battle98(2003年4月第4週)
 
[取り上げた本]
01 密室ロジック 氷川透             講談社
02 赫い月照  A SUMA CASE 谺 健二             講談社
03 第三の時効 横山秀夫            集英社
04 桜宵 北森 鴻            講談社
05 新本格猛虎会の冒険 有栖川有栖他          東京創元社
06 小説スパイラル〜推理の絆〜3
   エリアス・ザウエルの人喰いピアノ
城平京             エニックス
 
07 ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎
    Roger Sheringham and the Vane Mystery
    1927
アントニイ・バークリー     晶文社
Anthony Berkeley
 
08 雷鳴の夜
    The Haunted Monastery 1961
ロバート・ファン・ヒューリック 早川書房
Robert van Gulik
09 塩沢地の霧
    Mist on the Saltings 1933
ヘンリー・ウェイド       国書刊行会
Henry Wade
10 猫田一金五郎の冒険 とり・みき           講談社

 
Goo=BLACK Boo=RED
 
●論理が生み論理が消す密室……密室ロジック
 
G「4月ですね。まずは氷川さんの新作と参りましょう。『密室ロジック』は、氷川さんにとって通算6作目の本。作者と同名の名探偵・氷川透が名探偵役を勤める氷川シリーズの最新作です」
B「このシリーズはクイーンタイプの謎解きロジックを重視したパズラーという、こんにちの本格ブーム(なのか?)のなかにあってもきわめて希有なシリーズであるわけだけれども、近作では特に、作品ごとに本格ミステリに関わる各種の議論を作中に盛り込んでいるのが特徴の一つとなっている。今回はボリュームがいわゆる“密室本”クラスなので、あからさまな形では行われていないけれども、やはりそこはかとなく本格に関わるある問題提議が行われている気がする。ま、いっちゃえばいわゆる“クイーン後期的問題”、“ゲーデル問題”つうやつね。シリーズ前作に引き続き、こいつにこだわっているご様子だ」
G「そういいきっちゃうのもどうかと思いますけど……まあ、いいや。まずは内容をご紹介いたしましょう。タイトルにある通り、今回のミステリ的お題は“密室”です。さて……前回の飲み会がえらく楽しいものだったということで、再度の開催が決まった大手パソコンメーカーとソフト開発会社のスタッフによる合コン。出席予定者にはむろんそれぞれの思惑や狙いがありますが、まずはみんなそろって楽しみにしていた、その当日のことです。まずはいったんソフト会社のオフィスに集合した出席者たちでしたが、ソフト会社開発部で業務上のトラブルが発生し、開催時刻は遅らされることに。仕方なく彼らは、くだんの会社の会議室周辺で時間を潰すことになりました」
B「不案内なオフィスをうろうろする人々。そうこうするうちに、その会議室で合コンメンバの1人が他殺体となって発見される。しかも人々の証言を総合し整理していくと、その犯行時間帯、現場に通じる通路は全て誰かしらの監視下にあったということが判明する。つまりそこは鍵は開いていたにも関わらず、人々の視線によって厳重に通路を塞がれた“視線の密室”だったのだ!」
G「というわけで。視線の密室自体はいまさら珍しくもないシチュエーションですが、ここで登場するそれはきわめて複雑なものですよね。複数の人間による二重三重の条件設定を重ね合わせることによって、初めて生まれてくる。いうなれば“論理的に突き詰めていくことで生成される密室”というか……まさにロジック派の氷川さんならではの密室って感じです。もちろんその密室を開くのも名探偵氷川の謎解きロジックであるわけで。いわば“論理によって閉ざされた密室を論理によって開く”という、徹底して形而上的な密室となっている。これがとても興味深かったです」
B「“問題として”の境界条件を明確にするため、舞台設定にあれこれ回りくどい、考えようによっちゃ不自然でさえある仕掛けを行なう。それはこの作家さんの作品では毎度のことだけど、今回はその“視線の密室”というテーマ上、登場人物の動きやら心理の流れやらが仕掛け/設定の主題となってくるわけで。例によって例のごとき凝りすぎた・こなれない・回りくどい言い回しとも相まって、正直、前半はかなり読み難いわよねえ」
G「でも、その条件設定さえ飲み込んでしまえば、謎解きロジックのポイントはきわめて明快で、ロジックの段取りもまたきれいに整理されていますよね。小ネタっぽいトリックの配置も、今回はきわめて効果的だったと思います」
B「ただし、いうまでもないことだけど、ここで提出される名探偵の推理は、きわめて念入りな仮説検証を経ていると見せて、実はあくまで“可能性の高い選択肢/解釈の1つ”でしかない。真実であるかどうかは、いかなる形でも作者は保証していないんだよね。――いうまでもなくこれは意図的なものだ」
G「そ、そうですかね。ぼくはけっこう説得されちゃいましたけど……」
B「そーゆー“少数の幸福者”は、それでいいけどさ。厳密に検討すれば名探偵の推理には穴がある。いや、条件設定自体にも無理というか見落としというか、があるしね。でも、私自身はそれはおそらく作者の意図的なものだと思うわけよ」
G「ふむ」
B「たとえば、これまでのシリーズではたいてい何らかの形で事件の渦中に身を置いていた氷川が、今回は友人からの伝聞という形で一方的に情報を提供される安楽椅子探偵の立場に甘んじている。つまりここですでに名探偵は、その友人というフィルタのかかった情報による“閉ざされた系”の中で推理することを強いられているわけだ。しかもこの密室の謎自体が“論理によって生成された密室”という、これまたある種ゲーデル問題的な密室であるわけで……つまりこの作品の中で、名探偵は二重三重にゲーデル問題的な矛盾に直面させられているんだな。作中のセリフから察するに、名探偵自身もまたそのことに自覚的であるわけだしね」
G「なるほど。いわれてみれば氷川の導き出した解答も、いかにも本格ミステリ的な興趣に富んだ面白みのあるものでしたけど、だからといってその答でもって犯人を告発しまくったりするわけではありませんものね。――厳密に論理的である(ように見える)ことを重んじるこの作者さんが、あえてそういった設定を選んだのは、ある意味机上の空論としての、仮説検証のお遊びとしての謎解きロジックを訴求したかった、と」
B「まーね。もっとも、だから作品として上等なものになっただなんて、わたしゃまーったく思わないけどね。いずれにせよミステリ作家がゲーデル問題にかかわりあったら、基本的にロクなことにはならない。実際、この作品だってさ、長くなっても条件設定やロジカルな詰めをもっとギチギチにやった方が、ミステリとしてはずーっと面白いものになったと思うね。今のままではどうしても、中途半端な未消化感ばかりが強く残っちゃうんだよね」
G「ううん。むしろ短くスッキリまとまって、氷川さんのものとしては人に勧めやすい作品かな、と思ったんですが。とりあえず一緒に考え、推理する楽しさは、たっぷり味わえますよね。問題がシンプルなだけに、考えやすいというのもあるし」
B「ま、たしかにね。良くも悪くも氷川さんらしい作品ではあると思うよ。“論理によって生成され論理によって消滅する密室”なんて妙なことを思いつくのは、たぶんこの人くらいだろうし。しかし、そのコンセプトやコンセプトの面白さがじゅうぶん伝えきれてないあたり、眼高手低の弊を逃れていない気はするけどね」
G「まぁたそーゆーえらそーなことをいう〜」
 
●大いなる破綻……赫い月照
 
G「谺さんの新作長篇が出ましたね。『赫い月照(あかいげっしょう) A SUMA CASE』は、ごぞんじ振子占い師・雪御所圭子を名探偵役とするシリーズの最新作。おそらくはこのシリーズの掉尾を飾る作品であり、作者にとっても渾身の力作ともいうべき仕上がりなんですが……寡作な作家さんだからなあ、“名探偵・雪御所圭子シリーズ”といってもファン以外はイメージが浮かばないかもしれませんね」
B「そうかもね。んじゃ、一応簡単に作者さんのプロフィールを。ええと、この谺健二さんという方は、1997年、神戸震災に材を採った奇想炸裂の本格ミステリ長篇『未明の悪夢』でもって第8回鮎川哲也賞を受賞&デビューされた方。この作品で登場した振子占い師・雪御所圭子を主役に、『殉霊』『恋霊館事件』といった作品を発表してらっしゃる。ずっとこだわってらっしゃる神戸震災の問題をはじめ、時事的な事件・問題を背景に置いた社会派的な作品が多いんだけども、同時にそのほとんどが奇想あふれる謎と大胆なトリックを配したゴリゴリの本格でもある、というのが大きな特徴だわね」
G「社会派風味の重厚な読み心地と、奇想あふれる本格の融合――この作風は、ちょっと島田荘司さんの吉敷モノの一部の作品に似た味わいがありますね。今回の新作は、そうした作者の方向性の総決算という趣もあって。社会派ネタも、奇想も、トリックも、仕掛けも、これでもかッというくらいぎっちり詰め込まれ、ボリューム満点の仕上がりとなっています。また、雪御所圭子シリーズ最終作としてもちょっとびっくりするような……“そこまでやるか!”的な幕の引き方がされており、シリーズのファンにとっても見逃せない作品となっています」
B「たしかに“そこまでやるか!”だよねぇ。こんなシリーズの終わり方、見たことない。もっともこの作家さんは寡作でらっしゃるから、雪御所圭子がシリーズ探偵として読者に定着しているかどうかは、微妙なところだよねえ」
G「そうれはそうかも……ともあれ内容をご紹介いたしましょう。ええっと、ちょっと前置きさせていただきますと、シリーズ探偵の雪御所圭子は名探偵としても度外れてエキセントリックなキャラクタで。これまでの作品でも彼女が何やら重〜い過去を背負ってるらしきことが匂わされていましたが、ついにこの新作でそれが明らかになります」
B「序章がいきなり彼女の過去――母親と義理の兄と共に暮らしていた中学生時代の圭子の物語で。母親が不在だったある晩、彼女は様子がおかしい義兄の後を追って夜の森に迷い込んだ。彼女はそこで、義兄が少女の死体の首を切り取り、さらに信じられない方法でその首を消滅させるのを目撃する。義兄はやがて逮捕されるが、少女殺害の動機については黙して語らない。彼は黙秘したまま少年院に収容され、圭子の家庭は無惨に崩壊する。……とまあ、この少女時代の経験から生まれた“義兄の殺人の動機を知りたい”という強烈な思いが、圭子を名探偵に育て、彼女をして殺人事件の謎解きに駆り立てていたというわけだ」
G「いうなればシリーズ探偵があの“酒鬼薔薇事件”の原形的な事件の関係者だったということで。それだけでも衝撃的なんですが、それとは別に、その過去の事件自体にも強烈な不可能現象がたっぷり盛り込まれていますよね。圭子の眼前で義兄の手の中の生首が消失し、古い石像の内部から発見されたり、ミイラ化した死体が起き上がったり。……むろん焦点となるのは“少年はなぜ首を切ったのか?”という謎で。これは続く章において、あの“酒鬼薔薇事件”や本筋の連続殺人の物語と重ね合わされる形で、繰り返し提示されていきます。ちなみにこの謎は、本格ミステリ的な謎であると同時に、“酒鬼薔薇事件”などの現実のシリアルキラーの動機探しにもつながっていきます。社会派と本格ミステリの融合というテーマに、作者は真正面から挑んでいるわけですね」
B「つーわけで本編。神戸震災で受けたショックがもとで心を病み、パニック障碍の発作に苦しめられる男・摩山。なかなか現実に適応できない彼は、続いて発生した“酒鬼薔薇事件”にも強い衝撃を受ける。やがて頻発する発作のために仕事を失い、内縁の妻にも見捨てられかけてしまう。ついに彼は“酒鬼薔薇事件”への自分の異様な執着を自覚し、自分なりにこの事件を理解し精算するため、一編の推理小説を書き始める。“超越推理小説 赫い月照”と名づけられたその作品は、殺人への衝動に取り憑かれた少年・血飛沫零を描いた血と暴力に満ちた作品だった」
G「その頃、神戸のとあるベッドタウンにおいて異様な猟奇殺人が発生します。完全な密室状態のレンタルビデオ店で、右手を切断された店員の惨死体が発見されたのです。死体はホラービデオのパッケージで作ったサークルに囲まれ、さらに死体そのものも奇妙な形に折りたたまれていました。邪教の儀式か、犯人のメッセージなのか? 捜査に行き詰った鯉口刑事は、素人探偵の雪御所圭子に救いを求めます。他方、“赫い月照”を書き進めながら心理カウンセラーで治療を受けていた摩山は、レンタルビデオ店殺人の報道を見て戦慄します。書かれていた事件のディティールが、“赫い月照”の内容通りだったのです。もしや自分は、意識のないまま殺人を犯し、それを小説にしていたのか。それともフィクションの世界から血飛沫零が出現したのか。怯え、混乱する摩山。そんな彼を嘲笑うかのように、彼の前に次々と“赫い月照”の続編原稿が出現し、さらにそこに描かれた通りの陰惨な殺人が行われます。そして、ついに、惑乱しきった摩山の前に自作の作中人物であるはずの“血飛沫零”が出現します!」
B「というわけで、アラスジではずいぶん単純化してしまったけど、“酒鬼薔薇事件”を始めとするシリアルキラーの分析も延々と繰り広げられるなど、本筋以外にも脇筋がしこたま。その構成はきわめて複雑で、物語自体もたいへんヘヴィだ。しかもそれぞれの事件では密室に見立て、暗号、消失、予言などなど、飛び切りの不可能犯罪系ガジェットがてんこ盛りで、二重三重四重の複雑怪奇な仕掛けが縦横に張り巡らされている」
G「実際、ここに盛り込まれたトリック、ガジェット、仕掛けの総量は、ちょっと例がないくらい途方もないボリュームに達しています。一歩間違えれば、『ミステリ・オペラ』みたいに未消化のままで終わりかねないほどのゴージャスさなんですが、作者はそれをとてつもない力技でもって、とにもかくにも辻褄を合わせきってしまう。作中で提示される“酒鬼薔薇事件”の解釈やそれと連動する犯行動機の異様さもびっくりしましたし、作中作の“赫い月照”の強烈さもあって……読んでるとだんだんこっちまでおかしくなっちゃいそうですよね」
B「まあ、それはいくらなんでも大げさというもので。やっぱりあれは、全体として詰め込みすぎ・ひねりすぎだという感じだな。構成はどう見たって破綻してるし、夥しいトリックやガジェットもやっぱり消化しきれてはいない。ぶちまけられた異様な絵柄のそれも異様な数のピースが、ラストに至っても“一枚の大きな絵”を描き出すに至らない感じで……。ピースがきちんと嵌まらなかったり、嵌めたはいいがスキマが空いてたりで、どうにもゴテゴテした不格好さの方が目に付くんだ。たしかに作者は非常な剛腕を揮ってはいるんだが、残念ながら、みずからの構想のあまりの大きさ複雑さに、手が追いついていない」
G「ううん、しかしあれだけのボリュームをとにもかくにもここまでまとめ上げただけで、凄いことだと思いますよ。ディティール部分は別にしても、巧緻を究めた真犯人の異様な犯行計画や、それと連動する形で作動する作品全体に仕掛けられたトリックの妙など、本格としての骨格というかプロット部分は実に大胆かつ巧妙に計算されている。その仕掛けが次々と炸裂する終盤は、まさにどんでん返しの饗宴という感じで、ぼくなんぞ圧倒されっぱなしでした」
B「しかしなぁ、細部を見ていくとやっぱり穴だらけだし、個々の不可能犯罪のトリックも幼稚な奇術趣味がベースの他愛ないものばかりで、実際には興醒めしちゃうことの方が多いんだよね。警察と名探偵の関係だって不自然すぎるし……。このあたりの大雑把さ幼稚さが、大胆なプロットにおける仕掛けのリアリティを、大きく損なっていることは否定できないだろうな」
G「ううん。ぎりぎり許容範囲だと、ぼくは思いますが……」
B「個々のキャラクタの心理や動きについても同じだよ。アクロバティックなプロットを支えるだけの心理的なリアリティが、犯人を含め関係者たちの心理描写からはどうしてもうかがえない。結局、凄いには凄いが、不自然で不格好きわまる砂上の楼閣という印象ばかりが残っちゃうんだ。いくら本格ミステリだって心理的にこれだけ不自然だと、さすがにまずいだろう。謎解きだってこれだけ途方もないスケール&ボリュームの謎の集合体に対して、一から十まで三段跳び論法の連続で解かれるんじゃ、どんな読者だってついていけないと思うし」
G「まあ、たしかに読者が実際に“解く”のは無理だと思いますけど、これもまたギリギリ許容範囲では?……少なくとも『ミステリオペラ』よりは、はっきりと本格しているし、魅力的なガジェットがぎっしり詰まった力作であることは否定できないでしょう」
B「まぁねぇ。ただし、派手に破綻していることも、同じく否定できないと思うけどね」
G「見解の相違ですね。あと、ぼく的には、過去のいろんな作品からの引用がいっぱい仕込まれているのも楽しかったですよ。島田作品でいえば『涙、流れるままに』や『眩暈』が連想されましたし、圭子と義兄の関係はまんま『羊たちの沈黙』」
B「作中作の“赫い月照”もそうだな。血飛沫零などのネーミングセンスは西尾さんっぽいし、異様にデフォルメされた暴力描写は舞城さんの影響も感じられる。まさに総集編つうか、作者としては“本格ミステリの全体小説”を描こうとしたみたいなイキオイさえ感じさせるね。……まあ、残念ながら破綻した失敗作ではあるけど」
G「シツコイなー。それになんですか、“本格ミステリの全体小説”って。まぁ失敗したにせよです、この作品が2003年の本格ミステリを語る上でけっして欠かせない、たいへんな力作であり大作であり問題作であることはたぶん間違いないと思います」
B「ううむ、そうだなあ。そういわざるをえないかなあ。まあ、滅多に読めない異様な本格である、ということはいえるか」
G「いずれにせよ、こんな作品を書いてしまった谺さんが、今後いったい何処へ向かうのか。――この点はおおいに気になりますよね!」
 
●高値安定の職人技……第三の時効

G「この2月に出た本ですが、横山さんの『第三の時効』を取り上げましょうか。この方は、ここんとこどんどこ新刊を出してらっしゃるんですが、どの作品もことごとく安定してクオリティが高いですよね。迷った時は、とりあえずこの作家の本を1冊選んどけば、まずハズレはない。ってくらい安心のブランド」
B「裏返せば飛び抜けて衝撃的だったり、強烈に印象に残る作品ってのもあまりないんだけどね。この人が凄いのは、これだけ大量生産していてもクオリティがまったく落ちないという点にあるんだよな。つねに高値安定の状態を維持し続けているつうか。まあ、小説書きとしての地力があるってことなんだろうな。ネタやアイディアももちろん悪くないんだが、どんなネタでも、視点の置き方やキャラクタとプロットの組合せの処理、あるいは見せ方でもって確実に“読めるミステリ”に仕上げる。いい意味で職人肌という感じなんだ」
G「今回この作品を取り上げたのは、これが作者がおそらく初めて捜査畑の刑事を主役に据えたシリーズであり、なかでも特にミステリ濃度が高い作品集に思えたからです」
B「本格ミステリでは無論ないんだけど……本格ミステリ読みにとっても、興味深い技巧がいっぱい使われている、ということはいえるかも」
G「そういうことですね。じゃまずシリーズの背景を説明しておきましょう。主役となるのはF県警強行犯捜査第1課の刑事たち。殺人や強盗など凶悪犯罪の捜査を担当するのが、この強行犯捜査1課。ここは3つの班に分かれているんですが、それぞれ全くタイプの違うしかしきわめて優秀な班長に率いられ、互いに激しいライバル意識を燃やしている……これが基本設定です」
B「3人の班長は全くタイプが違うんだが、ミステリ的には3人とも明らかに“名探偵”なんだよね。1班の朽木は緻密な分析的推理で冷徹に犯人を追い詰めていくタイプ。2班の楠見班長は犯人を捕らえるためなら卑劣な罠も平然と使う謀略家タイプ。そして3班の村瀬は現場を一目みただけで直感的に犯人像を描ける天才型……共通点はどいつもこいつも上の命令を平然と無視することと、揃いも揃って絶対に上司に持ちたくないイヤなやつだってこと(笑)」
G「この3人の個性を個々のプロットに巧く活かすことで、個々の物語はみごとに変化がつけてられている。ミステリとしてのアイディアと主役のキャラクタ、そしてプロットが、まさに“これしかない”形で相互に連動し効果をあげているんですね。たとえばこんなイヤなやつが“ホントはいいヤツでした”なーんてありがちな人情噺なんぞには、この作者はけっしてしません。そうではなくて、イヤなヤツにはイヤなヤツである理由があって。しかもイヤなヤツであるからこそ、この事件を解決できたという具合に展開する。――まさにエンタテイメントとして小説としてのリアリティつうのは、こういうものだな、って感じです」
B「なんか前置きが長くなったなー。とっとと本編の紹介に行こう。まずは朽木率いる1班が主役の『沈黙のアリバイ』。物的証拠の上がらぬまま、自白を唯一の証拠とする強盗殺人犯の裁判が始まった。取り調べが難航しただけに、朽木らも裁判の展開に微かな不安を抱く。男たちが見守るなか、案の定、被告は突如無罪を主張し、隠していたアリバイを申し立てる」
G「巧いですよねえ〜。見せ方のテクニックと言いますか、前半〜中盤部のミスリードが実に効果的で。細々と伏線や証拠を配置しなくとも、この視点をポンとずらすことで事件の様相を一変させてしまう。鮮やかきわまるどんでん返しです。次は楠見率いる2班が主役の表題作、『第三の時効』。タクシー運転手を殺害し、その妻をレイプして逃亡した犯人の時効が迫り、刑事たちはある理由から被害者宅に網を張った。容疑者は逃亡中に海外へ渡航しており、そのぶん時効が伸びていたのだ。その“第二の時効”の存在を容疑者が知らなければ、“第1の時効”が切れたとききっと……」
B「ミステリ読みなら“第二の時効”くらいは知ってるだろうが、ここで楠見が持ちだす“第三の時効”のトリックにはたまげた。しかも、真のどんでん返しはさらにその先にあるわけで。いやもう、参りましたというか脱帽しましたというか」
G「これもまた実に巧妙なミスディレクションによって、強烈無比などんでん返しを成立させていますね。視点人物に、主役の楠見でなく同じ2班の刑事でもなく、あえて外部の1班の刑事を据えている点も巧い。楠見に反感を抱くこの人物の視点で語ることで楠見のキャラクタを浮き彫りにし、さらにこのウルトラC級のサプライズエンディングにリアリティを生み出しているんですね」
B「続いては、この個性的すぎる3つの班を統括する“上司”田畑課長を主役に配した異色篇。それぞれ捜査がクライマックスを迎えつつある3つの事件と、それを追う3つの捜査班。暴れ馬のような刑事たちの指揮に疲れた田畑課長は、記者の一言から不意に部下へのある疑念が兆す……この一冊の中では、まあ箸休めの人情譚ということになるんだろうが、とはいえ人情譚といってしまうにはなんとまぁステキに殺伐として、またハードなこと! しかしこれは少々凝り過ぎの嫌いがあって、ミステリ的な仕掛けがごちゃごちゃして落ち着かない。もう少しボリュームが欲しかったところだな」
G「続く『密室の抜け穴』はなんと密室ものです。3班の村瀬班長が主役なんですが……その班長が脳梗塞で倒れてしまうという緊急事態のさなか、班長を代行していた東出は、他課の応援まで頼んで包囲していたマンションから容疑者を取り逃がすという失態を演じてしまう。厳重な監視の目を盗み、容疑者はどうやってマンションを脱出したのか? 原因を追及すべく招集された幹部捜査会議には村瀬班長の姿がありました。いわゆる視線の密室モノなんですが、計算しつくされたミスディレクション一発で、この消失劇を成立させる作者のワザは言わずもがな。さらにその先に用意された企みの巧緻なことといったら!」
B「タイトルが鮮やかだよねえ。よおく考えると無理無理なトリックなんだけど、読んでいる間はまったく不自然と思わせない。……まったくねぇ。本格ミステリもトリック創出能力よりも小説技術の方が大事なんじゃないか、ってシミジミ思ってしまうね。次の『ペルソナの微笑』は再び朽木率いる1班の話。隣県で発生したホームレスの毒殺事件に色めき立つF県警。実ははかつて同じ青酸カリによる殺人事件を、迷宮入りさせた苦い記憶がF県警にはあったのだ。まさかと思いつつ“協力”に行った朽木と部下は、奇妙に似通った事件の様相に不審を抱く。またしても犯人は子供を道具に使ったのか? 1班のお笑い担当刑事・矢代が語り手なんだけど、この語り手の過去がキーポイント。ミスディレクションを駆使してどんでん返しを決める手法は同じだけど、今回は若干ミステリ度が低く、人間ドラマの味が勝っているのが不満だね」
G「ラストは『モノクロームの反転』。一家3人殺害という重大事件が発生し、1班と3班が共同で担当することになる。優秀な2つの班が協力しすればいちだんと大きな力を発揮する、という上司の期待とは裏腹に、現場でも激しく先陣争いを繰り返す両班。激しい競争の末、それぞれ大きな手掛かりを発見するが、協力しようという気配はカケラもない……。刑事たちのプロ根性が生々しく迫ってくる、これも人間ドラマ路線でしょうかね」
B「手慣れた感じのミスディレクションに加え、珍しく物理トリックなんかも仕込んでるが、逆にどうも板につかない感じ。やっぱこのシリーズはミステリに徹している方が断然面白いね。なまじ人間ドラマなんてやらない方が……つまりミステリに徹している方が、キャラクタも立ち上がってくる感じがするんだよね」
G「んー。とはいっても、それって非常に高いレベルでのいちゃもんですよね。けっして駄作でも失敗作でもない、素晴らしい作品であるのは間違いないんですもん。やっぱアベレージが高い作家さんって、大変だよなあ」

 
●ミステリのことはミステリで……桜宵

G「北森さんの新作は、『花の下にて春死なむ』に続く“香菜里屋”シリーズ第2弾、『桜宵』です」
B「10人も客が座れば満席になるような、そんな小さなカウンターに小卓が2つ。路地裏に目立たぬ看板をあげたその小さなバーでは、選り抜きの酒に工夫を凝らした料理、そして鋭い推理力をもつバーテンがあなたを待っている。集まる客たちのお目当ては彼が創る絶品の料理と、なぜかしばしば店に持ち込まれる不思議な謎だ……というのが、まあこのシリーズの基本設定。それ自体はとくだん新しくも珍しくもない、どちらかといえば本格ミステリ短編のシリーズにありがちな設定なんだけどね」
G「そこはそれ、なんたって“美味いもの”を描かせたらミステリ界随一、短編の名手でもある北森さんが描くのですから、“美味しい”シリーズにならないわけがない。作者の数多いシリーズ作品の中でも、これは屈指の人気を誇っていますよね」
B「実際、前作の『花の下にて春死なむ』は、ミステリ要素とよく練られたプロット、そしてその“美味しそうなもの”を始めとする描写の巧さが絶妙にブレンドされ、きわめて質の高い仕上がりだったわけだけれども……シリーズ2作目ともなると、そう感心してばかりもいられない。いささか気になる点も出てきた感じだ」
G「そ、そうかなあ。相変わらず、嬉しく楽しく読めちゃうシリーズだと思うけどなあ」
B「ま、ともかく内容を紹介していこう。まずは『十五周年』。タクシー運転手のもとに故郷から届いた1通の招待状。それはかつての同級生とその母親が営む居酒屋が15周年を迎えた記念だった。しかし、彼が訪れてみると、その15周年パーティはなぜか顔なじみも少なく、妙に居心地が悪い。釈然としないまま東京に戻った彼。数週間後、くだんの同級生から母親の危篤を告げる電話が入る。慌てて面会に訪れた男に、女は一つの願いを託す……」
G「一見、日常の謎風に始まる物語にも、実は二重三重の仕掛けが張り巡らされています。どんでん返しとサプライズの果てに現れる真相の、したたかでしかも哀切なこと。北森さんらしさがひじょうによく出た1篇ですね」
B「私にはしかし、凝りすぎ捻りすぎてどうにも無理矢理なお話にしか思えない。仕掛け自体が登場人物のキャラクタにもお話のノリにもそぐわない感じで、何から何まで人工的というか。なまじ描写力に優れている分、お話の作り物っぽさがいちだんと鼻についてしまうんだな。……そのことはこの作品集に収められた作品の多くに共通しているわけで。たとえば次の『桜宵』(表題作だね)もそうだ」
G「いや、これは泣かせる作品ですよ〜。ええっと。病気で亡くなった妻が夫に残した最後の手紙。そこには“一度訪ねてみてください。わたしがあなたに贈る最後のプレゼントです”とあった。訪ねた店、“香菜里屋”で出された料理と酒を見て、男は愕然とする。たった一度の裏切り……妻は気付いていたのか? これは復讐なのか?」
B「こりゃどう見たってミエミエだろう。お話の設定が作り物めいているのは仕方がないかもしれないが、そのせいで読者はついつい作者のやり口をメタ的に推理してしまう。その中で浮かんでくる“まさかやるまい”という無理矢理な真相が、けっきょく正解とされてガッカリする。悪循環なんだよねー。いずれにせよ、なんぼなんでもこの結末は強引に過ぎる。描写は味わい豊かなのに、お話の方は立て引きに余裕がないというか、奥行きが無いというか。テクニシャンが悪凝りしすぎちゃった感じだよなあ」
G「ううん、この作家さんに対しては、いつもむちゃむちゃ期待値が高いですよねー、ayaさんは。次ですが、『犬のお告げ』ですね。全社的なリストラの先頭に立ち大鉈を振るいまくる人事部長の奇妙な噂。彼はこれと目をつけたリストラ候補者たちをホームパーティに招き、その中からリストラ要員を自身の愛犬に選ばせているというのだ。その真偽は不明のままやってきたホームパーティの当日、その人事部長が出会った意外な奇禍。そして明らかになる苦すぎる現実」
B「これまた前作以上に無理筋な話だよなあ。リストラという生臭い話が背景にあるせいか、作り物臭さがさらにいちだんと鼻を突く。そのくせ“犬のお告げ”の真相の退屈なこと! なんかこう根本的にミステリとしてのバランスが崩れている感じだな。少なくともチェスタトンの名作と、同じタイトルを冠するような作品でないのは確かだろうね」
G「続きましては『旅人の真実』。方々のバーを訪ねては“金色のカクテル”を注文する男。だが、彼はどのカクテルにもけっして満足しない。しかし、ついに真の黄金のカクテルが彼の前に置かれたとき、不意の悲劇が彼を襲う。これもまたラストは実に苦い顛末で……“後を引く”お話ですよね」
B「すっきりシンプルに絞り込んだ謎は、しかしどえらく単調・単純な、推理ともいえないような推理によって解決されてしまって、これまたおおいに食い足りない。謎自体は日常の謎に類するものだと思うんだけど、謎解きロジックにジャンプ力が欠けてるんだよね。だからって緻密というわけでもないし、どうにもこうにも取り柄がない」
G「その点飛び抜けて素晴らしいのが、ラストの『約束』ですね。十年後の再会を約して別れた2人。男は不幸続きの、女は幸福続きの十年という、それぞれ対照的な時間を生きた2人は、十年後に約束の店で再会する。だがその時、男がようやく幸福をつかみかけているのを知って、女は……悪意に満ちたどんでん返しに、チェスタトン流の逆説的ロジックがきれいにはまった傑作です」
B「たしかにこの作品は悪くない。謎解きを支える奇妙な論理と、その背景にある人間心理の不思議とが響きあって、謎解きと小説が高いレベルで融合されている。おそらくはこのシリーズで作者が目指しているのは“これ”なんだと思うだけど……現状ではやはり少々打率が悪すぎるよな。これではスマートでない、意外性にも欠けた“日常の謎”派としかいいようがない」
G「まあ、たしかにミステリとしては謎解きの物足りなさと作り物っぽさが鼻につきますが、お得意の“美味いもの”描写そのほかで作者はそれをカバーし、楽しく読めるエンタテイメントに仕上げていると思ういます」
B「ミステリとしての弱点を、他でカバーしても仕方がないだろう。だってこれはミステリなんだから。弱点をカバーするのでなく、作品としての完成度を上げるためにこそ、他の要素はあるんだと私は思う」

 
●見えにくいツボ……新本格猛虎会の冒険
 
G「天変地異の前触れか、何かの陰謀か。狂ったように連勝街道を突っ走るタイガースの快進撃の“ファンブックミステリ”とでもいいましょうか。タイガースファンの新本格系作家が、タイガースとそのファンたちをテーマに描いた競作アンソロジーの登場です」
B「ものすごく、どーでもいい感じだなあ」
G「まあ、プロ野球ファンでない人にとってはそうかもしれませんね。でも、こういう本が出てしまうのも、タイガースならではというか。仮にわが愛する千葉ロッテマリーンズが怒濤の連勝街道を突っ走っていても、おそらくこんな本は出してもらえないでしょうねえ」
B「まあ、そらそうだわな。そもそもロッテファンのミステリ作家なんて存在しないんじゃないか?」
G「そ、そんなことはありません! ……いや、具体的に知ってるわけじゃないけど、これだけたくさんミステリ作家がいるんですから、ロッテファンがいらっしゃったって、おかしくありませんよ。そう、1人ぐらいは」
B「ぬはは、ぶぁーか。1人じゃ競作アンソロジーは編めんわ!」
G「ううッ、どうしてそう人の臓腑を抉るようなこと嬉々としていいますかね〜。まぁいいです! キリがないので内容に行きます。まず序文『阪神タイガースは、絶対優勝するのである!』を書いてらっしゃるのが、逢坂剛さん。新本格系じゃなくサスペンス・ハードボイルド系の作家さんですけどね、まあ重鎮ということで」
B「序文そのものの内容は、あのハードな“百舌シリーズ”の作者とは思えない(思いたくない)メロメロのタイガース讃歌だけどねえ。……ともあれ本編1発目は北村薫さんの『五人の王と昇天する男達の謎』。謎解きのために煉獄に招かれた有栖川有栖夫妻。めでたく煉獄から天国へ昇天することが決まったタイガースファンが、今生の見納め(?)にタイガースの選手に面会することを希望した。彼らが選んだ選手は誰だったのか? 手がかりは昇天まぎわに彼らが残した“シェー”のダイイングメッセージのみ! “らしからぬ”力の抜けっぷりが珍品感をあおる北村流バカミス……なんだろうか、これは。全然笑えないし、謎解きをどうこういうのはヤボって感じのレベルだし。困惑させられる作品だなあ」
G「まあ、タイガースファンでなければ絶対に解けない、一種の知識ネタの謎解きですしね。通常の作品だったらどうかと思いますけど、これはタイガースファン向けの企画本ですから、アリなんだと思います。悲しいかな、タイガースファンならぬぼくらには解きようがないし、面白みの勘所もよくわからないんですが」
B「そういう意味では、やはりこの本はタイガースファン専用なのかも知れんなあ。次は小森健太朗さんの『一九八五年の言霊』。阪神タイガースはなぜ1985年に優勝できたのか? タイガースにまつわるデータを引っ繰り返しつつ、数秘学的なトンデモ論法で解き明かすハチャメチャ論考。妄想に継ぐ妄想のバカ論理は、ナントこれでけっこう面白い。なまじ小説っぽくしなかったのが、この場合は成功したというべきかも。とりあえず……小森さんにはぴったりだったような」
G「失礼なこといってるなー。次のこの作家さんは、タイガースファンなんでしょうか? なんと『怪盗ニック』シリーズや『サム・ホーソーン』シリーズで有名な短編の名手、エドワード・D・ホックさんの『黄昏の阪神タイガース』です。日本の野球ファンを取材にやって来たアメリカ人記者。観戦予定のタイガース戦で先発予定のピッチャーが誘拐され、その兄が撲殺されるという事件に遭遇します」
B「まあ、まさかホックがタイガースファンということもなかろうし、これは依頼されて書いたものだろう。でも、日本野球に関するディティールはけっこうしっかりしてるし、謎解きもどんでん返しもアベレージの仕上がり。驚くほどの趣向はないが、必要十分なサプライズを仕掛けたプロの仕事だね。これはタイガースファンでなくても十二分に楽しめる。続く『虎に捧げる密室』は、珍しや、なんと白峰良介さんの作品だ」
G「別件で警察の監視下にあったアパートで、タイガースファンが殺害された。張り込んでいた刑事の“視線の密室”のもと、犯人はどうやって現場を出入りしたのか。はたまた被害者の部屋に残されたランダムな日付の阪神戦録画ビデオの意味は? 緻密に構成された“視線の密室”のハウダニットはやや脱力気味のトリックで説明されてしまいますが、ビデオの謎を巡る推理の方は鮮やかの一言。このビデオの謎解きは、タイガースファンならではの知識を活かしたホワイダニットなんですが、奇想満点のアイディアが抜群。アンソロジーの企画の趣旨ともきれいに連動しています」
B「隅々まで考え抜かれ、企画にもジャストフィットのナイスな一編。これで“視線の密室”さえもうちょっとどうにかできればなあ……。特殊な知識を問うタイプの謎解きなんだけど、阪神ファンなら“さもありなん”と思わされちゃうのはポイント高いね。これなら阪神ファンならずとも楽しめるだろう。次はマンガか。いしいひさいちさんの『犯人・タイガース共犯事件』。その時、容疑者はマウンドにいた! というアリバイ崩しもの(笑)。当然、基本的にはバカミスなんだけど、通り一遍でなくけっこうちゃんと考えられている」
G「次はごぞんじ『しゃべくり探偵』ですね。黒崎緑さんの『甲子園騒動』。いわずとしれた『ボケ・ホームズ&ツッコミ・ワトソン』シリーズの1篇です。ファンの熱気に揺れるタイガース戦の観客席。ビール売りのバイトをしていたボケ・ホームズは、不審な行動の親子連れを目撃します。タイガースファンが、“星野監督のサイン入り阪神バッグ”を粗末に扱うなんて! ……例によってクスグリをちりばめながらの漫才形式推理が、“日常の謎”の背後に隠された奇想天外な真相を暴きます」
B「例によって例のごとく。語りの調子はいいんだけど、基本的には一から十まで無理矢理な話だね。てんで説得力のない推理で明かされる真相は、突拍子ないだけで驚きは無い。強引な推論を語り口だけで読ませてしまう技ありの作品という感じ。まぁ、このシリーズは皆こんな調子だけど、語りばかりで技を発揮されてもねェ」
G「このシリーズ、お嫌いですか? ツボにはまれば、あの強引さもけっこう楽しいんですけどね。じゃあ、ラストです。有栖川有栖さんの『猛虎館の惨劇』は首無し死体もののホワイダニット。熱狂的なタイガースファンが金に飽かして建てたタイガース御殿。何から何までタイガース&虎尽くしのその家で、主人が首なし死体となって発見される。なぜわざわざ犯人は首を切り取ったのか? ……これは有栖川さんにしてはかなりブッ飛んだバカミスでしょう。意外性を追求しすぎて、いささかトンデモの領域に踏み込んでいますが、企画主旨からいえばギリギリセーフ。この首斬りの理由は、まず絶対に見通せないでしょうけどね」
B「っていうか私の場合、最初に思いついて、だけどありえねーと思って捨てた解法なんだけど? まあ、ここまで読んでくると、作家は違っても収録作品の方向性というか、オトシどころがだいたい見当がついてくるからね。問題は奇を衒いすぎてかえって“ありきたりな奇”になっちゃってる気がすること。ぶっ飛ぼうとすると、逆に人間の思考のスパンって狭くなる嫌いがあるのよね。まずバカミスありきの発想の弱点が、ここにある。ま、こんなもんっちゃこんなもんなんだろうけど」
G「というわけで、白峰作品やホック作品など、阪神ファン以外も楽しめる作品はありますが、これはやっぱり基本的にはタイガースファンなればこそ楽しめるアンソロジーというべきでしょうね」
B「そうだろうなあ。ミステリ的にどうこうというよりも、やっぱりファンでない人間には話のツボ自体が見えにくいからね。どこを面白がればいいのか、いまいちわからん」
G「この本、売れたんでしょうかねえ。新本格系ミステリファンで阪神ファンの方ってどれくらいいるんでしょうね」
B「とりあえず本格ファンでロッテファンの人間よりはず――――っと多いのは間違いない(笑)」
 
●本格ミステリをもう一度……「小説スパイラル〜推理の絆〜3」

G「アニメとコミックでヒット中の『スパイラル』の原作を書いてらっしゃる城平京さんさんによる、“小説版スパイラル”の第3巻が出ました。『小説スパイラル〜推理の絆〜3 エリアス・ザウエルの人喰いピアノ』です」
B「タイトル長すぎ。コミックスも途中までしか読んでいないし、アニメの方は見たことさえないので詳しくは知らないけど……なんたってアニメ化されたんだから、これは“売れてる”ってことになるんだろうね?」
G「でしょうね、ぼくもよくわかりませんが」
B「こうなってくると、かつて『名探偵に薔薇を』で鮎川哲也賞の候補作(79年。受賞は谺健二さんの『未明の悪夢』。ちなみにこの年の鮎川賞レースは凄かったようだね。なんせ候補作の作者として他に氷川透さん、柄刀一さんの名前もあがっている)となり、デビューされた“本格ミステリ書き”の城平京さんというより、人気マンガ『スパイラル』の原作者としての城平京さんという認識の方が一般的になって行くんだろうね。売れるのはなんであれよいことだと思うけど、それでもやっぱり少しだけ寂しい」
G「でも、これこうして小説も書いてくださっているわけですし、ノベライズ(とはいわないか、この場合は)とはいえちゃんと本格ミステリに仕上げてくださっているんですから。本格ミステリを書くことを、やめてしまったわけではないでしょう」
B「そりゃま、たしかにそうなんだが。しかしこの“小説版スパイラル”シリーズにしたところで、コンパクトにまとまったスマートなパズラーだった1作目や怪作と呼ぶに相応しい2作目に比べると、この3作目はなあ……」
G「なにをおっしゃいますやら! 端正にまとまったホワイダニットの佳品でしょー。なんたってあとがきの作者の言葉にいわく“現代を舞台に怪奇とロマンあふれる謎解きミステリを真面目にやろうとしたらこうなった”作品なんですからね!」
B「ううむ、しかし怪奇とロマンつってもなあ」
G「はいはい、まずは内容をご紹介してからということで。アラスジです……由緒正しい華族出身の富豪・柚森家の事実上の当主・柚森珠喜。彼女は当年とって79歳という老齢ながら、柚森一族を支配し政財界に隠然たる影響力を振う女怪です。しかしそんな彼女も、元はといえば意に沿わぬ結婚で無理矢理柚森家に嫁がされて道具のように扱われ、一族から白い目で見られていた過去をもち、ひそかに柚森の家そのものを憎んでいるといわれています。彼女の夫である当主・基志老が亡くなった時も、その死は事故として処理されたものの、珠喜刀自が積年の恨みを張らしたのではないか――という噂がもっぱらでした。そしてそんな噂のきっかけになったのが、珠喜が海外から取寄せたという“エリアス・ザウエルの人喰いピアノ”だったのです」
B「ある夜、柚森家の孫娘・史緒は、珠喜刀自からこの“エリアス・ザウエルの人喰いピアノ”にまつわる恐ろしい伝説を聞かされる。スタインウェイと並び称される名器ながら、なぜかその持ち主は必ず天板に首を挟まれて死亡する――そうして次々と弾き手を屠り、持ち主を替えてきたこのピアノの呪いを、避ける方法はただ1つ。練達の奏者による『月光』の曲のみというのである。そしておもむろに、珠喜刀自は史緒に『月光』を聴きたいと所望する。“もしやおばあさまは、この呪われたピアノで私を殺し、柚森家を滅ぼそうとしているのではないか ?! ”疑惑に胸を傷める史緒に名探偵・鳴海歩はいう。“呪われたピアノを弾いて、柚森の妖婆を退治しようか”」
G「というわけで、古い名家に渦巻く怨念、呪われた伝説のピアノに不審な死の影……とまあ、作者さんの言葉どおり、横溝やカーを思わせる大時代なガジェットがたっぷり盛り込まれた、大時代な謎解きミステリ! ……と見せて、実はこれがたいへんスマートかつモダンなホワイダニットなのです。名探偵の一言で、そのホラーめいたおどろおどろしい外装がすっぽり剥ぎ取られ、全ての絵柄がくるりと反転する瞬間の鮮やかなこと!」
B「おーげさだなー。どうみたってそんな大層な仕掛けとはいえないよ。というか、どっちかといったら子供向けミステリレベル……きょうび、ライノベでももう少し凝った仕掛けを使うんじゃなかろーか」
G「んー、むろん仕掛けとしてはごく単純なものですし、あっけないといえばあっけないひっくり返し方かもしれません。でも、読み返してみるとこのどんでん返しの伏線は、実は序盤からくどいくらい念入りに張られているんですよね。……にもかかわらず、実に丹念に仕込まれた“本格読み好みのミスリード”が見事に効いて、マニアほど見事に作者の術中にはまってしまうという仕掛けです」
B「あとがきの作者さんの言葉(“地味なホワイダニットを、地味に伏線張ってやるのが私の好み”)どおり、この作品は実はたいへん地味ーなホワイダニットで、しかもそのホワイダニットとしての謎解きもごくごく単純なものなんだよね。ただ、そのホワイダニットが“何に関するホワイダニット”なのか……こいつが容易に見破れない点が、一番のミソなんだ。つまり膨大なミスリードによって“パズルとしての焦点”自体が巧みに隠されているわけ」
G「そうですね。そのあたりの構造のモトネタは、同じく作者さんのあとがきによればチェスタトン作品やアジモフ作品だそうですが……チェスタトンというのはアレでしょうか?」
B「たぶん『●の●●●』(ぜんぜんわからんやん!)だと思うけどね。アジモフの方は不明だ。『黒後家蜘蛛の会』のどれかかしらん? ともあれ、そのパズルの焦点を隠すという仕掛け自体はいいと思うんだが、ホワイダニットの謎そのものがいささか弱い。たとえミスリードを見破っても、ホワイダニットの謎の焦点が明確には浮かび上がってこないんだ。ここはやっぱし作者の計算違いというべきで。だからせっかくのその工夫が巧く機能してなくて、ホワイダニットの謎も謎解きもどこか焦点のぼやけた、“なあーんだ”感を誘うものになってしまっている――全体に謎解きとしていまひとつ面白みに欠けるのも、そのせいなんだよね」
G「しかし、ラストではそのホワイダニットの謎解きが、そのまま“もう一つの事件”の謎解きと重ね合わされて、全ての絵柄を反転させますよね? この仕掛けの大胆さは、とても中篇とは思えない凝りっぷりだとぼくは思いますよ。たしかに細部にはもろもろ詰めの甘さを感じないでもないんですが……この派手なようで地味、地味なようで大胆、かつ凝りまくった構成は、非常に楽しかったな」
B「でもやっぱり無理無理だよー。ホワイダニットとして見ても、“犯人”の計画は心理的に不自然だし、無理があり過ぎる。名探偵の推理も憶測だらけの決めつけで、謎解き自体の興趣は乏しいといわざるをえないな。これはやっぱり頭でっかちの、趣向倒れの作品って気がするね」
G「ゲンミツに見ていけば、そりゃまあいろいろ文句も出てくるわけですが……とりあえずアニメやコミックとはだいぶ違う、“本格ミステリな”城平京さんを知っていただくきっかけになれば、もって瞑すべしではないでしょうか。あと、例によってシリーズ番外編の(歩の兄・鳴海清隆が名探偵役を務める)真性犯人当て短編も2篇収録されていますね」
B「簡単に紹介しておくか。強引さが気になるが例によってミスリードが巧みな『青ひげは死んだ』。それと『カニの香りの悪魔』は、うーん。一点突破の名探偵の推理はたいへん奇麗だけど、これも謎解きパズルにするには無理無理だしスキだらけって感じ。“問題”でなしにフツーにミステリ短編に仕立てた方が良いような気がするな。それは『ハイスクール・デイズ』もおなじで、やはり強引さの方が先に立つ。ミスリードでポイントをずらしておいて、ストンとどんでん返しを生み出すテクニックは、いつもながらの鮮やかさなんだけどね。……やっぱこの作家さんはミステリ誌に書くべきだと思うなあ。どうして誰も依頼しないのかなー……いや、もしかして断りまくってるのかね?」
G「分かんないですけど、コミック原作のお仕事だけで十二分にお忙しいのかもしれませんねぇ」

 
●幸せを噛みしめて……ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎

G「“晶文社ミステリ”からバークリイが出ていますね。『ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎』は、シェリンガム・シリーズの3作目ということになります。タイトルに“ロジャー・シェリンガム”というシリーズ探偵の名前が入っているせいか、なんだか短編集みたいですけど、れっきとした長篇です」
B「シェリンガムものっつーのは、『毒入りチョコレート事件』のようなシェリンガムが脇に回った作品まで含めると全部で10作。この作品の刊行で、いよいよ残るは『パニック・パーティ』のみということになった。これだけ訳出が進むと、さすがにバークリイちゅう作家の全貌も見えてきた感じがするな」
G「ですね。バークリイというと黄金期本格ミステリへの“批評”とか“批判”とか“皮肉”とかいうことがよくいわれ、古典的な本格ミステリ形式を“ひねったり裏返したり”したスタイルが基本って感じですけど、現代の本格読みの目から見ると、やはりそのひねり方・引っ繰り返し方はシンプルというかストレートというか……」
B「そう、要するに“とても分かりやすいひねくれ方”なんだよな。いうなれば1作ごとに、アンチミステリのいろんなパターンを、それも分かりやすいオーソドックスな形で提示している。――そんな感じ」
G「そうですね。それだけに、凝ったひねり方をした現代作品に比べ、その“本格という形式への批評”の内容がとても明確に、分かりやすく伝わってくるということもいえるでしょう。その主張自体はいまでは刺激的というほどではありませんが、マニアをほどよくニヤリとさせてくれる感じがこれまたちょうどいい。むろんミステリとしても食い足りなさを感じさせないのは、やはりこの作家さんが、本格ミステリ書きとして飛び抜けたセンスをもっていたってことなんでしょうね」
B「ううん、たしかにユーモア感覚も含めてセンスはいいよな。だけど、特にこの新刊なんてのは、やはりバークリイの作品としては若書きの部類だし、基本的にはそんなに大騒ぎして持ち上げるような大傑作ってモンでもないだろう。いま読むとせいぜいが、“センスのいい、そして出来のいいユーモア軽本格”程度だね」
G「いや、それは語弊がありますよう。だいたいこんな密度の高い軽本格なんてありませんよ。……というわけでアラスジです。ええっと、閑静な田舎町・ラドマス村に暮らす裕福な婦人、エルジー・ヴェインが自宅近くの海を望む崖から転落死した。その死にいったんは事故死の評決が出たものの、なぜか秘かに捜査を続けるモーズビー警部。彼の姿に事件の匂いを嗅ぎつけた新聞社は、モーズビーの友人でもあるシェリンガムに、臨時記者として現地に飛ぶよう依頼する。大喜びで引き受けたシェリンガムは、助手役のアントニイを引き連れて勇躍ラドマスに乗り込む」
B「さっそく精力的な捜査を開始したシェリンガム。旧知の仲のモーズビー警部とも“協定”を結び、いくつかの極秘情報を入手する。現場近くに残っていた怪しげな足跡、そして死亡した婦人が握っていたボタン。どうやら警部はボタンの持ち主――婦人の死によって遺産を得る従妹のマーガレットを疑っている様子だ。しかしシェリンガムの発見した証拠と推理は、次々と別の容疑者を浮かび上がらせていき、単純かと思われた事件は徐々にもつれていく。やがて試行錯誤の末に決定的な推理を得たシェリンガムは事件の解決を宣言するが、そのとき第2の事件が発生する!」
G「というわけで、のどかな雰囲気の中でユーモアたっぷりに展開されるこのお話は、いわゆるカントリーハウスものの定型に則った作品といえそうです」
B「読みどころは、名探偵らしい勝手気ままな行動で事件を混乱させ、奇矯な推理を連発するシェリンガムと、地に足のついた捜査を続ける“けっして愚かでない”警官・モーズビー警部の一騎打ちだろうね」
G「ですね。この一騎打ちの構図を利用して、いかにも古典的な本格らしい“過不足なく意外な解決”を、さらに悠然と引っ繰り返してみせる作者の手口は、バークリーファンにとっては見慣れた光景。ですが、ここはやっぱり作者のニヤニヤ笑いが思い浮かび、読んでいるこちらも笑顔にならざるを得ません。いろんな意味で、本格読みにとっての楽しさがぎっしり詰まった作品といえるでしょう」
B「まあ、バークリー作品としては中の中もしくは中の下といったところだろうか。ただ古典期の作品としては、この読みやすさはやはり驚異的というべきで。むろん訳のおかげもあるんだろうけど、総じて古さをほとんど感じさせないのは驚きだ」
G「ですね。問題作でも大傑作でもないけど、現代の読者も肩の力を抜いてニヤニヤしながら楽しめるはずです」
B「ま、こういう本格ミステリがごく当然のように日本語で読めるのは、やっぱり幸せなことだと思うよ」

 
●古城の冒険……雷鳴の夜

G「ポケミス版“狄(ディー)判事シリーズ”の第2弾が出ました。『真珠の首飾り』につづくその新刊は、『雷鳴の夜』です」
B「狄判事というキャラクタは、じつは唐代中国に実在したという名判官なんだね。民衆の人気も高いこの人物を主人公に展開する、これはきわめて古典的な探偵小説シリーズだ。ミステリ的には黄金時代よりさらにひと昔前の雰囲気で、主人公はたとえば単身敵地に潜入し秘密を探り謎を解き、悪を成敗しちゃうような一種のスーパーヒーローとして描かれている。古い作品だからミステリ的な仕掛けは他愛ない場合が多いんだけど、“探偵小説ならでは”の懐かしい楽しみが凝縮されている感じで、オールドファンにはとても嬉しい読物だ」
G「雰囲気、いいですよね。ミステリ的にはおっしゃる通りで、けっこう無茶だったり見え見えだったりするんですが、それでも楽しく読ませちゃうんですから、これでなかなかミステリのツボを押さえたシリーズだと思います。……というわけで内容ですが。今回は家族や部下を引き連れ新たな任地に向かう狄判事が、その旅の途上で出会った“嵐の山荘”の怪事件という趣向です。夜の山中で嵐に遭遇し、危うい山道で立ち往生してしまった狄判事一行。やむなくその近所にあった古い道教の寺院に一夜の宿を請います。おりしも寺院では旅芸人を招いて祭礼などを開いていましたが、一行は快く迎えられ部屋を提供されます」
B「しかしその寺院には、かねてより不審な噂がつきまとっており、つい最近も3人の娘が不審死を遂げるという事件が起こっていた。とはいえ、冷たい雨に打たれ風邪気味とあって、さすがの狄判事も疲れ気味。今回ばかりは早々に休むつもりだった……がしかし。熱に浮かされた幻か、判事は窓越しに異様な光景を目撃。止むに止まれず、寺院の秘密を探り始める……」
G「嵐で閉ざされた山上の寺院につきまとう死の影。ひしめく怪しげな人物、開かずの部屋に怪現象。というわけで思いっきり“嵐の山荘”状態なんですが、べつだんその中で次々人が殺されるというわけではなく、あくまで主人公が過去の事件の真相を探り、魔宮に隠された秘密を暴くという冒険譚がベースとなっています。終始風邪気味で頭痛に悩まされ続けている狄判事ですが、例によって広い院内を走り回り尋問を繰り返しては謎を解き、たった一夜で全ての陰謀を明らかにした揚げ句、裁きまで下してしまうという大活躍です。ただし今回の“裁き”は少々苦いというか、なんというか……。“嵐の山荘”な設定といい、このシリーズとしても異色篇に位置づけられる一編でしょうね」
B「まあ、なんたって狄判事はヒーローなんだから、そのあたり私は別段気にならないよ。だけど悪役にせよ影の黒幕にせよあからさまに怪しげで、これみよがしなくらいの悪人面しているのは、さすがに古さを感じさせる。分かりやすいっちゃ分かりやすいが、登場した瞬間に黒幕と分かってしまうのでは、なんぼなんでも興を削ぐというものだろうにね」
G「そのあたりはやっぱ、スレてないというかナチュラルというか。ひねろうとか隠そうという意識が希薄なんでしょうね。でも、それはそれでそういうものとして読めばいいわけで。緊迫したストーリィなのにどこか鷹揚で、のんびりしてて……ぼくは嫌いじゃないですけどね」
B「唐代中国というあまり馴染みの無い世界が舞台だけに、逆に古めかしさみたいなものはそれほど感じない。だけど、そういった小説技術の面ではさすがに古さを隠せない感じだね。たしかに大らかでいいっちゃあいいんだが――そういう楽しみ方ができるのは、やっぱ甲羅を経た読み手だからこそだろうなあ」
G「けど、たとえば前館主の死にまつわる謎解きでは、これはかなり“面白い手掛かりの出し方”が用意されているじゃありませんか。謎解き自体はまあありがちな、というかごく初歩的な謎解きロジックのパターンですが、そのベースとなるこの手掛かりがとても面白かった。まあ、実際に読者が見破ることはまず不可能でしょうが……たしかに読者は謎解きの“決定的な手掛かりを目の前に突きつけられる”んですよね」
B「んーまーあれはねえ。たいかに面白いんだけど……厳密な意味ではフェアとはいえないんじゃないか?」
G「えー、そうかなあ」
B「だってさあ、あれには比較対照する他のナニがないじゃん。読者にとってはやっぱフイウチということになるだろうし。……って、そんな厳密なこといっても仕方がないか」
G「そうですよー。素直に面白がればいいんです。楽しいですよねー、いうなれば、ホームズ譚を読んでたらいきなり新本格的な技巧に遭遇したような感じで。“あれ”が出てきたときは一瞬びっくりしました」
B「いや、それは大げさだと思うが(笑)。だいたいそれにそんなこというと“叙述トリック”が使われてると思う人がいるかもしれないぞ。いっておくけど、この作品に“叙述トリック”は使われていません(笑)」

 
●宙吊りサスペンス……塩沢地の霧

G「国初刊行会の“世界探偵小説全集”の新刊をやっておきましょうかね。ヘンリー・ウェイドの『塩沢地の霧』はこの全集の第37巻にあたります。この2月に出た本ですね」
B「この作家さんの本も『推定相続人』『警官よ汝を守れ』に続く3冊目。なんだかんだいってよく出たもんだよね。ほかの版元からも『死への落下』が出てたし……せいぜい『リトモア誘拐事件』くらいしか読めなかった頃からすれば、隔世の感があるな」
G「ですね〜。実際、最初は英国の、あんまし面白くない本格派という、作者さんに対しては少々失礼な印象でしたが、こうやって紹介が進むにつれ、だいぶん印象が変わってきましたね」
B「たしかにそうだな。『推定』や『警官』、『落下』なんか読むと、そりゃ本格味がないわけじゃないけど、そっちはむしろ押さえ目で。サプライズ重視のサスペンス、もしくは警察小説の書き手という印象が強いんだよね」
G「犯人や警官ら主役クラスはもちろん、登場人物はみな丁寧に作り上げた厚みのあるキャラクタぞろいで。彼らのおりなすきめ細やかな、それでいて厚みのある人間ドラマが一番の読み所ということになるんでしょうね。本格として、ミステリとしての仕掛けは、ですからそれを際立たせるためのささやかなギミックという感じで。いかにも英国本格というか……ぱっと見地味なんでウケにくいんですが、小説としてはとても面白いものが多いです」
B「まあ、裏返せば小説として充実しているぶん、ミステリとしての骨格の弱さが気になっちゃうわけだけどね。今回の作品もそういうウェイドらしさが、非常によく出た作品と思ったなあ」
G「でも解説によれば、評論家さんの中にはこの作品をベストにあげてる方もいらっしゃるし、オールタイム級の傑作という声もあるそうですから、懐の深い作品であるのは確かでしょう。まずは内容のご紹介です。えー、お話の舞台となるのは、北海に面する寒村ブライド・バイ・ザ・シー。満潮時には海水が満ち、干潮時には泥の沼と化す広大な塩沢地が広がるこの地に、つつましく暮らす画家とその妻が、主役格ということになります。……かつて将来を嘱望される画家だったジョンは戦争のために成功のチャンスを失い、心にもキズを負って憂鬱な生活を送っています。そんな彼をけなげに支える妻・ヒラリーも、楽しみの少ない単調な毎日と憂鬱で怒りっぽくなってしまった夫の世話に、少しずつ心を荒ませつつあります。そこへやってきたのが人気作家のファインズ。ロンドンの喧騒を逃れ、静かな村で執筆に打込むつもりだったこの作家氏は、しかしちょっとした遊び心で、貞淑な妻・ヒラリーを誘惑しはじめます」
B「最初は気軽にあしらっていたヒラリーだったが、幾つかのすれ違いが重なったあげく、思いがけずジョンの強い嫉妬を買ってしまう。素直に許し合えばよかったものの、ここでもまたすれ違い。ジョンのあまりにも頑なな態度にヒラリーが反撥し、火遊びは抜き差しならぬものになっていく。……このあたりの心の機微のきめ細かな描写はじつに見事で、思わずぐりぐり感情移入してしまうね……そしてある濃い霧の夜、ついに悲劇が起こる。塩沢地の泥沼でファインズが無残な死体となって発見されたのだ。一度は事故と判断されるが、ささいな疑惑が膨らんだあげく、警察はついにこれを殺人事件として捜査し始める」
G「というわけで、これはウェイドお得意の“半倒叙スタイル”の作品なんですね。つまり、前半部では犯人らしき人物……本作でいえばジョンです……の抜き差しならぬ事情が描かれ、彼がどんどん殺人へ傾斜していく姿が描かれます。が、肝心カナメの犯行シーンは描かれず、後半は捜査側の視点で捜査活動の描写が中心になってしまう」
B「つまり、犯人は本当に彼なのか? あいつもこいつも結構怪しいし……という感じで、読者は“彼”を疑いながらもそれと確信できないまま、いわば宙吊り状態に置かれて読み進むことになる。結果として物語は、終始強い緊張感を維持するという仕掛けになってるわけだ」
G「もちろん前段の描写で、ジョンは決して悪人ではなく、むしろ不運なだけの誠実な人物であることが読者には十分に伝わっているんですね。しかも作者は、念入りな伏線でジョン以外の容疑者も立てていますから、読者は疑心暗鬼のままついついジョンに感情移入してしまうんです。そのため、徐々にそして確実に彼に迫ってくる警察捜査の、その悠揚迫らぬ描写が実になんともスリル満点に感じられるんです。この宙吊りサスペンスの技法は見事に成功しているといえるでしょうね」
B「ただそういったサスペンスの盛り上がりっぷりからすると、このラストの落し方はやはりいただけないなあ。無論、どんでん返しが無いわけじゃないけど、正直“え、これだけ?”という感じで……なんぼなんでも物足りない。ミステリ以外の普通の小説だって、こういうシチュエーションならもう少しなんぼか工夫があると思うけどね。まあ、これだけ物語の焦点を絞り込んじゃうと、何を仕掛けるにも難しいとは思うけど」
G「ミステリとしてのその弱点は、たしかに否定できませんけどね。それでもなお、十分読むに足るサスペンスだとぼくは思います。エンタテイメントとしての完成度からいっても、しみじみ重たく感動的なヒューマンストーリィとしても、これはなかなかの傑作というべきでしょう。ウェイドお得意の“あのテーマ”が非常に明確に表れている作品でもありますし」
B「まあ、そういう意味での満足感はたしかに十分なものがあるんだけどね。残念ながら、私はこの全集にそういう満足感を求めてないからなあ」
G「だーからココロの狭い原理主義者なんて、いわれちゃうんですよ!」

 
●思いつきのネタ……猫田一金五郎の冒険

G「長らく刊行が遅れていたコミック『猫田一金五郎の冒険』がようやく出ました。これは雑誌『メフィスト』の連載を中心に、様々な雑誌に掲載されていた作者のミステリ・パロディ短編を一冊にまとめたもの。ぼくは『メフィスト』連載時から楽しみにしていた一冊なので、とても嬉しかったです。造本も凝ってますよね」
B「凝ってるというか……早い話がこの体裁は、吉田戦車さんの『伝染るんです』のパクリじゃん。サイズも一緒、モノトーンの表紙カバーのコンセプトも同じ、カバーを取ると本体表紙や見返し部分にも本編の作品が載っているというのもまるきり一緒だ。意図的に乱丁っぽくしている台割もそうだね。悪いとはいわないが、ここまでパクるのも芸が無い話だと思うけどね」
G「でも本文中で紙質を変えたり、ページの角を角丸に断裁したりというのは、独自の工夫ですよね。あと背表紙のデザインとかも」
B「だからなに? つー感じはあるけどなあ。原価は上がるし手間はかかるしで大変だったろうね。ありていに言ってしまえば、そんな手間をかけるほどの意味があったのか、少々疑問ではある。特に背表紙はバーコードをあしらったデザインが、タイトルを無駄に読みにくくしている」
G「でも、価格(1400円)は意外と抑えられている感じだし、描き下し(らしき)モノトーンの表紙は美しいし。京極さんとの合作も特別収録されてるし、持っているとちょっと嬉しい本ですよ」
B「ん〜、京極さんとの合作は、合作というスタイルでは発生しがちな失敗をギャグに転じることもできず、まんまそのままの、読んでてちょっと困惑するような作品。面白いとか面白くないとかいう以前に“見てはいけないものを見てしまった”ような恥ずかしさを感じたなあ。まあ“そういうものまであえて収録されている”という、一種倒錯したメリットがファンにとってはあるのかもしれないが」
G「ayaさん〜、ちょっと頭固すぎですよ〜。内容的には、これはやっぱり同じ作者の『SF大将』と同じコンセプトをミステリに応用した感じですかね。この作家さんも手塚治虫同様、スターシステムを採用してらっしゃるから、同じキャラクタが両方に登場しているし……」
B「一部で各キャラのもちネタ的なギャグまで“まんま使いまわされている”のは、いかがなものかという気がしないではないけどね。……ともあれまあ作品としてのコンセプトはそういうことだろう」
G「つまりミステリ、特に横溝・乱歩らの古典的探偵小説に対するオマージュに満ちたパロディってことですね。島田荘司さんの作品も取り上げられてますけど、これだっていちばん古典的ともいえる『斜め屋敷の犯罪』ですし」
B「というか、それら古典的探偵小説に対する批評的な視点……というほどたいそうなものでもないな……そう、ほとんど思いつきの “ネタ”でもって遊んでいる。そんなとこじゃない? だって『SF大将』収録の短編作品がまだしもパロディとしてのアイディアがありストーリィがあったのに対し、こちらはもうほとんどストーリィというほどのストーリィはないし。オマージュというほどの思い入れも、『SF大将』の時ほど強くは感じない。ネタ自体がわりと表面的というか、一般的というか。いうほど“濃く”感じられないんだよね。あの文字だらけの分厚い『メフィスト』に載ってるときは、いわば一幕のコメディリリーフ登場っちゅう感じで楽しめたんだけど、こうしてまとまるとなんか意外とつまらないというか……一度読んだらもう十分という感じ。まあ、ネタ系サイトの一発芸みたいなもんだろう」
G「いや、でも全部が全部ストーリィが無いわけじゃないでしょう。ちゃんとあるやつもありますし」
B「ストーリィがあるやつも、私には“あってもなくてもどうでもいい感じ”に思えるな。 “ネタ”によるギャグを並べていくための器、としてのストーリィつうか設定つうか。やっぱいうなれば“ネタ集コミック”というところでしょ。読者を限定するコンセプトよね」
G「まあ、それはそれで楽しいからいいんじゃないでしょうか。たしかに一度読めば十分という感じの“ネタ本”ですが……」
B「しかも、そのネタ元を知ってて、それらにある程度の思い入れがないと、ほとんど面白さが伝わらないわよね。当然読者は限られまくりだし」
G「でも、好きなヒトはきっと大好きだと思うな。こういうスタンスの書き手ってあまりいらっしゃらないから、貴重ですしね」
B「ただやっぱりこの作家さんはSF畑の方なんだと思う。パロディ対象との距離感の取り方やアプローチの仕方は、なんとなくだがやはりSFの間合い・SFの手口という感じ」
G「べつだんそれが悪いということではないでしょう。“外側”からのパロディというのも当然あっていいし、だからこそ見えてくるものというのもあるはずです」
B「それはもちろんそうだけどね。ただ、シンクロする楽しさということでいえばやはり“内側”からのアプローチだろうとも思う。コミックの世界のことはよく解らないけど、古典的探偵小説に対するパロディという点では、たとえば同じ『メフィスト』に連載されている喜国雅彦さんの『ミステリに至る病』の方がずっと“濃い”し、対象に対する愛情もヒシヒシと伝わってくる。私は早くあちらを単行本化してほしいな」
G「そりゃぼくもそう思いますけどね。この本だって持ってるとなんとなく嬉しいですよ。雑誌掲載時に読んじゃった人はともかくとして、未読の、それも国産古典ミステリに思い入れのある人は、たぶんとても楽しめると思います。初見の人に特にお勧めってことですね!」

 
#2003年4月某日/某スタバにて
 
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