ZAPPING TALK BATTLE

第2回 ミステリファンに勧める時代小説/VS 風来堂
 
今回のお客様 風来堂さん のProfile
 
九州で書店を経営してらっしゃる「風来堂」さんは、筋金入りの時代小説マニア。時代小説のことはもちろん、それ以外でもいろいろとご教示いただいています。お歳はわかりませんが、MAQは「ご隠居」と呼ばせていただいています。
 

sect 01


捕物帳・国産ミステリのもう一つの源流
 
 さて、ご隠居。最初はやはりミステリ色の強いものからいきましょうか。
 となると、あれだな。捕物帳。この頃とんと書き手がいなくなったジャンルだが、
  こいつぁ日本の推理小説の源流の1つともいえるからな。
 源流というと、岡本綺堂の「半七捕物帳」ですかね?
 そうそう。半七の第一話「お文の魂」が発表された1917年はかのホームズの「最
  後の挨拶」が発表された年なんだな、これが。
 たしか、「半七」の作中にもホームズへの言及がありましたね。
 そうそう。つまり綺堂は最初からホームズものを意識して書いたてェわけだ。実際、
  「半七」もホームズ風の短編ミステリだったし。
 捕物帳といえば、江戸情緒や江戸風俗を描く「季の文学」だなんていわれてますが、
  その出発点の「半七」は英国風のミステリであったわけですね。
 その「半七」がヒットして、いろいろな作家が同工異曲の作品を書くうちに「日本
  風」になり、「季の文学」になっちまったと。まァそっちはそっちでアタシは嫌い
  じゃないんだが。
 ま、ご隠居。今回はテーマがテーマなんで、そっち方面の話はまた機会をあらため
  させていただいて……。
 そういうことなら、久生十蘭の「顎十郎捕物帳」をあげとこうか。こいつは「半七」
  以上にもろミステリしてるからな。
 いいですね、「顎十郎」は僕も大好きです。とてつもない不可能犯罪が冒頭にドン
  とある。それを理詰めで絵解きしてアッと驚く解決を導く。まるきりカーですな。
 あれがすごかったな。あのマリー・セレステ号事件みたいな話。
 「遠島船」ですね。千石船の船員がきれいさっぱり消えてしまう話。消失ものなら
  「両国の大鯨」もすごいですよね。見せ物小屋で見せ物になってた大鯨が一夜にし
  て消失してしまうってやつ。
 ありゃどうだい?「紙凧」だっけか。衆人環視のただ中で千両箱が32個も消えてし
  まうんだから、これ以上ないくらいの不可能犯罪だろう。 それをきっちり理詰めで
  解決するところが、またすごい。あれはたいへんな作家だよ?
 おっしゃる通り、作品数は捕物帳としてはさほど多くはありませんが、純粋にミス
  テリとして読んでも、非常にレベルが高い短編集でしたね。
 じゃあ、あれは?佐々木味津三の「右門捕物帳」。けっこう派手な話が多かった気
  がするけどもな。一夜のうちに1本の松に5人も首つりがぶら下がるとか……。
 「首つり五人男」でしょ。ご隠居、ありゃあいけません。だって結局なんで5人が
  その松にぶら下げられたかてんで説明されないんですもの。「右門」は確かにいつ
  も冒頭は派手ですが、結末でガックリくる話ばかりですよ。
 ああいうのもノンビリしてて楽しいんだが、ダメかい。
 やはりミステリ的にはどうか、と。
 なるほどねェ、難しいもんだの。じゃあ、戦後の作だが坂口安吾の「文明開化 安
  吾捕物帳」は?
 あれはいいですね。勝海舟がアームチェア・デティクティヴを気取って、いつも失
  敗するやつでしょ。
 そうそう。まあ、「不連続殺人事件」の作者だからな。ミステリとしていい加減な
  ものを書くわけはないが。
 「顎十郎」ほどの完成度じゃありませんが、さすがにミステリのツボを知ってる書
  きっぷりでしたよね。
 
 
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sect 02


血沸き肉踊る、時代伝奇 の世界
 
風 ……まあ、捕物帳はこんなもんだろ。「なめくじ長屋」とかミステリ作家の作品は、
  ミステリファンなら当然チェックしてるだろうしな。
 そうですね。じゃあ、次は何を。
 伝奇ものなんてどうだい?あたしゃこいつが大好きで……
 いいですね、隆慶一郎とか。
 隆さんはアタシも大好きだが、その面白さはみんな知ってるし、ことさら取り上げ
  るまでもないだろう。
 一応、お勧めだけでも挙げときませんか?
 そうか。じゃまあ、入門書としちゃデビュー作の「吉原御免状」だろうな。その後
  は「影武者 徳川家康」と。
 賛成です。まあ、あの人の長編はほとんど外れがありませんから、その後はどれを
  読んでも差し支えないですね。
 まったく惜しい人を亡くしたもんだよ。いわば彼はかつての血沸き肉踊る時代伝奇
  小説の世界を今に蘇らそうとしてたわけでね。雄図半ばにして倒る、というか。と
  もかく、この人の小説が面白かった人はぜひ時代伝奇の世界を読み進んで欲しいね。
 とすると何でしょう。「富士に立つ影」、「神州纐纈城」……。
 どちらも傑作じゃアあるが、いきなりそいつはチトきつかろう。もうちょっと読み
  やすいものを挙げておこうよ。アタシはね、角田喜久男がいいと思う。
 ははあ、この人もミステリ作家でしたもんね。「高木家の惨劇」とか「笛吹けば人
  が死ぬ」とか。
 そうそう、わりとトリック中心の謎解きミステリを書いた人だな。そのせいか伝奇
  小説を書いてもどこか論理的というか。冒頭じゃとんでもねェ怪異を書くのにラス
  トできっちり無理のない解決をつけてくる。
 なるほどよさそうですね。で、作品は何を?角田さんは作品数も多かったんでは?
 「半九郎闇日記」はどうかね。面白いぞォ!死んだはずの大石内蔵助と赤穂浪士が
  復活し、大江戸の闇を跳梁跋扈。さらには浦島太郎に於兎姫まで出現して、謎の怪
  文書の争奪戦を繰り広げるという……。
 たしかにあれは面白かった。於兎姫の手下の亀まで出てくるんですよね。でも、ち
  と入手が難しいのでは?僕も神田で探した時はずいぶん苦労した記憶があります。
 図書館か古本屋ということになるかの。講談社の大衆文学館からはでてなかったけ
  か?まあ古本でも春陽堂の文庫版ならそれほど難しくないと思うし。角田さんのも
  のなら「風雲将棋谷」「妖棋伝」あたりの方が入手しやすいかも。これも面白いな。
 読者は頑張って探してみてください、と。
 まあそれも楽しみの一つだな。逆に入手しやすいとなると現代作家か。じゃあ藤沢
  周平の「闇の傀儡師」に、司馬遼太郎の「風の武士」はどうだい。2人とも今でこ
  そ正統派歴史小説・時代小説の作家と見なされているが、この2作は大御所らしから
  ぬ?本格的な時代活劇というか、もろ時代伝奇小説だ。
 「風の武士」なんてびっくりしますよね。紀州・熊野山脈の奥深く、古代日本に流
  れ着いたユダヤ人の「夢の帝国」があるという……まるで半村良みたいです。
 あと、早乙女貢の「海の琴」というのもいいぞ。宝探しに貴種流理譚を組み合わせ
  た堂々たる時代伝奇に仕上がっている。
 それは知らなかったなあ。早乙女さんっていうと、こうエロチックな「くの一モノ」
  ってイメージで。
 だろ?ま、読んでみなさい。面白ェから。
 
 
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sect 03


なんたって風太郎はスゴイ!
 
 「くの一」の話が出たが、忍者ものはどうだい?
 ミステリ的にいえば、さしずめエスピオナージュでしょうかね。まあ、そういいき
  るにはいささか荒唐無稽ではありますが。
 なに、そこが面白ェんだ。 なんたって山田風太郎だな。あの忍法ときたら!
 ですよねぇ、風太郎の忍法帖シリーズは脳みそ逆上がりしそうなスゴい忍法のオン
  パレードで、ほとんどSFの世界です。
 まあ、ダメな人は受け付けないかもしれないが、ともかく「奇想」とはこういうも
  んだってぇのが実感できる。
 アレもたくさん出てますが1作選ぶならなんでしょうか?
 とりあえず「甲賀忍法帖」を勧めておこうか。 シリーズ第一作で、風太郎忍法帖の
  あらゆる要素が詰まってるからな。
 将軍の跡継ぎを決めるため、手下の忍者がチームを組んで勝負する話ですね。1対1
  でトーナメント勝負してくゲーム感覚が楽しめます。
 忍法ものなら柴田錬三郎の「赤い影法師」もスゴイぞ。同じく破天荒な奇想天外さ
  といっても、こちらは物語作家の実力ってヤツが味わえるてぇ楽しさだな。
 あと、風太郎の明治ものも読んで欲しいです。「幻燈辻馬車」「警視庁草紙」……。
 うん、あれも問答無用の面白エンタテイメントだな。 伝奇小説的要素も強いし。
 あと、僕がぜひ紹介したかったのは藤沢周平の「闇の歯車」です。
 おっとシブイねどうも。 藤沢なら「隠し剣」あたりが読みやすいんじゃないかい?
 あれも大好きなシリーズですが、ここはぜひ「闇の歯車」を。短めの長編ですが、
  犯罪サスペンス・悪漢小説というか、「孤独な男達」の姿を描くハードボイルドと
  いうか。心に「沁みる」ミステリです。
 まあ、まだまだ紹介したい本はいくらでもあるが……
 今回はこんなところでしょうか。
 だな、じゃ次はマニア篇といきたいものだの(笑)
 ま、今回も十分マニアックだったと思いますよ(笑)
 
 
(talk in january-february 1998)
 
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