battle93くらい(2002年11月第4週)
 
[取り上げた本]
01 吉敷竹史の肖像 島田荘司         光文社
02 増加博士と目減卿 二階堂黎人        原書房
03 網にかかった悪夢 愛川 晶         光文社
04 ゲームの名は誘拐 東野圭吾         光文社
05 試験にでないパズル 高田崇史         講談社
06 サイコロジカル 西尾維新         講談社
07 少年探偵虹北恭助の新冒険(新・新冒険) はやみねかおる      講談社
08 密室に向かって撃て! 東川篤哉         光文社
09 髑髏島の惨劇 マイケル・スレイド    文藝春秋
10 パンプルムース氏のダイエット マイケル・ボンド     東京創元社
Goo=BLACK Boo=RED
 
●小説家に期待するもの……吉敷竹史の肖像
 
G「さて、御手洗さんと並び、島田作品を代表するもう1人のシリーズ探偵・吉敷竹史の……これはなんと申しましょうか、島田作品キャラ・ファンブックシリーズの吉敷バージョンかな。版元(光文社/カッパ・ノベルス)は“書き下ろし&ヴィジュアル”というなんだかよくわからない分類を付けています」
B「まあ、素人作品がごしゃごしゃ載っている御手洗ファンブックよりは、百倍マシだけどね。なんぼ吉敷ものの書き下ろし中編&短編がついているとはいえ、ファン以外にとって割高な本であるのは間違いないなぁ。いや、ファンでもただ単に島田さんの本格ミステリが読みたいだけのヒトには、やっぱ積極的に勧める気にはなれない」
G「でも、これってけっこう資料的には充実している気がしますよ。特に吉敷竹史とその元妻・加納通子を焦点に据えた吉敷シリーズの『事件史年表』なんて、非常に詳細に作られていて感心しました」
B「ていうか、あれは吉敷シリーズ各作品のネタバレすれすれって感じの記述が頻出しているから、シリーズ未読の人は見ないほうがいいよね。それとは逆に、シリーズのブックカバーをカラーで収録した『ブックカバー・コレクション』も現行の文庫バージョンばかりでつまらない。初出時のノベルス版やハードカバー版が載ってないのは、どう見ても片手落ちというか、ほとんど無意味だな」
G「資料性は低いですけど『事件の女たち』と題するエッセイ画集は楽しいですね。吉敷シリーズに登場した印象的な女性キャラ5人を5人のイラストレーターが競作し、それぞれに島田さんが解説エッセイを付けたという。イラストレーターの顔触れも豪華ですし、変化に富んでいて楽しめました。定評ある村山さんの『通子』もいいんですが、ぼくは宇野さんの『恵美』も好きですね。ついでにレオナや里美ちゃんも載っけてほしかったなあ」
B「それは御手洗キャラだろ。っていうか、そんなのどうでもよくない? 通子はともかく他の(たいていは被害者役で2度と登場する余地のない)キャラの背景を詳説したって意味ないじゃん」
G「だからぁ、それが遊び心ちうやつでしょうに。……これだから原理主義者は困るんです」
B「ぬぁにィ! じゃあ、あの安直な『吉敷竹史の旅』もキミは楽しんだというのか? あんなもん、シリーズに出てくる駅や列車の写真を撮って、該当個所の文章をちょこっと転載しただけじゃん。じぃっつにくだらんな! 島田さんと弁護士の山下幸夫さんの対談『吉敷竹史と「冤罪の構造」』だってそうだよ。吉敷シリーズに絡めて“冤罪”という対談テーマが出てくるのはわからんじゃないけど、内容は結局表面的なやり取りに終始してちいとも実のある話が出てこない。こういうテーマで論じ合うならそれなりのスペースと準備が必要だろう」
G「だってこれはあくまでファンブックで。吉敷シリーズをより深く、幅広く楽しむためのガイド的な本なんだと思います。『吉敷竹史の旅』についていえば、ああやってビジュアルな写真を見ながら読めば一段と当該作品の興趣が深まるというものですし、対談についてもあくまでシリーズにおける冤罪というテーマの重さを確認し、補強する程度のものだと思います。……いいかえれば、島田さん/出版側は吉敷シリーズを単なるミステリとしてだけではなく、色んな読み方をしてほしいと考えているのかなと。旅情ものとして、人間を描いた作品として、あるいは社会の矛盾を描いた作品として、いろんな角度から味わい、感じ取ってほしいんでしょうね」
B「だーかーらー、それがうざったいっていうのよ! そんなもんはゼ〜ンブ小説の中で書くべきことじゃん。手取り足取り教えなくちゃ伝わらないようなもんなら、そんななぁ作家の負けだろう。ビジネスもそりゃあ大事だろうけど、作家は何よりまず小説で勝負してほしいのよね!」
G「ううん、そりゃ正論ですけど……。じゃあ、この本に収録されている小説の方を見てみましょうか。まずはこの本の目玉というべき書き下ろし中編(短めの長編?)『光る鶴』、行きましょう。えっと、これは2002年に発生した事件という設定ですね。まさに最新の事件……古いつきあいがあった元ヤクザが病死し、その告別式に出席した吉敷。その席上、故人に世話になったという青年に声をかけられ、彼から古い殺人事件の再調査を依頼されます。不審がる吉敷に、青年はそれが故人の遺言であったことを告げます」
B「しかし、その事件は20年以上前に起こった殺人事件。青年が救ってほしいという人物もすでに死刑が確定し、唯一の希望である再審請求も新証拠の発見が無いかぎり難しい。青年とともに現地に飛んだ吉敷は、20数年の歳月を超えて残ったたった一つの手がかり、“光る鶴”の謎を追う」
G「……いうまでもなくストレートな冤罪ものですね。クロフツみたいな地味な調査と検証の積み重ねからやがて大きな矛盾点があぶり出され、事件の真相が見えてくるという。まあ、オーソドックスなスタイルなのですが、メインになる謎解きのアイディアが地味ながらリアルかつ印象的な演出で、一読忘れ難い印象を残しますねー。ちなみにこのアイディアは島田さんが個人的に関わる例の“秋好事件”と同趣向の発想が意図的にこめられているそうで。冤罪告発のメッセージをこめた一編ということになりましょうか」
B「たしかに“光る鶴”にまつわる発見と推理による逆転は、リアルでしかも嫋々たる余韻を残してサスガの巧さだと思うけど……作品半ばで無造作に挟み込まれる事件のメロドラマチックな回想シーンというか再現シーンは、あれはいただけないね。冤罪告発のメッセージという観点からいっても、ミステリ的な観点からいっても、ちょっとばかし安直な処理って気がする」
G「ん〜そうかなあ。ああいうの、島田さんが最近よく使うテクニックじゃありません?」
B「私は嫌いだね。ああいう風に書けば読者にわかりが早いのは当然だけど、いってしまえば安直な手法だ。あれをやるとそこでがっくり謎への吸引力が薄れ、サスペンスが落ちる。できればあくまで吉敷の視点でじっくり解き明かしてほしかったね」
G「ボリューム的な要請もあったんじゃないですかね」
B「枚数が足りないのなら増やせばいいだけのことでしょ。対談だのエッセイだの収録するよりその方が遥かに実になったはずだし、読者も喜んだはずだよ」
G「そんなこといっても……ひとくちに読者といったって、いろんな方がいらっしゃいますからねぇ。ともかくファンブックというのはアリだと思うし。そういう視点でみた時は、御手洗本よりこちらの方が遥かに完成度が高い本になっていると思いますが」
B「そりゃそうだろ、カッパノベルスのターゲットと御手洗本のターゲットじゃ層が違う。キミらのようなおやぢ世代が、幼稚な内輪受けの素人作品を読んで喜ぶわけがない。それだけのことさ」
G「だったらこれはファンブックとしてノープロブレムでしょ? 若き日の吉敷を描いた『吉敷竹史、十八歳の肖像』だって、ファンにとっては嬉しい贈り物ですよ」
B「あれが? あの評伝モドキみたいな雑な文章が? あれこそ心底どうでもいい裏話エッセイじゃん。それを『青春小説』だなんて……どっからどう見ても、私にゃあれが小説には見えないね。せいぜい出来の悪い架空評伝だろー。……まったくさぁ、吉敷というキャラクタの背景をああまで懇切丁寧に、手取り足取り説明紹介解説する必要が何処にあるのかねー。それこそそんなことは小説の中で、物語の必要に応じて描けばいいことだよ!」
G「まあ……ファンは欲しがるのでしょう。そういう情報を」
B「ぜーんぜん納得がいかないね。何度も言うけどそんなことは小説の中で語ればいいことだし、それで読者が物足りないなら自分自身で行間を読んで、いくらでも想像を膨らませればいいことだ。だいたいさあ、よりよい小説を書いてもらううことこそが、ファンの最大にして唯一の願いなんじゃないの? “小説家に小説以外の何を期待する”わけ? 私には理解の外としかいいようがないね!」
 
●可哀想なトリック……増加博士と目減卿
 
G「さてこちらも原書房の“ミステリー・リーグ”の新刊ですね。前に紹介した『明智小五郎対金田一耕助』と同じく、古典に材をとったパロディもの短編集ということになるのでしょうか。ネタになっているのはディクスン・カーの創造した2大名探偵であるフェル博士とHMことヘンリー・メリヴェール卿です」
B「芦辺作品はパスティーシュだったけど、こちらはパロディ。“増加博士”=“フェル博士”、“目減卿”=“メリヴェール卿”だって、センス悪〜! しかもほんとんど小説としての体をなしていない安直な作品としか思えないな。正直いってパロディとも呼びたくない」
G「それは言いすぎでしょう。この作品集の特殊な構成は、作者が言うようにあくまで“二階堂流メタミステリ”としての要請に基づくものであるわけですから。……つまり氏の旧作である『奇跡島の不思議』の登場人物たちが、いわばスターシステムでもって作品ごとに役柄を変えながら殺人ミステリ劇を演じ、それを増加博士と目減卿が解くという趣向ですね」
B「だからそれがお手軽なやり方としか思えないんだよなー。ともかくさぁ、登場人物が読者の存在をはっきり意識しつつ“茶番として”演じているわけで、どの作品にも物語としての必然性は皆無。っていうか、物語そのものが存在しないんだよね。いってしまえば殺人と、トリックと、謎解きとを、順番に配置しただけのネタ帳みたいなもんだよ、これは」
G「まあ、二階堂さん流の洒落っ気というものだったんじゃないでしょうか。順番にまいりましょう。まずは『「Y」の悲劇ー「Y」がふえる』。競作アンソロジー『「Y」の悲劇』掲載の短編ですね」
B「あのアンソロジーはクイーンの『Yの悲劇』のパロディ・パスティーシュ集であるはずなのだが、これはなぜか密室殺人テーマのメタ推理。名探偵役は増加博士だね。『Yの悲劇』とのリンクは弱く、ダイイングメッセージはメタ推理で推理不能だしつまらない。洒落てもいない。どこが面白いんだ、いったい?」
G「いや、密室トリックはごっつ面白かったですよ。簡単にいってしまえば、容疑者が全員核シェルターに閉じ込められ、被害者だけその外にいたわけですから……いわば究極的な完全密室殺人ともいえる。この密室トリックのアイディアは非常にユニークだし独創的。トリックに限っていえば、ぼくはすっごく好きですね」
B「まあ、その点はなるほどという感じだけどさ、だったらそれをちゃんと活かす舞台や設定が欲しかったと思わない? あんなおちゃらけた設定じゃまともに推理する気にもなれない」
G「うーん、そうかなあ。逆にまじめに描いたら、使いにくいトリックだったんじゃないかなあ。基本的にはバカミスネタだと思うし」
B「だってね、どうも作者はメタはなんでもありと思ってる風があってさ。そうしたら読者としては、密室の解法だって何でもありだろうと思わざるをえないじゃん? “その世界のフェア・アンフェアの境界線”をはっきり提示しなくちゃ、異世界本格なんて成立しないのよね」
G「ううむ、厳しいなあ。バカミスと異世界本格は違うと思うけどなあ。……じゃ『最高にして最良の密室』に行きましょう。これはミステリマガジンのカー特集に寄稿されたパロディですね。芦辺さんの『フレンチ警部と雷鳴の城』と並んで掲載されてましたね」
B「そりゃ気の毒に!」
G「……誰が気の毒なんですか誰が」
B「そりゃお2人両方にとってさ! さて。これまたメタ趣向、スターシステムの道化芝居は同じだね。海の砂浜に停められた車の中にあった死体。車の窓やドアは全て内外から厳重にガムテープで目張りされていた。……つまり足跡のない密室+目張り密室ってわけだが……例によって“二階堂流メタではホワイダニットの謎は追求されない”。目張り密室の必然性や動機については考えないお約束だから、トリック自体の面白さが唯一の読みどころってことになるんだけど、これはつまらないなー。こんな風に肝心のトリックが弱いと、ディティールの甘さが一段とマイナスに作用するって感じだなー」
G「うーん、まあ足跡トリックはともかく、目張り密室のトリックの方はよくできてたと思いません? 実行性はたしかに疑問ですけど、こういう全編が洒落みたいなタイプの作品で、そのあたりを云々してもしかたがないでしょ」
B「そりゃあそうだが、限度ってもんがあるだろう。実行性が低くて納得度に問題があるなら、それを小説的な技巧でもって、読者にリアリティを感じさせるよう努力するべきだと私は思う」
G「でも、作者は与えられた文字量じゃ無理だって、作中でも言ってるじゃないですか」
B「だったらそれに合わせた小説を書けといいたいね。少なくとも芦部さんは、編集に交渉してボリュームを増やさせているわけだし……自分の作品を大切に思うなら、かくありたいものよね。ともかく作中でいいわけするなんてのは、最悪にカッコ悪いのはたしかよね!」
G「はいはい。じゃ、最後は書き下ろしの『雷鳴の轟く塔の秘密』。趣向は一緒ですが、舞台はヨーロッパの古城ですね。不可能犯罪の伝説、幽霊綺談、そしてもちろん塔上の密室殺人! 道具立ては揃っているし、密室トリックもシンプルですがなかなかの切れ味でしたね」
B「ううむ、トリック単体で見るぶんにはそりゃまあそれほど悪くないかもしれないが、かといってそれだけを売り物にできるほど良いわけでもないなあ」
G「ネタ的にはシンプルで小粒なものですからね。1アイディアの一発芸というか」
B「結局、他の作品と同じ感想になっちゃうんだけどさ、どうしてこう小説としての演出の手間を惜しむんだろうなと。作者が敬愛するカーなんて、そのあたりが天下一品に巧かった作家なのにさ」
G「いや、べつだん手間を惜しんでいるわけじゃないでしょう。単にコレはこういう趣向のシリーズであるというだけで……」
B「でも、結局そのせいで、唯一の売り物であるトリックがものすごーく貧相で、子供だましなものにみえてしまうのはどうよ。もったいないと思わない? だいたいさあ、トリックは物語や仕掛けの中にはめ込んで、美々しく演出され機能してこそトリック。手段であって目的じゃないんだからさ。それだけを皿に並べられても食べられたもんじゃないわよ」
G「まあたしかに少々物足りない感じはしますけどね」
B「私は不思議で仕方がないよ。カー信者なんでしょ、だったら真正面から堂々とパスティーシュに挑戦すればいいじゃん! トリックしか取り柄がないという作者の気持ちはわかるけどさ、だったらせめてそのトリックを活かす努力をしてほしいのよね。この有り様じゃ、メタ趣向とやらは手抜きにしか見えないし、何よりもったいない。なんだかさ、トリックが可哀想だよ!」
 
●やっつけ仕事の新シリーズ……網にかかった悪夢
 
G「愛川さんの新作『網にかかった悪夢』は、副題が『影の探偵と根津愛 四月』となっておりまして、作者のシリーズ探偵である“根津愛もの”から派生した新シリーズ。そしてこれはその第1作ということになります」
B「なんか副題の末尾に『四月』とかついているけど……そーゆーのが流行りなのかね?」
G「霧舎さんのアレですか? そういえば高田さんの“千葉千波の事件日記”シリーズにも、作品名のアタマに『○月』ってついてましたね。でも、流行りってことは別にないと思いますが……シリーズものを書き継いでいくときに『〜1』『〜2』とやるよりは、なんか洒落た感じがするとか? 」
B「どのあたりが洒落ているのか、理解できんけどな〜。まあ、この新シリーズに関しては、名探偵のキャラクタ造形もどうかと思うけどね!」
G「ん〜、きわめてユニークな設定だと思いますが?」
B「どこがやねん! 黒田さんのアレとかを挙げるまでもなく、アイディア自体、陳腐すぎると思うぞ」
G「えーと、そのあたりはネタバレに抵触するので、あまり突っ込まない方向でお願いします。では、内容ですが……前述の通り、この新シリーズは美少女代理探偵・根津愛シリーズから派生したもので、根津愛も脇役として登場しています。といっても当然、こちらでの根津愛は名探偵役ではなく、別にいる主人公のオブザーバー的な役割を務めるわけですが、さて」
B「主人公は中学二年生の主人公・敦己。数年前、銀行強盗に母親が殺されるという悲惨な記憶をもっている。以来、クラスメートや教師にも心を閉ざし、元警官の祖父と二人で寂しく暮らしている敦己にとって、慰めといえば愛らしいウサギのペット・ナオ。そして祖父に勧められて始めた合気道の師範代である美少女、根津愛だけだった」
G「ある日、合気道の稽古で怪我をした敦己は、根津愛に送られて自宅に帰ります。実は根津愛と主人公の祖父は旧知の中。その祖父の勧めるまま根津愛が敦敦己の家に泊まった夜、事件が発生します。半密室状態の敦己の部屋でウサギのナオが惨殺されたのです。怒り狂う敦己。しかしその一方でさらに次々と奇怪な事件が続発しはじめます。……美少女探偵の指導よろしきを得て、ついに出現した前代未聞の名探偵! というわけで、このシリーズ第1作はいわば名探偵誕生篇。その正体は……事件の謎と密接にかかわりあっているのでちょっと紹介しにくいのですが。ともかきわめて特異な設定の、一種異様なキャラクタですよね。いかにも愛川さんらしいというか、設定自体がトリッキーな存在といえるでしょう」
B「あのなあ、繰り替えしになるけど、基本的な設定は有栖川さんのアレや黒田さんのコレのバリエーションじゃん? 目新しさなんて全然無いよ。たしかにね、ああいうキャラクタを名探偵にしちゃおうなんてぇのは、愛川さんくらいしか思いつかないことだろうけど、残念ながら名探偵としての説得力も全然無いわよねー。愛ちゃんが見抜いたとかいう“名探偵の素質”にしたって、無茶苦茶いい加減なんだもん。あの程度の推理力でオッケーなら、はっきりいって私だって名探偵になれるぞ!」
G「そのあたりはボリュームの関係もあっていささか強引な感じはありますけどね。でも本格としては、例によって強烈な不可能興味満載のトリッキーな仕上がりといえるでしょう。どう考えたって“死者としか思えない人物の視点”での描写や、謎めいた黒い巨人の登場や……その他もろもろ」
B「はッ! どれもこれもまるで『本格推理』応募作品(入選ではない)みたいな幼稚なトリックだね。前者は“本格であるからには答は1つしかない”わけだし、後者ときたらいささかアンフェアな、知識に寄りかかったアンフェアっぽいタイプの謎でしかない。むろん視点の切り替えや構成についても複雑にこねくり回しちゃあいるけど、どうしても小手先芸にしか見えない。結局、目先の派手な現象の演出にばかり気がいって、謎解きや仕掛けのディティールがすげー大ざっぱなんだよな」
G「ん〜、でもまあ、それはそれで1つのやり方ではないですか? もちろん好き嫌いはあると思いますが、とりあえず謎のスケールアップに力を入れて、謎解きについてはいささか力技でも仕方がないんじゃないでしょうか。ですから謎解きについては、“とりあえず読者の腑に落ち”さえすれば許容範囲という……そういうのを好む方もいらっしゃると思いますよ」
B「だーかーらー、ぜんっぜん腑に落ちないんだってば! なんちゅうか謎ー謎解きのセットが隅から隅までユルユルで、水漏れだらけで、しかも不格好というやっつけ仕事なのよ。トリック自体も陳腐な発想をひねくり回しただけだし、その演出や背景となるロジックの練り込みがチョーいい加減だから、謎解きにも物語自体にも説得力が全くない。むろんそこにサプライズやサスペンスなんて生まれっこないわけで。悪いけど私にはこのシリーズ立上げのプロジェクト自体が、お手軽で安直なやっつけ仕事にしか見えないね!」
G「ま、まあ今回はあくまで誕生篇ですからね、あまり活躍もしなかったし。シリーズ探偵ものとしての真価は、次作に期待しようじゃありませんか」
B「あのさあ、シリーズ第1作なんだよ? 開幕第一戦でエースを立てなくてどうするってーの!」
 
●腹八分目の誘拐サスペンス……ゲームの名は誘拐
 
G「東野さんの、『レイクサイド』に続く新作は『ゲームの名は誘拐』。今回も『レイクサイド』と同じく、やや短めのコンパクトな長篇ですね。タイトルからの単純な連想ですが、誘拐もので、ゲームっぽくて、それで書き手がミステリ職人(褒め言葉ですよ)の東野さんとくれば、これが面白くならないはずが無い」
B「たしかにタイトル通りの作品だし、このボリュームにしては内容ぎっしりで、その密度は少々もったいないくらい……というより、ボリューム不足で用意したネタが十分書ききれてないような感じで。この作家さんの作品として珍しく未消化な感じが残っちゃったな」
G「まあ、後半確かに急ぎ足すぎる感じはありますけどね。いっさいの贅肉を削ぎ落とした、サスペンスらしいサスペンスって感じでしょうか」
B「というより、私的にはすんげえ量の少ない懐石料理を食べた後みたいな気分だったなあ。この内容、というかこのアイディアなら、倍のボリュームでも十分いけたはずだと思うんだ。いや、むしろそのくらいのボリュームがあった方が、“ゲーム”というテーマがもっともっとくっきり浮かび上がったものになったと思う」
G「うーん、でも、もう1口欲しいというところでサッと幕を降ろすのは、最近の東野さんの常套手段って気もしますけどね。ひたすら重厚長大化する昨今のミステリ界にあえて逆らって、意図的にコンパクトにまとめようとしてるんじゃないか。……そんな気さえしちゃうほどです」
B「あの作家さんなら十分ありえると思うけどね。ま、いいや。内容と行こう」
G「はいはい内容ね。……そういえば、これって主人公が敏腕広告ディレクターなんですよね。ま、別段広告業界が舞台ってわけでもないんですが、ちょっと嬉しいですよね」
B「ぜんっぜん嬉しくないね。少なくとも私の回りには、あんなイロオトコで・あんなむっちゃ仕事のできる・やつなんていやしないぞ!」
G「……。というわけで! 前述の通りこの作品は敏腕広告ディレクターであるところの主人公が、一人称視点で語るお話です。えー、主人公は仕事も恋も日常生活もゲームと捉え、そしてそれらあらゆるゲームの達人であることを自他共に認める敏腕広告ディレクター。今回もまた大手自動車メーカーの新車発売キャンペーンのため、自信満々で宣伝企画を提出しました。ところが好事魔多し! アメリカ帰りの敏腕副社長の鶴の一言で、彼の企画はボツ。あげくの果てに、同じく副社長の指示で制作スタッフからも外されてしまいます……このへん、胸に染みますねぇ」
B「あたしゃそんなドジ踏まないもーん! ともあれ誇りを傷つけられた主人公は、その夜したたかに酒をあおり、酔った勢いでくだんの副社長邸に乗り込もうとする。しかし、そこで彼は、闇に紛れて屋敷を抜け出す不審な娘の人影を目撃する。とっさにその後を追い、彼女が家庭内のトラブルで家出した副社長令嬢であることを知った時、主人公の脳裏にあるプランが閃いた。傷ついたプライドを取り戻すため、彼の“最も危険なゲーム”が始まる!」
G「というわけで。普通に考えれば身代金奪取を図る主人公側と警察側の闘いになるところですが、実は主人公のターゲットにされた副社長はただのボンボンではなく、徹底した合理主義者の凄腕ビジネスマン。すなわちこちらもまたゲームの達人であるわけで、主人公同様に知略の限りを尽くして裏を読み罠を張る。つまり、この作品は2人のゲームの達人による虚々実々の知能戦を描いているわけです」
B「だからさあ、知能戦といってしまうには全然ボリュームが足りないんだよ。確かに構図はキミがいう通りなんだけど、描かれるゲーム自体はチェスというより3目並べ。たしかに互いの一手一手は非常に洗練された鮮やかなもので、どんでん返しも奇麗に決まっているけど、ともかく短い。あっという間に終わっちゃう。う〜、もっともっとクンズホグレツ火花散る裏のかき合いが読みたかったぞ!」
G「そりゃまあ、正直いえばぼくもそう思いましたけど……。でも、主人公のプランはどれも鮮やかで、それだけでも料金分は十分楽しませてもらった気がします。前半のクライマックスである身代金奪取のアイディアも、コンパクトだけどとても奇麗ですよね」
B「それでもやっぱ終盤の、見せ場であるはずのゲームの駆け引き部分はどうしようもなく駆け足じゃん。もう少しゲームらしい互いのやりとりというか、見せ場がほしかったところだよな。いってしまえば現状では、鮮やかな誘拐作戦+どんでん返しの一発技ってところでさ、ゲームものっていうより、趣向を凝らしたそのくせ腹八分目の誘拐サスペンスだろ」
G「でも、それはそれで1つの美しいミステリの形だと思いますが」
B「どうかな。だってね、よろずコンパクトにスマートにまとまってるんで、終盤のドンデン返しのための伏線が妙に浮いて見えるんだよね。結果、ラストのどんでん返しが、そのどんでんの方向性も含めて、かなり確実に予想できてしまうんだね。基本、サプライズ・ストーリィなんだから、こいつはやっぱり困りものだろ」
G「先ほどもいいましたけど、よろず重厚長大になりがちな昨今のミステリ界の風潮に反し、コンパクトにまとめて密度の高い作品を仕上げる作者の努力と手腕には、ぼくはやっぱり頭が下がります。これこそ、いい意味での職人仕事ってやつじゃないですか?」
B「たしかにね。ボリュームのある作品は『白夜行』のような“人間を描く”タイプの作品、エンタテイメントに徹する場合はできるだけ短く……という信念を持っているかのようだよな。……でもなあ。それでもやっぱり、これじゃ勿体ない気がするんだよね。エンタテイメントに徹するためにこそ、一定のボリュームが必要とされる場合も、こりゃやっぱりあるんじゃないかな、と。そんな風にね、思うわけさ」
 
●パズル嫌いのパズル読み……試験にでないパズル
 
G「ごぞんじ『千葉千波の事件日記』シリーズの新刊が出ました。例の“ほとんど小説ということを逸脱しかけてる”論理パズル短編シリーズの第3弾ですね」
B「収録されているのは雑誌『メフィスト』掲載の4篇に、書き下ろし1篇を加えた計5篇だな」
G「ですね。まあ、『メフィスト』掲載時に読んじゃったものがほとんどなんですが、そういった既出の作品については、たとえば雑誌掲載時には解答が明らかにされていなかった、作中の論理パズルの解答が掲載されていたりするので、チェックしておきたいところですね。それと今回は巻末で有栖川有栖さんが解説を書いているのも興味深い。まあ、シリーズの論理パズル部分に対する有栖川さんの対処の仕方つうか感想は、ぼくと大差ないのでややほっとしますが」
B「まあねぇ。前にもいったけど、このシリーズは論理パズルをそのまんま、ほとんど加工もせずナマな状態で小説化していて。その徹底ぶりは小説としてはアバンギャルドに近い感じだから、論理パズルが好きでない人にはやっぱあんましお勧めできないな。なんたって小説的な、あるいはミステリ的な興趣は皆無に等しいからね」
G「でも、こういうパズルって面白いですよ。たしかにミステリのそれとは違うけど、共通する部分も絶対ある。その“論理パズルそのまんま”な作風がよく出ているのが、いちばん最初の『山羊・海苔・私』ですね。使われているパズルは、皆さんも良くご存知のいわゆる『川渡し問題』ですね。この作品では通常のそれをさらに複雑にした問題が、柴又の渡しを舞台に描かれます」
B「当然、小説としては無理無理。しかも論理パズルの方も問題を出すだけ出しておいて解答は無し。……なんだかなあ。まあそもそもこういうパズルって、私は考えるのが面倒なんだよね。問題自体にちぃとも魅力を感じられないっつーか、本格ミステリにおける謎とは、やっぱ根本的に性質が違うと思うんだよな」
G「“謎”としてはたしかにそうかもしれませんね。でもこの作品に関してはパズル部分を抜きにしても、ぼくはけっこう面白かったんですよ。特にラスト。名探偵千葉クンが解答に到達したにも関わらず、それがいきなり無化されてしまう。んで、結局はごく現実的な解決法が提示され、“論理パズル中心の抽象的論理世界がいきなり小説的現実世界に引き戻され”てしまう。……ある意味これって“名探偵の敗北”という趣向なんですよね。ともかく、論理パズルをメインにしながら、あえてそれを無化してしまう。そのあたりのひねくれぶりがなんとも楽しい」
B「そいつのどこが面白いんだ? 理解に苦しむなー。あと論理パズル度の高さという点では、『もういくつ寝ると神頼み』という作品もあるな。これも私は苦手だなあ」
G「んー。よくわかんないですけど、これって“嘘吐き村のパズル”の変奏曲なんでしょうかね。“必ず名前を間違える”老人たちの錯綜した証言に基づいて、それぞれの名前を当てるという趣向。これパズルのロジックにフーダニットの犯人限定の論理に似たノリがあって面白いです」
B「そういう意味では前述の『山羊・海苔・私』は、密室トリックとかの解法の論じ方に似てるかも。……だけどそう考えたところで、やっぱり無味乾燥すぎて私にゃ面白いとは思えないなあ。前述の通りどちらも謎それ自体の魅力が皆無なんだよね。解こうとしなければ楽しめないパズルなのに、全然その気にさせてくれない。なんつうか“誰がアクロイドを殺そうと”って感じになっちゃうんだよな」
G「でも、この2編に較べれば、残る3篇は逆にぐっとミステリ色が強かったでしょ」
B「それだってあくまでこのシリーズとしては、だよ。たしかにこの3作ではパズルは添え物でミステリ的な仕掛けが前面に出ているんだけど、困ったことにこの作者さんって、ミステリを主題にすると謎解きの構築力がいきなり緩くなるみたいで」
G「そ、そうかな」
B「そうだよぉ。この3作の千葉クンの推理なんて、どれもこれも憶測ばりばりじゃん。論理パズル度の強い、つまり非現実的なまでに抽象化された机上の論理ならギチギチに隙のないロジックを創れるのにさ。ミステリ的な、つまり境界条件を明確にしにくい世界での謎になると、いきなり投げやりな感じがして……どうも納得がいかない」
G「でも、それは実際にそういうもんじゃないですかね。たとえ小説でも現実を舞台にしたら、きれいに割り切れて余りの無いロジックなんてむしろ非現実的なのでは?」
B「むろんその通りだけど、名探偵の推理をあたかもその“きれいに割り切れて余りの無いロジック”であるかのように見せる、レトリックと演出こそが本格ミステリ作家の腕の見せ所ちうもんなんじゃなかろうかと思うわけでね。……そういう意味では、このシリーズはすごく安直なものを感じてしまうんだ。無理な話かもしれないが、この作者の、論理パズル並みの謎解きロジックと小説としてのミステリを融合させた作品を読みたいものだ」
G「ま、その点については賛成です。……ちなみにですね」
B「なに? 嬉しそうだね」
G「書き下ろしの『八丁堀図書館の秘密』ってのあったでしょ。あれを読んでて、ぼくは別解を思いついちゃったんです!」
B「『八丁堀図書館の秘密』というと“トビー&ジョージ”シリーズみたいなオチのついたアレね。ほー」
G「あの作品って、図書館を取引場所に選んだ麻薬の売人が新しい取引の相手をどうやって確認しているか、って謎だったじゃないですか」
B「ああ。で、その相手識別のカギが、売人が借りる3冊の本で示される暗号という趣向だね」
G「でねでねでね! ほら、売人が借りた3冊の本って全部創元の、それも相当古い本格モノじゃないですか。だから、暗号はタイトルでも作者名でも内容でもなくて、カバーについてる×××なんじゃないかと……」
B「なるほど。古い本がカバー付きで収蔵されていた、という設定ならアリかもね。まあ、恣意的な憶測という点では、千葉クンのそれとどっこいどっこいだけどね」
G「えー、そうかなあ。けっこう面白いと思うんだけどなあ」
 
●せめてマンガに……サイコロジカル
 
G「んじゃま、斯界において今年最大の新人というべきお1人である西尾維新さんの新作を取り上げましょう。『サイコロジカル』は“戯言遣い”シリーズ4作目はシリーズ初の2巻本となる大長編です」
B「今年一年で4冊目の長篇というのも凄い執筆ペースだと思ったけど、なんでもこれはデビュー前後に書いてた作品なんだって? ま、そりゃそうか」
G「いや、それでもやっぱり筆が早いのは確かでしょう」
B「だからってここまで無駄に長いのはどうかと思うけどな〜。で、どうすんの。アラスジやんの? 今さらだと思うけど」
G「まあ、ここはちょっとだけご紹介しておきましょう。というわけで……。戯言遣い・いーちゃんと不思議な絆で結ばれた青髪の超天才・友。彼女はかつて異能のアンファンテリブル達によるサイバーテロ集団“クラスタ”を率いる、とびきりデンジャラスなウルトラ天才でした。時は流れグループは解散してメンバーはちりじりになっていました。しかし、その1人である“害悪細菌”兎吊木垓輔が、これまた天才であるマッドサイエンティスト“堕落三昧”こと斜道卿壱郎の研究所に幽閉されている……そんな情報を耳にした友は、兎吊木の行方を追っていーちゃんと共に旅に出ます」
B「人里離れた山中にあるその研究所は厳重な警備下に置かれ、研究所の建物自体が容易に侵入を許さない構造。丁重に迎えられた2人の前に次々とトッピなキャラクタが登場しては競ってオカシナことをいい、さらにようやく会えた兎吊木はその必殺技“戯言殺し”によっていーちゃんを追い詰め、いーちゃんは深刻なアイデンティティクライシスの危機に陥る……」
G「しかし翌日、その兎吊木の部屋で無残なバラバラ死体が発見されます。厳重な監視下にあった密室の中の兎吊木を殺し、バラバラに引き裂いたのは誰だ? しかし現場の状況から、犯行が可能だったのはいーちゃんと友しかいないという結論が出てしまいます……限られた時間のなか、監禁された友を救うために、いーちゃんはこの不可能犯罪の解明に挑戦します」
B「てな具合に説明しちゃうとクイクイ進むみたいだけど、実際には上下2巻の上巻は、トッピなキャラクタたちの百鬼夜行とクラスタを巡るバックストーリィがエンエンと続き、お話自体は終盤までピクリとも動かない。でもって下巻になってようやくミステリ部分がバタバタバタと語られるという調子で、いってしまえば上巻は今後のシリーズ展開を睨んだ伏線張り作業。ミステリ的には実は上巻の一部と下巻だけでOKだったという仕掛けね」
G「とはいえ後半に鍵っていえば、嵐の山荘状態のヒミツ研究所に密室、バラバラ殺人といった本格ミステリ的ガジェットを盛り込んで、ついでに無理無理なデッドリミットまでも受けて……今回はなかなかのサスペンスですね」
B「ていうかデッドリミットにせよ本格ガジェットにせよ、どれもこれもとってつけたような無理筋ばかりなんで、しょせんどこまでいってもブラウン管の中のサスペンス。ついでにこれを本格ミステリとしてどうこういうのは“それ自体ヤボの極み”だということはわかっててあえていうけど……」
G「わかってるならいいですよ、あえていわなくても」
B「んじゃいわずにおれないからいうけど……本格ミステリ的な仕掛けはどこからどこまでユルユル隙だらけの無理筋。どうこういっても仕方のないジョークレベル。あまりにも典型的なトリックをここまで類型的に使うってのは、ある意味すごいっちゃ凄いわけで。読者的にはまさかそんあ初歩的なナニは使うまいとか、こんな研究所のこんな研究テーマなら○○○くらい調べてるよねという常識的思い込みが、正解に至る道を邪魔するというおそるべき天然ミスリード。この内容にしてこれだけの長さにしてしまう、その途方もない冗長さ饒舌さにも恐れ入ってしまったね」
G「しかしそれはそれとして、今回の作品では、フーダニットとしての手がかりの出し方にある非常に大胆な小説的技巧を使っていますよね。むろんこのアイディアの方向性自体は前例がないわけではないでしょうが、こうまでストレートかつ大胆な例というのは記憶にありません。まあ、いささか以上に無意識の冗舌が過ぎて冗長になり、結末との距離が開いてその効果が弱くなってしまった嫌いがありますけどね」
B「あれは意図的なものだろう。作者的にはおそらくあの仕掛けあればこその饒舌であり2巻本だったと思うんだけどね。でも、結果的にはたしかに計算違いだろうね。あれをやるなら、最初の仕掛けの印象が鮮明なうちに結果を出さなければ意味が無いわけで。特にそういう仕掛けにはエンがない作風というイメージが強いだけにサラサラ〜っと読み流されて、結末に至っても読者はせっかくの仕掛けにまった気付きませ〜ん、というケースが頻発しそうだ。ま、いいんじゃないの。本格として読む必要なんて、どっこにもありゃしないんだから。できればもうGooBooで取り上げるのも勘弁してほしいなあ」
G「いやまあ、脱格といえども、まったく取り上げないというわけにはいかんでしょう」
B「正直辛いのよね〜。記号や符号や暗号だけでそれと示される超能力異能力超人バトルって、“せめてちゃんとイラストなりマンガなりアニメなりにしてもらわないと”それがどんだけスゴイことなのか、私にゃちぃともイメージできないし納得できないのよ」
G「結局そういう特殊専門用語でダイレクトに引用元をイメージできる世代でないと、理解不能になりつつあるんでしょうか。トシには勝てない?」
B「“もう若くなくて幸せだ”。そういう歳には、いまさら死んでもなりたくないけどね! ……ところでさ、“サイコロジカル”つーのは株の世界で使われる用語なんだよ。知ってた?」
G「え、あれって西尾さんの造語じゃなかったんですか?」
B「正式には“psychological line/サイコロジカル・ライン”ちゅうてね。株式に投資する投資家の心理状態、そのリズムを1つの指数として描く株式チャートのことなんだな」
G「……なんかよくわかりませんが」
B「つまりだなー、株価を見て“あーもうそろそろ天井っぽいねー”とか、“もういいかげん底だろう。反撥するはず”とか。そういう風に思う投資家の心理状況を、株式売買の指標にするってことだ。ちなみに西尾株のサイコロジカル・ラインはどうなんだろね? そろそろ……」
G「いやまだまだ上げ調子でしょう」
B「だってこんどの新作は“流水大説”よぉ。私的には取引停止にしたいところだけどね〜」
 
●質量共にストロー級……少年探偵虹北恭助の新冒険、新・新冒険
 
G「はやみねかおるさんの『少年探偵虹北恭助』シリーズの2巻・3巻が同時刊行されましたんで、今回はまとめて行っちゃいましょう」
B「2分冊にしたのは、1冊にまとめると分量が多すぎるからとか、少年少女が買いやすいように価格を抑えるためとか。まあいろいろ理由が書いてあるけれど、少なくとも前者については京極作品をドスドス一巻本で刊行してきた会社の言とも思えない。2冊合わせて400ページそこそこのボリュームからいっても“タワゴトもたいがいにせえ”ちゅう感じだね。無論お値段の方だって1冊にまとめりゃ作品単価は割安になったに違いないわけで……ま、諸般の事情があるのだろうね。どうでもよいことだけど」
G「どうでもいいことなら、憎まれ口叩かんでくださいよ〜」
B「はン! ともかくおかげでそれぞれは内容共々、新書ノベルスとしてはスペシャル級に薄い、マコトにハンディなストロー級の本になったのはたしかよね。収録されているのは雑誌『メフィスト』に掲載された4作に書き下ろしが1本。つまり2冊あわせて5篇」
G「だぁーかぁーらぁー、やめてくださいってば!」
B「へいへい。じゃ内容に行こうか」
G「ったく〜。ええっと、第1巻の『冒険』末尾で恭助君は旅に出ちゃったわけですが、この新刊は彼が一時里帰りした時の事件やらいない間の事件やら、1巻目以上にバラエティに富んだ内容となっていますね。もっとも、2巻を通じバックスト−リィとして虹北商店街の迷惑男3人組による商店街PR映画製作話が語られており、これが全編をつなぐ通奏低音みたいな役割を果たしています。つまりこの映画製作のドタバタがらみで、事件が起こったりなんたりするのが基本パターンというわけですね」
B「しかしさぁ、どうでもいいがこの3人組が作る『名探偵はつらいよin虹北大決戦 リターンズ』という映画はなんともはやじっつにくだらないね。ミステリ映画、怪獣映画、寅さんと全く趣味の異なる3人の合作で、タイトルどおりの内容で……これがてんでギャグにも風刺にもなってない。してまた3人組の繰り広げるドタバタもひたすら幼稚。このシークエンスはもう、ただただセンスわる〜って感じでうんざりさせられる」
G「まあ、このあたり少年少女読者を強く意識した作者が意図的に、わかりやすさ優先でネタを選びギャグを作っている感じがしますね。だから大人の読者から見て多少アレなのは仕方が無いのでは?」
B「そういうけどさ、前述した通りこれってもともと『メフィスト』に連載してた作品だよ? 『メフィスト』って少年少女向けの雑誌だったわけ?」
G「ううッ。えーと、だからそれはこやってノベルスで刊行されるときのことを想定して……」
B「ほー。んじゃ、雑誌掲載時はどうでもよかったんだ?」
G「い、いやそういわけじゃないと思いますけど……んもうぼくだってわかりませんよぉ。作者じゃないんですから」
B「だから、適当な辻褄合わせで無理やりGooすんなっつの!」
G「はいはい。じゃもっぺん内容です! まずは『新冒険』の方ですが、1発目は『夜間飛行』。ある冬の夕方、学校で掃除をしていた小学1年生が屋上から転落した。屋上には鍵がかけられており、つまり彼女は自殺しようとしていたのか。それとも?」
B「えー、作者の優しさ温かさはわかる。わかるがしかし、これは大人の読者に読ませるならやっちゃいけないネタだ。誰もがいっちばん最初に思いついて、しかし肩をすくめて廃棄するアイディアだよ。あたしなんざ壁に投げつけようかと思ったもんね。さらにいえば、たとえ少年少女向けだったにしろ、小学校低学年にしか通じないだろうね」
G「ま、まあ少し安直かな、という感じはありますけどね……とりあえず、心温まるお話ということで」
B「温まるどころか寒すぎじゃい!」
G「まあまあ。んじゃ、次は『外伝の一 おれたちビッグなエンターテインメント』。タイトルにあるとおり外伝ですね。事件らしい事件は無くて、恭助君も登場しません。えっと例の3人組の映画作りドタバタに絡んだ、ささやかな謎解きですね。自主製作映画上映の聖地ともいうべき虹北シネマを舞台に繰り広げられる映画勝負(?)。伝説的ホラー映画『妖』、そして有名な自主製作映画サークルの新作と“勝負”することになった3人組の作品。伝説どおり『妖』上映中に起こった怪現象の正体は? さてまた“つまらない映画を上映すると北斗七星が舞い降りる”という伝説の真相は?」
B「こちらもまた、まさかアレじゃないだろうな、と思うとそのとおりドンズバ。脱力級の真相には心底悲しくなってくるね。これもアレか? 少年少女向けレベルってこと? ついでにいえば滑りっぱなしでちぃとも笑えない3人組のドタバタにもうんざりだし、ワタシ的には楽しみどころが一つも無い。しかもこの2篇だけで終わりなんだもんな〜。久しぶりに金返せ! って感じ」
G「……えーっと、じゃ『新・新冒険』ですね。『春色幻想』は、ようやく帰国した恭助クンが探偵役。“暴れん坊将軍”のあだなをもつ少年の行動の意外な真実とは?」
B「“日常の謎”系なんだけど、謎もその解決もこれだけ淡く軽くさりげなくじゃ驚きも何もあったもんじゃない。なんちゅうかこのミステリ以前とでも申しましょうか、“ああ、そうですか”としかいいようのない仕掛け。お茶漬けどころかワタアメのごとし、だね〜。続く『殺鯉事件』はタイトルどおり商店街の池の鯉殺しのお話。3尾いたはずの鯉の1尾が殺されてバラバラに。誰が、なぜ?」
G「これもまあ軽いといえば軽いのですが、バックスト−リィである映画製作のエピソードと巧く絡ませて、描き出される構図はシンプルながらきれいなものでした」
B「まあ、ミステリ読みが読むと一目瞭然すぎる謎・使い古されたロジックであるのは確かだけどね。一方ラストの書き下ろし『聖降誕祭』は、まあボーナストラックらしくクリスマスストーリィだな。入院中の女の子にプレゼントを届けた“ウサギのサンタさん”の正体とは?」
G「少々無理筋ですが、これもカタチとしてはきれいな日常の謎。解かれてしまえば他愛ないトリックが中心とはいえ、独特の“優しい世界”観の中で使われるとこれもなかなかに効果的で。伏線もフェアに張ってあるし、ミステリ的要素と作品世界のバランスが一番よく取れている作品といえるでしょう」
B「にしても、ミステリとして読んでしまうとやっぱり軽すぎるしディティールの詰めは甘いしで、喰いたりなさの方が先に立つことに変わりは無いけどね。結局のところこのシリーズって少年少女向けなのか、大人のミステリ読者向けなのか。方向性がどうもはっきりしないどっちつかずである点が一番問題なんだと思う」
G「うーん、まあ初出の掲載誌の問題を別にすれば、やはり主たるターゲットは少年少女なんだと思います。若い人たちにミステリの楽しさを知ってもらうための入門篇としては、ほどよいとっつきやすさというか、緩さを意図的に狙っている気がします」
B「でもね。ミステリとしての凝り方というか、マニアックさでは、むしろ青い鳥文庫(講談社の少年少女向け叢書)の“夢水清志郎”シリーズの方が上という感じで。このあたり、なんか作品と器の関係が微妙に捩れている気がするんだよね。もっとも“夢水”の方だって、マニアックといってもそれはあくまで“子供向けとしては”の但し書きつきだけど。……そう考えていくと、結局のところこの作家さんは大人の読者を対象とするストレートな本格は、実はまだ一度も書いてないんじゃないだろうか」
G「そうかもしれませんね。でも、だからって誰も彼も大人向けのミステリを書かなくちゃいけないわけじゃないし。こういうスタンスもあって然るべきでしょう」
B「そうなのかな〜。ていうかさぁ、作者さん自身は書いてみたいと思わないんだろうか。ぶぁッりばりの本格をさ!」
 
●ユルユルの緩い楽しみ……密室に向かって撃て!
 
G「10月の本ですが、Kappa ONE作家さんの第2作が早くも登場しましたね。第2作一番乗り(ヘンな言い方!)は東川篤哉さんの『密室に向かって撃て!』。デビュー作のユーモア本格『密室の鍵貸します』に続くシリーズ第2作です」
B「まさかねー、あれがシリーズ化されるとは思ってもみなかったよ。しっかしなぁ、前作と同じく名作映画のモジリのタイトルなんだろうけど……。はっきりいってカッコよくも、センスよくも、気が利いてもいないし、内容にかかわらず途方もなくチープな印象を与えるので、ともかくコレだけでもただちに止めた方がいいわね」
G「いうと思った……。ともあれお話の方に参りましょう。シリーズだから当然なんですが、舞台は前作同様に烏賊川市(いかがわし)。前作にも登場した間抜けな警官2人組が、いざ容疑者宅に踏み込もうとして大失敗。容疑者が持っていた実弾入りの密造拳銃が現場から紛失し、それが何者かの手に渡ってしまうという椿事が発生します。必死で行方を追う警察の捜査をよそに、密造拳銃を手に入れた人物はホームレスを射殺。数日後にはさらなる大事件が発生。くだんの拳銃を手にした覆面の怪人物が、食品会社の会長宅を襲ったのです!」
B「前作で主役を務めた戸村流平の紹介で、その日たまたま会長宅を訪れていた名探偵・鵜飼杜夫は、運悪く窓越しにくだんの凶賊に撃たれて負傷。しかし、犯人は家人に追われて海を望む崖上の離れ家に追い詰められ、そこにいた若者を射殺しさらに1人にケガを負わせたあげく姿を消してしまう。衆人環視の密室状況から犯人は海へ飛び込んで自殺した、と警察は判断するが……」
G「というわけで。迷惑青年戸村君は名探偵鵜飼の助手となり、ついでにこれまた前作でおなじみの美女大家も再登場。どうやらこの3人が名探偵チームというシリーズ設定らしいですね。戸村君の度外れた天然ボケにはいちだんと磨きがかかっていますし、突込み系美女大家もなかなか快調だし。相変わらずの饒舌体による語り口は、ギャグ満載でスイスイ読ませてくれますよね」
B「ユーモア本格の3人組というと石崎さんのシリーズを思いだすけど、あちらに較べるとインパクトという点でだいぶ弱い。ギャグは笑えたり笑えなかったり。基本的にどこかで見たり読んだりしたようなパターンのギャグばっかなんだけど、同じ既成パターンでもこれでもかっていうくらいシツコイ石崎作品に比べると、これまた貧弱で大ざっぱに感じちゃうね」
G「ギャグそのものは、登場人物がボケて地の文で作者が突込むというパターンですよね」
B「そうなのよね。だけど、しばしばオチ部分で作者が陳腐で粗雑すぎる余計な突込みを入れては、印象を悪くしている感じがする。デビュー作ではさほど気にならなかったんだけど、ストーリィがシンプルなぶん今回の方がアラが目立つのよね」
G「たしかに前作に比べると少々粗っぽいかな……。でもツボにはまると面白いし、笑えますよ。美人大家さんがいい感じにボケてたりするし、戸村君も相変わらず救いようが無くバカだし」
B「3人組ということでいえば、肝心の名探偵役のキャラクタの印象が薄いのが致命的って感じだな。実際キミも名探偵そのものはほとんど印象に残ってないみたいじゃん」
G「うう、たしかに」
B「ともあれ全体に文章が雑駁で、無駄に滑りすぎている印象なんだよ。紋切り型が多発する饒舌さは、なんか書き飛ばしたWeb日記みたい。緩いんだよね〜」
G「でも、読みやすいですよね。謎の設定は“崖上の家、視線の密室、犯人消失”とオーソドックスなパターンですが、メイントリックは小粒ながら切れ味は悪くないでしょう。かなり手の込んだ奇術的なもので、仕掛けの中核にある弾丸の数にまつわる偽装トリックは特に気が利いています。ぼくはけっこう感心しましたよ」
B「ふむ。しかしトリックとしてはやっぱ短編ネタよね。長篇としてはサブトリック級でしょう。要はその短編ネタを長篇で使うために、無理矢理に不自然な計画&仕掛けを施しているって感じがする。犯人も巧く隠しきれてないし……。謎については、よくいえばオーソドックスだけど、悪くいえばこれも陳腐。ギャグでごまかそうとしているけど、境界条件の作り方が無理矢理でしかもそれが見え見えだから、真相はもう丸見え丸分かりという感じ」
G「まあ、トリックの在所に気付けば犯人までは一直線というタイプの仕掛けですからね。……でも、謎解きのための伏線は念入りに張ってありますよ」
B「まぁね。でも、手間のかかる謎解きの割には納得度が低いのよ。念入りな伏線がこの場合が不自然さを強調しちゃって、全体にご都合主義のロジックに見えてしまうわけ。ミステリとしてもやっぱ総体的にゆるゆるの印象ね」
G「うーん緩いといえばその通りなんですが、これはこれでけっして読者にとって居心地の悪い緩さじゃないような気もするんです。ボリュームからしてこういう分かりやすさもアリなのかなって思うし……。トリッキーな作品ながら、いわゆる本格ミステリ特有の臭みが薄く軽みを感じさせるのも、カッパノベルスという舞台では武器になるんじゃないでしょうか」
B「……なんか回りくどい言い方ね〜? ま、ともかくこの路線で行くのなら、ミスリードを巧く使うためにもせめてもすこしギャグのセンスを磨いて、気の利いた文章を書くようにしてほしいね!」
 
●本格島の数え唄……髑髏島の惨劇
 
G「マイケル・スレイドというお名前は、たぶんホラー方面の方がなじみ深いんでしょうね。といっても正統派モダンホラーとはちょっと違う、鬼畜スプラッタつうかゲテホラー超エグいサイコスリラー方面という印象なのですが……。それでいて、かねてよりこの方の作品からは本格ミステリ方面へのシンパシィがそこはかとなく漂っておりまして。多くの作品はたいてい、そこはかとなくフーダニットの興趣が添えられています」
B「ただし大抵の場合、マトモに読んで推理して犯人を当てるのはゼッタイに無理! それどころか、解こう・当てようなんて考えてたら、ラストで本を壁に叩きつけることになるのは必定!」
G「ま、まあ、そうですね」
B「なんたってこの作家さんの場合、フーダニットのスタイルを取っているのはリーダビリティの確保のためだけだからね〜。辻褄を合わせようとか、整合性を整えようとかいう殊勝な気持はカケラもないの。あるのは“ただただ読者をタマゲ”させるため“可能なかぎりありえない”犯人なり、真相なりをひねり出そうという意志のみでさ。そのためなら徹頭徹尾ナンでもアリ! というある意味きわめて潔いスタンス。こうなると読者は“推理しないこと”を前提にして対処するしかないわよね」
G「ただ、今回のこの『髑髏島の惨劇』はそのフーダニット形式ということに留まらず、もっとマニアックな古典的本格ミステリ趣味が濃厚に漂った一種のジャンルミックス的作品といえそうです」
B「このマイケル・スレイドというペンネームは、もともと複数の作家さんの合作ネームだからね。消息筋によれば、きっとその中にカーキチとかそういう趣味の人がいたんだろうとかいう話。たしかに作中の意匠の多くにカーをはじめとする古典的な本格ミステリを連想させるものが含まれてはいるけれど……まあ、スレイドはスレイド。古典本格趣味はいろどり程度にすぎくて、総体としては例によって例のごとき血塗れボディカウントホラーだから、その点はお間違えなくって感じ」
G「まあねえ。舞台も設定も本格の匂いがぷんぷんするんですけどね。……んで、お話は大きく2つに分かれます。大ざっぱにいってしまえば、前半は全米各地で発生する猟奇的な連続殺人とそれを追う捜査陣のきりきり舞いがメイン。橋にぶら下げられた惨死体やら顔の皮をはがされた死体やら、その手の惨殺死体がゴロゴロ出てきます」
B「そうね、前半はとびきり鬼畜なサイコサスペンス&警察小説風味ってところだわ。読者は『髑髏島』での連続殺人を期待しているのに、そのサイコサスペンスのパートがやたら長くていらいらしちゃうわよねぇ。しかもサイコサスペンスとしても、単に鬼畜なだけで新味はなぁんもないんだもんなあ」
G「とはいえもちろん、この前段の“切り裂きジャック風味”な猟奇連続殺人も、後段の『髑髏島の惨劇』にリンクしているわけで。前半部の終わりの方、そのリンクが見えてきたあたりで舞台が『髑髏島』に切り替わるという仕掛け。というわけで後半、舞台はお待ちかねの髑髏島へと移り、にわかに濃厚な本格ミステリ臭が漂いはじめます。いわく呪われた孤島の過去。いわく謎めいた富豪。いわくその富豪の招待で島に集められたプロ・アマチュアの“名探偵たち”。絶海の孤島にただ1つの“館”で彼らによって始まる“探偵ゲーム”。登場人物たちがしきりに引用するカー等の古典本格……」
B「まさにね〜。本格ミステリ的な雰囲気は、雰囲気だけは、実に濃厚に漂っているんだけど……結局のところそれらは全て雰囲気だけ! 舞台を変えただけで、物語は前半部以上に再現のない殺戮の繰り返しが延々と、それこそうんざりするほど続くわけで。屋敷に仕掛けられた奇怪な装置による殺し方図鑑といった風情すらあって、こりゃまさしくボディカウントムービーそのものの趣向。要するにね、これっていうのは本格ミステリ的な舞台で繰り広げられる鬼畜な殺人ショーに他ならない。この手の話にありがちなことだけど、ストーリィとしてはむしろ単調というべきで、サスペンスすらカケラもありゃしないんだ」
G「たしかに延々と続く殺人シーンの連続には辟易させられますし、死人の数の割にはサスペンスも盛り上がりませんが、それでも使い古された手ながらささやかな視覚トリックも使っているし、“意外な犯人”も用意されている。まあ、あのトンデモな真相は好みの分かれるところでしょうが、フーダニットとしてみた場合いつものそれほど果てしなくブットんでる感じはしません。ちょびっとセーブしたかな、みたいな。もちろんスレイドにしては、ですが」
B「だからさぁ、そのチープな仕掛けや本格ミステリ的舞台、あるいはあの脱力的ラストのオチもひっくるめて、やっぱしこれってB級ボディカウントムービーそのものなのよ。仕掛けも舞台も雰囲気も、すべて彩りというか趣向に過ぎないわけで。映画だったらそれでもまだしも笑いながら見られたかもしれないけど、あのねちっこい文章で延々と“殺し方”を描写されてもねぇ。残念ながら私は楽しくもなんともない。正直いってなんとも読み通すのが苦痛な本だったね〜」
 
●裏返しの007……パンプルムース氏のダイエット
 
G「素敵に楽しい英国のグルメ軽ミステリ『パンプルムース氏』シリーズの第4作がでました! 本格ミステリどころかミステリかどうかすらけっこう怪しいんですけど、ぼくは好きなんですよね〜」
B「美食に美女に軽い冒険、事件は起こるが全て事件の方で勝手に解決されるという……ま、なんちゅうか、イッツオールライトな大人のオトコの願望充足ファンタシィ。その意味では『007』シリーズによく似ているんだけど、こちらは“暴力”を欠いているかわりにエスプリが利いているわよね。といっても、『007』と同じく英国製なんだけどさ」
G「ああ、『007』と似ているといえば確かにその通りだなあ。ぼくはどっちも好きだし……まあ、しょせん男の願望なんて似たようなもんだ、ってことなのかもしれませんけどね。というわけでお話の内容ですが。とりあえずシリーズの背景からご紹介しましょう」
B「前述の通り作者は英国の作家なんだけど舞台はフランスで主人公もフランス人。まあ、それだけに思いっきり戯画化されている感じではあるんだけどね。えっとぉ、主人公のパンプルムース氏は元パリ警察の名刑事。スキャンダルに巻き込まれて警察を辞め、得意の美食趣味を生かして再就職したのがフランスの超有名グルメガイドブック『ル・ギード』の覆面調査員だった。つまりレストランやホテルを客として訪れ、自分の舌と眼と鼻で、その店の料理&サービスを調査する仕事ね。で、シリーズではこのパンプルムース氏が愛犬ポムフリットと共にフランス各地のレストランやホテルに出かけ、思いも寄らぬ事件や各方面の誘惑に巻き込まれるというパターン」
G「ですが、今回パンプルムース氏が派遣されたのはなんとハードなダイエットが売り物のヘルスクラブ! スペシャル級の美食家コンビであるパンプルムース&愛犬ポムフリットにとっては、まさに地獄に等しい仕事です。1も2もなく断りたいところでしたが、自分を雇ってくれた編集長の恩義に報いるため決死の覚悟で覆面取材に出発する1人と1匹。取材先は犬禁止のため、パンプルムース氏は失明者を装いポムフリットを盲導犬に仕立て出発します」
B「たどり着いたのは、片田舎のヘルスクラブ。しかしそこはどこか奇妙な雰囲気で。霊柩車が頻繁に出入りし、クラブ員(それもお金持ちの老婆が!)の死亡率が妙に高い。……しかしそんなことより、いきなり5日間を一日一杯の水で過ごすよう命じられたことの方が大ショックの主人公。……かくて何処かお間抜けでちょっぴりエッチで、もちろん美食趣味満開のパンプルムース氏の冒険が始まる」
G「まあ、前述した通り、きちんとしたミステリ色は期待するだけムダなシリーズなんですが、今回はそれでもいちおう伏線が張ってあるし、ドンデン返しも用意されている。無論ジュブナイルレベルのごくごく軽いものですけど……いちおうミステリとしても少しだけパワーアップしてますね。その他の美食や美女のお楽しみは、まあいつも通り適度に上品かつ下品なんですが、ミステリ味がなかなかよいスパイスになってリーダビリティはシリーズでも上の部という感じです」
B「とはいえクラブに隠された事件の底は浅いし、主人公の謎解きというかあてずっぽうは例によってひたすら見当外れだし。事件はてんやわんやのどたばたの果てに、勝手になんとな〜く解決する。まあ、ミステリとしてはジョークみたいなものだよね」
G「作者の狙いがジョークなんですから、これでいいんですよ。読みどころというか、楽しみどころはやっぱり極端に戯画化されたキャラクタたちのおかしさと、上品さと下品さの境目を行くようなユーモアにあるわけで……これについてはもういつも通りの楽しさで、ぼく的には言うこと無しですね。さっきayaさんがおっしゃってたように、ともかくこれって裏返しの007だと思うんですよ。パンプルムース氏はアクションはからきしだし推理力も頼りないけど、とりあえずこちらもボンド同様に美食と女性に対しては無類の強さを発揮する。ヒミツ兵器だって持っている(今回はこれが大活躍しますよ!)」
B「そうだね。そしてなんとなーくその美食趣味や美女に助けられて、なんとなーく“巨大な陰謀”を解決しちゃう。ほんっとに調子のいい話だよな〜。だいたい意地汚いデブの中年男にすぎないパンプルムース氏がどうしてこう無闇矢鱈にモテるのか? このシリーズに出て来る女性は全員そろって極度のデブセンか? 願望充足にしたって、そこはやっぱりごっつ不思議だなあ」
G「そういえば映画とか見ていても、アチラでは食いしん坊で太めのおっさんって日本やアメリカほど冷たい扱いはされてないような気がしますけどね。おっさんにとっては、けっこう居心地のいい国なのかなあ」
B「じゃあ、キミもフランスに行かなくちゃ! とりあえず日本にいたんじゃ、パンプルムース氏みたくおやぢがモテまくるって可能性なんて、万に一つもないんだからさ!」
G「しッ失礼なッ!」
 
#2002年11月某日/某スタバにて
 
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