豪快さんが行く!

 
る日の昼下がり。
ぼくはファミレスで気分よく食事をしておりました。
半分ほど料理を食べ終わり、カニクりームコロッケの横にあった千切りキャベツをつついていたら、
その奥に、ひっそりと眠るように横たわる小さなゴキブリを発見してしまいました。
ゴキブリさんの遺体は体長約2cmほど。赤茶色の小振りなもので、おそらくは幼虫でしょう。
出されたものは全てきれいにたいらげる!という信念をもつぼくですが、さすがに食欲、なくなりました。
というより、はっきりいってキモチ悪くなってしまったわけですが。
こういうトラブルに直面した時、お店に対する対応、身の処し方というのは、人によってずいぶん違いますよね。
ちなみに皆さんだったら、どういう反応をされますか?
考えられるパターンとしては……
 
1.店長を呼び、新しい料理と換えさせる。      
2.店長を呼び、料金をタダにさせる。        
3.いきなりテーブルの上に乗って啖呵を切る。    
4.いきなり暴れる。                
5.いきなりモドす。                
6.黙って支払いを済ませ、二度とその店には行かない。
 
いったところが挙げられます。
この時、ぼくが選んだのは2のパターン。
というか、ウェイトレスを呼んで皿上の遺体を示したら、タダにしてくれただけのコトで。
相手に悪気があったわけじゃなし、コトをアラダテようとは思いもしませんでした。
でも、ちょっとばかしぼくに勇気があったら、3や4も一度は試してみたい気もしていますけどね。
ま、ともあれこれが常識的なセン。普通の方なら、たぶんみなさんそうお考えですよね。
ところが、当然、世の中にはそうでもない人もいらっしゃるわけで。
それどころか、実はこの6つのどれにも当てはまらないユニークな「道」を選択した人を、ぼくは知っています。
その「人」というのが、業界きっての「豪快さん」、シムリン君です。
義理に厚く友情に篤くハートも熱く……んもー、何から何まで熱っぽい、通称「炎のイラストレーター」。
ほかにも「歩く火薬庫」、「ひとりK-1」、「リーサルウェポン」等々、無数の異名をもち、
片手では数えきれぬほどの武勇伝を伝えられる彼ならば、
いうまでもなく、こういう場合の選択肢も3か4だろうと確信していたわけです。
ところが、仲間うちで上記のような話をしていたら、突然、彼はそのどれでもないといい、
古い思い出話を語り始めたのです。
 
れは今から20年前。豪快さんがまだ高校生だったころのお話です。
豪快さんは、その日、長いことアタックし続けていた女の子からようやくOKをもらい、
初めてのデートに出かけたのでした。
彼の名誉のためにいっておきますが、「初めて」というのは「この子」と出かけるのが初めてということで。
デートそのものは、すでにその頃バージンキラーの名をほしいままにしていた彼にとっては、
「踏まねばならない面倒な手続き」以外の何ものでもなかったわけですが、
今回の彼女は、いわゆるひとつのお嬢サマ。
彼をして、デートをOKさせるだけで3カ月を要した、というきわめつけの難敵だったのです。
3ヶ月間アタックし続けるという根性は見上げたものですが、なればこそ急いては事を仕損じるというもので。
デートの日の朝、「ここは、大事に行こう」と、彼が肝に銘じたのも無理からぬトコロだったでしょう。
お決まりの映画鑑賞、公園で散策と、努めて紳士的な態度で通し、おもむろに食事へというコース。
この間、終始軽いジョークを連発しては「ワルそーに見えるけどホントは優しい、寂しがりやさん」の演出に務め、
さらにはレストランでは、彼女の椅子を引いてやるというジェントルマンぶりを発揮する念の入れよう。
こうした努力のかいあってか、さしも難攻不落の箱入り娘も表情を緩め、親愛の情を示すようになったのでした。
……が、その時。惨劇は起こったのです。
 
らが選んだのはお洒落なオープンエアのカフェレストラン。何十種類ものサンドウィッチが名物という店で、
二人ともそれぞれ好みのサンドウィッチと飲み物をオーダーしておりました。
で、やがて注文した料理が届き、二人は笑顔で食事を始めました。
サンドウィッチを手に取り、男らしく豪快に人齧りしたシムリン君は、
その齧ったサンドの断面から妙なものがのぞいているのに気付いたのです。
鮮やかな緑のレタスや真っ赤に熟れたトマトの断層の透き間から、黒いトゲトゲした脚のようなものが。
その瞬間、彼は全身を硬直させました。
そして、ともすれば込み上げてくる吐き気を抑えつつ、おそるおそるその断層を押し広げてみた彼は、
そこにまるまると肥え太り脂ぎった、体長5センチになんなんとする大ゴキブリの遺体を発見したのです。
ふだんの彼であれば、その瞬間ちゃぶ台返しならぬテーブル返しでひと騒ぎ起こさずにはおこなかったでしょう。
しかしながら、今日の彼はあくまで「ホントは優しい、寂しがりやさん」なのです。
ここまで完璧に推移してきた「絵に描いたような高校生のデート」をぶちこわしにしてはならぬ。
しかるにもし騒ぎを起こせば、ようやく盛り上がりつつある彼女の気持ちはいっぺんに醒めてしまう。
否。騒ぎを起こさずとも「このコト」に気付けば、彼女は確実に気分を壊すでしょう。
……それだけは避けたい!
彼女の夢見るデートに「そのようなこと」はおこってはならないのだ!
彼は痛切にそう思ったそうです。
かくて彼はオトコらしく、自らを犠牲にする道を選びました。
彼は大きく口を開き、サンドウィッチの「その問題の部分」を一気に齧り取り、
次の瞬間、傍らのアイスコーヒーを大きくあおり、ひと噛みもせずに丸のみ!したのでした。
 
の後、口中の感触などについて詳細緻密な描写がありましたが、あんまりなので、ここでは触れません。
「人間、やればできる」
彼は自信たっぷりに笑顔を浮かべ、話を終えました。
すっかり気を呑まれた一同は寂として声もありません。
すごい男だとは思っていたが、これほどとは。これほどのアホとは……おそるべし、シムリン君!
皆の表情には、いまや畏怖に近いものが浮かんでいました。
彼の提示した第7の、新しい選択肢とは、つまり、
 
7.黙って、食べてしまう。
 
だったわけですね……。
 
の日。豪快さんの伝説にまた一つ、新たなエピソードが加わりました。
 

 
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