喘息だらけの島

南の楽園がある日、世界の注目の的に

最終更新日: 2004/09/15.

世界一喘息遺伝子をさがせ世界が注目遺伝子は誰のものいまも幻

世界一喘息患者の多い島

大西洋の真中に浮かぶ絶海の孤島。イギリス領トリスタン デ クーニャ島は、世界でもっとも人里はなれた孤島です。全住人300人足らずのこの島は、世界一喘息患者の多い島としても有名です。住民の3割が いまも喘息で、いままでに喘息症状のあったひともいれると、なんと全人口(といっても300人ですが)の半分が喘息といいますから、確かに世界一でしょう。

普通、喘息患者が多い地域といえば、先進国、都会、とくに空気のきたないところなんですが、空気も水もとびきりきれいで、ストレスも少ない南の島に、なぜこんなに喘息患者が多いのでしょう?なにか秘密があるはずです。

その秘密とは・・・、もしや喘息発病にかかわる遺伝子にあるのではないか?そう考えた研究者たちがいました。

喘息遺伝子をさがせ

喘息の患者が多い家系を調べれば、喘息の原因になる遺伝子をみつけられるのでは?そう考えた研究者は、これまでにもたくさんいました。それでも、ほとんどの患者に共通する喘息遺伝子のようなものはみつかっていません。

1993年からカナダ・トロント大学の喘息遺伝子プロジェクトの研究者たちは2度にわたって、全住民の症状を調査し、血液を取り、持ち帰りました。そして、この島の喘息患者に共通する遺伝子をさがしはじめました。1家族ではなく、島の喘息患者みんなに共通の遺伝子がみつかれば、他の喘息患者にとっても重要な遺伝子かもしれないからです。

この研究には膨大な費用が必要なため、まもなくアメリカのベンチャー企業セクアナ・セラビューティクス社が参入し、研究がひきつがれま した。はたして、幻の喘息遺伝子はみつかるのでしょうか?

世界が注目

そして1997年、世界の注目がこの島にあつまりました。セクアナ・セラビューティクス社はついに喘息の遺伝子を発見したと発表したのです。本当なら、世紀の大発見です。発表によると、トリスタン島の住人からみつかった遺伝子は他の国の喘息患者からもみつかっていて、すべての喘息患者に共通とまではいきませんが、喘息が発病する仕組みの中でも、比較的重要な遺伝子である可能性が高いといえます。

そして現在、この遺伝情報をもとに、新しい喘息治療薬が開発されているとのことです。新薬開発には、最低10年はかかるといわれていますので、世紀の大発見なのか、どうかがわかるには、まだまだ時間がかかるようです。

遺伝子は誰のもの?

この騒ぎは、別の側面でも有名です。じつはセクアナ・セラビューティクス社は、この遺伝子情報を特許として申請したのです。人間の遺伝子情報を特許にするというのは、当時、世界にも例がなく、大騒ぎになりました。

つまり、この遺伝情報について、別の研究者がさらに研究しようとしても、会社の許可を得て、お金を払わなければ、なにもできないし、詳しい情報も得られないということです。

また、住民の検査をしたり、情報をあつめたカナダの研究チームや、痛い思いをして血をとられ、さらに自分達の遺伝情報を利用されているトリスタン島の住民たちには、もちろん何の報酬もありません。

近年、商業目的の研究で、発見されたことは、すぐに特許申請がされて、詳しい内容は、学会などにも報告されず、そのまま会社の秘密になってしまうことがめずらしくありません。特に医学などの重要な分野では、科学の発展を遅らせるとして、問題になっています。

いまも幻

「喘息は気管支が慢性的に炎症をおこす病気である」というのは、いまや常識となっています。しかし、その炎症がはじまる原因は、いまだによくわかっていません。

喘息が遺伝するといっても、たった1つの喘息遺伝子というのがあって、それをもっている人が喘息になるわけではなく、アトピー体質のように気管支に炎症を起こしやすい体質を決めている遺伝子がいくつ もあって、それが遺伝するというのが、どうやら真相のようです。

さらに一卵性の双子でも、一方だけが喘息になったり、住んでいる環境によって喘息のなりやすさがちがうこともわかっていますから、遺伝 子だけでは喘息になるかどうかは、決まらないのです。

トリスタン島の場合、もともと無人島だったこの島にやってきた初期の入植者のなかに、たった一家族だけ、喘息をもった姉妹がいたそうです。他の世界から遠く離れていて、新しい血が入って来なかった結果、人工の半分の人が、その喘息のルーツとなった家族の遺伝子を受け継いでいたというのが、世界一喘息の多い島の秘密だったのです。

喘息の仕組みが完全に解明されるその時までは、いまもどこかで幻の喘息遺伝子を探しもとめて研究をしている人たちがいることでしょう。

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