Goo=BLACK Boo=RED
●小説家に期待するもの……吉敷竹史の肖像
G「さて、御手洗さんと並び、島田作品を代表するもう1人のシリーズ探偵・吉敷竹史の……これはなんと申しましょうか、島田作品キャラ・ファンブックシリーズの吉敷バージョンかな。版元(光文社/カッパ・ノベルス)は“書き下ろし&ヴィジュアル”というなんだかよくわからない分類を付けています」
B「まあ、素人作品がごしゃごしゃ載っている御手洗ファンブックよりは、百倍マシだけどね。なんぼ吉敷ものの書き下ろし中編&短編がついているとはいえ、ファン以外にとって割高な本であるのは間違いないなぁ。いや、ファンでもただ単に島田さんの本格ミステリが読みたいだけのヒトには、やっぱ積極的に勧める気にはなれない」
G「でも、これってけっこう資料的には充実している気がしますよ。特に吉敷竹史とその元妻・加納通子を焦点に据えた吉敷シリーズの『事件史年表』なんて、非常に詳細に作られていて感心しました」
B「ていうか、あれは吉敷シリーズ各作品のネタバレすれすれって感じの記述が頻出しているから、シリーズ未読の人は見ないほうがいいよね。それとは逆に、シリーズのブックカバーをカラーで収録した『ブックカバー・コレクション』も現行の文庫バージョンばかりでつまらない。初出時のノベルス版やハードカバー版が載ってないのは、どう見ても片手落ちというか、ほとんど無意味だな」
G「資料性は低いですけど『事件の女たち』と題するエッセイ画集は楽しいですね。吉敷シリーズに登場した印象的な女性キャラ5人を5人のイラストレーターが競作し、それぞれに島田さんが解説エッセイを付けたという。イラストレーターの顔触れも豪華ですし、変化に富んでいて楽しめました。定評ある村山さんの『通子』もいいんですが、ぼくは宇野さんの『恵美』も好きですね。ついでにレオナや里美ちゃんも載っけてほしかったなあ」
B「それは御手洗キャラだろ。っていうか、そんなのどうでもよくない?
通子はともかく他の(たいていは被害者役で2度と登場する余地のない)キャラの背景を詳説したって意味ないじゃん」
G「だからぁ、それが遊び心ちうやつでしょうに。……これだから原理主義者は困るんです」
B「ぬぁにィ! じゃあ、あの安直な『吉敷竹史の旅』もキミは楽しんだというのか?
あんなもん、シリーズに出てくる駅や列車の写真を撮って、該当個所の文章をちょこっと転載しただけじゃん。じぃっつにくだらんな!
島田さんと弁護士の山下幸夫さんの対談『吉敷竹史と「冤罪の構造」』だってそうだよ。吉敷シリーズに絡めて“冤罪”という対談テーマが出てくるのはわからんじゃないけど、内容は結局表面的なやり取りに終始してちいとも実のある話が出てこない。こういうテーマで論じ合うならそれなりのスペースと準備が必要だろう」
G「だってこれはあくまでファンブックで。吉敷シリーズをより深く、幅広く楽しむためのガイド的な本なんだと思います。『吉敷竹史の旅』についていえば、ああやってビジュアルな写真を見ながら読めば一段と当該作品の興趣が深まるというものですし、対談についてもあくまでシリーズにおける冤罪というテーマの重さを確認し、補強する程度のものだと思います。……いいかえれば、島田さん/出版側は吉敷シリーズを単なるミステリとしてだけではなく、色んな読み方をしてほしいと考えているのかなと。旅情ものとして、人間を描いた作品として、あるいは社会の矛盾を描いた作品として、いろんな角度から味わい、感じ取ってほしいんでしょうね」
B「だーかーらー、それがうざったいっていうのよ!
そんなもんはゼ〜ンブ小説の中で書くべきことじゃん。手取り足取り教えなくちゃ伝わらないようなもんなら、そんななぁ作家の負けだろう。ビジネスもそりゃあ大事だろうけど、作家は何よりまず小説で勝負してほしいのよね!」
G「ううん、そりゃ正論ですけど……。じゃあ、この本に収録されている小説の方を見てみましょうか。まずはこの本の目玉というべき書き下ろし中編(短めの長編?)『光る鶴』、行きましょう。えっと、これは2002年に発生した事件という設定ですね。まさに最新の事件……古いつきあいがあった元ヤクザが病死し、その告別式に出席した吉敷。その席上、故人に世話になったという青年に声をかけられ、彼から古い殺人事件の再調査を依頼されます。不審がる吉敷に、青年はそれが故人の遺言であったことを告げます」
B「しかし、その事件は20年以上前に起こった殺人事件。青年が救ってほしいという人物もすでに死刑が確定し、唯一の希望である再審請求も新証拠の発見が無いかぎり難しい。青年とともに現地に飛んだ吉敷は、20数年の歳月を超えて残ったたった一つの手がかり、“光る鶴”の謎を追う」
G「……いうまでもなくストレートな冤罪ものですね。クロフツみたいな地味な調査と検証の積み重ねからやがて大きな矛盾点があぶり出され、事件の真相が見えてくるという。まあ、オーソドックスなスタイルなのですが、メインになる謎解きのアイディアが地味ながらリアルかつ印象的な演出で、一読忘れ難い印象を残しますねー。ちなみにこのアイディアは島田さんが個人的に関わる例の“秋好事件”と同趣向の発想が意図的にこめられているそうで。冤罪告発のメッセージをこめた一編ということになりましょうか」
B「たしかに“光る鶴”にまつわる発見と推理による逆転は、リアルでしかも嫋々たる余韻を残してサスガの巧さだと思うけど……作品半ばで無造作に挟み込まれる事件のメロドラマチックな回想シーンというか再現シーンは、あれはいただけないね。冤罪告発のメッセージという観点からいっても、ミステリ的な観点からいっても、ちょっとばかし安直な処理って気がする」
G「ん〜そうかなあ。ああいうの、島田さんが最近よく使うテクニックじゃありません?」
B「私は嫌いだね。ああいう風に書けば読者にわかりが早いのは当然だけど、いってしまえば安直な手法だ。あれをやるとそこでがっくり謎への吸引力が薄れ、サスペンスが落ちる。できればあくまで吉敷の視点でじっくり解き明かしてほしかったね」
G「ボリューム的な要請もあったんじゃないですかね」
B「枚数が足りないのなら増やせばいいだけのことでしょ。対談だのエッセイだの収録するよりその方が遥かに実になったはずだし、読者も喜んだはずだよ」
G「そんなこといっても……ひとくちに読者といったって、いろんな方がいらっしゃいますからねぇ。ともかくファンブックというのはアリだと思うし。そういう視点でみた時は、御手洗本よりこちらの方が遥かに完成度が高い本になっていると思いますが」
B「そりゃそうだろ、カッパノベルスのターゲットと御手洗本のターゲットじゃ層が違う。キミらのようなおやぢ世代が、幼稚な内輪受けの素人作品を読んで喜ぶわけがない。それだけのことさ」
G「だったらこれはファンブックとしてノープロブレムでしょ?
若き日の吉敷を描いた『吉敷竹史、十八歳の肖像』だって、ファンにとっては嬉しい贈り物ですよ」
B「あれが? あの評伝モドキみたいな雑な文章が?
あれこそ心底どうでもいい裏話エッセイじゃん。それを『青春小説』だなんて……どっからどう見ても、私にゃあれが小説には見えないね。せいぜい出来の悪い架空評伝だろー。……まったくさぁ、吉敷というキャラクタの背景をああまで懇切丁寧に、手取り足取り説明紹介解説する必要が何処にあるのかねー。それこそそんなことは小説の中で、物語の必要に応じて描けばいいことだよ!」
G「まあ……ファンは欲しがるのでしょう。そういう情報を」
B「ぜーんぜん納得がいかないね。何度も言うけどそんなことは小説の中で語ればいいことだし、それで読者が物足りないなら自分自身で行間を読んで、いくらでも想像を膨らませればいいことだ。だいたいさあ、よりよい小説を書いてもらううことこそが、ファンの最大にして唯一の願いなんじゃないの?
“小説家に小説以外の何を期待する”わけ? 私には理解の外としかいいようがないね!」 |