Goo=BLACK Boo=RED
●本格じゃないから本格として読もう……ファンタズム
※若干ネタバレ気味です。同書読了後にお読みになることをお勧めします。
G「西澤さんの最新長編『ファンタズム』、行きましょっか。Webミステリ界を二分する議論を引き起こした問題作ですね」
B「んー、作者自身が“本格ではなくミステリでもない”つってるんだから、無理にGooBooせんでもいいんでないの?」
G「もちろん本格としていいとか悪いとかいうのはナシでしょうけど、とはいえ本格ミステリの技巧が応用されている作品であることは確かなんですから。GooBoo的にはそのあたりから語ればいいのかなと」
B「ふーん。ま、いいけど。えっと、アラスジやんの?
もうみんな知ってるんじゃないか?」
G「ま、一応。えーと、印南野市で女性ばかりを狙った連続殺人事件が発生します。現場には犯人のメッセージらしきメモや切抜き、そして犯人の指紋までがくっきり残されていました。犯行自体も大胆きわまりないもので、警察は躍起になって捜査を進めます。しかし必死の捜査にもかかわらず、被害者をつなぐ糸は見つからず、これといった容疑者も浮かんでこない。ある現場の不審な状況……まるで空中に消失したような足跡の痕跡などから、刑事たちは密かに犯人を“ファントム”と名付けます」
B「とはいえ、物語は捜査側の視点とファントムこと有銘継哉の視点で交互に語られていく形だから、フーダニット的な謎は最初っから存在しないわけで。もっぱらミッシングリンク・テーマ的な謎と、それに関連するホワイダニット、そしてホワイダニットな謎が中心となって物語を推進するわけだ」
G「もっともミステリ読み的な視点で読んでいると、たとえば視点が切り替わるたびにくどいほど日時が確認されたりして……作者の手付きは実になんとも怪しげなんですね。このくどいほどの“あらため”は、どう考えたって後で“ドカンとひっくり返す”ためだとしか思えませんから、当然読者はこの点も大いに警戒しまくりながら読み進むことになります」
B「まあ、その期待は裏切られないというか……思い切り裏切られるというか。えーい、まどろっこしい!」
G「ぼくはラストを読むまでぜんぜん気付かなかったんですが、ayaさんは、話題になってるあの仕掛けについては前半で気付きましたか?」
B「あの被害者たちのナニが不自然だな、とは思ったんだけど、気づいたのはやっぱ読み終えてからだね」
G「あ、やっぱし。ま、ともかく作者は“フェアに”本格ミステリではなくミステリでもないと宣言した上で、そのいかにも本格ミステリ読み的な読みを誘いまくる技巧によって読者に強烈な先入観を与えたあげく、エンディングではまことに鮮やかに、その思い込みを宙吊りにするわけで……鮮やかですね。本格ミステリの技法の他ジャンルへの見事な応用例として、ジャンル違いですが歌野さんの『世界の終わり、あるいは始まり』を連想しました。まあ最初はタイトルの連想から、映画の方を思い浮かべちゃったんですけどね」
B「ああ、コスカレリのあれだね。殺人ボールがギュ−ンのガリガリのチュ−ってやつ」
G「まあしょうもないB級ホラーなんですが。あれっておっしゃるように殺人ボールの虐殺シーンが印象に残るけど、一方では悪夢映画でもあったじゃないですか」
B「そうだね。たしかにあの映画はなんちゅうかこう、つかみ所がない・理屈の通らない、“なんとなく薄気味悪い”としかいいようのないシーンがいっぱいあった。……まあ、そういうノリはたしか1作目だけで、パート2は単なる殺人ボール大活躍スプラッタ映画になってた気がするが」
G「ともかく、その悪夢映画のイメージと“作者の言葉”からの連想で、きっと“ものすごく理屈の通らない”お話なんだろうな、と。そういう先入観があったんで、前半本格っぽくなってった時はすごいドキドキしちゃって。結果ものの見事に作者の術中にはまったって感じです」
B「そういう意味では、それこそ本格読みが思いきり本格読みをした方が、ツボにはまる作品なのかもしれないね。しかし、裏返せばその本格読み的な視点を欠いてしまうと、逆に徹底して“なんじゃこら”な作品であるようにも思えるよ」
G「というと?」
B「西澤さんって本来ものすご“屁理屈こねるのが好きな人”だと思うのね。だから、この作品の場合も、さっきからいってる本格ミステリ的な意匠としての仕掛けを前提にしない限り、
“理屈の通らない現象に、なぜ理屈が通らないかという理屈”をつけてようとした、かなりウザイ作品とも読めてしまう気がするのよ」
G「ふむ」
B「つまり、この作品の本格ミステリ的な仕掛けってのは、これこれこういう理由で“この現象はものすごく理屈が通らない”。したがって/理屈からいって“コレはものすごく怖い/不思議なことなんだ”……てなことをといいたげな。つまり幻想ホラーとしてはひじょーに垢抜けないやり口に見えてしまうのではなかろうか、ってこと」
G「なるほど、いわば怖さ、不思議さを、読者に対して論理的に説得しようとしているように見えてしまいかねない、と」
B「そういうこと。いわゆる本格ミステリ的な念のいった手付きが、非・本格読みにはそう見えてしまうんじゃないかって思うわけよ。とくに本来、幻想ホラーとしてはこっちが主役となるべき異世界幻視……この作品でいえばエメラルド色の塔の幻想とかかしらね。そういう部分のイメージの貧弱さのせいもあって、いっそうそんな風に思えるわけだけど……。そういう意味では、これは作者自身が、新しい分野に挑戦しようとしながら、結局本格ミステリの呪縛から逃れられなかった作品という気もする」
G「うーん、うがちまくった見方だなあ」
B「まあそれは否定しないけど……それにしたって、あのラストのバタツキはちょっといただけないじゃん。たしかに念入りに築き上げたものをドカンと一撃で壊して、さっと跡形もなく消し去ることで、宙吊り効果を高めたい。というのはわかるんだけど……いろいろ未完成部品が残ったままで、きれいに消えてないし」
G「“壊されるべき”本格ミステリ的な部分が、完璧な美しさをもっている必要があったということでしょうか」
B「そうね。贅沢な要求だとは分かっちゃいるが……崩壊&反転の構図の効果を完璧なものとするためには、壊されるものが“とても壊せそうもないほどの完璧な美しさ”を持っていてほしい。もちろん、同時にその破壊の強度に拮抗するだけのヴィジョンも必要よね。……そもそも前半部、ことに犯人の独白部分で、“反転すべき異世界への幻視の強度が足りてない”から、ラストできれいに世界が反転してくれない、ということもいえると思う。残念ながら、意欲作だけどいま一歩詰めが足りない。私的にはそーゆー結論!」 |