●響きあう過去と現在……触身仏
G「北森さんの“蓮丈那智フィールドファイル”の2冊目が出ていますね。孤高にして異端の民俗学者あ〜んどクールビューティな名探偵、蓮丈那智を主人公とするシリーズの第2作品集ということになります」
B「斯界屈指の短編の名手として知られる北森さんは、現在も数多くのシリーズを並行して書いてらっしゃるわけだけど、中でも最も本格色の強いシリーズがこの“蓮丈那智フィールドファイル”シリーズ。実際、第1短編集の『凶笑面』は、第1回の本格ミステリ大賞の候補作にもなったほどだしね。……私見だが、このとき候補作となった5作品(泡坂妻夫『奇術探偵曾我佳城全集』古泉迦十『火蛾』北森鴻『凶笑面』倉知淳『壼中の天国』殊能将之『美濃牛』)の中で、もっとも本格ミステリ大賞の名に最もふさわしかったのは、ほかならぬ『凶笑面』だったと私は思う。少なくとも受賞作である『壼中の天国』よりも、“はるかに本格だった”ことは間違いない」
G「その点については同感ですね。それはそれとして、今回の『触身仏』は該当年度の同賞では候補作にもなりませんでしたが……なぜなんでしょうね。第1巻に比べてとくだんクオリティが下がったとは思わないんですが。他の候補作だって、第1回のときに比べハイレベルという気はしないし」
B「野暮なことをいうなよ〜。シリーズ作品は1回候補作になっちゃったら、もうそれだけで“新鮮さ”
がなくなっちゃうんだよ。仮にこのシリーズがもう一度候補作になるチャンスがあるとしたら、番外で“長編”が出るか、または“シリーズが完結”するタイミングしかありえないだろうね」
G「ふーん、そんなもんですかねえ」
B「むろんあくまで私見だよ。ま、どうでもいいじゃん、本格ミステリ大賞なんて」
G「ですね。では内容ですが、まずはざっくりシリーズの基本的な設定を紹介しておきましょう」
B「ふむ。基本的には、民俗学者であるヒロインが各地で調査を進め、奇妙な、あるいは奇怪な伝承や遺跡、遺物なんてものに出会う。で、そいつに関する民俗学的な推理を進めるうちに、それがしばしば現代の、現実の事件の謎解きと重なっていくという……。つまり那智による民俗学的な謎解きが、そのまま現実の事件の謎解きに重ね合わされていくという趣向だな」
G「歴史ミステリや伝奇ミステリではわりとオーソドックスに使われている手法ですが、キチンとやるにはけっこう難度が高いと思うんですよね。なんたって歴史上の謎と現実の謎を呼応させるわけですから、謎自体はもちろんトリックや謎解きロジックもすべて重層的でなければなりません。しかもその二重写しの構造が不自然でなく描かれなきゃならない。素人目に見ても大変な手間がかかりそうですし、技術的にも高度なものが必要になるはずです。それをシリーズ短編でやっているんですから、やっぱスゴイことだと思いますね」
B「たしかにね。北森さんの短編シリーズはたくさんあるけど、手間の掛かり具合ではたぶんこれが一番だろうな。……じゃまず第1話、『秘供養』。雪深い山村にフィールドワークにやってきた那智とその助手・三國。雪に埋もれた山中で、2人は奇妙な五百羅漢像を発見する。五百羅漢はいったい何を供養したものだったのか?
村に伝わる山人の人攫い伝説との関連は? ――那智の展開するトンデモ仮説は、例によって意表を突いた大胆なものではあるけど、シリーズを読みなれた者にとってはやや物足りないかな」
G「贅沢だなあ。それじゃ作者はクオリティを上げ続けなければならないってことじゃないですか〜」
B「もちろんその通りだよ。だって作家の仕事ってそういうもんじゃん!」
G「そ、そうなのかなぁ。ともかく次。『大黒闇』。凄まじい鬼相をもつ仏を描いた仏画。描かれた仏の正体は大黒天だった。一方、大学内では秘かに新興宗教が広がり殺人事件まで発生する。大黒天の変貌の影に隠された歴史の真実を追う那智の推理は、期せずして現実の殺人の真相をもあぶり出していく。……過去と現在の見事な二重奏ですね」
B「現実の事件の方の謎解きは知識ネタに寄りかかったもので、真相自体もかなり見え見え。大黒天に隠された謎との連動が奇麗なだけに、逆に容易に見通せちゃちゃって興を削ぐんだよな。ここはもうひとひねりして、明快でありながら意表をついた“過去-現在”のリンクがほしかったところだね」
G「なんかむっちゃくちゃ高度な要求ですねえ」
B「そうかもね、もちろん“北森さんならそれができる”と思うからいうわけさ。次は『死満瓊』か。フィールドワークの途上、突如消息を絶った那智。やがて助手の三國の元に彼女から謎めいたメールが届き、在野の研究者の遺体とともに那智自身も発見される。……ワトソン役の三國助手が活躍する異色篇、といっても名探偵はやっぱ那智なんだけどね」
G「この作品は北森さんお得意の“業界裏話もの”っぽいところがあって、面白かったですよね。那智が罠にはめられたり、三國が必死の謎解きを展開したりで、これまでのパターンから外れたイレギュラーなエピソードなのも興味深いです」
B「ちょっとキャラ立ちを狙った観もあるんだけど、このシリーズでは難しいよね。名探偵もワトソンも、個性的ではあるけど感情移入しにくいタイプのキャラクタで。しかも“歴史”という強烈な主役が別にいるせいか、那智にせよ三國にせよ、どことなく狂言回しっぽい印象になってしまうんだ。まあ、ヒロインは秘密をいっぱい抱えているっぽいから、いずれその辺りも充実していくんだろうけどね」
G「たぶんその“那智自身の事件”という形で、番外編の長篇が書かれたりするのではないでしょうかね。続きましては、タイトル作品の『触身仏』。奥羽山脈の奥地を訪れた那智と三國。村の道祖神に賽の神として祀られているのは一体の即身仏……しかし賽の神と考えると、その即神仏にはあまりにも矛盾が多い。その即神仏の正体はなんなのか?
謎めいた即神仏の正体という過去の、歴史上の謎がメインなんですが、その謎自体が不思議なくらい魅力的で、謎解きもスリリングです。これはやっぱり作者の筆の力というべきでしょう」
B「こういうタイプの謎解きってさ、史実や学説が背景にあるだけに小説とはいえ確たる結論が出せない場合が多くて。謎解き自体も恣意的な解釈レベルのそれになっちゃうことが多いんだけど。このシリーズの場合は、それ自体ひじょうに豊かなイマジネーションを刺激する謎の設定と、大胆きわまる仮説という謎解きを組合せることで、“ロジックに寄りかからない説得力”を生み出している」
G「論理を積み上げていくのではなく、幻視のジャンプ力でもって他の可能性を排除してしまうような……そんな説得力ですね。このあたり、ちょっと島田理論に通じるものを感じますよね。では、ラスト。『御蔭講』ですね。中部地方で採取された奇妙な伝承。それは『藁しべ長者』に似た御蔭講の伝承譚でした。一方、那智の研究室に新たにやって来た美貌の助手に、その元上司が異様な執着を示します。その執着の影にある秘密とはなにか?
わらしべ長者譚に隠された矛盾の真相と、現実の事件との響きあう奇妙な暗合が読みどころ。リンクの張り方は少々強引ですが、巧いものです」
B「少々というか、かなり強引だと思うぞ。――まあ、中短編という限られたボリュームの中で過去と現在が響きあうなんて偶然が3つも4つも重なるのは、もともと不合理な話だからねぇ。多少なりとも強引な展開になっちゃうのは仕方がないんだけど、こんな具合に無理矢理にしてしまうくらいなら、過去-現在の共鳴現象なんて縛りはいっそ外してしまった方が、すっきりするような気がしないでもない」
G「ううん、でもそこが売りですからねえ」
B「だけどかなり苦しげだぜ、作者的にはさ。私自身は民俗学的な謎解きだけでもじゅうぶん魅力的だと思うわけで……だったらそちらに統一しちゃってもいいような気がするのよね。まあ、この作者さんはそんなラクチンな道は、選ばないのだろうけど」
G「そうですね、その意味でも、このシリーズは長篇で読んでみたいなって思います。ボリューム的な制約を取っ払ったとき、このシリーズのコンセプトが何処まで物語のフロシキを広げるのか――非常に興味深いですよね」 |