●向かない戦略……笑殺魔
G「今年は黒田さんの新シリーズがどんどこ始まりますよね〜。『笑殺魔』もその1冊で、『〈ハーフリース保育園〉推理日誌』という新シリーズの1発目になります」
B「保育園を舞台にした軽本格、というよりサスペンスコメディのシリーズ、であるらしい。内容の練り込みにあんまり手をかけず勢いで読ませるというスタンスは、(私が思うところの)最近のこの作者さんの基本方針どおり。だとすれば、とりあえずどう見ても“幼稚園にしか見えない保育園”というのも、まあアリなんだろうね」
G「……どことなくイヤミっぽいその言い回し、どうになりませんかね〜。ともかく内容のご紹介と参りましょう。サクサクとね。えー、主人公にして語り手は、教育関連商品を販売する弱小企業の営業マン・次郎丸諒。保育園などの教育施設をルートセールスして回っている彼の悩みのタネは、同じ地区を担当するライバル会社の営業マン・夏目でした。その日次郎丸クンが向かったハーフリース保育園も、じつはその夏目の独占取引状態。何とかその状況を打開しろと、上司の厳しい命令を受けての訪問だったのです。何はともあれ挨拶をと園長を訪れた次郎丸君、ちょうどその時園長室に“子供が職員にケガさせられた”と母親が怒鳴り込み、コトのはずみで次郎丸は負傷してしまいます」
B「幸いケガはたいしたものではなかったが、次郎丸は事件の背後にある奇妙な“事情”、保母の雪村先生を巡る奇妙な偶然のことを耳にする。雪村先生が笑顔を見せると、見せた相手はなぜか必ず不幸な目に遭うというのだ。そのため雪村先生は、保母なのに笑顔を浮かべることもできなくなっていた。頭をひねりながら自宅へ帰った次郎丸……ところが今度はアパートが火事に遭い、仕方なく『ハーフリース』に戻ると今度は園児が誘拐され、その両親と間違えられた次郎丸と雪村先生が身代金を要求されてしまったのだ!」
G「保育園という身近な世界にマンガチックな登場人物を配した構図は、いつもの講談社ノベルスでの黒田作品に比べると親しみやすく読みやすく、してまた奇想天外かつコミカルなエピソードを、歯切れよくつないでいくストーリィもまじつに軽快。ほどよいサスペンスコメディとしてアベレージなのではないでしょうか」
B「“ほどよい”というより、この場合は物足りない・食い足りないというべきでね。被害者視点の誘拐譚に関わる仕掛けは、いかにも机の上で手軽にでっち上げましたって感じの、(この作家さんとしては)杜撰かつ安直なものだわね」
G「ううん、まあミステリ的な仕掛けの部分はごくあっさりしていますけどね……読み手のスピード感を損なわない程度のジャストバランスともいえるのでは」
B「それはどうかなー。ミステリとしての仕掛けをストーリィに組み込むにあたっては、施すべき調整、ディティール処理つうもんがあると思うんだが、個人的には今回の作品ではこれが充分ではないと思えたのよね。だからなんちゅうか、仕掛けが浮いちゃって浮いちゃって……いかにも“シリーズ用に”こしらえた舞台に、仕掛けを無造作に放り込みましたという印象でさ〜」
G「ミステリとしての仕掛けとシリーズ作品としての演出が、チグハグってことですか?」
B「だね。そのチグハグ感が先に立っちゃって、ラストの真相もサプライズの感興がごく薄くなっちゃってるのよ。この点に限らず、この作品についてはこういったディティール部分の作り込みの甘さがとても目立つのよね。たとえばシリーズキャラを除いた登場人物たちはどいつもこいつもミョーに影が薄くてね。物語としての必要からそれぞれに担わされた役割の重さとの齟齬がえらく大きいんだ。平たくいえば個々のキャラクタに役割に相応しいリアリティがないから、物語に説得力が生まれない。結果、これまた結末が素直に腑に落ちてくれないわけ」
G「正直いって、キャラメイキングもそうですが、描写全般に関してはこれまでより特に落ちるという気はしませんけどね」
B「もちろんそれはその通りだと思う。小説としての作り込みの甘さはこれまでも変わらなかったと思うよ。だけどさ、これまでのようにミステリとしての仕掛けに大きな力を注いだ作品だったら、ミステリ的な仕掛けの複雑さやそれを操る技巧の冴えに圧倒されて気にならなかったのよ。いわば“ミステリとして読ませ所を作ることで小説としての弱点をカバー”してたわけ。ところが今回はシリーズものとしての必要性から、いつものそのミステリ技巧を押さえた関係上、作者のストーリィテラーとしての弱点があからさまになってしまったカタチなのね。まあいつになくたっぷり盛り込んでいるギャグでごまかそうとしているのかもしれないけど、これもやっぱりいっこうに弾けないしリズムも悪い」
G「ん〜、ええとこなしじゃないですか〜。繰り返しっぽくなっちゃいますけど、ぼくは軽エンタテイメントとしては充分アベレージだと思いますけどねえ。ayaさんのそれって、やっぱマニアの身勝手な願望ってやつなんじゃ……」
B「だといいけどね! 申し訳ないけど、私はあくまで(そんなもん意識してらっしゃるのかどうかしらないけどね)この“シリーズ多発によるベストセラー作家化戦略”には反対だ。“向いてないぞ”と、ダンダンコとして主張したいね!」
G「ていうか、それは“やってほしくないぞ”、ということでしょうに」 |