悲鳴

 
さあ、不況がやってきました。
とめどなく失業率は上昇し経済成長率は今や戦後最低。新聞も雑誌もTVも軒並み、
不景気、廃業、倒産、リストラ等々、これでもかというくらい鍋底景気をあおり立て、
右を向いても左を向いても景気の悪い話しか聞こえてきません。
太平楽なお若い方々には、なかなか実感できないかも知れませんが、
実のところ、このたびの不況、生半可なもんじゃありません。
政治も経済も社会も産業も家庭も、気がついたら床上浸水。どころか、とっくの昔にきりきり舞いして墜落炎上。
「お前はすでに死んでいる」と告げられ、脳死状態になっていたのです。
知りませんでしたか? まあ、知ってたところで、どうにもなりゃしませんが。
 
ところで、ぼくはいわゆる高度成長期のまっただなかに生まれた世代です。
戦争でいっぺん死んだわが国が生まれ変わってわっせわっせと走り出したころ、
つまり国としてもまだまだ若く育ちざかりだった頃にこの世に生を受けました。
だからもちろん経済は右上がりに成長し、給料は上がり、
生活は豊かになっていくのが当然だと思ってきたわけですね。
「経済はつねに成長する」と、日本国憲法の第二千五百九十五条あたりに書いてある
(当然、その次には「金儲けは正しい」と書いてある)と小学校で習ったくらいでありまして。
実際、「不況」なんてものは、地球の裏側かどこかで発生するタチの悪い風土病の類いであり、
その国の国民がナマケモノだから不況になんぞなるんだ、と教えられていたクチです。
ですから、どこかの国が不況だと聞こうが、食うものもないと知らされようが、
そんなニュースは24億8000万年光年の彼方の伝説みたいなもの。
ダレがなんてったって日本は違う。職も仕事もいつだって売るほどあるし、
まともに働いていれば誰でもかならず豊かになれる……
というのが人生の大前提だったのです。
結果、ぼくなんぞもこうしてコピーライターなんていうスチャラカな商売はじめたり、
鼻歌唄いながら会社なんか作っちゃう。
どこどこまでも人生とゆーものを舐めきったキリギリス野郎だったのですね。
ところが、そんな調子でスキップなんか踏んでるうちに、あのバブル崩壊ってやつがやってきました。
そりゃもう、ある日とつぜん。
どっかーん!であります。
仕事は減り、売り上げは落ち、知り合いの会社も次々倒産し、
ぼくら自身ばっさばっさと首切りに励み、会社の規模を縮小せざるを得ませんでした。
はい、リストラというやつですね。けれど、それでもまあまだまだ余裕があったといえるでしょう。今に比べれば
ようするに、ぼくたちより年上のよくぼけ爺たちが、欲かいてヘタ打ったんだろ?まったくいい迷惑だ、てなもんで。
そもそも、せっかくのバブルだったのに、乗り遅れたばかりにいい目が見られなかった自分たちは、
まんま一番違いの宝くじを山ほど買い込んでしまった、ついてない奴だと思っていたわけです。
当然、反省なんかしません。する気もない。
考えることといえば、次こそ当たりくじを引くのは自分たちだ、というなんら根拠のないさもしい確信だけ。
山ほどの通販カタログを用意して、ただひたすら次なるバブルを指折り数えて待ち焦がれていた始末で。
ところが、世の中それほど甘くはない。
景気の方は一時小康状態を得たものの、所詮根本的なところがなんら解決されておりませんから、
たちまちのうちに逆落とし。
ついにはきりきり舞いして、戦後最悪という今日の未曾有の事態を招くに至ったわけです。
そもそも今度の不景気の特長は、周期的に訪れる「一時的な停滞期」なんぞではありません。
いうなれば、日本の経済システムが根本的に変わろうとしている現れなのですね。
その変化というのはどんなものかというと、まずもって、その前提は、
景気は回復しない
というものであります。よくてせいぜい現状維持で、これ以上悪くならなければ御の字。
伸びたところでちょぼちょぼてなもんで。
まして高度成長なんて金輪際あり得ない。と。
この前提に基づいて、社会・経済システムを作り直していかなけりゃなりません。
なんせ、現在のそれは「どこまでも伸びる!」という前提で作られたもんですから、今となっては全然役に立たない。
どころか、逆に足を引っ張るような仕組みになってるわけですな。
これを作り直すというのは大変なことです。というより、まあ無理でしょう。
 
だいたいがシステムそのものから作り直すってことになると、
誰もが相当の痛みと出血を覚悟する必要がありますが、
なんせこの国には、進んで痛みを分かち合おうなんて奇特な人間はあんましいません。
だれもが、だれか他人に血を流していただき、自分は無傷で乗り切りたいなんて思ってる。
むろん、ぼくなどはその代表選手であります。
これじゃあ、無理です。レストアなんてできっこありません。
せいぜい、あっちこっちに応急手当の絆創膏を張るくらいが関の山というもので。
実際、政府や各省庁の政策もそんな案配です。
でもって、たいていの場合、そういう応急処置はさらに取り返しのつかない事態を引き起こすと決まっているのですね。
赤字国家クラブへようこそ!文化国家の証明である、
伝統あるこのクラブへ日本もようやく参加が認められたというわけですね。
大先輩であったはずの米国や英国は、最近、日本が加入した途端、
いち早くこれを脱退してしまいましたが、その権威はまだまだ衰えていません。
まことになんともかんとも。しかし。しかしです。
これがどういうことを意味するかといいますと、早い話が、おまえさんがいい目を見ることは、
温暖化で地球が破滅した後くらいまではあり得ない、と断言されたということでありまして。
生まれの遅さを悔しがり、地団駄踏んだって、ダメなもんはダメ。
地獄の底まで外れくじ野郎、あなたに決定です。
もちろん、そんなこといわれても、戦後民主主義教育の精華ともいうべき
筋金入りの甘ちゃん野郎であるぼくらが、納得なんかするわけありません。
当然ジタバタするわけですが、だからといってきちんと有効な対策を考えようなどという、
殊勝なヤカラは一人として存在しません。早い話がひたすら泣き言を言い合うという、
どこかの国の野党みたいな有り様で。もちろん、ダメなもんはダメ。
有効な対策なんぞありゃしません。
まあ、仮にそんな都合のいいものがあったところで、結果にたいした違いはなかったのでしょう。
なんせ調子がいい時はうんざりするほど悪ノリするくせに、ダメになったらたちまち青菜に塩。
一も二もなく白旗あげて全面無条件降伏。
そうすりゃ誰かがなんとかしてくれるだろう、というのがわれら「優しさ世代」の基本方針なのですから。
残念ながら、今回ばかりはその「誰か」はどこにもいやしないのですが……。
そうとわかっていても、早々と白旗あげまくり! なのがわれらが性なのですね。
やれやれ。
 

 
HOME TOP MAIL BOARD