●これが異世界本格だ!……はじまりの島
G「デビュー以来、歴史上の人物を材に取った、異色の歴史ミステリを書いてらっしゃる柳さんの新作長篇、『はじまりの島』と参りましょう。(いや、実在の人物ばかりじゃなく、小説作品のそれもあるんですけどね。漱石の“坊っちゃん”とか)」
B「異色は異色だが、この作家さん、ミステリとしては徐々に本格ミステリ色を強めているところが嬉しいね。特に前作のソクラテスを名探偵役に据えた『饗宴』は、ランキングにも挙げられた(『2002
本格ミステリ・ベスト10』18位)ほどだったけど、今回はさらに本格として完成度を高め、文字通り年間ベスト級の作品となっている」
G「おお、評価が高いですね〜。いや、たしかに素晴らしいデキでしたもんね。で、内容ですが、今回はチャールズ・ダーウィンが名探偵役を務めます。ええ、あの“進化論”のダーウィンですね。物語はダーウィンが『種の起源』における進化論の着想を得たといわれる、ビーグル号の南米大陸沿岸の探検行がベース。この探検行で起こった奇怪なエピソードとして語られます」
B「南米各地を測量しつつ、長期にわたる航海を続ける英国海軍軍艦ビーグル号。若き博物学者チャールズ・ダーウィンはこの探検に同行し、各地の生物の生態や風物に旺盛な好奇心を発揮していた。やがて一行がたどり着いたのは、岩に覆われ、竜を思わせるオオトカゲが闊歩する“悪魔の島”、ガラパゴス諸島だった。船長は水や食糧などの調達を命じる一方、休暇がわりに希望者の上陸を許可。希望したダーウィンら11人を島に残し、一週間後の再会を約してビーグル号は帆を上げる」
G「たまたまその島にはアメリカの捕鯨船員が来ており、ダーウィンらは彼から島の伝説を聞きます。その奇怪な伝説が一同の心にかすかな影を落したその晩、早くも事件は起こりました。見晴らしの良い屋外で、神父が何者かに絞殺されたのです。傍に近づいた者はいなかったはずなのに。奇怪な不可能犯罪の勃発に、伝説の復活を疑う一行。やがてこの絶海の孤島で、仲間たちは1人また1人と“姿なき犯人”に重傷を負わされ、溺死させられていきます。……伝説の殺人鬼は実在するのか?
それとも乗員の中に犯人がいるとすれば、なぜ、なんのために仲間を殺すのか?」
B「進化論を提唱した科学者らしく、逆転の発想と鋭敏な観察力で鋭く謎に迫っていくダーウィンは、ホームズの推理力とブラウン神父の愛嬌を兼ね備えた魅力的な探偵役だね。核にあるトリックはごくシンプルなものだが、まさに“人の手が触れていない”ガラパゴスという一種の異世界というべき舞台の特性を活かして効果的。この特異な舞台と登場人物による異様な“世界観”が、クローズドサークルタイプの本格としてのアイディアに、実に巧みに結びついてるんだ。重厚だがスキのない仕上がりは、まさに2002年度を代表する異世界本格ミステリというべきだろう」
G「手掛かりにかかわる伏線の張り方も、ミスリードの配置も、よく計算されて間然とするところがありませんしね。ともかく細部の細部まで目が行き届いた手抜きの無い作品です。もちろん、ラストの“世界が反転する”サプライズもみごとに決まってますよね」
B「だな。特に真犯人の“存在しないはずの動機”には、ダーウィンの進化論的世界観と、それ以前のキリスト教的世界観との相克がみごとに反映されていて、思わず膝を打った。読んでもらえれば分かると思うが、まさに“進化論殺人事件”なんだよな、これは」
G「そう考えていくと、名探偵役へのダーウィンの起用もけっして単なるアイキャッチなんかじゃbネいですよね。あくまで“本格ミステリとして、物語としての必然”だったといえる。本格ミステリ要素と小説としてのテーマが見事に連携しているわけで……まさに本格読みとしての満足感と物語読みとしての喜びが、諸共に味わえるという希有な作品だと思います」
B「とはいえ。裏返せば、あまりにも本格要素と小説とがバランスよく配合されすぎていて、一個の作品として見たとき、逆に本格ミステリとしての突出した魅力が見えにくい、ということはいえるかもしれない。ま、つまり完成度が高すぎ、磨かれすぎてる……ってんだから、贅沢すぎる注文ではあるんだけどね」
G「ほっんと文句の尽きない人ですね〜。まーとりあえず、読んでおいて損の無い作品。というか、読まなきゃもったいない作品ってことですよ!」 |