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第6回
大
談:流水
大
説を語り尽くす
VS 光明寺我夢さん
今回のお客様
光明寺我夢さん
のProfile
「清涼院流水」という、(ぼくにとって)けた外れに手強いテーマを語っていただいたのは、ごぞんじ
「構造化プログラミングにおけるブタゴリラの役割」
の光明寺我夢さん。若手屈指のミステリ読みにして創作でもユニークな才能を発揮する彼は、ぼくにとってもっとも古くからの、そしてもっとも年若い大切な友人です。彼の書くものは、日記も創作も掛け値無し超ユニークで面白い! 未見の方はぜひ一度ご訪問下さい。
sect
01
■
不幸な出逢いと幸福な出逢い
M
「まず、今回対談をお願いしたきっかけからお話ししましょうか。これは、
そもそもは昨年末のGooBooで『デイ』を取り上げたとき、ayaさんが『もう勘
弁してくれ』ってぇんで逃亡しちゃいまして。仕方なくぼく一人でまとめよう
としたんですが、どうもうまくいかなかったんですね。……もしかしてぼくに
は、流水大説をどう楽しめばいいかわかってないんじゃないか、と。そういう
疑問が湧いてきたんです」
G
「なるほど、流水大説の楽しみ方、ですか」
M
「そうそう。そのあたりを、年来の流水ファンであり、ミステリ読みとして
もニュージェネレーションに属する我夢さんに御指南いただこうと、無理をお
願いした次第です」
G
「なんかこうその低姿勢ぶり自体に、ひじょうに怪しげなものを感じるんです
けど……(笑)。まあ、『流水大説』については、オンライン・オフラインを
問わずきちんとした書評ってホントに少ないですからね。ここらできっちり語っ
ておきたいという気持ちは、ぼくにもあります」
M
「どこかで誰かが、『書評を拒否する小説』みたいなことを書いてましたもん
ね。ま、ぼくもそう思ってる部分が無きにしもあらずなわけで……ここは明け
透けに『流水大説』に対して疑問に、また不満、不安に思ってる点をあげてみ
ますね」
G
「どうぞ御遠慮なく。思わず賛同しちゃいそうですけど(笑)」
M
「ふふ。じゃ遠慮なくいきます。まずはあの文章! 日本語にすらなってない気
がする。しかもエンタテイメント小説としては、ともかく長すぎ、無駄が多す
ぎるし、構成も破綻している……ただイキオイで書いてるんぢゃないのー? み
たいな」
G
「それはもう、全く同感なんですよ。ぼくのまわりの流水ファンにしても、同
じようなことをいってますねえ。特に『長すぎる』の声は本当に多いです」
M
「あ、そうなんだ。やっぱり『長すぎる』と思うわけだ」
G
「そうですね。文章についても同じです。流水を読んで『文章に感激した』なん
て一度もないし、普通の小説と同じ視点でみると本当に下手だと思う。だから
あちこちの『流水批判』を読んでも、大抵頷いています」
M
「ああ、わりと冷静なんですね。……だけど、好きなわけでしょ?」
G
「ですね。新刊が発売されると、真っ先に本屋に走ってしまいます」
M
「ふううううううん……で、我夢さんは、最初に何を読んだんですか?」
G
「ぼくは『コズミック』が最初でした」
M
「あれがデビュー作ですよね。ぼくも同じです。ぼくがあれを読んだのは帯の
推薦文のせいで、『これはもうとんでもなく、すごい衝撃的な本格ミステリで
あるに違いない!』」と確信して買ったわけ。それだけに落差が大きかったと
いうか、がっかり度が高かったというか」
G
「ああ、そこがけっこう大きな分かれ道だったのかもしれませんねえ。ぼくの
場合は『インターネットで選ぶミステリ大賞』みたいなので発見したんです。
で、すごく貶されながらも上位なんで、なんだか気になって」
M
「それはたしかに気になりますね」
G
「でしょ? しかも書評サイトで調べてみたら、これが凄いんです。『千二百人
が死ぬぅ? そんな馬鹿な』『探偵集団JDC? ウルトラマンの防衛チーム
みたいな名前だな』と」
M
「で、我慢できなくなった(笑)」
G
「そうそう。自転車で本屋巡りしましたねー。片道十キロ走ってようやくゲッ
トして……丸一日かからず読了したと思います。手が汗だくでした。もともと
本格ではないだろうし、出来のよくない作品だろうと思っていたので『ああ、
意外にいいじゃない』という感想でしたね」
M
「結末、腹立ちませんでした?」
G
「いえいえ。ぼく自身は『超常現象でした〜』って結末を予想していましたし。
MAQさんとは別な意味で落差が大きかったんですよ」
M
「なるほどなあ。ある意味非常に『幸運な先入観』をもってお読みになったわ
けですね」
G
「結果的にそういうことになりますね。でも、MAQさんだって読み続けてるわ
けでしょ?」
M
「ええ、性懲りもなく新作がでる度に。で、毎回毎回思うわけですよ。この人
ちいとも巧くならないじゃん! って。最近はもう『なあんで若い人はあんなに
面白がって読んでるんだろう? ぼくにはどうしてその面白さが分からないんだ
ろう?』と、半ば意地になって読んでいる」
G
「それって、松本楽志さんとの対談でもありましたが、やっぱり物差しの違い
ではないでしょうか。ぼくには流水さんは巧くなっているように思えますし…
…実際『流水大説読み』ではなく『本格ミステリ読み』として、それどころか
『小説読み』としての視点で見ると、やっぱり酷いと思いますもん。例えば
『カーニバル・デイ』なんかでも、冒頭の犬神夜叉の一人称とか『あれれ、こ
こおかしいぞ』と思う個所があったりするし」
M
「でしょ? ぜったいおかしいよね。しかも、そういうところがいくらでもあるん
だ」
G
「でもね、『それが流水大説だ』と思えば『まあいいや、それくらい』と流せ
てしまうんですよ」
M
「う〜む。『それくらい』ですか」
G
「あのハッタリの山と、ヒーロー愛好者好みの設定……を、ぼくはとりあえず
楽しんでいるわけで。ともかくあの過剰さは普通の小説にはないし、ミステリ
にもあまりないじゃないですか。とりあえず小説技巧はどうでもいいって感じ
ですね」
M
「それにしても、あれだけの長さが必要とは、どうしても思えないんですが?」
G
「ぼくは逆にあの厚さが好きですけどねえ。学校で読んでると秀才に見えるか
ら……というのは冗談ですが、作品世界をだらだらと漂っていられる時間が長
くなる」
M
「それって、この場合苦痛じゃないの?」
G
「いえ。私見ですが、流水さんって物語の緩急のつけかたがすごく巧いんです
よ。『ジョーカー』でも、退屈になってきたなあってところでタイミングよく
事件が起こる。……だから物語にハマるんですよ。これはあの傑作『バトル・
ロワイアル』も同じですね。でもまあ、ぼくも『ジョーカー』では、最後こん
なオチのためにこの厚い本を読んだのかァ、とキレたんですけど(笑)」
M
「普通切れますよー。あんなトリックであんな長いもん読まされたら。この人
はミステリ……本格ミステリをおもちゃにしてるのかぁ、みたいな」
G
「流水ファン以前に、横溝正史こそ本格の中心だと信じる本格ファンとして言
わせてもらうと、流水作品――というと今後本格を書く可能性がないとは言い
切れないのでJDCものに限定しますが――あれは本格物ではないと思います。
ただ、探偵は出てくるので探偵小説ではあるかもしれませんが(笑)」
M
「本格じゃない、という意見には賛成ですが、じゃ、いったいなんなんでしょ
う?」
G
「そうですね。『ジョーカー』は本格の『構成要素』を材料とした流水大説な
のでしょう。本格を焼肉としたら、あれはすき焼きなのです……わかりにくい
かな」
M
「肉(素材)はちゃんと使ってるけど、違う料理に仕立ててるってこと? ぼく
はむしろ逆ですねー。牛肉じゃなくて、猫肉か、ひょっとしたらアンタレス星
人かなんかの肉を使って、『調味料だけ』本格風味のものを使ってる。そんな
感じ。つい、匂いに引かれて口にしたらエライ目にあってしまった、みたいな」
G
「麦茶だと思って飲んだら麺つゆだった、と(笑)。そうですね、本格ミステ
リが神戸牛のステーキなら、豆腐ステーキと……いやまあ、そんな例えはどう
でもいいか(笑)」
M
「もうほとんど地球上の食物とは思えないという(笑)」
G
「でもね、まあ確かにJDCものでは『本格コード』がたくさん使われていま
すが、逆にぼく自身は最初っから『絶対に真面目な解決篇はないだろう』と思っ
てたんですよ」
M
「え……そうなの? じゃ、いったいなんで買っちゃったわけですか」
G
「買っちゃったって……悪いことのように言う(笑)。ぼくが『コズミック』
に興味を持ったのは、まず『1200人が死ぬ』って所だったんですよ。ええっ、
いったいどういうふうに1200人が殺されていくんだろ? と。それから『JD
C』ですよ。東映戦隊ヒーロー的なものを期待したわけですね。『名探偵=大
人向けスーパーヒーロー』と認識していますから。しかも、実は同時に京極を
買ったわけで、こちらはまさしく本格ミステリみたいに言われていて、ガチガ
チの本格を期待していましたから。似たようなものを二冊買うよりは『絶対本
格じゃなさそうなの』を買ったほうがバランスいいかな、と」
M
「つまり『コズミック』に対しては最初から本格ミステリは期待してなかった、
ということですか」
G
「そういうことになりますね。でも、流水大説は本格ミステリの面白さの反動
で楽しんでるところがあるので、かえって似ているともいえるんですよ。32
と30と2があって、数だけを見ると32と2は遠いけど、式を見れば8×4
=32と8÷4=2で似てる……という例えはわかりにくすぎるかな」
M
「……よくわからない(笑)。ともかく本格の『匂い』には、騙されなかったん
ですね」
G
「騙されなかったといやあ、そのとおりなんですが……だからこそ、結末まで
読んで嬉しかった部分もありまして。ちょっと回りくどくなるんですが、いい
ですか?」
M
「どうぞ、ご遠慮なく」
G
「結局、例によって『本格とは何か?』って問題なんですが……ぼくは結末重
視なんですよ。それまで飛行してきた世界のパーツが、空中で合体して落っこ
ちてきて、土砂を巻き上げながら綺麗に着地する感覚とでも言いますか。世界
が論理で反転するところとでもいいますか。そういうのを本格ミステリだと思
うんです」
M
「ふむふむ」
G
「で、そういう土台の上に『密室』とか『名探偵』とか『首斬り』といった装
飾、いわゆるコードがあると美しく映える、と。だから例えば『犯人は幽霊で
した!』とか『実は全部夢でした!』といった、自分の思っていた世界(現実
に酷似している)が崩れていると、うまく合体しないまま不恰好に落ちて、ド
リフみたいなオバちゃんの笑い声が出てきて……『だめだこりゃ!』といかり
やさんが言うわけです」
M
「ふふ。まあよくあることではありますけどね。ぼくもよく聞きますよ。いか
りやさんの声」
G
「で、『1200人が死』んで、ヒーローっぽいのが解決するとなったら、もう
絶対、普通の終わり方はないと思ったんですよ。そこへ『犯人のイニシアルは
S』と出たから、『ああ、絶対、清涼院流水が犯人だろうな』と薄笑いを浮か
べながら解決篇を読むと……おおっ、超常現象やメタ的解決(?)はない。あ
あいう現象は(規模がぜんぜん違いますが)実際に似たようなものがあります
から、作品世界はかろうじて(かろうじて!)形をとどめていた」
M
「絶対に砕けると思われていた空中合体も、じゃあ成功していましたか?」
G
「ええ、なんとかギリギリ成功して、膝を折りながらも、着地をしたことはし
た……と。絶対砕けると思ってたのにね。だからこそ落差が大きかった」
M
「裏返せば、『本格ミステリ的なるもの』は一切期待していなかったにもかか
わらず、なんと! 空中合体にも成功している結末だった、と。しかし……うー
んー。着地、してます? というか、あれを着地とみなせるかどうかは、あの
『世界観』を受入れられるかどうかで、決まるんですよね、きっと。しかし、
おせじにもきれいに決まった着地ではなかった気がするんだけどなあ」
G
「鮮やかではないですね。『おおっ、意外とやるじゃん』くらい。つまりハナ
から期待していなかったんです(笑)。ガチャピンがスキージャンプやるよう
なもんです。成功するか否か、何メートル跳ぶかよりも、あのかわいいガチャ
ピンがスキーをやってる姿を見たい、みたいな。通常の見方とは違うわけです
ね。ですから、たしかに危なっかしい着地ですが、とにもかくにも『してみせ
た』こと。それ自体がぼくには驚きだったんですよ。まあ、もちろんあくまで
『流水大説として成功している結末』であったわけで、『コズミック』が本格
ミステリだというつもりはありませんが」
M
「じゃあ、巷間よくいわれる『本格ミステリを破壊する存在』という評し方に
は異論がおありでしょうね」
G
「そうですそうです。いますよね、流水大説を指して『本格ミステリもおしま
いじゃー』みたいなことを言ってる人(ちなみに本格ファンって『〜は死んだ』
的な云い方をする人が異様なほど多いような)。あれは違うと思いますよ」
M
「ふむ。しかし、そういう声があるというのは『本格として』読んでる人も多
いってことでは?」
G
「う〜ん。(ぼくに見える範囲においては)流水大説と本格ミステリを同列に
並べているのは、出版社とキャラ読みな人だけでしょう。実際、流水大説が廃
れようと、栄えようと、本格ミステリにはほとんど影響ないと思います。むし
ろオーソドックスな本格作品が発表されないことの方が、危険であるような気
もしますけど」
M
「うん。それはおっしゃる通りですね。しかし、これはちょっときつい言い方
になりますが、そうなると清涼院さんは『本格コードをたくさん使って装飾』
しているだけだということになりませんか?」
G
「うん、たしかに『装飾』という言葉がピタリだと思います」
M
「でもね、本格コードというのは、本格ミステリ的な発想のジャンプ/本格独
特のトリックやロジック等、を最も効果的に機能させるために生みだされた道
具なんではないかなあ。だから、核心部分、すなわち本格の本格たる最も重要
な部分を欠いたままこれを使用するのは、あまりいい趣味だとは思えないんで
すが」
G
「うーん、それは好みというか、受け手の問題でしょう。現にぼくはそれで満
足してるわけですし」
M
「しかし、装飾だとわりきっても、少々薄っぺら過ぎませんか。しかも、それ
は本格コードの問題にとどまらず、何から何までそんな感じがしちゃうんだな。
『いかにも』なアイテムが……それは『本格』的だったり『SF』的だったり
『特撮』的だったりするわけですが……頻出するのに、よぉし来た来た! と思っ
て読むと、あっさり肩透かしされてしまう。どれもこれも、結局のところ飾り
だけでしかないわけで。どこまでいっても芯がない」
G
「それはナイモノネダリじゃないかなあ。ぼくは逆にその満艦飾が楽しいんで
すよね。歴史ものっぽかったり、SFっぽかったり、戦隊っぽかったり、ミス
テリっぽかったり……そのごった煮のような雰囲気が楽しいのかもしれない。
例えばSMAPが音楽をやって、コントをやって、ドラマをやって、料理をやっ
て、その一つ一つはその道の一流には及ばなくても、いろんなことをやってし
まう姿勢こそが楽しい、という感じで」
M
「なあるほどぉ! って、なんだか説得されちゃってますが(笑)。しかし、
『バラエティ』というのは、通常であれば『敷居の低い』手法であるはずなの
に、なんでこう反撥が大きいんでしょうね? 」
G
「逆に敷居が低すぎるのかもしれませんね。軽すぎるというか。例えば赤川次
郎さんなんかは読みやすいですよね。でも、その読みやすさが読書マニアには
ダメだったりする。ある程度、敷居が高くないと読み応えがない、と。その極
限が流水作品なのではないでしょうか。ええと、いつか音声入力が発達して、
それがキーボードなんかより全然使い易くても、苦労してキーボードを憶えた
人はキーボードを使いつづけるでしょうね。『あんなちゃらちゃらしたもんが
使えるか』と。『これが正統派だ』と。そんな感じなのでは」
M
「TVでいえば『NHK大河ドラマ』命! みたいな視聴者が、スマスマのような
バラエティを見てくだらん! と怒ってるようなものなのかな。なまじ『小説』
という、歴史の古い・わけのわからない権威を持ったメディアであるだけに、
その反撥も強烈だったということなのでしょうかね」
G
「伝統ってのはあればあるほど斬新さが求められなくなるものですからね。た
とえば、数十年、演歌みたいな曲ばかり聴いて育った人は、今のJPOPなん
てほとんど理解できない事が多いんじゃないでしょうか。GLAYとラルク、
モーニング娘。とSPEED、鈴木あみと浜崎あゆみ、ダパンプとドラゴンアッ
シュ……区別つかないでしょう、きっと。一方それにそれを支える若者にもこ
だわりというものがない。ミステリはもう伝統文化ですから(笑)」
M
「よかった〜。そのあたりならかろうじて区別つきます」
G
「それで喜ばれても困るんですが(笑)。ともかく高層ビルのように歴史の積
み重なったジャンルを登りきれるほど、流水作品は歴史や伝統を背負っていな
い。だからアスファルトの上から新しくやればいいじゃん、と思うんです。ベン
チャー企業みたいに」
sect
02
■
『流水大説』という言葉にこめられたもの
M
「しかしそうなってくると、流水大説というのは、やはり『小説としてはそう
とう逸脱したもの』といわざるをえない気がしちゃいます」
G
「たしかに、これまでのエンターテインメントにおいて一般的だった『中身』
と、流水大説の「『中身』はやっぱり違うと思います。これは最初からぼくが
出していた結論なのですが、やはり流水さんの書くものはまったく新しい娯楽
なんだと思いますよ」
M
「うーん、新しい娯楽ねえ。しかし、小説として出版されている以上、小説と
して・エンタテイメントとして、の枠組やルールは踏み外すべきではない、と
思うんだけどな」
G
「少しは踏み外さなきゃ、新しい意味がないでしょう。流水さんは踏み外しす
ぎ?(笑)たしかに小説ってのは文章だけでいろいろ表現できるから、たぶん
『最も簡単に創作できるメディア』という側面も持っていると思うんです。そ
れでいてリアリティとか描写力とかが一番厳しく見られるメディアでもあるよ
うな……そういう印象を受ける(まあ安易に書ける以上、そうなるのは当然だ
けど)」
M
「ふむふむ。たしかにそうですね」
G
「ですが、流水作品は『大説』。『小説』ではないんですね。さらにいえば
『大説』という呼称そのものが、『(文章という形式における)ポジティブな
面だけを見てくれ!』『リアリティとか無視で、すらすら書かせてくれ!』っ
ていう思いを込めた名前のような気がするんです。……といっても、それはわ
がままだし、『流水は小説じゃない』という認識も100%ではないですけどね」
M
「じゃ、『小説として』読んで疑問符を出すこともあるわけですか」
G
「そうですね。半分、『これ小説的におかしいやろ』と思う自分がいる。でも、
もう半分の自分が『まあええやん、一人くらいこんなムチャクチャ書いてくれ
る作家がいても』となだめている。これって特撮ヒーロー物をみているときと
似てますね。ぼく、日曜朝の戦隊ものとか見てても『なんで警察や自衛隊が動
かないんだ?』『クリスマス前だからロボ出まくるなあ』って半分思いながら
見ているんですよ。でも、なんだかんだで面白い。愛しています」
M
「しかし、文字で文章を構成して物語として伝えようとする限りは『小説とし
て』読まれてしまうのは、避けられない定めでしょう? それがいやなら、彼が
その作品にもっとも適したメディア/表現形式を発見、もしくは創造するべき
だという気もするのですが……」
G
「そうですね。実際のところは、流水さんにもたぶん、活字に対する拘りなん
てあまりないんじゃないかな」
M
「たまたま手近にあって手っ取り早く形にできるから、ただそれだけの理由で
活字を選んだのかもしれませんね。だとしたら、それを活字として云々される
のは、本人にすれば心外というか。『関係ないよ〜ん』って感じかも」
G
「うんうん。最初からゲームのシナリオとして発表していれば、文句なんて言
われなかったかもしれないのに(笑)。でもまあ、あれだけの長さを処理する
には本というメディアが最適だったのかもしれない。ただし、読者の厳しさま
では計算に入れていなかったんでしょうね」
M
「本人は『流水大説宣言』で、そのあたりはクリアしたつもりだったのかも」
G
「ふむ。してみると『流水大説』という宣言は本でありながら、厳しい小説と
は別世界……という最適の場所を得るためのものだったのか? でも、『大説』っ
て偉そうですね、『小説よりデケえ!』みたいな。『流水ミジンコ説』だった
らよかったかも。あっ、それだとまるで作者が実はミジンコだという学説みた
いですか(笑)」
M
「それはちょっと気の毒だ(笑)。しかし、現実に小説メディアでもこれだけ
の読者がいるんですからね。メディアが進化する前に『読者の方が進化』して
しまったのか」
G
「いや、『進化』とは限らないと思いますよ。『変化』はしたと思いますけど。
そうですね。ちょっと話が飛びますが……メディアによる許容度ってあるじゃな
いですか。濃いキャラやギャグが多い作品は小説ではあまりいい顔されないけど、
漫画やアニメでは(ジャンルにもよるけど)むしろ歓迎されたり」
M
「それはたしかに。新しいものほど許容度が高いってのはいえますね」
G
「ですからね。流水大説ってのは、もっともっと拘束の少ない……言ってしまえ
ば『なんでもあり』の新メディアなのではないか、と。だから『小説だと思わな
い』ってのが流水大説を読むための『視点』という気がします」
M
「なるほど〜。しかし、正直なとこ、それはオールドマニアにとっては至難の業
かもしれないなあ。『本格として読まない』ならまだしも『小説として読まない』
となるとね」
G
「まあ、無理に広げる必要もない気もしますけどね。だいたい流水大説を楽しめ
なくたって、それ自体は何の問題もないでしょ? 意味なんて無いんですから。た
だ楽しめる人にとってだけ楽しいものであると。ただそれだけのことなんですよ」
sect
03
■
『意味のない過剰さ』というエンタテイメント
M
「しかし、『意味が無い』ものにしては、流水さんの本ってあまりにも分厚すぎ
る気がします。度を超して過剰すぎるというか……だいたいボリュームのことだ
けでなく、何から何まで過剰なんですよね。ミステリ……本格ミステリが内に向
かって凝縮していく/閉ざされた/内向きのベクトルをもったジャンルだとした
ら、流水大説は逆にどんどん外へ……四方八方へ広がり飛び散っていくような感
じ。収拾もつかない、というか、付ける気もないみたいな感じ。これをして娯楽
というのは、これまた相当以上に逸脱しているような」
G
「ですから、『新しい娯楽』なんです。ぼくにとってはそこがイイわけですから
ね。言い方を変えれば、内容ではなくて『意味のない過剰さ』そのものが面白い
ということで」
M
「逆に言えば、読んでいて引っ掛かったり立ち止まったり読み返したり……そう
いう努力というか『味わうこと』を読者に決して要求しないんですよね。流水大
説は。そういう楽しみ方ができる読者にとっては、あの長さも意味がある、とい
うか必要な要素ではあるのだろうな。かっぱえびせんを1つつまんで、それをと
ことん味わう人はいない。ある程度の量を継続して食べ続けること自体が快楽で
ある、という。その意味では突出した/刺激的な表現や描写というのは逆に邪魔
になるんでしょう」
G
「そうですね。さらさらと眺めるだけで話が解ってしまうマンガや映画と違って、
活字ってのはある種の体力が必要なわけです。努力が。反面、読み手の想像力次
第でいくらでも面白くなる。面白い小説ってのは想像力を最大限を引き出す文章
力や、キャラクタや、世界があって、感動させてくれる。流水さんの作品は、実
はほとんど想像力を刺激してくれません。文章や仕掛けでは感動しない。でも、
体力をあまり消費しないんです。電動自転車みたいに。それでいてゲーム的な仕
掛けや、ハッタリで感動することがある。その辺はある意味で本格ミステリの究
極進化系の一つと言えなくもないような」
M
「なるほどねえ。そうすると、流水大説というのは、ある意味、安易に読み飛ば
す、そのスピード感みたいなものの方が、内容を理解し味わうことよりも重要、
なのかもしれませんね。なんというか……理解するというより『感じる』という
読み方? なのかな」
G
「『考えるな、感じるんだ!』って何かの修行みたいですね(笑)。まあ、そん
な大層なものではないんですよ。そう……ミステリってよく言えば閉鎖感を楽し
むエンタテインメントじゃないですか。悪く言えば『せせこましい』。ルールを
すべてクリアする楽しさもいいんですけど、そういうのを何十冊何百冊読んでる
と、たまにはパァーっとムチャクチャ過剰なのも読みたくなるんですよね。そう
いう時のお祭りが流水なのかもしれない」
M
「お祭りねえ。もちろん『過剰なることの面白さ』……たとえば、作者がテーマ
に込めた熱量/情熱/メッセージであるとか、登場人物への思い入れであるとか、
そういうものが面白さに繋がるというケースはよくあることだし、ぼくにも理解
できるのですが、流水さんの過剰さというのは『意味が無い』。すなわち『無意
味なバグの奔流』に近い。意味のないデータ・記号の奔流……そんなイメージなん
です。そこに作者の情熱やメッセージを感じることが、ぼくにはできません」
G
「別にメッセージなんて感じなくたっていいじゃないですか。求めるべきものが違う
のでは。流水大説が小説としての枠組みを逸脱してるのは、当然なんです。何度も
いうように、あれはすでに小説ではないんですから」
M
「まあたしかに、JDCなんて探偵のかっこをしたアニメキャラって気さえしちゃ
うこともありますが。……もしかして、これはすごく失礼な言い方かもしれない
けど、『字で描いたアニメ』かなーなんて」
G
「うわっ、それメッチャ失礼かも(笑)。……まあ、でも的は射ていると思いま
すけど(笑)。『字で描いたアニメ』ってのはかなり近いと思いますよ。ぼくの
場合は正確には『字で書いたゲーム』だと思っています」
M
「え、ゲームですか? それって、プレステとかロクヨンとかのゲームのこと?」
G
「そうそう、バーチャルボーイ(笑)とか。実際、流水さんご自身も『平成の名
探偵50人』という本の対談で、『ゲーム的発想で創っている』みたいなことを
おっしゃってましたしね」
M
「うーん……ゲームねえ。なるほど、デジタルですね。そして記号であると。こ
れはなんとなくわかるんだけど……ゲームというメディアは、ヴィジュアルとサ
ウンドが基本的なツールだと思うんですよね。そういう、いわば五感にダイレク
トに作用するメディアだからこそ成立する、というか」
G
「まあ、それはその通りだと思います」
M
「小説というメディアの場合は、しかし『文字を見る→意味を理解する→イメー
ジを膨らませる』という具合に、1クッションも2クッションも『間の作業』が必
要になるじゃないですか。これはたとえ『大説』であっても同じでしょ? だから、
それを『ゲームの速度』で展開させるのはそもそも無理な話だという気がしちゃ
うんですけど」
G
「あ、ここでいうゲームってのは、メディア的なものというより創作としての根
本的発想という意味が近いと思います。……でも、『ゲームの速度』ってそんな
に難しいことかな? 文字をさーっと追っただけで頭に情景が浮かぶってのは普通
でしょ。例えば、なーんもなくても『城』って出てきたら、周辺視野ででも捉え
ていればドラキュラが住んでいそうな西洋の城が見えてきたり。『二十代』で
『美女』というと松島奈々子が浮かんだり(笑)。それって、たぶん普通だと思
いますが……。少なくとも普通だと思って生きてきましたが(笑)」
M
「うーんー、それはそうなんだけど……それって『文章を使った表現法』じゃな
いですよね。美女ならそれがどういう美女なのか。松島菜々子なのか藤原紀香な
のか。もしかしたらジョンソンのことをそう書いているのかもしれない(笑)。
そこんとこを描写するのが文章であるわけで……小説でないにせよ、文章で伝え
るなら、そうした最低限の小説技巧は必要な気がするけどなあ」
G
「関係ないですが、ぼく、藤原紀香ってあんまり美人とは思えないんですよ。で
も、いま、テレビのアンケートなんかの『美人ランキング』みたいなのでは一位
だったりする。一人一人『美人』の物差しが違うわけですね。そういう意味で
『美人』とだけ書くのは、却って『営業的に』効率がいいのかもしれませんね。
背が高いのも低いのも、茶髪も金髪も黒髪も、幼いのも少し年いってるのも、彫
りが深いのも浅いのも、みんなまとめてしまうわけ」
M
「それってあまりにも乱暴な気がしませんか」
G
「モーニング娘。とかジャニーズとか恋愛シミュレーションゲームなんかの戦略
と似ているかも。でも、たしかにそれをやっちゃうと小説のキャラクタ描写とし
ては最低ですね。でも、流水さんだってそこまで乱暴じゃありませんよ。ぼくに
はそれなりにキャラの区別つきます。それこそ松島奈々子を『黒髪の似合う美人』、
藤原紀香を『大人の魅力たっぷりの美人』、ジョンソン(モーニング娘。)を
『一見不気味だけど、よく見れば美人?』(笑)って描き分ける程度ですけど」
M
「うーむー」
G
「ともかく、流水作品については小説技巧云々を計っても無意味だと思います。
だいたい流水大説は、MAQさんの言葉を借りれば『文章で表現する』というレベ
ルさえ逸脱してるんですよね。『表現』でなく『説明』っていう感じで」
M
「そうそう。つまり『描いているのではなくて説明』しているわけ。それって
やっぱ小説ではない! と断罪してみるわけだけど、『それがどうした!』とい
われると、もはやこちらには術がない」
G
「いやいや。ぼくらは別に小説に『小説ではない!』と言われて『それがどうし
た!』と返しているわけではないのです。あくまで流水大説ってのは小説とは楽
しみ方が違うと。だから『小説ではない!』と言われても『だって小説じゃない
もん』と返すしかないんですね。あんこを食べて『甘い! こんなカレー食えるか!』
って批判している人に『それ、カレーじゃねえよ、あんこだよ』と返すようなも
ので……」
M
「次元が違う、ということでしょうか」
G
「ですね。実際、あちらこちらの批評とか、我孫子さんの日記とか読んでいても、
流水批判派の人の言ってることはよくわかるんですよ。筋はしっかりしている。
……でも、そんなの関係ないんですよね。オレらはまったく無関係の世界で楽しん
でいる、という感じです。そういうところで評価してるんじゃないんだッ!と」
M
「つまりぼくは、流水作品を評価するモノサシをもっていないわけだ」
G
「それはわかりませんけど。だから、じゃあ、何を尺度に作品を批評すればいい
のかというと……それは流水大説は流水さんしか書かないのでなんとも(笑)」
M
「ここがね、でもちょっと不思議なのですよ。流水大説を支持する人というのは
みんなそうなのかなあ。つまりね、それが好きで素晴らしいと思えるんだったら、
1人くらいはエピゴーネンが生まれても良いような気がするわけです。いったいど
れくらいの人がかれの大説を支持しているのか知らないけど、あれだけばかばか
出版されるのですからそれなりに売れてるんだと思うわけで。だとしたら流水支
持者はけっこうな数いるんですよね。なのにそういう/流水大説風の作品が書か
れている気配も感じません。……たとえば我夢さん御自身はああいうのを書きた
いとは思わないのですか?」
G
「そうですね、流水さんはあまりに異端な存在で、一万年後の未来から来た人の
ようです。アウストラロピテクスと現代人の間に子供が生まれないように、読者
側に進化が足りない、つまり流水大説そのものの本数が少なすぎるんですね。十
冊やそこらしか読書経験のない人にはまともに小説が書けないように、まだ手本
にする本そのものが少ない」
M
「ふむふむ。流水さんはいわばワン・アンド・オンリィであると」
G
「ええ。それに流水作品が一部の若手読者にしかウケていない、というのもある
と思います。創作の好きな人間ってのは『誰かを楽しませたい』という欲求があ
る……はずなんですが、『見せても楽しんでもらえないかもしれない』という不
安のある作風はまず真似しないでしょう。いくら自分が好きでも、流水ファン同
士の交流が活発でない現在、作風そのものを真似ようという人は生まれにくいか
も。だから流水さんが頑張って書きつづければ、エピゴーネンが出現する、かも
しれないですね。ちなみにぼくはというと……実はかなり影響されていそうです
(笑)」
M
「じゃ、いずれは流水学派が生まれる、なんてこともありえる?」
G
「うーん、とりあえず流水さん一人で十分でしょう。もう需要と供給のバランス
はとれていると思いますし。もしもこういう作家が十人とか二十人いたら、さす
がのぼくも怯えますよ。ノベルス業界も終わりだと思うかもしれない(笑)。で
も、それはないですね」
sect
04
■
『過剰さと空虚さ』の正体
M
「うかがってると、我夢さんはその『文字を見る→意味を理解する→イメージを
膨らませる』という『間の作業』をすっ飛ばして、文字面から直感的にイメージ
に結びつけてるって感じですね」
G
「流水さんの文章って下手だけど(うわっ!)、読みやすいといやあ読みやすいん
ですよ。文章の巧さと、読みやすさって別だと思います。たとえば、ぼくは北村
薫さんの文章が読みにくくて仕方ないんですよ。どうもひっかかる。でも、巧い
ですよね。しばらくその情景を心の中で描きたくなる。反面、流水さんは情景は
全く浮かばないけど、すいすい読める。『美人』と書いてあったら『ああ美人なん
だな』で先に進めるんですね。これはどうも赤川次郎作品で慣らされたせいらし
い。流水さんは『読みやすさ』という意味ではたぶんレベルアップしていると思
いますよ(あの単なる引用の部分を除いて、ですが)」
M
「なるほどなるほど。いうなれば、純粋に情報を伝達するためのツールとしての
文章という捉え方。キャラクタも含めて全てが記号でしかない、いわばデジタル
な情報を、もっとも効率よく伝達するためのツールとしての文章。ありきたりで
すが、デジタルに慣れ親しんでる我夢さんのような世代は、それをまるごと受信
してしまうことができるわけですね」
G
「というか、エッセイ的ですよね。流水さんの文章って。説明が多い。ぼくはあ
とがき愛好者だから、そういう意味で『受信』しやすいのかもしれません。デジ
タル的文章とかなんとかいっても、読むのは人間ですからねえ。でも、ミステリ
は定義とかが割としっかりしているから、純文学とかに比べると、比較的デジタ
ルっぽいジャンルのような気もしますけど」
M
「北村さんが読みにくいというのも、けっこうショッキングですね。まあ、たし
かに北村さんの文章って、我夢さんのおっしゃったような文脈からすれば読みや
すい文章(データ転送ツールとしてのそれ)ではないですね。文章のあちらこち
らで読み手側のイメージが膨らむ、すなわち立ち止まって発酵させる機能があり
ますから。……しかし、それが文章というものの最大の『効用』なのでは?……
それともそういうのは、もう古いということなのでしょうか」
G
「いやいやいやいや、文学ってのはそういうものでしょう。それはわかりますよ。
ぼくも北村さんを読んでいる時は、立ち止まって、まったりとしてみたくなりま
す。短編集の『空飛ぶ馬』なんか素敵ですね(まだ半分しか読んでないけど。現
時点で)。しかし……後ろを見ると、背中にジェットエンジン搭載したぼくがい
るわけですよ」
M
「ジェットエンジン!」
G
「そうそう。で、『停滞すなー。はよいけー』とか言ってる。つまりミステリ的
解答をさっさと得たい状態、加速状態になると、文章の楽しみにむしろイラつい
てくるわけですよ。『さっさとオチ読みたい。でも立ち止まりたい』という。流
水だと文章を味わう必要ないですから、どんどん読めてしまう。『先を読みたい』
欲求に素直になれるんです。空腹を満たすためだけの食事と似ている」
M
「そのジェットエンジン、ときどきぼくにも貸してほしい(笑)。……じゃ、そ
の『空腹』ってのはどこから生まれるものなんですか」
G
「この場合は、そのあらすじを読んだ瞬間に生まれる好奇心です……かねえ? あ
らすじを読むと飢餓状態に陥るわけですね(笑)。それを一生懸命に満たすのが
また楽しい。できれば最後の方で一気に、どかんと満たされたら気持ちいいなあ。
だから『冒頭の謎』の作りの弱い作品ってのは、そんなに腹減っていないときの
食事なわけですね。満たしやすいけど、やっぱ腹減ってる方が美味いよなあ、って」
M
「じゃ、流水作品は?」
G
「流水は……減るだけ減って、六分目くらいまでしか満たしてくれません(笑)。
たまに胃もたれも起こしたり。でも、流水の作ってくれる飢餓感と、薄味ながら
食い応えのある分量はやっぱし魅力ですね」
M
「たしかに飢餓感作りはむちゃくちゃハデですもんね。ことに『謎』の作り方と
いったら!」
G
「ですよね。その答えを知りたくてたまらないという欲求が、とにかくページを
めくらせるんです。流水作品の場合、その先に何があるのかは知らないけど、と
にかくカッとばすだけでも楽しいんです。何も気にせず突き進むことができる。
たとえ解決が何だっていいっ! 世界の果てまでブッとばすぜ! と」
M
「いうなれば、謎の解決/解明は無化されてしまう……しかもそのことが冒頭か
ら予想できていても、とにもかくにも『カッとばすこと』ができる、と。つまり
流水大説のラストで得られる快感とは、従来の『謎-解決』の構図から生まれる
それとは、まったく別のナニモノカであるわけですね。ではそれは何か。という
か『冒頭に置かれる謎』」の意味/意義/機能はなんなのでしょうか」
G
「んーまあ、解決がいわゆる本格ミステリのようなフェア性を持っていないこと
は判っていても、そこはそれ、それなりの着地点があるはずですから。着地点で
待っている『光景』が何なのかを見たいのかもしれないですね。……いや、それ
は普通のエンターテインメイトでも言えることなんですけど、流水さんの用意す
る『光景』は、やっぱしムチャクチャであって。それが楽しみなんでしょう、きっ
と。ネタバレはできませんが、『カーニバル』シリーズのラストなんか爆笑でし
た。爆笑かよ(笑)」
M
「極端にアンバランスですよね。冒頭の謎と、ラストの解決とが。たしかに両方
ハチャメチャではあるのですが、ラストの方はどうも……。我夢さんがおっしゃ
る通り『それなりの着地点』程度で、矮小化された解決でしかない。なぜこうも
アンバランスに感じるのかというと……思うのですが、流水大説では冒頭の謎が
解かれないまま、どんどんいろんな謎を付け加えて肥大化し加速していく印象が
あるんです。いうなれば頁が進むに連れて雪だるま式に『謎自体がインフレーション
を起こし』ていく。そして、その謎が『謎自体の吸引力をストーリィの推進力と
している』。……このあたりの構図って、ちょっと『ジャンプ』などの少年マン
ガでよく見られるの『悪役のインフレーション』現象と、ちょっと似ていますね」
G
「なるほど。そういえばドラゴンボールはインフレーションの結果、スタートと
ゴールの雰囲気が全然違ってしまっている。というか、ジャンプの人気マンガは
みんなそうですね。これは面白い! そういえば流水さんの提出する謎は、全く挑
戦する気になりませんね。滑り台のようにただ滑走するだけで」
M
「そうそう。つまり本格ミステリ的な謎としては決定的に不完全で、重大な欠落
を内包している。にもかかわらず、いや、それ故に『過剰である必要』があったん
じゃないかと」
G
「ふむ。というと?」
M
「つまり、流水大説では『けっして満たされることのない過剰な空腹感そのもの
が魅力』になってるわけです。ですから通常とは逆に、過剰であることが満たさ
れることにはけっしてつながらない。つねに『空腹感/欠落/空虚/を増幅させ
る方向にしか作用しない過剰さ』であると。……それが流水大説の『過剰さと空
虚さ』の正体なのではないでしょうか」
G
「なるほど。では、だからこそ、『JDCシリーズは限りなく分厚くなっていく
必要があった』と」
M
「そういうことですね。極論すれば、あの強烈な空腹感が満たされてしまう作品
を書いてしまったら、それは『傑作にはなっても流水大説とは呼べない』のかも
(笑)」
G
「そうですね、流水大説じゃなくて本格ミステリやSFになってしまう(笑)。
しかし、なんだかぼく、絶食してる気分になってきました。やっぱり修行なのか
(笑)」
sect
05
■
小説はエライ! という価値観の呪縛
M
「こんな風に考えていくと、流水作品の描写における記号化、というのもわかる
気はするんですが……」
G
「そうですねえ。しかし、とりあえず流水作品でも一応、情景は浮かびますよ。
北村薫さんがプロカメラマンなら、流水さんの作品は発色数の少ないgifというく
らい違いますが。……ただし、一応サーバーから落とす速度は圧倒的に速い、と」
M
「うーん、じゃぼくの場合はブラウザの性能の問題かなあ(笑)」
G
「バージョンアップしましょう(笑)」
M
「しかし、なぜにそこまで速度を速める必要があるのか、という疑問はありません
か? 速めた結果、劣化した軽いデータしか得られないとしたら、それは役に立た
ないんじゃあ」
G
「いや、大して欲しいデータではないんです。概要が判ればいいんです。例えば
ホームページのタイトル画像(各コンテンツへのリンク付き)が重い重いフルカ
ラーであっても、意味ないじゃないですか。閲覧者的には『いや、オレは絵を見
に来てるんじゃないから。さっさと進ませてくれ』となる。軽いほうが喜ばれる。
もちろん実用ではない、鑑賞するためのデータであるならば多少重くても美しい
方が求められるんですけどね。流水はグラフィックデータを見るための場所では
ない、と。解りにくいかも(笑)」
M
「つまり、愉しみはその『データを処理すること』によって得られる、と。裏返
せば、その『愉しみ方は読者側に委ねられている』のが流水大説で、それは『素
材』であって、完成品ではない、と……ここまでいったら妄説かな」
G
「お好み焼き屋さんみたいですね(笑)。もちろんそこまで行くと極端ではあり
ますが、的にはかろうじて当たっていると思います。何通りにも読める、にして
も、読者自身に委ねちゃってるという姿勢は明らかだと思いますし。『ジョーカー』
の結末もそうでしょう。仕上げは任せます、みたいな。……でもまあ、そういう
ところがゲーム的面白さなのかもしれないですね。ぼくもそれはそれで楽しんで
いますし。ただ、流水さんが少々、読者に甘えすぎてる、ってのはあるかもしれ
ない(笑)。それでもけっこう読者がついてきているんだから、こんな幸せなク
リエイタはいないかも」
M
「しかしそうなってくると、結果としてそれは……流水大説というのは、ある意
味、非常に本質的な形で『読み手を選んでいる』ということになるのかも知れま
せんね」
G
「んー。結果としてそうなってるということは、いえるかも知れませんが……そ
れがシンドイ人は別に無理に読む必要もないでしょう」
M
「そりゃそうなんですけど……やっぱ悔しいんですよね〜。ともかく最近の若い
人というのはすっごく間口が広いですよね。鷹揚というか。ぼくも年齢の割には
間口の広い方でいるつもりですか、かないませんねー。不思議だなあと思うのは、
なんだか若い人たちが、生まれながらにしてその間口の広さを身につけているよ
うな気がする点で……」
G
「生まれながらに、ですか?」
M
「そうそう。ぼくは商売がらともかく間口は広くするよう、実はこれでもけっこ
う努力しているんですよ。極端なことを云えば少女マンガでも少女小説でも童話
でもポルノでも、ともかく食わず嫌いはよそうと。……これはもう意識的にそう
しています。ところが、そうやって努力して身につけた『間口』が、こと流水大
説にはてんで役に立たないんですよ」
G
「う〜ん……」
M
「しかも、若い人は『努力した』ぼくをはるかに凌駕する『間口の広さ』でもっ
て、軽々と流水大説を受け入れ、これを楽しんでいる。う〜ん、悔しいぞ! って
いう感じなんですね(笑)」
G
「悔しがられてもなあ(笑)」
M
「そうやって余裕見せつけられるから、ますます悔しいんです(笑)。それにし
ても我夢さんは(流水大説を軽々受け入れられるような)その間口の広さを、ど
うやって獲得されたんでしょう。ひょっとして、ホントに生まれつきなんでしょ
うか?」
G
「ジャンルのごった煮で育ったせいかもしれませんね。我孫子武丸さんも『ニュー
ウエイブミステリ読本』のインタビューで似たようなことを言っておられました
が、週間漫画雑誌、例えば『サンデー』なんかだと、野球ものと、恋愛ものと、
ギャグものと、バトルものと、推理ものが並んでいる。テレビなんかでも、ニュー
スの次にバラエティ番組があって、コメディドラマがあって、シリアスなドラマ
があって……とさまざまなジャンルが混ざっている」
M
「しかもどれがエライってわけじゃなくて、どれも等分な重みを持って並んでま
すよね」
G
「そうなんです。そんな環境で育ったから、あまりジャンルに縛られないのかも
しれませんね。だから『本格と思わなければいける』『特撮っぽく見れば面白い
かも?』と変な方向から見て楽しめる……こじつけかなあ」
M
「これは価値観みたいなものが影響してるかもしれないですね。ぼくらの場合、
ある種、TVやマンガよりも『活字はエライ』みたいな価値観が刷り込まれてい
るのは確かですから」
G
「ぼくの場合、物心ついたときから平均的に、どれが偉いというではなく並んで
ましたからね。それでも雰囲気的に活字が一番偉そう、悪く言えば堅そうだとど
こかで思っていました。だから、心の片隅で流水を徹底批判をしているところも
ありますが、それはそいつが成長した姿なのかもしれません。『流水作品は活字
をバカにしてる!』『破滅をもたらす者じゃねえか?』なんて叫んでいたりして」
M
「ちょっとだけ安心しましたが……それにしてもまあ、それじゃぼくなんかが、
清涼院さんの手法に違和感を感じるのも当然か」
G
「でも、ぼくのようなのは少数派かもしれませんよ。第一、ぼくらの世代(今の
未成年くらい?)はそもそも活字の本、読まないですもん。友人でも小説を読む
のを趣味にしているのは、5%……もいるかなあ」
M
「へえ。じゃ活字を読まない人って増えているんですかね?」
G
「実際、ミステリについて語れる友人が周囲に、いわゆるキャラ読みの人しか存
在しないんですよ。中学でも、高校でも、いまの大学でも、小説読んでたら『秀
才ぶってるようにみえる』といわれました(笑)。たとえ表紙が『〜の殺人』で
も『三毛猫ホームズ』でも、堅そうとか、賢そうとか見えるらしいです。たまに
教室内に小説読んでる人がいて、『うおっ、活字な人発見!』と心の中で叫びな
がら近づいても、それがヤングアダルトだったり。アニメ原作本だったり」
M
「それはキツイですねー。でも、変な話ですが……そしてあくまで直感的な印象
ですが、ボリュームのとてつもなさを別にすれば、流水大説は、そういう『小説
をあんまし読まない』タイプのヒトの方が読みやすく、楽しみやすいような気が
しますね」
G
「ふむふむ」
M
「なまじたくさん読んでると、小説の様々な決まりごとや暗黙のルールみたいな
もんに引っ掛かって、楽しむことができない。その点『読んでない人』には関係
なく楽しめる。みたいな。ボリュームの点は相変らず不思議ですけどね」
G
「許せるか許せないかはその差でしょうね。たしかに漫画ばっか読んで育って、
活字初挑戦な人のほうがハマるかもしれない。活字だけで何十年も育ったような、
漫画やTVなんか見ないような人は全く理解できないでしょうね」
M
「流水さんを楽しむには、そういう『素養』が必要だと」
G
「っていうか、既成概念に縛られない自由さ、かな。そもそもメディアってやつ
は歴史が浅い方が許容度が広いというか、新しいものを取り入れる寛容さがある。
それは小説よりも映画の方が大きくて、TVドラマはもっと、漫画はさらにもっ
と、アニメやゲームに至ってはその上を行く大きさがある。流水大説ってのはそ
ういう、新しいメディアと捉えた方が割り切りやすいと思うんですよ。いや、メ
ディアってのは極端だし、ちょっと意味が違うのかもしれないけど」
M
「それにしてもそれってむちゃくちゃな間口の広さですよね。しかも、いきなり
あの長大な流水大説に接しても、ほとんど抵抗感なく受け入れている(ように見
える)。世代が若いほど長さに対する抵抗感が低下している、というのは、最近
出た『このミス2000』でも誰かが指摘してましたよね」
G
「それ自体、いいことか悪いことかわかんないですけどね。ともかくそれが自然
というか」
M
「でしょ? 有意であろうが無意味であろうが、ともかく膨大なデータを受け入れ
てしまう、Webにも似た無限の容量を感じてしまいますね」
G
「ひょっとして、若い読み手がどうとかいうより、ぼくが単なる奇人変人なので
はないか、と思ってしまう(笑)」
M
「ということは、ぼくが常識人過ぎるのか(笑)……さて、じゃそろそろまとめ
に入りますか。もうとてもじゃないけどまとめらんないくらい、話題が広がりま
くっちゃったんですけど。とりあえず流水大説のこれから、という点ですね」
G
「JDCはもう終りじゃないですか?(問題発言)」
M
「終わりますか、やっぱり」
G
「あるとしても過去の事件しかないんじゃ。彩紋家殺人事件とか。新シリーズに
関しては全く予想できないですね。何やるかわからない。そこが素敵なんですけ
ど」
M
「我夢さんが、流水さんに期待する部分としては?」
G
「とりあえず入門向けの薄い本をいっぱい作って、二年に一回くらい分厚いファン
向けのを書けばいいのでは。ってムチャ言ってますが、彼なら不可能ではありま
せん。あとは、そうですね、作中で批判に対する反論を書くなと言いたいですね。
こればっかりはファンでも許せないです。まずは『あげあしとりマシーン』を禁
句に。ええと、あとは、年賀状ありがとうございました。……って、流水さんへ
のメッセージになってしまった(笑)」
(talk in november-december 1999)
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