「世紀末日本推理小説事情」 新保博久 筑摩書房 初版1990年 |
シンポ教授のニックネームで親しまれている評論家・新保博久さんの作家論エッセイ。
取り上げている作家はシンポ教授と同じ昭和20年代の作家たちで、これはある種の世代論でもあるわけです。 で、彼が取り上げた昭和20年代生まれの作家というのは、赤川次郎、連城三紀彦、笠井潔、北方謙三、島田荘司、岡嶋二人、大沢在昌等々、文字通り現代日本ミステリ界を代表する顔ぶれですね。 冒頭には戦後日本ミステリの流れを(ごく簡単に、ですが)たどった概論も付けられており、 ミステリ史の大きな流れの中に彼らがどう位置づけられるのかという点も分かりやすく解説。 もちろん個々の作家についても、やっぱり時代背景から思い入れたっぷりに分析されており、特にこうした評論では取り上げられる機会の少ない、赤川次郎がきちんと分析されているのは貴重かも知れませんね。 本としてはそれほどボリュームのあるものではありませんが、巻末ではその後、すなわち新本格の登場に至るまでの流れ、簡単な作家論も記されていますから、きわめてお手軽なカタチで戦後日本ミステリ史を概観することもできそうです。 |
「ミステリの書き方」 H.R.F.キーティング 早川書房 初版1989年 |
自分もミステリを書いてみたい!
ミステリマニアも極まってくると、誰しもそういう思いが湧いてきます。もちろん僕とて例外ではありません。 怪しげな名探偵を創造し、トリックを考え、しこしこ原稿用紙のマス目を埋めて…… しかしながら、たいていの場合、1つの作品を完成させることさえできないもの。 単に「好き」であることと、それを「創る」ことはまったく別の問題なのですね。 ことにミステリという創作ジャンルは、単なる創作力とは別にある種の技術が必要ですから、 勢いや思い入れだけで読むに足る作品を書くのは至難の業なのです。 さて、そこでこの本。高名なミステリ作家であり、ミステリ評論家である作者が、懇切丁寧に、しかもきわめて具体的にミステリ小説の書き方を指南してくれる、ありがたい一冊です。 謎解きものを基本に、その基本的な考え方・テクニック・道具立て等々を精密に分析・解説し、加えてハードボイルドやクライムノベルに至る周辺ジャンルまで、創作のポイントを指摘。 ノウハウ本として至れり尽くせりであるのはもちろん、ミステリ評論としても非常に興味深い本となっています。 まあ、だからといって、これを読んでも、誰にでもミステリが書けるというわけでは、むろんないのですけれども。 |
「推理小説作法」 土屋隆夫 光文社 初版1992年 |
雑誌「EQ」に91年5月空92年1月まで連載された同題のエッセイをまとめた本。
ところで、たしかこの巨匠の執筆活動はすでに半世紀を超えているはずです。 つまり鮎川哲也とならび本格ミステリ作家として最長老のお一人ということになりますね。 もっとも、土屋さんはもともとたいへん寡作な方ですしここ数年新作の声も聞かぬため、 せいぜいTVドラマの原作者程度に思ってる読者も多いのかも知れませんが、そういう方はこの際、認識を新たにするためにもぜひ一度、土屋作品を手に取ってみてください。 「危険な童話」「針の誘い」「赤の組曲」「影の告発」……いずれも安心してお勧めできる本格ミステリの傑作ですよ。 さて、この本はシャイな土屋氏が珍しく素顔を見せ、自身のミステリ作法を語った楽しい一冊。 その誠実な人柄を映した懇切丁寧な語り口で、ミステリの定義づけから発想、メモ作り、プロット作り、ストーリィテリングなど、自作を例に引きつつどこまでも具体的に創作の秘密を語っています。土屋ミステリと合わせ読めば膝を叩きたくなることも度々。 創作をめざしてらっしゃる方でなくとも、十二分に楽しめるミステリ研究書です。 |
「クイーン談話室」 エラリー・クイーン 国書刊行会 初版1994年 |
世界でもっとも有名な本格ミステリの巨匠の1人(いや2人というべきでしょうか?)エラリー・クイーン。
この偉大なるミステリ界のマイスターが、実はたいへん熱心なミステリ研究者・評論家であり、EQMMや各種のアンソロジーの編集者としてもたいへん大きな仕事をしたということはよく知られています。 その博覧強記ぶり、ディレッタントぶり、目利きぶり十二分に発揮されたのが、このエッセイ集。 もちろん自分自身の作品についても創作方法の秘密まで含めてたっぷりファンサービスしてくれており、ミステリファンなら頭から尻尾まで楽しめること請け合い。 たとえばあの!ディクスン・カーが選んだオールタイムベスト10とレックス・スタウトが選んだ2つのベスト10の比較検討、クイーンによるたいへん気の利いたハードボイルド論、あるいはカーとロースンという2人の密室の魔術師の間に交わされた伝説的なトリック交換の物語……どうです、読みたいでしょ? ここにはまさに、あの古き良き時代のミステリの歓びと愉しさが、ぎっしり詰め込まれているのです。 |
「ミステリーの仕掛け」 大岡昇平編 社会思想社 初版1986年 |
日本の純文学の作家にミステリファンが多いのは皆さんもよくご存知でしょう。
このNAVIsVNAVIでも、何度かそうした方の著作を取り上げてきました。 大岡昇平さんもそんなお一人で、創作の方も純粋なミステリこそないものの、「事件」など少なからずミステリ要素を含んだ文学作品を書いていらっしゃいますね。 で、この本は大岡さんが編んだミステリエッセイのアンソロジー。 ミステリプロパーの作家や評論家でなしに、彼同様門外漢の書き手を集めてきたのがミソです。 まあ、門外漢といっても顔ぶれはまことに豪華で、 探偵映画を語る埴谷雄高、エスピオナージュのお勧め本を紹介する開高健、 安部公房・花田清輝・村松剛らのハードボイルド座談会等々。 一見ミスマッチ風ですが、さすがに一流の書き手・語り手ぞろいだけあって、それぞれに自分の土俵に持ち込んだ個性的なミステリ論を展開しています。 ミステリプロパーではないからこそ持ちうる、これらのユニークな視点は、 読者が筋金入りのミステリファンであればあるほど新鮮に感じるのではないでしょうか。 |