battle96(2003年2月第4週)
 
[取り上げた本]
01 十字架クロスワードの殺人 柄刀 一          祥伝社
02 虚ろな感覚 北川歩実          実業之日本社
03 「神田川」見立て殺人 鯨統一郎          小学館
04 おこう紅絵暦(べにえごよみ) 高橋克彦          文藝春秋
05 千年岳の殺人鬼 黒田研二・二階堂黎人    光文社
06 六月はイニシャルトーク DE 連続誘拐 霧舎 巧          講談社
07 天使の帰郷 キャロル・オコンネル    東京創元社
08 リチャード三世『殺人』事件 エリザベス・ピーターズ   扶桑社
09 上高地の切り裂きジャック 島田荘司          原書房
10 嫌われ松子の一生 山田宗樹          幻冬舎
Goo=BLACK Boo=RED
 
●精密な構図を“見せる”演出技術……十字架クロスワードの殺人
 
G「柄刀さんの新作長篇が出ましたね。『十字架クロスワードの殺人』は、ごぞんじ天才青年・天地龍之介をシリーズ探偵とする『天才・龍之介が行く!』シリーズの第4作目にして、シリーズ初の長篇です。柄刀さんの作品系列の中では比較的軽いタッチの、いわばキャラ立ち戦略用のシリーズという印象ですが、それでもやはり不可能犯罪・不可能現象を理詰めで解いていく本格としての基本形がきっちり守られているのが、このシリーズの特長でしょうか」
B「もともと先端科学ネタに強い作家さんだけど、このシリーズではなんちゅうか“楽しい科学”風の通俗科学知識がたっぷり盛り込まれているのがミソかな。しかし、肝心のキャラ立ち的にはあまり成功しているとはいえなくて、肝心の龍之介は全然天才に見えない。百科全書的な知識を頭に詰め込んだタダの気弱な兄ちゃんという感じで……このあたりは、同じく“天才”を称する高田崇史さんの持ちキャラ“千葉千波クン”とモロにキャラが被ってる」
G「ううむ、そういわれればちょっと似てますね。でも年齢的には龍之介は30近いのに対して、千波クンは高校生ですからね」
B「なのに精神年齢はどうみても同じくらい(笑)。ともあれ、失礼ながら柄刀さんはあまり小説のお上手な作家さんではないので、どっちかといえばアイディア一発でも勝負できる短編の方が向いてると思ってたから。私的には今回のシリーズ初長篇はチト不安だったんだが……」
G「ううむ、まあまずは内容紹介から行きましょう。えっと、シリーズ設定に関してちょっと前置きしておきますと、奄美大島育ちで世間知らずの天才青年・龍之介は、祖父の遺産の行方を追って、親戚にして親友のワトソン役・光章と共に日本各地から海外まで右往左往。行く先々で怪事件に出会ってきた、わけですが……今回はそっちのバックストーリィもようやくゴールを迎えるんですね。さて。龍之介と光章、そして光章の恋人未満の友人一美は、いよいよくだんの遺産を騙し取った犯人らしき女を追って、静岡の大富豪比留間家の邸宅を訪問。おりしも比留間一族の老当主は重病に倒れ、3人の息子たちの遺産を巡る隠微な争いが始まろうとしています。落ち着かない雰囲気のなか、人々の話を聞いた龍之介一行はさらなる手がかりを求め、2組に分かれて調査を続けることに。龍之介と光章は比留間家の長男の案内で比留間家の別荘へ、一美はそのまま比留間家本宅に残り後から来る関係者の話を聞く……ところがその双方を思い掛けない奇禍が襲ったのです!」
B「別荘へ向かう途次もしやと立ち寄った山奥の作業場への道すがら、運転していた長男が引き起こした自動車事故に巻き込まれ、龍之介たちは外界から孤絶した脱出不能の山中の作業小屋に閉じこめられてしまう。誰もいないはずの作業小屋では次々と奇怪な現象が起こり、ついには龍之介達の目の前で不可解な殺人まで発生する。一方、本宅では比留間一族の1人が不審な状況で死に、その謎を追ううちに一美もまた人知れず脱出不可能なシェルターに閉じこめられ、生命の危機にさらされる。遠く離れた2つの現場で発生した奇怪な殺人と怪現象、そして当主が残したクロスワードに秘められた遺産のありか。遠く離れた仲間を気遣いながら、龍之介たちの命がけの推理が始まる!」
G「というわけで今回の長篇は、2つの現場で同時多発的に発生した怪事件を2組に分かれた探偵役が解く、という趣向が読みどころです。むろんメインの探偵役は龍之介ですが、探偵グループは2組に分かれ、事件の方も2組に分かれている。そしてその両者の謎解きが微妙に呼応し連携し、あるいは複雑に交錯しながら、一枚の大きな絵図を描いていくという……凝りに凝った精緻かつ構えの大きな仕掛け&構成がポイントですね」
B「本書のカバー序文に書かれた作者の言葉によれば、本格では単独犯が最も美しい形と認めながらも、あえてこの作品で作者は『共犯関係でなく何人かの犯人がいて、幾つかの秘められた殺意が交錯し、そこから大胆で特徴的な事件の絵柄が浮かび上がってきます』と語っている。その言葉通り、共犯関係に無い複数犯人でありながら、微妙に響きあう事件の構図の精妙さは見事といっていい。類似の趣向を扱った作品は幾らもあろうけども、2つの事件の間に縦横に張り巡らされた伏線とリンクの精密さは、こりゃちょっと只事ではないね」
G「ですよね〜、柄刀作品といえばやはり奇想天外な大トリックをメインに据えたものが多いんですけど、今回はむしろそうしたトリッキーさは抑え気味で。個々の事件についていえば、地道かつ堅実なフーダニットパズラーとしての定形を、きっちり守った作りこみが印象的です。ところが前述の通りそれらを包む全体の構図が途方もなく複雑精緻なものなので、トータルに見るとパズラーとしてもの難易度はかなり高い。手がかりの配置にせよ、作者は全てあからさまなほどのフェアプレイに徹しているんですが、個別の謎は解けても全体の構図が容易に見通せないんです」
B「通常こうしたつくりであれば、ラストで全体の構図が解き明かされれば全ての謎の答がストンと腑に落ちて、“気持ちよく納得できる”はずなんだが……いかんせん今回もまた、複雑精密な構図を“分かりやすく見せるための演出技術”がねぇ。実はすげえ! んだけど、そのすげえ! がなかなか伝わってこないのね。(ある演出上の要請で)謎解きシーンでの視点があっち行ったりこっち行ったり落ち着かないのもどうかと思うし……っていうかそもそもその説明自体がヘタクソなので分かりにくいんだけどね。まったくなあ。ホンッとに惜しい」
G「まあねぇ。でもそうでなくても、ここはじっくり腰を落ち着けて読むべきなのは確かですから。今回は龍之介・光章コンビに一美さんもそれぞれ危機一髪の状況に巻き込まれたりして、ストーリィ的にもかなりドラマチックで飽きさせません。光章と一美の恋人未満関係にもちょっと感動的な交感があったりして、いい感じですよね。もちろん龍之介の“科学教室”もまたサバイバル状況の中で多いに発揮されて楽しいし……内容的にはなんとも盛りだくさんの充実ぶりといえるんじゃないかな。この新作でもって、龍之介シリーズは一挙に株を上げた気がしますよ」
B「ううん、わたしゃまだ留保付きかなあ。裏返せばそのページターナーとしてのパワーアップが、逆に“解り難さ”を加速した嫌いもあるし。盛りだくさんの内容ってやつについても同じでさ、本格としての本作の最大の見せ場である、精緻な構成の妙やディティールの精密さを味わう役に立っているとは、やっぱ思えないもんなあ。結局、スジはいいのにトータルバランスが悪いっつーか。マニア受けから抜け出しきれてないような。……ま、それならそれでいいような気も私はするけどね。あ、あとさ」
G「なんです?」
B「各所のタイトルが、作者のお手製になるクロスワードになってるんだけどさ……あれ、ヘタね! センス悪って感じ〜。ついでにいえば、挿し絵もデッサン狂ってるし」
G「んもう、感じ悪〜」
 
●ミステリピュアモルト……虚ろな感覚
 
G「続きましては北川さんの短編集『虚ろな感覚』と参りましょう。この作家さんはいまひとつブレイクしきれないでいるイメージがありますが、ぼくはとても買っているんですよね。先端医療・科学の知識を応用したメディカルサスペンス、というか心理サスペンスの名手で、特に短編作品には抜群の腕の冴えを見せてくれますよね」
B「なんちゅうか徹底してどんでん返しにこだわり、サプライズにこだわった作風だよね。パズラー要素は薄いし、ジャンル分けするとしたらやはりサスペンスということになるんだろうけど……そのミステリとしての凝り方はタダゴトではない。短い枚数にも関わらず信じられないくらい複雑な仕掛けが施され、本格ミステリ的な“仕掛け感”がびっくりするほど豊富なんだね」
G「この新刊は、2000〜2002年にかけて主に『週刊小説』や『J-novel』といった、中間小説系の雑誌に断続的に発表された作品を集めたものですね。ayaさんがおっしゃる通り、どれも錯綜したプロットが生み出す強烈なサスペンスと、壮絶なまでのどんでん返しが炸裂しまくる、非常に密度の濃い作品ぞろいです。せっかくですので順番に紹介しましょう。まずは『風の誘い』。えー、偶然出会った女性に一目ぼれした男。ちょっと偏執狂めいたその男は、彼女を尾行し自宅まで突き止め、なんとか知りあいになるきっかけをつかもうとします。しかしどうしても勇気が出ず、彼女の愛犬を使ってひと芝居打つことを計画。やがて愛犬は毒殺され、男はまんまと彼女を恋人にします。……愛犬を毒殺したのは誰か? 男の使ったトリックとは?」
B「いきなり強烈などんでん返しに度肝を抜かれる。普通の作家ならひとひねりで済ませるところを2つも3つも……それこそ読者が目を回すほどとことん引っ繰り返す。このどんでん返しの連発が生み出す目眩くような感覚は、北川作品ならではの味わいだな」
G「“犬を使った惚れ薬トリック”にもびっくりしましたよねー。よぉもまあこんなことを思いつくなーって感じで、シンプルだけどごっつ新鮮。ぼくなんて本当に“こんなことが可能なのか”真剣に考えてしまいました。続く『幻の男』もまた異様な物語ですよね」
B「男装が趣味の女・志穂の家に、その“男”にひとめ惚れしたという女・今日子が乗り込んでくる。今日子は、志穂が“男”を殺したのではと疑っているのだ。笑い飛ばす志穂。しかし思いがけず、志穂の部屋から見知らぬ男の死体が!」
G「これまたページをめくるたびに、読者がまったく予想しない展開がブチカマされますね。きわめてあざとい、人工的なプロットは、そりゃまあ好き嫌いもありましょうけど、予想もつかない結末に雪崩れ込んでいくカタストロフの凄さは必見です」
B「よぉく考えるとこれも無理無理な話なんだけどね〜。作者の突き放した描写で読まされると、なぜか納得しちゃうんだ。いやむしろ、どんでん返しが目まぐるしくて、ディティールをじっくり吟味する余裕を一切与えられないというべきなのか」
G「次の『蜜の味』は、肥満で糖尿病体質の義理の息子のため、ダイエットメニューを造る義理の母親のお話。そんな母を疎んじる息子は、秘かに実母と会い、実母は息子に彼の好物
を食べさせ続けている。息子は思う、“あの人”さえいなかったら……一見ストレートなドメスティック・ミステリにように見せて、やはりここでも作者は大胆不敵な大技を炸裂させます」
B「短編でやるような技じゃねーだろ! っていいたくなるくらいの大技で、作り物めいたプロットのせいもあって、ぼんやり読んでいたのでは理解しにくいほどだ」
G「ですがそれだけに効果は強烈です。いわゆるひとつの、一瞬にして世界が反転するってやつですね。続いては『侵入者』。えっと、コンピュータ初心者の女性のパソコンに浸入し、彼女のふりをしてBBSに卑劣な描き込みを行なっているネットストーカー。実は彼女の同僚の男なんですが、オフラインでも彼女の回りに不審な人物が出没しはじめたため、彼女はその男にハッキング対策を依頼してしまいます……」
B「これまた錯綜したプロットだが、構成にいささか難がある。そのためラストのオチが少々唐突に感じられちゃうんだな。もともと省略を効かせまくってサプライズを連打する戦術なので、構成が一歩でも乱れるとガタガタになっちゃうんだろうね。次の『僕はモモイロインコ』は、作者としては異色のフーダニットで、しかもきわめてトリッキーな作品。義母の事故死を目の当たりにし心を閉ざしてしまった少年。やがて彼はペットのモモイロインコの口を借りてしゃべり始めるが、どうやら彼は何かを目撃したらしいのだ。義母の死は殺人だったのか?」
G「しゃべるインコが目撃者というネタは、同じ作者の『お喋り鳥の呪縛』という長篇と同じなんですが、共通点はそれだけ。全く独立したお話です。端正な仕上がりのフーダニットなんですが、どんでん返し、サスペンスも共に満点ですし、特に注ぎ込まれたアイディアの密度はただごとではありません。これって長篇化しても充分読めるんじゃないでしょうか」
B「ううむ。豊富すぎる、しかもユニークなネタが、本編だけでは使いきれてない印象はあるね。たしかにもったいないといえばその通りで。いや、なんとも贅沢な短編ではあるな。次は『告白シミュレーション』。薬物の副作用で前向性健忘になった女。彼女は友人の恋人だが、実はオレも彼女に惚れていたのだ。不安がる彼女の世話を頼まれたオレは、“どうせ10分経ったら忘れてしまう”と愛を告白し、さらに……映画『メメント』以降、前向性健忘ネタのミステリは幾つかあったが、応用例としては本作のそれがもっとも斬新かつ練れている」
G「おっしゃる通りこのアイディアは盲点ですよね。もう、ラストのどんでん返しには思わず膝連打で……お見事としかいいようがない。これもぜひ長篇化すべき作品なんじゃないでしょうか。で、大ラスは『完璧な塑像』。凄腕の整形医の婚約者の女性が失踪します。ところが1年半後、その整形医はその失踪した婚約者と瓜二つの女と歩いているところを目撃されます。……なぜ2人は似ているのか。婚約者は何処に消えたのか? だが彼女は別人で整形をしたわけではなく、双子でもなかったのです」
B「惜しみなくぶち込まれたアイディアの量、そしてプロットの錯綜ぶりはこれもまた長篇並み。いや、この半分の量のアイディアも使わずに、長篇をでっち上げる作家だっていくらもいるだろうねえ」
G「どの作品も同じコメントになっちゃいますけどね、ともかくその密度の高さは一級品です。なんちゅうかミステリのエッセンスだけを、抽出し濃縮し精製した高純度のミステリ短編……ギミックのカタマリですからね」
B「まあ、裏返せば、短編としてはあまりにも捻りすぎ錯綜しすぎて、一部分かり難いところさえあるほどで。およそスマートとはいえないし、“小説として”の奥行きやら膨らみに至ってはカケラもないんだけどね……」
G「その“ただひたすらにミステリでしかない”ところがいいんですよ。本格ミステリ全盛といわれる昨今にあっても、これほど純度の高い作品集ははっきりいって珍しい。本格読みに限らず、ミステリ読みは読み逃しちゃダメですよ!」
 
●三拍子……「神田川」見立て殺人

G「えー『「神田川」見立て殺人』は、快調なペースで次々と新刊を出してらっしゃる鯨さんの新シリーズ『間暮警部の事件簿』の、いわば第1巻にあたる短編集です」
B「新刊刊行ペースもすごいもんだけどさ、この作家さんの場合はそうやって出す本出す本1冊残らず極め付けの愚作ッ! という点がもっとスゴい。なんたって本を出すなんてぇのは作者1人ではできないんだから、そんじょそこらの作家ではやりたくたってできゃしない。作家さんと版元の熱い思いが可能にした偉大な事業というべきだろうな」
G「いや……まあその、それがやりたい作家さんってのもいないと思うんですが。たしかに本格ミステリとしては、いろいろアラが目に付きますけど……とりあえずさらっと読ませて尾を引かない、そのどこまでも軽い読み心地は消暇ツールの1つとしてアリなのでは。いうなれば新本格世代のキオスク本といいますか」
B「たしかに読み終えた瞬間にきれいさっぱり内容を忘れる……というか忘れたいッ! と心底思わせるトコロはあるな!」
G「……内容、行きますよ」
B「うう、アラスジは……それだけは勘弁してくれ。思いだしたくないッ」
G「……じゃ、とりあえず設定とか概要だけで勘弁したげます。えー、謎めいた殺人が発生するやいずこからともなく現れ、恐るべき美声で歌謡曲の懐メロを歌いまくりながら奇怪な推理で謎を解き“意外な犯人”を指摘する、警視庁きっての名探偵・間暮警部を主人公とする短編が9編収められていますね。設定を聞けばお分かりの通り、これは“懐メロ歌謡”をモチーフにしたユーモアタッチのバカミス。主人公の間暮警部は、ほとんど常軌を逸したいわば“狂気の人”で。その強引かつ無茶苦茶な推理は、遭遇するあらゆる事件を“歌謡曲の見立て殺人”にしてしまうという。当然、その推理はことごとく的を外しているんですが、結果オーライ的にマグレ当たりしているというナンセンスなオチが、1つのパターンとなっています」
B「なんでもかんでも不可能犯罪にしてしまう『名探偵Z』(芦辺拓)や、どんな事件でも密室にしてしまう黒星警部(折原一)を思わせるキャラ設定だけど、ゆーまでもなくこの2者と間暮モノとは根本的に違うのよね。名探偵の狂気に“世界”が追随し諸共に狂気がエスカレートしていく『Z』もの、マニアが極まった凡人探偵のトンデモ推理を事件の側がつねに一枚上手を行くことで、本格としてのどんでん返しを成立させる『黒星』もの。いずれにせよ主人公の狂気の暴走は本格としての確固としたアイディアや技術、そしてセンスによってきっちり支えられていたんだね。だからこそミステリ読みにとっても面白く、楽しく読めるわけで。……思いつきだけの屁のようなアイディアを、ワンパターンの狂気で薄めて伸ばしただけの間暮モノとは、そこんとこがコンポンテキに違う」
G「うーん、まあ本格としての骨格の弱さというのは、否定できませんけどねえ。しかし基本的には軽本格でしょうから……」
B「なんでもいいが、ともかくトリック自体は百パーセント例外なく無理無理かつ幼稚で陳腐で、なーんの面白みもない。かといって無理無理なのにバカミスのバカさに徹した面白さを演出する技術もセンスもないときた。読む側としてはごく単純に、脱力したくなるだけというんだから救いようが無いわね」
G「ううん、そのへんのこのユルさドシャメシャさも、珍味といえばいえないこともないかもしれないではないかなと」
B「はん! ロジックも無理矢理、設定も無理矢理、探偵も無理無理かつ不自然かつ魅力のカケラもなければ楽しさもない。一体全体そこまで無理をしていったいなにが言いたかったのかというと、ま、おそらくは“懐メロがらみの駄洒落”なんだろうね。つまりこれって、歌謡曲の懐メロにかかわる作者の駄洒落が読み所のシリーズなんだな。ところがこれもまたホンマにもう脳味噌が逆上がりしそうなセンス最悪の心底しょーもない駄洒落なんだもんな〜」
G「まあ、なんちゅうかそのどうしようもない寒いギャグをこれでもかと繰り返す、ある種シュールなギャグという見方もできるかな、と」
B「ほーお。キミ、それ本気でいってるの?」
G「……」
B「まー、いずれにせよ、センスがなくアイディアがなく技術がない。三拍子そろったないない尽くしの驚くべき1冊だね。出版点数が激減し斜陽の危機にあるという出版業界において、なぜにこのように上から見ても下から見ても取り柄の無い極め付けの愚作が出版され、店頭に並んでしまうのか。……これこそ斯界の七不思議。天下の奇観というべきだろうな!」
G「もうこの作家さんの作品を取り上げるのは、やめておきましょうかね……」
B「なぁにいってんの! ここで切り捨てたら本格読みの名が廃るってもんよ。作者にはホンマモンの傑作を書いてもらわにゃワリに合わないんだかんね、それまでは、んもー意地でもとことん地獄の底まで付いてくのッ!」
G「……エラいひとに捕まってしまった……」

 
●今風の捕物帳……おこう紅絵暦

G「高橋克彦さんの新作と参りましょう。『おこう紅絵暦』は、長篇『だましゑ歌麿』に登場した柳橋芸者の“おこう”が主人公を務める、捕物帳形式の新シリーズ第1巻です。収録されているのが12篇(全て『オール讀物』初出:00年7月〜02年10月)とたいへん多いので、今回は個別の内容紹介はちょっと勘弁してもらって。物語世界の全体像を紹介しましょう」
B「柳橋芸者だったおこうさんは、北町奉行所筆頭与力の仙波一之進に見初められ、この新シリーズではすでに妻となっている。筆頭与力といったら二百石取りの立派な御家人。おこうさんも捕物沙汰には縁のない大家の奥方であるはずだけど、そこはそれ元が芸者の出だけに顔が広いんだな。しかも情に厚く勘働きも優れているから、いろいろな人たちが助けを求めてやってくるという仕掛けだ」
G「いざとなったら旦那は筆頭与力ですからね、ある意味怖いものなしの安楽椅子探偵ですよね」
B「まーねえ。大家の奥方が小者を使いながらとはいえ、ひょいひょい出歩いて捜査したり謎解きしたりするというのも無茶な話なんだけどね。まあ、彼女の旦那様も、また義父のご隠居もたいそうさばけた人柄で、そんなおこうさんを三国一の奥方と持ち上げてくれるってんだからどうしようもない。読めば読むほど出来過ぎた設定なんだけどねえ」
G「たしかにいってしまえば定番通りのご都合主義なんですが、同時に、芸者の出であるおこうさんは、武家の妻となっても市井に生きる庶民の視点を失わない。時には夫の勤務する奉行所のやり方に逆らってでも、弱者を守り悪を正そうとする。そのあたりの気っ風のよさ、心意気、情みたいなもんも、これもひとつの読み所です」
B「まあ、それも定番。特にシリーズ初期の作品はいわゆる“世話物”という感じの人情譚が多く、推理味は薄かったね」
G「しかし、面白いのは尻上がりに、つまりシリーズ後半になるほどミステリ度が高くなっていくことで。……ミステリとしては、基本的には“伝統的な捕物帳形式”に従ったオーソドックスなスタイルなんですけどね。事件はたいてい怪異やとんでもなく奇妙な現象がからんでいて、それをおこうさんが合理的に解いていくという形式です。作品によって多少出来不出来はありますが、いずれもさほど凝った仕掛けでもないのに、巧みに読者をミスリードしてどんでん返しのサプライズを確実に演出する技術はさすがに手だれの技というべきで。ぼくのお勧めは、冒頭の伏線が見事に活かされ、2段構えのどんでん返しが小気味良いほど奇麗に決まる『退屈連』や、首と手だけ食い残して消えた“鬼”の怪を理詰めで解き明かす『人喰い』ですね」
B「私は『ばくれん』と『一人心中』かな。いずれもあの大胆不敵なミスリードにはものの見事に騙されたね。いずれも方向性としては同じようなパターンで、つまり“これが作者の手口”とわかっているんだが、それでも騙されちゃう。たいしたものだと思うよ。まあ、ミステリとしての仕掛けはせいぜいがホームズものというところで、使われている技巧・トリックも使い古されたものばかり。おこうの推理もロジカルというより緻密な人間観察に基づいた憶測混じりの“情の推理”で、パズラーとしてはスキだらけなんだけどね」
G「それでも楽しく読ませ、驚かせてくれるのですから。さすがに語りの巧さは突出していますよね」
B「さて、それはそうなんだが……ミステリとしてはともかく、捕物帳としてはやはり物足りないといわざるをえないね」
G「ふむ?」
B「捕物帳というのは“季の文学”といわれるくらいでさ。四季おりおりの江戸情緒のあれこれや、市井の人々の人情の機微を描くのも大きな読み所だと思うんだ。ところがこのシリーズは物語はもっぱら会話文だけで進められ、その他の地の文といったら“ト書き”に毛の生えた程度の描写しかない。“今風”といえば今風なんだろうが、情緒もへったくれもあったもんじゃない。ま、これはこの作品に限らずこの作者さんの近作に共通する書き方だけどね」
G「ううん、まあたしかにそれはそうですね。そういう意味では情景描写はほとんど無い。けど、だからこそ短い枚数でもキビキビ物語が進むという面もあるでしょう。モダンな捕物帳としてはアリなのでは」
B「ナシとはいわないけど、ここまで会話だけというのはいささか問題があると思う。あまりにも個別の描写がおざなりなので、時にキャラクタが区別がつかなくなって、どれが誰のセリフかさえわからなくなることがあるんだよ。特に“おこう”に“おしず”に“おその”なんて、似たような名前を並べて対話させたらわけわかんなくなるの当然じゃん。このあたり、すっごく大ざっぱな感じ。ヒロインも含めて、捕物帳としては異様なくらいキャラが立ってないのもそのせいだと思う。だいたいさ、シリーズが進むに連れてどんどんニューキャラが増えるんだけど、それもどんどん消費されて1人として印象に残らない。全般にキャラの扱いがぞんざいな感じよね」
G「うーん、それはたしかにいえてますね。まあ時代物のミステリとして、会話主体の“今風の捕物帳”として期待してた以上に充実してたし、料金分はじゅうぶん楽しませてもらったので、ぼくとしてはOKですけどね」

 
●悪凝りボディカウント・スリラー……千年岳の殺人鬼
 
G「黒田研二さんと二階堂黎人さんの合作ユニットによる新作が出ましたね(昨年暮れ12月の話です)。『千年岳の殺人鬼』は、お話的には直接のつながりはないものの、一応前作に続く“キラーエックス シリーズ”ということになるのでしょうか」
B「まあ、“キラーエックス”という(架空の)アニメキャラクタをモチーフとするシリアルキラーもの、という程度の共通点しかないけどね。ちなみにユニット第1作の『Killer-X』では、お2人は覆面作家として“クイーン兄弟”とかいうペンネームを使ってらっしゃった。今さらだけど、読んでる方が赤面しそうなあの垢抜けないペンネームはどちらが考えたんだろーねー」
G「ああいうネーミングセンスはたぶん……いや、まあ、そんなことはどうでもいいですね。内容のご紹介と参りましょう。え〜、日本有数のスキーのメッカ・千年岳スキー場に、オーストラリアの日本語学校の生徒たちがはるばる海を越えてやって来ます。おりしもそこではスキーヤーが突如姿を消し、過去や未来へタイムスリップして出現するという怪現象が発生。テレビ局まで取材にやって来る騒ぎになっていましたが、そんな噂をものともせず、生徒たちは早速ヘリコプターで山の頂上に登りスキーを楽しみ始めます。しかし一行の1人の罠にはまり、彼らはいつの間にか立入り禁止区域に迷いこんでしまいます。
B「そこは例の怪現象が起こったといわれる危険地帯。しかも同時にメンバーの1人が奇怪な死を遂げ、彼らはひと気の無い山小屋へと逃げ込んだ。だが、そこには姿無き殺人鬼、キラーエックスが待ちかまえていた! やがて奇怪な“未来手帳”に記された予言通り、メンバーは次々と惨殺されていく。キラーエックスとは一体誰なのか? タイムスリップ現象は本当に起こったのか? 狂気と殺戮の一夜が始まる……」
G「アラスジでご紹介した本筋のストーリィに挟み込まれる形で、千年岳とは“別の場所”で連続殺人を繰り広げる“キラーエックス”の犯行をはじめ、意味あり気な描写が幾つも挟み込まれます。むろん作者のお1人は“あの”黒田さんであるわけですし、読者としては当然これが単なるサイコサスペンスなどではなく、仕掛けバリバリのトリッキーな作品であることは先刻承知之介! なわけですが……それでもやはりこの凝りに凝った仕掛けには、騙されちゃいますよねえ」
B「まあ、そのあたりの手口は前作の『Killer X』で証明済みだからね。作品全体に仕掛けられた大技に大胆不敵なミスリード、そして雪の密室に予言、犯人消失等々のトリックに二重三重に張られた罠もどっさり。単純に“盛り込まれたトリックやギミックの量”だけでいえば、圧倒的といえるほどのボリュームになってるね」
G「むろん犯人を割り出すための手がかりも過不足無く盛り込まれていますし、本としてのボリューム(新書判で280頁)と勘案すればただごとでないゴージャスさといえそうです」
B「しかしその割には、シリアルキラーものらしいサスペンスも、どんでん返しのサプライズも、謎解きの爽快感もない。ホント、これだけゴージャスな仕掛けなのに、不思議なくらい食い足りないんだ」
G「いや、サプライズが全く生まれないというわけではないでしょう。ぼくはけっこう驚かされましたけど」
B「結局これは、仕掛けの多さに比べてそれを盛り込む器たるストーリィやキャラクタの肉付けが薄っぺらで、演出がいい加減ってことよね。だからそ何もかも安っぽく見え、作り物めいていて、感情移入が全くできない。トリッキーさに説得力がない。仕掛けばかりが浮き上がっちゃって、サスペンスもサプライズもどこか絵空事めいたものになっちゃってる」
G「いわゆる“人間が描けてない”ってやつですか? それはこのタイプのエンタテイメントには当てはまらないんじゃあ?」
B「べつだん文学的にどうだっていってるわけじゃないよ。仕掛けを作ったら、その仕掛けを充分活かすような演出をしなければ十分な効果は望めないってことさね。単純な話でしょ? エンタテイメントの仕掛けには、その仕掛けを活かす演出としての描写なり肉付けなりが必要なのよね」
G「たしかにそれはこの作品の弱点だとは思いますが、一方ではこれだけたっぷり盛り込まれていれば、これはこれで、“仕掛けの物量”だけで勝負することも可能なのではないかなあ」
B「まあ、ね。しかしそういう作品ってのは、やっぱ個々の部品としての仕掛けばかりが目立っちゃって、総体として、本格ミステリ作品としては、読者の記憶に残りにくいんだよな。……むしろあれだな。わたし的にはマニアックなくらい悪凝りしたボディカウント・スリラー(“死体”を“数え”ていくような、エゲツなくチープな“スリラー”)という印象だねよ」
G「なるほど〜、映画の『スクリーム』とか『ラストサマー』のアレですね」
B「そうそう。とりあえず不可解きわまる状況下で。エゲツない死体がゴロゴロ転がって。でも実はそこにトンデモな仕掛けがしてあって。だけど結局“サイコということ”で全てを強引に辻褄を合わせ(たフリをし)て。観客をおっぽり出す、みたいな。……刹那的な楽しさに徹するならそれもいいけど、およそ読み返す気にはなれないね!」
 
●全てが悪い方向へ……六月はイニシャルトーク DE 連続誘拐

G「それじゃ『霧舎学園ミステリ白書』シリーズの新刊、行きましょうか。新刊ちゅーても去年の暮れ12月に出た本ですけどね。まったくこんな薄い、しかもツルツル読めちゃう本を、なーんで今ごろまでかかってたんですか」
B「んなこといったって、読みだしたのは昨日だしさあ。買ったっきり、ず〜〜っと事務所の方に積ん読してたんだけどさ。不覚にも昨日読むもんを切らしちゃってさー。……でもあれだな、読み終えてシミジミ思ったね。やっぱそのまま積ん読にしておくべきだったト」
G「って、あのね〜。そーいうシミジミした口調でイヤミをいわないでくださいよ、シツレイな人だな〜」
B「礼儀知らずの女なんちて」
G「ふ、ふっるー! っていうかそれ感謝知らずの女だし。ともかく読者さんには99%通じませんでしたね、今のは。だいたい少しはご自分のトシというものをですね……あ、なんか背筋が寒くなってきましたので、話を戻しまして……。そりゃまあね、たしかにこの『霧舎学園ミステリ白書』シリーズってのは、キャラキャラしてるわりにびっくりするくらいキャラクタが立ってないし、犯人の犯行はいつだも信じがたいほど穴だらけだし、トリックの演出もたまげるほどぞんざいだし……小説全体が堪え難くチープなのは確かですが、少なくともツルっと読めてそこそこ本格という、軽本格としてはそれなりというか。トリックやら仕掛けよく考えられていて面白いと思うんですよ」
B「……っていうか、私もそこまではいっとらんし」
G「い、いや、いまのはayaさんの心の声を代弁してみたまでで……え、えーっと、ともかく内容のご紹介を済ませてしまいましょう」
B「ほぉー。ま、いいけどね。えー、“女が謎を紡ぎ男がその謎を解く”という、霧舎学園に伝わる伝説の絆で結ばれた棚彦と琴葉に、図書委員の椎奈が謎解きを依頼する。霧舎学園の図書館にいつの間にか謎めいた本が出現するというのだ。『霧舎学園ミステリ白書』というタイトルのその2冊の本は、これまでの棚彦たちが経験してきた探偵譚をそのまま小説にしたものだった。しかも本はもう1冊あり、そこには“未だ起こっていない”誘拐事件のエピソードが描かれていたのだ。しかし時既に遅く、犯人の魔手は2人に迫っていた。棚彦たちは次々と麻酔薬を嗅がされ、誘拐されてしまったのだ!」
G「やがて届いた身代金要求の脅迫。警察署長の琴葉ママたちは、犯人の指示にしたがって身代金を運びます。一方、何処ともしれぬ巨大な屋敷らしき場所に運び込まれ、怪しげな老人に監禁される棚彦たち。必死の推理を展開する彼らでしたが、とうとう仲間の1人が仕掛けられた毒に倒されてしまいます。……大規模な誘拐を引き起こした犯人の意図は? そしてその正体は?……というわけで。通常の誘拐ものであれば、やはり身代金の受け渡しにかかわるトリック、つまりハウダニットがメインになるところですが、そこはさすがにトリックメーカーの霧舎さん。誘拐もののセオリ−をズラすようにして、これをフーダニット、ホワイダニットとして成立せていますね」
B「まあ、作者さんの言葉によれば、自分なりに新機軸の誘拐ものを書こうという意欲は満々だったみたいだしね。このシリーズが本格ミステリのシリーズであるなら、まあこういう方向に行くわよね」
G「とくに中盤以降、棚彦ら誘拐された側と琴葉ママたち捜査側の二つの視点を切換ながら展開していく趣向は、『開かずの扉研究会』シリーズでお馴染のものですが、メイントリックにはこのテクニックが巧く活かされていますね」
B「ていうか、そのトリック自体が作者さんお得意のパターンよね。犯人の隠し方も同様で、なんか意外と発想のスパンが狭い感じがするわね。だから作品の狙いがフーダニットであることが察せられた時点で、ネタはあっけなく割れちゃうのよね。……なんちゅうかトリックがトリックのまま、なんの工夫も演出もないまま無造作にはめ込まれてるもんだから、もう浮いちゃって浮いちゃって……結局今回も、犯行計画のずさんさ、警察側の捜査のいい加減さ、推理自体の適当さといった物語としてのディティールのツメの甘さが、トリックやそれを核とした作品全体の仕掛けをみすぼらしく浮き上がらせてしまっているのよね」
G「うーむ。そのあたりはしかし、ミステリコミックからの逆輸入というシリーズコンセプトからいって、ある程度は作者自身が狙った手法だという気もするんですが……細かい描写は省いて、コミックな絵を想像しつつスジを追ってほしいという」
B「だったらさー……これは前も云ったけど……マンガ原作としてマンガ家さんに提供すればいいじゃん! そりゃ“マンガ好きを小説に呼ぶ”という狙いがあるのはわかるけどさ、だからって、ただの“絵の無いマンガ”じゃ誰も喜ばないと思うんだけどね」
G「仕掛けはぎっしり詰まってると思うんですけどね。本自体にだって……」
B「そりゃまあ、たしかにマンガチックな外装の割には、仕掛けの豊富さはさすがだけど、いずれにせよこの手法ではトリックや仕掛けをムダに殺しちゃうばかりだと思う。さっききみが云ってたように、キャラ立ちもまったく出来てないし……なーんか全てが悪い方向に転んじゃってる気がするのよね。残念ながら」

 
●物語ることのちから……天使の帰郷

G「キャロル・オコンネルの新作が出ましたね。ごぞんじ“マロリー・シリーズ”の新刊『天使の帰郷』です」
B「ごぞんじっていうけどさ、本格読みさんの間ではあまりポピュラーなシリーズではないと思うぞ。本格味はあるけど本格そのものではないと思うし……非常に特異なキャラクタのヒロインが主役を務める、異色のポリスストーリィつうかサスペンスつうかハードボイルドつうか……」
G「でも、前作の『死のオブジェ』は非常にヘヴィなサイコサスペンスの体裁を取りながら、しっかりバラバラ殺人の謎解きもやってましたしね。まあ、基本はマロリーという特異なキャラクタを“現代的な事件”にぶつけることによって、“現代社会の暗部を描く”重厚な社会派推理なんだと思います。まあぼく自身は、マロリーのキャラクタが面白くて、このシリーズを追っかけているわけですが」
B「たしかにムチャなヒロインだわね。NY市警の刑事ながら長身・金髪・緑眼の完璧な美女であり、誰にも心を開かない冷徹無比なクールドール。おっそろしく頭が切れるコンピュータの天才で、警官のくせに倫理観やら組織・社会への適応性やらを一切欠いた怪物。命令は一切聞かず、捜査のためなら平気でハッキングを始めとする不法行為をやらかし、気に入らないやつは躊躇無く殺す……おっそろしく頭がいいから、不法行為を犯しても決してしっぽを見せないんだよね。まさに“たまたま法の側に立ったレクター教授”みたいな、人間離れしたキャラクタで。こんな人間が警官としてやっていけることが不思議というか、そもそもなぜ警官になったかが不思議なくらいなんだけど、それにはまあ彼女の生い立ちが絡んでくるのよね」
G「ストリートキッズとして自活していた彼女を拾いあげ、育てあげた養い親が警官だったんですよね。……しかし、それにしてもこんな異様なキャラクターがなぜ生まれたのかは、いわばシリーズ最大の謎だったわけですが、いよいよこの新刊でその謎が解き明かされるというわけで、ファンにとっては見逃せないクライマックス、というか問題作です」
B「前作の『死のオブジェ』事件を解決後、姿をくらませていたマロリーを追って、彼女の故郷である南部の閉鎖的な田舎町・デイボーンを訪れたマロリーの友人チャールズ。訪れた町外れの墓地で、彼はマロリーそっくりの顔をした天使の石像を発見し驚嘆する。住人の話では17年前に惨殺された女性を象った石像なのだという。もしかしてマロリーはその惨殺された女性の娘なのでは? しかし彼女を追うチャールズがたどり着いたのは、デイボーンの警察署の牢獄だった」
G「町では自閉症の青年への奇妙な傷害事件と町に君臨する新興宗教教祖の殺害事件が発生し、その犯人としてマロリーが逮捕されていたのです。警官の尋問にもチャールズの問い掛けにも口を開かず、かたくなに沈黙を続けるマロリーの意図は何か。やがてチャールズの捜査により、17年前に起こった余りにも無残な殺人事件の真相が少しずつ姿を表します」
B「しかしその謎が解き明かされる直前、全てを見通していたマロリーは牢獄を脱出。町の暗部に巣くう巨大な敵に挑む、天使の復讐が始まった!……というわけで。アラスジだけ追うと何やらハリウッドのB級アクションみたいな展開なんだけど、実は全然違うのよね」
G「まあ、凝った重層的なストーリィと冷めているのにおっそろしく濃密な語り口、そしてヘヴィな社会問題やら人間の暗黒面を容赦なく引きずり出す冷徹な視線は、まさにこの作者の得意技ですが、シリーズのターニングポイントにあたるこの作品では、また一段と重厚稠密で、腹にどっしりくる読み応えがありますよね」
B「ミステリ的には謎解き味はぐっと薄口で、過去の事件絡みのマロリーの秘密や教主殺しの真相なども容易に見通せてしまう。いわゆる本格ミステリ的な楽しみという点では、まったく物足りないんだけどね」
G「しかし、なんていうか……構成といい語り口といい“小説として”ものすごく充実しているとでもいいましょうか。巧緻を極めた構成、リアルであり立ちまくっているキャラクタ、1行もゆるがせにしない濃密な描写は、まさに小説を読んだ、って気にさせてくれる。幼いマロリーを襲った悲惨すぎる運命といい、終盤暴かれる町の醜悪な影の顔といい、なんともやりきれない重たすぎるお話で、その読み心地はほとんどミステリということを超越しちゃってる感じです」
B「それはどうかな〜。作者が構成に凝りすぎて読みにくくなっているだけで、描かれているコト自体はいまさら驚くようなものではないと思うけどね。重たい描写に引きずられてマロリーの特異なキャラも今回ばかりは空回り。活かされきってない感じだったしなあ。たしかにすごい筆力だけど、入れ込みすぎだわね。エンタテイメントとしてのバランスを壊しちゃってる」
G「まあ、たしかに一筋縄ではいかない作品ですが、読み始めるとドップリ漬かってしまうのもオコンネル作品の特徴でしょう。途中で予想できちゃう残酷で悲惨な真相がリアルすぎて、もう読みたくないって気分になっちゃうんですが、それでもなお読み進めずにはいられない。……なんちゅうかこの、“物語ることのちから”ってやつを実感しちゃいますね!」

 
●中途半端な古さ……「リチャード三世『殺人』事件」

G「今回はエリザベス・ピーターズの軽本格「リチャード三世『殺人』事件」を取り上げましょう。といってもこの作家さん、本邦ではあまり馴染みが無いですよね。邦訳は他に『裸でご免あそばせ』(徳間文庫)という作品が出ているそうですが、ぼくは未読です」
B「あれは軽いユーモアサスペンスというかロマンチックミステリというか。基本的にこの作家さんの作風は、ロマンスとユーモアでさくっと読ませる軽ミステリなんだろうな。日本でいえば“火曜サスペンス劇場”あたりのノリ。にしても『裸でご免あそばせ』なんていかにも売れそうもないタイトルだけど……実際売れなかったんだろうね。シリーズものなのに、それきりだったし。ただ欧米ではたいへんな人気作家でベストセラーもたくさんあるようだし、版元的には今回のこの作品で、本邦への再デビューを狙っているんだろうな。しかし、内容はともかくこの(日本人にとって)取っつきにくいタイトルは、ちょっとどうかなあ」
G「他の作品を読んでないのでなんともいえませんが、そういう気配はこの作品からもうかがえますね。ただ、本作では“リチャード三世”という本格読みにとっては見逃せないテーマを取り上げているのに加え、内容的にも本格へのパロディ要素や謎解き味も豊富なので注目してみた次第です」
B「“リチャード三世”については、やはり若干背景説明が必要かな。この人は500年くらい前の英国の王様なんだけど、シェイクスピアの『リチャード三世』等に描かれたイメージ等のため、一般には王位を簒奪し邪魔者を次々抹殺した無慈悲で残酷な人物と認識されているんだね。以下は本書の解説の受け売りだけど、1950年代にそうしたリチャード三世のイメージは敵対者によって作られたプロパガンダだという説が唱えられ、なかなかの論議を呼んだんだそうな。で、その“リチャード擁護論”の流れの中で生まれたのが、ミステリ史上名高い歴史ミステリの名作『時の娘』(ジョゼフィン・テイ)というわけ」
G「『時の娘』は傑作ですよね。オールタイムベスト級の古典というだけでなく、英国史にまったく興味の無いぼくら日本人にも楽しく読めますもんね。てなわけで、ともかくこのリチャード三世の真実は、あちらでは今も人気の高い“歴史上の謎”とされ、“リカーディアン”と呼ばれるリチャード擁護論者が熱心に活動しているんだそうです。日本でいえば“邪馬台国論争”みたいなものなんでしょうね」
B「だろうね。んで、この作品の背景にくだんの“リチャード三世論争”と“リカーディアン熱”があるわけね。じゃ、内容を紹介しよう」
G「はいはい。えっとこれは実はシリーズものなんですよね。主人公の名探偵は図書館司書のジャクリーン・カービー。博覧強記の大秀才で“世に出た推理小説は全て読む”と豪語する権高かつ傲慢、眼鏡&ひっつめ髪のいけ好かない女と見えて、実は眼鏡を外せばゴージャスな赤毛美女という……。そんな彼女が活躍する『カービー』シリーズの、これは第2作にあたる作品。今回、彼女は恋人未満の友人トマスに連れられて、夏休みを愉しむべくロンドンにやってきます。ところがこのトマスが熱烈なリカーディアンで。2人は英国貴族の広壮な館で開かれるリカーディアンの会合に出席することになりました」
B「集会は新たに発見された“リチャードの無実を証明する手紙”の発表が目的だったが、出席者はみなリチャード三世ゆかりの人物の扮装をするコスプレパーティというとんでもない趣向だった。なにしろリチャードゆかりの人物といえば、誰も彼も悲惨な死を遂げた者ばかり……案の定、事件は起こった。しかも立て続けに。出席していたリカーディアンたちが次々と眠らされ、その扮装の人物の死に様そのままの見立てを施されて放置されたのだ。反リカーディアンのタチの悪い悪戯か、それとも? 名探偵カービーの活躍が始まる!」
G「というわけで。広壮な貴族の館に奇矯な人々、見立てに連続傷害事件、そしてリチャード三世伝説……死体こそ転がりませんが、古典本格のガジェットがたっぷり盛り込まれ雰囲気はいいですね。謎解き部分についても、まあごく軽めながらフーダニットとしての形は整っており、見立ての意味/意義も含めてカービーの謎解きは合理的。むろん正面から本格として読んでしまうと食い足りないでしょうが、軽本格としてはアベレージといえるでしょう」
B「そうはいってもフーダニットの形が整っている以上“そのつもり”で読んでしまうのが本格者の性。してみるとやっぱり、見立てに秘めた犯人の奸計も名探偵の謎解きも、一読呆気にとられてしまうほど底が浅く他愛ないのよね。クオリティ的には軽本格以下ちゅうか“昔のジュブナイル”だな、これは。せめてもう少しミスディレクションに気を使ってもらえば、どうにかなったかもしれないんだが……まあ、しょせん作者にとっては本格なんて雰囲気以上のものではなかったんだろうね」
G「いや、基本はきちんと押さえていますし、バランスは悪くない気がしますが。懸案の“リチャード三世蘊蓄”もさほど本筋には関わってこないから、日本の読者にも普通に楽しめる軽本格に仕上がっていると思いますね」
B「しかし、軽本格として読むとさすがに古いというか。ヒロインのキャラ設定自体はなかなかユニークなのに、それがちっとも活かされていない。謎に歯応えがないからちいとも名探偵に見えないのはまあ仕方がないにせよ、もう少しキャラクタを活かすエピソードをこさえてほしかったな。ついでにいえば楽しみ所であるはずのロマンス要素はスマートさに欠けるし、ユーモアも気が抜けててリズムが悪い。サスペンスの盛り上げも半端。意外性なんぞ薬にしたくもない。失礼な言い方になるけど、ベストセラー作家がてきとーに流して書いたルーティンワークという感じなのよね」
G「うーん、大推薦するつもりはぼくもありませんが、期待しすぎなければそこそこ読めると思うけどな。裏返せば1974年という半端に古い時代の作品だけに、このへんって意外と読む機会が少ない……つまり読めるのは貴重なチャンスだと思うんですよね」
B「ふん。版元ではこれを機にこの作家の本をドンドコ出していく意向のようだけどね。どうもその半端な古さがハンデというか。マニアが喜ぶほど古色はついてないし、かといって現代の読者が普通に楽しむにはいささか古ぼけている。難しいところだと思うねえ」

 
●(溜め息)……上高地の切り裂きジャック

G「島田さんの新作と参りましょう……といっても、去年の暮れに出た本ですけどね。『上高地の切り裂きジャック』です」
B「はあ(溜め息)。やるのか、やっぱり。……これは、なあ。ま、表紙カバーの装丁が凝ってたな、と」
G「……それだけですか」
B「というわけにもいかんのだろうなあ。ま、いいや。えっと、この本はモノノミゴトに三号雑誌で終わった『季刊 島田荘司』の第1号(2000年)に“目玉として”掲載された“御手洗シリーズ”の中編『山手の幽霊』に、新たに書き下ろした、これも中編の“電話御手洗シリーズ”『上高地の切り裂きジャック』という2編を収録した中編集だな」
G「ご存じない方のために“注釈”します。“電話御手洗シリーズ”ってのは、御手洗さんは現在研究のため外国に行っちゃってるんで、事件が起こると石岡君が国際電話をかけたりファックスしたりメールしたりして連絡をとってるんです。で、大抵の場合、電話でもって謎解きをするという……もちろん“電話御手洗シリーズ”ってのはayaさんが云ってるだけで、公式の用語ではりません。てなわけで、まずは表題作から。上高地でロケをしていた女優が、腹部を切り裂かれ、内臓を抜き取られそこに石を詰め込まれた奇怪な死体となって発見されます。残された精子のDNAから犯人はすぐに特定されますが、彼は犯行を否定。弁護士事務所で働く里美(レギュラーキャラ)は、石岡(ワトソン役)を通じ御手洗に事件の解決を依頼します!」
B「んー。最近の御手洗ものとしては最低レベルの凡作だな!」
G「……いきなり来ますね。それでも業界アベレージは軽々超えてる気がしますが」
B「そんなもん、関係ないね。ともかく御手洗ものの短編ってのはさ、“複数の奇妙な現象”が“名探偵の極端に突拍子もない言動”という接着剤で張り合わされて、終局であっと驚く、“読者がこんりんざい想像もしてなかった”絵を描き出すところにあるわけでしょ」
G「まあ、そうですけどね」
B「だからこの“複数の奇妙な現象”や“名探偵の突拍子もない言動”から、読者自信が描いた絵が、作者のそれにちょっとでも近かったら……いや、“どんなものであれ絵が描けてしまった”らそのこと自体、もう作者の負けって感じなのよ。つまり、つねに絶対に読者の想像を遥かに超えたトンデモな、それでいてこれしかないッ! と思わせるような“絵”を描くのが、それが御手洗さんなのよ」
G「その点、今回のこれは安易だと?」
B「そーよ。安易安直な凡作よ。アリバイトリックや石詰めの謎の仕掛けはガッカリするくらい陳腐だし、何よりせこい。蝿から導かれる謎解きの道筋にも少しもサプライズってやつが無い。ついでに犯人の行動にも説得力がないしさ……なんなんだよ、これは。あっちはすげーけどココに一箇所大穴があるとかさ、そういうダメさならまだしも、全体が平均的につまらなくて、しかもなんとなく締まりが無いこの感じはナニ? ……こんなん島田作品ちゃうわい!」
G「ううん、そこまで酷いとは思わないけどなあ。繰り返しますけどアベレージじゃないですか? たしかに食い足りなさは多いにあるけど、トータルバランスはそれなりに取れていると思いますけどね」
B「こーんな低レベルでバランスとるのは、どこかの魚偏作家に任せておけばいいのッ」
G「あわわわわわわ。わかりましたわかりました、次に行きましょう。えー『山手の幽霊』ですね。こちらはまだ御手洗さんが馬車道にいる頃のお話ですね。……鉄道トンネルが下を通る山上に作られたその住宅。豊かな自然環境とは裏腹に、持ち主やその家族が次々と不幸に見舞われていました。最初の主人は急病で死に、2代目の家族は娘が難病を苦にして自殺しその母親も自殺。三代目の住人は医大生だったが、今度は完全に封鎖したあったはずの家の地下室から餓死死体が発見される。実はこの地下室はシェルターで、当然完全に密封されており、たった一つの出入口は硬く閉ざされたまま。死者は一体何処からやって来たのか……一方同じころ、ある列車の運転手がそのトンネル付近で、信じられないような怪事に遭遇します。トンネルが眩く発光し、運転席の窓には女性の死体が出現し、一瞬後には影も形もなく消失。あまりの奇怪さに運転士は寝込んでしまいます。2つの全く異なる事件をつなぐ糸は……?」
B「これよ、これなのよ。この、どう見たってナーンの関係もなさそうな、しかもそれぞれゼッタイにありえないとしか思えない数々の怪現象を、1つの奇想天外なストーリィの絵に描き上げるのが島田短編のシンズイなのよ……といってもまあ、この作品だって氏としては中の中、もしくは中の上といった所のデキだけどね」
G「えー? そうかなあ。御手洗さんの奇人ぶりも発揮されてるし、おっしゃってたように奇想も大炸裂してるし、これはけっこう評価してもいいんでは? 少なくとも、ぼくは再読にも化k割らずひじょうに楽しみましたよ」
B「そりゃまぁ、『上高地』と並べればそう思えるのも無理ないけどねえ。密室自体はアンフェア、それも“想像がつく範囲のアンフェア”なんだもんなあ。全体の構図も、ゴテゴテしたツギハギ細工って感じで、いまひとつスコーンと抜けていく爽快感がないし。……まあ、考えてみれば、そんなの久しく味わっちゃいないんだけどね……でもさ、まだまだ老け込む歳じゃないよね、だろ? ないと云ってくれ!」

 
●昼下がりの奥様劇場……嫌われ松子の一生

G「えっと、今回は一部で話題になっているらしき『嫌われ松子の一生』を取り上げましょう。山田宗樹さんの新作長篇ですね」
B「話題になってるって、いったいどのあたりで? なんか版元さんは『永遠の仔』とかと並べて宣伝しているみたいだけど……正直、なんで? って感じだな。たしかにどっちも広い意味で“ニンゲンってやつ”を描いている小説だと思うけど、全然違うじゃん」
G「まあまあ、たしかに肌合いはずいぶん違いますけどね。これはこれで素敵に面白い小説だったと思いますよ」
B「面白い。ただそれだけ、という感じはあるけどね〜」
G「……気にせず行きます。えーと、『嫌われ松子』はミステリではありませんが、山田宗樹さんという作家さんは98年に『直線の死角』で第18回横溝正史賞を受賞した方ですよね。その後あまりお名前を拝見する機会はなかったんですが、今回突如、この非ミステリ新作でもって大々的にプッシュ中という感じです」
B「私も『直線の死角』以降の活動についてはあまり知らないなあ。とりあえず『直線の死角』(GooBooあり)は、交通事故の賠償金交渉に絡む事件を巡って弁護士と交通事故鑑定士の活躍が描かれる……ちょっと社会派っぽいサスペンスだったね。ハッキリいって少々古臭い、平均点狙いのミステリという印象が強かったから、この『嫌われ松子の一生』にはデーハーな装幀ともどもちょっと驚いたなあ」
G「ですよね。というわけで内容ですが、この『嫌われ松子の一生』は“嫌われ松子”というあだ名を持つ1人の女性の波乱万丈の生涯を描いた、いわば“山田版女の一生”です」
B「タイトルそのまんまじゃん! まあこの波乱万丈というか、転落の生涯というか。『女の一生』なんていうとチト純文学っぽいけれどもそうじゃなくて、問答無用の中間小説。基本はバリバリのエンタテイメントだね。いやむしろ奥様劇場というか昼メロというか。……ともあれこの作品は松子の人生ストーリィの波乱自体が読みどころということになろうから、アラスジはあまり詳しく語らぬほうがいいだろうね」
G「了解です。えーっと。厳格な家庭に育ち女教師となったヒロイン、松子。鄙には稀な美貌を持ちながら、一途な性格が災いして事あるごとにトラブルに巻き込まれます。ついには修学旅行の途次、生徒の盗難事件を隠そうとして逆上しスキャンダルを引き起こし、あげく生徒にも裏切られ職を追われて故郷を出奔してしまいます。流れ流れて数年後、松子は文学青年と同棲し、あげくトルコ嬢(今で言うソープですね)から刑務所へ……男を信じては次々と裏切られ、どこまでも転落していく。そんなストーリィです」
B「そういう風に紹介すると、なんかまるきりメロドラマみたいだな。ただし小説自体の構成は、実はもう少し凝っているんだよね。すなわち松子自身が語る転落ストーリィと、その死後、彼女の甥にあたる青年が松子の生涯を遡って調べていくストーリィが、交互に語られて行く二部構成なんだ。いうなれば過去から現在へ、現在から過去へという2つの方向/流れから、松子の生涯が重層的にたどられていくという仕掛」
G「そこいらあたりがさすが横溝正史賞出身作家といいましょうか。……単なる“波乱に富んだ女一代記”というのではなく、“なぜ彼女は転落し、殺されねばならなかったか”という、ミステリ的なリーダビリティをそこに生みだしているんですね。実際、リーダビリティは非常に高く、ほとんど一気読みという感じです。それに前述のように転落ストーリィではあるけど、そんなにドロドロしない暗くもない。わりとカラッとした記述なんで楽しく読めますね」
B「その二部構成の仕掛けは、キミがいう通りミステリ的なリーダビリティの醸成という面ももちろんあるけど、それだけではないね」
G「ふむ」
B「松子の人生物語ってのは、ある意味非常に古臭い“古典的な女の転落人生”で、本来現代人にとっては感情移入しにくいものだと思うんだよ。けど作者は一方の視点人物に松子の甥という“典型的な現代の青年”を起用することによって、その甥を通じて私らも感情移入できるという仕掛けをこさえているんだね。まあ、逆に言えばそれがなかったら読めたもんじゃない陳腐なお話だとは思うけどさ」
G「う〜ん、松子の転落ストーリィってそんなに陳腐ですかね? すっごい波乱万丈じゃないですか」
B「せんじ詰めれば、コレって“男を信じては裏切られ”の繰り返しだけじゃん。どう見たって陳腐でしょ〜。昼メロや大衆小説の定番を繋ぎあわせたような、無茶苦茶ありきたりな転落ストーリィで、それ自体に新鮮味や驚きはまったく無いと思うね」
G「いや、ぼくなんてけっこうヒロインに感情移入しまくりだったんで、それこそ久しぶりにページをめくるのもモドカシイっ! ってノリで一気読みしちゃったんですが」
B「ふ〜〜〜〜ん。残念ながら私の場合は、作者がいくら仕掛けを凝らしてくれても、こういうヒロインには全く感情移入できないね。だいたいさぁ、波乱万丈転落の人生の割には、作者による松子の心理描写はびっくりするほど通り一遍なのよね。たとえば転落物語であれば当然キーポイントになるべき、松子が男に入れ込むきっかけや理由を示すエピソード、そして松子自身の心理描写にまったく説得力がないのよ。だから結局どーにもバカな女にしか見えないの。結果として“男に貢ぐ→騙される→転落する”という表面的なエピソードしかこっちには届かなくて、ただただ……バカだなあ、と。私の場合、このあたりの喰いたり無さが、もうひとつ物語への没入を阻害したって感じはあるかもね」
G「そうかなあ、松子というキャラクタはユニークだし、充分“立ってた”と思うんですけどね」
B「はん! 松子のキャラクタに関しては、むしろいかにも“男の考えた濃い女性キャラの典型”という感じだね。そもそも年代のことを考えても古臭く、通俗的で、しかも安直な造形だと思うし」
G「通俗であり定番であることは、しかしこの場合弱点ではないでしょう。作者はあくまで中間小説として、エンタテイメントとしてこれを書いているのでしょうからね。それにぼくとしては、その“裏切られても裏切られても”なバカな部分も含めて、けっこうシミジミ胸を打たれちゃいましたもん」
B「……キミ自体が古いんだな、要するに。まあいいけどさ。きみはこういう通俗的というか、定番な話にほんっとーに弱いよね! 私が面白かったのはさ、作者が一生懸命調べて書いたと思しき取材ベースの描写部分だな。松子が経験するトルコ嬢ライフや塀の中の女囚暮し、刑務所内美容室の仕事等々……一種の情報小説というか職業小説みたいな要素が結構あって。このあたりのエピソードは素敵に面白かったな。考えてみればこの作者さんって、処女作の時からそうだったような」
G「いやまあ、そういいきっちゃうのは語弊があると思いますけどね。たしかにそういう楽しみ方もできますね。まあ、いろんな楽しみ方ができる面白い小説、ということでよろしいんじゃないでしょうか」
B「ま、通俗だけどね」
G「だからいいんですってば!」

 
#2003年2月某日/某スタバにて
 
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