あなたもミステリマニアになれる! あるいは手っ取り早く人生を棒に振る5つの方法(Directors cut)


【その1 言動篇】
 
マニアをマニアたらしめている最大の特徴、それは、愚にも付かない蘊蓄と頑迷固陋な性格です。
むろん性格については一朝一夕にどうこうできるものではありませんが、その言動についてはさほど複雑なものではなく、特殊な技能・知識を必要とするものでもない。ポイントさえ掴めば小学生にだってマネできる程度のもので。したがって、手っ取り早くマニアになる、もしくはそう「認識してもらう」ためには、とりあえずその言動スタイルをコピーしてしまえばよい。してまた、その身に付けた言動スタイルを繰り返し使用していくことで、おのずと性格は歪み捻くれ、真性マニアに近くなっていくのは必定。いろいろな意味で、あなたがマニアへ至るいちばんの近道といえましょう。
基本的にマニアが使用するボディランゲージは、「肩をすくめる」「溜息をつく」「(不満げに)鼻を鳴らす」「憫笑する」「侮蔑の視線を放つ」の5つです。
「マニアとして」のあなたが直面するであろう、ほとんど全てのシチュエーションにおける対応は、この5つの表情と「キメぜりふ」の組み合わせで事足ります。したがいまして、マニア道をめざす皆さんにおかれては、これを繰り返し練習することから始めましょう。
では、ケーススタディ。現役の本格ミステリ作家の新作についてコメントを求められた場合。
「彼も初期にはいいものを書いてたこともあるんだけどね……」(といって憫笑する)
もしくは「きみ、あれが本格だとでもいうの?」(といって侮蔑の視線を放つ)。
これに上記の5つの表情を組み合わせてご使用ください。
ちなみに、他人からコメントを求められた場合、それが守備範囲の本格ミステリである時は、事実がどうあれけっして「まだ読んでない」といってはいけません。必ず、なにがなんでも、「とっくの昔に読んだ風」を装いながら、上記2つから適宜選んでお答え下さい。ただし……それが清涼院流水氏の新作である場合は別です。その場合は、
ぷっといきなり吹きだし、相手を侮蔑の視線で見つめる。もしくは、大きく溜息をついて首を振り、肩をすくめる。
このどちらかで答えるのがベストとなります。
また、「最近のお勧め」なんてものを聞かれた場合は、「その前に君は、古典をもう少し読んでおく必要があると思うね」
これ1本で対処しましょう。
 
【その2 蘊蓄篇】
 
本格ミステリマニアといえば本格ミステリ蘊蓄。
古今東西のあらゆる本格ミステリをば読破し、こと本格ミステリについては知らざるはなし、という。……まあ、そうなんですが、実のところこれは絶対に実行不可能な目標です。早い話、ごく基本的な古典とよばれる作品を制覇するだけでも容易なことではありませんし、そうしているうちにも新刊がザクザク出るわけで。仮にあなたが無限の余暇と巨万の富の持ち主で、してまた超人的な根気と速読術を身につけてらっしゃったとしても。……ま、無理な話でしょう。
そらもー、とてもじゃありませんが、マトモな人間が読みきれる量ではありません。ですから、それらをすべて読んでやろう、などという無謀かつ無意味かつマニアチックな野望は、速やかにお捨てになるが肝要。じゃあ、いったいどうすればいいの、と申しますと……答えは簡単。
促成栽培のマニアをめざすあなたとしては、「どれを・いかに読むか」ではなく、「いかにして蘊蓄を身につけるか」に心を砕けばよいわけです。本格ミステリを読まずに本格ミステリの蘊蓄を身につける? んなことができるの? だれしもそう思うでしょう。しかし、できるのです。というより、それは本格ミステリだけを読んでいたのでは、逆にけっして身につかないものともいえる。実は、多くの場合「マニア的な蘊蓄」とは本格ミステリの内容や面白さ、価値、分析などといったものとはまったく別次元のシロモノであり、ミステリ史的にはほとんど意味をもたない、瑣末にして副次的、断片的、無価値な情報の集積に他ならないのです。
こうした情報を入手するには、本格ミステリそのものにあたるよりも、その周辺……すなわちミステリ評論書・研究書・ガイドブックの類いに当たった方が、明らかにてっとり早いし合理的。時間および金銭の節約となるのはいうまでもありません。
また、これらのいくつかはマニア特有の口調・文体・論法を学ぶテキストとしてもきわめて価値が高く、向学の意志に燃える皆さんにとってきわめて有益であることは間違いありません。ちなみにミステリ研究書・評論書も最近は多数出版されておりますが、選書の際のポイントとしましては、できるだけ字画の多い漢字が多数使われた「中面の黒っぽい本」、そしてミステリとは金輪際縁のなさそうな思想家・歴史家・社会学者等の名前や著作が散見する本を選ぶこと。むろん内容など理解する必要はなく、スタイルだけをまねすればそれでOKです。
といって、むろん本格ミステリそのものを、断じて読んではいけない、というわけではありません。あくまで趣味として読まれる分には問題はないのです。が、残念ながらこうした行為は、ややもすれば当該作品を「楽しんでしまう・面白がってしまう」といった深刻な弊害を招きかねず、当講座としても積極的にはお勧めしかねます。ともかく基本的にはガイドブックの類いのアラスジや内容紹介を抑えておけば事足りますし、新刊については山ほどあるweb書評を利用すれば十分なのですから、無駄な労力は努めてこれを避けましょう。……まあ、それでもどうしても目を通したいという方は、翻訳ものの異版の訳文の差異やトリックの前例などに注目して読み、くれぐれも内容の面白さ等といった瑣末な問題に気を取られないよう注意してください。
 
【その3 戦略篇】
 
が、そうはいっても、そうやって集めた愚にも付かない蘊蓄を全て身につけるというのは、じつはなかなかに面倒なことです。そもそも、あくまで促成栽培を目指すあなたの選択肢には、地道にこれを学び・身に付けていくなどという迂遠な方策はあるはずもないでしょう。そこで当講座がお勧めしたいのは、あなたがあなたなりの「得意分野」をもつという方策です。
すなわち一点勝負でとことん知識を集め、叩き込み、いついかなる場においても、それのみで勝負するという戦術ですね。
戦術? なぜ蘊蓄で戦術が? 蘊蓄って「武器」なの? ……という疑問を感じたかた。 なにを今ごろそんなことをいってるんです!
もちろんマニアにとっての「蘊蓄」とは、論争において相手を「倒す」、あるいは「初心者」を圧倒し「心服させる」ための「武器」以外の何ものでもありません。つまりそれは敵手のマニアとの論争の場において完膚なきまでに相手を打ち破り、あなたの肥大した虚栄心を満足させる以外、まぁったく意味のない・役に立たないモノであることを肝に銘じましょう。
そういうわけで、あなたの「得意分野」ですが、これは一言でいうとできるだけ瑣末で無意味なものが望ましい。できればあなた以外誰一人として興味の持てない、いえ、あなた自身コンリンザイ好きになれそうもない・信じられないくらい瑣末なテーマ。そういうものを設定できれば……これぞまさしく理想的。
なんとなれば一般にこうしたテーマというのは、ポピュラーなものはほぼ100%の確率で当該テーマに先行して手を付けている「研究者」が既に存在しているからです。不幸にもそういうマニアに遭遇した場合、「つけやきば」のあなたが勝利できる可能性は万にひとつもありません。
ですから、たとえばクイーンやカーといった、誰でも知ってるポピュラーな巨匠のような「大きな」テーマは間違っても選んではなりません。作家ならば日本の、戦前の、できれば2〜3作程度しかミステリを書いてないような、てんで大したことの無い、忘れられた作家。海外なら……もしあなたが英語が堪能であるなら……邦訳の無い・海外でも忘れられた、ような作家がベストということになります。むろんトリック論の場合も同様。「密室」などというものは極力避けるべきでしょう。が、もしどうしてもそれがやりたい場合は、「密室」なら「カーの密室学講義」に出てこないものに限る……といった、それこそマニアックな限定が必要になります。
まあ、マニアックであればあるほどよいわけですから、ここは手間を惜しまず研究に精を出しましょう。
 
【その4 バトル篇】
 
マニアにとって、論争こそが「花」。
彼らにとって、それは生き甲斐でありレゾン・デートルそのものであります。ただし、誤解してはいけません。その「闘い」は闘うことそれ自体に意味があるわけでは、けっしてありません。そこには「闘いを通じてえられるナニモノカ」などという、スポーツマン好みの青臭い思い入れなぞはカケラほども存在せず、言葉通り「勝ってこそ」の生き甲斐であり、花である。まさしくマニア同士の論争というものは「勝つこと」だけに意味があるのです。
裏返せば、勝てない論争はこれを極力避けるべきであるのは当然、という結論になるわけで。……そのためにもマニア同士の会合・論争等に参加する場合は、可能な限りその出席人物について事前にリサーチし、無用の危険は注意深く事前に排除しておくよう心しなければなりません。そして、いざその闘いの場に臨んでは、何はさておき自分の得意分野に相手を引っ張り込むことに全身全霊を傾けること。……この一点に、勝負の帰趨は掛かっています。
では、そのためにはどうするべきか。
けっして「相手のいうことに耳を傾けてはなりません」。相手の言葉に耳を傾けてしまったら、その瞬間に勝負は負け。……そう思し召せ。ですから、ここは意地でも耳を塞がなければなりません。そして、さらに。なにがなんでも「自分のいいたいことだけを大声でいい続ける」こと。
御承知のとおり、わが国では「声の大きいものが正しい」という古式床しく麗しい習慣がありますから、ともかく声高に主張し主張し主張し抜く。そうして相手をおのが土俵に引っ張りこんでしまえば、もはや勝利はあなたのものといえるでしょう。
それじゃ議論にならないじゃん! ですって? 誰が議論してるといいましたか!
これはもちろん議論などではありません。そもそもマニアは議論などという無粋なものはいたしません。マニアは「主張」するだけ。だからこそ「声の大きなものが勝つ」のです。
しかし、めでたく己の守備範囲に引っ張り込むことができたとしても、気を抜いてはなりません。攻撃はとことん・徹底してやること。いうまでもなく相手方への遠慮や同情は絶対に禁物です。仮に論争の場で相手が屈服したようにみえたとしても、それはあなたの声の大きさと強引さに閉口しただけ。相手は、スキあらばあなたの寝首を掻こう・後ろ足で土を引っ掛けてやろう、と考えているに違いありません。つまり、彼らはいついかなる場合においても相手の意見に「納得」することは、金輪際ありえないのです。
あなた自身もまた、それを重々肝に銘じておくべきであることは、もはやいうまでもありますまい。
 
【その5 啓蒙篇】
 
本格ミステリマニアにとってのもう一つの花。それが「啓蒙」です。
ある作家が、あるいは本格ミステリというものが好きな、純真な、初心者のファンに対する啓蒙活動。マニアにとってこれほど心躍る、してまた赤子の手をひねるがごとく容易い「仕事」はありません。なんといっても相手は純真きわまりないコヒツジちゃんたちです。あなたがお手軽に身につけた、てんから役に立つはずもない蘊蓄であっても、あなたがマニアである、というその一点において、それは「神の御言葉」にも等しい尊敬すべき・重要きわりない「金言」となります。ともかくかれらは疑うことを知らないコヒツジちゃんでありますから、まー基本的にはどんないーかげんなことをいっても心配はありません。むしろ、できるだけ偉そうに重々しく、秘密めかして語りかける、その口調の方が重要だといえる程度でありまして。
むしろ難しいのは、そうした生け贄(聴衆)をいかにして集めるか。そうした「場」をいかにして作るかという点です。従来は、大学の研究会・サークルや作家のファンクラブの類いに入会し、じっと時節を待つしか方法はなかったのですが、さいわいなことに近年、インターネットという便利なものが登場し、これにホームページを作って読者を集めるというお手軽便利な方法が考案されました。
これを用いれば、誰でもその日からマニア面してエラソなことを言えるようになります。
聞いてくださる方がいるかどうか、はまた別の問題ですが、手っ取り早く「自己主張」の場を確保する手段としては、現在おそらく、これ以上のものは存在しないでしょう。
というわけで、お手軽促成栽培の本格マニアをめざす皆様におかれては、ぜひとも直ちにHPを開設することをお勧めします。
ついでに、そんなあなたの邪悪な目的に合った邪悪なHP例を紹介しようと思ったのですが……実はしかし、そうしたいい加減きわまりないあほなマニアのホームページというのはあまり存在しません。
大半はまことにまじめかつ真っ当なミステリファンにのみお役に立つ、まっとうなミステリページばかり。
そーですねえ。そういういい加減でアホでスチャラカなHPといえば…… ここJUNK LANDくらいでありましょう。
 
というわけで、参考になりましたか? マニア志望者の皆様。
(1999.12.18)


 
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