ちょっとマジメに研究してみる
 
【その1】
 
 
「黄色い部屋はいかに改装されたか?」 都筑道夫 晶文社 初版1975年
「なめくじ長屋」シリーズや「退職刑事」シリーズで知られるミステリ作家・都筑道夫の手になる長編エッセイです。
ごぞんじの方も多いと思いますが、この方はその昔「エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン」日本語版(現在のミステリマガジンの前身)の編集経験をお持ちで、国産&欧米のミステリに関する知識の幅広さでは斯界屈指のお一人。
この豊富な知識と実作者としての体験をベースに、氏の考える「あるべき本格ミステリ」の姿が明快にかつ具体的に論じられています。
本格ミステリ=「謎と論理のエンタテインメント」という定義からもわかるとおり、氏の立脚点は本格ミステリ=パズラーというもの。これに基づいて展開される「トリック不要論」や「名探偵復活待望論」は明快かつ刺激的で、いまもまったく古びていません。(このあたり、島田荘司さんと対談させてみたいな、という感じです)
というよりも、新本格派全盛の今だからこそ読んでおくべきかもしれませんね。
まさに本格ファンは必読!の一冊といえるでしょう。
 
 
「北米探偵小説論」 野崎六助 青豹書房 初版1991年
最近はミステリ評論のみならず小説(こちらは今のところ見るべきものはありませんが)まで発表するなど、精力的な活動を続けている硬派ミステリ評論家の代表作にして出世作です。
同年の日本推理作家協会賞受賞作にも選ばれたこの長編評論で、作者はクイーンら本格派からハードボイルドに至る多彩なアメリカのミステリを、その歴史的・経済的・思想的背景から多角的に論じています。
ミステリ界屈指のアナーキーかつ斬新かつ刺激的な評論は魅力的ですが、変幻自在に飛び回る文章ははっきりいってかなりの歯ごたえ。ほとんど思想書というノリもさることながら、二段組600ページにおよぶボリュームには圧倒されます。
実際、これを読み解いていくにはかなりの忍耐力と集中力が必要ですが、いったんその文章の独特のリズムをつかんでしまえば、おそろしく豊穰な「知」のワンダーランドが目の前に広がっていくことでしょう。
新刊で定価8000円!というお値段はかなりの脅威ですが、「清水の舞台から飛び降りる」価値はあると思いますぞ。
 
 
「推理日記」 佐野 洋 潮書房 初版1976年
現在も時折短編を発表する「現役」の大家である作者にこんなことをいうのは忍びませんが、
この人の書くものは小説よりもこうしたエッセイ類の方がだんぜん面白い。
たぶんとことん理屈っぽく議論好きなお人がらなのでしょうね。
小説ではいかにも「理」が勝ちすぎて、せせこましい印象の作品になってしまうことが多いのです。
が、批評家としてはこの性格が活きてくる。実作者としての経験を踏まえて、きわめて具体的なミステリ評をお書きになるんですね。論理的にはたまた科学的に、重箱の隅をつついてつつきまくる大変な辛口批評と申しましょうか。
なにしろ理詰めでけなすものだから説得力がある。おまけに同業に対しても全くといっていいほど遠慮がない。
俎上に上げられた作家にすればさぞかし煙たい存在でしょうが、(だからこそ?)読者にとってはこれほど愉しい読み物はないわけで。
このシリーズはその後も長く書き継がれ、光文社、講談社と版元を変えながらその都度単行本化されています。
まあ、どれから読んでも差し支えありませんが、できれば作者のミステリ観がまとまった形で掲載された、シリーズ第一作から読むことをお勧めしますよ。
 
 
「物語の迷宮」 山路龍天・松島征・原田邦夫 有斐閣 初版1986年
古典や神話、文学理論を駆使して、「人間の知的営為としての」ミステリの存在意義を問いなおし、豊穰な物語世界の可能性を描き出す「ミステリのレクトロジー」。
なんのこっちゃという感じですが、レクトロジーというのは平たくいえば「読み方に関する学問」というコト。
作者は3人ともフランス文学が専門の学者さんだそうで、こういう語法が性に合ってらっしゃるのでしょう。
落ち着いて読めば内容はさほど難解というほどではありません。
たしかに小難しげな用語やら文学理論やらが頻繁に引用されて、洒落臭いのですが、そもそもこの手の文章は学者さんのビョーキみたいなもの。
その独特の用語やら言い回しやらに慣れてしまえば、むしろ非常に論理的でわかりやすい文章なのですね。むろん多少の忍耐力は必要ですが、本格ミステリの論理パズルを楽しめる方ならどうということもないでしょう。
ともかく、僕らが気軽に読み飛ばしているミステリから紡ぎだされる、「壮大な知の世界」はとてつもなく美しく魅惑的でありまして、ことに「ドグラマグラ」や「虚無への供物」を正面から論じた項はなかなかの読みごたえです。
それにしても、学者さんってほんとはスッゴいロマンチストぞろいなのかも。
 
 
「本格ミステリー宣言」 島田荘司 講談社 初版1989年
上の初版の項目を書きながら、僕はいささか愕然としてしまいました。
あれから、もうまもなく10年が経とうとしているんですね。なにがしかの感慨を禁じえない。そういう人も多いのではないでしょうか。
ともあれ、文字通り島田パッシングの出発点の1つとなったこの1冊。久しぶりに読み返してみると、肩に力が入りまくった戦意剥き出しの姿勢といい、論敵をあえて挑発するかのような言い回しといい、大方の反感を買ったのもむべなるかな。
しかしながら一方で、やはりそのとことん熱い「本格」への愛は今もなお僕らの心を打たずにはおきません。
そもそも本格ミステリ論として読むならば、島田さんのこの書における論説はことさら異端の説などではなく、むしろ大方の本格ファンの心を代弁した、とでもいいたくなるようなごくごく普遍的な内容なのです。
文字通り本格ファンすべてが座右の一冊とすべき「堂々の正論」とでも申しましょうか。再び本格派の灯火が危うくなりかけている今だからこそ、僕らはここからあらためて出発すべきなのだと決意を新たにした次第です。
巻末には警視庁の組織図や死体現象のチャートなどが付されており、これもまたミステリ書きを志す「未来の新人作家」に対する、島田氏のあふれんばかりの愛に他なりません。
虚心坦懐な気持ちでいまいちど、じっくり読み返していただきたい一冊です。
 
 
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