不思議なお店-1

 
 に一度か二度のことですが、僕はタウンガイドの仕事をします。
「東京グルメガイド」とか、「横浜デートスポット」とか、「日帰り温泉宿150軒」とか、
本屋さんの旅行関連のコーナーにおいてある、あのムック本ですね。
つまり、ライターである僕は一定の地域を任されて、
その辺りのお店やレストランを取材して文章にまとめるわけです。
 
る秋の日の夕方。それは東京を紹介するタウンガイドの仕事でしたが、
僕は麻布十番の街を1人で取材していました。
ごぞんじですか?麻布十番。
六本木の歓楽街や麻布などの高級住宅地に隣接しているにもかかわらず、
なぜか下町の風情を残した街。
しかも、昔ながらの店が並ぶ商店街を、買い物かご下げたおばさんが行き交う一方、
都内唯一といわれる天然温泉(麻布十番温泉。ここの女将は気っ風のいい楽しい方です)やら
洒落たクラブ、カフェもあるという不思議な街です。
 
の麻布十番のメインストリートから1,2本裏手に入った裏通り。
人影もまばらな路地の一角に、そのお店はありました。
きれいに磨かれたショーウィンドウをのぞくと、古びた、由緒あり気な置物?らしきものが
大切そうに飾られています。
ああ、骨董品屋さんかな、と僕は思いました。
麻布十番に骨董品屋さんというのもいい感じだよね、
なんて考えながらドアを開けると、
狭い、薄暗い店内には、先ほど述べたような置物?がぎっしり並べられています。
機関車の形、レトロなビルの形、人形めいた形、
胸に下げられるペンダント様のものやなんとも形容に困る不思議な形のもの、
双眼鏡や顕微鏡に似たもの……。
大きさも形もさまざまなモノたちが、うっすらと古さびた光を放っています。
客の姿はなく、カウンターの向こうで店主は所在なげに雑誌をめくっています。
 
がて、ぼんやり突っ立っている僕に店主が声をかけてきました。
「どうぞ、どれでも覗いてみてください。よろしければ紅茶もお出ししますよ」
覗く?
いわれてみると、さまざまな形をしたそれらの置物には、どれにも筒型の金具?がついています。
ちょうど顕微鏡の目を当てる部分のようなもので、丸いガラスがはまっています。
店主に促されるまま、僕はそこに右目を当てました。
 
やかな色と光の渦巻く小宇宙が、そこにありました。
「ここを回すんですよ」
いつの間にか横に立っていた店主が器具のどこかをいじると、
その宇宙がぐるりと回転し、それまでとはまったく異なる色と光が散乱します。
店主が手を動かすたびに、世界は弾け、融合し、拡散し、
さまざまな色の粒子が視界を縦横に駆け巡ります。
「……これは、万華鏡ですね」
「そうですよ。でも、日本のいわゆる万華鏡とはまったく違うでしょ?」
やや得意げな声になった店主がいいます。
「アメリカに、こうしたカレイドスコープを専門に製作しているアーティストの工房がありましてね。
彼らが1点1点、手作りしているんです」
よく見ると店の隅には千代紙を貼った筒型の昔ながらの万華鏡もおかれています。
なるほど。ここは万華鏡の専門店だったわけです。
 
は夢中になって、次から次へと、
そこにある形も大きさもさまざまなカレイドスコープを覗き続けました。
いくら見つめていてもけっして飽きることはありません。
同じような色と光の交錯する世界ではありながら、
器具ごとに1つ1つ全く違う美しさがそこにあるのです。
「これは、よいものですね。欲しくなってしまう」
しかし、もちろん、値段をみると僕などにはとても手が出る金額ではありません。
「お求めになるのは、やはり専門のコレクターの方が中心ですね。
たぶん、当店が日本で唯一の専門店なんじゃないか、と思います」
そんな風にして、僕は30分ほど店主から話をうかがいました。
店主は最後にこういいました。
「お客様にはいくらでも好きなだけ覗いていってください、と言っています。
カレイドスコープの世界の素晴らしさを一人でも多くの方に知ってほしいのです」
 
の名は「かれいどすこーぷ 時代屋」。
麻布十番に行く機会があったら、探してみてください。
 

 
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