歴史をたどり未知の作家を知る
 
【その1】
 
 
「娯楽としての殺人」 ハワード・ヘイクラフト 国書刊行会 初版1992年
(原著の出版は1941年であり、日本でも同じ訳者による桃源社版が1961年に出ていますが、ここでは現在も比較的入手の容易な国書刊行会版をあげておきます)
「ポーのモルグ街の殺人」からドイルの活躍、本格派黄金時代の到来、そしてハードボイルドの登場に至る欧米のミステリの歴史をたどり、重要な作家と作品をきちんと位置づけた歴史的な名著であり、ミステリ研究書はこの本をもって嚆矢とします。
いうなれば古典的名著。
読み飛ばされ読み捨てられる大衆娯楽小説に過ぎなかったこのジャンルを、きちんと系統立てて分析・評価するに足る対象として定着させたのも、この本の登場によるところが大きいといわれているのです。
古い本ですが内容も面白く、古典・黄金時代の欧米ミステリの入門書としてもじゅうぶんお勧めできます。
国書刊行会版は詳細な注釈まできちんと訳された、文字通りの決定版。
ミステリファンならぜひ蔵書に加えておきたい一冊です。
 
 
「日本探偵作家論」 権田萬治 悠思社 初版1992年
(これも幻影城版が1975年に、講談社文庫版が1977年に出ましたが、現在はいずれも絶版になっています)
昔、「幻影城」という探偵小説専門誌がありました。
同誌主催の新人賞から泡坂妻夫や連城三起彦、竹本健治、栗本薫などの才能を排出したことで有名ですが
(ちょっと自慢めきますが、当時僕はこの「幻影城」を愛読し、現在もその創刊3号〜終刊まで保存しています)、実は同誌の特色は「忘れられた戦前の日本のミステリ作家」の作品の再録と再評価という点にありました。
その「幻影城」の看板ともいえる連載評論が本書の原形。
単行本として刊行された翌年、日本推理作家協会賞評論部門を受賞していますが、実際「忘れられた戦前の作家たち」をきちんと再評価したという点において前例のない試みであり、現在に至るもこのテーマでこれほどきちんとまとまった形の評論は見当たりません。
ぼく自身、葛山二郎や渡辺啓助、大坂圭吉等々、たくさんの作家の名をこの評論を通じて知りましたし、まさに、「探偵小説」らしい「探偵小説」に飢えていた当時の無数のミステリマニアの渇を癒し、彼らに新鮮な衝撃を与えたのです。
そうした背景を割り引いても、ある種の詩情を湛えた文章の魅力とも相まって、なにより読むことそのものが素敵に愉しい本となっています。
 
 
「探偵小説のプロフィル」 井上良夫 国書刊行会 初版1994年
オールドファンのミステリマニアたちが長らく渇望してきた幻の一冊。
といっても一冊にまとめられたのはこれが初めてでありまして、何しろこの作者はかの江戸川乱歩と同時代の人物。黄金時代の欧米のミステリを翻訳し、伝説の探偵小説専門誌「ぷろふいる」や「新青年」でミステリ評論を書いたという方です。
いわば日本のミステリ評論のルーツみたいな存在であり、その評論のクオリティの高さは伝説になっていました。
当時の最新ミステリ長編としてオールタイムベスト級の名作がぽんぽん出てきたりするあたりに歴史を感じたりしますが、内容的には決して古びていません。
むしろこうした古典的名作の評というのは現在では意外と読む機会がありませんから、正面からこれらを論じたこの本は内容的にも大変貴重だといえるでしょう。
ただし、大半が問答無用のネタバレ書評なので、初心者の方は十分な注意が必要かも知れませんが……。
ともあれ、こういう本をきちんと編集し刊行してくれる国書刊行会はホントにえらいと思いますね。
 
 
「幻の探偵作家を求めて」 鮎川哲也 晶文社 初版1985年
「日本探偵作家論」と同じく、今は亡き「幻影城」の呼び物だった「幻の作家」探訪記の連載をまとめ、いくつかの新稿を足してまとめた一冊です。
この連載は、数作の忘れ難い名作ミステリを書き、そのままミステリ史から姿を消した「幻の作家」たちの行方を訪ねる……という企画で、毎回、作家・鮎川哲也氏が探偵となって実際に作家たちの行方を訪ねたその経緯を描いた労作です。
多くは戦前の、それもほんの数作を残して姿を消した作家達ですから、本名さえわからない場合が多く、作者および編集者にとってはたいへんな作業だったに違いありません。
ともあれ。
資料的にもたいへん貴重な本であることはもとより、これは日本ミステリ界の黎明期にミステリ新時代創造への情熱を燃やした幾多の無名作家たちの墓碑銘です。
いうなれば忘れられた「夢と情熱」への鎮魂歌。
心あるミステリファンならば胸を打たれるに違いありません。
 
 
「探偵小説談林」 長谷部史親 六興出版 初版1988年
日本で最初の翻訳ミステリがなんだったか、ご存知ですか?
「和蘭美政録」といってもよく分かりませんが、オランダのヤン・バスティヤン・クリステマイエルという作家が書いた犯罪実話風の法廷もので、文久元年(1861年!江戸時代の末期ですね)に訳されたんだそうです。
この本は、こうした日本の翻訳ミステリ史にまつわるお話が多数収録されたエッセイ集。
ほかにもホームズものの初訳がいつだったかとか、「黄色の部屋」の初訳は、とか。もちろん未知の作家、忘れられた作家もたくさん紹介され、研究資料としてもたいへん興味深い本です。
ともかく、ミステリのような大衆文学ジャンルはほとんど系統だった研究が行われていませんからから、正確なところを調べるだけでもさぞかし大変だったろうと思います。まさに労作ですね。
ただ、ここまで古いと、一般の読者がここに紹介されている本を読むのはほとんど不可能でしょう。
ミステリマニアとしても病状の重いディープなマニアか、好事家向けの本ということになりましょうか。
ただしそうした人たちにとっては、汲めども尽きせぬ魅力にあふれた一冊となることは、間違いありません。
 
 
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