倒立した謎の問題
〜惣流明日香・最後の事件〜


【問題篇
 
1
 
灯が乏しいのだろうか、部屋は全体が薄暮のような暗さに沈んでいる。その黒っぽい壁を背に1人の若い女性がこちらを向いて、背の高い椅子に座っていた。傍らの小卓には灰皿と蓋の空いた平べったい缶詰めが1つ。
あまり丁寧に手入れされている気配の無い、ばさっとした長い茶髪に縁取られた小づくりの顔に、アンバランスなほど大きな黒ブチメガネをかけ、その奥から黒々とした瞳が強い視線を放っている。……明日香だ。
手にした煙草をひとくち喫って靴のカカトで荒々しくもみ消す。その吸い殻を灰皿に放り込むと、明日香はゆっくりと椅子から立ち上がった。炯々と輝くその視線は、彼女の正面に並んで腰掛けているいくつかの黒い人影に向けられている。しかしそれらの人影はいずれもこちらに背を向けて手前の暗がりの中に沈み込んでいるため、背格好も性別さえも判然としない。要するにかろうじて人影とわかる程度の黒い塊にしか見えないのだ。やがて、明日香の声が聞こえてきた。
「……このようにすべての証拠と証言を総合してみると、この館が停電し闇に包まれていた10分間。つまり犯人にとって唯一無二の犯行時間帯のあいだ、現場である食堂の窓はすべて内側から厳重に閉じられ、唯一のドアもまた閉じられたまま一度も開かれていないということになります。他に人が出入りできる通路は一切ありませんし、むろん自動的に毒を注入するような機械装置の類いも食堂からは発見されていません。つまりあの10分間のあいだ、私たち誰もにとって食堂は完全な密室状態でした。当然、外から人が入り込むことも、逆に脱出することも絶対に不可能だったのです。……ゆえにあの時、食堂の外にいた人間は自動的に嫌疑を外れる、はずだった」
明日香は腕を組み、居並ぶ影たちにゆっくりと順々に視線を向けた。
「じつはこれはさきほどご説明したとおり、犯人は誰にも知られることのないまま彼女を操ることで、この密室を密室状態のまま無効化していたのです。……しかし犯人にとって不運だったのは、ちょっとしたアクシデントの結果、あの暗闇にも関わらず、食堂にいた人たちには彼女に毒を盛る機会が全くなくなってしまったことです。……結果として、あの密室状態があったが故に、毒を盛ったのは食堂の外にいた人間ということになるのです」
その言葉に影たちの間から不満そうに鼻を鳴らす音が起こった。しかし明日香は、われ関せずといわんばかりの表情で上着のポケットから再びタバコを取り出して、愛用のジッポでそれに火を点けた。煙を深々と喫いこみ、吐き出す。立ち込める濛々たる紫煙に、不快そうな咳払いがあがり、いらだった様子の女性らしき声がかかった。
「んもー能書きはどうでもいいから、早く犯人を教えてちょうだい!」
明日香は声のした方をひと睨みするとつんと顔を背け、踵を返して歩を進めようとし……コケた。ものの見事にでんぐり返った明日香は、大声で罵声を上げた。どうやら何かにつまずいて転んだらしい。
「ったくもう! んなもんとっとと片付けておいてよねッ」足元が影にさえぎられているため、何につまずいたのかはわからないが、起き上がってきた明日香は口汚く罵りながら片手で膝もとを払う。そのたびに手元から細かい砂粒のようなものが散った。いちばんの見せ場を台無しにされた彼女の心中は、察するに余りある。あらためてぼくは、自分がその場にいなかったことを深く神に感謝した。
「ともかく! 以上からこの毒殺事件の犯人を限定する条件は、すべて揃ったといえるでしょう」
立ち直った明日香は、まだおおいに不機嫌さの残る口調で謎解きを続けた。
「1つ、犯人は犯行時間すなわち館が停電した10分間のあいだ食堂にいなかった人物である。2つ、物置に置かれていた毒物の所在を知悉していた人物である。3つ、食堂にいた人々に気づかれずに彼女を食堂からおびき出す手段をもっていた人物である。そして4つ、停電を起こしえた、すなわち高所に設けられた電源スイッチに足場を使わずに手が届く、身長175cm以上の人物である」
傍らの小卓の上に置いた大ぶりなクリスタルの灰皿にタバコを置くと、明日香は右手を持ち上げ、ぴんと伸ばした人差し指を正面に座る人影に突きつけた。
「あとは簡単な消去法、子供にだって解けますよね。すなわち犯人は……菅井祐樹さん、あなたです!」
次の瞬間、轟音と共に部屋全体が大きな衝撃を受けて激しく揺れた。驚愕の表情を浮かべた明日香の顔も歪み、乱れ、小卓が、椅子が、灰皿が宙を舞う。壁に掛かっていた油絵が吹き飛び、転倒した明日香の足下から四角い箱のようなものが飛び上がり、砂が飛び散る。その“歪んだ画面全体”が横倒しになり、一面の砂嵐が辺りを覆い尽くした。
 
2
 
「テープはここで終わっています」
その声と共に、一面の砂嵐となっていたモニターの“画面”は消え、テープが高速で巻き戻される音が始まった。ぼくは思わず大きく息を吐き出し、額に浮かんでいた汗をぬぐった。どうやら自分でも気づかぬうちに息を止めて画面に見入っていたらしい。部屋は冷房が効いていたが、シャツの下もまた大量の汗で不快なほど濡れている。だがそれも当然だろう。これは、カメラマンであるぼく、安室礼二の長年にわたる仕事上のパートナーであり、“あの日”から行方不明のままの明日香……女性ライターにして(自称)名探偵である惣流明日香の、最後の数分間を記録した映像なのだ。
ぼくはもう一度汗をぬぐうと、気を取り直して、テープの持ち主であるその人物に声をかけた。
「それにしてもたいした偶然ですね。あの大津波に島が襲われたちょうどその瞬間、ビデオを撮影していた人がいたなんて」
実際、こうしてビデオテープが発見されたのは奇跡に近いといえるだろう。“あの日”。太平洋沖で発生したマグニチュード7クラスの海底地震の影響で、土々呂諸島一帯は空前の規模の大津波に襲われ大きな被害をこうむった。ことに明日香が滞在していた天童島の被害は大きく、港湾施設、家屋共にすべてが破壊され波に飲み込まれて押し流された。無論、当時島にいたと思われる者で生存を確認された人間は、明日香も含めて1人もいない。事件から2週間が過ぎた今もまだ遺体は発見されていないが、その生存はほぼ絶望視されている。ぼく自身についていえばむろんショックはあった。が、それでいていまだに夢の中でも歩いているような気分のままで、どうしても現実感がわいてこないのだ。むろん地震の直後はテレビにかじりつき、その傍ら明日香に連絡をとるべくあらゆる手だてを講じたが、その全てが失敗に終わったいまも、あの明日香が死んだなんてまったく信じられないのだ。
実はこの天童島取材の件では、ぼくも明日香から声をかけられていた。しかし、幸運にも(というのもなんだか不謹慎な気がしてしまうのだが)先約の仕事があったため、ぼくは明日香の依頼を断った。結果、彼女は雑誌社が手配した別のカメラマンと共に島に渡り、そこで奇禍に遭遇したのだ。無論、ぼくが同行していたからといって状況が変わったはずもないのだが、ならばこの微かな、罪悪感めいた感情が拭えないのはなぜだろう。福俵浩介と名乗る弁護士のその奇妙な依頼にぼくが応じてしまったのも、この理由のわからない罪悪感のせいだったかもしれない。
「撮影者は当時天童館に滞在していた宗像竜之介という大学生だと思われます。彼は映像作家志望でいつもビデオカメラを持ち歩いていたそうですし、テープと一緒に発見されたカメラも彼の愛機と同機種のものと確認されました。ご家族の証言では、島へは友人だった天童薫さんに招待されたんだそうです」
弁護士というのはそういうものなのかもしれないが、福俵浩介というその男は、淡々と、まるで感情を感じさせない声でそう語った。
「で、ぼくになにをしろと?」その悟り済ましたような話し方に微かな反感を感じて、ぼくはつい突っかかるような口調になってしまう。
「この映像を見る限りでは、天童島で毒殺事件が起こり……明日香がそれを解決したように見えますね。テープは謎解きの前半部の映像が失われているようですが、とりあえず犯人は指摘されているし。でも、どっちにしろもうどうでもいいことでしょ? 犯人と指名された人物を含めて、島にいた全員が行方不明なのですから」
福俵弁護士は微かに肩をすくめ、言葉を継いだ。
「むろんあのビデオテープ1本で警察が動くはずもないですし、被害者も被疑者も証人もすべて行方不明では、もはや事件になりようがありません。当事務所も蒸し返すつもりはなかったのですが……ここからはオフレコにしていただきたいのですが……じつは現在、天童家の遺産相続に絡んである非常に微妙なトラブルが発生しておりまして。早急にこの毒殺事件の謎を解く必要が生じたのです。そこで、名探偵の片腕としてこれまで数々の難事件を惣流さんと共に解決され、浅からぬ因縁をお持ちの安室さんにこうしてご協力をお願いした次第です」
ぼくは思わず、深い深い溜息をついた。
「明日香が名探偵というのはともかく、ぼくが名探偵の片腕って。世間ではそ-んな風に思っているんですか」
「だってそうでしょう。違うんですか?」福俵弁護士は心底不思議という顔つきになって問い返してきた。
「……もう、いいです」
もう一度溜息をつきながらぼくがいうと、福俵弁護士は満足げにうなずいた。
「ご快諾に感謝いたします。僅かばかりですがお礼も用意してございますので」
「ご快諾って……いや、お礼もどうでもいいんですが。そんなことより、いったいぼくにどうしろというんです? 明日香は曲がりなりにも犯人を指摘しているし、謎なんて何も残ってないじゃないですか?」
福俵弁護士はゆっくりと首を振りながら答えた。
「いえいえ。犯人なんてね、正直どうでもよいのです。私たちが知りたいのは……どうしても知る必要があるのは“被害者”の方なのですよ」
 
3
 
天童家といえば旧財閥系の流れを汲む資産家で、企業グループ・天童コンツェルンを率いる実質的なオーナー一族である。一族の総帥・天童雄一郎は齢90に近い高齢ということもあって、さすがに経営の第一線からは身を引いていたものの、グループの実権はなおその手に握られ、日本の政財界に隠然たる影響力を振るい続けていた。とはいえ年齢が年齢だけに後継者問題がクローズアップされているのは、まあ当然だろう。現在、天童家の後継者として候補に上がっているのは、雄一郎の2人の娘がそれぞれ1人ずつ産んだ彼の孫である。
2人の娘は共に雄一郎の眼鏡に適った男を婿養子にしたが、どうしたわけか婿たちは共に1人ずつ男の子を残しただけで早世してしまったのである。2人の孫はすでにどちらも天童グループの一社に入社し帝王教育を施されていたから、禅譲の準備はできていたともいえるだろう。ところが、その2人のどちらを後継者とするのか、肝心の指名を行う前に雄一郎は今回の大災害に巻き込まれて急逝した。無論、2人の娘も同様に生死不明の行方知れずだ。幸い後継者候補である2人の孫息子は東京にいて難をのがれたのだったが……この異常事態にあってにわかに注目を集めたのが、雄一郎の残した遺言状だったのだ。福俵弁護士は語る。
「財産の分与等に関しては、無論、いくらかの配慮はあるにせよ特段変わった記述はありませんでした。グループの後継者に関しても同様で、何事もなければ雄一郎氏の長女である菊子さんの息子、良一郎さんが指名されていたのです。しかし、問題は補足条項として、もしも雄一郎氏自身より先に菊子さんが亡くなった場合、良一郎氏はグループの継承権を失い、もう一人の娘・華子さんの息子である善一郎氏が受け継ぐよう指示されていたのです」
毎度のことながら、どうも金持ちの考えることはわからない。母親の寿命と指導者の資質とは関係がないように思えるのだが……ぼくにとってはどうでもよいことだ。金持ちには金持ちの理屈があるのだろうと手っ取り早く納得することにして、ぼくは服俵弁護士に先を促した。
「で、です。問題のビデオテープで惣流さんは被害者のことを“彼女”と呼んでいる。つまり被害者は女性なんですね。そして様々な情報や証言を総合すると、当時島にいた女性は菊子さま、華子さまのお2人と、他には取材でおいでになっていた惣流さんだけなのです」
にわかに重々しい口調になった福俵は、微かに眉をひそめながら言葉を継いだ。
「惣流さんはあのように元気いっぱいビデオに出てらっしゃるわけですから、そもそも殺されたはずがない。そうすると被害者は菊子様か華子様のどちらか、ということになってしまうのです」
ようやく話が見えてきた。つまり、華子が被害者なら、遺言書にあるとおり菊子の息子の良一郎があとを継げばよいが、もし被害者が菊子だったら、グループは華子の息子・善一郎氏のものになるわけだ。もしこれが本当に殺人なら、実行犯はともあれ、疑わしいのはまともには継承権を得られない華子であるのは確かだろう。たしかに記憶をたどっても、明日香は一度も被害者の名前を口にしていないし、その他の人物はそれとわかる形では画面に登場していなかった。ぼくはふとした思いつきを、福俵弁護士に問い掛けてみた。
「そういえばテープの中で一度、聴衆と思われる女性から声がかかっていますよね。当然あの声は菊子さんか華子さんの、つまり生き残ったどちらかの声ということになる。お2人の声をご存知の方に聞かせれば分かるのでは?」
福俵はしかしわざとらしく溜息をついて答えた。
「そんなことは疾うに確認しました。私自身、相続の件で幾度となくお2人ともお話しした経験があるのですが、あのご姉妹は話し方も声もそっくりで……とても区別がつけられないのですよ」
まあ、そうだろうな。そもそもあの天童財閥の顧問弁護士である福俵が、貧乏カメラマンのぼくなんぞを頼ってきたのは、よくよく困り果ててのこととしか思えない。聞くとテープの映像や音声の分析もすでに徹底的に行ったとのことで、そこには何の加工工作の形跡もないかわり、画面手前の影たちの顔を判別することもできなかったのだという。
「しかし事件そのものが何時起こったかは分からないけど、警察などへの連絡は無かったのですか?」
「惣流さんの来島が津波の起きた日の前日ですから、事件はおそらくその晩すぐに起きたのでしょう。間の悪いことにその日の朝、事故で島の電話が不通になっていたのです。携帯は元々圏外ですしね。いずれにせよ警察への連絡はありませんでした。……ともかくご覧いただいたとおり、テープ中の惣流さんの推理で真犯人もトリックのアウトラインもほぼ説明されています。惣流さんと何度も捜査を共にしその推理を聞いてらっしゃるあなたなら、ここから逆に惣流さんの推理を遡ってたどり“被害者を確定させる”こともおできになるのでは?」
福俵弁護士は貼り付けたような笑顔で、ビデオテープのコピーと天童館に関する資料、そして当時島にいた人々に関するそれぞれの最新のスナップつきの調査書の束をぼくに押し付けた。
 
4
 
特に他にこれといった用事もなかったがなんとなく歩きたい気分だったので、ぼくは地下鉄を東銀座で降り、築地方向へ向かった。築地魚市場の斜向かいの肉屋で牛の骨と安いばら肉を買い、その大きな包みを抱えて夕暮れの勝鬨橋を渡る。カモメが数羽、鈍色に光る隅田川の川面を滑るように飛んでいる。橋を渡りきれば、そこはもう月島だ。銀座から数分という都心にありながら、この街はいまだにどこか下町の風情を残している。ぼくの事務所兼自宅は、この月島のもんじゃ焼き屋が立ち並ぶ通りを一本裏手に入った裏通りにある。築30年を優に超える、とてつもなく年季の入った木造平屋の一軒家だ。
商店街で買ったレバカツを齧りながら、ぼくが歪んで建て付けの悪くなった引き戸を開けると、家の中から巨大な黒い影が飛びついてきた。
「ああ、Akkey、ごめんごめん。思ったより話が長引いちゃってさ。ほら、お土産だ」
Akkeyは、かつてぼくと明日香が観静島、通称密室島で遭遇した奇怪な事件の関係者から、解決の報酬がわりに明日香がせしめてきた巨大な黒犬だ。そもそもマンション住まいの明日香が飼えるはずもなく、結局こうしてぼくが預かっているわけだ。一応一軒家であるとはいえ、猫の額なみの庭で飼うのは無理があるとは思ったのだが、Akkeyはそれでも、それなりに満足しているらしい……と思う。
待ちかねたAkKeyに食事を与えると、ぼくは着替えもそこそこにテレビに向かった。弁護士から借りた明日香の謎解きビデオテープを、デッキにセットする。14インチの小さな画面に映る明日香が、妙に頼りなく儚げに見えるのは気のせいだろうか。それにしても、このテープの明日香はいつにも増して終始不機嫌そうだ。名探偵として謎解きを披露するのは、彼女にとっていつだって最大の喜びであったはずなのに、何かよほど気に入らないことでもあったのだろうか?
冷蔵庫から出してきた缶ビールを飲みながら、ぼくはそれを3回ほど繰り返して見なおしてみた。いくつか、発見といえるほどのものではないが、気付いたことはあった。しかしとりあえず考えを進める前に、書類の方に目を通してみることにした。とりあえず、ここでは調査書にあった島の滞在者一覧をあげておこう。
 
氏名    年齢 性別  職業             備考
天童雄一郎 85歳 男性  会社役員           天童家当主
天童菊子  62歳 女性  天童育英会基金代表      雄一郎の長女
天童華子  60歳 女性  動物愛護協会会長       雄一郎の次女
天童 薫  18歳 男性  大学1年・ジェンダー研究会  天童華子の孫
宗像竜之介 19歳 男性  大学1年・映画研究会     天童薫の友人
菅井祐樹  52歳 男性  漢方医師             天道菊子の友人
惣流明日香 35歳 女性  コピーライター        名探偵
御堂 静  40歳 男性  カメラマン          明日香の同行者
進藤栄之助 42歳 男性  料理人兼使用人        天童家の使用人
 
この御堂静という人物が、ぼくのかわりに出版社が手配したカメラマンだろう。気の毒に……写真を見ると綺麗な響きの名前とは裏腹に、達磨さんのようなヒゲ面の大男がどこか美しい海岸の風景をバックに写っている。それとは対照的なのが宗像竜之介と天童薫の大学生2人組だ。2人とも細面の色白な美少年で、特に片耳にピアスをした薫は、長く伸ばした前髪の陰からのぞく瞳もひどく儚げに見える。背景はおそらく天童島の天童館だろう。まるで宮殿のような広壮な屋敷だ。竜之介の写真はおそらく大学の部室で撮影したものだろう。片時も手ばなさなかったのであろうビデオカメラを小粋に構え、屈託なげに笑っている。一方、華子、菊子の姉妹は声がそっくりというだけあって顔の方もよく似ていた。さすがに着ているものは高価そうなスーツだし、かなりの厚化粧だったが、まあ、ただのおばあさんである。天童館の庭園に据えたガーデンチェアに座る華子の方は膝に黒猫を抱き、菊子の方はこれは仕事部屋だろうか、巨大なデスクを前に部厚い洋書らしき革装の本を開いている。また使用人の進藤栄之助は、角張った皺の多い顔の頑固そうな中年男。作業衣を着て物置らしき建物の前に不機嫌そうに突っ立っている。しかしこう見えても彼はかつて一流料亭で花板を務めた料理人で、新鮮な素材に徹底してこだわったあげく、冷凍食品保存食品の類いはいっさい拒否して料理の素材はすべて自ら地元の漁師や農家から買い求めていたのだという。
そして天童雄一郎。この写真にはぼくも新聞などで何度かお目にかかったことがある、公式のポートレートってやつだ。意志の強そうな四角い顎と固く結んだ口元。そして写真を通してすら瞳がただならぬ輝きを放っていることがわかる。見るからにタダモノじゃない爺さんだ。
そしてもう一方の主役、明日香に犯人と名指しされた漢方医の菅井祐樹だが、写真に写っているのは、どこといって特徴の無いおとなしそうな中年男である。白衣を着ているからかろうじて医師に見えるが、それがなければただの疲れたサラリーマンだ。とても密室トリックを駆使して殺人を犯すような人物には見えない。まあ、見た目など当てにならないのはよくわかっているし、さらにいえば、明日香の推理が外れている可能性だって無いとは言えない。ただし、今回に関しては明日香の推理が正しいという前提に立って考えを進めるしかないわけだけれど。
そして、明日香の写真は、どうやら密室島の事件の時に写されたものらしい。あの奇怪な密室館の怪鳥めいたシルエットを背景に、彼女はきつく口を結んで突っ立ち、風に髪の毛を乱している。足下には忠犬よろしくAkkeyが蹲っている。
ぼくはその写真をデスクの上に立てかけた。帰り道に気まぐれで買ったタバコの箱から一本抜き出すと百円ライターで火をつけ、明日香の写真の前へ灰皿と共に置いた。
「さあ、解いてくださいよ。明日香さん」
写真の中の明日香は、相変わらず怒ったような表情で黙りこくったまま、こちらを睨みつけている。
てめーのケツはてめーで拭けってーの! 
……明日香なら、たぶんそういうだろう。ぼくは苦笑し、灰皿から火のついたタバコを取り上げてひとくち喫ってみた。三年ぶりのタバコはひどくいがらっぽく、眼に沁みた。
その時、アルコールで濁りはじめた脳髄を、1つの天啓が貫いた。
 
(2001.9.18脱稿)
 


【幕間 あるいは読者への挑戦】
 
さて、ではここで、例によっていつものアレをやらせていただきます。
わたくしMAQは、読者の皆さまに挑戦いたします。
 
 ……明日香の推理が正解だという前提に基づき……
 
1.被害者の正体        
2.逆密室トリックの具体的な内容
 
この2点を推理して下さい。一方が解ければ他方も自動的に解ける、はずです。
 
もちろん、あなたの解答がぼくの用意したそれと違っていても、
謎が論理的に解明されていれば正解といたしますのでご安心ください。
※ただし宇宙人・怪物・幽霊の類いは除きます。
 
 
 
【解答の仕方】
 
●正解を得たと確信された方は、メールにてMAQにお答えをお送りください。
●例によって、解答に掲示板を使うことはご遠慮下さい。
●もちろん「ぜんぜんわかんないぞ!」あるいは「わかちゃったも〜ん!宣言」のみの掲示板へのカキコは歓迎いたします。
●みごと正解された方には……別に賞品は出ませんが、JUNK LAND内「名探偵の殿堂」にその名を刻し、永くその栄誉を讚えたいと思います。
●解決編は隠しページとしてアップします。「正解者」および「ギブアップ宣言者」にのみ、メールにてそのURLをお伝えします。
●「ギブアップ宣言」は、掲示板/BOARDもしくはメールにて「ギブアップ宣言」とお書き下さい。MAQがチェック次第、解決篇のURLをお教えします。
●なお、これでもまだわからないあなたへ……困りましたね。では、これだけはどうしても知りたい!というポイントがあれば、掲示板に質問をどうぞ。差し支えない範囲でお答えします。
 
ではでは。名探偵「志願」の皆さまの健闘をお祈りします。
 
 


 
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