無からの銃弾 by YABU
 
【MAQによるいわずもがなの前口上】
 
前回、ひねりにひねった難問で並み居る名探偵諸氏を苦しませたYABUさんの新作は、
ラジオドラマ形式という新趣向。謎解きは一見ごくシンプルに見えますが……。
名探偵の皆さま、油断は禁物ですぞ! 
彼があの巧緻を極めた「Bの悲劇」の作者であることをお忘れなきよう。
 


【問題篇】
 
登場人物
高倉寛   :高倉不動産社長
菅原文治:ビルの警備員 元刑事
柳田慎吾:ビルの警備員
佐藤剛   :無職
織田隆夫:ビルの清掃員
牛腰三郎:七曲署刑事
 
ナレータ:時はお昼過ぎ。場所は空港近くのオフィス街。休日ともなると、さながらゴーストタウン
     の様相を呈する一画にある20階建てのオフィスビル。このビルの17階の廊下を、今二人
     の警備員が巡回していた。
 
飛行機の爆音
 
菅原:「今年の年末も、あまり人がいなくて寂しいな」
柳田:「そうですね。高倉不動産の社長、今日出勤してるんですよね。ということは、今日このビルに
    いるのは、僕たちと高倉社長。窓掃除をやってる織田君の四人ですか?」
菅原:「そういうことになるな。寂しいもんだ。最近は不景気だから、どの会社もあまり休出とかをやっ
    ちゃいけないんだろうな。そう言えば、知ってるか? 最近は電気代を節約するためにこまめ
    に電灯を消灯させる会社もあるらしいな」
柳田:「このビルは採光が良いから、ぴったり・・・あっ」
菅原:「おい、待てっ!頼むぞ、慎吾」
柳田:「任せてください」
 
二人の走る音
 
ナレータ:二人の前方5m程先左手側から、真横にのびている一本の廊下から、一人の男が駆け出して
     きたのだ。
 
柳田が男に追いついて、捕まえた音
 
柳田:「よっしゃ。こんなとこで、何してるんだ」
佐藤:「離せよ、こら。いてえだろ」
柳田:「暴れるんじゃないんだよ。何だこれは、拳銃じゃないか」
菅原:「ふう、さすが元陸上選手。慎吾、助かったよ」
柳田:「菅原さん、見てくださいよ。これ」
菅原:「何だよ、これ・・・ふうん。モデルガンを改造したやつだな。こいつが持っていたのか」
柳田:「そうなんですよ。警察につきだしましょうよ」
佐藤:「待ってくれよ。俺は何もやってないんだよ。確かに、高倉の野郎に一泡吹かせてやろうと思って
    よ。こんなもの持ってきたんだけど。あいつ、いなかったんだよ」
菅原:「お前、何て名前だ」
佐藤:「佐藤ってんだ。」
菅原:「それじゃ、佐藤。なんでお前が今日高倉さんが出社してることを知ってるんだ」
佐藤:「それは・・・俺、元社員なんだよ。あいつは金の亡者だぜ。俺はあいつのために安月給で散々働
    いてきたんだ。それなのに、ちょっと給料を上げろと要求しただけで、あっさり解雇されちまっ
    たんだよ」
菅原:「そりゃ、大変だったかもしれないが。その元社員が、どうして今日の高倉さんの予定を知ってるん
    だ?」
佐藤:「奴の家の電話番号は知っていたからよ。取引先の社長を装って、居場所を聞きだしたんだよ」
菅原:「なるほどな。」
柳田:「菅原さん。それにしても高倉さんがいなかったというのは変ですね。見回りを始める前に高倉さん
    が出ていくところなんて、見てないですよね」
菅原:「ああ。ちょっと、高倉さんの所に行ってみるか。おい、これは預かっておく。おとなしくして、
    ついて来い」
 
三人の歩く足音  フェードアウト
 
ナレータ:三人は来た道を引き返して、男が飛び出してきた廊下を進み、高倉不動産の事務所が入っている
     一画に来た。そして、社長室の前までくると、菅原がドアをノックした。
 
コン、コン
 
菅原:「高倉さん。高倉さん。・・・返事がないな。鍵もかかってる」
柳田:「どうします?」
菅原:「あの人、休出の時はいつも事務所を離れるとき、俺達に連絡をいれてくれていた人だからな。黙っ
    て事務所を離れるとは考え難いな。警備員室まで戻ってビデオをチェックするのも面倒だから、マ
    スターキーで開けて覗いてみよう」
柳田:「分かりました」
 
カチャ、カチャ  ガチャ
 
柳田:「失礼します」
 
激しい音楽
 
ナレータ:部屋の中央に一人の男が倒れている。南の空から差し込む太陽光線がきれいに磨かれた窓をキラ
     キラと輝かせていた。
 
柳田:「菅原さん。高倉さんが!」
菅原:「死んでるのか?」
柳田:「ええ。まだ暖かいですね。胸を二発撃たれています。弾丸は体の中で止まっているので、どこから
    撃たれたかは分からないですね。警察に連絡しましょうか?」
菅原:「まあ、待て。慌てるな。おい、お前がやったんじゃないのか。」
佐藤:「俺じゃないって。本当だよ。信じてくれよ。鍵だってかかってたじゃねえか」
柳田:「菅原さん、どうして銃声が聞こえなかったんでしょうね」
菅原:「ちょうど、飛行機が通っていた時に撃たれたんじゃないか。あの爆音の中じゃ、銃声も聞こえない
    だろう」
柳田:「なるほど、そうですね」
菅原:「それよりも、この部屋の鍵は昨日取り換えたばかりの新しいものだったな。そうすると、合鍵が造
    られた可能性はまずないだろう。マスターキーも慎吾の方で確かに保管していたよな?」
柳田:「はい、ずっと俺が持ってましたよ」
菅原:「すると、あとは高倉さん自身が持っていた鍵か・・・駄目か。上着のポケットの中に入っていたか」
柳田:「部屋の中にあるものと言えば、デスクと応接セット、それにキャビネット が一つです。犯人が隠れ
    ていられる場所はありませんね」
菅原:「そうだな。そうすると、窓か。慎吾、窓はどうだ?」
柳田:「ここの窓ははめ殺しですから、窓から逃げることは出来ません。でも、菅原さん。弾孔が二ヶ所に
    あります」
菅原:「ここにゴルフのクラブが一本落ちているな。高倉さんは息抜きにゴルフの素振りをしていたところを
    撃たれたといったところか・・・」
佐藤:「だったらよう。犯人は窓の外から撃ったんじゃねえか、な。ブラインドもあがってるし。まる見えじゃ
    ねえか。そしたら、俺じゃねえよな」
柳田:「何言ってんだ。このビルの窓の外は、何のとっかかりもない壁だけなんだよ。どうやって人がこの17
    階の窓の外にいることが出来るんだよ。馬鹿いってんじゃねえよ。お前が高倉さんを殺してから、部
    屋の外から鍵をかけたんだろうが」
佐藤:「それじゃ、どうして鍵がやつの上着のポケットから見つかるんだよ」
柳田:「・・・そんなの、何とでもなるだろうが」
菅原:「おいおい、慎吾。それは乱暴だろう。こんな状況で考えられるのは今俺達と一緒に部屋に入ってきた時
    に鍵を戻しておく方法だが、佐藤は高倉さんの遺体の方には近付いていないからな。それも無理だ」
佐藤:「ほら見ろ。俺じゃねえだろうが」
柳田:「そんなこと言っても、そうとしか考えられないじゃないですか」
菅原:「ま、いいさ。警察に連絡する前に織田君の様子も確認しておこう。織田君は屋上だったな。慎吾、電灯
    消しといてくれ」
 
風の音
掃除道具を片付ける音
 
織田:「あれっ、菅原さん。どうしたんですか」
菅原:「織田君、実は大変なことが起こったんだ。高倉不動産の高倉社長が殺されたんだ」
織田:「えっ。どういうことなんですか?」
菅原:「君は俺を信用して、あの話をしてくれたね。俺は、今そのことを考えている」
織田:「菅原さん・・・」
菅原:「君の御両親が高倉社長に騙されてしまい、自殺してしまったのは本当に気の毒だった。君は今でも許し
    てないだろうな」
織田:「それはそうですが・・・僕が何をしたって言うんですか」
佐藤:「織田って・・・あの時の家族か。なるほど、そりゃ高倉を恨んでるだろうな。へえ」
菅原:「黙れ。お前だって動機は十分なんだぞ」
佐藤:「ちっ」
菅原:「まあいいさ。今から、今度の事件について少し話してもいいかな?」
 
ナレータ:ここで30秒間のCMに入らせていただきます。このラジオをお聞きの方々は、もう犯人は分かった
     ことと思われます。しかし、古来の作法にのっとりまして、皆様方へ挑戦させていただきたいと思い
     ます。この時間を利用しまして、犯人と犯行方法を推理して下さい。それでは名探偵の皆様、30秒
     後に・・・
 
【問題篇・了】
 
【解決編】へ
 
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