●口裂け女の口はなぜ裂けたか……吸血鬼の壜詰
G「物集高音さんの新刊が出ていますね。『赤きマント』に続く、『第四赤口の会シリーズ』の第2短編集、『吸血鬼の壜詰』です。この人にはもう一つ昭和初期の帝都東京を舞台にとった『大東京三十五区』シリーズ(『冥都七事件』『夭都七事件』)がありますが、あちらが江戸趣味あふれる怪談を合理的に解明する本格ミステリ短編の体裁を取っているのに対して、こちらはぐっと趣味性の強い、妄想&蘊蓄炸裂の机上歴史伝奇推理譚というところでしょうか。こちらは現代のお話なんですが、文体が例によってきわめて個性の強い疑似講談調なので、とてもそうは思えません」
B「まあ、それがこの人の持ち味なのだろう。“第四赤口の会”と呼ぶ奇人変人趣味人が集まる倶楽部で、一人が持ち込んだ奇妙な遺物……それはそれこそ“吸血鬼の壜詰”だったり“花咲爺の播いた灰”だったりするわけだが……をネタに、様々に妄想推理を戦わせ、トンデモ系の歴史的民俗学的解釈を下す。この趣向は、ちょいと鯨さんの『邪馬台国はどこですか?』を思わせるね」
G「ですね。まあ妄想度はあちらより若干低めの印象ですが、これはayaさんが例で上げているモノからもお分かりの通り、ネタ自体が“妄想度の高い”ものであるせいかな。推理自体は(比較的)地に足がついたものとなっているわけですね。かてて加えておっそろしく幅の広い、多岐にわたる蘊蓄は『邪馬台国はどこですか?』よりもはっきり上で。ことにオカルティズムや民俗学、歴史学を縦横に駆け巡る蘊蓄披露はとても楽しめます」
B「本書に収録されたのは、『メフィスト』誌掲載の3篇(2002年1月・5月・9月号)に、書き下ろし1篇を加えた計4篇。内容、行こうかね。まずは『花咲爺の灰』だ。“第四赤口の会”に持ち込まれたのは、“花咲爺の播いた灰”と称する木灰だった。これはいったい何の灰なのか、そも“花咲爺”の物語の意味するものとは何か?」
G「まるで北森さんの“蓮杖那智モノ”を思わせる民俗学的謎解き譚ですね。むろんこちらは基本ヨタ話なんですが、短い枚数のなか、妄想と推理が案配よく排されて、読みやすい1篇です」
B「バランスがいいぶん、ちょっと妄想のジャンプ力が不足している感じで。出される結論は少々月並みだったけどな」
G「続きましては『手無し娘の手』。この元ネタは、ぼくは知らなかったんですがグリム童話なんですね?」
B「そーだよ、グリムの中でもけっこうポピュラな話だと思うけどな。継母に嫌われ手を切り落とされ、捨てられた娘を主役にした因果応報譚だ。ちょいと残酷な話だから子供には読ませないのかもな。まあともかく、その物語に隠された真のメッセージは何か?
というのが『手無し娘の手』だね」
G「そんなわけで元ネタを知らなかったので、解釈のインパクトはいまひとつだったんですが、非常に奇麗な謎解きでしたね。説得力もじゅうぶんあるし。つづく『吸血鬼の壜詰』はタイトルを見れば分かる通り、ヨーロッパを席巻した“吸血鬼”伝説は何を象徴するものなのか?
という謎解き」
B「これはちょっとストレートすぎるなあ。そのわりに説得力もう一つだし……」
G「んー、そうですかね。吸血鬼伝説が蔓延したころのヨーロッパの歴史的観察から人々の恐怖の焦点を探り出し、それとこの“壜詰の中味”を結ぶ推理は飛躍と緻密のバランスが美しく取れていた気がしますけど。まあ、“壜の中味”だけ見ればそりゃちょっとばかしストレートな感じはしますけどね。あくまでこれは推理の過程が面白いんです」
B「いやいや、平凡なようで意表をついているという点では、ラストの書き下ろし『口裂け女のマスク』が1番だろう。まあ、自分もよーく知ってる都市伝説がネタってのもあるけどね」
G「ですね。ぼくもこれは大好きです。口裂け女の口はなぜ裂けているのか?
なぜポマードの匂いを嫌うのか? なぜ深夜でなく夕方や夜も浅いうちに、それも子供ばかりを狙うのか?
ぼくたちが実際に体験した口裂け女伝説の様々なネタが、実にきれいに1本の糸に繋がれて解釈され、まことに意外なその正体を示す。……いや、これは凄いですよ。この“正体”は実に“なるほどぉ!”という感じで膝を打ちましたね」
B「まあ、キミは都市伝説大好き人間だからねぇ」
G「前述のように語り口に非常に強いクセがあるので、なかなかきわどく読み手を選んでしまう気はしますが……ぼくはこのシリーズ、好きですね」
B「一作ごとに蘊蓄を傾け、新説をひねり出すというこの仕事は、作家にとってずいぶん手間のかかるモノだと思うけど、作者はとても頑張っている。むろん出来に善し悪しはあるし、読者にすれば独特のスタイルに好き嫌いはあろうが、手抜きの無い丁寧な仕事ぶりには好感が持てるな。ま、当然ながら共に謎を解いていくパズラーの楽しみやストーリィの面白さなんてものはほとんどないんだけどね」
G「いえいえ、むしろぼくは謎解きの課程を楽しむことだけに徹した潔さがいいと思いますよ。アイディア勝負の設定だけに作者さんは大変でしょうが、長く続いてほしいシリーズですね」
※読者様のご指摘により「物集さんがメフィスト賞作家という誤記」を修正しました。申し訳ありません。ご指摘ありがとうございました。(2003.08.25) |