あなたが本格ミステリマニアになるべきでない5つの理由(Directors cut)

 
〜その1 友情篇〜
本格ミステリマニアというのは、それこそもう四六時中ミステリのことを考えています。そんな自分が「異常である」という認識があるうちはまだよいのですが、マニアもきわまってくると、逆にミステリを読まない普通の/一般の/正常な友達が、馬鹿オロカに/異常に/変態に見えてくるのですね。 
……なぜ、読まない?…… 
マニアは真剣に不思議がります。ところが一般人にとってミステリなぞ気楽な消暇法の1つでしかありません。ですから、そんなものにこだわっているマニアの方こそが「変なヒト」、もしくは「危ないヒト」。こうした状態にあっては日常的なコミュニケーションを取ることさえ困難をきわめ、ましてや友情など生まれようはずもありません……。ならば、マニア同士で友情を育めばノープロブレム? 残念でした。困ったことにマニア同士というのは、例外なくお互いを論争上の「敵」、もしくはブックハントの「ライバル」としてしか認識できません。有り体に申せば、オノレ以外全員敵。「いいマニアは死んだマニア」というわけで。無論、そこに美しい友情などコンリンザイ花開くはずもないのです。本質的に一匹狼なんですね、本格ミステリマニアというのは。 
時折、マニアたちが集まって楽しく交歓したオフミレポートなんてものを見かけます。が、そんなものはむろん「見せかけの平和」でしかありません。さしずめ冷戦下のサミットとでも申しましょうか。隙あらばその足元を掬うべく、虎視眈々相手をうかがうマニア諸氏の隠微な牽制合戦が、結果としてその場に奇跡的ともいうべきパワーバランスを生みだしていたに過ぎないのです。面従腹背、唇に拳銃懐にドス。その場におられた方々のストレスたるや、察するに余りある。仮にあなたがそういう薄気味悪い集いに出席してしまった場合は、ですから早速そのような偽りの平和を破壊してあげましょう。 
ことは簡単。 
ひとこと、「本格とは?」と聞えよがしにつぶやけば、それでOKです。 
……それでも、あなたはマニアになりますか? 
  
〜その2 財政篇〜
当然のことながら、マニアは持てるお金の全てをその収集物に捧げます。 
この場合はむろんミステリ……本格ミステリの本ですね。これを買いあさるわけですが。自分でそれと決めた遊興費/お小遣いの全てをこれに注ぎ込む、ま、その程度ではまだまだ病いは軽い。それが食費を削る、交際費を削る、教科書代をごまかす……なぁんてことになりだしたらそろそろ要注意。新刊書店・古書店に行くたび財布をスッカラカンにせずにおれない、「フルタイム有り金総浚え症候群」が発現するのも時間の問題です。 
こうなってきますと、集める本そのものにも常人には理解できない「コダワリ」というものが発現します。好きな作家の本を全て集める程度ならまだしも、全て初版で……とか、エディション違いのものを……とか、同じ本でもより「状態のよいモノ」を……とか。ことにこいつを絶版だらけの欧米作家、国産でも戦前モノなぞを対象にやりはじめますと、その予算は天文学的数字に達します。むろん「んなもん読めれば一緒でしょ」という、常識人の至極まっとうな助言は、もはや彼らにとって屁の突っ張りにもなりません。書店、古書市はもはや戦場。むろん旅行であれ出張であれ、遠出したらしたで先々の町にてイの一番に古書店に突撃し、これを制圧。その後はペンペン草も生えないという……。これぞ近年、日本各地の古書店街・古書市を蹂躙する「血風」と呼ばれる気象現象であります。 
この「血風」が吹きはじめた段階で、すでに「彼」はヒトとしての道を大きく外れかけているといえましょう。実際、ここまで症状が進行しますと、もはや生半可な努力では回復は望めません。本人はいわずもがな、友人知人家族全員の一致団結した協力がなければ、社会復帰は不可能に等しい。しかし、残念なことに彼らは元来一匹狼的性向が強く、往々にして独り暮らしで家族も友人もそばにいないことが非常に多いため、これを止めるものもないまま、あたら症状を重くしていくケースが後を絶ちません。家族が気付いた時には、もはや事態は手遅れ、という悲劇も数多く……事ここに及んでは、ご家族におかれましては心を鬼にしてただちに別居、もしくは夜逃げの準備を開始されることをお勧めします。 
事実、筆者が耳にした範囲でも、カー作品の収集で多重債務者になりはてたとか、日本の戦前作家作品の収集で失職〜離婚に至ったとか……。そうした例には事欠かず、これが昨今のわが国の失業率の急上昇の一因となっていることは、すでに専門家筋での定説の1つとなっているのです。 
……それでも、あなたはマニアになりますか? 
  
〜その3 恋愛篇(この項のみ男性向け)〜
マニアになると女性にモテません。まず、この疑いようの無い「絶対の真実」をば、直視することから始めましょう。 
甘い言葉の一つもいえず金もなく、口を開けばトリックがどうの密室がどうの……。早い話、そんなオトコと交際してくれるようなキトクな女性は、この地球上に1人として存在いたしません。繰り返します。「1人もいません」。そう、誰がなんてったって例外はない のです。 
そもそも「恋愛」とか「青春」とか「デート」とか、そうした甘く切なく美しい言葉から、考えられるかぎり遠く離れたところ……おおよそ24億8000万光年の果て……にあるのが、本格ミステリとそのマニアの生息する惑星なのです。いうまでもなく、そこに女ッ気などというものはカケラほども存在しません。「このごろは、本格ミステリを読む女性も増えてきたじゃん!」……ですか? 甘いな、きみ。本格ミステリを知り、マニアのことを知悉した女性ほど、なにがなんでも! コンリンザイ! マニアの半径1キロ以内には寄り付こうともしなくなる、という事実をご存知ないのでしょうか? 
ゆえに。たとえあなたがいま、もててもてて困っちゃう系の爽やかボーイさんであったとしても、マニアを志した瞬間から世界は一変すると思し召せ。そらもー驚くくらい変わっちゃうんだからッ。信じがたいことかもしれませんが、マニアになった瞬間から、あなたのルックスさえもにわかに「大いに問題を生じる」ことになると、これは確信をもって断言できます。 
……けれど、皆様。マニアを志す以上、そんなささいなことを気にしてはいけません。そもそも異性と交際するなど、マニアにとっては時間とお金の無駄でしかないわけで。モテたいなどという低俗な欲望はもちろん、思い浮かべさえいたしません。思うだけムダ、ということを誰よりもよぉく知っているのもまた、マニア自身だったりするのです。ちなみにもし、あなたが今現在、女性と交際していらっしゃるとすれば、それは「あなたがマニアでない」か、「実は彼女はオトコである」か、のどちらかに決まっています。 
さぁ、もう一度よぉく彼女を観察してみましょう。妙にノドボトケが目立ったり、ファンデーションの下からポツポツ何かが顔を出したりしてませんか? 
……それでも、あなたはマニアになりますか? 
  
〜その4 読書篇〜
マニアになるとミステリが楽しめません。 
これは逆説ではなく、言葉通りの意味で、そうなってしまうのです。 
本格ミステリマニアの習性の1つとして、いかなる新刊ミステリに対しても「とりあえず文句をつける」というものがあります。つまり、それがどんな作家のどんな作品であっても、まずは「あらさがし」と「切り捨て」から手を着ける。そしてそれが当該作品に対する評価の、基本的なスタンスとなるわけです。だから、新刊を入手したら彼らはまず、ミスを探しケチをつけるポイントを発見することに心血を注ぎます。 
あくまで真摯に冷徹に、秋霜烈日の厳しさでもって作品と真摯に向き合う彼らの姿は、まさにマニア! 当該作品を粉みじんに切り刻み、アラを探しミスを探り、時にはこじつけでっちあげ……とにもかくにも・何がなんでも・口が裂けても・讃めることだけはしない! という決意に満ちたその姿は、さながら苦行に励む修行僧。矜持と誇りに満ちた凛々しさが窺えます。 
とはいうものの……なに、いうほど専門的なことをしているわけではありません。たとえば、作中のトリックやプロットの「類似」や「前例」を探したり、同じく作中の「地の文」でのウソやごまかし、してまた曖昧な表現などが使われていないかをチェックしたり。結局のところはパターン化された作業の繰り返しのようなものでして、慣れれば小学生にだって可能な読書法にすぎません。 
そもそもそんな読み方から得られる楽しみといえば、あってもせいぜいが陰鬱な自己満足。重箱の隅をつついて作者のミスをば見つけ、鬼の首を取った如くに小躍りする……だけ、なのですが、じつは、彼らにとってはこれこそがなにより大切な「自己実現」の瞬間です。いうまでもなく、それはミステリを楽しむというにはほど遠いものではありますが、そもそも当該作品が面白いかどうかなどという「瑣末な問題」は、テンから念頭にないのがマニアのマニアたる所以だったりするのです。 
つまるところ、面白いとか楽しいとか、そうした俗人の煩悩を捨て去ったところから、あなたのマニア道は始まる、というべきでありましょう。 
……それでも、あなたはマニアになりますか? 
  
〜その5 環境篇〜
マニアになると部屋が狭くなります。ま、当然でしょう、本ばっかし買っているのですから。 
しかも、基本的に彼らは、いったん手に入れた本を処分することはありえません。つまり、彼らの部屋のなかで、本はただただひたすらに増えていくということになる。部屋のスペースと書籍の購入頻度を比較し、ここに簡単な計算を試みるならば、いずれ確実に訪れるであろうカタストロフを推測することはきわめて容易。であるはずなのですが、その小学生にも可能な合理的な推測及び判断力が、ことこの場合いちじるしく欠如してしまうというのも、マニアの症状の1つです。……しかし、実のところこれはマニア自身の責任だけに帰するものではありません。「気付いたら、なんか本が増えていた!」……1度はあなたもそう思ったことがおありでしょう。「おかしいなあ、そんなに買ったつもりはないのに」と。 
そうです。本というものは、その総量がある一定量を超えた瞬間、所有者であるはずの人間の意志を超え、それ自身の思惟……ある種の群体にも似た集合意識……を持ち始めるのです。その集合意識の意志とは「無限増殖」。限りなく増えてきたいッ! というシンプルにして強烈きわまりない原初的な欲望の発露です。そして、この特有の性質ゆえに、マニアの住居はその存在自体きわめて危険なものとなるケースが多い。 
たとえば。ぼくの知っているあるマニアは、床一面に厚さ1メートルにわたって本を敷き、その上に布団を敷いて生活していました。……マジで床が抜けかねません。1階ならまだしも、彼は2階に住んでいたため、下の部屋から天井を見上げると、「明らかに天井が下がっている」ことが観測できたほどです(実話)。階下の住人にとって、これは不愉快どころか、紛う方なき生命の危機。生活権の侵害どころの騒ぎではありません。 
専門家の研究によりますと、本来、意識を持つはずもない物体の集積による、こうした意志の発現現象は、そのジャンルを問わずランダムに発生しているとのことですが、マニア宅に置かれた本格ミステリおよびその関連書籍に限っては、その総数が3000冊を超えた段階で、約97%に及ぶ高確率で同現象の発現を示す……との記述があります。いうまでもなく、これは他ジャンルに比較すると驚くべき高さの発現率。やはり、本格ミステリとそのマニアという2つの因子が、「無限増殖」現象の発現と密接に関係していることは疑いようがありません。つまり、「マニア-本格ミステリ-収集」という3つの要素が揃った場合、この危険きわまりない「無限増殖」現象が発生するのは、もはや必然。 
……それでも、あなたはマニアになりますか? 
(1999.10.11)

 
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