●三拍子……「神田川」見立て殺人
G「えー『「神田川」見立て殺人』は、快調なペースで次々と新刊を出してらっしゃる鯨さんの新シリーズ『間暮警部の事件簿』の、いわば第1巻にあたる短編集です」
B「新刊刊行ペースもすごいもんだけどさ、この作家さんの場合はそうやって出す本出す本1冊残らず極め付けの愚作ッ!
という点がもっとスゴい。なんたって本を出すなんてぇのは作者1人ではできないんだから、そんじょそこらの作家ではやりたくたってできゃしない。作家さんと版元の熱い思いが可能にした偉大な事業というべきだろうな」
G「いや……まあその、それがやりたい作家さんってのもいないと思うんですが。たしかに本格ミステリとしては、いろいろアラが目に付きますけど……とりあえずさらっと読ませて尾を引かない、そのどこまでも軽い読み心地は消暇ツールの1つとしてアリなのでは。いうなれば新本格世代のキオスク本といいますか」
B「たしかに読み終えた瞬間にきれいさっぱり内容を忘れる……というか忘れたいッ!
と心底思わせるトコロはあるな!」
G「……内容、行きますよ」
B「うう、アラスジは……それだけは勘弁してくれ。思いだしたくないッ」
G「……じゃ、とりあえず設定とか概要だけで勘弁したげます。えー、謎めいた殺人が発生するやいずこからともなく現れ、恐るべき美声で歌謡曲の懐メロを歌いまくりながら奇怪な推理で謎を解き“意外な犯人”を指摘する、警視庁きっての名探偵・間暮警部を主人公とする短編が9編収められていますね。設定を聞けばお分かりの通り、これは“懐メロ歌謡”をモチーフにしたユーモアタッチのバカミス。主人公の間暮警部は、ほとんど常軌を逸したいわば“狂気の人”で。その強引かつ無茶苦茶な推理は、遭遇するあらゆる事件を“歌謡曲の見立て殺人”にしてしまうという。当然、その推理はことごとく的を外しているんですが、結果オーライ的にマグレ当たりしているというナンセンスなオチが、1つのパターンとなっています」
B「なんでもかんでも不可能犯罪にしてしまう『名探偵Z』(芦辺拓)や、どんな事件でも密室にしてしまう黒星警部(折原一)を思わせるキャラ設定だけど、ゆーまでもなくこの2者と間暮モノとは根本的に違うのよね。名探偵の狂気に“世界”が追随し諸共に狂気がエスカレートしていく『Z』もの、マニアが極まった凡人探偵のトンデモ推理を事件の側がつねに一枚上手を行くことで、本格としてのどんでん返しを成立させる『黒星』もの。いずれにせよ主人公の狂気の暴走は本格としての確固としたアイディアや技術、そしてセンスによってきっちり支えられていたんだね。だからこそミステリ読みにとっても面白く、楽しく読めるわけで。……思いつきだけの屁のようなアイディアを、ワンパターンの狂気で薄めて伸ばしただけの間暮モノとは、そこんとこがコンポンテキに違う」
G「うーん、まあ本格としての骨格の弱さというのは、否定できませんけどねえ。しかし基本的には軽本格でしょうから……」
B「なんでもいいが、ともかくトリック自体は百パーセント例外なく無理無理かつ幼稚で陳腐で、なーんの面白みもない。かといって無理無理なのにバカミスのバカさに徹した面白さを演出する技術もセンスもないときた。読む側としてはごく単純に、脱力したくなるだけというんだから救いようが無いわね」
G「ううん、そのへんのこのユルさドシャメシャさも、珍味といえばいえないこともないかもしれないではないかなと」
B「はん! ロジックも無理矢理、設定も無理矢理、探偵も無理無理かつ不自然かつ魅力のカケラもなければ楽しさもない。一体全体そこまで無理をしていったいなにが言いたかったのかというと、ま、おそらくは“懐メロがらみの駄洒落”なんだろうね。つまりこれって、歌謡曲の懐メロにかかわる作者の駄洒落が読み所のシリーズなんだな。ところがこれもまたホンマにもう脳味噌が逆上がりしそうなセンス最悪の心底しょーもない駄洒落なんだもんな〜」
G「まあ、なんちゅうかそのどうしようもない寒いギャグをこれでもかと繰り返す、ある種シュールなギャグという見方もできるかな、と」
B「ほーお。キミ、それ本気でいってるの?」
G「……」
B「まー、いずれにせよ、センスがなくアイディアがなく技術がない。三拍子そろったないない尽くしの驚くべき1冊だね。出版点数が激減し斜陽の危機にあるという出版業界において、なぜにこのように上から見ても下から見ても取り柄の無い極め付けの愚作が出版され、店頭に並んでしまうのか。……これこそ斯界の七不思議。天下の奇観というべきだろうな!」
G「もうこの作家さんの作品を取り上げるのは、やめておきましょうかね……」
B「なぁにいってんの! ここで切り捨てたら本格読みの名が廃るってもんよ。作者にはホンマモンの傑作を書いてもらわにゃワリに合わないんだかんね、それまでは、んもー意地でもとことん地獄の底まで付いてくのッ!」
G「……エラいひとに捕まってしまった……」 |