●新本格第一世代の劣化コピー……蜜の森の凍える女神
G「賞モノとまいりましょう。関田涙さんの『蜜の森の凍える女神』は第28回のメフィスト賞受賞作品です。いうまでもなくメフィスト賞はノンジャンルのエンタテイメント新人賞ですが、今回のこの作品は久方ぶり……でもないけど、割りかたストレートな本格ミステリですね」
B「うーん。ここんとこメフィスト賞は本格系で受賞者が出るたびに、なんか小粒になってくような印象があるなあ。――受賞・落選の境界線がどのあたりにあるのか、とんと見当がつかない」
G「やはり選者の思い入れとか、“商品としての”アピールや将来性とか。本格としての単体の評価では、割り切れない部分もあるんじゃないでしょうか」
B「本格ミステリ以外の作品なら、選者の思い入れっつーもんが反映されるのもわかるんだけどねえ。……本格についてはできればも少し明確に、そして厳しく判定した方がいいと思うんだけどな。少なくともこーんな取り柄の無い、全てが平均的にちょっとずつダメダメな作品を出す必要性なんて、どこにもないような気がするんだが」
G「……毎回いってますけど、いきなりそーゆー身も蓋もない、でもって救いのカケラもないよーな言い方は、新人さんに対してはやめてください」
B「つってもなー、他に言い様がないもんなー」
G「んもう、アラスジに行きますから!
ええっと、主人公はスーパー美少女・女子高生にして名探偵のヴィッキー(通称/いうまでもなく日本人です)。語り手はそのヴィッキーの弟である小説家志望の中学生、“僕”」
B「名探偵のキャラが被ってるね。特に根津愛(愛川晶の代理探偵シリーズ)にはモロ被り。気持ちはわかるが、どうみたって安直なキャラ設定としかいいようがない。だからせっかくのデビュー作だというのに、この名探偵についての印象が極めて希薄なんだ。美少女な女子高生でやりたいならせめてミリユリ(石崎幸二のミリア&ユリシリーズ)くらいの味付けをするべきだよ(ま、ミリユリにもミリユリ自体が区別つかないという弱点があるわけだが)。好き嫌いは別として、あたしゃミリユリの方がはるかにほんまもんの女子高生っぽいと思うね。ついでにいえばヴィッキーというニックネームもどうかと思うなー。榊原郁恵を連想しちゃったぞ」
G「それは“ナッキー”ですッ。だいたい古すぎですよ〜。この作者さんの世代じゃ、そんなイニシエのテレビ番組、知るわけないです……ていうか、いちいち途中で突っ込まないで下さい!」
B「わはは。わーったわーった」
G「……というわけで、その日。“僕”はヴィッキーとその友人の3人で休日を楽しむべく、山奥の別荘にやってきたのでした。別荘は父親の友人の持ち物で、その日は3人の貸し切り状態。親抜きの楽しい休日を楽しむ予定だった3人ですが、突如天候が急変。季節外れの豪雪によって、3人は別荘に閉じ込められてしまいます。そんな彼らのもとを、雪で車が立ち往生してた大学生たちが助けを求め、3人は大学生たちに一夜の宿を提供します」
B「やがて互いの紹介も終わり、くつろぎ始めた大学生たち。ヴィッキーが名探偵であることを知ったグループの1人が、ひまつぶしに即興の“探偵ゲーム”を提案する。くじ引きで選ばれた犯人役がシナリオに従って殺人の真似事をし、その“現場”の手掛りからヴィッキーが犯人を推理するというゲームだ。ところがその翌朝、“探偵ゲーム”を提案した大学生が、密室状態の自室で死体となって発見される!」
G「やがてやってきた警察の捜査により、次々と奇怪な事実が明らかになります。施錠されていたはずが何時の間にか開錠されていたという、不可解な半密室状況の現場。五十年前に発生した探偵小説家惨殺事件との奇妙な暗合。そして表面上は和気藹々としていた大学生グループの捩れた人間関係……だがその捜査のさなか、再びメンバーの1人を死が襲う!」
B「と、いうわけで。(完全な“嵐の孤島状況”ではないが)雪の山荘、大学生グループ内での殺人、ミステリマニア薀蓄に読者への挑戦、そして作品全体に仕掛けられたあるトリックなどなど、その意匠は新本格派の定番的な設定をまんま踏まえている。特にどの新本格作家というより、その最大公約数をものすごーく不器用になぞっている感じだね」
G「たしかにそういう雰囲気はありますが……」
B「でもって、トリックもあり伏線もあり犯人限定の論理もあって、一応形としては整っているんだが、全てがせこいというかしょぼいというか古臭いんだよな。わたしらの語ったアラスジも冗漫だったけど“作品自体はもっと冗漫”で、登場人物も似たようなのがうじゃうじゃ出てきて誰が誰やら区別がつかない。……要するに新本格が登場したときに弱点とされ、叩かれたポイントを、まんま引き継いで改悪したみたいな感じ。早い話が“新本格第一世代の劣化コピー”だな、これは」
G「だけど、“探偵ゲーム”とリンクした実際の犯行というアイディアやアンフェアぎりぎりの“目撃者”の存在など、面白いアイディアはいっぱいあるでしょ。謎と手掛り、そして仕掛けの連携による全体の構図は、それなりに考えられていると思うんです」
B「たしかにそこは(しょぼいけど)作品の売りの1つなんだろうね。しかしその“売り”すら、作者はまともにプレゼンテーションできていないんだよな。まー、あの“妙な挑戦状”を見ると、本格としては気配もあるんだけどね」
G「うーん、あの挑戦状ねえ。ご紹介しますと、この作品にはラス前に名探偵役のヴィッキーによる“読者への挑戦”が用意されているんですね。んで、そこでヴィッキー/作者は読者に対して、“犯人は誰か?”ではなく、“犯人に対して名探偵が下した処置の是非”を問うんですね。しかも作者は、ヴィッキーの出したこの結論に共感できなければ、シリーズを読み続けてもらうことはないだろう、とまで作者はいいきってます」
B「そんな大げさに言うようなラストでもないんだけどね。だいたいさあ、“女子高生が法に代わって裁くことの是非”なんて、真剣に問われても困る。……ポーズだとは思うけど垢抜けないにもほどがあるって感じ。ついでにいえば、その挑戦状の中で(挑戦状の書き手であるヴィッキーが、弟である僕の書いた本編の出来について)さんざん悪口雑言を垂れたあげく、読者に同情して見せるんだけど、どういうつもりなんだろうね、これは。本格として、ミステリとして期待してほしくないということか?」
G「新人さんらしいテレみたいなものでは」
B「どうでもいいが、むちゃくちゃカッコ悪いぞ!
(作中人物の口を借りて)作者自身がそんなことを云ってる作品を、読みたいなんて思うわけがなかろう。シンキンカンを演出してるつもりなのかも知れないが、甘えるのもたいがいにしてほしいね」 |