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●手間暇かけて練り上げた短編ミステリの粋……緋友禅
G「北森さんの新刊です。『緋友禅』はごぞんじ“旗師・冬狐堂シリーズ”の最新短編集。初出はいずれも文藝春秋の『オール読物』と『別冊文藝春秋』で2001年から2002年に掲載された作品を収録しています。このシリーズの前作は、それこそ伝奇ミステリを思わせる非常にスケールの大きな陰謀サスペンスっぽい作品でしたが、こちらはぐっとストレートなミステリ短編集ですね」
B「ストレートといってもパズラーというわけではないけどね。なんというかミステリ短編としての、短編小説としての密度が高いというか。大人のミステリ短編というか。本格ミステリ的な部分だけを取り出してしまうと、まあさほど新しいわけでも凝っているわけでもないんだけど……小説としてのテーマ、ストーリィ、あるいはキャラクタといった基本要素がミステリ的な仕掛けと巧みに溶け合って、間然とするところがない。力作だね。手抜きの無い仕事だと思う」
G「シリーズをお読みの方にはいまさらでしょうが、内容をご紹介する前にいちおうシリーズ設定を紹介しておきましょう。“主人公・冬狐堂”こと陶子は、“旗師”と呼ばれる店舗を持たない骨董業者。磨き抜かれた己の鑑識眼だけを頼りに、“騙された奴が悪い”百鬼夜行の骨董業界を生き抜いています」
B「この骨董業界という特異な世界を舞台に選んだのが、まずもってこのシリーズの成功のカギ。多くの場合、物語は陶子のもとに持ち込まれたいわく因縁のある書画骨董美術品を巡って展開されていくわけだけど、たとえばそれが古美術品であれば歴史推理譚に、贋作であればフーダニットやコンゲーム風に、巨匠の幻の名作であれば芸術家の業を描くホワイダニットにと、変幻自在に変化がつけられる。しかもそんな風にネタに合わせてミステリ手法が選べるから、前述のようにテーマとミステリ的な仕掛けが無理なく連携するわけだ」
G「そんなことが可能なのも、作者にあらゆるタイプのミステリ手法を自在に操るテクニックがあるからですよね。むろん骨董業界や古美術、歴史に関する取材や研究も怠りなくやってらっしゃるんでしょう。そのあたりの確固とした基盤があるからこそ、できあがった作品がこれほど充実しているのだと思います」
B「とはいえ個別に見ていくと、やっぱいろいろ注文もつけたくなるんだけどな。とりあえず内容を紹介しようか」
G「そうですね。まず第1話は『陶鬼』です。ええっと……旗師・弦海の自殺の報を受けた陶子。弦海は狷介固陋で油断のならぬ旗師として知られた人物でしたが、実は駆け出しだった頃の陶子が教えを受けた、いわば師匠筋にあたる男でもあったのです。あまりにも唐突なその死に不審を感じる陶子。さらに信じられないことに、弦海は萩焼の巨匠・久賀秋霜の遺作を壊し、責任を取って死んだというのです。疑いを深めた陶子は、弦海と秋霜の関係を探り始めます。……凄腕と呼ばれた旗師がなぜ巨匠の名品を壊したのか。萩焼の歴史を塗り替えた巨匠の技に隠された秘密とは何か。栄光の影に隠された芸術家の業というものが、一読強い印象を残します」
B「謎解きは萩焼をはじめとする陶工の世界に関わる専門知識を元に行われるから、読者には基本的には参加のしようが無い。巨匠の技の秘密というのも面白いには面白いが、作者の用意した“答”がどれほどユニークなものなのか、素人の私には見当もつかないんだよね。正直“なんだそんなことなの”って感じも少々あったりなかったり。薀蓄の面白さ、つまり情報小説的な面白さがあるのは確かだけれど、特殊な業界を舞台に選んだ場合の弱点が出てしまったかもね。……続く第2話は『「永久笑み」の少女』。1人の老人が陶子の元に持ち込んだ、あまりにも見事な埴輪土器。鑑定の結果、それは真物とされるが、出所は不明のまま……実は老人は古墳などの遺跡の盗掘を行う“掘師”だったのだ。やがて老人は不審な死を遂げ、老人の孫娘もまた失踪していたことが明らかになる。老人はなぜ陶子の元に埴輪を持ち込んだのか?
ホワイダニットの謎を解いた陶子は、大胆な推理によって“犯人”を突き止め、巧妙な罠を仕掛ける……」
G「いうなればホワイダニットで始まった謎解きがフーダニットに転調するわけで。この推理の転調と連鎖が大胆かつ巧妙。堀師なんて仕事ははじめて知りましたが(いや、むろん闇の商売なんでしょうが)、これにまつわる薀蓄も非常に興味深いです。まあ、盗掘に関わる“ある知識”が謎解きの決定的な手掛りとなるわけで……これもまたayaさんにいわせれば、専門知識ネタってことになるんでしょうけどね。それが犯人の残した手掛りと二重写しになる瞬間の描写の鮮やかさはまことに強烈!
サプライズも申し分ありません」
B「ううん、これはもう少しボリュームが欲しかった感じだなあ。いや、この作品に限らずどれも長編に仕立てることが充分可能な密度と内容だと思うよ」
G「次は表題作の『緋友禅』ですね。何気なく陶子が足を踏み入れた東銀座の画廊。そこでは名も知れぬ作家による糊染めのタペストリーの個展が開かれていました。客の姿もなく閑散とした展示会でしたが、その無名作家の作品に陶子は紛れも無い天才を発見します。陶子は即決で全ての作品を買い取りますが、個展終了後天才は死亡し、しかも全ての作品がいずこかへと持ち去られてしまいます。……数ヶ月後、華々しいデビューを飾った女流アーチストの作品に、陶子はあの無名作家の作品が盗用されていることを知ります」
B「これはミステリ的にはわりとストレートな作品で、正直あまり面白みが無い。むろん友禅にまつわる薀蓄は面白いんだけど、裏切りあい騙しあいが横行する生臭いアーチストたちの暗闘というのは、しかしとくだん珍しくも無いテーマという感じ。Webを使った陶子の逆襲なんかで新味を出そうとしているが、これもあまり効果的とはいえない。……もうひとひねりほしかった感じだなぁ。大ラスは『奇縁円空』。タイトルどおり、生涯に12万体の仏像を彫ったという伝説的な造仏聖・円空がテーマの作品だ。これは中篇クラスの分量をもち、内容的にも長編なみのボリュームがある集中の白眉というべき力作だね。……かつて骨董業界を震撼させた伝説的な円空の贋作“鬼炎円空”。30年前に姿を消したはずのその“鬼炎円空”が、陶子の前に出現した。かつて展示会で自らの作品を傷つけ姿を消した“鬼炎円空”の作者・北条鬼炎とは何者か。なぜ円空の贋作を作り、しかもそれを傷つけたのか。鬼炎の謎を追ううち、陶子は徐々に円空その人の正体にも迫っていく……」
G「中篇とはとても思えないような読み応えのある作品です。内容的にも非常に充実していて、“どうやって12万体もの仏像を彫ったのか”という円空の謎を巡る歴史推理としても読めるし、天才贋作者・鬼炎円空の出自を巡る伝奇小説的な楽しさもある。専門家にも見分けられない贋作と真作を分ける唯一のポイントを巡る謎解きも面白いし……非常に多彩かつ盛りだくさんな内容なんですが、それらが全て円空と鬼炎円空という2人の天才が負った業という1点できれいに連動して、見事に1つのテーマに昇華されている点がまた凄い。余韻嫋嫋として最後の1行が胸に迫ります」
B「ただしこれだけ充実した内容だったら、もう少しボリュームが欲しかったのも確かでね。全体にいささか密度が高すぎて忙しく息苦しく、読みづらい感じがするのもまた確か。むろん力技でこのボリュームに纏め上げた作者の手腕はたいしたもんだと思うけど、読物としては長編にしちゃった方が読みやすかったんじゃなかろうか。それだけ広がりのあるテーマであり内容だと、私は思うな」
G「そうですね、たしかに長編バージョンは、ぼくも読んでみたい気がします。が、まあそれは贅沢というものでしょう。ともかくここに収められているのは、名人が手間を惜しまず投資をケチらず、丁寧に練り上げた贅沢な短編ミステリの粋。昨今これくらい密度の高い短編集はなかなかありませんよ!」 |