今年下半期ではもっとも楽しみにしていた ヒリアード・アンサンブルのコンサート。 タリス「エレミアの哀歌」、ジョスカン作品集、オケゲム「レクイエム」などなど 不滅の録音を残し、ポール・ヒリアー脱退後は「オフィチウム」やペルトの 録音で成功を納めている彼らの生演奏をようやく聴く機会に恵まれた。 今回はオケゲム特集ということで今の私の興味的にも一番のプログラム。 いやあ、さすがにつくばから三鷹は遠い(-_-;)。三鷹がというより駅から 芸術文化センター までが歩いて結構ある。しかしホールはすばらしい。600席はカザルス(500席)と 紀尾井(800席)の中間くらいで、ゆったりとしたエントランスロビーも気持ちがいい。 開催される演奏会も古楽分野が多く、この近くに住んでいる人が羨ましいくらいだ。 前々から思っているのだが、関東の古楽関連のイベントって中央線あるいは西武線沿線 に集中しているような気がするんだけど気のせいかな?4人はチラシに出ているような赤・黄・緑・青のカラーシャツで登場。 最初は「ミサ・ミミ」。しょっぱなから完璧に ハモっています。聴けばすぐヒリアードとわかるあの独特のCTの声が頭上を 越えていく(私は前から5列目真中の席でした)。音量自体は大きくないけど、 鼻から上頭部を抜けるように響く声がホール全体に浸み渡るような、不思議な感覚。 これがCTだけでなく4人全員の発声に共通しており、そこから生まれる 和声は本当に精密機械のよう。グレゴリオ聖歌はCTを除いて歌われたが、 単旋律ながら3声域の厚みが出ていて美しげ。 前半の山はやはり「ミサ・ド・プリュ・ザン・プリュ」か。 タリス・スコラーズとオルランド・コンソートの録音でもう60回くらい 聴いただろうか、今年一番お世話になった曲。クレドでしか比較できないが、 半音の取り扱いなどはオルランド・コンソートに近い感じ。中間部の "Et incarnatus est de Spiritu Sancto"ではテンポを落して情感たっぷりと演奏。 いや〜やっぱりこの曲はいいぞ。できれば全曲聴きたかった。
後半もオケゲムを中心に展開。「ミサ・カプト」「ミサ・プロラツィオーヌム」 ともまだ聴いたことがなかったんだけど、大きなうねりの中に 小さな起伏があるオケゲムらしい曲。とくに彼のミサで最も技巧的でしかも 美しいといわれる後者を聴いた時の感覚はどう表現したらよいのだろうか。 例えるなら、高校生の時、数学のオイラーの公式に自然界の神秘をみた時のような 感動だ。これも全局聴きたい。CD買うしか。
というわけで、オケゲムの4つのミサからキリエ、グローリア、クレド、 サンクトゥス、アニュス・デイを抜き出し、間に彼にゆかりの作曲家の曲を 入れ一つの大きな儀式として構成されたコンサート。アニヴァーサリならではの 聴きごたえのある演奏会だった。歌い方に変化があるわけではなく、全曲同じ 調子で演奏されるので人によっては退屈に感じられたかもしれない。 世俗曲までもああいう歌い方でやってしまう(^^;)潔さは、ひとつの生き方と いえるだろう。 アンコールには一転して現代曲が演奏され、ホモフォニックな不協和音が 新鮮に会場に響いた。鳴りやまない拍手に応えて3曲も。 ここまで倍音を継続的に生成できるという事実に人間の声の驚異を感じた。
なお会場では限定発売(店頭売りなし)の Hilliard Liveを販売していた。私は"For Ockeghem"を購入。 今回の演奏会はこのCDの内容に沿ったもので、今日本公演では「プログラム A」 としてセットされた。「プログラム B」にくらべ公演数が少なかったようなので、 聴き損ねた方は通販を利用してみてはいかがだろう。もっとも、生のほうが 格段によかったけど(^^;)。さらにECMからは「オフィチウム II」が出るとの話も!!
ところでニコル・ルヴェテュによって描かれたあの有名な絵なんだけど、 最新の研究によると、 オケゲムは眼鏡の老人ではなく譜面台の右に立っている男であるそうな (@レコ芸11月号海外新譜情報 by 吉村恒氏)。これは驚き。というか フツーのおっさんになってしまってなんか残念な気も。しかしよく観察してみると 構図の真ん中でひとり余裕の笑みを湛えているようにも見える。 今谷和徳先生の「ルネサンスの音楽家たち I」をお持ちの方は巻頭カラーを 参照されたし。(Web上でこの絵を発見された方、教えて下さい!)
【ヒリアード・アンサンブル97年来日公演関連リンク】