死体が持っていた本  −Bの悲劇−
 
By YABU
 
…………親愛なるMAQさんに捧げる…………
 
【前口上】
 
何はさておき、この様な機会を提供して下さったMAQさんに心からお礼申し上げます。
 
今だに自宅にパソコンが導入できず、会社から休み時間を利用してHPを眺めていただ
けの私が《JUNK−LAND》の魅力にとりつかれ、とうとうこの様な大それたこと
をしてしまいました。
この問題は私が無い知恵を絞って、幾つかのネタを盛り込んだものです。そのネタには、
真相と関係あるものもあれば、関係ないものもあります。名探偵の皆様が、事件の真相
だけではなく関係のないネタにまで、その明敏な思考を向けて頂けることがあったとし
ましたら、作成者冥利というものだと思います。
 
なお、この問題はMAQさんのact4に比べれば、数段優しい問題です。act4を
「斜め屋敷の犯罪」とするならば、この問題は「ボストン絵画幽霊事件」といったとこ
ろでしょうか。この問題の解明は、act4の解明の役にはたちそうもありませんので、
その点は御容赦を。
 
それでは、お暇のある方は是非お立ち寄りください。
 
P.S.パソコン買うぞー! おー! (いつ?)
 


【問題篇】
 
出会い
 
「お待たせっ!あれっ……」
トイレに行った彼女を待っていた俺は、背後から肩を叩かれ振り向いた。由貴が戻って
きたと思った俺の目の前には、見知らぬ女が立っていた。女の方も戸惑った表情をして
いた。
「すいません、間違えました」
「どうしたの?」
トイレから戻ってきた由貴が怪訝な表情を浮かべて、近付いてきた。
「いえっ、その……私の友達と似ていたものですから。すいません」
女はそう言って、周りを見回した。
「あっ、あそこにいた。樹!」
女が手を振りながら、少し離れた所で佇んでいた男に声をかけると、男が振りむいた。
「……?」
俺と由貴はその男の顔を見て、声を失った。男も、どう声をかけていいのか分からない、
といった表情を浮かべながら、こちらに近付いてきた。
女が面白そうに言った。
「この二人、すっごい、似てるよね」
 
四人の関係
 
俺の名前は君好雷太(きみよしらいた)、29歳の某証券会社の営業マン。今日は休みを
利用して彼女と、彼女の故郷である高崎に遊びに来ていたのだ。
彼女の名前は坂地由貴(さかちゆき)、27歳で俺と同じ会社のOLだ。社内でも評判の美
人だが、少なくとも俺には浮いた噂は聞こえてこなかった。俺も二枚目のはずなんだが、
目が悪いためにいつもかけている野暮ったい眼鏡が邪魔をして、それ程評判は高くない。
最初は嫌われていた俺が、幾多のアタックの末に彼女と付き合うようになったのは、ま
た別の話である。
そして、俺達が出会った男の名は火村樹(ひむらたつき)、27歳で某ソフトハウスのプ
ログラマ。かなりの自信家のようで、実際プログラマとしての実力もあるのだろう。
彼も久しぶりに故郷に彼女と一緒に遊びに来ていたようだ。火村の彼女の名前は祖父江
星華(そふえせいか)、26歳の某銀行OL。派手な感じの美人で、火村の彼女にしては頭
が弱そうだ。
俺達四人が、ある「事件」の登場人物になろうとは、この時誰も思ってはいなかっただ
ろう。
 
昼食
 
昼時になり俺達4人は食事をすることにした。食堂は混んでいたが、何とか四人の席を
確保する事が出来た。俺の左隣に由貴が、俺の正面には火村が、そして火村の隣に祖父
江がそれぞれ座っていた。
「君好さんと樹がそうしてると、鏡を見てるみたいでしょう」
と、祖父江が言い出した。
確かに、火村と俺は同じカレーライスを向かい合って食べていたので、まるで正面に鏡
が置いてあるようだ。火村は自分の話の腰を折られて、むっとした表情を浮かべて、言
葉を続けた。
「何、馬鹿なことを言ってるんだよ。それよりもさっきの話の続きですけど、統計を出
す時はなるべく偏らない大きな母集団をつくらないと意味がないと思うんですよ。例え
ば、この四人を母集団とすると僕を除いた三人にある共通項の確率は75%にもなって
しまうんですよ。こんなものには何の意味も無い。日本の人口1億人強の中から、僕と
君好さんが出会う確率なんてものは充分意味があるかもしれませんけどね」
火村だけが上機嫌に話をしていた。それも、肉体派の俺にはあまり興味の無い話題ばか
り。
しかし、俺の隠された一面を見ているみたいで、興味深いものではあったのだけど。
 
昼下がり
 
どうも由貴の様子がおかしいと感じていた俺は、食事の後、由貴に聞いてみた。
「どうしたんだ、由貴。何か元気がないな」
俺はそう言いながら、缶ジュースのプルトップを左手で軽く押し込むと、由貴に差し出
した。
「ありがとう。うーん、ちょっと疲れちゃったのかな。御免ね、大丈夫だから」
由貴は少し微笑んだ後、ジュースを一口飲んだ。
「ちょっと、ブラブラしてくるね。」
俺はまだほんの少し残っていた心配を表情にださないようにして、由貴が歩いていくの
を見送った。そこにちょうど、火村がやってきた。彼も彼女に置いていかれたようだっ
た。
食事の頃から気付き始めたのだが、火村と祖父江はどうもぎこちない雰囲気が漂ってい
た。うまくいってないのかな、と俺は一瞬考えたが、他人の事をとやかく詮索する必要
もないかと、すぐに思い直した。
二人で何気に歩いていると、突然後ろから走ってきた男が火村にぶつかってきた。火村
は少しよろけて、ずっとかけていたサングラスを落としてしまった。
「ばか野郎!」
火村はあらぬ方向に文句を言い、サングラスを捜し始めた。火村の足元に落ちていたサン
グラスを、俺は拾い上げた。
「このサングラス、あんまり見たこと無い感じだね」
「えぇ、特注品なんですよ」
「へー」
そう言いながら、俺は自分の眼鏡を外して、火村のサングラスをかけてみた。
「おぉ、いいね。やっぱり職業柄?」
そう言って、俺はサングラスを火村に返した。
「そうですね。仕事を始めてから急にですから。ところで、僕達の名前に関して面白い
ことがあるのに気付きました? 僕達、二組のカップルがそれぞれ結婚したら、僕と星
華は亭主関白の家庭になりそうだけど、君好さんは尻にしかれそうですから、気を付け
た方がいいですよ」
「はぁ?」
「さて、二人を捜して、そろそろどこかへ行きませんか?」
 
ホテル
 
夜になって、ホテルに帰ってきた俺達4人は、フロントマンからとんでもない話を聞か
されることになった。
「誠に申し訳ございません。部屋係の者が、火村様と君好様のお部屋を汚してしまいま
して。代わりに空いておりましたシングル4部屋へ、移って頂けませんでしょうか?
もちろん、お部屋代の方は結構でございますので」
俺達4人は戸惑ったが、部屋代が無料になるのであればいいか、と思い部屋を移ること
を了解した。
「それじゃ、また明日」
一日遊んで疲れていた俺達は、それぞれの部屋へと引き上げていった。事件はその夜に
起こった。
 
殺人
 
火村はホテルの自分の部屋で殺されていた。第一発見者は祖父江だった。火村を起こし
に部屋に行ったら、部屋の鍵が開いていたので中に入った所、火村の死体を発見したら
しい。
火村は部屋にあった灰皿で右側頭部を殴られたことが致命傷になったようだ。即死とい
う訳ではないが、ほとんど動く力は無かったのではないだろうか。灰皿は程よい重さが
あり、女性の力でも充分殺害は可能らしい。もちろん、男性の力であれば言わずもがな
である。指紋は拭き取られたらしく、残っていなかった。
床には火村がいつもかけていたサングラスが落ちていたばかりでなく、火村が這ったの
か、何かが引きずられたような跡が残っていた。そして、火村のいっぱいに伸ばした右
手が備え付けの机の上の一冊の本にかかっていた。火村の手がかかっていた本を含めて、
机の上には四冊の文庫本が散らばっていた。本の題名は、「地獄の奇術師」、「迷路館
の殺人」、「誰彼」。
そして、火村の右手がかかっていた一冊は「占星術殺人事件」。
 
会談
 
火村の死体が発見された日の午後、俺は階段の踊り場で刑事さんと話していた。
「刑事さん、見通しの方はどうなんですか?」
「まぁ、これからというところですね。いくつかの仮説は浮かんではいるんですが……」
「あの死体の状態は何を示しているんでしょうか?」
「あれは、なかなか興味深いですね。祖父江さんの話によりますと、火村さんはかなりの
ミステリ好きだったらしいです。私もミステリは結構好きでしてね。現場にあった本は四
冊とも読んで知っているんですよ」
この刑事さんは喜んでないか?と、俺には思えた。
「僕はミステリ小説なんて、ほとんど読んだことないんですが、内容が何か関係ありそう
なんですか?」
「関係あるのか、無いのかは、今考えている所ですが、簡単にそれぞれの本の内容をお話
しましょうか」
「お願いします」
「まず、「地獄の奇術師」ですが、これは二階堂黎人(にかいどうれいと)という人の書い
たデビュー作です。地獄の奇術師と名乗る怪人が過去の復讐の為に次々と起こす事件を、
二階堂蘭子(にかいどうらんこ)という女探偵が解決する作品ですね」
牛腰刑事の口からは、すらすらと言葉が出てきた。
「次に、「迷路館の殺人」ですが、これは綾辻行人(あやつじゆきと)という人の作品で、
地下に迷路を持つ館の中で起こる連続殺人を書いた作品です。次に、「誰彼」は法月綸太
郎(のりづきりんたろう)という人の作品で新興宗教の教祖の首切り殺人を扱った作品で、
作者と同姓同名の探偵が解決する作品です。そして」
「ちょ、ちょっと待って下さい。事件とは全然関係なさそうじゃないですか」
「まあ、まあ。次が問題の「占星術殺人事件」ですが、島田荘司(しまだそうじ)という人
のデビュー作で、複数の人体をバラバラにして一人の人間を創り出そうとする事件を御手
洗潔(みたらいきよし)という探偵が解決します。どれも、最近のミステリ好きには
広く名前が知られている本格ミステリの傑作ですね。しかし、かなりのミステリ好きにし
ては、少し前のメジャー作品で、今読む作品としては半端な印象のものばかりです」
俺の頭の中では訳の分からない名前が渦を巻いていて、少なからず混乱していた。
「えぇ、"あやつじ"に"のりづき"、そして"みたらい"ですか?何なんですか、それは?
それに、首切りとかバラバラとか。本を持っていたのは、単なる偶然じゃないんですか?」
「部屋の状況から考えて、被害者が倒れた場所が、私たちの発見した通りの場所だったと
は考えられません。あの本に手をかけるためには、多少なりとも動く必要があったと思わ
れます。普通であれば、あんな本を取る前に電話に手を伸ばすんじゃないですか?」
「そう言われると、そうですね」
「そうじゃないということは、何か特別な意味があると思うんですよ。君好さんは、ダイ
イング・メッセージとか入れ替え殺人とかの話を聞いたことはありませんか?ま、小説の
中での話なので、非現実的なものも多いんですけどね。ミステリ好きって
人種は、よく訳の分からないことを考えてるものですから。火村さんも死ぬ前に何を考え
たのか、知れたものじゃありませんよ」
俺は少し不安なものを感じていた。大丈夫かな、この刑事さん。
「もう少し、時間を下さい。近い内には、解決してみせますよ。それでは、失礼します」
 
【問題篇・了】
 
 
【幕間 あるいは読者への挑戦】 
 
さて、親愛なる読者の皆さん。
例によってここで作者は皆さまに挑戦いたします。
 
殺人事件の真犯人は誰か? 合理的な説明とともにご指摘ください。 
 
※ただし宇宙人・怪物・幽霊・超能力の類いは除きます。
 
 
【解答の仕方】
 
●正解を得たと確信された方は、メールにてMAQにお答えをお送りください。
●例によって、解答に掲示板を使うことはご遠慮下さい。
●解決編は隠しページとしてアップします。「正解者」および「ギブアップ宣言者」にのみ、メールにてそのURLをお伝えします。
●「ギブアップ宣言」は、掲示板/BOARDもしくはメールにて「ギブアップ宣言」とお書き下さい。MAQがチェック次第、解決篇のURLをお教えします。
 
回答の宛先はこちら>yanai@cc.rim.or.jp
 
ではでは。名探偵「志願」の皆さまの健闘をお祈りします。
 
 
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