●高値安定の職人技……第三の時効
G「この2月に出た本ですが、横山さんの『第三の時効』を取り上げましょうか。この方は、ここんとこどんどこ新刊を出してらっしゃるんですが、どの作品もことごとく安定してクオリティが高いですよね。迷った時は、とりあえずこの作家の本を1冊選んどけば、まずハズレはない。ってくらい安心のブランド」
B「裏返せば飛び抜けて衝撃的だったり、強烈に印象に残る作品ってのもあまりないんだけどね。この人が凄いのは、これだけ大量生産していてもクオリティがまったく落ちないという点にあるんだよな。つねに高値安定の状態を維持し続けているつうか。まあ、小説書きとしての地力があるってことなんだろうな。ネタやアイディアももちろん悪くないんだが、どんなネタでも、視点の置き方やキャラクタとプロットの組合せの処理、あるいは見せ方でもって確実に“読めるミステリ”に仕上げる。いい意味で職人肌という感じなんだ」
G「今回この作品を取り上げたのは、これが作者がおそらく初めて捜査畑の刑事を主役に据えたシリーズであり、なかでも特にミステリ濃度が高い作品集に思えたからです」
B「本格ミステリでは無論ないんだけど……本格ミステリ読みにとっても、興味深い技巧がいっぱい使われている、ということはいえるかも」
G「そういうことですね。じゃまずシリーズの背景を説明しておきましょう。主役となるのはF県警強行犯捜査第1課の刑事たち。殺人や強盗など凶悪犯罪の捜査を担当するのが、この強行犯捜査1課。ここは3つの班に分かれているんですが、それぞれ全くタイプの違うしかしきわめて優秀な班長に率いられ、互いに激しいライバル意識を燃やしている……これが基本設定です」
B「3人の班長は全くタイプが違うんだが、ミステリ的には3人とも明らかに“名探偵”なんだよね。1班の朽木は緻密な分析的推理で冷徹に犯人を追い詰めていくタイプ。2班の楠見班長は犯人を捕らえるためなら卑劣な罠も平然と使う謀略家タイプ。そして3班の村瀬は現場を一目みただけで直感的に犯人像を描ける天才型……共通点はどいつもこいつも上の命令を平然と無視することと、揃いも揃って絶対に上司に持ちたくないイヤなやつだってこと(笑)」
G「この3人の個性を個々のプロットに巧く活かすことで、個々の物語はみごとに変化がつけてられている。ミステリとしてのアイディアと主役のキャラクタ、そしてプロットが、まさに“これしかない”形で相互に連動し効果をあげているんですね。たとえばこんなイヤなやつが“ホントはいいヤツでした”なーんてありがちな人情噺なんぞには、この作者はけっしてしません。そうではなくて、イヤなヤツにはイヤなヤツである理由があって。しかもイヤなヤツであるからこそ、この事件を解決できたという具合に展開する。――まさにエンタテイメントとして小説としてのリアリティつうのは、こういうものだな、って感じです」
B「なんか前置きが長くなったなー。とっとと本編の紹介に行こう。まずは朽木率いる1班が主役の『沈黙のアリバイ』。物的証拠の上がらぬまま、自白を唯一の証拠とする強盗殺人犯の裁判が始まった。取り調べが難航しただけに、朽木らも裁判の展開に微かな不安を抱く。男たちが見守るなか、案の定、被告は突如無罪を主張し、隠していたアリバイを申し立てる」
G「巧いですよねえ〜。見せ方のテクニックと言いますか、前半〜中盤部のミスリードが実に効果的で。細々と伏線や証拠を配置しなくとも、この視点をポンとずらすことで事件の様相を一変させてしまう。鮮やかきわまるどんでん返しです。次は楠見率いる2班が主役の表題作、『第三の時効』。タクシー運転手を殺害し、その妻をレイプして逃亡した犯人の時効が迫り、刑事たちはある理由から被害者宅に網を張った。容疑者は逃亡中に海外へ渡航しており、そのぶん時効が伸びていたのだ。その“第二の時効”の存在を容疑者が知らなければ、“第1の時効”が切れたとききっと……」
B「ミステリ読みなら“第二の時効”くらいは知ってるだろうが、ここで楠見が持ちだす“第三の時効”のトリックにはたまげた。しかも、真のどんでん返しはさらにその先にあるわけで。いやもう、参りましたというか脱帽しましたというか」
G「これもまた実に巧妙なミスディレクションによって、強烈無比などんでん返しを成立させていますね。視点人物に、主役の楠見でなく同じ2班の刑事でもなく、あえて外部の1班の刑事を据えている点も巧い。楠見に反感を抱くこの人物の視点で語ることで楠見のキャラクタを浮き彫りにし、さらにこのウルトラC級のサプライズエンディングにリアリティを生み出しているんですね」
B「続いては、この個性的すぎる3つの班を統括する“上司”田畑課長を主役に配した異色篇。それぞれ捜査がクライマックスを迎えつつある3つの事件と、それを追う3つの捜査班。暴れ馬のような刑事たちの指揮に疲れた田畑課長は、記者の一言から不意に部下へのある疑念が兆す……この一冊の中では、まあ箸休めの人情譚ということになるんだろうが、とはいえ人情譚といってしまうにはなんとまぁステキに殺伐として、またハードなこと!
しかしこれは少々凝り過ぎの嫌いがあって、ミステリ的な仕掛けがごちゃごちゃして落ち着かない。もう少しボリュームが欲しかったところだな」
G「続く『密室の抜け穴』はなんと密室ものです。3班の村瀬班長が主役なんですが……その班長が脳梗塞で倒れてしまうという緊急事態のさなか、班長を代行していた東出は、他課の応援まで頼んで包囲していたマンションから容疑者を取り逃がすという失態を演じてしまう。厳重な監視の目を盗み、容疑者はどうやってマンションを脱出したのか?
原因を追及すべく招集された幹部捜査会議には村瀬班長の姿がありました。いわゆる視線の密室モノなんですが、計算しつくされたミスディレクション一発で、この消失劇を成立させる作者のワザは言わずもがな。さらにその先に用意された企みの巧緻なことといったら!」
B「タイトルが鮮やかだよねえ。よおく考えると無理無理なトリックなんだけど、読んでいる間はまったく不自然と思わせない。……まったくねぇ。本格ミステリもトリック創出能力よりも小説技術の方が大事なんじゃないか、ってシミジミ思ってしまうね。次の『ペルソナの微笑』は再び朽木率いる1班の話。隣県で発生したホームレスの毒殺事件に色めき立つF県警。実ははかつて同じ青酸カリによる殺人事件を、迷宮入りさせた苦い記憶がF県警にはあったのだ。まさかと思いつつ“協力”に行った朽木と部下は、奇妙に似通った事件の様相に不審を抱く。またしても犯人は子供を道具に使ったのか?
1班のお笑い担当刑事・矢代が語り手なんだけど、この語り手の過去がキーポイント。ミスディレクションを駆使してどんでん返しを決める手法は同じだけど、今回は若干ミステリ度が低く、人間ドラマの味が勝っているのが不満だね」
G「ラストは『モノクロームの反転』。一家3人殺害という重大事件が発生し、1班と3班が共同で担当することになる。優秀な2つの班が協力しすればいちだんと大きな力を発揮する、という上司の期待とは裏腹に、現場でも激しく先陣争いを繰り返す両班。激しい競争の末、それぞれ大きな手掛かりを発見するが、協力しようという気配はカケラもない……。刑事たちのプロ根性が生々しく迫ってくる、これも人間ドラマ路線でしょうかね」
B「手慣れた感じのミスディレクションに加え、珍しく物理トリックなんかも仕込んでるが、逆にどうも板につかない感じ。やっぱこのシリーズはミステリに徹している方が断然面白いね。なまじ人間ドラマなんてやらない方が……つまりミステリに徹している方が、キャラクタも立ち上がってくる感じがするんだよね」
G「んー。とはいっても、それって非常に高いレベルでのいちゃもんですよね。けっして駄作でも失敗作でもない、素晴らしい作品であるのは間違いないんですもん。やっぱアベレージが高い作家さんって、大変だよなあ」 |