荒海山

1581m

山域:会津
1999.5.30



田代山・帝釈山に登ってから5年が経ち、南会津の山には随分ご無沙汰してしまっていた。よくドライブに出かけた会津だが、ゴールデンウィークに久しぶりに観光で訪ね、意外と近いということを再認識したので、南会津の山にまた登ってみようと、栃木県境の秘峰である荒海山登山を計画し、初めて乗る野岩鉄道で会津高原へと向かった。

朝一番の東武の快速電車から乗り継いだ野岩鉄道は、男鹿山塊の西側を谷筋に添って走っていく。晴天のもと、高原と清流のあるあまり人の手が入らない森が続き、清々しい気分であった。会津高原駅に1台止まっていたタクシーで登山口の鉱山跡に向かう。抜けるような青空の下の荒海川の谷に沿ってタクシーは走り、鉱山跡の鉱滓のボタ山の横で止まった。下車して、さっそく林道の続きを歩き始める。しばらくは車でも進むことができ、登山届の箱のあるあたりまでは入れそうだ。それより先は荒れた道となり、真ん中に鉄骨の桟がある堰堤のあたりになると、人の歩く幅以外は草に覆われる様になって、その幅のまま道は林道から別れて登山道となって沢に下っていった。

山道に入って2つ小さな沢を渡ったあと、流れのある小沢に沿って登っていく。やがて、右から堰堤を越え再び沢に降りる。すぐ伏流になり、石のゴロゴロした沢を詰めると、木に標識のかかった所から沢と離れて、左岸をロープに掴まって急登し、あとは山腹を絡みながら高度を上げていった。
見上げると新緑の林の先に、稜線が近くに見えているような気がするが、すぐには辿り着く訳もなく、山腹の急登をこなすうちに、再び沢の源頭部に降り立った。ここからは、濡れた沢の源頭の急登となり、沢から抜けて斜面を登り始めると稜線はすぐで、涼しい風が通り抜け一気に様相が明るくなった。地形の変化があり、かなり行動した気分だが、実は林道から3〜40分くらいしか経っていないのである。

稜線上はほとんど樹林の中で展望は無いが、時折樹林の薄いところから廻りの山が見える。荒海山も左前方に1度全貌を表した。新緑の明るい道をしばらく歩くと、北側の展望が開けたところがあり、七ヶ岳が不思議な形で横たわっていた。道は稜線の少し西側に下がったところを終始進んでいき、やがてブナ主体の林から、暗い針葉樹が出てきはじめる。道も暗く湿ってきて、木の根を踏んだり越えたりの歩きにくい道になってきた。時々見えていた荒海山は手前のピークの陰に入って見えなくなり、やがて木の根に掴まって登ったりトラバースしたりでこのピークを越えていくこととなった。そして、木の間の荒海山が近くに立ちはだかる壁の様に現れてくると、程なく急斜面の登りとなり、視界が開けてくる。滑りやすい道を登って行くと、笹や、ちょうど桃色の花をつけているシャクナゲなどの背丈ほどの灌木帯になる。日が照りつけ、暑くなってきた中で急登を登り切ると、山頂はさらにもう一登りした先で、最後はがんばって登りきり、小さな避難小屋の脇を辿れば待望の山頂に出た。
山頂は360度の展望で晴れ渡った日でもあり、周辺の山を充分楽しむことができた。駒、朝日から燧の雪の稜線、会津や男鹿の山、そして磐梯に吾妻と久しぶりに見る山々を楽しむことができた。三角点峰への往復は藪をかき分けて踏み跡を辿っていくが、こちらは静かな狭い山頂で、単独の方が1人だけだった。

帰路は、泥の急斜面や木の根の踏み越えが多くてスピードが出ず、結局下降点までは登りとほぼ同じ時間がかかってしまった。下降点が近くなってくるとブナ林が美しくなり、道がだんだん歩きやすくなってくるが、登り返しも多くなってくる。下降点からは、沢を一気に下ると、登山口までの20分はあっという間で、行きの疲れが情けないくらいであった。あとは、林道を頑張って会津高原駅まで歩く。青空の元で、荒海川の清流を眺めながら平坦な道を1時間ほど歩き、国道を進むと電車が出発していくのが見えたので、ちょうど目の前にあった夢の湯で一風呂浴びて駅に向かうことにした。

荒海山は登山道は変化に富み、展望も良く、美しい森の静かな良いコースだった。また、華やかさはないが、その県境に屹立する姿は名山の名に恥じず、厳しく風格のある山である。


記録

日 程

99年5月30日(日)

天 候

晴れ

コース

0945鉱山跡 → 1005 登山口 → 1040 稜線 → 1210/35 荒海山頂(三角点峰往復10分) → 1400/10 稜線下降点 → 1430 登山口 → 1450 鉱山跡 → 1540 袋口 → 1600 会津高原駅

稜線から山頂をのぞく