず読者を驚かすことに全力を傾けるのがその基本コンセプトってことになりますね。本格ミステリでは……まあ、ないですね」
B「ああ、絶対にね。強いていえばトンデモサスペンスというか、バカサスペンスというか……まあ、スゴイ人たちではあるわね」
G「不思議なもので、コンビを片割れずつ見ていけばそんな気配はさほど無いんですよね。プロンジーニは、トリッキーなところもあるけどカタいハードボイルドの書き手だし、マルツバーグも(こちらはSF作品を1つ読んだだけですが)ヘンだけど基本的には重たい話を書く人、という印象なのに、2人揃うと、なぜかいきなりリミッターが外れてしまう(笑)」
B「まあ、“好き放題やろーぜぇ”みたいなコンセプトで生まれたコンビなんだろうね。だから当然、このコンビの作品を読むときはそこが読みどころということになる。すなわち“今度はどれだけバカな・トンデモな・ハチャメチャな、掟破りをしてくれるんだろう?”という期待がメインになるわけだけど。その意味では今回の作品は、全然物足りなかったね。バカっちゃあバカだけど……今どきこの程度で驚けといわれてもねえ」
G「まあまあ、とりあえず内容のご紹介と行きましょうよ。ええっと、これは基本的にはいわゆるサイコサスペンスですね。語り手は捜査官や新聞記者など事件に関わりを持つ複数の人物で、かれらの視点が目まぐるしく切り替わりながらお話が進んでいくところが1つのミソになっています。……さて。平和な田舎町ブラッドストーンに突如出現した“切り裂き魔”。たちまち3人の女性を屠り、平和な街はその残虐な手口に震え上がります。しかし警察の必死の捜査にも関わらず神出鬼没の犯人の正体は知れず、人々の苛立ちと恐怖は徐々に高まっていきます。そんなとき1人の精神科医が“切り裂き魔”の正体について奇妙な説を唱えます。すなわち、切り裂き魔は普段は犯行時の記憶を失い、普通人として生活している……つまり普段は“自分が犯人であることを知らない”のではないかというのです」
B「新聞記者ら4人の語り手は、それぞれ理由があって犯人を執拗に追っていたんだけど、この精神科医の仮説を聞いて強い恐怖を感じるんだね。実は彼らは内心それぞれ自分の精神状態に不安を持っていて、精神科医の話を聞いた途端“もしかして実はおれ自身が切り裂き魔なんじゃないか?”と疑い始めるんだね。つまり彼らは真相を知りたいが、同時に知るのが怖くもあるわけ」
G「そのためこの4人はどんどん狂気と妄想に支配されていくわけですが、中盤以降はその4人の視点が目まぐるしく切り替わりながら、ついでに所々に思わせぶりな“切り裂き魔”の独白やら手記やらも挟み込まれたりしながら物語は驀進します。ともかくこの狂騒的なスピードでエスカレートし、複雑怪奇に絡み合っていく語り手達の狂気は、終盤に至ると物語全体を1種異様な熱気で包み込んで読者を幻惑し、悪夢のようなサスペンスを盛り上げていきます」
B「とはいえ、例によって委細構わず独り合点のままグリグリ書き進めるばかりで、4人もいる視点人物のかき分けや状況説明の描写すらてんでおざなり。だから読者は読みながらしばしば“誰が何をしているのか”さえ見失う始末で、何が何だか分からないまま引きずり回されるという感じ。ラストにはトンデモ系のどんでん返しが用意されているけど、結局ディティールの辻褄合わせを放りだしたまま、イキオイだけで決めた無理筋もいいところの“意外な真相”の域を出ない。イマドキのサイコサスペンスを読み慣れた読者にとっては、“今さら感”の強い落し方に思えてしまうだろうな」
G「たしかに行き当たりばったりに選んだ飛び道具って感じのラストではありますが……それでも読み返してみると、一応伏線らしきものは張ってありますし、ミステリとしての基本はそれなりに押さえていると思います」
B「ふん、私はむしろトンデモであって欲しかったと思うけどね。この作家コンビには、それ以上のことは期待してないんだから」
G「まあオチはどうあれ、読んでいる間のあの眩暈がしそうなサスペンス、熱が出てきそうな焦燥感は、これでなかなかのもの。『裁くのは誰か?』とはまた違った、ハチャメチャコンビの爆走ぶりを楽しんでいただけると思いますよ」
B「まあ、本格じゃないしな。細かいことを余り気にせず、鷹揚な気持で読むぶんにはいいのかもね。……そういえば解説を折原一さんが書いてらっしゃるのもちょっと面白い。読む前は“なんでこの人が?”って感じなんだけど、読了後はけっこう納得の人選だな、と(笑)」
 
●本格のありのままの今……本格ミステリ02
 
G「本格ミステリ作家クラブが編纂する『本格ミステリ02』が出ましたね。その年の優れた本格ミステリ短編はもちろん評論も収録した、“本格ミステリ年鑑”的な性格を持ったアンソロジーの2冊目で。これは2001年度に発表された作品を対象としています」
B「前回もいったことだけど、小説だけでなく評論も収録しているのがこのアンソロジーのミソってやつで。しかも今回は加えてマンガまで載せているんだな。そのせいかあらぬか、内容的には“これぞ本格!”というより“これも本格あれも本格”という感じの(良くいえば)バラエティに富んだラインナップで、良くも悪くも“現在の本格ミステリ状況”を俯瞰した1冊といえるだろうね」
G「それはもう、アンソロジーの趣旨からいって当然の結果でしょう。個々人の本格ミステリ観はどうあれ、手軽にジャンル全体を概観するには最適の本でしょう」
B「しかし、それだけにボリュームは凄まじいものがあるよなあ。小説作品が17篇にマンガが1篇、評論が3篇で、総計21篇! 本自体はノベルスなんだけどさ、この分厚さには参るというか……手に取った瞬間いささかたじろぐねえ。ところでまさかこれ全部内容紹介しろっつーんじゃあるまいな!」
G「ん〜、そうですねえ、コトコマカに紹介していくのはさすがにしんどいか。まあざっくり早足でまいりましょう。行きますよ、まず冒頭は会長・有栖川さんの『不在の証明』。火村シリーズの、これはアリバイものの新趣向ですね。火村ものとしては上の部でしょう」
B「うへえ、やるのか……折原さんの『北斗星の密室』は黒星警部シリーズ。密室ネタのドタバタコメディで賑やかなんだけど、シリーズ初期の切れ味にはほど遠いなあ。霞さんの『わらう公家』は、タイトルを見れば分かる通りカー・パロディなんだけど、テンコモリのネタが幼稚でその扱いも雑駁かつ強引。珍品以上の意味はない」
G「倉阪さんの『鳥雲に』はファンタジックかつホラーちっくな暗号もの。ジャンルミクス的な作品だと思いますが、確固とした“固有の世界”を築いているのが吉。柄刀さんは車椅子の名探偵・熊ん蜂が活躍する『人の降る確率』。トリッキーな作品ですが、柄刀さんとしては控え目かな。このシリーズはまだ単行本にまとまってないはずですが、氏の作品系列の中では少々異色って感じの感触があるので、早くまとまった形で読みたいですね。若竹さんの『交換炒飯』は、ツイストの効いた交換殺人もの。巧いですねー、本格というよりサスペンスですが見事なテクニックだと思います」
B「思わず“なんでこんなものが!”と絶叫したくなる鯨さんの『「別れても好きな人」見立て殺人』は、狂気のカラオケ探偵・マグレ警部シリーズの1篇。破綻だらけでセンスの悪〜いバカミスで、しかも無茶苦茶薄口。これならネタが豊富なぶんだけ霞さんの方がマシだな、と。まあ、この人はご活躍中だからねえ……こういう作品ががんがん発表されるという状況もまた、昨今の本格ミステリ的状況の一断面だからね。続いては西澤さんのSFミステリ『通りすがりの改造人間』。妙な話で、読み物としては面白い。芦辺さんのカー・パスティーシュ『フレンチ警部と雷鳴の城』は、出ました! 集中屈指の傑作! 古典パロディというかパスティーシュなんだが、奇想に満ちた謎、大胆なトリック、合理的な解明と三拍子そろった見事な本格であると同時に、パスティーシュとしても工夫を凝らしたまことに充実した1篇」
G「あれは傑作ですよね〜。菅浩江さんの『英雄と皇帝』は、ピアノ教師の亮子先生が活躍する日常の謎系ミステリ『歌の翼に』シリーズから。といってもぼくはこのシリーズ、全然知らなかったんですが、読みどころは多分本格ミステリ的な部分にはないみたいですね。伊井圭さんの『通り雨』は、連城さんっぽいっていうか……文学の香り漂う日常の謎派。丁寧な造りで味わい深い作品です。大倉さんの『やさしい死神』は例の『三人の幽霊』の落語界を舞台にした日常の謎。落語ネタの扱いは手慣れたもので安心して読めますね。……しかし、こうしてみると相変わらず日常の謎系って多いですね」
B「日常の謎だから、逆にネタは無尽蔵にあるともいえるからなあ。だから各作家さんがキャラ設定とかに凝って個性を演出したくなる気持はわからないじゃないけど、謎解きロジック自体の面白さがカナメであることを忘れちゃあかんよな」
G「そこへ行くと何処に置いても異彩を放つのが麻耶さんで、作品は貴族探偵シリーズの『トリック・トラッチ・ポルカ』。実験的な作風は相変わらずで、これもまたなんとも人を喰ったユニークな作品です。さらっとしてるのに印象は強烈ですよね。同じく個性的といえば物集高音さんの『坂ヲ跳ネ往ク髑髏』。講談調のじっつに個性的な語り口で物語られる明治奇譚の謎解きは、本格としての仕掛けは大したことないのに、その語り口に釣られてクイクイ読まされ実に楽しい。本格としてどうこういうのはヤボだけど、このシリーズはもっと評価されていいはずです」
B「山田正紀さんの『麺とスープと殺人と』は風水火那子シリーズから。ダイイングメッセージやら2人1役やらネタ盛りだくさんの謎解きなんだけど、もう一つすっきり腑に落ちてくれないとらえ所の無さが、相変わらずの山田タッチ。というわけで小説部門のトリは加納さんの保育士・佳寿美シリーズの『ひよこ色の天使』。まあ、いつもの加納節。好きな人は好きなんだろう。読後感は爽やかすぎるほど爽やかだよ。んでマンガ界から1篇だけ収録されているのが河内実加さんの『消えた裁縫道具』。二階堂さんの渋柿シリーズのキャラだけ借りたオリジナルストーリィだそうだが、ミステリコミックとしては可も不可もない水準作。どー考えたって、他にもっとマシなミステリコミックがあるはずだけどね。ひょっとして版権の関係?」
G「そういえば『名探偵コナン』や『探偵学園Q』や『スパイラル』といったコミック作品の作家さんは、本格ミステリ作家クラブ入会しているんですかね?」
B「さてね? いずれにせよ、マンガ化作品が収録されてるのに、肝心の小説作品は影も形もないあたり……なかなか公正なセレクトなんだな、と」
G「あわわわわ! そ、そーゆーことは思っててもいっちゃダメです〜!」
B「ふふん! ともかく残るは評論が3篇ね。波多野さんの『京極作品は暗号である』は『魍魎の匣』の魅力を“先代旧事本紀”の分析を通して読み解くという、ナニヤラ小難しげに思えるが、これはスリリングで面白かった。鷹城さんの『中国の箱の謎』は、氏の『探偵小説美味礼讃』に収録された“ミステリ・オペラ論”まあ、壮大な仮説が飛び交う大風呂敷で愉快っちゃ愉快だったわ」
G「大トリは巽さんの『論理の蜘蛛の巣の中で』。これは『メフィスト』連載中のミステリ時評からの1篇ですね。テーマは“操りテーマ”のミステリをネタに現代の本格ミステリのある構図を描き出したもの。この人の評論はいつ読んでも切れ味抜群で着想も新鮮。素直に面白かったですね〜」
B「てなわけで。まーこの、小説は昨今の本格ミステリ界そのまんまの玉石混交ブリだしね。コミックにも若干セレクトに関する疑問があったりするけど、評論が全体をピシっと引き締めている感じだなー」
G「好き好きは無論ありましょうけどね、一定のクオリティは保証されてるわけですから、コストパフォーマンスも高い。前述の通り業界を俯瞰するにも最適ですし、ネタも突込みどころも多々有ります。本格読みさんは読んでおいた方が……いや読まずとも、とりあえず手元に置いておくといいと思いますよ!」
 
●ジャストバランス……クビシメロマンチスト
 
G「前作『クビキリサイクル』で第23回メフィスト賞を受賞&デビューした西尾さんの第2作、すなわち“戯言遣い”シリーズ第2作……なーんて説明はもはや言わずもがなですかね。ちなみに、いまはそうでもありませんけどこの第2作くらいまでは、ぼくは個人的には西尾さんってすっげえ森博嗣さんそっくりだなあ、って思ってたんですよ。時折挿入される“ぽえむな自分語り”をはじめとする文体面とか、物事全般に対するクールな視線とか、理系天才がぞろぞろ出て来るとこととか、主人公と鏡面対象みたいなキャラが出てくるとことか」
B「なんだかね〜。その2人ともトビキリの人気作家さんになられたわけだから……つまりはそれがイマイマの“売れ線”ってことか? イヤな売れスジだね、どうも」
G「まあまあ、憎まれ口叩いてないで内容の紹介と参りましょう。……前作『クビキリサイクル』の孤島殺人事件から2週間後、京都に戻った主人公“いーちゃん”は、びっくりするくらいフツーの大学生活を送っています。基本的に人と関わりを持たないいーちゃんですが、クラスメイトの巫女子ちゃんの強引な誘いに引きずられ、同じくクラスメイトの智恵ちゃんの誕生パーティに出席することになります」
B「折しも京都の街には謎の連続殺人鬼が跳梁し、すでに6人の人々が惨殺されていた。その晩、くだんの殺人鬼・零崎人識と邂逅したいーちゃんは闘いのさなか、彼と自分が1枚のコインの表裏のような鏡面存在であることを悟り、奇妙な共感で結ばれる。翌日、何事もなかったかのように誕生パーティに出席したいーちゃん。しかしそのパーティの直後、智恵は首を締められて殺されてしまう……。ミステリ的な仕掛けはやはりあくまでライト級。某A氏のあの作品のバリエーションといえそうだ。むろん名探偵(?)による推理も憶測に次ぐ憶測で、ほとんどイキオイとシチュエーションで説得する。基本的に本格ミステリを期待しても無駄ってことだぁね」
G「そういう説得の仕方も、使いようによっては本格だと思いますが……まあたしかにトリック自体はシンプルな仕掛けだし独創的とも言えませんよね。ただ、それはいうなればミステリとしての体裁を整えるための、おまけというかお約束というか。メインはあくまでホワイダニットの謎で……こっちの方は、これ自体なかなかのサプライズでしたし、その答の“重さ”とのバランスを考えればトリックもこのくらいの軽さ・スマートさがちょうどいい。ミステリ的には、この作品はシリーズ屈指のバランスを備えていると思います」
B「まあ、第4作の『サイコロジカル』に比べれば、ウダウダもキャラキャラも全然少なめだしね〜。そもそもミステリ含有量はどの本も似たようなものだから、結局このシリーズってのは本自体が薄ければ薄いほどミステリ度が高くなるとゆー理屈。……あ、でも3作目の『クビツリハイスクール』はきっぱりミステリ要素を削ぎ落とした番外編だから、その限りではないが」
G「なんなんですかそれは〜。ともかくですね、この作品では“ホワイダニットとしての答”が、そのまま主人公・いーちゃんの存在のあり方に関わってくるわけで……。つまりはミステリとしてのメインネタが、いーちゃんを主人公とするビルドゥングスロマンとしての“戯言遣い”シリーズのテーマに密接に連動している」
B「ビルドゥングスロマンって、そりゃきみ、なんぼなんでも……」
G「いやあ、結局はそういうことだと思いますよ。“人間失格”こと殺人鬼・零崎の存在についても同じなんですよ。表面上のストーリィでは、零崎は本筋の事件には全くからんでこないわけで、ミステリ的には意味のないキャラクタなんですが……いーちゃんの成長物語として考えれば、零崎との出会いはいーちゃんにとって本筋の事件以上に大きな意味がある」
B「だからなんだっつんだよ〜! って気も、しないではないけどねえ。まあ、壊れた人たちの壊れた世界を舞台に、本格ミステリをやれという方がたぶん間違っているんだろうな」
G「個人的には4作目までひっくるめて、ミステリ的には本作がベストです。このバランスで書き続けてくれれば、ほどよい青春軽本格として応援できたんですけどね〜」
B「わはは、お生憎様。どうやらそんな期待をしていたのは、世界中でキミ1人だったようだね!」
 
●寝酒代わりに1篇ずつ……サム・ホーソーンの事件簿II
 
G「アメリカで、というより世界で一番不可能犯罪の発生率が高い田舎町・ノースモントを舞台に、不可能犯罪のエキスパート・ホーソーン医師の活躍を描く短編シリーズもこれで2冊目ですね。ホーソーンものが12篇に、ボーナストラックとしてエドガー賞を受賞した名作の誉れも高いレオポルド警部ものの短編『長方形の部屋』が収録されていますね」
B「“ホーソーンもの”って、雑誌なんかに掲載されているのを読むと、海外の現代作家が書く不可能犯罪モノの本格という物珍しさもあって、それなりに楽しく読んじゃうんだけど……こうやって1冊にまとまってみると、さすがに玉石混交というか。むしろ、かなり砂利だらけという印象よね。そのなかにたまぁに許せなくもないものがある、という程度のアタリ確率かも」
G「いや極端にデキが悪いというのはそれほどないと思います。むしろパターンが似通っちゃうケースが多いのが辛いかな。まあ、限定された舞台でしかも不可能犯罪ばっか描こうとすれば、ある程度パターン化しちゃうのは、どうしたって避けられないでしょう。むしろまとめて読まずに、寝る前に1篇ずつ読んでいくとかする方が、なんか楽しそう」
B「それはいいけどさー、ひょっとして13篇全部紹介するのか?」
G「やりましょう! もちろん一口コメントでいいですから。というわけで、ガンガン行きます。まずは『伝道集会テントの謎』。心霊治療の集会で発生した不可能犯罪。密室状態の現場にはホーソーン医師と被害者の2人しかいなかったのに?」
B「子供だましのトリックと思わせてバカミスで落すという変な作品ね。次の『ささやく家の謎』は、ゴーストハンターと共に幽霊屋敷探索をするお話。夜半、奇妙な囁きと共に男が1人やってきて、密室に消える。男は数時間前に死んだはずの死体となって発見される……」
G「密室作りはちょっとアンフェアな手かなー」
B「幽霊の正体も他愛なさすぎよ!」
G「でも次の『ボストン・コモン公園の謎』はちょっと意外性に富んだフーダニットでしたね。ボストンの公園に跳梁する謎の毒殺魔。衆人環視の公園で毒の吹き矢を飛ばす見えない犯人の正体は?」
B「チェスタトンの某有名作品のバリエーションね。まるでトンチクイズみたいだったわー。『食料雑貨店の謎』はまた密室。現場にいたのはショットガンで撃たれた死体と気を失ったその妻だけ。犯人は本当に妻なのか? 考えようによってはこれも安直なトリックよねえ」
G「不可能犯罪の演出の仕方が押さえめなので、かえって結末が安っぽく見えてしまった嫌いはありますね。奇術趣味なんだからもう少しキャピキャピしててもいいのかも知れません。でも次の作品はお気に入りですよ。『醜いガーゴイルの謎』は、公判の最中に裁判官が毒死するというドラマチックなお話で。衆人環視の公判廷でいかにして判事に毒を盛ったのか……という謎解きは意外性に富み、真相もドラマチックでした」
B「まあそうなんだが、これも事件の状況説明があやふやでねえ。なんかごまかしてるっぽいんだよ。そのせいでアンフェア感の方が先に立ってしまうな。私はむしろ次の『オランダ風車の謎』がお勧めね。オランダ風車のついた記念館で全身ヤケドを負った男。他に人間はいなかったのに……密室発火のトリックは子供騙しだけど、どんでん返しがきれいに決まって真犯人と真相の構図はかなり意外だった。トリックがもう少しどうにかできれば、佳作レベルだったかも」
G「続く『ハウスボートの謎』は、手製のハウスボートから4人の男女が消えるといういわゆる“マリーセレステ”テーマの作品なんですが、消失もののハウダニットというよりホワイダニットとしての面白さがメインですね。すなわち“どう消えたか”ではなく“なぜ消えたか”。どんでん返しの真相はなかなか鮮やかで、これも良作です」
B「そのあたりのレベルがアベレージだったら素晴らしいんだけどね。次の『ピンクの郵便局の謎』はちょっとがっかり。新装なった郵便局で客と職員の目の前で消えた債券小切手の封書の謎。……ストレートな隠し物トリックなんだけど、伏線もあからさまだし、お話自体ストレートなので仕掛けは誰でも見破れちゃうね」
G「次はまた密室ものです。『八角形の部屋の謎』は、結婚式の会場にどこからともなく出現した見知らぬ浮浪者の他殺死体。密室状態の現場に被害者は何処から侵入し、犯人は何処から脱出したのか?」
B「機械トリックの密室はあまりにも他愛ないわねー。密室が真相隠しの装飾に使われているのは他と共通するパターンかしらん。次の『ジプシー・キャンプの謎』の不可能犯罪は、設定だけはものすごく強烈かつ魅力的よ。“呪われた”と一声叫んで息絶えた男。身体にケガはないのに、解剖すると心臓から銃弾が! さらに呪いをかけたロマたちの馬車は煙のように消える。2つの不可能犯罪のトリックは共に脱力系もしくはバカミス。ハウダニットのふりをしたホワイダニットという仕組は、どうやら作者の得意技らしいね」
G「『ギャングスターの車の謎』は、密造酒の取引き現場での銃撃戦で、ギャング達の目の前で殺された男の死体が消失する。ここまで読むと作者の手口になれてきますから、読者にとって伏線はむしろあからさますぎるほどでしょうね。そういう意味ではやっぱりまとめて読まない方が良いのかな」
B「たしかに云えてるわね〜。『ブリキの鵞鳥の謎』は、曲芸飛行の飛行機の密室状態のコックピットで発見されたパイロットの刺殺死体。オーソドックスな密室ものだけど、今どき誰も使わないような密室トリックに一筆加えてセコく不可能犯罪を演出した感じ。いまどき臆面もなくコレを使うとはねえ」
G「ボーナストラックの『長方形の部屋』は、これは都筑道夫さんの傑作ミステリ評論『黄色い部屋はいかに改装されたか』でモダン・ディティクティヴ・ストーリィの例として取り上げられた、必読の名作ですね。自分が殺した被害者の遺体の傍らに、“24時間ものあいだ立ち尽くしていた”青年。かれはいったい何をしていたのか……というホワイダニットです。ロジカルでサプライズに満ちた膝連打の謎解きは、やはり読んでおくべき里程標的作品でしょうね」
 
●正々堂々問答無用の本格ハードSF……太陽の簒奪者
 
G「久方ぶりにSFと参りましょう。『太陽の簒奪者』は野尻抱介さんの本格ハードSF長篇。もともとは1999年に発表されSFマガジン読者賞や星雲賞を受賞した短編版の『太陽の簒奪者』に、これに続く『蒼白の黒体輻射』『喪われた思索』の2短編(いずれも『SFマガジン』掲載)を加え長編化したものですね。ハヤカワSFシリーズの新叢書“Jコレクション”の1冊として登場です」
B「“Jコレクション”は、つまり現代日本SFの叢書らしいけど、これってけっこー粒よりという噂だわね。私は3冊くらいっきゃ読んでないけど、たしかに力作ぞろいで……いつの間に日本SFはこんなに元気になったんだ! って感じだったわねー。なんかちょっと羨ましかったりして」
G「本格ミステリ界だって元気じゃないですか〜! 我が世の春って感じでしょ」
B「我が世の春〜? ホントか? きみ、ホント〜にそう思うのか?」
G「ううッ……ま、まあ今回はあくまで『太陽の簒奪者』が主題ですからね。とりあえず本格ミステリの話は置いといて、と。さー、早速内容のご紹介と参りましょう。面白いよォ!」
B「ふッ(肩をすくめて首を振る)」
G「つーわけでッ! えー、物語は2006年という近未来から始まります。全編のヒロインとなる白石亜紀はこの時まだ高校生なんですね……その日、天文部に所属する亜紀は、他の部員たちと共に水星による日食を観測していました。やがて日食が始まったとき、亜紀はその望遠鏡の視界に奇怪な光景を目撃します。……それは水星に出現した、望遠鏡で確認できるほどの“巨大な塔”でした。世界各地から同様の報告が相次ぎ、やがて驚くべき事実が判明します。水星で何者かの手により巨大なスケールの“工事”が進んでいたのです」
B「まさしくそれは人類が初めて遭遇した異星の知性体、エイリアン存在の証拠にほかならなかった。人類は幾度となく交信を試みるが、しかしいっさい返答はなく、その正体は不明のまま。やがて長い年月をかけて“工事”は進み、水星から投射された物質により、太陽を取り囲むように直径8000万kmに及ぶ巨大なリングが出現する。リングは長い年月をかけて成長し、太陽光を遮り、地球の気候環境に影響を与えるほどになっていった」
G「度重なる干ばつ、洪水、成長する氷河。しかも成長したリングはそれ自体意志のようなものをもち、独自の防御機構をさえ備え始めていました。2022年、追い詰められた人類はついにリングへの攻撃を決断。成長し宇宙飛行士となった亜紀は、3人の仲間たちとともに人類初の宇宙戦艦に乗り込み、“リング”をめざした。というわけで、これはファーストコンタクトテーマ&侵略テーマという宇宙SFの王道を行くネタに真正面から挑み、最新の科学知識情報もたっぷり盛り込み、様々なSF的科学的ガジェットのディティールもみっちり描き込んだ、正々堂々問答無用の本格ハードSFですね。ぼくの場合、なんちゅうか読んでいるあいだ中、あの懐かしい黄金期SFの傑作の数々がしきりに思いだされて……。やっぱこう“とてつもなくデカいもの”を描くってのは、ただそれだけでもう無茶苦茶ドキドキしますよねえ」
B「今どき珍しいくらいストレートなテーマに、これ以上ないくらいストレートなストーリィ。全くもってごまかしようの無いこのコンセプトに正面から挑み、とにもかくにも描ききった作者に、まずは拍手を送りたいね」
G「ですよね、斜に構えたり気取ったり理に落ちたりってことがまったくない。いうところのヨコヅナズモウちゅう感じです」
B「ストーリィ的には非常に明快な、というか云ってしまえばお手本通りの、それ自体さしたる工夫や仕掛けもないプロットだし、豊富に盛り込まれたSF的アイディアも、SFとしては正直さほど新鮮でも衝撃的でもないんだけどね……。ともかく作者はディティールの隅々に至るまで一切手を抜かず、力のこもった描写を重ねていくことで、陳腐平凡な大風呂敷になりかねないストーリィを骨太のハードSFに仕立てあげている」
G「たしかに新しさ、というのはあまり感じさせないかもしれませんが、裏返せば、非常にオーソドックスな“SF本来の楽しさ面白さ”が凝縮されている気がします。その意味では、むしろこれはSFプロパーでない読者さんにお勧めしたいですね。いま現在の日本SFの水準というか実力をまざまざと体感できると思います」
B「まあ、SFプロパーの読者さんは疾っくの疾うに読了済みだと思うけどね。ただ、私が物足りなかったのは、“ドでかいモノ”を描いている割には、意外なほどヴィジュアル的な広がりというか喚起力の乏しさで。まあ、いつかどこかで見たようなイメージばっかだった、というのも大きいと思うんだけど、いずれにせよ“一読、目に浮かぶようなセンス・オブ・ワンダー”というには少々距離があったね」
G「いやあ、あれだけ描いてくれれば、ぼくは充分だと思うなあ。ayaさんはちょっと“若い頃に読んだ名作の記憶”に囚われてるんだと思うな。そりゃ何十年も読み続けてれば、いろんな感性がドンカンになっていくのも仕方がないですけどね」
B「ぬぁんだとォオ! いっぺん死んでみるか、ああ?」
 
#2002年5月某日/某スタバにて
 
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