牧野正人/つのだたかし/ほか
「オルフェオの嘆き」
- 能舞台によみがえるバロックオペラの輝き -

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出演:
牧野正人(オルフェオ)、波多野睦美(音楽の女神・妖精・使者)、
米良美一(牧人)、中嶋しゅう(語り手)、加来陽子(エウリディーチェ)、
つのだたかし(アーチリュート)、福沢宏(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、
上薗未佳(チェンバロ)、秋葉美佳(ヴァイオリン)

演出:笠井賢一
衣装・染絵:望月通陽
衣装製作:有松陽子
照明:小笠原純
舞台監督:丹下一
製作:つのだたかし
主催:ダウランド&カンパニイ
後援:芸術文化交流の会

1996年6月8日(土) 6:30pm
銕仙会能楽研修所(東京・南青山)

★バロック・バリトンとして定評のある牧野正人がリュートのつのだたかしと 組む舞台演奏会の3回目。いまや確固たる名声を獲得している波多野睦美と米良美一も 加わり、より充実したキャスティングとなった。会場の銕仙会能楽研修所は収容 人員200人・桟敷席のみの小さな能楽堂である。前売券はかなり前に売り切れ、 臨時に追加公演が組まれた。

★モンテヴェルディの初作にしてオペラ史の本格的幕開けとされる「オルフェオ」に ついて今更語るべくもないかもしれない。音楽と語りの見事な融合をみせている この作品は今でもその輝きを失うことなく各地で上演され、数々の名録音を残して いる。つい最近国内盤が出た ヤーコプス指揮によるものもそのうちの一つである。能舞台と「オルフェオ」の 取り合わせは一見奇異に感ずるかもしれないが、「オルフェオ」と同様の状況設定 の物語が実は日本の「古事記」にも登場しており、能舞台でこのオペラが上演される ことは興味深いものがある。 また、能楽堂のように密閉された残響ゼロの空間においては 舞台上の役者たちの息使いまでも聴き取ることができ、目的によってはコンサート ホールやオペラハウスより有効かもしれない。それだけに役者にとっては 技量が如実に反映される非常にシビアな環境といえる。それも能楽と違って 歌唱しなくてはならないのだから。

★音楽の女神として登場した波多野の歌唱力にはいつもながら聴き惚れてしまう。 今回、唾が飛んで来ようかというほどの至近距離で聴いたのだが、音程の正確さ といい息の使い方といい完璧と言わざるを得ない。彼女にはスランプというものが ないのだろうか。これを聴いただけでも来た甲斐があったと思った。続いて牧人役 の米良が客席後方から登場。初めて生で見たのだがその小柄ぶりにちょっとびっくり。 そこから発せられる声には大きなびっくりである。CDで予習されていたとはいえ、 あの声が実際に人体から発せられる現場を生で見ることができたのは収穫だ。 高いほうだけでなく低音もなかなか深いものがあり、これからも楽しみである。 牧人の米良と妖精役で再登場の波多野が、オルフェオとエウリディーチェの婚礼を 祝い踊りながら重唱するシーン。カウンターテノールとメゾソプラノではあるが、 二人の声質が似ているなと感じた。

★オルフェオを演ずる牧野にとってこの題材はオハコだけあってさすがと いわせるものがある。歌唱力もさることながら、歌っていない時の表情も 繊細に表現されており、主役の面目躍如といったところか。そしてエウリディーチェ を演ずる加来。今回エウリディーチェには台詞が与えておられず、黙役として 登場した。表情だけで存在をアピールしなければならず、これはこれで大変な 役といえる。婚礼を前にして幸せに包まれ見つめ合うオルフェオとエウリディーチェ。 あのように幸福の絶頂といった笑顔で見つめられては、どんな男でも舞上がって しまうだろう。私も彼女のことをずっと注視してしまい、彼女が舞台から去るのが 残念でならなかった(^^;)。彼女の愛くるしい笑顔は、やがて訪れる不幸を より一層悲劇的に仕立てるのに十分効果的であった。

★物語は全編原語で上演されたのだが、観客の理解を助けるため中嶋しゅうによって 日本語による語りが挿入された。エウリディーチェが毒蛇に噛まれ急死したこと、 オルフェオが悲嘆に暮れながらも冥界に赴き妻を取り戻す決心をし、歌によって 冥界の王の心を動かしたことなどが簡潔に語られた。波多野と牧野によってその 様子が緊張感と絶望感、そして希望感の中に歌われた。この辺の物語の展開部は 器楽演奏陣の腕の見せどころでもあり、役者との抜群のコンビネーションを披露した。

★今回の舞台に特別な装置や仕掛けが施されているわけではない。パルドン・ レコードの装画を手掛ける望月通陽による幕と衣装のみだ。役者の演技力と 演奏で勝負するというつのだたかしの自信のほどが伺える。実際役者たちの 演技力はそれに応えるもので、役柄の内面を観客に露出させていた。しかし これは演出する側の解釈を観客に押しつけるものでは決してなく、観る者に 解釈の自由度を与えている。それが顕著に表れたのが、オルフェオが冥界から 妻を連れ戻る際掟を破って振り返ったため永遠に妻を失ってしまった後の場面だ。 嘆きの歌を歌い尽くした後、呆然とへたり込むオルフェオ。リュートとヴァイオリン が静かにもの悲しげに音を奏でる中、ただ時間だけが刻まれていく。 観客はオルフェオがいま何を考えこの空虚な時を過ごしているのか、 想像することになる。小さな会場の効果もあり、役者との一体感も増す。 心憎いばかりの配慮といえよう。そういったことからも、オペラに壮麗な舞台装置と 圧倒的なパワーを求めるならこの会場に足を運んではならない。

★大変素晴らしい舞台ではあったのだが、構成という点からすると物足りなさが 残ったのも事実だ。モンテヴェルディ本来の「オルフェオ」は5幕からなる100分 以上の作品なのだが、今回は3、4、5幕の一部が省かれ休憩なしの80分で行われた。 とくに最後にオルフェオが父アポロと重唱する場面は感動的であるだけに略された のは残念だ。もっともこの企画はオルフェオのアリアを起点として、回を重ねる毎に キャストも増えてきたものであるので、それを求めるのは酷かもしれない。 いつの日にかこの企画に賛同する歌い手が更に加わり、ポリシーはそのままに タイトルが「オルフェオの嘆き」から「オルフェオ」へと変わることを期待せずには いられない。

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Last Modified: 2008/Jun/10 00:11:05 JST
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